鎖影の庭   作:土斑猫

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【リューセイオー】

「ゴールドシップ」

 声をかけられて振り向くと、『彼女』が立っていた。

「おう、『あっち』のテイオーちゃん。何か用かい?」

 そう呼ばれ、少し不満げに膨れるもすぐに表情を戻して。

「ありがとう。余計な事してくれて」

 そう言って、頭を下げる。

「……ホントに殊勝になったねぇ。よっぽどだったん? 『アイツら』にしばかれたの」

 反論もせずにはにかむ様を見て、わざとらしく溜息なぞ吐く。

「アッチの黒猫ちゃんと言い、ちょっと染められ易過ぎじゃねーか? お前ら」

「……それだけ『空っぽ』なんだよ。そっくりさん(ボク達)は。でも、そこに満たされるのが『こんな』なら悪くない……。本当に……」

 

 悪くない。

 

 噛み締める様な表情を見て、苦笑い。

「ま、自分でそう思ってんならいーんじゃねーの。精々、頑張んな」

 そう言って、踵を返そうとすると再度呼び止められる。

「待ってよ。用が済んでない」

「何よ、コレでも結構いそがしーのよ? ゴルシちゃん」

「忙しい? 誰の為に?」

 その問いに、ゴールドシップの顔から消える色。ソレを見て、ニヤリと笑い。

「大事な娘だものね。『此処』じゃあキミのモノには、ならないのに」

「お前ね……」

 向けられる険しさを、真正面から受け止めて。

「対価を払わせて。余計なお世話の、対価」

「……あん?」

 チョイチョイと招く指のモーションと気付き、耳を寄せる。

 コショコショ。

 怪訝そうに眉を顰めるゴールドシップ。

「良いのか?」

「大丈夫」

「舐めてる……訳じゃなさそうだな」

「ボクの中にはトウカイテイオーの記録が有る。そんな事はしないし、出来ない。ただ……」

 

 そうじゃないと、意味が無いだけ。

 

「……は、良い度胸じゃねーか。ヒヨッコのクセによ」

 今度はコッチがニヤリとし、彼女の頭をクシャクシャと撫ぜた。

「じゃ、有り難く『利用』させて貰うわ。あんがとよ。あー、えーと……」

 さて、何と呼べば良いものか。少なくとも、もう『偽テイオー』は相応しくは無い様に思えた。

 そんなゴールドシップの様子を見た彼女が、言った。如何にも、『待っていた』と言う体で。

「リューセイオー」

「あん?」

「『リューセイオー』って呼んで。ソレが、ボクの名前」

「名前?」

「トレーナーが付けてくれた。ちゃんとした呼び名がないと不便だからって」

 嬉しそうな顔だった。

 多分、彼女がこの世界に存在を許されて。一番。

「リューセイオー、ねぇ……」

 『流星王』。泡沫としてこの世界を流れ去る身の名としては相応しいのかもしれないが。

 ソレでも、彼女の顔を見ればそんなツッコミは野暮だと知れた。

 だから、素直に祝う。

「そうか。良かったな、『セイオー』」

「うん。だから……」

 もう一度、ゴールドシップの目をじっと見て。

「覚えていてね。ずっと」

 その言葉が。ほんの少しズキリと。

「……やっぱ、分かってんだな」

 澱む様な物言いに、『当たり前じゃん』と返す声は明るく。

「ソレで良いんだ。そうでなきゃ、いけない。そうあってこそ、ボクは対価を返せる。大切なモノを、キミ達に。トレーナーに。そして……」

 

 あの娘に。

 

「お前……」

「じゃ、もう行くから。トレーナーが、メニューを組んでくれてる。ボク『だけ』の為に」

 喜びの滲む声でそう言って、今度こそ踵を返す。

「例の件、頼んだよー」

 残して駆けて行く姿を見送って。

「『あの娘に』ねぇ……」

 小さく、苦笑い。

「……罪な『普通』ちゃんだよ。全く……」

 呟く言葉は、少し苦い。

 

 ◆

 

「ふぇぷちっ!」

「おや、風邪かい? ネイチャさん」

「いけませんね。学園周りがこんな事になってからこっち、霧のせいか少々肌寒いですから。お身体には気を付けませんと」

「いや、ハハ。大丈夫大丈夫、そんなんじゃないからさ」

 心配そうに覗き込んで来るサウンズオブアースとロイスアンドロイスにヘラと笑いながらそう返すと、ナイスネイチャはグスリと鼻を啜る。

「やだねぇ。誰か噂でもしてんのかねぇ?」

「ああ、ソレはcorrettoだね。ネイチャさんは慕われてるから。キタサンもPreferitiだろ?」

「確かに。今のくしゃみも、あざと可愛いかった。ソレも意識なぞしていないのだから恐ろしい。参考にさせていただきましょう」

「あ、アンタらねぇ……」

 同輩二人の勝手な評価にゲンナリするも、まあ悪い気もしないのだろう。

 何とも微妙な顔するネイチャさんに、アースはフフと笑い。

「Scusate。でも、キミはもう少し自分がFascinoな事に気付くべきだよ? キタサンはもうcompagnoがいるから大丈夫だったけど……」

「えぇ……?」

 茶化す様で、その目は微妙に笑ってない。

 返答に困っていると、反対側から『ですねぇ』とロイスも囁く。

「香りに誘われる蝶は正しく花の粧い。けれど、余りに焦がれさせると蜂に変わりましてよ? どうぞどうぞ、御自覚の上注意の程を」

 

 恋毒の針になぞ、刺されてしまわない様に。

 

「んな……」

 思わず絶句して、一泊置いて紅くなる。

「あ、アンタらねぇ! 人をおちょくるのも大概にしなさいよー!?」

「きゃー! ネイチャさんが怒ったー!」

「Evacuazioneー!」

「待てコラァ!」

 戯れ合う様な鬼ごっこ。暫し後、結局二兎追う者のは何とやらになったナイスネイチャはハヒハヒと息を切らしながら『あーまったく、若いモンには敵わんなー』などとボヤいて腰を下ろす。

 別に本気で怒る訳でもない。

 今の状況に憂いを思う自分。その気を幾ばくでもと言う気遣いと察しているから。

「……気、使わせてちゃってるなぁ。アタシも」

 ハァと溜息つく横に、ロイスアンドロイスも座る。

「気にしないでくださいな。お互い様ですから」

「そうは言ってもねぇ」

「早く元気になって貰わないとね。人を知らずと魅せる貴女の特性は私の野望にはとても有用。まだまだ、学ばせて貰いたい訳でつまりは等価交換と言う訳でしてよ?」

「アハハ……」

 ヘラヘラ笑うその顔を綺麗と思い、そっと囁く。

「大丈夫」

「へ?」

「帰って来るから。テイオーさんは」

「!」

 息を呑む顔が、間を置いて赤くなる。思った通りの反応に、フフと笑い。

「『あの時』だって、そうだったでしょう?」

 告げた言の葉を、噛み締めて飲み込んで。

「……そう。そうだね。そうだよね」

 己に言い聞かせる様に頷く。そんな友人を愛しく思う。

 この人の想いは、多分。

 あの人にはもう決めて、そして決められた相手が在る。

 誰だって、知っている。

 あの『奇跡』を目の当たりにした者であれば。

 当然、この人だって。

 でも。

 それでも。

 想う心は、そんな簡単アッサリな代物じゃなくて。

 だから、私達だけは願おう。

 どうか、貴女の想いが実ります様にと。

 

「ねーねー、マチタン」

「ん? 何だね、ターボさんや」

 戯れる友人達を見つめていたマチカネタンホイザは、かけられた声に我に返った。

 声の主であるツインターボに問い返すと、彼女はキョロキョロしながら言った。

「イクノがいないぞ? どこ行ったんだ?」

「ああ、イクノさんなら……」

 答えながら、また思いを馳せる。

 やはり、行き場の無い想いに身を焦がすもう一人の友人に。

 ああ、ままならないね。

 本当に。

 

 ◆

 

「マックイーンさん、せめてもう少しは召し上がりませんと……」

「すいません……イクノさん……でも、もう……」

 力なくそう言ってスプーンを置くメジロマックイーン。

 彼女の前には、溶けかけた幾らも減らずに溶けかけたメロンパフェ。

 いつもならば、嬉々として平らげるだろうに。

 憔悴した顔で息を吐くマックイーンを、対座に座ったイクノディクタスは痛ましげに見つめる。

 トウカイテイオーがいなくなってから、メジロマックイーンは日に日に調子を落としていく。

 彼女のトレーナーや友人達が懸命に支えようとするも、ソレは幾許も功を奏しない。

 無理もない。

 それほどまでに、今のマックイーンにおけるトウカイテイオーの存在は大きい。

 加えて、偽テイオーの存在がなお重く影を落とす。

 想い人と同じ姿をした、似ても似つかぬモノ。

 居なくなったトウカイテイオーの空白を埋める代替え品。

 彼女が在る限り、トウカイテイオーが帰る場所は無い。

 帰って来れない。

 永遠に。

 であるならば。

 有り得ないと思いつつも、今のマックイーンの様を見ていると浮かぶ疑念は払えない。

 緩慢に。

 自ずから。

 テイオーのいる所に近づこうとしている様で。

 其処が何処かすら、自分達に分かる術などないと言うのに。

 成す術もなく。せめてでももう一度、食を勧めようとして。

「何だ。相変わらず食えてねーのか」

 後ろから聞こえた声に、二人して飛び上がった。

「ゴールドシップさん……」

「な、何でしょうか? 驚かさないでください」

 二人の声に応える事はなく、ゴールドシップはメジロマックイーンを見つめて溜息を吐く。

「やれやれ、こんな様で話になんのかねぇ?」

「……何の、話ですか?」

「言伝、頼まれてんだよ。お前さんのオツムから離れない、『誰かさん』からな」

 怪訝な顔をし、けれど直ぐに意を察し。

 マックイーンとイクノの表情は同時に凍った。

 

 ◆

 

「わたくしと……勝負(レース)を……?」

「ああ」

 ゴールドシップから伝えられた次第に、困惑するマックイーン。

「何故、そんな事を……?」

「『奇跡』を起こすんだとよ」

 奇跡。

 その単語を聞いた瞬間、マックイーンの顔から消える色。

「本物のテイオーちゃんが起こした奇跡より、どえれぇ奇跡を起こしてやんだとよ。本物(トウカイテイオー)が勝てなかった、メジロマックイーン(お前)を負かしてな。そうすりゃ……」

 

 名実共に、『トウカイテイオー』は自分だけの名前になるんだと。

 

「彼女は……まだそんな事を……」

 歯噛みしながら立ち上がろうとしたイクノの身体が止まる。

 いや。

 止められた。

 テーブルの向こうから流れて来た、気配によって。

「……『奇跡』を、起こす?」

 聞こえて来た声は、たった今まで会話していたモノ。

 毎日毎日、聞き慣れたモノ。

 けれど、今のソレは聞いた事も無い怒気を抱き。

 彼女の脚を止めていた。

 怖気立つ、戦慄きで。

「テイオー以上の、『奇跡』を?」

 見れば、見つめるゴールドシップの顔も強張っていた。喜びと恐れ。否、畏れの混じり合う色に染まって。

「あの様な……偽物(ぎぶつ)が?」

 振り向いた先には、当然の様に。

 けれど、その顔は。

「アレは……あの奇跡は、テイオーが……命を、全てをかけて掴んだモノです……捧げてくださったモノです……誰の為でもない……アレは、あの、光は……」

 

 わたくしだけの、モノ。

 

 俯き、震えていた顔が上がる。

 鋭利な視線が、息呑むゴールドシップを射抜く。まるで、彼女の向こうに『かの者』の姿を見る様に。

 正しく、鬼女と表するに相応しい表情。

 けれどイクノはソレを、美しいと思う。今までの、どんな彼女よりも。

「……結構です」

 改めて答える声には、既に先までの怒気は無く。

 その代わり、冷たく鋭く。研ぎ澄ました刃が覗く。

「受けて差し上げます」

「……アイツは、強えぞ?」

「…………」

「確かに偽モンだが、身体はまんま仕上がった時のテイオーだ。今のお前の有り様じゃ……」

「だから、『時間はくれてやる』ですか?」

「!」

 ギョッとするゴールドシップに、見透かす様な視線を向けて。

「そうですね。時間は要り用でしょう。ただし、物事は正直に申しなさいな。時間が欲しいのは、偽物(ソチラ)の方でしょうに」

 そう。マックイーンは知っている。

 偽物の限界を。

 仕上がったトウカイテイオーそのもの。

 ソレが、『限界』である事を。

 ソレが、この有り様の自分にすら及ばない事を。

 だから。

「好きなだけ、お使いなさい。納得出来るまで。言い訳なぞ、しようもなくなるまで。存分に。その上で……」

 

 捻り潰して差し上げましょう。

 

 沈黙。

 暫しの間の後、ゴールドシップが問う。

「いいのか?」

「何がです?」

「アイツは、テイオーのコピーだ。絶頂期の、『メジロマックイーンに負けた』トウカイテイオーだ」

「ソレで?」

「お前に負ければ、アイツはそん時のテイオーである条件を満たしちまう。この世界に在る条件を満たしちまう。つまり……」

 

 オリジナルのテイオーは、帰って来れない。

 

 そう。

 そう言う事なのだ。

 だから、もしオリジナルの帰還を望むなら。

「愚問」

 けれど、彼女は揺らぐ事無く。

「その様な腑抜けた術で成した処で、どの様な顔であの方と向き合えと?」

 言いながら置いていたスプーンをもう一度手に取ると、苦笑いするゴールドシップに向かって突き付ける。

「話は終わりです。さっさと言伝を返してください。せいぜい、無駄な足掻きをと」

 そして、返す刀で溶けかけのパフェを大きく抉りとるとパクリと頬張った。

「マックイーンさん……!」

 目を丸くするイクノの前で、マックイーンは猛然と平らげて行く。

 その目にも、顔にも。確かな生気を轟々と燃やしながら。

「……おう。バッチリ、伝えとくぜ」

 笑うゴールドシップの口が小さく、『ありがとよ』と呟いた。

 

 ◆

 

「……上手くいったかな?」

 そんな事を呟きながら、校舎の方を眺めていた偽テイオー改めリューセイオー。

 その背中にかけられるのは、『彼』の声。

「おい、何黄昏てんだ! ちゃんと柔軟は済ませたのか?」

 初めての叱咤に軽く飛び上がり、エヘヘと笑いながら『彼』の元へと駆けて行く。

「はーい、よろしくお願いします! ボクのトレーナー!」

 満ちる朝霧が微かに揺れる。

 空っぽじゃなくなった声の行方を、ささやかな祝福で願おうと。

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