鎖影の庭   作:土斑猫

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【先頭民族】

「どうした?」

 エアシャカールは不意に立ち止まったネオユニヴァースに気付いて声を掛けた。

「……スフィーラ……」

「……何か、あったのか?」

 彼女のその呟きの意味を知る故に、静かな声で問いかける。

「アファーマティブ」

 返す声も、やっぱり静かで。

 けれど、とても嬉しそう。

「……そうかよ」

 彼女の言葉の意は分からない。

 けれど、その心は全知。

 ならきっと、そう言う事なのだ。

 きっと、誰かが届いた。

 エアシャカールは、そう理解した。

 

 ◆

 

「気に掛かってた事がある」

 その呟きが、応答を求めるモノと悟ってネオユニヴァースは視線を向ける。

「『プーカは、楽しい事以外は絶対にやらない』。シャノのヤツが言った事だが……」

 向けられた視線が問う。

 『どう思う?』と。

「"NPB"」

 答えは、すぐ。待ち構えていた様に。

「彼女はキミ達によって"REVS"され、“SLCT "したよ。mindはSTDAしてる。"THRF"、シャ・ノワールはZEERだから」

 従って。

 

 ーー其処に、嘘偽りは無いーー。

 

「……オレも、同じ意見だ」

 想定済みの応答に、思惑の根幹を確として。

「だが、それなら妙な事がある」

 言葉は挟まず、ネオユニヴァースは目を細める。『続けて』の意。

「プーカの行動原理がテメェの『愉悦』に直接関連するモンに限られるなら、今までのヤツの行動も手繰れば全部一つの『理由』に集約されなきゃならねェ」

「『ファインモーション』、だね」

「ああ」

 考えるまでもない。

 此度のプーカの行動動機はファインモーションである。

 彼女の声を聞き。

 彼女を見初め。

 彼女を欲した時から。

 今世でのプーカの行動原理は確定した。

 例えその衝動が、如何に人やウマ娘のソレとは遠く乖離したモノであったとしても。

 絶対である事に、変わりは無い。

「だから、ヤツの仕業全部がファインを囲う為の準備であり手段だった」

 『庭』を造ったのは、ファインを飼うに適しい籠が要り用で。

 『取り替えっ子』をしたのはファインの慰みを与える為で。

 『そっくりさん』を置いていったのは、そんな『庭』が壊れない様にする為で。

 全て全ては。

 籠の金糸雀(ファインモーション)を愛で続けんが為。

 そう。

 飽いて、血肉臓骨全てを最後の甘露と喰み棄てるかの日まで。

「ぐ……」

「エアシャカール」

 話の流れが想起させた悍ましいイメージが、疲労した脳漿を揺らしたのだろう。

 目眩を起こしてよろめいたエアシャカールを、ネオユニヴァースが咄嗟に支えた。

「わりィ……」

「NPB」

 彼女の顔色が、その焦りと憔悴を如実に伝える。

 無理もない。

 プーカの悪癖。

 人喰い。

 シャ・ノワールも、偽テイオーも。直ぐは無いとは言った。

 けれどソレは、これだけ手間をかけた玩具をそう早くは飽くはしまいと言う想定だけの理論。

 結局の所、全ては気分次第。

 プーカと言う、悪性そのものに等しい存在の。

 気なぞ、休まる道理は無い。

 今、こうしている間にも。

 だから、誰もエアシャカールを止めようとはしない。

 休めとも。

 眠れとも。

 彼女にとって、今はそうして無為に時間を溶かす事こそが拷問に等しいのだから。

 ファインモーションを取り戻す。

 ソレが、彼女が心より安らぐ為のただ一つ。

 取り出したラムネを数粒まとめて頬張り、ガリガリと噛み砕く。

 飲み下し、大きく息を吐く。

 過剰摂取の糖分で澱んだ思考に無理矢理喝を入れ、エアシャカールはまた現実と言う地獄に舞い戻る。

「……けどな」

 ギラギラと光る目が、虚空を見据える。其処に、追い縋るべきかのモノの姿が在るかの様に。

「例外が有る」

「例外?」

「ああ。プーカ(ヤツ)がテメェの楽しみでしか動かず、その楽しみが全部ファイン絡みだって言うなら……」

「明らかに、“MYS"の存在を『認識』するよ?」

 察しの良い相方に、頷く。

「ファインは、起動条件。プーカの根源はあくまで『愉悦』だ。なら、たった一つの例外でも動機は変わらねェ」

 ソレもまた、彼女が『愉しい』と思う事だから。

「分からねェのは、理由だ」

 思案しながら、論理の穴を確認する。

「何でプーカの野郎が、『ソレ』を愉しいと思うのかが分からねェ。アレを、愉しいなんざ思うのは……」

 しばしの間。

「ソレは、"SETO"。ネオユニヴァースも、そう思うを『肯定』するよ」

「だから、ソイツを確かめる。一人は消えちまったが、幸いもう一人は健在だ。その、『愉しみ』に付き合わされたヤツがな……」

 話す二人の前を通り過ぎる、『最速』の風。

「だからよ、話を聞かせて貰うぜ? なあ……」

 二人の意思が届いたかの様に、かの風が立ち止まる。

「サイレンススズカ」

 異次元の逃亡者は息を吐き、流れる汗を拭った。

 

 ◆

 

「ごめんね。トレーニングの“CUTG”を『謝る』をするよ」

「大丈夫よ。休憩の時間は合わせてたから」

「……まるでオレ達が来る事を知ってたみたいだな?」

 ネオユニヴァースの謝罪に応えるサイレンススズカ。その態度に違和感を覚えたエアシャカールに向かって、並走していたヤマニンゼファーが『ええ』と頷く。

「風伯の伝えが有りましたので」

 そんな答えに、一瞬キョトンとして。『ああ』とすぐに得心する。

 彼女もまた、ネオユニヴァースやマンハッタンカフェと同じく彼方を見晴らす者。

 学園の生徒、ウマ娘の中には僅かなれど確かに在る。今自分達がいる世界の『外』を知る事が出来る者達。

 正味、現実の理を信奉し。また縛られる自分には理解も干渉も及ばぬ領域で。

 だからこそ、彼女達の存在は頼もしい。

 正しく、今抗わねばならぬ相手こそがその領域のモノなのだから。

 そう。今も、こうして。

「ゼファーから聞いてるわ。あの時の……私がプーカ(アレ)と走った時の話を聞きたいの?」

「話が早くて助かる。聞かせてくれ。ヤツと走る事になった経緯や、そン時のヤツの様子。思い出せる範囲を、全部だ」

「大体は、スペちゃんに話してるわ」

「スペに晒す様な、お綺麗な部分にゃ用はねェ」

 汗を拭く手が止まる。

「あンだろ? もっと。オレが聞きてェのは、ソコだ」

 ドリンクを一口含んで宙を仰ぐサイレンススズカ。

 その目が、猛禽の様に鋭く光ったのは気のせいだろうか。

「……覚えてるわ。とても良く」

 想起し、語り出すはかの日の黄昏。

 忌まわしき魔との邂逅。

 そして、実に得難き獲の機会。

 

 ◆

 

「……只今、帰りました。タキオンさん……」

「おや、お帰り……」

 『シャノ』と言いかけたアグネスタキオンは、彼女を見て『ふぅん?』と微笑んだ。

「……やはり、君に任せたのは間違いなかった様だね」

「やっぱり、端からそのつもりかよ。ムカつくヤローだ」

 そんな口を返すジャングルポケットの顔には、ソレでも剣は無い。まあ、多少の辟易はあるが。

「まあ、そう膨れないでおくれ。お礼はするよ。ソレと……」

 移した視線の先には、ダンツフレーム。

「……君も、来てくれたのかい?」

「タキオンちゃん、わたし……」

「ポッケ君から全て聞いて、その上で。だろ?」

「……うん」

「なら、私から言う事は何もない。力を、貸しておくれ」

「! うん!」

 心からの笑みを浮かべ、ダンツフレームは差し出された手を握った。

 

 ◆

 

「シャノの目?」

「ああ、何て説明したモンか分んねぇ。とにかく、見てみろ。ソレが、一番はぇえ」

 ダンツフレームも頷くのを見て、『失礼するよ』とシャ・ノワールの目を覗き込む。

 長い前髪を掻き分けた向こうに見えたソレは、まだ血の色に滲んでいて。痛々しく思った思考は、けれどもすぐ別のモノに取って変わられる。

「コレは……」

 見つめ返す、金色の瞳。本来、向かい合うアグネスタキオンの像が結ばれて然るべき筈のソコに在るのは。

 見覚えのある、知らない景色。

「……シャノ」

「はい」

「私は、見えてるのかい?」

 疑念よりも、まず浮かぶのは懸念。視野に映るモノが視覚に繋がるなら、今顕界を映していない彼女の目が果たして目としての役を果たしているのかが不安だったから。

 問う声音を聞いたシャ・ノワールはフフ、と笑う。

 とても、嬉しそうに。

「ああ、『ソッチ』の方を心配するのですねぇ。本当に、本当にお人好しばかりです」

 

 ーー私の、『輩(ともがら)』はーー。

 

 その言葉には、今までのアグネスタキオン個人に対する執着も狂信も既に無く。

 シャ・ノワール(彼女)を縛る何かが、今度こそ確かに切れた事を如実に伝えた。

「大丈夫です。ちゃんと見えていますよ? タキオンさんの御顔も、ポッケさんやダンツさんの御顔も。ただ……」

 自分の目に、ツと触れて。

「別の像も、同時に見えているのです」

「別の……」

「知っています。私は、『此処』を。そして、その通りならば。私が見る此の像は……」

 

 マンハッタンカフェが、今此の時。見ている世界でしょう。

 

 場に居る、全員が息を呑んだ。

「……どう言う事だよ?」

 首を傾げるジャングルポケットに、少し考えて。

「マンハッタンカフェは『見鬼』です。そのコピーであるシャ・ノワール(私)も、また見鬼である道。恐らくは、双方の目が『道』として繋がったのではないかと……」

 聞いたダンツフレームが思い出す。不意に現れ、不思議な声を残して消えた『彼女』の事を。

「ソレって、さっきフクキタルちゃんが言ってた『此方と彼方を結ぶ扉』って事?」

「はい」

「いや、分かんねー! 大体何なんだよ? 『ケンキ』てのは??」

 

「『見鬼』とは、この世ならざるモノを見る力。『見鬼の才』とも言われ、力の強い者であれば見るだけに止まらず『声』を捉える事も出来る」

 

「!?」

 突然割り込んで来た説明に、全員が飛び上がる。声の方を向くと、扉の前に人影が二つ。

「す、すいません。脅かせてしまって……」

 申し訳なさそうに頭を下げる、ゼンノロブロイ。そして。

「……やれやれ。せめて君くらいは……と思っていたんだがねぇ……」

「……ええ、そう優しいモノじゃないですから。運命って言うモノは……」

 困った顔のアグネスタキオンにそう言って儚げに笑い、『相談が、あります』とケイエスミラクルもまた頭を下げた。

 

 ◆

 

「……仕掛けたのは、プーカ(ヤツ)の方からだったンだな?」

「ええ、あの時は逃げるつもりだと思ったんだけど。今考えればまんまと嵌められたんだと思うわ」

 エアシャカールの質問に、サイレンススズカは淡々と答える。

 あの黄昏の中、追いかける事を躊躇した自分に投げかけた笑み。

 思えば、アレを魅せられた瞬間に囚われていたのかも知れない。今更の様に、そう思う。

「DCOMFは無かった? “UHAT”は“FRHT”だよ?」

「『怖い』? 『気持ち悪い』? そうね。怖かったし、気持ち悪かったわ。でも、それ以上に……」

「『愉しかった』?」

 ネオユニヴァースに先取られた言葉に、苦笑して『ええ』と答える。

 そう。

 『アレ』が。

 自分と競っている『モノ』が。

 明らかに此の世のモノではないと気付いた時。

 総毛立つ様な恐怖も。

 臓腑が逆巻く様な怖気も確かに生じた。

 けど。

 ソレでも。

 止まろうとは思わなかった。

 本能が告げる禁忌への拒絶と裏腹に、その根源との競り合いを止めようとは思えなかった。

 何故?

 決まっている。

 楽しかったから。

「私やテイオーの走りとは、全然別物。理屈から違うわ。多分……いいえ、絶対勝てないって思った。『今は』」

 そもそも、公式のレースでも何でもない。意味も理由もない。

 故に、サイレンススズカを捉えていたのは純粋な欲求。

 生存を優先する生物としての本能よりも、強い相手と走り競るを至悦とするウマ娘の情欲が勝った。

 楽しい。

 昂る。

 喰らいたい。

 それほどまでに。

 未知の悦楽への予感があった。

「思ってしまったの。見た事の無い走りをするモノ。アレを抜いた先にはやっぱり見た事の無い景色があるんじゃないかって」

「……随分と、狂ってンな」

 呆れや侮蔑ではなく、薄笑いを浮かべて言ったエアシャカールに同じ笑みを返し。

「そうね。でも、『分かる』でしょ?」

 否定の言葉は返らない。エアシャカールのみならず。ネオユニヴァースも、ヤマニンゼファーも。

 正しくソレは、ウマ娘と言う種が持つ生存本能すら上回る狂気である。

「なら、最後の質問だ」

 言って、エアシャカールは目を細める。

 

「お前が愉しんでる時、あちらサンはどンなだった?」

 

「笑ってたわ」

 答えは、待っていたかの様に。

「SCR? 馬鹿にされた?」

「ソレもあった。けど、それ以上にアレは」

 間違えない。

 とても良く知っている。

「私と同じ顔。そして、私達をおいてく時はもっと嫌な顔。

 話す声。その情景を再生する瞳。全てに灯る昏い熱。

「だから、その場で叩き付けてやったの」

 ギラギラと、目の炎を揺らし。

「次は、捕まえるって」

 皆が、乾いた笑いを漏らす。

 もし自分が、同じ場にいたらと思ってしまったから。

「あンがとよ」

 そう言って立ち上がるエアシャカールに、サイレンススズカが問う。

「何か、分かった?」

「アァ、確定じゃねェがな」

「教えて、貰える?」

「ア゛?」

 その顔を見て、理解する。

「言ったろ? まだ不確定だ。情報として共有するには足りねェ。ただ……」

 グイと顔を寄せて。

「論理(ロジック)が成ったそン時にゃ、引き摺り下ろしてやるよ。プーカ(アイツ)を、お前が待つターフまで」

 囁かれた言の葉に、キョトンとした目が凝視する。

「オレの想定が正しけりゃ、お前のやろうとしてる事は此方の利になるかもしれねェ。お膳立てしてやるよ。楽しみに待ってな」

 らしくも無い、悪い笑みを浮かべるサイレンススズカ。

「……約束よ?」

「アァ、約束だ。だから、そン時までしっかり研いどきな」

 答え、エアシャカールも悪い笑みを浮かべた。

 

「“ADMI”。サイレンススズカは、『強い』……だね」

「ええ。事、疾りに真摯なるは其の御霊、級長戸辺(シナトベ)の域に至りうる逸物でありましょう」

 ネオユニヴァースの呟きにそう添えて、ヤマニンゼファーは更に言う。

「些事と知った上で、風伝を」

「WHII?」

「かの悪風、先にスズカさんに白手袋を投げつけられた際にこう仰ったそうで」

 

 『怖い』と。

 

 ピクリと目を細めるネオユニヴァース。

 ほくそ笑む、ヤマニンゼファー。

「古きより、怪しの風を祓うは烈風の如き人心と聞きます。かの悪風も、妖魅奇怪の類なら其の理に洩れずと言う事かも知れません」

 ネオユニヴァースは頷き。

「その情報を“MORT”と認識したよ。感謝する、をするよ」

「ソレは重畳。では、僭越ですがもう一吹きそよがせていただきたく」

「PLSE」

「可能であれば、『盾』の用意を願いたく」

「『SHLD』?」

 訊き返され、頷く。

「スズカさんは、『刃』。風神の構え太刀。されど、抜き身の太刀は溢れ易いも事実です。悪風の撫でを散らす南風も必要かと」

 少し、考え。

「……“ACST”、だね?」

「其の様に」

 そして、二人もまた悪い顔で笑い合った。

 

 ◆

 

「クシュン!」

 ケイエスミラクルが小さくクシャミをした。皆の目が、一斉に彼女を見る。

「す、すいません」

 畏まる彼女に向けられるのは、揃って労りの視線。

「大丈夫かい? 今此処は比較的気温の低い早朝に時間軸が固定されてる。身体に障ってるんじゃないか?」

「本当に大丈夫です。ちょっと、ムズムズしただけだから」

 身体の脆弱な自分を案じてくれる事に感謝しながら、『誰かが噂したのかも』などと笑って見せる。

 ソレでも、纏う儚さは拭えず。察したダンツフレームが席を立つ。

「温かいお茶、淹れてくるね」

「ああ、ソレが良い。頼むよ」

「手伝います」

 後を追って立つシャ・ノワール。その姿を追うゼンノロブロイの視線に気が付いたジャングルポケットが声をかける。

「アイツは……」

「分かってます」

 言われる前に。

「皆さんが、当たり前にあの子と一緒にいる……。つまり、そう言う事ですよね?」

「あ、ああ……」

 思わぬ返しに驚いてるジャングルポケットに代わり、アグネスタキオンが言う。

「察してくれるのは有り難いが、あまりに良すぎて逆に不安だね。どうしてその考えに至ったのかな?」

 訊かれたゼンノロブロイとケイエスミラクル、お互いに顔を見合わせ。

「ソレを、コレからお話します」

「オレ達が聞いて欲しいのは、その事だから……」

 頷いたアグネスタキオンが、空いていた椅子を勧める。

 部屋の奥から、甘い茶の香りが促す様に漂い始めていた。

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