−−−−−−怪物祭、当日。
待ち合わせ場所であるロキ・ファミリアのホームの入り口には、すでに全員が集合していた。
「それじゃあ、みんな揃ったことですし出発しましょうか」
北のメインストリートを南下し、バベルが建つ中央広場に出た後、東のメインストリートへ進む。
混雑を避けるため、少し遅めの時間に待ち合わせを設定したが、あまり効果がなかったようで東のメインストリートは人で溢れていた。
人波に乗って、混雑を極める東のメインストリートを進んでいく。
歩くのにも一苦労する大通りは、花を始めとした飾り付けをされ、普段から目にすることのない彩りが添えられていた。
新鮮な光景に、ベルは興味津々といった様子だ。
そして、ようやく渋滞を抜け、闘技場を目前に捉えたところで。
「……ッ?」
アイズに悪寒が走った。
◆
『それ』はゆっくりと目を覚ました。
緩慢な動きで全身を震わせ、ずるずると床を這いずる音を撒き散らしながら、開け放たれた扉から抜け出す。
そして、外に。
外に出ようと。
それは闇の中を蠢いた。
知性は介在しない与えられた本能が熱を灯し、自分の存在意義を思い出す。
移動していく。
この暗闇から抜け出し、音が聞こえてくる方向へと。
多くの生物の気配がする、自身の直上へと。
地上へと。
◆
「……ッ?」
「アイズさん……?」
「どうかしたんですか?」
眉を訝しげに曲げ、周囲を見回し始めるアイズに、ベルとレフィーヤは問いかける。
表情を張り詰めさせる彼女は静かに口を開いた。
「……地面が、揺れてる」
アイズの一言で、ベルたちも気付く。
「たしかに、揺れてますね」
「地震……じゃないですよね」
地震というにはあまりにもお粗末な揺れは、ベルたちに不穏なものを覚えさせる。
そして、その予感は的中した。
自然に身構えていたベルたちのもとに、何かが爆発したような轟音が届く。
「「「!?」」」
引き寄せられるように視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。
『き、きゃあああああああああああああっ!?』
次いで響き渡る女性の金切り声。
土煙の中から姿を見せたのは、蛇に酷似する長大なモンスターだった。
ぞっ、と首筋に走る嫌な寒気。
ベルたちは顔色を変えた。
「あいつ、やばい!」
「行くわよ!」
「……うん」
ティオナの声に続くように、ティオネとアイズも走り出す。
「私たちも行きますよ、ベル!」
「は、はい!」
屋根の上を跳んで、一直線に突き進む。
悲鳴を上げ、市民が一斉に逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ勢いよく着地を決めた。
「……こんなモンスター、見たことない」
「新種……?」
淡い黄緑色をした顔のない蛇、と形容するのが最も相応しいであろうモンスターに、各々戸惑いの表情を浮かべる。
「ティオナ、叩くわよ」
「分かった!」
先手必勝とばかりにアマゾネス姉妹が、モンスターの頭に拳と蹴りを叩き込む。
しかし。
「っ!?」
「かったぁー!?」
皮膚を打撃した瞬間、二人は驚愕を等しくした。
まさか、渾身の一撃が阻まれるとは。
素手とはいえ、並のモンスターならばそれだけで肉体を破壊される第一級冒険者の強撃である。
にも関わらず、貫通も爆砕もかなわないほどの防御力となれば、これは非常に厄介だ。
「武器持ってくればよかったー!」
愚痴を零しながら、レフィーヤの隣に降り立つティオナ。続いてティオネも悪態をつきながら着地する。
「私たちの攻撃が通らないとなると、打撃では埒が明かないわね」
「私たちが時間を稼ぐ。レフィーヤは、魔法の詠唱をお願い」
「わ、分かりましたっ」
アイズも参戦し、三人がかりでモンスターの相手をする。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
詠唱を開始するレフィーヤ。
速度に重きを置いた短文詠唱だ。出力は控えめな分、高速戦闘にも十分に対応できる。
さらに目標はティオナ達の攻撃にかかりっきりで、レフィーヤを歯牙にもかけていない。これなら余裕を持って狙い撃てるだろう。
ベルも戦闘に参加したかったが、武器がないためとはいえLv.5ですら手こずる相手となると、足を引っ張るだけだと考えレフィーヤの護衛に専念する。
結果的に、この判断がレフィーヤを救った。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
詠唱の最後の韻を終え、解放を前に魔力が集束した直後。
ぐるん!! と。
それまでのこちらに無関心だった姿勢を覆し、モンスターがレフィーヤに振り向いた。
「–−−−−−ぇ」
その異常な反応速度に、レフィーヤは冷水を背中に流し込まれたかのような感覚に襲われる。
魔力に反応した、と。
レフィーヤが直感した、次の瞬間。
地面から伸びる黄緑の突起物がレフィーヤの腹を貫く−−−−−−。
「レフィーヤさんっ!!」
−−−−−−よりも先に、奇跡的に異変を察知していたベルがレフィーヤを突き飛ばす。
それによって、間一髪レフィーヤは攻撃を回避することができたが。
「−−−−−−あ、がっ」
代わりに、レフィーヤを押し退け、入れ替わるように先程まで彼女のいた位置に身を躍らせたベルへ、凶悪な一撃が突き刺さった。
ぐしゃ、と不細工な音が体内から鳴り響くとともに、その唇から血を吐き出す。
「「「ベル!?」」」
反動で宙に浮いた体が、背中から地面に倒れ込む。
その一撃は、Lv.1の冒険者であるベルの意識を刈り取るには十分すぎるものだった。
「ベル、レフィーヤ! 大丈夫!?」
「わ、私は、ベルが助けてくれたので大丈夫です。だ、だけどそのせいでベルが、ベルが……っ!」
ベルを抱きかかえるレフィーヤの瞳から大粒の涙が溢れ出る。手はガタガタと震え、視界はぼやけて何も見えない。
「立ってレフィーヤ! あんたの魔法じゃないとあれに有効打を与えられない!」
「で、でもっ、ベルが私のせいで……ッ」
「ッ、しっかりしなさいよ! ベルは体を張ってあんたを助けたっていうのに、そんなみっともない姿をベルに見せるつもり!?」
「ッ!」
言われて、レフィーヤはハッとする。
何をやっているんだ、自分は。
ベルよりもはるかに先輩なのに、そんな彼に庇われて。
その上で泣きじゃくって、取り乱して……。
違うだろう。
悲嘆して泣いてる場合じゃないだろう。
そんなことをしている暇があったら、他にするべきことがあるだろうッ。
ベルを安全な場所に避難させたレフィーヤは、涙を拭い、力強く立ち上がる。
その目に闘志を宿し。
身を挺し、自分を庇ってくれた少年の思いに応えるように。
レフィーヤが戦意を取り戻したことに、ティオネ達が安堵の息を吐く。
だがそんな四人に対し、自分を無視するなと言わんばかりに蛇型のモンスターに変化が現れた。
まるで空を仰ぐように体の先端部分をもたげたかと思うと、ピッ、ピッ、と幾筋もの線をその頭部に走らせ−−−−−−次には、咲いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
破鐘の咆哮が轟き渡る。
開かれた何枚もの花弁。
毒々しく染まるその色彩は極彩色。
中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。
生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。
「蛇じゃなくて……花っ!?」
正体を現したモンスターにティオナが驚愕する。
その形状から蛇と思い込んでいた細長い体は茎であり、顔のない頭部は蕾だったのだ。
それだけでは終わらない。
微細な地面の揺れ。
すぐにその揺れは大きな鳴動に変わった。
辺りの石畳が隆起する。
「ちょ、ちょっとっ」
「まだ来るのっ!?」
ティオナ達の悲鳴を皮切りに、黄緑色の体が地面から突き出した。
新たに二匹のモンスターが姿を現し、合計三匹の食人花がレフィーヤたちを見下ろす。
先程より絶望的な状況。
しかし、レフィーヤは一歩も退かない。
臆することなく、迷うことなく、詠唱を始めた。
「【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか−−−−−−力を貸し与えてほしい】」
レフィーヤは歌う。詠唱を奏でる。
「【エルフ・リング】」
魔法名が紡がれるとともに、山吹色の魔法円が、翡翠色に変化した。
莫大な魔力の源に、当然、モンスターは反応する。
モンスターからの強烈な敵意と、威圧。
それでも。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
レフィーヤの詠唱は続く。
完成した筈の魔法へ更に詠唱を上乗せ、別種の魔法を構築する。
−−−−−−魔法の習得可能数は上限が存在する。
【ステイタス】に確保される魔法スロットは最高三つ。つまり才能ある者でも三種類の魔法のみしか行使することはできない。
その中でレフィーヤが最後に習得した魔法は−−−−−−召喚魔法。
同胞の魔法に限り、詠唱及び効果を完全把握したものを己の必殺として行使する、前代未聞の反則技。二つ分の詠唱時間と精神力を犠牲にし、彼女はあらゆるエルフの魔法を発動させることができる。
その魔法にちなみ、オラリオの神々が彼女に授けた二つ名は、【千の妖精】。
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
召喚するのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。
極寒の吹雪を呼び起こし、敵の動きを、時さえも凍てつかせる無慈悲な雪波。
翡翠色の魔法円がまばゆい輝きを放ち出した。
『ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
これはなんとしても止めなければならない、と本能で感じ取ったのか。
己の命を危険に晒す存在に、食人花のモンスター達、三匹が急迫する。
破鐘の啼き声を上げ、未だ高まる魔力の集まりへと殺到した。
「はいはいっと!」
「大人しくしてろッ!」
「……レフィーヤのところには、行かせない」
『!?』
だが、神速とばかりに一瞬で追いついたティオナ、ティオネ、アイズがモンスター達の前に立ち塞がり、殴り蹴り弾いてその突撃を阻む。
頼もしい仲間の姿に、レフィーヤは思わず頬が緩んだ。
「(みなさん、ありがとうございます!)」
双眸を吊り上げ、一気に残りの詠唱を終わらせにかかる。
「【吹雪け、三度の厳冬−−−−−−我が名はアールヴ】!」
しかし、ここで。
狙ったかのように、絶望が牙を剥いた。
「……ぁ……」
レフィーヤの、渇いた声が漏れる。
ボコォッ! と、突如地面が隆起する。
現れたのは、四匹目の食人花。
モンスターは、脇目もふらずにレフィーヤへと突進を始めた。
「四匹目……ッ!?」
「しまっ……」
「レフィーヤ!!」
油断していた。
完全に不意をつかれた。
今からでは、誰も間に合わない。
−−−−−−みなさん、ごめんなさい……。
レフィーヤの視界が黒く、暗く、絶望に染まりかける。
だが。
そんな闇を切り裂くかのように、閃光が走った。
激しい雷と暴風を撒き散らしながら、弓から放たれた矢のように、一直線に『それ』は駆ける。
そしてレフィーヤとモンスターの間に割り込み、渾身の力で大剣を振り下ろし、モンスターを地面へ叩きつけた。
その光の正体は−−−−−−。
「ベルッ!」
そう。致命傷とも言えるダメージを負い、戦線から離脱していたベル・クラネルだった。
レフィーヤの危機に、彼は瀕死の体に鞭を打って駆けつけたのだ。
その姿に、レフィーヤは『英雄』を見た気がした。
しかし今の一撃で力を使い果たしたのか、ベルの体がふらつく。
それに対し、攻撃を受けた食人花はダメージこそあるものの、再度起き上がろうと体を震わせる。
この食人花は、Lv.3の冒険者に相当するポテンシャルを秘めている。ゆえに、魔法で強化されているとはいえ、Lv.1のベルの攻撃では致命傷には届き得なかったのだ。
「ベル!」
ベルが倒れる直前、アイズが颯爽と彼の体を支え、そのまま大きく飛んで退避する。
「今だよ、レフィーヤ!」
「ッ!」
ティオナに言われ、レフィーヤはすぐさま意識を切り替えた。
そうだ。今しかない!
突如現れた四匹目は未だ体勢を立て直せていない。
残りの三匹も自分を狙っていたが、膨大な魔力を纏うベルを見て、束の間動きを……攻撃の手を止めてしまっていた。
そしてアイズがベルを攻撃範囲内から避難させてくれたことにより、遠慮なく魔法を発動することができる。
このチャンスを逃す手はない!
拡大する魔法円。
唇が、その魔法を紡いだ。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
無慈悲なまでに凶悪で、強烈な吹雪。
大気をも凍てつかせる純白の細氷がモンスター達に直撃する。体皮が、花弁が、絶叫までが凍結されていき、やがて余すことなく霜と氷に覆われた四輪の食人花は、完璧に動きを停止した。
こうなってしまえば、食人花の自慢の硬度も関係ない。
散々手を焼かせやがってと言わんばかりに、アマゾネス姉妹が氷漬けになったモンスターを文字通り粉砕していく。
ここに、決着はついたのだった。
◆
怪物祭が終わり、夜の帳が下りた頃。
「ん……」
「ベル! 目が覚めましたかっ」
ベルが目を覚ますと、レフィーヤが目に涙を浮かべて抱きついてきた。
寝起きで頭が働いていないこともあり、突然の出来事にベルはパニック気味に手をあたふたさせる。
「え、うええぇっ!? れ、レフィーヤさんっ? どうしたんですか!?」
「わー、レフィーヤったら大胆〜」
「……レフィーヤ、羨ましい……」
「え、あっ、ご、ごめんなさいベル!?」
「い、いえいえっ!?」
ベルとレフィーヤはお互いに顔を真っ赤にして、慌てて離れる。
呼吸を落ち着かせながらベルが周りを見回すと、ここが自分の部屋だと気づいた。
どうやら自分は今まで気を失っていたらしい。
今この部屋にはレフィーヤとアイズ、ティオナがいる。ティオネはフィンに報告があるとのことで席を外していた。
「って、あの後どうなったんですか? 途中から記憶がなくて……」
ベルが辛うじて覚えているのは咄嗟にレフィーヤを突き飛ばしたところまでだ。
そのあと視界が揺れたかと思ったら、今の状態である。
「それはね……」
ベルの質問に答えるように、アイズが静かに口を開き、事の顛末を教えてくれた。
「そんなことが……」
自分が魔法を使ってレフィーヤを助けたと教えられたが、全く覚えていないため感謝されてもベルはいまいち反応に困ってしまう。
「ベルは覚えてないようですけど、私がベルに助けられたのは事実です。それも二度も。だから、ありがとうございます。この感謝は何も言わず受け取ってください」
「えと、そういうことなら、どういたしまして……? でも、レフィーヤさんが無事で本当によかったです!」
そう言ってにっこり微笑むベルに、「本当にいい子だなぁ」とレフィーヤ達は癒される気分だった。
「何はともあれ、ベル、お疲れ様!」
「うん。かっこよかった、よ」
「今日はゆっくり休んでくださいね」
「あ、はい。皆さん、ありがとうございますっ」
無事に目を覚ましたと言っても、まだ体調も万全ではないだろうと判断した面々は、もう少し一緒にいたい気持ちを抑えて、ベルに安静にするように伝えると部屋を後にした。
そんな自分を気遣ってくれた三人の背中を見送り一人になったベルは、言われた通り脱力したように体をベッドに倒し、そっと意識を手放す。
こうしてベルのはじめての怪物祭は終わりを迎えたのだった。