冒険者登録を済ませてから数日が経った。
しかし、僕は未だにダンジョンに潜れない日々を送っていた。
というのも、僕にはダンジョンやモンスターに関する知識が圧倒的に不足していたからだ。そのため、リヴェリアさんからまだお許しが出ていないのである。
正直に言えば、今すぐにでもダンジョンに行きたい。早くモンスターと戦いたい。早く強くなりたい。
こっそりホームを抜け出してダンジョンに潜っちゃおうかな、なんて考えてしまうこともあった。
だけど、僕を死なせないために必死になって色々教えてくれているリヴェリアさんの姿を見ると、そんな気持ちを飲み込んで我慢することができた。
リヴェリアさんのこの思いを裏切るわけにはいかない。
ダンジョンには、ちゃんと許可をもらってから、堂々と挑めばいい。
その一心で、必死に座学に取り組んだ。
その甲斐あってか、ついに。
「ベル。そろそろダンジョンに挑戦してみるか?」
リヴェリアさんから、お許しが出た。
「い、いいんですかっ?」
「ああ。座学も頑張っているし、そろそろ上層であれば潜ってみてもいい頃だろう。それに、お前の付き添いは私だ。余程のことがあってもお前を守ってやれるから安心しろ」
そのセリフに嬉しさを感じつつ、本当はリヴェリアさんを守れるようになりたいんだけどなぁ……などという高望みすぎる願望が頭をよぎる。
「では、今日はお前の防具を見に行こうか。武器はそのナイフと魔法があれば問題ないだろう」
「あ、あの、でも僕、お金が……」
「安心しろ。それくらいは私が出してやる。もしそれでも気が引けるようなら、稼げるようになってから返してくれればいいさ」
「リヴェリアさん……ありがとうございますっ」
本当にリヴェリアさんにはお世話になりっぱなしだ。いつかちゃんと恩返しがしたいなぁ。
そんなことを考えながら今日の分の座学を終えた僕とリヴェリアさんは、先程話していた通り、防具を買いに行くことになった。
リヴェリアさんについて行き、向かった先はバベルだった。
「バベル……? リヴェリアさん、僕たちはどこに向かってるんですか?」
「ふふ、直に分かる」
リヴェリアさんは面白がるように笑うだけで、僕の質問には答えてくれなかった。
首を傾げながらバベルの中を進んでいく。
やがて辿り着いたのは……。
「こ、こ、ここって……」
「ああ、ヘファイストス・ファミリアの店だ」
「ええええっ!?」
ヘファイストス・ファミリアといえば、オラリオで一、二を争う鍛治師系ファミリアだ。
世界クラスのブランドであり、冒険者の間でも信頼が厚い。
それだけ質が高いということは、それに伴って価格も跳ね上がるわけで……。
チラリと、ショーウインドーに並ぶ武器に目を向ける。
「(さ、さ、3000万ヴァリス……!)」
思わず目が飛び出そうになった。
そんな僕を見て、リヴェリアさんは口元に手を当ててくすくすと微笑む。
ただそれだけのことなのに、つい見惚れてしまうくらいにリヴェリアさんの仕草は絵になっていた。
「期待通りの反応をしてくれるからお前は可愛いな。しかし、当たり前だが、新人冒険者にこんな高額な防具を買い与えるはずがないだろう? 身の丈に合わない強すぎる武具は使い手の腕を腐らせるからな」
「え、じゃあどうしてここに?」
「私たちの用があるのは、このさらに上の階だ」
魔石によって動くエレベーターに乗り、上へと進む。
「ここだ。ベル、見てみろ」
言われて武器に視線を移すと……。
「あ、あれ? そんなに高くない……?」
「驚いたか? ここにあるのは新米の鍛治師の作品だからな。安くても実際に売られて評価を受けることが駆け出しの彼らにはプラスになるんだ。中には掘り出し物もあるかもしれんぞ?」
「わあ〜! お、奥の方も見て来ますっ」
沢山の武器や防具が間近に並んでいるのを見ていると、なんとなく気分が上がり、宝探し感覚で店内を探索する。
すると奥の方で、銀色に輝くライトアーマーを見つけた。
「これ……」
どうしてかは分からないけど、なぜか強く目が引かれた気がして、自然と手に取ってしまっていた。
製作者のサイン……『ヴェルフ・クロッゾ』。
一体、どんな人なんだろう……。
「お気に召すものは見つかったか?」
しばらくライトアーマーを眺めていると、リヴェリアさんが後ろから声をかけてきた。
「は、はい! 僕、これがいいですっ」
「ふむ。確かに悪くないな。ではこれにするか?」
「はい!」
値段は9900ヴァリス。リヴェリアさんからすれば大した額ではなさそうだったけど、自分でお金を稼げるようになったらちゃんと返そうと僕は決めた。
「リヴェリアさん、今日は本当にありがとうございました!」
ホームに着いた僕は、改めてリヴェリアさんに感謝を伝える。
「まったく、気にしなくていいと言っているだろう。それより、明日からいよいよダンジョン探索だ。今日は明日に備えてしっかり休んでおくんだぞ?」
「了解です!」
よし! これでようやく僕の冒険者ライフが始まるんだ!
初めての防具を胸に抱いた僕は、上機嫌で自分の部屋へ向かったのだった。
◆
ダンジョン第一階層。
「ここが、ダンジョン……!」
初めて潜るダンジョンに、ベルは思わず胸を高鳴らせる。
待ち望んだダンジョン探索。長い間お預けをくらっていた分、その喜びは倍増していた。
しかし上層とはいえ、油断していると足元を掬われかねない。
そうやって命を落としてきた例を、リヴェリアやエイナから聞いていたベルは、浮ついた気を引き締めるように両頬を叩いて気合を入れ直す。
「そういえばベル、昨夜寝る前にステイタスを更新したらしいな?」
「あ、はい! 何度かアイズさんと模擬戦をしていたことをフィンさんに言ったら、一度ステイタスを更新してみたらどうかと言われたので」
基本的に冒険者はダンジョンでモンスターを倒すことでステイタスを伸ばしていくので、ダンジョンに潜っていない状態であればステイタス更新をする必要はないが、確かにアイズと模擬戦をしていたのならば多少の伸びは期待できるかもしれない。
「……私も見て構わないか?」
ベルの成長がどれくらいのものか気になったリヴェリアは、他人のステイタスを聞くことに少し抵抗を覚えつつも尋ねてみる。
「ええ、どうぞ」
ベルは少し気恥ずかしかったが、服を捲りながらリヴェリアへと背中を向ける。
そして。
「(な、んだ……これは……)」
その数値に、リヴェリアは驚愕した。
ベル・クラネル
Lv.1
力:G221
耐久:F305
器用:G232
敏捷:F313
魔力:G201
「(早すぎる。熟練度の伸びが。異常なまでに。たとえスキルの効果があったとしても、これでは成長ではなく、『飛躍』だ)」
実を言うと、昨日ベルのステイタスを見たロキとフィンも同じ感想を抱いていた。
「あの、リヴェリアさん?」
「い、いや、なんでもないぞ。頑張っているんだな、ベル」
動揺を誤魔化すように、ベルの頭を撫でて顔を見られないようにする。
でなければ、この少年にスキルの存在を勘付かれてしまう恐れがあったからだ。
そんなことをしていると、前方にゴブリンが歩いているのを発見した。
運良く群れではなく、一匹だけのようだ。
ちょうどいい、とリヴェリアは思った。
「さて、ベル。あれがお前の最初の相手だ。準備はいいか?」
「はい。いけます!」
元気な返事。気合いは十分といったところか。
「今のお前のステイタスなら問題ないだろうが、気を抜くんじゃないぞ。では、行ってこい」
「分かりました!」
ぽんっ、とリヴェリアに優しく背を押され、ベルは勇気づけられたかのようにナイフを構える。
『ギッ』
ベルの敵意を感じ取ったのか、ゴブリンはこちらへ振り返り、威嚇するように声をあげた。
普通の新米冒険者であれば初めてモンスターと対峙すれば多少なりとも臆したりもするものだが、ベルは何度かアイズと模擬戦をしているため、今更ゴブリンを相手に足踏みをするということはなかった。
「しっ!」
大きく息を吐き出し、一息の間にゴブリンとの距離を詰める。
『ギェッ!?』
その速さに、ゴブリンは驚きの声を漏らした。
完全に舐めてかかる相手を間違えたことを後悔させる暇すら与えず、ベルは駆け抜けざまにナイフを振り抜く。
ゴブリンはろくに抵抗もできぬままその首を刎ねられ、その場に崩れ落ちた。
完全に動かなくなり、ゴブリンが灰に還ったことを確認したベルは、ようやくナイフを鞘に仕舞った。
リヴェリアの座学で教わった通り忘れず魔石を回収し、満面の笑みでリヴェリアの元へ駆け寄る。
「リヴェリアさん! 倒せました!」
尻尾が付いていればぶんぶんと振り回していそうなほど全身で喜びを体現しながら、ぴょこぴょこと跳ねるように走ってくるベルに、リヴェリアは母性を擽られる思いだった。
思わず衝動的に抱きしめてしまいそうになったが、理性でなんとか抑え込む。
「うむ。よくやったな。初めての戦闘とは思えない、いい動きだったぞ」
「えへへ」
それからもダンジョンを進み、コボルトや、ゴブリンの群れと遭遇したが。
「せぁっ!」
『ガァッ!?』
「ふっ!」
『ギョグッ!?』
魔法すら使わず、一切危なげなくモンスターを屠っていくベル。
その姿にリヴェリアは少し頭を悩ませる。
「やはり、このあたりの敵ではベルの相手は務まらんか……」
ステイタスでいえば、5階層に進出しても問題はないだろう。
というより、魔法なしであの動きならば、魔法を使えば10層進出すら余裕で視野に入る勢いだ。
たがこのペースで進んでしまうと、ステイタスが先行しすぎて経験不足という状況に陥りかねない。
ステイタスの高さだけでどうにかなるほど、ダンジョンは甘くないのだ。
「(成長が早すぎるというのも難しい問題だな)」
改めて【英雄一途】というスキルの異常性を思い知ったリヴェリアは、今後、より一層しっかりベルを教育していこうと心に決めたのだった。
「よし、今日は初日だ。これくらいで終わりにしておこうか」
「はい!」
この階層のモンスターでは物足りなかったかもしれないが、初めてのダンジョンということでベルは満足したようだ。
踵を返し、ダンジョンの出口へ向かって歩き始める。
その途中で。
「あれは、何をして……?」
ふと、ベルの目にあるものが止まった。
それは、檻の中に入れられたモンスターが、冒険者によって運ばれているところだった。
「恐らく怪物祭の準備だろうな」
「怪物祭、ですか?」
聞いたことのない言葉に、ベルは首を傾げる。
「ああ、まだオラリオに来て日が浅いお前なら知らなくても仕方ないか。怪物祭とは、年に一度開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の催しでな。闘技場を一日貸し切り、ダンジョンから連れてきたモンスターを調教するんだ」
「ちょ、調教って、飼いならすって意味ですか? あの凶暴なモンスターを?」
突拍子もない話に、ベルは面を食らった。
「調教という技術自体は確立されている。素質によるところも大きいが、モンスターに自分のことを格上だと認識させ、従順にさせるんだ」
「つまり、モンスターと格闘して大人しくさせるまでの流れを見せ物にしてるってことですか?」
「簡単に言えばな。興味があるならティオナたちに声をかけてみてはどうだ?」
「あの、リヴェリアさんは行かないんですか?」
「そうだな……私は遠慮しておこう。ああいった祭りの空気には、どうも馴染めなくてな」
「そうですか……」
「そんな落ち込んだ顔をするなベル。怪物祭でなくても、また別の機会に予定が合えばどこかに連れて行ってやる」
「ほ、ほんとですかっ?」
パァッと笑顔を咲かせるベル。
これを素でやっているというのだから恐ろしいものだ。
「ああ」
「やったー!」
「こらベル。ダンジョン内でそんなにはしゃぐな、まったく……」
眉を下げて優しくベルを諭す。
「(どうにもベルが相手だと寛容になってしまうようだな、私は……)」
いかんいかんと頭を振りながらも、その太陽のような笑顔を見ていると何も言えなくなってしまうリヴェリアであった。
その後、ホームへ戻ったベルはすぐさまティオナ、ティオネ、アイズ、レフィーヤを怪物祭へ誘い、無事OKをもらうことができた。
そして数日後。
待ちに待った怪物祭の日が、訪れる。