冬のアパートは若干冷える
陸上部との一件を終えた俺たちは中野家にて朝食のおにぎり(四葉ちゃん作)を食べながら今後について話をしていた。
「それで陸上部とはどうなったの?」
「ちゃんとお話して大会だけ協力してお別れすることになりました」
「大会も断っちまえばよかったのに」
「一度引き受けた以上、四葉ちゃんにはそれは出来ないだろうなぁ。江場も諦めが悪いだろうし」
「また何か言われたら教えなさい。今度こそ教育してやるわ」
姉妹がこうしてまた揃った以上、陸上部とのトラブルが起きることはないだろう。
まずは目の前の期末試験をなんとかしないと。
「とりあえず問題集のことだが、お前らは終わらせてるみたいだな」
「お前ら?」
「隼人、お前は」
「………終わってません」
リビングに姉妹5人の驚きの声が響き渡る。テストまで1週間、五つ子分の問題集を作る途中で解いてはいたけど、自分の分は全然手をつけていない。すぐ終わると思ったけどまさかこんなトラブルだらけに見舞われるとは思わなかった。
「まあ終わってないことに言い訳はしないよ。この土日で追い込むから」
「お前らも問題集をクリアしてやっとザコを倒せるようになっただけだ。この土日で追い込むぞ」
「でもフータロー、秘策があるって言ってた」
「ああ、これは村人レベルのお前らでもボスを倒せるチートアイテムだ。俺と隼人からのカンニングペーパーだ!!」
ドドン!と小さなカンニングペーパーを取り出す風太郎。数は10個、俺と風太郎の2人で5つずつ作ったのだ。
「あ、あなたたちはそんなことしないと思っていたのに…」
「そんなことして点数を取っても意味ないですよぉ」
「じゃあもっと勉強するんだな!こんなもの使わなくてもいいように最後の2日間でみっちり叩き込む!覚悟しろ!」
「二乃ちゃんもそれでいいでしょ?」
「分かってるわ。やるわよ、よろしく」
五つ子全員が机に集まって勉強を始める。最初は反発だらけで勉強どころじゃなくて、やっと向き合うようになり始めた頃に姉妹同士で喧嘩をし離れ離れになって、それも乗り越えて再び5人が集まった。
「よかったな、風太郎」
「まだ、こっからだぞ隼人」
◇ーーーーー◇
この土日で詰め込む為に俺と風太郎は中野家に泊まり込みで勉強を教えることになった。朝昼晩でそれぞれ時間を設けて勉強を教える。これでどこまで点数を取れるか分からないがやれることは最後までやろうと思う。
「幸村君、この公式なんですが」
「うん、その公式であってるね。あとはその公式を使うときはね」
「フータロー君、この漢字って送り仮名はこれでいいのかな」
「いや、送り仮名を一つ減らせ。だが漢字はしっかり覚えられてるな。その調子だ」
「フータロー、この英文何回読んでも『ナンシーは川で牛乳を飲んでます』になるんだけど」
「なんでだよ。いいかまずここの部分は」
「ちょっと幸村、これあってるのかしら」
「あ、ちょっと違うね。そこの求め方は」
「上杉さん、これでどうでしょう!」
「……よし、ちゃんと覚えれてるな。この語呂合わせなら覚えやすいだろう」
こんな調子で進んでいき………
「もう無理…」「限界よー!」「疲れた…」「ぐぇぇ…」「流石にもう…」
「俺たちも疲れたな…」
「あとは明日に持ち越すか…さっさと風呂入って寝ろよ」
「フータロー君、先生みたいだね…」
「じゃあ久々にみんなで入ろうよ!」
「流石に狭いのでは…?」
「二乃、髪洗って」
「子供じゃないんだから自分でやんなさいよ!」
あーだこーだ言いつつ5人全員でお風呂に向かう姉妹たち。俺と風太郎は机の上を片付けしながら今後のことについて話をしていた。
「隼人、本当にいいのか」
「非公式とはいえ風太郎の補佐としてここにいるからな。家庭教師やめるなら俺も同時にいなくなるだろ」
「お前を家庭教師に推薦とかは…無理か。元々向こうも俺が学年一位ってのを知って依頼してるだろうからな」
「何も家庭教師だけが教える機会じゃないよ。教える教わる立場はそう簡単には終わらないんじゃない?」
「だといいがな…」
風太郎が家庭教師を辞めると決めた以上、俺が止めることはできない。だけど勉強を教えることは家庭教師や補佐じゃなくても出来ることだ。学校の休み時間でも放課後でも時間さえ合えば俺たちが教えることはできるんだ。
「腑に落ちない顔してるぞ隼人」
「そう……かもな…なんとか自分に言い聞かせてる気がする。この7人でいるのが楽しかったからさ」
「それは……」
「あーあ……もう少しみんなでいたいな…」
◇ーーーーー◇
夜遅く、リビングで寝ていた俺はトイレに行きたくなって目を覚ました。こんな夜遅くに目が覚めるなんて俺も歳かな。
「トイレってこっちだよな…暗くて見えにく「わっ、幸村君!?」
「わお、五月ちゃんか…ビックリした」
「私もですよ…お手洗いですか?」
「あー、そうなんだけど…」
どうしよう。今五月ちゃんトイレから出てきたよな。ここでトイレ行ったら俺変態扱いされるとか…ないよね?いやこの世の中には女の子の入ったお風呂の残り湯を使って米を炊く人もいるらしいし……俺をそれと同類と見られる可能性も…
「幸村君?」
「あ、いや……あれ、もしかして五月ちゃん勉強してた?」
「え!?な、なんのことでしょー」
「眼鏡かけてる」
「あ…」
五月ちゃんは勉強をするとき眼鏡をかけている。よく勉強の時だけ眼鏡をかける人、眼鏡を勉強モードに移行するためのスイッチにしてる人がいるから五月ちゃんもその類いだと思っていたけど、実際は視力が悪いだけらしい。
今眼鏡をかけている。それはつまりさっきまで勉強をしていたということだろう。
「私ってそんなに分かりやすいですかね…」
「何も分からない人よりは全然良いよ。でも無理はダメだよ」
「分かっています。ですが幸村君や上杉君がカンニングペーパーを渡してきた時に、もっと頑張らないといけないのだと実感してしまって…」
「ああ………確かに頑張らないと赤点回避は難しいかもしれない。だけど無理した分知識が身につくかと言われたらそれも違うと思うでしょ?肩に力が入りすぎてるよ。ほら〜力抜いて〜」
「幸村君はいつも私に肩の力を抜けって言いますよね。そういう幸村君も肩に力が入ってることに気がついてますか?」
「そりゃあ可愛い子5人に囲まれてるんだもん。肩に力だって入るよ」
「もー!不純ですよ!」
だけど実際肩に力は入っている。補佐とはいえ言ってしまえば五つ子の将来を預かっているのだ。手は抜けないし肩に力だって入るさ。
「ですが、あなたと話をすると自然と力が抜けるのも事実です…あなたにはとても感謝しています」
「俺の方こそ、みんなと出会えて良かった」
「もう、まるでお別れみたいじゃないですか。まだまだ付き合ってくれますよね」
「……勿論さ」
「明日からも、これからもよろしくお願いしますね幸村君」
そうだ。何も間違ってはいない。間違ったことは言っていない。だけど、
俺は正解を言っているわけでもないんだ。
◇◇◇◆◆◆
「ついに当日だね」
「大丈夫かなー」
「やれることはやったよ」
「じゃあみんな健闘を祈るわ」
「あれ?上杉さんと幸村さんがいないよ?」
「上杉はらいはちゃんに電話ですって」
「ハヤトはお腹すいたから食堂行ってくるって言ってた」
「この時間に空いてるんだね…」
「上杉君も急ぎなのでしょう。自分の携帯は充電切れなのに私のものを借りて行ったほどですから」
◆◆◆◇◇◇
学校の屋上で風太郎が中野父に電話をかけ近況報告をする。スピーカーモードにしてるから俺にも話の内容は聞こえている。
『そうかい、報告ありがとう』
「ええ、5人とも頑張ってますよ。これは本当です」
『江端から幸村君のことも聞いている。君もありがとう、後日になるがこれまでの分も含めた給料を払おう』
「いいえぇ、僕は自己満足でやってただけなんでぇ」
『何はともあれ、期末試験頑張ってくれ』
「あの、勝手ながらお願いがありまして」
『なんだい』
「今日をもって家庭教師を退任します」
『……』
「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の前にいたと思います。しかしまだ赤点は避けられないでしょう」
「苦し紛れの策も用意したんですけどね。まああんなものに頼らないってのは僕たちもよーく知ってますんで」
『今回はノルマを設けてなかったと思うが』
「本来は回避できるペースだったのをこんな結果にしてしまったのは自分の力不足に他なりません。ただ勉強を教えるだけじゃダメだった。あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい。俺にはそれが出来ませんでした」
『そうかい。引き留める理由はこちらには無い。君たちには苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう』
「ええ、助かります」
『それでは失礼す「ちょーいちょいちょいちょい待ちよパパさん」
「一回パパさん自身が教えてみたらどうです?赤の他人の家庭教師や補佐じゃ限界があるんでねぇ。父親じゃなきゃ出来ないこともあると思いますよ?」
『私も忙しい身でね。それに他人に家庭のことをどうこう言われたくないな』
「……五月ちゃんと二乃ちゃんが喧嘩して家出した話って知ってます?」
『いや、初耳だね。もう解決したのかい?』
「大変でしたよ〜?解決はしましたけどね」
『それならいい。教えてくれてあり「それだけか?なんで喧嘩したとか、何を考えて何に悩んでるか知ろうとしねぇのか?」
『……』
「すいません俺の補佐のくせに雇い主に生意気なこと言わせちゃって〜あとでしっかり言っとくんで……って、もう辞めるんだった………少しは父親らしいことしろよ!馬鹿野郎がッ!!」
風太郎が通話を切った。それと同時に笑いが込み上げてきた。荒れてた時期の言いたいこと言ってやって少し気が晴れた時と同じ気持ちだ。
「ハッハハハハハ!お前これ、給料貰えんのかよ!」
「ハハッ、知らねぇよったく!……一花、二乃、三玖、四葉、五月。お前ら5人が揃えば無敵だ」
「頑張れよ…みんな」
◇◇◇◆◆◆
期末試験から数日後、私たちの試験用紙が全て返ってきた日。
中野一花
国語 28 数学 47 理科 41
社会 28 英語 36 合計 180
中野二乃
国語 19 数学 22 理科 42
社会 27 英語 47 合計 157
中野三玖
国語 35 数学 41 理科 40
社会 70 英語 26 合計 212
中野四葉
国語 35 数学 15 理科 22
社会 38 英語 26 合計 136
中野五月
国語 43 数学 36 理科 68
社会 26 英語 34 合計 205
「あんなに勉強したのにこの結果かー」
「改めて私たちって馬鹿なんだね」
「元気出して二乃」
「あんたは自分の心配しなさいよ…」
「今日は丁度家庭教師の日ですし、期末試験の反省がメインになりそうですね」
期末試験が始まってから試験用紙が返却されるまでの間は中間試験同様に家庭教師の日はありませんでした。つまり幸村君や上杉君としっかりお話するのは日曜日ぶりになります。
「お、噂をすればだね」
「今日もハヤトがフータローをおんぶしてきたりして」
「上杉さんだからありえそうだね」
「あれ、幸村君たちじゃありませんでした」
インターホンを押したのは幸村君でも上杉君でもなく江端さんでした。この家の中に入るのは初めてでしょうか。
「失礼いたします」
「江場さんこんにちはー」
「今日はどうしていらしたのですか?」
「本日は臨時の家庭教師として参りました」
臨時の家庭教師。つまり今日は幸村君と上杉君は来ないということでしょう。江端さんは学校の先生もやられていたようなので適任ですね。
「なんだ幸村たちサボりか」
「体調でも崩したのかな?」
「お嬢様方にお伝えせねばなりません」
江端さんは改まってこう言いました。
「上杉風太郎様は自ら家庭教師をお辞めになられました。それに伴い補佐として来られていた幸村隼人様も解任ということになります」
◆ーーーーー◆
「これ終わったら行ってもいいのよね」
「ええ、ご自由になさってください」
今私たちは江端さんが用意したプリントを解いています。
江端さんから幸村君と上杉君が家庭教師を辞めたことを伝えられた私たちは彼らの元に向かおうとしましたが、
『臨時とはいえ家庭教師の任を受けております。最低限の教育を受けていただかなければここを通すわけにはいきません』
とブロック。とにかく出された問題を片付けることにしました。
「まったく…どういうつもりなのよ」
「私はまだ信じられないよ…」
「本人たちの口からちゃんと聞かないとね。誰か終わった?」
「私はもうすぐ……五月、手が止まってる」
「え、ああ、すみません!私ももうすぐ終わります」
私の頭の中には『何故』という単語が頭の中を駆け巡っていました。何故家庭教師を自分から辞めたのか。幸村君はそれで良かったのか。疑問は尽きませんでした。
「この問題比較的簡単だよ。きっと江端さんも手心加えてくれてるんだよ」
「そうね。でも前の私たちなら危うかった。悔しいけど全部あいつらのおかげよ。自分でも不思議なほど解ける」
それから時間は進み、私もなんとか最後の一問まで終わりました。しかしその最後の一問が解りませんでした。それは他の姉妹も同じ。このままだと特別授業に移行されかねません。
「これ前にやったよね…なんだっけー!」
「うーん…」
この問題…この問題は………
『肩に力が入りすぎてるよ』
「あの…カンニングペーパー見ませんか」
「それって期末の?」
「はい、全員筆入に隠したはずです…有事ですから、なりふり構ってられません」
ああごめんなさい幸村君。きっと肩の力を抜けというのはこういうことではないのは分かっているのです。ですがどうしても分からなかったら答えを見るのも一つの選択肢だと私は思います!
自分でもこんな答えに辿り着くなんて思いませんでした。肩の力を抜くとこんなことになるのですね…………あなたの言葉を、いいえあなたのことを思うだけで───
「江端さん離れた、今だよ!」
「……」
「どう?」
「これは……どういうことでしょう…私のはミスがあったみたいです」
「じゃあ私の使お………安…?」
【安易に答えを得ようとは愚か者め】
上杉君からのカンニングペーパーは答えではありませんでした。ですがこれはこれで上杉君らしいというか。
「待って、②へって書いてる」
「じゃあ私のかしら」
【カンニングする生徒になんて教えられるか→③】
【これからは自分の手で掴み取れ→④】
【やっと地獄の激務から解放されてせいせいするぜ→⑤】
「これ…上杉さんの最後の手紙だよ…」
「やっぱり辞めたかったんだ」
「私たちが相手だもん。当然と言えば当然だよ」
「…五月?」
「だが……【だが、そこそこ楽しい地獄だった。じゃあな】…」
「……フータロー…」
「幸村君のも見てみましょう…」
今度は幸村君から貰ったカンニングペーパーを開くことにしました。そこに書かれていたのは、
【まず、君たちの気持ちを考えてやれなくてごめん→②】
【これは風太郎なりのケジメの付け方だ→③】
【こうなった以上俺もそっちには行けないと思う→④】
【それでも、風太郎や俺が必要なときは→⑤】
【聖なる日に会いましょう 幸村隼人より】
「ねぇ、これって」
「聖なる日…クリスマスってことかしら」
「クリスマスにフータローとハヤトは一緒にいる」
「まだチャンスはあるよ五月!」
「ええ…ええ…っ!」
こんな置き手紙をするぐらいなのですから、次学校で話しかけてもダメでしょう。まったく、気がつかなかったらどうするつもりだったんですか…
「ねえ、私ずっと考えてたんだけど、みんなに提案があるんだ」
ふと一花が提案してきました。私たちはそれを聞いて驚きと同時に、確かに私たちには必要なことだと思いました。
「お願い、江端さんも協力して」
「……大きくなられましたな、お嬢様方」
◆ーーーーー◆
12月24日
雪降るクリスマス。あの日から幸村君と上杉君とは話をしていません。上杉君は相変わらず他の方とも話をしていませんでしたが、幸村君は変わらず他の方とも仲良くお話をされていました。
しかし私にも声をかけてくださったのに、私はそれに応えることができませんでした。
「それでは行ってきますね」
「お金無いんだから、2ホールも買ってきちゃダメよ!」
「わ、わかってますよ!」
家を出て一歩、ザクザクと雪を踏み締める音が響く。私は今から幸村君と上杉君とケーキを家に持って帰る…これだとお2人が荷物みたいですね……
「あのぉ、中野五月さんですか?」
「?はい、そうですが」
声をかけられ振り向いたとき、私の目の前が真っ暗になりました。
次回、八つのさよなら ラストです
補佐を辞めることになった隼人は何を思うのか……