「ベルたん! 今日は今から宴やでー!」
「……へ?」
リヴェリアと共にホームへ戻ると、急にロキがそんなことを言い出した。
「宴、ですか?」
「せや! ベルたんの歓迎会、まだしてへんかったやろ? ちゅーわけで、今からみんなで『豊穣の女主人』に出発や!」
「え、え、え、神様ぁ!?」
有無を言わせず、ロキはベルを誘拐する。
どうやらベル本人はサプライズということで知らされていなかったようだが、他の団員たちにはあらかじめ伝わっていたらしく、見ればベルを除く全員はすでに準備万端という様子だった。
リヴェリアも宴会のことは把握していたので、座学を始めるのも『今日から』ではなく、『明日から』とベルに伝えていたのである。
わけも分からないままベルは酒場に連行されたが、自分の入団を祝ってのものだと言われてしまえば、黙って席に着くしかなかった。
そして料理が運ばれ、飲み物が行き渡ったところで、ロキが音頭をとる。
「よっしゃあ! 今日はベルの歓迎会や! 皆、飲めぇ!」
「「「おーーーっ!!!」」」
ガチン! とジャッキをぶつけ合い、酒を豪快に呷る。
もちろんベルはお酒ではなく、普通の飲み物を注文しており、圧倒されながらちびちびと口へ運ぶ。
最初こそ馴染めなかったベルだが、リヴェリアやティオナたちの手助けもあって次第に輪の中に入ることができ、メンバーのみんなと次々と自己紹介を交わしていく。
「私はレフィーヤ・ウィリディスと言います。よろしくお願いしますね、ベル?」
「はい! レフィーヤさん、よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げ、小動物のような庇護欲をそそる笑顔を見せるベルに、レフィーヤは眉を下げて優しく微笑む。
最初、レフィーヤはベルに対し、あまりいい印象を持っていなかった。
というのも、尊敬するリヴェリアやアイズに可愛がられている姿を見て、ぶっちゃけた言い方をすると、要は嫉妬していたのだ。
それゆえ、話す機会があれば一言がつんと言ってやろう、そんな気でレフィーヤはいたのだが……。
しかし実際間近で見て話してみると、なんというか、二人の気持ちも理解できた。
とにかく、シンプルにいい子なのだ。
純真無垢というか、人懐っこいというか。
「(こんな子に、八つ当たりできるわけないです……)」
その人好きのする笑顔は、レフィーヤをも籠絡させた。
「ふぅ……」
一通り挨拶を終え、ベルが一息吐いていると。
「楽しんでいますか?」
一人の店員がベルに声をかけた。
声をかけてきたのはベルと同じ、ヒューマンの少女だった。
服装はこの店の制服なのだろう、白いブラウスと膝下まで丈のある若葉色のジャンパースカートに、その上から長目のサロンエプロン。
光沢に乏しい薄鈍色の髪を後頭部でお団子にまとめ、そこからぴょんと一本のしっぽが垂れている。
髪と同色の瞳は純真そうに澄んでいてとても可愛らしく、ベルはその頬を赤く染めた。
「あ、えと、そうですね。こういうところに来るのは初めてなんですけど、結構楽しんでます」
「ふふっ、それはよかった。あ、私はここの従業員をしています、シル・フローヴァです。よろしくお願いします」
「あ、はい! 僕はベル・クラネルって言います。こちらこそよろしくお願いします」
それからも、ベルとシルが他愛のない会話をしていると……。
「んだとてめぇ!?」
そんな怒声と、テーブルを強く叩く音が奥の方から聞こえてきた。
「喧嘩、でしょうか……?」
少し怯えたようにシルが体を小さくする。
どうやら、他のファミリアで飲みに来ていた冒険者たちが揉めているようだ。
かなり険悪なようで、一触即発といった雰囲気が漂っている。
「どうなんでしょう……でも、止めた方が……」
いいのかな、とベルが続けようとした、その時だった。
男の一人が思い切りジョッキを投げつけようとして、その手からすっぽ抜けたジョッキがシルを目がけて飛んできたのである。
「きゃっ!」
「ッ!」
間一髪のところでベルがシルを抱き寄せるようにして前に出て、そのジョッキを掴み取る。
それを見た女将はブチギれ、同じく店員のエルフが明確な殺意を持ってその冒険者たちを排除しようとしたが、それよりも先にベルが動いた。
「あなたたち、一体何をしているんですかっ!」
冒険者たちを睨めつけ、ベルが吠える。
「あぁん? なんだ、クソガキ」
煩わしそうにベルを見下ろす冒険者。
しかしベルは一歩も退かなかった。
「なんだ、じゃないです! あなた方が投げたジョッキのせいで、あと少しでシルさんは怪我をするところでした! 謝ってくださいっ」
「うぜぇガキだな。いいぜ。文句があるってんなら、表に出や、が……れ……?」
と、そこまで言って男は。
自分が置かれている状況に気がついた。
厨房の方で怒気を孕んだ目でこちらを見る女将とエルフ。
そしてベルのすぐ近くで、いつでも準備ができていると言わんばかりに臨戦体勢に入っているアイズ、リヴェリア、レフィーヤ、ヒリュテ姉妹。
さらに奥では目が全く笑っていないロキ・ファミリアの主神が、こちらを見ている。
男の酔いは一瞬で醒めた。
次いで手が震え、冷や汗が止まらなくなった。
「わ、悪かったな坊主」
命を危険を感じ取った男はベルに謝罪し、退散しようとしたが。
「待ってください。僕じゃなくて、シルさんに謝ってください」
ベルの一言に、足を止められる。
「っ。す、すまなかった、嬢ちゃん。俺たちが悪かった」
「いいですか、シルさん?」
「はい。ベルさんが守ってくれましたから、私はもう大丈夫です!」
それを聞いた男たちは、有り金を全て置いて逃げるように店から走って出て行った。
男たちが見えなくなって、ベルは安堵の息を吐く。
「クラネルさん。シルを守っていただき、ありがとうございました」
すると、厨房から一人のエルフが出てきてベルに頭を下げた。
「え、と……」
「ああ、すみません。私はリュー・リオン。シルと同じくここの従業員です。そして、シルは私の大切な同僚です。ですので、彼女を守ってくださったあなたに感謝を」
「そ、そんな! 当然のことをしただけですから! でも、シルさんに怪我がなくて本当によかったです」
「ベルさんのおかげですよ。ありがとうございました。かっこよかったです!」
そう言って笑顔でベルの手を握るシルに、ベルは完全に硬直してしまう。
だが、そんなベルの首根っこを掴んで、シルから取り上げた人物が一人。
「ベル! かっこよかったよー!」
そう、ティオナだ。
「……ベル、おつかれさま」
「少しヒヤヒヤしましたけど、よく頑張りましたね、ベル」
続いてアイズ、レフィーヤがベルの頭を撫でる。
ベルの顔はすでにオーバーヒート間近だった。
さすがにシルとリューも、ロキ・ファミリアの団員たちに抗議するわけにもいかず、仕方なく身を引くことに。
「しかしベルよ。次からはもう少し考えてから行動するように。今回は私たちがいたからよかったが、お前の勝てない相手だったらどうする? それに、他のファミリアと揉め事を起こせば、お前一人の問題ではなくなるんだぞ。それをしっかり覚えておけ」
「は、はい……」
リヴェリアに叱られて落ち込むベル。
だが。
「とはいえ、お前のしたことは間違っていない。誇らしいことだ。よくやったな」
叱られた後の優しい言葉に、ベルは瞳を潤ませる。
そんな光景を見ていたロキと、『豊穣の女主人』の女将であるミアは。
「へぇ、なかなか見どころのある坊主じゃないか、ロキ」
「せやろせやろ? うちの期待の新星なんや」
満足したような笑みを浮かべながら、酒を口に運ぶのだった。