団長であるフィンが入団希望者と模擬戦をするという異例中の異例の事態はあっという間にファミリア内に伝わり、ベルとフィンが訓練用の施設へ到着して少し経った頃には、幹部はもちろん、ホームに残っていたメンバーもギャラリーとして集まっていた。
「君の武器はそのナイフでいいのかな?」
「はい! おじいちゃんから貰った大切なナイフなんです」
「そうか。なら僕はこれでいくよ」
そう言ってフィンは木製の槍を右手に構えた。
「それじゃあ、始めようか」
「はい!」
「ではこれより、フィンとベルの模擬戦を開始する!」
リヴェリアの声を合図に、両者武器を構える。
ベルは深く息を吐いて集中。攻める機会を窺う。
対するフィンは余裕のある笑みを浮かべながら、ベルに対して見定めるかのような視線を向けていた。
観戦している団員たちも固唾を飲んでそんな二人を見守っている。
そんな中、先に動いたのはフィンだった。
「ッ!?」
「へぇ」
軽い踏み込みからのなんの変哲もない刺突。
ただそれだけにも関わらず、ナイフで受け流したベルは冷や汗が止まらなかった。
「(完璧に受け流したはずなのに、腕が痺れてる。もし直撃してたら、それだけで終わっていた……!)」
最悪の想像をし、ベルの呼吸が荒くなる。
しかしフィンはそんなベルを見て、心の中で称賛していた。
「(ギリギリ反応できるかどうかの速さで突いたつもりだったけど……まさか反応した上で受け流しを敢行してくるとはね。反応速度も技も……予想以上だ。これならもう少し本気を出してもいいかな)」
再度、フィンが攻撃を仕掛ける。
「(さっきよりもさらに速い! それに力も! 避けるだけで精一杯だっ)」
「ほらほら、反撃しないのかい?」
違う、反撃する余裕がないだけだ、とベルは言い返したい気持ちだった。
雨のように降り注ぐ槍に圧倒され、防戦一方に追い込まれるベル。
それからもフィンの一方的とも言える攻撃は続いた。
「っ、ぐぅ!!」
ベルの口から苦悶の声が漏れる。
避けるのに専念していても完璧に全てを躱せているわけではない。避けきれず、何度か攻撃をもらっている。
よく見れば額や口、腕など至る所から血が流れ、服もボロボロだ。
すでに全身にダメージが蓄積しており、体力も底をつく一歩手前まで追い詰められていた。
「(もうこれ以上は見てられん。止めるべきか)」
リヴェリアがフィンを見る。しかしフィンは首を横に振った。
止めるな、ということらしい。
「もう限界かい、ベル?」
「っ、ま、まだ、まだやれます……!」
深紅の瞳はまだ輝きを放っている。
「素晴らしい根性だ。……でもベル、まだ本気じゃないよね?」
「……え?」
「合格の条件は僕に実力を認めさせること。それなのに君は危険を冒して反撃することなく、さっきから避けてばかりだ。どうせ勝ち目がないんだから耐えてさえいればいずれ誰かが見かねて助け舟を出してくれるはずだと……心のどこかで期待しているんじゃないのかい? ……甘えるなよ」
「……っ」
フィンから発せられる殺気。
やばいと感じた時にはすでにベルの腹に槍が突き刺さり、大きく後ろに弾き飛ばされていた。
「がっ、あ……が、げほげほ……っ!」
図星だった。
腹を押さえ、血を吐きながらベルは思う。
恩恵のない自分がレベル6に勝てるはずがない。そんなこと誰もが分かっている。だから根性と意地を見せれば誰かしらが認めてくれるんじゃないかと……はっきりとした思惑があったわけじゃないが、そんな甘えにも似た淡い希望を持っていたのは確かだった。
––––––ああ、そうだ。僕は本気じゃなかった。
いや、本気だと思い込んでいただけだった。
覚悟があるだなんて大口を叩いたくせに、実際は簡単に諦めていた。
ふざけるな。馬鹿かよ!
弱い僕が英雄になりたいのなら、『何もかもをしなければ』そこに立つことさえできないというのに!
フィンさんは初めから気づいていたんだろう。僕が命を……いや、『己』を賭していないことに。
「フィン! やりすぎだ! 何を考えている!?」
リヴェリアがフィンに詰問する。だが。
「見てみなよ、リヴェリア」
「……なっ」
リヴェリアは目を見開く。
なぜならベルが立ち上がり、ナイフを構えていたからだ。しかもその深紅の目は死んでおらず、先程よりも激しい闘志を燃やしていた。
「(バカな。あれを受けて立ち上がれるはずが……いや、立ち上がれたとしてもどうしてそんな目ができる!? 常人ならば心が折れてもおかしくない状況のはず……!)」
「まだ、やるかい?」
「……まだ、やれます」
「ならかかってくるといい」
「ぅ、ああああっ!」
ベルは吠えた。正真正銘、己を賭した戦いに身を投じる覚悟を決めたのだ。
「随分とマシな目になったね。だけど、終わりかな」
「がっ……」
フィンはベルの渾身の一撃をあっさりと躱すと、そのまま槍を横に薙いだ。
それだけでベルは紙切れのように吹き飛び、地面を転がる。
「フィン、もういいだろう?」
「……そうだね。ベルの本当の覚悟も見れた。これで合格に……」
そこでフィンの口が止まった。
リヴェリアは怪訝に思い、釣られるようにフィンの視線の先に目を向ける。
すると。
「…………」
そこにはベルが幽鬼のごとくふらふらと立ち上がっていた。
これにはリヴェリアだけでなく、フィンも驚きを隠せなかった。
だが、次の瞬間、二人は更なる衝撃を受けることになる。
瀕死のベルの口から紡がれた言葉によって。
「––––−−間もなく、『英雄』は現れる」
「「!?」」
この時の驚愕は、ベルが立ち上がったことの比にならないほどのものだった。
「ば、バカな……これは、詠唱だと!?」
「……なるほど、親指の疼きの正体はこれだったか。道理でまだ疼きが収まらないわけだ」
恩恵すら受けていない子供が魔法なんか使えるはずがない。
頭では分かっている。
しかしフィンもリヴェリアも直感していた。
間違いなくこれは何かが起きると。
そんな二人をよそに、ベルの詠唱は続く。
「私が願うは英雄。演じるは道化。ここに始まるは道化の行進。さぁ綴ろう、英雄日誌」
バチバチッと、辺りに紫電が走る。
「私は英雄になりたい。だがそれ以上に英雄のようにありたい。己より強い者に屈することなく、大切なものを守れる存在に」
ベルの詠唱が進むに連れて、ベルの周りに迸る紫電は激しさを増していく。
「『百』を救えぬのならば『一』を救え。『一』しか救えぬのならば、切り捨てられた『一』を救える男になれ。今はそれで構わぬ。いずれ『百』を救える英雄になればいい」
「しかもこれは、超長文詠唱だとっ?」
基本的に魔法というのは詠唱の長さに比例して威力や効果が大きくなるものが多い。
リヴェリアは身震いする。
「(この少年は、一体どんな魔法を発動するつもりなんだ……っ)」
そしてベルの詠唱が終わりを迎える。
「英雄と呼ばれたくば、仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ。願いを貫き、想いを叫べ。その矮小なる身に過ぎた願いを胸に男が綴るは喜劇なり! 目覚めよ、始源の英雄『アルゴノゥト』!!」
直後。
雷が落ちた。
「「「っ!!?」」」
ドゴォォッ!! という耳をつんざく轟音と、凄まじい衝撃がロキ・ファミリアのホームを……いや、オラリオを震撼させた。
それはバベルに住むとある美神と、その従者までもが何事かと束の間放心してしまうほどの衝撃だった。
近くにいたフィンとリヴェリアは危うく吹き飛ばされかけたが、フィンが地面に槍を突き刺しリヴェリアの体を支えたことでなんとか踏みとどまることができた。
しかし、フィンとベルの模擬戦を見るために集まっていた団員たちは何が起きたのか一瞬理解出来ず、誰もがその場で固まって動けずにいた。
その中でもいち早く動き始めたのはロキ・ファミリアの幹部たちだった。
慌てて雷が落ちた地点へと全員が視線を向ける。
リヴェリアとフィンを含む幹部たちはそれを見て、今日何度目か分からない驚愕に襲われた。
未だバチバチと迸る紫電と、吹き荒れる暴風。その中心地にあったのは……。
黄金に輝く大剣を片手に雷を纏うベルの姿だった。
「それが君の本気というわけだね」
フィンの言葉に、ベルは反応を示さない。
だがこれは決してフィンを無視をしたのではなく、この時のベルはすでにほとんど意識がない状態だったのだ。
というより、魔法の詠唱を始めた時点でベルの意識は飛びかけており、そんな中、頭に浮かんできた言葉を無意識のうちに口に出していただけで、ベルは自分が魔法を使ったという自覚すらなかったのである。
それはフィンもどこか察していたようで、返事を期待していた訳ではなかった。
そんないつ倒れてもおかしくない朦朧とした意識の中、ベルは確かに声を聞いた。
『––––––さぁ、喜劇を始めよう』
「ッ!!」
瞬間。
飛びかけていたベルの意識が覚醒する。
「これは、僕も本気いかないとまずそうかな」
再び瞳に光を宿したベルを見て、フィンは木製の槍を捨て、愛用している自分の槍と交換した。つまりそれだけ今のベルを警戒しているということだった。
フィンに先程までの余裕はない。無闇に仕掛けるわけにもいかず、お互いに膠着状態へ陥る。
だが今回、先に動いたのはベルだった。
雷を纏い、地面を蹴り付ける。
ただそれだけで地面は抉れ、辺りに暴風が巻き起こった。
「ッ!」
一瞬でフィンの元へと肉薄するベル。
まさかこうも容易く間合いに入られるとは思っていなかっただけにフィンの反応が遅れる。
しかしそうは言ってもさすがレベル6の冒険者。すぐさま立て直し、ベルの剣を槍で受けようとして。
「ぐっ!?」
剣が槍とかち合った瞬間、フィンは思い切り後ろへと弾き飛ばされていた。
弾丸の如き勢いで壁に激突するフィン。
周りから悲鳴の声が上がる。
「(バカな、あのフィンが吹き飛ばされた……!?)」
いくらベルが強くなったと言ってもフィンの相手にはならないだろうとリヴェリアは踏んでいただけに、今の光景は信じがたいものだった。
「まったく、末恐ろしいねほんと」
苦笑いを浮かべながら、フィンは涼しげに瓦礫の中から姿を現した。
盛大に吹っ飛んだ割に、服が少し汚れているだけで大したダメージはないように見える。
「(そうか。吹き飛ぶ直前に自ら後ろに飛んで威力を殺し、受け身をとって衝撃を全て後ろの壁に逃したのか)」
リヴェリアの考察は的中していた。
覚醒したベルもベルだが、やはりこちらも『勇者』と呼ばれるだけあって相当な化け物のようだ。
「こんなものじゃないだろう、ベル? 今度はこっちからいくよ」
仕返しとばかりにフィンの姿がかき消え、ベルの目の前まで槍の先端が迫る。
ベルはそれを危なげなく躱し、雷を纏ってフィンの背後に回り込み剣を振り下ろした。
が、フィンはそれを槍で軽々と受け流し、一連の舞のように反撃に転じる。
対するベルもさらにそれを返す刃で受けつつ、その力を利用して体を捻り、回し蹴りを繰り出す。
「(……あのフィンと、互角……? あの子、一体何者なの……?)」
二人の戦闘を見守っていた金髪の少女の瞳が驚きを孕み、確かな興味に揺れる。そしてそれは他の幹部たちも同じだった。
雷を身に纏って駆けるその姿は、まさに雷霆。
黄金の剣を振れば雷の斬撃が飛び。
突けば雷の槍が射出され。
地面に突き立てれば、地面から竜が如く雷が昇る。
その戦いぶりは、雷を司る神を連想してしまうほど凄まじいものだった。
それからも二合、三合と剣と槍は切り結ぶ。
交わされるのは銀の光と黄金の光の応酬だった。
銀の輝きが振るわれたかと思えば、黄金の煌めきが円弧を描き上げる。
両者一進一退の互角の攻防が繰り広げられていた。
「(この感じ……身体能力だけじゃなく、戦闘スタイルそのものが先程までのベルとまったく異なっている。どういうことだ? 目の前にいるのは一体……?)」
フィンは違和感を覚える。
しかしそれは当然のことだった。
なぜなら。
「(なんだろう、この感覚……まるで自分が自分じゃないみたいな……)」
ベル自身も、同じことを感じていたからだ。
「(いや、違う。そうじゃない。これはそんなんじゃなくて……もっと近い表現をするなら、『自分の中にもう一人別の誰かがいて、自分とその人が一緒になって協力して体を動かしている』……そんな不思議な感覚だ。でなきゃ大剣なんて使ったことがないのに、こんなに上手く扱えるはずがない)」
ベルはナイフの扱いこそ長けてはいるが、そのほかの武器に関しては素人もいいところだ。身体能力が跳ね上がっていても、武器の扱いまで上達するのは理屈に合わない。
「(それにこの魔法だって使ったことがないのに、これがどういった効果を持っているのか、頭でちゃんと理解出来ている)」
初めて使う魔法にも関わらず、その勝手を理解しているのはベル自身にとっても異常だった。
「(だけど、この力のおかげでなんとかフィンさんと戦えている。これなら……)」
と剣を構え、再び雷を身に纏って駆けようとしたその時だった。
「あ……」
ぷつん、と。
まるで糸が切れた人形のように、ベルの体はその場に崩れ落ちた。
途端に雷は収まり、風も止み、辺りに静寂が訪れる。
「精神疲弊……だな」
咄嗟にリヴェリアがベルを抱きかかえ、その症状から一つの結論を導き出す。
「正直驚いたよ。まさかここまでとはね」
「それはこちらのセリフだ。それで、満足できたか?」
「ああ。想像以上だった。彼は間違いなく進化するよ。それも、飛躍的にね。……さて、もう分かりきってはいると思うけど、こんなにギャラリーが集まったなら一応結果は発表しておかないといけないかな」
フィンは小さく咳払いをすると。
「これにて模擬戦は終了! 結果、ベル・クラネルは合格! 今日よりロキ・ファミリアの一員とする!」
これを聞き、観戦していた団員たちはベルへ歓迎と称賛、祝福の言葉を浴びせる。
そんな歓喜の嵐の中、当の本人は気絶したまま医務室へと運び込まれるのだった。