白兎行進   作:六無位

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英雄回帰はあくまでベル君が任意ではまだ使えない切り札ということで


膝枕

 

 

翌日。

 

早朝に目が覚めてしまったベルは、特にすることもなく、かと言って二度寝する気分でもなかったので、ホーム内を適当に散歩することにした。

 

ロキ・ファミリアのホーム『黄昏の館』は、オラリオの建物の中でもかなり大きい部類に入る。

 

そのため、しっかり覚えなければホーム内で迷子……なんてことにもなりかねない。

 

「本当に広いなぁ……あれ?」

 

建物の広さに圧倒されていたベルが中庭に入ると、そこには先客がおり、向こうもベルに気がついたようで声をかけてきた。

 

「……ベル?」

 

そう。アイズだ。

 

アイズは剣の素振りをしていたらしく、剣を片手に首筋にうっすらと汗をかいていた。

 

その姿が妙に艶かしく、ベルはごくりと唾を飲む。

 

「お、おはようございます、アイズさん」

 

「うん。おはよう、ベル。ところで、どうしたの?」

 

「えと、早くに目が覚めちゃったので、ホーム内を探検しようかなぁって。そういうアイズさんこそ、いつもこんな早くから鍛錬を?」

 

「いつもってわけじゃないけど、大体してる……かな」

 

「(アイズさんはLv.5の冒険者で、ファミリア内でもかなり上の人なのに、こんなにも努力してるんだ……僕も頑張らないと)」

 

自然と拳を握ってしまう。

 

それを見たアイズは、「よかったら、ベルも一緒に訓練、する?」と提案を持ちかけた。

 

「い、いいんですかっ?」

 

「うん。いいよ」

 

アイズに師事してもらえるという予期せぬイベントに、ベルは喜びを隠すことなく満面の笑みを漏らす。

 

「ベルは、どんな武器を使いたいの?」

 

「えっと、今まではナイフしか使ってこなかったんですけど、これからは大剣も使えるようになりたいなって……」

 

ベルの習得した魔法【アルゴノゥト】は、身体能力を大きく引き上げると同時に、雷霆の剣を召喚するわけだが、今の大剣をうまく扱えない状態のベルのままでは、雷霆の剣が完全におまけというかお荷物になってしまう。

 

それでは召喚された雷霆の剣があまりにも不憫なわけで……。

 

「大剣? でも、フィンと戦ってた時はちゃんと使えて……」

 

「それが、あの時はちょっと不思議な感覚で……自分だけの力じゃないというか、なんというか……」

 

ベルの言う通り、ベルが大剣を上手く扱えていた……というより、フィンと互角に戦えたのは、正直なところ【英雄回帰】の補正に依るところがほとんどだった。

 

【英雄回帰】のスキルのことをベルは知らされていないが、あの状態が自分の実力でないことを彼は理解していたのである。

 

「それに多分なんですけど、今魔法を使っても昨日フィンさんと戦ってた時のような動きはできないと思うんです。だから、あの技を自分のものにしたいなって」

 

「そうだったんだね。そういうことなら、大剣の扱いを練習していこうか」

 

「お願いします!」

 

「……じゃあベル、昨日使ってた魔法で、大剣を出せる?」

 

「あ、はい。【目覚めよ、始源の英雄『アルゴノゥト』】」

 

ベルが詠唱を終えると、バチバチ、とベルの周りを紫電が迸り雷霆の剣が姿を現した。

 

昨日は魔法発動時にものすごい落雷が発生したが、あれはベルが無意識のうちにフル出力で魔法を使用したためであり、今のようにセーブして発動すればあのようなことはまず起こらない。

 

というより魔法を発動するたびにあんな特大の雷が落ちていては迷惑などという話ではない。もはや一種の災害だ。

 

ベルは一度魔法を使ったことでそのことを自然と理解しており、きちんと学習して出力を抑えたというわけである。

 

「やっぱりすごいね。付与だけじゃなくて、武器を召喚できる魔法なんて」

 

アイズはベルの魔法を見て、目を輝かせる。

 

そんなアイズからの熱い視線を受け、ベルは思わず照れたように頬を掻いた。

 

「それで、アイズさん。僕は何をしたら……」

 

その問いに、アイズは。

 

「……戦おう」

 

それだけ返した。

 

「えっ」

 

予想外の返しにベルが固まっていると、アイズは剣を中庭の隅に置き、鞘だけを持ってベルと相対した。

 

「私はリヴェリア達みたいに上手く教えられないから……これが一番いいと思う」

 

そしてアイズの空気が変わった。

 

標準的な片手剣とほぼ同等のリーチがある鞘を右手に持って、静かに構える。

 

突っ立っているだけだったベルの肌が、ぞっ、と敏感に反応した。

 

ベルは咄嗟に雷霆の剣を構えてしまう。

 

「うん……それでいいよ。今君が反応した通り、これから始めることの中で、色々なことを感じてほしい」

 

つまり模擬戦を通じて、自ら学べと、彼女は言っているらしい。

 

「で、でも僕の武器は刃を潰したりしてませんけど……っ!?」

 

「大丈夫」

 

ただ一言。それだけでベルの懸念を受け止めたアイズに、ベルは喉を鳴らした。

 

心配する相手を致命的なまでに間違えていることをベルは悟った。

 

決してベルを見下しているわけではない。ただそこにあるのは、それだけの実力差があるという事実だった。

 

「いくよ」

 

刺突。

 

恐ろしい速度の突きが、ベルの鳩尾を目掛けて繰り出される。

 

「くっ、う」

 

ギリギリのところで剣の腹を滑り込ませることで直撃は避けたが、その衝撃によりベルは吹き飛ばされ地面を転がる。

 

「(やっぱりそうだ。恩恵を授かって、魔法で身体能力を強化してるから昨日よりもステータスは上のはずなのに……昨日フィンさんと戦ってた時みたいなキレが今の僕にはない。これが本来の、今の本当の僕の実力……!)」

 

受け身を取りつつ跳ねるように起き上がって体勢を整え、武器を構える。

 

そして爆発的な踏み込みと共にアイズに突っ込み剣を振り下ろす。

 

しかし。

 

「あっっ……がっ!?」

 

薙がれた。

 

とんでもない速さで鞘が横一閃に走って、雷霆の剣を放つためにガラ空きになっていた脇腹に叩き込まれた。

 

ベルの目が辛うじて捉えられたのは、ぶれた斜線だけだった。

 

相手はLv.5の冒険者。

 

知っていた。分かっていた。

 

だけど。

 

「(この人、めちゃくちゃ速い上に、強い……!)」

 

【アルゴノゥト】を発動していても、相手にならない。

 

少しくらいは喰らいつけるかもなんて完全に思い上がりだった。

 

使ったことのない大剣だから、などと言う次元の話ではない。例えこれがナイフを使った戦闘であっても、結果は同じだっただろう。

 

「もっと、視野を広く持って」

 

「っ!」

 

「惜しい」

 

「ぐぁ!?」

 

躱せたと思ったら、容赦ない追撃。

 

そっちは行き止まりだとばかりに膝を打ちすえられた。

 

「今は追うだけでもいい。相手の動きを読めるようになって」

 

「づぅっ!?」

 

「そう。その調子」

 

「ぶっ!?」

 

初手の切り上げから、再び横薙ぎ。

 

剣を軌道上に構えることはできた。しかし、できただけ。

 

その頃にはとっくに鞘は雷霆の剣のあった場所を通過してベルを打ちのめしていた。

 

それからも降り注ぐ斬雨に、ベルは負けじと喰らいつく。

 

「(喰らいつけ。喰らいつけっ。喰らいつけ!)」

 

心の奥で吠える。

 

そんなベルを見て、アイズは胸を躍らせた。

 

「(すごい。もうこんなにも……)」

 

アイズは手加減が下手だ。それは彼女自身も自覚はあった。

 

それゆえに、そんな自分の攻撃に対応しつつあるにベルに対して驚きを隠せなかった。

 

縦横無尽に走り抜ける無数の斬閃。

 

だがベルは折れない。

 

そして。

 

「っあぁっ!!」

 

「ッ!」

 

一際大きな光が迸ったかと思うと、ベルのスピードが一瞬だけ跳ね上がり、アイズの鞘を避け、反撃へと転じてきた。

 

次の瞬間。

 

「へぶぅ!?」

 

「あ」

 

防衛本能とでも言うのだろうか。

 

予想外のベルの反撃に驚いたアイズは、ほぼ反射的にベルにカウンターを決めていた。

 

今までは気持ち手加減はしていたが、今回のは手加減する余裕がなかった。加減を間違えた一撃をモロにくらったベルは綺麗に弧を描いて地面に熱い接吻をし、そのまま気を失った。

 

そんな惨状を目の当たりにしたアイズはポツンと佇んで。

 

「……ベル、ごめん」

 

泣きそうになりながら呟いたのだった。

 

 

 

 

「で、何がどうしてこうなっているんだ?」

 

リヴェリアが眉間を押さえ、ベルを膝枕しているアイズに問いかける。

 

リヴェリアは今日ベルをギルドに連れていき、冒険者登録をさせようと考えていたわけだが、ベルの部屋を訪れても反応がなく、扉を開けてみるともぬけの殻。

 

なにごとかと思い、ホーム内を探していると、この惨状に出くわしたわけである。

 

「……えっと……特訓していた、から?」

 

「なぜ疑問系なんだ」

 

まさかアイズがベルを痛めつけたりなどするはずがないと分かっていても、満身創痍のベルを見ると疑ってしまうのも無理はなかった。

 

「アイズ、手加減はしていたのか?」

 

「もちろん、してたよ? ……最初のうちは」

 

「最初のうちは?」

 

「うっ……その、最後の一瞬だけ、手加減できるほど余裕がなくて……」

 

それを聞いたリヴェリアは目を見開く。

 

「(あのアイズをそこまで追い詰めたのか、ベルは)」

 

この子の将来がますます楽しみだ、とリヴェリアは笑みを漏らす。

 

だが。

 

「アイズ、推測でしかないが、恐らく最後の一撃以外もやりすぎだ。お前はもう少し手加減を覚えろ」

 

「……はい」

 

しょぼーんと反省したように凹むアイズ。

 

悪気はないのだろう。それゆえにリヴェリアもあまりきつくアイズを叱るわけにもいかなかった。

 

「ん……んん」

 

そこでようやくベルが目を覚ます。

 

「あ……ベル、起きた?」

 

不意に、ひょいと。

 

仰向けになっているベルの顔を、金の瞳が覗き込んできた。

 

間近に迫るアイズの顔。そして後頭部に感じる柔らかな感触。

 

「ほあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

一瞬で自分の置かれている状況を理解したベルは、悲鳴を上げながら転がるように起き上がった。

 

「あ、あの、ベル……ごめん、ね? だから、その、嫌いにならないで……」

 

ベルは恥ずかしさのあまり逃げ出したわけだが、どうやらアイズには違うように映ったらしい。

 

不安そうに瞳を潤ませるアイズを見たベルは、その可愛さに胸を撃ち抜かれ。

 

「きゅう……」

 

またその場に気絶した。

 

そして数分後、またベルは目を覚まし。

 

「……大丈夫?」

 

目の前に広がるアイズの顔。そして後頭部の柔らかい感触。

 

つまりは膝枕リターンズ。

 

一瞬で顔を真っ赤に染めたベルは。

 

「ほあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「って、いや待て!? 私は一体何を見せされているんだっ!?」

 

またも逃げ出そうとしたベルを捕まえ、悲鳴のようなツッコミをいれるリヴェリアによって、朝のこの騒動はようやく終わりを迎えたのだった。

 

 

 

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