鎖影の庭   作:土斑猫

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【いつかの】

『成程……そんな事が……』

「……信じるのか? 正味、立場が逆だったらとてもじゃないが……」

 割と想定外だった反応に驚くエアグルーヴに、電話向こうの声が笑う。

『それは、話の内容でかい? それとも、相手が私だからかい?』

「後者だ」

 間髪入れずに返されて『酷いな』と苦笑して、『それにしても……』と呟く。

『プーカか……。まさか今更ファイン絡みでその名を聞くとはね』

 聞こえる声の底に恐れとも不安とも取れない感情を察し取り、尋ねる。

「何が、あったんだ?」

『そうだね。取り敢えず、口外は控えておくれ』

「……無論だ」

 何の保証もなければ、証人もいない口約束。それでも、エアグルーヴであれば信頼出来ると言う意味なのだろう。ピルサドスキーは話し始める。らしくもない、静かな声で。

『アレは、ファインが十の頃だ。少々厄介な病を患ってね。精密検査を受ける事になった。結果、病そのものは何とかなる事が分かったが、ついでにもっと厄介な問題が発覚した』

「何だ?」

『言えない。否、私には口外する権利がない』

 思わず『私相手でもか?』と口走りそうになるのを、咄嗟に飲み込んだ。

 如何にファインモーションとピルサドスキー両者の信頼を得ているとは言え、自分が部外者である事は変わらない。それがそこまでズカズカと入り込むのは、無礼を通り越した非礼と言うものだろう。

 そう、自分は他人なのだ。

「そうか……。出過ぎてしまった様だ。すまない」

『……賢しいな、君は。そして、誠実だ」

 エアグルーヴの声の奥の感情を、読み取った様に。

『もっと欲しくなったよ』

「たわけ。良いから続けろ」

『ハイハイ。Mo ghrá Empress』

 話は続く。

『可能な範囲で言えば、命云々に関わる問題じゃない。けれど、ファインの『王族としての存在意義』の一つが消失する問題だ』

「……!」

 息を飲む。

『無論、それ一つでファインの存在が否定される訳じゃない。両親も、ショックはあれどすぐ先の事を考え始めた。けれど、幾人もの人物が絡む事。そして、絡む者達全てが賢しくもなければ善人でもない』

 

 ーー誰かが、ファインにその事実を話したーー。

 

『些事さ。ただのお喋りの延長。公式に罪を課す事も出来ない、些事だ』

 声に籠る憤り。察して、眉を顰める。

『それが、どんな動機によるモノだったのかは分からないし興味もない。どのみち、いつかは教えなければならない事でもあった。それでも、あの時のファインには早過ぎた』

 ファインモーションは賢しかった。

 深層までの理解は及ばずとも、結果だけは正しく受け取ってしまった。

 漠然と。けれど自身の生まれた意義と認識していたモノの喪失。

 幼く、故に自身の役目と存在を強く同一視していたファインモーションは己の置き場を見失う。

『あの子は文字通りの箱入りでね。本当の意味での友人と言う者はいなかった。その上で、ファインは自分が王家の中に居る資格を失ったと思ってしまった。逃げる場所も、安息の場も無くし……』

 

 ーーたった一人、閉じ籠ってしまったーー。

 

 別に、鍵を掛けた部屋に籠る訳ではない。

 ただ、人と素直に心を通わせる事を極端に避ける様になった。

 仕える者達は勿論、父や母。ピルサドスキーと言った肉親に至るまで。

 まるで、義務を果たす事叶わない自分に罰を与える様に。

 如何に心配懸念しようとも、取り除く事は叶わぬ根源。カウンセラーの処置も効果なく、もはや時の流れに委ねるより他無しと皆が思い始めた頃。

『ファインに、笑顔が戻った』

 唐突な展開に、ポカンとなる。

「誰か、何かしたのか?」

『言っただろう? 私達には、何も出来なかった』

 問いへ返す声は、何処か酷く冷えている。

『当然、私達も困惑した。喜ぶよりも先に。だから、母が訊いたのさ。『何か、嬉しい事でもあったの?』と』

 対する、ファインモーションの答えは。

 

ーー『プーカ』が、遊んでくれるのーー。

 

 エアグルーヴの全身を、冷たい悪寒が走る。

 その気配を知ってか知らずか。ピルサドスキーは淡々と。

『さて、お約束通り宮内は大騒ぎさ。当然だが、仮にも王族の息女。この世で最も厳しい管理下に置かれている存在に、いつの間にか謎の誰かさんがお友達になっているときたのだからね』

 正しく、創作物の世界では有り勝ちな展開ではあるが。実際に起これば大事に違いない。王族の身の安全云々以前に、権威に関わる。

『で、更に警備は強化され。ファインの周囲には常に誰かが貼り付く様になった。その中の一人が気付いたのさ。時折、ファインが何も無い空間に向かって話しかけている事。そして、その時呼びかける名が『プーカ』だと言う事を』

 報告を聞いた宮廷医師は、即座に結論を出した。

 此れは『イマジナリーコンパニオン』だと。

「イマジナリーコンパニオン……孤独な子供が発現する心理現象か……」

『流石、良く知ってるね。そう、一般的には『イマジナリーフレンド』と呼ばれるヤツさ』

 孤独に飽いた子供が創り出す空想上の友人。それは思考の内に止まらず、現の中にも姿を見出す。

 幼い子供の想像力が生み出す、今だ人知の領域外の現象。明確な対処法は無く、悪戯に否定しても事態は好転しない。

 前例より子供が成長するに従って自然消滅する事が多い為、やはり今は静観をとの結論に至った。

『だが、一人納得しない者がいた。それが、母上さ』

 ファインモーションの母親・ココットは医師から説明を受けた後も一抹の不安を消せずにいた。

 全ては、ファインモーションが口にした名。

 ーー『プーカ』ーー。

 何故、よりにもよってその名なのか。

 我が国に置いても珍しい……否、寧ろ忌避される名前だと言うのに。

 幼い彼女が、何故自身が生み出した友人にその様な名を?

 果たしてソレは、本当にあの子の意志なのか?

 そんな疑問と不安が、消える事なく疼き続けた。

『先の話様からするに、君は『プーカ』がどんなモノか知っている様だね?』

「ああ、友人から聞いた。酷く『性悪な妖精』だとか……」

『……そうさね。西欧の伝承にはタチの悪い妖精が多く出てくるが、プーカはその中でも『最も悪しき』などと言われる部類さ。君達tSeapáinの感覚で言えば、テングやオニの様なモノだ。ファインの様な優しい子が、空想とは言え友人にそんな名をつけるだろうか? 母上はソレが納得出来なかった。そして……』

 

 多分ソレは、正しかったのさ。

 

 ある霧の深い月夜。

 ココットは、妙な胸騒ぎを感じて目を覚ました。

 身を起こし、耳を澄ませば異常なまでに静か。宮殿内には、夜番の衛士や使用人がいる筈なのに。

 微かな恐怖を抱いた時、音が聞こえた。

 本当に本当に。微かな。音。

 奈落の如き静寂の中だからこそ、聞こえたソレが足音と気付いた瞬間。ココットは夜具から飛び降りた。

 寝室を飛び出し、裸足で走った。

 足音の元へ。

 確信があった。

 アレは、ファインだと。

 予感があった。

 行かせては、駄目だと。

 誰もいない通路を、今までに無い速度で。

 当時既にウマ娘としての全盛は過ぎていた彼女が、正しくかの時を凌駕する程に。

 かくて、追いついた先にファインモーションはいた。

 かくて、彼女の歩む先に『ソレ』はいた。

 広く長い通路の奥。夜闇よりなお深い深淵の中で。チャリチャリと無数の鎖を揺らし、爛々と輝く金色の双眼が。

 ファインモーションは歩いていく。

 ソレが広げる、腕の中へ。

 ココットは彼女の名を叫び、駆け寄った。

 力一杯抱きしめ、引き留めた。

 けれど、ファインモーションは止まらなかった。

 夢遊の如き足取りで。

 ウマ娘とは言え、子供とは思えない力で。

 諸共に引きずられて行く中、ココットは見た。

 余りに無垢な悪意を持って、愛娘に手を伸ばすソレの笑み。

 何を叫んだのかは、覚えていない。

 娘の名。

 願い。

 懇願。

 贖罪。

 怒り。

 想い。

 愛。

 ありとあらゆる、命の吐露。

 何かが、届いて。

 瞬間、ファインモーションの身体から力が抜けて。

 脱力して倒れ込む彼女を、必死で抱き止めたココットの耳に。

『あ あ。 失敗』

『今日 は 此処 まで』

『また いつか』

『迎 え に』

『可愛 い私 の』

 

ーーティターニアーー。

 

 チャリチャリ、鎖。

 笑い声。

 遠くに消えて。

 暗転。

 

『翌朝、二人は主通路で抱き合って眠ってる所を見つかった。ファインは何も覚えてなくて、その日から憑き物が落ちた様に回復したよ。母上の話を疑う者はいなかったな。何でかって? 通路に落ちてたのさ。いつの間にかファインが書庫の奥から引っ張り出してたらしい、表紙の止め金が壊れた『例の絵本』が』

 部屋の空気が、酷く冷えていた。

 乾いた喉に唾を押し込み、エアグルーヴは問う。

「それで……どうした?」

『ファインは元に戻った。ならば、余計な事を教える必要はない。母上は、全てを墓まで持っていくつもりだ。そして、例の本は……』

 ゴクリと、喉を鳴らす。

『散々出事を調べたが、他にも複数出版された一般本の一冊としか答えは出なかった。最も、他のには表紙に止め金なんて付いてなかったが』

 ならば、答えは明確。何処かで誰かが、その本に何かをしたのだ。しかし。

『そう。ソレを暴くのは無理だし、意味も無い。そんな代物に、過度に関わるべきじゃない』

 何処の国でも同じ。

 神であろうと、魔であろうと。人知及ばぬ領域に、此方から干渉するモノではない。身の程を弁えぬ真似は、ただただ厄災を呼び込むだけ。

 神魔諸共、何を求めてもいけない。

 障ってくれるな。荒びてくれるなと。

 ただ祈るが良策。

 彼らの眠りこそが、人にとっての安寧なのだから。

『燃やしてしまえと言う意見もあったが、下手をして中のモノを出してしまうのも不味かろうとなってね。王室付きの教会で清めて封印を施した後、地下の宝物庫の奥へ仕舞い込んだ……筈なんだが……』

 ピルサドスキーが笑う。酷く、乾いた声で。

『ソレが何で、其方へ送ったファインの私物にさも当然の様に混ざってたりするのかな……?』

「……此方こそが、訊きたい……」

 どちらにも、程の良い理屈など付ける術無く。

 ただただ、わざとらしい沈黙が降りるだけ。

 

 ◆

 

 空が、ゆっくりと染まって行く。

 眼下では、トレーニングに勤しむ生徒達の姿。

 屋上でジッとそれを見つめるファインモーションの背を、SP隊長のピッコロプレイヤーもまた見つめていた。

 二人の間に会話は無い。

 先の。

 親友の一人である、メイショウドトウの叫びに等しい願いを聞いてから。

 あの瞬間、ファインモーションの中で何かが動いた。

 彼女自身が、懸命に押し留めていた何かが。

 あの一押しで。

 止めるべきだったのだろう。

 あの叫びを。

 あの血を吐く様な願いを。

 有無を言わさず、押し返し。排除してしまえば良かったのだ。

 けど。

 だけど、ソレは。

「殿下、風が冷えてきました」

 声をかける。

「部屋へ、お戻りください」

 せめてもの、抵抗として。

「殿下」

「ピッコロプレイヤー」

「はっ」

 名を呼ばれた。

 酷く、律せられた声で。

 彼女が公の場で、責務ある公人として振る舞う時の声。

「皇女、ファインモーションとして命じます。これより、貴女に」

 流れる言の葉に、迷いなく。

「自室での謹慎を命じます」

 驚きは無かった。

 ほぼほぼ、予想通りの言葉だったから。

 その理由も。

 何を思ってかも、知れていたから。

「………殿下」

 だから。

「そのご命令には、従えません」

 だから。

「私の命を、拒むのですか?」

「はい」

「命令違反は……」

「何故、命令なのです?」

「!」

「そうすれば、この後何があっても責任は御自身にある事に出来るからですか? 私に、責が及ぶ事は無いからと?」

 だから。

「……」

「そうなのでしょう?」

「……」

 だからこそ。

 

「侮らないで頂きたい!」

 

 腹が立つのだ。

 

 ◆

 

『……グルーヴ。一つ、確認したい事があるのだが……』

「何だ?」

『ファインは、恋をしているね?』

「んんっ!?」

 唐突にブッ込まれた火薬に、思わず言葉が詰まる。そして、歴戦練磨の色好きはソレだけで全てを察する。

『ハハ、成程。電話で話す声が随分と艶がかかって来たと思っていたが。やはり、だね』

「ピルサドスキー、ソレは……」

『大丈夫さ。問題にする気も無ければ、ちょっかいを出すつもりもない』

 懸念を先取りする様に、ピルサドスキーはそう言って笑う。

『相手は誰かな? トレーナーではないな。以前話した事があるが、公私の区別はキッチリつける常識人だった。ファインにとって尊敬はすれど、そう言う対象になるタイプではないな。となると、同じ生徒の誰か……』

「……」

 シスコンの気があるとは聞いていたが、こうも的確な分析をする辺り、結構なモンではなかろうか……と思ったりするエアグルーヴ。

『グルーヴ、君は知っているのだろう? ファインの愛しの君が、誰なのか』

「……ああ」

 しらを切る意味は無いと、答えながら思う。あの二人の関係は、ただ恋と称して良いモノなのかと。

『どんな『女性』かな? ファインの目を疑う訳ではないが、一応確認はしておかないとね』

 そう、ファインモーションの目は決して見てくれだけで終わらず。

 そしてエアシャカールもまた、肩書きだけで忌避する事はなかった。

「……お前は、ファインの目を疑わないのだろう?」

 ファインモーションはエアシャカールを『気高い』と讃え。

 エアシャカールはファインモーションに『神』を願う。

 単なる恋人と言う認識とは、かけ離れた高み。

 互いに眩し過ぎて、抱き締める事すら難しい。

「その通りだ。確か『過ぎて』、見ていて気が気ではない」

 けれど、もしその輝きの向こうに手が届いたのなら。握り合った互いの手の温もりは、きっと高潔よりも神聖よりも。

 遥かに変え難いものになる。

「だが……離れられていると、もっと気が気ではない」

 そして、記憶の中の。並んで歩く二人の姿を見る度に思うのだ。

「全く……」

 自身で気づいてないだけで。

「厄介でお似合いの、二人だよ……」

 お前達は、もうとっくにそうだろう? と。

『……そうか』

 ピルサドスキーの声が微笑む。

 かけがえの無い妹を想う、姉の顔で。

 

 ◆

 

「私は、幼少の頃より貴女にお付きしていました!」

 怒鳴る。

「長く貴女の側に居るのです!」

 吐き出す。

「この学園の、誰よりも!」

 ずっと。

 ずっと。

「なのに! それなのに!!」

 溜め込んでいた、鬱憤を。

「何故、貴女はそんな命を私に下すのですか!?」

 悔しさを。

「そんな命は、拒否します!」

 悲しさを。

「私は、私の意志で!」

 この、想いを。

 

「貴女を、ファインモーションを! 解き放つのです!」

 

 ただ一人。愛しい貴女の為に。

 

 気づけば、優しい温もりに包まれていた。

 彼女を抱き締めながら、ファインモーションは呟く。

 『ごめんね。ありがとう』と。

 だから、ちょっとだけ我儘を。

「例の不審者が、見つかっていません……」

 抱き締め返したくなる手を、ジッと堪えて。

「『彼女』の場所までは、ご一緒に……」

 守らせて欲しい。

 大事な、貴女を。

 

 拒む理由など、有る筈もなかった。

 

 ◆

 

『本当に『アレ』がまた手を出して来たと言うのなら、ファインの心が乱れているのだろう。あの時の様に』

 ピルサドスキーの言葉に、頷く。

『正味、現実味が無さ過ぎて国どころか私個人でさえ公に動く事は叶わない』

「……だろうな」

『申し訳ないが、ファインを頼む。あの時の母上の様に、今のあの子を繋ぎ止められるのは君達と……」

 悔しさが満ちる声。強い立場は、己の自由さえも縛る。大事な身内一人、最優先に出来ない苦しみを思い遣り。エアグルーヴは答える。

「……承知した」

『ありがとう。我が、愛しの君』

「だから……」

 最後までの軽口を諌めようとした時。

 チャリ。

 違和感に、視線を下ろす。

 首に絡まる、鎖が。

「え……?」

 

『お 迎え 。大臣 殿 』

 

 床に落ちる携帯電話。異変を感じたピルサドスキーの声が、『どうした?』と。

 伸びて来た手が携帯を拾い上げ、呼びかける彼女に答える。

「すまない。ちょっと、手が滑ってな」

 彼女の、声で。

 けれど、電話向こうの彼女は凍る。

 そして、問う。

 

『君は……誰だ……?』

 

 答えは無く。通話は切れた。

 

 暗い部屋。

 チャリチャリ。チャリチャリ。

 笑う、声。

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