鎖影の庭   作:土斑猫

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【だからこそ】

 

「……ふぅん、そんな事があったんだねぇ」

 ケイエスミラクル達の話を聞いて考え込むアグネスタキオンに、ダンツフレームが訊く。

「……あの子は、何をする気なの?」

「近づこうとしている様だね。そっくりさんの身で、オリジナル(私達)に」

「成り代わる為?」

「違う……と思います」

 次の問いに、ゼンノロブロイ。

「違ってたんです。あの子の目は。あっちのライスさんやブルボンさんの目とは……上手くは、言えないんですけど……アレは……」

 

 ウマ娘(私達)と、同じ目でした。

 

 驚く皆に、ケイエスミラクルも。

「おれも、そう思います。と言うか、そう思いたいなって……どうしてかは、分からないけど……」

「見ましたね?」

 唐突に割り込んで来た声に、目を向ける。

 部屋の隅で聞いていた、シャ・ノワール。

「見たのでしょう、ケイエスさん。あの子の、『兆し』を」

「兆し……?」

 何の事かと戸惑ったのは、ほんの一瞬。すぐに察せた。偽テイオーが血迷って服を脱いだ時、その心臓の位置に。

「偽テイオー(あの子)は、長くありません」

 皆が、驚きを露わにする。

「……どう言う、コト?」

「偽テイオー(あの子)は、既に『資格』を喪失しています」

 戦慄く問いに、『先だって、私がポッケさんにさせようとした事です』と加えて続ける。

 そっくりさんは、オリジナル(ウマ娘)の代理存在。

 元来顕界(この世)のモノでない存在を成立させているのは、理の外で消えたオリジナルの穴埋めと言う役目ただ一つ。

「オリジナルの代役と言う条件を満たし続けてのみ、そっくりさん(私達)はこの世界に在る事が赦されています。だから、あの時私はジャングルポケット(あなた)に負けようと思っていました」

 強張る、ポケットとダンツフレームの顔。

「私の根源は、『最も強い時のマンハッタンカフェ』。その記録に、『ジャングルポケットに敗北する』と言う『条件』はありません。だから、私はジャングルポケット(あなた)に負ければマンハッタンカフェの穴埋めの資格を喪失し、消える……筈でした」

「しかし、キミはまだ『顕界(ここ)』に在る」

 アグネスタキオンの指摘に頷いて。

「私は『ノーカン』だそうです。プーカ自身が介入したが故に。けれど、偽テイオー(あの子)は違います」

 そう。

 偽テイオーはすでに資格を喪失している。

 彼女のモデルたるトウカイテイオー。彼女が負ける事がなかった相手。

 ナイスネイチャと、イクノディクタス。

 彼女達二人に、完膚なきまでに敗北を喫する事によって。

「条件は揃っています。偽テイオーはあの時点で資格を喪失し、世界の理の元に無い異物として排除。オリジナルのトウカイテイオーの直ちなる返還へと繋がる……筈でした」

「しかし、偽テイオー(彼女)はまだ顕界(ここ)に在る。キミと、同じ様に」

 タキオンの指摘に、頷く。そして。

「……そっくりさん(私達)は、変わっていません。プーカの呪いも、世界の理も、そっくりさん(私達)を縛っている。あの子に打たれた、兆しはその証……」

 苦しげに歪む、ケイエスミラクルの顔。その兆しの意を、誰より深く知る所以に。

「でも、あの子は残っている。プーカの意では有り得ない。プーカが届くは呪いまで。そこから先は理の領域。『世界』の、意思……」

「シャノ……?」

 タキオンは気付く。いつしか、自分達がシャ・ノワールの意識に入っていない事に。

「世界が、残した。そっくりさん(私達)を? なら、ソレは理の一部。でも、私達は変わって無い。代理品、穴埋め役のまま……オリジナルの帰還より優先なんて……意味? 私達? そっくりさん(私達)だけの? 世界が? 私達に……あの子に、意義を? 何? あの子だけ? 何? 分からない……分からない……」

 ブツブツと呟く言葉は、もう誰かに伝える為のモノではなく。ソレでも、そこに言葉をかける者は無く。

 そう。

 生きる事は、考える事。

 プーカ(創り主)の定めた道を辿るだけだったキミ達が、己の意思で悩み迷うと言うのなら。

 きっと、ソレはその胸に脈打つモノが生まる証。

 皆はただ、彼女を見つめる。

 今芽吹き始めた、可能性と言う名の花を。

 

 ◆

 

「……そっくりさん(アイツら)だけの意味、ねぇ……」

 皆がいる部屋の外で聞き耳を立てていたゴールドシップ。皆の話が切れたと見て、そこを離れて歩き出す。

 フラフラ。

 たまに行き合う級友達に適当に絡みながら、行く先は決まっている。

 ケイエスミラクル達の話から、それなりの時間は経っている。

 なら、居るに決まっている。

 アイツは、あそこに。

 

 ◆

 

「はい、ドンピシャ」

 人気の少ないグラウンドで一人走り込みをしている偽テイオーの姿を見とめ、ゴールドシップはそう独りごちた。

 ゴールドシップとサクラローレル。彼女達と話したあの時より、偽テイオーは常にと言って良い程トレーニングに明け暮れていた。

 偶に姿を消す事はあるが、ソレは今回ケイエスミラクル達に見せた様に肉体的なトレーニングだけでは埋まらないモノを埋めに行っているのだろうとゴールドシップは一連の話から理解していた。

「さーて、アイツらは……と……。お、いたいた」

「おや?」

「あ、ゴルシちゃん!」

 此方が見つけると同時に、向こうもまた気が付いた。サクラバクシンオー、サクラチヨノオー、サクラローレル。そして。

「よー、ご苦労ご苦労……て何だ。アンタも来たのか?」

 先の三人と共にいたサクラチトセオーに、ニヤと笑ってそう呼びかける。

「ええ、我も元ヴィクトリー倶楽部の一員なれば。皆々様が奮起致しまする時に一人座している訳にもいきませぬ故」

 特有の古風で穏やかな口調。

 彼女自身の柔らかい雰囲気も手伝って、ホッとさせる。

「助かるわー。人手はいくらあっても良いかんな。頼りにさせて貰うぜ?」

「承りまして候」

 そう言い合い、二人はパンと手を打ち合った。

 

 ◆

 

「で、どんな具合よ? アッチのテイオーちゃんは」

「同じです。偶に消えるけど、ソレ以外はずっとトレーニングしてる。本当に、ずっと。ずっと」

 何処か心配気な様子で、サクラチヨノオーが答える。

「ずっと一人でか?」

「そう」

 今度は、サクラローレル。

「一人で、黙々と。私達が見てる事にも気付いてるけど、全然気にする様子もないよ」

 周囲を見回せば、他にも自主トレーニングを行うウマ娘はまばらではあるが存在する。

 けれど、その誰もが偽テイオーからは遠く距離を取っている。かと言って、彼女が視界に入らぬ程に各々のトレーニングに集中している訳でもない。

 見ている。遠巻きに。けれど、確かに。偶に見せる、声を顰めて話し合う姿。

 在るのは、恐怖。嫌悪。猜疑。侮蔑。不安。そして、忌避。

 カノープスの面々に要らぬ喧嘩を売って尚且つ完敗すると言うあまりにもらしからぬ『やらかし』が知れて以降、『トウカイテイオーがおかしい』と言う噂は学園中に広まっていた。

 其処に起こった、あの夜の事件。

 生徒の多くは確信している。

 『あのトウカイテイオーは偽物だ』と。

「とは言え、苦にしている様子はありませぬ。寧ろ、邪魔が入らなくて喜ばしいと思っておるやも」

 サクラチトセオーの言葉に、また彼女を見やる。

 確かに、その顔には如何なる雑念の気配も無い。見据えるべきモノはただ一つと言う信念が、其処には見て取れた。

(……ホント、変わったモンだねぇ。あの一件で)

 以前と事情を知るゴールドシップは、少しの感嘆を覚えながら続ける。

「で、何か進展はあったのかい? 奴さんには」

「……芳しくはありませんね」

 難しい顔で言う、サクラバクシンオー。

「トレーニングの内容は、正しいと思います。明らかにオーバーワークですが、ソレで過労や故障を起こす様子もありません。でも、目立った進展は今の所は見られません」

 当然でしょうよ、と思う。オリジナルのコピーであるそっくりさん。オリジナルの経験は、全てその内に記録されている。彼女達がやる事は、全てオリジナル記録の再生。どれほど繰り返した所で、オリジナルがこなした事はその通りにこなす。

(そう、こなすだけだ)

 記録の再生。

 出来るのは、記録された分だけ。

 先に進む事は出来なければ、後退する事も無い。

 見れば分かる。

 偽テイオーが延々と続けているトレーニングは、トウカイテイオーが既にこなしたメニューそのまま。

 発展性も無ければ、独自性も無い。

 つまり。

(あのままじゃ、アイツはテイオーから先には行けねぇ)

「……辛そう、ですね」

 見ていたサクラチヨノオーが呟く様に言う。

 正しく。

 オーバーワークによる疲労も故障も生じない。

 彼女を苛むのは、その事自体。

 何の痛痒も感じない事は、変化が起きていない証左。つまり行なっているトレーニングが何の意味も成していないと言う事。

 カラカラ、カラカラ。ただ録画フィルムが回るだけ。

 空回る。

 どんなに、進もうとしても。

「成果が出ない……か。苦しいですね……」

「左様で、ございますな……」

 顔を曇らせる皆。

 良く知っている。

 その苦道は、アスリートなら誰もが通らねばならぬモノ。

 乗り越えなければならぬモノ。

 だから、皆は進む。

 今立つ路は、トンネルの中。

 長く。

 永く。

 そして、昏い。

 けれど、所詮ソレはトンネルで。

 止まらず。

 諦めず。

 進めば。

 足掻けば。

 いつかは抜ける。

 抜けられる。

 そう信じて。

 進み続ける。

 けど。

 だけど。

 彼女は。

 そっくりさんは。

「……『閉鎖した可能性』、か」

「はて?」

「へいさしたかのうせい?」

「とは?」

「そっくりさん(あの娘)達にかけられた呪い……かな?」

 ゴールドシップの呟きに首を傾げる同輩達に、サクラローレルが説く。

「そっくりさん(あの子)達は、向こうに連れて行かれたウマ娘(みんな)の代わり。代わりだから、違うモノになっちゃいけない。皆より上にも、下にも行っちゃいけない。行けない。そっくりさん(あの娘)達のトンネル(可能性)は、閉じられてるの。どんなに頑張っても、進めない。どんなに悩んでも、変われない。どんなに諦めたって、終われない。いつまでも、何処までも、オリジナル(みんな)の場所に立ち続けるだけ。ソレが、『閉鎖された可能性』。そっくりさん(あの娘)達を縛る、呪い(くさり)だよ……」

「…………!」

 恐らくは、彼女の中に眠る『悲しい明日』から来た自身の記憶。

 憎くて。

 憎くて。

 それ故に誰よりも理解した。

 そんなサクラローレルの言葉に、皆は息を飲む。

「あ!」

 サクラチヨノオーが、声を上げた。

 もうどれ程繰り返したかも分からない走り込み。足をもつれさせた偽テイオーが転んだ。

 けれど、幾許の間も置かず。立ち上がり、スタート地点に戻り。また走り出す。

 黙々と。

 延々と。

 出口の無い虚無の中。

 ソレを知って、足掻き続ける。

 自分以外のナニカに、限界を決められる。

 そんなのは嫌だと、言う様に。

「待てよ」

 駆け寄ろうとしたチヨノオー達を、ゴールドシップが呼び止めた。

「何する気だ?」

「何って……」

「何か……お手伝いを……」

「あの子は、『敵』なのに?」

 後を継ぐ様に放たれたサクラローレルの言葉に、ビクリと震える。

「忘れてないよね? 未来の、『私』の話。そっくりさん(あの子)達は、『皆』を奪って。そして皆の、皆に繋がる人達の未来まで壊すの。あの子達がどう思おうと、あの子達がそっくりさんである限り。必ずそうなってしまう。だから、そっくりさん(あの子)達はウマ娘(私)達の敵。絶対に、ソレは変わらない」

 彼女の内に眠る、遠く無い未来の『自分』。まるで、かの意思が綴る様に底冷えのする声音。

 固まる盟友達を冷たい眼差しで見つめ、改めて問う。

「ソレでも?」

 暫しの間。

 そして。

「それでも……です」

 チヨノオーが、小さく。けれどハッキリと言ったのに、チトセオーも続く。

「確かに……かの者は我らに仇を成す者ではありましょうが……それでも、『アレ』がまやかしである筈はないでしょう? いえ、ある筈などありません」

 偽テイオーが、大きく息を吐く。汗と共に落ちる、別の雫。悟られぬ様に拭って。

 その意味を、誰よりも知るのは自分達で。

「……難しい事は、よく分かりませんが」

 苦笑いしながら、バクシンオー。

「ソレでも、『アレ』を見て見ぬふりは出来ません。いえ、出来ないのです。私達は……」

 

 ウマ娘だから。

 

 声を合わせる三人に、サクラローレルも『フフ』と笑って『だよねぇ』と頷いた。

「……ソイツは納得すんのか?」

「ツンってしてる。でも、分かってくれてる。『私』だもの」

 念を押す様に尋ねたゴールドシップにもそう答え、自分もまた仲間達の側に加わる。

「では、参りましょう」

「うん」

「はい!」

「バクシン、です!」

 そして、皆で偽テイオーの元へ駆け出して。

「待てよ」

「ありゃりゃりゃりゃ!?」

 呼び止められて、皆まとめてズッコケる。

「な、何ですかぁ?」

「せっかく張り切ったのに」

「然り」

「ばくし〜ん」

「お前らじゃ……いや、ウマ娘(アタシら)じゃ駄目だ」

 ゴールドシップの言葉に、キョトンとする。

「如何にしたる由にや?」

「ウマ娘(アタシら)に助けられたんじゃ、そっくりさん(アイツ)はウマ娘の影から抜けられねぇ」

 確かに。

 ウマ娘の手解きであれば、ソレはあくまでそのウマ娘の可能性内のモノ。ウマ娘と言う鎖からの解離を望むそっくりさんの望みには筋が違う。

「ええ……」

「なら、どうするの?」

「まあ、待てって」

 そう言って、しばし考え。

「やっぱ、あの手だろうな……」

「と、言いますると?」

 尋ねる言葉に、ニヤリと笑い。

「『餅は餅屋』だ」

 返された答えに、桜の少女達は顔を見合わせた。

 

 ◆

 

「終結! 話は以上だ」

 パシンと扇子を閉じた秋川やよいが、目の前の教師やトレーナー達に向かって告げる。

 場所は会議室。

 緊急に集められた指導者陣に、彼女は現在の状況説明と今後の対応を指示していた。

 昨夜の動画事件。そして追従する様に起こった学園を丸ごと巻き込んだ異変。

 問題の生徒及びその他大勢の生徒達の失踪は非常に重大な案件ではあるが、今此処に至っては無事な生徒達の安全が優先。

 ファインモーションの捜索等、此れまでの業務は一時停止。各々担当する生徒達の安全確保に集中して欲しいとの旨。

「恐縮! 疲れているだろうが、もう暫し力添えを頼む!」

 そう結び、両脇に控えた駿川たづなや樫本理子と共に頭を下げる。

 異論など、ある筈もない。

 寧ろ、アンタ達の方こそ心配だ。

 目の下に濃い隈を浮かべた三人を案じながら、皆は会議室を後にする。

「終わったのかい?」

 廊下に出た所を背後から声をかけられ、彼は振り返った。

「どうした、ゴールドシップ。一人で彷徨くなと言われてるだろう?」

 如何にも指導者然とした態度に苦笑しながら、ゴールドシップは彼へと歩み寄る。

「分かってますよぉ。でも、優等生のゴルシちゃんがお上のお言い付けに背いてまで尋ねて来たんでさ。お話くらい、聞いてくださいよ」

 どの口が……と思いつつも無碍にする事はない。

「どうした? 何かあったのか?」

「今起こってる事以上のモンはねぇよ。ただ、頼みがあってよ」

「頼み?」

「ああ」

 頷きながら、彼に向かって頭を下げる。

「アンタに、本業を頼みてぇ」

「は?」

 彼女らしくもない姿勢と、突然の願い。トウカイテイオーのトレーナーである彼は、呆気に取られ首を傾げた。

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