風太郎の誕生日には当日気がついた。
朝、新作のドリンクを買いに早めに家を出て味わっていた時、見知った顔が凄いオーラを纏いながら何かぶつぶつ呟いていた。
「前見て歩かないと危ないよフータロー君」
「む、一花か」
「おっはー」
全国統一模試の参考書?みたいなものを読みながら歩く姿はさながら二宮金次郎みたい。付箋だらけの本っていうのも今では見慣れたものだね。
「お前とはよく登校時に会うな。今日も他のはいないのか」
「今日はコレを買いにね。先に働いてる分財布は少し潤ってるんだ。あ、フータロー君の分はないよ」
「期待してねぇよ。ほら、遅刻する前に行くぞ」
フータロー君と並んで歩く。なんてことない…ことかもしれないけど、私にとってはこれはとても幸せなこと。今のこのポジションだけは……うん、譲りたくないかな。
「みんなから聞いたよ?またお父さんと一悶着あったみたいだね」
「まあな。家庭教師云々の話もこれで何度目か」
「それに相手は武田君なんでしょ?2年の時に同じクラスだったんだ。ザ・好青年って感じだね。あれはあれで大変そうだけど」
「誰が相手だろうが負けるつもりは毛頭ない。これから試験まで勉強漬けだ、覚悟しろよ」
「私たちもかぁ……」
フータロー君、もうすぐ誕生日なのに大変なことになったなぁ……無理しなきゃいいけど…
「とはいえ、他の姉妹と違って学年末試験から働きながら勉強してたお前のことだ。何も心配してないがな」
……ホント、乙女心を掴むのが上手くなってきたね…
「ん?お前眼鏡なんかしてたか?」
「………一応変装で付けてるんだ。昨日私が出た映画の完成試写会があってね。そこそこテレビで取り上げられちゃったからさ」
「それってあれか、タマコか」
「もうなんでそこは覚えてるの!!!」
「くくく…声をかけられないように変装してたのか。まあ変装はお前らの十八番みたいなもんだしな」
「まあね。いざって時のために変装アイテムは常備してるんだよ。三玖や四葉ならすぐに出来るけど……そんなことしたらフータロー君じゃ見分けつかないか!」
「くっ…いつまでも昔の俺と思うなよ…」
そんなことを話していると、他の姉妹に追いついたみたい。ハヤト君も一緒みたいだね。どうやら今日はここまでかな。
「おいおい五月のやつまたなんか食ってるぞ。隼人の奴、五月には妙に甘いんだよな。四葉も声デケェし」
「こらこらそんなこと言わないの。乙女の心がほんと分かってないんだから」
「乙女ねぇ…」
ホント、変わったよねフータロー君。
◇
正直な話。完成試写会がテレビで流れたからって私のことに気がつく人なんて2、3人ぐらいだと思ってた。でも甘かった。
教室に着いた途端に私はクラスメイトに囲まれてしまった。テレビに映る、女優になるということを改めて実感させられた朝だった。
それから放課後。結局私は一日中ひっぱりだこだった。嬉しいのは嬉しい、だけど流石に疲れた。だから今は三玖に変装し、なんとかその場を離れることに成功した。
「予想以上だったね……この後勉強会なのに大丈夫かな……」
「大丈夫なもんか。これからみっちり勉強するぞ三玖」
後ろから声をかけられビックリする。神出鬼没とはこのことなんだろう。恐るべし上杉風太郎。
でも私の変装には気がついてないみたい。まったく、昔の俺とは違うんじゃなかったのかな?
「もう公開とかはぇーよな」
「ん?なにが?」
「一花の映画の話。昨日試写会だったろ?隼人がネットで記事を見せてくれたが、結構話題になってたな」
「あー、そうだね。有名な女優さんが主演だから」
「その有名な女優が誰なのかはよく知らんが……オーディション受けてよかったな一花」
「え…」
もしかして…バレてる?
「って、一花には言うなよ!?絶対ニヤニヤされるんだ。そんなことになってみろ、絶対隼人までニヤニヤし始めて勉強どころじゃないからな!ったく柄でもないこと言うもんじゃないな」
「あはは…そうだねー」
ズカズカと歩き出すフータロー君。
柄でもないことって君は言うけど、君が私を気にかけて覚えてくれた。たったそれだけがクラスメイトのどんな賛辞より胸に響いてしまうんだ……こんな単純でいいのかな…
うん、きっとこんな……こんな単純なことがいいんだ。
「ありがとねフータロー君。おかげで演技に自信がついたから、まだまだ頑張れそうだよ」
「あ、おま……ったく………さっさと行くぞ一花」
◇ーーーーー◆
中野父とのバトルが始まったあの夜から……しばらくたって。今日は4月15日。あれからというもの、自分でもビックリするぐらい勉強をしている。校内で十位以内なんて言ってしまったもんだから……百位ぐらいにすればよかった。
「……い、一旦休憩にしない?ハヤト君白目向いてるよ…」
「……そうだな…悪い、外の空気吸ってくる」
「上杉さんも死にかけですね……やっぱり誕生日の件はずらして正解だったね…」
「まさかフータロー君があんな風になるなんて……ちょっと心配だから見てくるよ」
「私も行く」
一花ちゃんと三玖ちゃんが風太郎を追って図書室を出ていく。俺も何か飲み物でも買ってこようかな。
「飲み物買ってくるけど、四葉ちゃん何か飲む?」
「あ、いえ。お気遣いなく!幸村さんも大変でしょうしゆっくりしてください!」
「教える側が心配されるとは…ごめんね、少しゆっくりさせてもらうよ」
図書室を後にして自販機へと向かう。歩きながら肩を回してみると凝り固まってるのがなんとなく分かる。昔はもう少し肩軽かったのになぁ。
「あ、兄貴!お疲れ様ッス!」
「あれ、佐助がこんな時間までいるの珍しいな。いつもならゲーセンとか行ってるだろ」
道中出会ったのは佐助だった。珍しく放課後に校内に残っている。
「それがですよ兄貴。最近歴史の勉強にハマってるんスよ!」
「………エイプリルフール?」
「違うッスよ!!聞いてください?最近クラスのやつと歴史上の人物の名前を組み合わせて遊ぶカードゲームみたいなのをやったんスよ。あ、最強なのはナイチンゲールとチンギスハンッス。クソ笑ったッス」
「……まさかそれで歴史にハマった…のか?」
「そうなんスよ!なーんか妙に頭に残っちゃって。それで調べてみたら、結構面白くて!カードにもその人物がどんなことをしたかってのが載ってて勉強になるんスよ!兄貴も家庭教師の合間に五つ子のみなさんとやってみてくださいよ!」
「んー、まあ全国模試が終わったらな?それが終われば修学旅行も近いし遊ぶ機会は多いだろ」
理由はどうあれ佐助が勉強をするようになったのは凄いことだ。それに歴史なら三玖ちゃんとも相性がいいかもしれない。
「また機会がありゃ、三玖ちゃんから色々教わってみるか?お前の勉強にもなるだろうし、三玖ちゃんも教えることで新たな知識を得るかもだし。勿論あの子がやってくれることが前提だけどな」
「いいんスか!?いやぁ美女から教わりゃ更に身につくってもんスよ!」
「やっぱやめるか」
「じょ、冗談ッスよもぉ〜!にしても兄貴がここまで勉強に対して前向きになるなんて思わなかったッス。人間変わるもんなんスね」
「………まあ……な…」
言われてみれば確かにそうだけど。ここまで勉強を続けられるのは………
「やっぱり五つ子ッスか?」
「……かもな………っし戻るわ。じゃあな」
「はい!お疲れ様ッス!」
肩は未だ重いまま。だけど気持ちは少し軽くなった。だから俺はまだ前に進める。
◆
その日の放課後……夕方ではなく外は暗くなっている時間だ。図書室には勉強を続ける俺と風太郎以外おらず、図書委員も俺たちに戸締りを任せて先に帰っている。
「2人ともまだ帰ってなかったんですね。こんな時間までご苦労様です。差し入れです」
俺と風太郎の元に現れたのは五月ちゃん。今日は用事があるからと図書室での勉強会には顔を見せていなかった。
「何を言ってるんだ。別に苦労なんかしてねぇ。俺を誰だと思ってる」
「用事とやらはもう大丈夫なの?」
「はい。そのことで一応の報告をしておこうかと」
五月ちゃんは改まって俺と風太郎を見据える。
「塾講師の下田さんという方の元へ出向いてまいりました。アルバイト…と言えるかわかりませんが、下田さんのお手伝いをしながら更なる学力向上を目指します」
驚いた。少し前にも用事で勉強会を外していたが、恐らくその下田某のところに行ってお願いをしていたのだろう。これで一応は五つ子全員が何らかの形でお金を稼ぐことができるということなんだろう。
「俺らじゃ力不足かよ」
「拗ねないでください。そうではありませんよ。模試の先、卒業の更にその先の夢のために教育の現場を見ておきたいのです」
「それはつまり……五月ちゃんは」
「まだ完全に決まったわけではありません。ですが今は目指す方向で進んでいます」
「……なるほどね。卒業の更にその先か………」
目先の模試に気を取られていたが、確かに俺たちはもう3年生。卒業した後のことを本格的に考えないといけない時期だ。
正直、1番目を逸らしてたところだ。
「詳しくはまた後日……って、寝てしまってますね」
「あら。ま、今日ぐらいは風太郎にはゆっくりしてほしいもんだけど」
「誕生日…ですものね。私たちもプレゼントを用意していたのですが、流石に今は勉強の妨げになるのではと日を改めることにしたんです」
そう言いながら五月ちゃんは風太郎のそばに五羽鶴を置いた。うっすらと風太郎が作ったであろう答案用紙が見える。
「ですが、誕生日当日に何も無いというのも寂しいですから」
「こういうのって病気の人にあげるもんじゃない?まあ幸運の効果はあるって言うか…」
「それと…こちらは幸村君の分です。それからごめんなさい。幸村君の誕生日からかなり遅れてしまいまして」
「え?ああ、いいよそんなの。俺も言ってなかったし。でもありがと」
五月ちゃんから五羽鶴を受け取る。こっちは俺が作った答案用紙か。
「幸村君も上杉君も1人ではありません。手伝えることは少ないかもしれませんが、7人だからこそ成し遂げられることもあります。共に頑張りましょう」
「1人じゃない…か。そうだね、もう一踏ん張りしようか」
◆ーーーーー◇
「ん…いつのまに……」
メール音で目を覚ました俺は時間を確認する。完全下校時間まであと30分も無い。正直今から片付けて図書委員の代わりに図書室閉めて鍵を返してとやることやってたら30分はかかりそうだ。
「隼人は……先に帰ったのか。まあ時間も時間だしな」
メールはらいはからだった。内容は誕生日会の準備をしているから帰ってきて、というもの。らいはと親父とケーキの写真付きだ。
「帰るか…ん?六羽……鶴か?」
机に置かれている六羽の鶴。一つだけやけにデカい足の生えた鶴がいるが…一体誰がこんなものを。それに見覚えのある文字が薄っすら透けて見えている。
「これは………ったく、テスト用紙で遊ぶなっての」
小さい五羽鶴を広げてみるとそれは俺が作った小テストの答案用紙だった。学年が上がってすぐにやったテストより点数が良くなっている。学年が上がって頭がリセットされた、なんてことはなかったようだ。
足の生えた鶴を広げてみると、デカデカと「誕おめ!!好きなお菓子交換券!!」と隼人の文字が書かれていた。
「ったく、ノートの無駄遣いだろ」
今までなら悪態をついてそれらを全部カバンに雑に詰め込むだけだっただろう。だけど今はこれらを見て、もう少し頑張ろうと、そう思えるぐらいにはアイツらに染まってきたと思う。
連載当時やアニメ放送時、この頃の一花は結構ヒートアップしてて、一部の読者や視聴者からはうーんって感じだったと思います。私は人間らしくて面白いと思ったんですが、この話は二次創作ですので一花には少しお姉さん味を強くしてもらいました。
「いや、この時の一花の展開は漫画やアニメみたいな方がいい!」って方もいらっしゃると思いますが、ご了承ください。こんな一花もいかが?って感じでお願いします(刺さり座)
次回はテスト本番になります。