実は隼人が風呂の準備をしている間に更にご飯をおかわりしている。
「というわけで俺の家に今いるよ」
『そうか。とりあえず2人の所在がわかっただけヨシとするか…』
「落ち着くまでは家にいてもらうよ。今帰っても喧嘩になりそうだし」
『分かった。また何かあったら連絡してくれ』
時刻は夜の9時。晩ご飯を食べて五月ちゃんはお風呂に入っている。狭いお風呂で申し訳ない。
これからどうするべきか。ひとまず勉強を優先させるべきか。それとも仲直りをさせるべきか。勉強がある程度進んでいるなら仲直りなんだろうけど…今の状況で勉強をしても身につかないだろう。
「すみません、お風呂お先にいただきました」
「狭いお風呂で申し訳ない」
「いえそんな。食事とお風呂をいただけただけありがたいですから」
やっぱり昨日から何も食べてないのか…さっきもいつもより食べてたし。
「あの…幸村君」
「どうしたの?」
「月が綺麗ですよ。少し……歩きませんか?」
少し肌寒いが普段よりはマシに感じる。だけど長居するほど俺も五月ちゃんも元気ではない。
「少し月が隠れてしまいましたね。せっかく月が綺麗に見えていたのに」
「ああ…そうだね。このまま時が止まれば良かったのにね」
月が綺麗……いや、そんな意味は無いだろう。無い…はず。多分。
「俺の家は他の子たちは知らないから隠れ蓑にはピッタリだけど…いつまでもは無理だよ」
「わ、分かってます…分かってますが、今回ばかりは二乃が先に折れるまで帰れません」
「意固地」
「うぅ…お願いします!なんでもお手伝いしますのでもう少しだけいさせてください!」
正直な話、俺としては別に問題はない。でも帰るべき家があるなら帰るべきなんだ。家出なんて自分が苦しくなるだけなんだ。
「ウチの生活、五月ちゃんに耐えれるかな〜?」
「大丈夫ですよ。私たちだって数年前まではあのマンションにいなかったんですから」
「そうなの?つまりアパート暮らしだった?」
「今の父と再婚するまでは。家庭の金銭状況を考えれば、上杉君と同じぐらいの極貧生活でした。当然です、五つ子を同時に育てていたんですから。それから女手一つで育ててくれた母は体調を崩して……だから私は母の代わりになってみんなを導くと決めたんです」
決めたはずなのに……と落ち込む五月ちゃん。上手くいっていないのだろう…まあ上手くいっていればこんなことにはなっていないか。
「中々難しいねぇ。誰かの代わりになるって簡単なことじゃないし、俺もこうすればいいよ、なんて簡単に言えないよ」
「やると決めたのは私です。途中で投げ出したくないんです」
「五月ちゃんは凄いなぁ…俺なんか何回逃げ出したか分かんないや。嫌なこととか面倒なことからは割と逃げてきた男だから僕」
「でも今は家庭教師の補佐という立場からは逃げていないではないですか。私のような頭の良くない生徒を面倒とは思っていないのですか?」
「今の家庭教師補佐はね……楽しいんだ。7人でいるのが、君といるのが楽しいんだよ。だから頑張れる」
「ゆ、幸村君!?」
「月のお返し」
「月の…お返し?それはどういう…」
「分からないなら勉強しよう!ちゃーんと意味を知ってから使おうね!」
「教えてくれないんですか!?もぉ幸村君!!」
君が誰かを憧れている間にも、俺は君の諦めない姿勢に憧れているんだよ。まあこんなこと恥ずかしくて言えないんだけどさ。
雲が晴れて顔を出した月は本当に…本当に綺麗だった。
◇ーーーーー◇
「それではおやすみなさい」
「おやすみ」
家に帰った時には時刻は夜の11時を過ぎていた。あれから他愛ない話を続けて、家に帰ってからも眠気が来ないため話を続け、今になってやっと眠気がきたので布団に入ることになった。
疲れた。期末試験の対策を始めてからゆっくりとした睡眠時間を取れていない気がする。やっぱり五月ちゃんと二乃ちゃんの仲直りを優先させた方がいいかな。
「……ん?佐助か」
意識を手放そうとしたその時、佐助から電話が来た。幸いマナーモードにしていたため着信音で五月ちゃんを起こすことはなかった。
電話で五月ちゃんを起こすわけにもいかないし、とりあえず外に出るか。
「どうした佐助。何かあったか」
『おう、お前が幸村隼人か?』
「……人違いじゃありませんかね」
『ええねんそんなつまらんボケ。早よ出てこいや。誰の携帯か分かっとんやろ?』
「………場所が分からないんじゃお兄さんそっち行けないよぉ?」
『何処やろなここ。俺も地元ちゃうけんよぉ分からんわ。そこら辺の河川敷歩いて来いや。早よ来んかったらツレみーんな寒中水泳やで!』
それを最後に通話は切れた。いやホント久しぶりだねぇこんな電話。それこそ去年以来か…そう考えたらそんなに時間経ってないな。
すぐに乗り込もうと軽く着替える中、静かに寝息を立てる五月ちゃんを見て彼女との約束を思い出して手が止まった。
『幸村君は喧嘩なんかしないでくださいよ?』
『約束してください』
「……やっぱり、俺はダメ人間だなぁ……ごめん…本当にごめん」
俺はまた約束を守るために約束を破る。
あいつらを救うために君を傷つける。
楽しいと言った居場所をまた自分の手で遠ざける。
「……ああ、風太郎。夜遅くにホントごめんねぇ?ちょっと隼人ちゃんのお願い聞いてくれる?」
◇◇◇◆◆◆
河川敷で4人の男がタバコを吸いながら談笑していた。その傍らには倒れた何人かの男。その中の1人猿渡佐助はある事をずっと考えていた。
(兄貴…頼むから来ないでくれよ……)
兄貴こと幸村隼人が最近楽しそうにしているのを佐助は知っていた。学校で見かけるときも、この前のファミレスでも隼人は楽しそうだった。
もうこちら側の人間ではないことを佐助も感じていた。だけど今ここに来れば隼人はまた足を踏み入れてしまう。佐助はそれが、また笑顔じゃなくなる隼人を見るのが嫌だった。
「お、来たぞ!なんや早かったな!」
「いやぁ運良くタクシーが捕まってねぇ。お前ら、そこにタクシー待たせてるから乗って家帰んな。学校には俺から言っとくから明日は休め」
「兄貴……なんで来たんスか!」
「ほら、隼人ちゃんってばお前らと約束してるでしょ?『何かあったら絶対助ける』って」
佐助は知っている。
隼人の一人称はいつもは『俺』。ふざけてる時やゆったりしてる時は『僕』『お兄さん』。
完全に怒ってる時は『隼人ちゃん』だ。
「お前ら、逃げるなら今のうちに逃げとけよ?」
「アホ言うなや。俺らお前殺しに来たんじゃわ。こっちの方で『無敵』や言われとんやろ?たいそーな名前つけてホンマ」
「あ、そっ……じゃあ一つだけ。俺の無敵って呼ばれてるのは文字通り負けたことがないから。でも俺はね、俺より弱い奴としか戦わないんだわ。この意味がわかるか?」
隼人は自分より弱い奴としか戦わない。それはつまり、この4人を自分より弱いと見做して、この喧嘩で勝つつもりなのだ。
「よくも俺の後輩に手出したな…覚悟出来てんだろうなテメェら」
◆◆◆◇◇◇
「はぁ…ホテル暮らしも悪くはないけど、学校まで少し遠いのが面倒ね」
私が泊まっているホテルは学校まで少し距離がある。家から学校まで大体30分前後、ここからだと40分ぐらいはかかるでしょうね。
学校に行ったら行ったで上杉やら一花やらに説得されるのかしら。面倒ね…私は五月が先に謝るまで帰るつもりはないっていうのに。
「少し冷えるわね……あら?」
見知った顔が歩いている。幸村隼人だ。上杉ほどじゃないにしても私たちの中に踏み込んでくる、言ってしまえばコイツも部外者だ。まさか朝から説得に来たってわけ……でもないのかしら。鞄も持ってないわね。
「……おっ…五月ちゃん…?」
「あんたね、私は二乃….ってどうしたのよその顔!?」
思わずカバンを落としてしまった。幸村の顔は殴られた跡がくっきり残っており、鼻血が流れて服を汚してしまっている。
「4人とも大したことなかったけど………バットは…想定外だったぁ……」
「ちょ、しっかりしなさいよ!えっと、救急車を「大丈夫だから…少し休めば良くなるから……」
腕を掴まれる。怪我をした男の人に腕を掴まれるなんて初体験すぎて頭が混乱したわ。
とにかく私は幸村を自分の泊まってるホテルへと連れて行くことにした。
五等分の花嫁の一番くじ、五月のフィギュアが残ってましたが見事に外しました。爆発しました。
次回は隼人の過去が少し明らかになるかも。ならないかも。