スポーツ知識は豊か
「兄貴、俺思ったんスけど」
「どうした?」
「兄貴が家庭教師してる五つ子って、ホントそっくりなんスねー」
昼休憩。今は俺と佐助が昼ご飯を食べる時間だ。あと30分もすれば高梨ちゃんと真田と交代だ。
「俺めちゃくちゃビックリしたッスよ!みーんな五月さんに似てるんスよ?」
「今は事情があって五月ちゃんの格好してるみたいだけどな。このこと中野さんに言うなよ?」
「中野の爺さんスよね!りょーかいッス!そうだ兄貴。俺のことも紹介してくださいよー!」
案外佐助は可愛い子に弱い。デレデレしすぎた結果財布の金だけ取られて逃げられたことがあるらしい。それでも佐助は『まあ、そういうこともあるッスよ!』と言っていた。正直心配だ。
「紹介はした。紹介はしたけど…詳しく話はしてない」
「こうなったら俺が直接声をかけるしかないッスね!」
「誰が誰なのか分かるのか?」
「なんてーか、匂いで分かります」
「…………それはかなり問題発言だぞ?」
「あー!違うッス違うッス!雰囲気!そう、雰囲気ッス!でも違いはちゃんと分かるッスよ?」
これは驚いた。元から観察眼は優れてると思っていたが、まさか俺や風太郎よりも先にあの五等分の五月ちゃんを見破っているとは。
「四葉さんは元気な雰囲気、一花さんは大人な雰囲気、三玖さんはミステリアスで、二乃さんは……香水で、五月さんは美味しそうな感じッス!」
「香水…美味しそう……?あとの2人は最早ただの匂いだろ」
「それもそうッスね……ハハハハ!」
「ハハハハ!じゃないよ、絶対五月ちゃんの前で言うなよ!分かったな!」
念には念を押しておかないと口を滑らせかねない。
あーだこーだ話したらなんか気になってきたな……確かみんなで海に行くって聞いたな。俺も行くか?いや、二乃ちゃんへの返事がまだ定まってない状態で行ってもあの子に対する態度が悪くなるだけだ。
「ふぅ……もう時間はない…な」
明日には俺の短期バイトも中野家の宿泊も終わる。終わるまでに一度、二乃ちゃんに俺の考えを伝えなくては。
◇◇◇◆◆◆
「兄貴………五月さんの時だけすっごい剣幕になってたの、自分でも気づいてないんだろうなぁ」
◆◆◆◆◆◆
『夜になったらここを抜け出して彼に会いに行くわ。手助けしてちょうだい』
二乃はそう言って旅館を抜け出した。時刻は23時過ぎ。お父さんに見つかれば絶対に怒られる。今はお爺ちゃんと話をしてるけど私たちの部屋を一度見にくるのはほぼ確定。でも私が足止めすれば二乃は見つからない。
観光スポットの『誓いの鐘』。その鐘を2人で鳴らすと2人は永遠に結ばれるという伝説がある。
きっと二乃はあの鐘の下でハヤト君と会って鐘を鳴らすだろう。本気で恋をしてるんだ。そして私は応援するって決めたんだ。
「なのに私って……」
「お客様、どうかされました?」
トイレ横で座り込んでお父さんを監視していた私を心配したのか従業員の方が声をかけてきた。
「あ、すいません大丈夫です」
「あぁ!!中野一花ちゃんだよね!?女優の!それと生徒さんの!」
「は、はい。え、生徒…?」
「ああ、ごめんごめん。私隼人の元カノの高梨五月。今は短期バイトでここで働いてるんだ」
五月ちゃんから聞いたことがあった。ハヤト君の元カノが同じ名前だって。ハヤト君に元カノがいたっていうのがもう驚きなんだけど。
「あ、そうだ!あとでサイン貰ってもいい…かなぁ?私一花ちゃんのファンで!」
「サイン?ああ、大丈夫ですよ。あとでなら…」
「………ねぇ、ちょっと話さない?」
◆◆◆◇◇◇
「どぉこ行ったんだ真田の奴」
「見て回れそうなとこは全部見たんスけど……あとは外ぐらいッスよ?」
「着替えたみたいだし、やっぱり外なのかなぁ。行き先ぐらい伝えてから行けっての」
23時25分。いつの間にか部屋からいなくなっていた真田を探して旅館内をぐるぐる歩いていた。結果旅館内に姿はなく、恐らく外に出たのではという結論に至った。
「0時過ぎたらさすがに正面玄関も鍵するからなぁ。外にいるなら早く帰ってきてほしいんだけど」
「携帯も置いてってますからね…」
「あれ、幸村君?」
俺たち2人に声をかけてきたのは五月ちゃんだった。それも2人。もう片方は誰だぁ??
「五月さんと…そちらは三玖さんッスね!初めまして俺、猿渡佐助って言います!いつも兄貴がお世話になってます!!」
「お前、分かるのか?暗くて顔も見づらいのに」
「私も驚いてる…」
「はい……猿渡君はどうして分かったのですか?」
「え?そりゃあ三玖さんからミステリアスな雰囲気がしましたからね!五月さんからは美味しそうな匂いが」
「美味しそうな匂い!?」
「バカ言うなっていったろーが!!ごめんね五月ちゃん、コイツにはちゃーーんとお兄さんから言っておくからぁ」
複雑な表情を浮かべる五月ちゃんとちょっと嬉しそうな三玖ちゃん。しかしこんな時間に何処へ行くのだろうか。
「私たち少し温泉に入ろうかと思いまして」
「ああ、なるほどね。他のみんなは?」
「一花と二乃は分からない。二乃は着替えてたから外に出たのかも。四葉はトイレ」
「兄貴、着替えて外に出たって……状況的に真田の兄貴と一緒じゃないッスか?」
「真田と二乃ちゃん……どういう関係だ??」
俺の知る限り2人に接点は無い。2人ともスイーツ関連の共通点があるが俺はまだ2人を合わせたことはない。もしかしたらこのバイト期間で顔を合わせて意気投合したとか………ありえない話じゃないけど…なんか複雑!
「外行ってみるかぁ。入れ違いになるかもしれないから佐助は旅館で待っててくれ」
「分かりました兄貴!」
「五月ちゃんと三玖ちゃんも、温泉は0時には閉まるからそれまでには出るんだ」
「そうだ。お父さんも探しに行ったから。外で会ったら………」
「ちょっとその沈黙やめてよ!なんか怖いじゃんか!」
「幸村君、美味しそうな匂いの件、またお話しましょう」
「あ…ハイ……」
なんだかここ最近ダメージが蓄積されてる気がする。できれば外で中野父に会いませんよーに!!!
◇◇◇◆◆◆
「それで隼人ったら、思いっきり滑って転んでね!あの時はすっごい笑ったな〜」
「ハヤト君が…なんだか意外かも」
「隼人って結構ドジなところあるから見てて飽きないんだよね……あ、ごめんね私ばっかり話しちゃって!」
あれから高梨さんの泊まっている部屋で2人で話を続けていた。内容はもっぱらハヤト君のこと。私の知ってる一面から知らない一面まで高梨さんは楽しそうに話をしてくれた。
その一方で私は気が気じゃなかった。話を始めてから15分強。流石に私や二乃が部屋にいないことにお父さんは気づいているはず。三玖たちにもこのことは伝えてないから足止めは期待できない。
ごめんね二乃…応援するって決めたはずなのに……
「ねぇ…何か心配事?」
「え、いえそんなことは」
「……一花ちゃんって1番上なんだよね?」
「はい。5人姉妹の1番上です」
「1番上のお姉さんだから、我慢しなくちゃ、頑張らなくちゃって思ってない?」
そんなの……思ってないわけがない。お母さんが死んじゃった後の五月ちゃんを見てたら尚更。私はお姉ちゃんなんだから、姉妹の幸せを応援しなくちゃいけない、邪魔しちゃいけないんだって、ずっと思ってた。
それが当たり前、それがお姉ちゃんの責務なんだって言い聞かせてきた。
「無理してない?」
「無理なんかは…」
「私も一応一花ちゃん関係者の関係者だから。話せることがあったら話してほしい。我慢しないで」
優しく私に微笑む彼女はなんだか、お姉ちゃんに見えて………
「すみませーん、ここに私の姉が来てませ…あー!一花いたー!!」
「え、四葉!?」
「あ、一花ちゃんお借りしてまーす!隼人の元カノの高梨五月でーす!」
「幸村さんの元カノ!それに五月!!凄い、情報が渋滞起こしてますよ!!」
部屋に訪れたのは四葉だった。少し息を切らした様子から結構探して回ったのかもしれない。
「ごめんね夜遅くまで引き止めちゃって」
「いえそんな。ハヤト君の話が聞けて楽しかったです」
「え?幸村さんの話ですか?私も聞いてみたいです!」
「夜も遅いから……また明日の時間がある時にね」
「はい!お願いします!」
「それじゃ、おやすみ2人とも!」
「おやすみなさい」「おやすみなさい!」
高梨さんの部屋を後にした私たちは2人で少し冷える廊下を歩く。少し沈黙が続く中、四葉が口を開いた。
「三玖と五月は温泉に行ったみたい。でも二乃が何処に行ったのか分からなくて…お父さんが探しに行く途中だったんだけど、私もこの暗い中1人でトイレに行くのが怖くてお父さんについて来てもらっちゃった」
「そうだったんだ……」
図らずも四葉がお父さんの足止めをしてくれていた。ありがとう四葉。
「ねぇ四葉、一つ聞いてもいい?」
「ん?なぁに一花」
「私も……我儘言っていいかな?したいことしていいかな?お姉ちゃんだからって、我慢しなくても…いいかな?」
「一花……一花はお姉ちゃんでずっと頑張ってたもん。幸せになる権利はあると思うな私」
「四葉……」
私はこの言葉が欲しかったのかもしれない。誰かからの許しが欲しかったのかもしれない。
「ありがとう四葉」
「ししし。どういたしまして!」
「そうだ、私たちも温泉行こっか。まだ時間もあるし」
「そうだね!みんなでお風呂だー!って二乃はいないんだった…」
二乃、私も頑張るよ。
だから二乃も頑張ってね。
◆◆◆◇◇◇
「ハァ…ハァ……やっと見つけたぁ!」
「ユキ君!」「幸村。お前何やってんだ?」
「それはこっちのセリフだーッ!!」
山道を右往左往すること10分。やっと真田と二乃ちゃんを見つけることが出来た。案の定2人一緒だった。何故にぃ??
「なんで2人が一緒に??」
「俺はコイツに呼び出された。鐘の下に来いって」
「私が呼んだのはユキ君よ!黒いバックに手紙が入ってたでしょユキ君!」
「え?いや俺のバックパックには入ってなかったけど……もしかして真田のボストンバックとか?」
「おう、俺のバックに入ってた」
「えーーー!?四葉に黒いバックに入れてって任せたのに!!」
この短期バイトに俺はバックパックに着替えなどを詰め込み、手提げ鞄にゲームや漫画などの娯楽を詰め込んで来た。真田は黒いボストンバックに全て詰め込んで来ている。
つまり二乃ちゃんは『黒いバック』に手紙を入れてきてと四葉ちゃんに頼み、四葉ちゃんは『黒い(ボストン)バック』に手紙を入れた。スポーツ系の彼女ならバックはイメージ的にボストンバックなのかもしれない。
「ああ……そういうことなのね………四葉は悪くないわね……」
「おう、なんか悪りぃな」
「まあ、話は意外と弾んだから悪い気はしなかったけど…」
「それは確かにな」
「ンンッ!!ひとまず、2人が見つかってよかった。早く戻ろう。中野父が探しにく「私が、なんだって?」キターー!」
聞き覚えのある声に俺と二乃ちゃんの背筋が伸びる。振り返ると鋭い眼差しの中野父が立っていた。恐怖映像かな?
「こんな時間に出歩くとは、しかも男2人を連れて…感心しないな」
「ああ?なんだテメェ」
「やめろやめろやめろ!すみませんお父様〜これには色々ワケがありまして〜」
「君にお父様と呼ばれる筋合いはない」
「確かに!ごめんなさい!」
「パパ、これは私が悪いの!2人は悪くないわ」
「………夜も遅い。話はまた明日聞こう」
ああ、明日も中野父と面と向かって話をしないといけなくなった。怖いなぁお兄さんチビっちゃいそう。
「それはそうと二乃ちゃん」
「どうしたのユキ君」
「………明日、話がある。2人で」
「……分かったわ」
二乃ちゃんは俺を鐘の下に呼び出そうとしたんだ。それはつまり2人きりで大事な話があるということで。
二乃ちゃんがここまでして俺が腹を括らないわけにはいかない。むしろここで逃げたら俺は一生俺を恨むことになるだろう。
確かな答えが見つかってなくても、彼女と一対一で誠心誠意向き合って話すことに意味がある。
「待ってるわユキ君……そうだ、ユキ君意外にも隼人ちゃんとハー君があるんだけど」
「………今は保留で…」
風太郎関連の出来事がほぼほぼカットされてますが、二乃とのイベントが無くなった原作の流れと思っていただければ。三玖と五月が風太郎と出会うのは隼人と佐助と会った後です。
スクランブルエッグが思った以上に早く終わりそうです。多分次回、終わらなくてもその次には終わります。これで二年生のイベントが全て終わる……