それは4月ぐらいの事だった。
ここ最近行われているトレーナーにスカウトしてもらうための模擬レースが行われている時、私はあるトレーナーにスカウトされ、契約した。
最初の内は新人ではあるもののちゃんとトレーニングメニューを考えてくれていたのだけれど、5月に入ってジリジリと照り返しが厳しくなって来た今も熱意やトレーニングメニューの練りこみ度は最初の頃とは変わらない。
ただ、ココ最近は明らかに顔色がおかしいと分かるぐらいに不安定だった。
メイクでどうにか誤魔化そうとしているがそれ以上に隈が溜まっていた。
だから、この日。
私は彼に聞いてみることにした。
時刻は放課後、トレーナー室で今日のトレーニングメニューを一通り聞いた後、話を切り出す。
「ねぇ、トレーナー」
「どうかしたかキング」
「アナタ、最近ちゃんと休息は取ってる?」
「あ、ああ! 取っているとも、うん」
「本当に? 目のクマが濃いわよ?」
わたしが指摘すると明らかに目に動揺の色が映る。
「あはは……ちゃんと寝てはいるんだけどな……」
そういうとトレーナーはぽつりぽつりと語り出した。
遡ること3週間ほど前。
俺は今年から念願だった中央のトレーナーになり、どの子をスカウトしようかとこの時期に吟味し、母がアメリカのG1を幾つも勝利した母を持つキングヘイローをスカウトし、無事に契約を果たせたその日の夜。
「明日からのトレーニングメニューも考えないとな……」
これからの日々に期待を抱きながらデスクワークしていると、最近バイトを始めた彼女から電話がかかってきたので出る事にした。
応答ボタンを押して耳に当てる。
「どうしたんだこんな時間に?」
大方寂しいから電話を掛けてきたとかそのへんだろうとタカをくくっていた。
「うん……最近思ってたことがあるんだけど言っていい?」
「??? まぁいいけど……」
「正直ね、なんで頑張らないの?」
はい? いきなり何を言っているんだこやつは。ただ他になにか言いたげだからまだ我慢する事にした。
「元彼の時もそうだったけど実力があるのに本気を出さない君がムカつく」
「は……いきなり言うことがそれですか……?」
「だって仕事してない時には言えないじゃん……」
……この人は中央のトレーナー免許取るのがいかに大変なのかを知らないだろうか? まぁどっちとは言っていなかったこっちにも非はあるのかも? いや、あるか……
「それで……どうしろと言うんです?」
「もっと頑張ってよ、ウチが安心できるぐらい稼いで欲しい」
前言撤回。いくら5つか6つほど離れていると言えどナメているにも程がある。20代後半にもなって定職にも付けてない人にどうしてここまで言われなくちゃいけないのでしょうか……
「……明日から忙しくなるからきょうはもう寝るわ」
「ちょっとまだ話しg」
耐えられなくなり電話を切ってしまった。
「……俺はそんなに頑張ってないようにみえるのかな……」
誰も応えてくれる訳でもなく、ただ一人の部屋に戯言を零す。
それからはずっと寝る度に魘される日々が続いた。
彼女からは罵倒とも取れる文を毎晩のように送り付けられ、眠れない日も時々あった。
生徒会の副会長であるエアグルーヴに頼み込んでメイクの仕方を教えて貰ったりどうにかして他人には疲労の色を見せないように誤魔化す日々を過ごしていた。
「……というのが多分ココ最近顔色が悪かった原因だと思う」
わたしは彼から聞かされた内容に絶句した。
彼女さんがいたのも驚きではあるけれど、なによりいい歳こいた女性が彼に、この一流のキングのトレーナーに対してこんな事を言うなんて。
まだわたしは彼がどんな人までは分からない。
それでも、こんな傲慢なわたしのトレーナーになってくれるほど優しい彼を侮辱なさる事だけは絶対に許せるほど優しくはありません事よ?
それと……
「おバカ!!」
彼の髪の毛をわしゃわしゃしながら叱る。
「いいかしら、貴方はこのキングのトレーナーなの。そんな貴方が頑張ってないなんて事ない!」
涙を零しながら彼に言う。
「でも……俺はもっと頑張らないと」
「いいの、今でも十分頑張ってるわ、貴方は堂々としてればいいのよ」
彼の瞳から堰を切ったようにポロポロと涙が溢れる。
まったく……不器用なのはお互いそっくりよね、私と貴方(トレーナー)は。
「大丈夫……私が貴方が堂々としていれるように活躍するから、大の大人がメソメソしちゃダメよ?」
彼の涙をハンカチで拭い、目を見て話す。
「さっ、今日はお出かけするわよ!」
彼は驚きのあまり目が点になっていた。
「でもキングが……」
「今日はいいの、大事なキング(王)のトレーナー(臣下)には労いをしたいから」
そう言いながら彼の手を掴んで駆けていく。
今後深堀りしてほしい話は?
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勇の親父の現役時代の話
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勇の幼少期
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砥山トレーナーとミホノブルボンのお話
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勇のトレーナー養成学校時代
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サンちゃん(サンデー)の話