期末テストも無事突破し、俺たちは無事高校生活最後の夏休みを獲得した。そんな夏休み初日、何もせずぐうたら過ごしていた俺に一花ちゃんからメッセージが届いた。
『ねえハヤト君。明日暇?』
こんな経験はないだろうか。明日暇?と聞かれて暇だよ!と答えると、明日代わりにバイト入ってくれない?と言われてしまうこと。俺は何回かやられた。
『何かご用事?』
暇!と答えると後が怖い。だからこのような返信が一番安牌なのだが、これはこれで相手の用事を選り好みしているようで正直使いたくない。
『うん。時間あるなら一緒に買い物行かない?』
「………マ?」
これはもしかしてデートのお誘い?
いや冷静に考えて『五つ子と一緒に買い物に行くから一緒に行こう』のお誘いと見るべきだろうか。当然風太郎も来るだろう……いや、夏休みは勉強の虫になってそうだから来ない可能性もまあまああるな。
「まー、予定も無いし……『荷物持ちなら喜んで〜』っと」
『ありがと!それじゃ明日11時にそっちに行くね!』
よく考えたら五つ子は上の階に住んでるんだよな。まあ流石にわざわざ降りてきて言いに来ることでもないか。
「おはよーハヤト君。もう準備できてる?」
次の日、待ち合わせより10分早く一花ちゃんがやってきた。俺は当然出来るお兄さんなので準備万端ですとも。
「あれ、他のみんなは?」
「ん?やだなーハヤト君。私だけだよ?」
「………」
「もしかして五つ子みんなの買い物に付き合わされると思った?ちゃんと『一緒に』って送ったよね?」
どうやらあれは二人での意味だったようだ。つまりこれはかの女優中野一花と二人で買い物と?これバレたら週刊誌もの!?
いやいや落ち着け幸村隼人!一花ちゃんのことを女優と知ってからも一緒に買い物ぐらい行ったじゃん………行ってねぇよ!
「パパラッチに狙われないように頑張るよ」
「アハハ、そんなパパラッチなんて来ないって。私まだ全然売れてないよ?そんな人狙わないって」
そうは言っても目の前の女の子はテレビや雑誌に名前が載ってるのだ。本人がそう言っても多少は気にしたほうがいいかもしれない。いや下手したら俺がネットで叩かれる!?
「お兄さんもサングラスしようかな」
「日差し強いもんね」
まあ落ち着け俺よ。なんだかんだ一花ちゃんも普通に学校生活送れてるわけだ。この買い物もそんなに心配するようなことでもないかもな。
◇
「それで、今回は何を買いに?」
「うんパジャマをね」
ショッピングモールにやってきた。ここまで一花ちゃんのことは特にバレている様子はない。それはそれで『なんで気づかんねーん!』と言いたくなる気持ちもあるが、正直俺も近くに有名人がいても気がつかないと思った。
「私の癖というか……知ってるでしょ?」
「まあ、口にはしないけど」
「それで脱ぎ捨てた後にどっか行っちゃって…」
「結局脱ぎ捨てたって言ってる…てかどっか行ったって。今5人で寝てるんでしょ?流石に探せばあるでしょ」
「探して無かったから買いに来たの!この前掃除した時にまとめてゴミ袋に入れちゃったかも……二乃に『大丈夫なのそれ。何か大事なもの入ってないでしょうね!』って言われたのに確認せずに…」
夏休み前、期末テストが終わってすぐの週末にドタバタと掃除してるなーとは思ったけど。
「ハヤト君も知ってるでしょ?アパート取り壊しの話」
「もちろん。あそこも築50年近くだし仕方ないよ。ああ、それで掃除を?」
「うん、早いほうがいいと思ってね。取り壊しはまだ先だけど、この夏休み中に引越ししようと思って」
俺と中野姉妹が住むアパートの取り壊しが決まったのだ。この話は俺にとっても死活問題だ。猶予は半年あるとはいえ、そう悠長に構えてることも出来ない。半年後といえば丁度受験シーズンなのだから。
「ハヤト君は……いざとなったら五月ちゃんと同棲かな〜?」
「あのね、お兄さんにそんな財力無いから。流石に冬休みには大人しく実家に戻るよ」
「そういえばハヤト君っていつから一人暮らししてるの?高校から?」
「うん。近いほうがいいと思って入学のタイミングでね。まあ実家から通えないってこともないし、問題は無いかな」
電車通学になるけど、まあ半年後なら学校に行くこともそんなに無さそうだ。
そんなこんなでお店に到着。パジャマ、と言っても色々ある。女性が着るものとなれば尚更だ。ファッションセンスがゼロのお兄さんにはちょっと分からない。
「これとこれ、どっちが似合う?」
一花ちゃんが持っているのは長袖の暗めな色のパジャマと半袖の明るい色のパジャマ。今の季節を考えると半袖なんだけど、五月ちゃんが言うにいつも布団に包まってるらしいからエアコンなんかで肌寒く感じているのかも。そうなると長袖か……
「そんなに深く考えなくていいってば。ハヤト君が可愛いって思ったほうを選んでよ」
「それなら半袖の方かな」
「あら、お姉さんの柔肌が見たいのかしら?」
「そもそもパジャマ姿の一花ちゃんと一緒になることはないでしょ」
「絶対無いとも言えないんじゃない?」
「一花ちゃんがそう言うとなんか怖いんだよね…」
「でも君が可愛いって言ってくれたんだからこっちにするよ。貴重な友達の意見だからね」
そう言って会計へ持っていく一花ちゃん。
言っちゃダメなんだけど、そのパジャマも寝てたら脱ぐんだろうなぁ。
◇ーーーーー◇
「お待たせ〜。いい時間だしお昼食べようか」
お会計を済ませた一花ちゃん。時刻はお昼を少し過ぎて13時半。夏休み時期というのもあってかお客さんの数は相当なものだ。フードコート空いてんのかねこれ。
「む!その後ろ姿は!!」
「?ハヤト君何か言った?」
「多分
「待て待て待て待て。俺を無視するとはいい度胸だな幸村よぉ!」
変な声が聞こえたから離れようとしたのに、変な声の主に行手を遮られた。近藤青斗だ。まさか夏休みだからって動物園抜け出してきたのだろうか。
「お久しぶりです中野さん。いえ!一花さん。俺です。京都の近藤ですよ」
「あー、うん。久しぶり…だね」
「やめろやめろやめろ。お前が声かけたら不審者にしか見えないって。見なよこの反応。明らかに覚えてない反応じゃん」
「いや覚えてるよ。インパクトは凄かったから。ただ私の名前を知ってるとは思わなくて」
「なぁに言ってるんですか。女優の中野一花は大大有名人じゃないですか。ここで騒ぎになってない方がおかしいですよ」
「今はそっちの奇行の方が目立ってるからね」
「やいやいやいうるさいよい!チャチャ入れるぐらいしか芸がないんだから黙ってろよい!」
「ハッ!んなこと言ってっとまた腕をギプスで固定することになるぞ」
「上等だ!表出ろ!!」
「まあまあ二人とも、そんなに大声出してると余計目立っちゃうから。ここは三人でご飯食べて落ち着こ?ね」
「いいんですか!是非!!」
流石長女と言うべきか、流石芸能人と言うべきか。とにかく場を収めるのがうまい。でもこういう人は自分の意見を胸にしまいがちで表に出すのが苦手なタイプだ。
「少しは静かにしろよ近藤」
「わかってるわかってる皆まで言うな」
こうしてフードコートにやってきた。想像してたよりは人が少なく、席を探してウロウロすることもなさそうだった。
「俺この辺初めてだから、何かオススメとかないのか?」
「オススメって言ってもねぇ。この辺もよくあるフードコートとそんなに変わりないし」
「確かに。それならデパートの外で何か探すのも手だけど」
「暑い中外に出て席が空いてませーん!なんてことになったら大変だ。男ならここはポテトで我慢しろ近藤」
「確かに、幸村はともかく一花さんの柔肌を紫外線で傷つけるわけにはいかないな」
なんだよ俺はともかくって…微妙に腹が立つし傷つく。
「てかなんでこっちにいるんだお前。なんか用でもあるわけ?」
「夏休みだぞ?俺だって学校のこと忘れて旅に出てぇのさ」
不良がなんか言ってる。
「旅かぁ。またみんなで温泉に行きたいなぁ」
「みんなって、まさかコイツも連れて行ったんですか!?」
「中野家の旅行先の旅館でバイトしてただけ。真田とか佐助もいたぞ」
「……お前なんだかんだで真田と仲良いよな」
「腐れ縁なだけだって」
真田とは高校に入学してからは会っていなかった。思えば真田や高梨ちゃん、近藤とまた会うことになったのも五つ子と出会ってからだな。
あれからいろんなことが起き過ぎたな……
食事中も話題は絶えなかった。ほとんど近藤から一花ちゃんへの質問攻めみたいなものだったが。
「そういや、一花さんはこのまま女優に?」
「そうだね。今のところ他の道は考えてないかな。近藤君は?」
「俺もこのまま就職だなぁ。俺の場合はやりたいことが見つからなくて。でもまあ手に職つけて金稼げば好きなことはできそうだし」
「好きなことか…」
「そういえばハヤト君は高校卒業したら大学?それとも就職?」
「……一応大学行く考えにはなってるんだけど。将来何をしたいかーってのはまだ全然」
宙ぶらりん状態とはまさにこのこと。やりたいことも好きなことも、あるにはあるが…本当にそれを心からやりたいのかって言われると……
「俺は学がねぇから大学には行かねぇけどよ。何か探すために大学行くのは手だと思うぜ?まあ金はかかるけどな!」
「そうなんだよねぇ……金かけてまで大学行って、それでも何も見つからなかったらって考えたら」
「五月ちゃんが言ってた通り、ハヤト君ってホントよく考えるけど、考えすぎだよね」
「中学ん時から頑固なのは変わってねぇよなお前」
「はいはいどうせ頭が固いですよ。でも確かに、少し考えすぎなところは改めないと」
しかし、一花ちゃんはともかく近藤に励まされるとは。ちょっと悔しいな。
「ほら、俺のポテトやるよ」
「じゃあ私のも」
「しなしなと容器の底にある小さいカリカリのヤツ…ッ!?」
「私はもうほとんど食べちゃったから」
「お前にはそのしなしながお似合いだぜ。お前そっくr「うるさいよ!食事の場で!」
目の前に女の子がいるのに下ネタ言いかけるなよまったく。
でもまあ、少し気持ちにゆとりができたのは……ありがたい。
◇ーーーーー◇
あのあと近藤は行くところがあると言って俺たちと別れた。俺と一花ちゃんも特に用事が無かったから帰ることにした。
「やっぱり暑いね……これならもう少し涼んでおけばよかったよ」
「今週は去年より暑いみたいだね。そうだ、せっかくの夏休みだしみんなで海に行こうよ」
「海は今度の日曜にクラスみんなで行くみたいだし、プールの方がいいんじゃない?」
「日曜は引越し作業があるから海行けないんだ。二乃は行く気満々だったけど」
「そうなんだ。もう次の家見つけてあるの?」
「ううん。とりあえず次の家が見つかるまでの繋ぎとしてマンションに戻るんだ。海に行けないのは残念だけど、また今度姉妹で行くよ。それかハヤト君が二乃か五月ちゃんを誘ってくれてもいいんだよ〜?」
「考えときます…」
まだまだ夏休みは退屈しなさそうだ。それはそうと宿題もちゃんとやってくれるのだろうか。
「あ、そうだ。この際ハヤト君には伝えておくけど、私二学期から学校行かないから」
「…………?今サラッととんでもないことに言わなかった?」
「まあそれが普通の反応だよね。九月から長期ロケを受けることにしてね。少し離れた撮影地で拘束も長いから」
「仕事に専念するってわけね。風太郎や他の姉妹には?」
「まだ。ハヤト君が最初。ああ一応学校には少し前から相談はしてたんだ」
どうやら一花ちゃんはもう決めてしまったようだ。こうなると一花ちゃんに学校辞めるなとは言えない。
仮に説得してやっぱり仕事より学校を優先するよ、となっても、今度はそのロケの人達に迷惑がかかる。そうなるとあんまり考えたくないけど一花ちゃんのイメージが芸能界で良くない方向に走ってしまう可能性もある。
まあ第一に夢であり、これから長く付き合っていくことになる女優の仕事に対して、一花ちゃんはそんなことしないだろうが。
「多分他のみんなは説得するんじゃない?特に風太郎。アイツはビジネスだー!とか言いながら説得してくる。間違いないね」
「だろうね。でももう決めたから。フータロー君でも止められないよ」
「そう……自主退学じゃなくて休学にしない?ほら、出席日数とある程度のテストの点取れば卒業は出来るだろうし。そりゃみんなと一緒にとはいかないだろうけど」
「これから撮影や稽古ばっかりなのに、テストなんてダメだよ」
「そこはほら、風太郎がなんとかしてくれるよ。俺も勿論サポートするけど風太郎ほど頭は良くないから…」
結局俺まで説得してる。当の本人が道を決めたというのに。
「ハヤト君がそこまで言ってくれるなんて思ってなかったよ。ありがとね」
「……とりあえず、この事は俺の胸の中にしまっておくよ。風太郎達には」
「うん、私からちゃんと伝える」
話しているうちにアパートに帰ってきた。一花ちゃんと別れて俺は自分の部屋に戻った。
「将来か…」
自分の道を決めた一花ちゃんに、何も決まっていない俺があれこれ口を出すのは……今思えば何様だって話だな。
「………暑いな」
夏はまだまだ終わらない。
やりたいことをやるために別の何かをやめる
やりたいことが見つからずずっと宙ぶらりんになっている
夏休みは五つ子とすごそう!!