何故かグッバイさんの無茶ぶりで自分の担当と併走があれよあれよと決まってしまったと秋川理事長から告げられたわけだが……無茶にもほどがあるだろ。
そもそも人とウマ娘の間には平均三倍から五倍の身体能力の差があるのだ、幾ら親父が後天的とは言えウマ娘と同じぐらいのパワーを持っていたとしても息子の俺に都合良く継がれてる訳ないだろ? 都合のいい話なんて空想の世界にしかないんだからさ。
「本当にやるんです……? ウマ娘との併走。グッバイさんからのお願いとはいえ結果は決まり切っていると思いますが……」
「同意、正直もわたしもこれには懐疑的だ。確かに過去の文献ではウマ娘と同格の身体能力を持っていた人間がいたとは記述されてはいるが、それは100年前までの話だ。この現代にそんな御伽話はありえないが……彼女の要望であるのなら致し方無い」
目の前の彼女はすまないと言いながら頭を下げた。
「そうなのですか……決まり切ってはいますが、準備してきますね」
「感謝! その前にこの服を更衣室で着替えてほしい、今回の為に大事なスーツを汚すわけにはいかないからな!」
俺は理事長から紙袋に入った男性用のスポーツウェアを受け取り、更衣室に向かいながらこれも仕事と割り切ることにした。
やや憂鬱ではあるものの、ボチボチ歩いていると更衣室に着いたらしい。
「面倒だけど……これも仕事だ」
更衣室に入り、理事長から戴いたスポーツウェアを紙袋から取り出すとシンプルなデザインではあるが有名なスポーツウェアメーカー製らしい。
……わざわざ申し訳ないなと何とも言えない気持ちを抱きつつ俺はそのスポーツウェアに袖を通す。
「……懐かしいな」
……確かに、俺は走ることに喜びを感じるタチかもしれないと柄になく思った。
この身体の内から感じる高揚感はきっと親父の血脈に刻まれている『因子』とやらが悪さをしているのだろう。
なにはともあれ、十中八九負けるけどキングの成長を身を持って確認できるならいいや、やれるだけやろう。
「気張って行け」
己を鼓舞するように俺は理事長とたづなさんと合流してからキングの元に向かった。
「すまない、遅れた」
「あら、遅かったじゃない……って理事長さんとたづなさん!? あなた何か怒られるようなことしたのかしら!? それとその格好どうしたのよ!?」
「実はな……」
かくかくしかじか、あれあれうまうま。
混乱しているキングを落ち着かせ、キングのお母様の話は伏せつつ先ほどの事をキングに話した。
「……ええ!? 併走ぉ!? しかも相手があなたなの…? やるまでもなく結果が見えてるでしょ!?」
「それについては俺も同意だよ、ただ上からのお達しだから惨めでもやるだけやるさ」
もう今更だけどこれ以上の面倒事にならないでくれと切に願う。
理事長とたづなさんから言われたのは芝の二千メートル、要はトラックをキングと一周してこいとの事、ただの人間に無茶をさせるんじゃないよホント。
まぁうだうだいってもしょうがないんでやりますが。
そうこうしていると当然ながらギャラリーが湧いてくる訳で……
「ねぇあのトレーナーさん、なんかスポーツウェア着てるんだけど……もしかして走るのかな?」
「まっさかぁ? 多分熱血系の人なんだよきっと」
「でもあのトレーナーさん隣の子と横に並んだよ?」
「……マジじゃん。しかもたづなさんと理事長さんいるんだけど……なにか問題でも起こした?」
「わかんない……」
俺を物珍しそうに見る子達から話が伝播して、だんだん観客が増えていく。
ウマ娘だったり同僚のトレーナーだったり様々だ。
「あれがキングちゃんのトレーナーさん……?」
「どうやらそうみたいですね~、ただ……」
「……どうかしたのグラスちゃん?」
「いえ、お気になさらず~」
あのトレーナーさんは本当に人間なのでしょうか、ここまで伝わってくる重圧は初めてです。
「そっか……そういえばエルちゃんとセイちゃんは?」
スぺちゃんに聞かれて辺りを見渡してもスカイさんとエルの姿が無い……あの二人がしそうなことと言えば……あっ。
「まさか……」
私が気が付いた時にはもう既に遅かったようで、すでに見覚えのある背中がキングちゃんのトレーナーに話しかけていました。
「ヘーイそこのトレーナー! 何をしようとしているんデス?」
俺がキングの横に並び軽くストレッチをしていると選抜レースの時にいたマスクウマ娘が話しかけてきた。
何処かから情報を嗅ぎつけたらしい。
あーもう、だから人目に立つのは好きじゃないんだよ……
「君は確か……エルコンドルパサーだったか、俺は今からお偉いさんからのお達しで自分の担当と併走しなきゃいけないらしい」
「ケ!? どうしてそんなことを?」
エルコンドルパサーは心底不可解だと首を傾げている。
「……君の言いたいことは解る。僕だってわざわざやらんでもと思うからね」
「そうデスね……uh、アタシは観戦させてもらいマス」
エルコンドルパサーは思うとこはあるが何となく理解したような口ぶりでそう言った。
「そうかい。せいぜいこのお兄さんが惨めな目に合うのを見ているといいさ」
そう目の前のマスクをしたウマ娘に返答していると、無意識に足元の芝生を蹴るぐらいには機嫌はあまり良くない事に我が事ながらぼんやりと自覚する。
「デース……」
俺の機嫌が悪い事を察知して渋々観客席に彼女は戻っていった。
「おやおや~? 何やら面白い事してるね~。セイちゃんも参加していいかな?」
そう言ってエルコンドルパサーを追ってきた物好きがもう一人。
「だめに決まってるでしょスカイさん! トレーナー!! 準備はいいかしら?」
どうやらキングの発言から察するにセイウンスカイだろう。
「ん……大丈夫だ」
「ちょっと? セイちゃんを無視するんじゃないよー?」
「……これが終わってからならいいわ。だから今は待っていてくれるかしら?」
「ッ! 、いいよ。待ってる」
「それでは、たづなさん、お願いいたします」
キングがたづなさんにスタートの合図をお願いするのを聞いて、無駄だとわかっていても意識を集中させる。
「はい! それでは。よーい……」
一瞬の静寂。
今かいまかと其の合図を待つ。
「ドンッ!!」
来た。
その声の反射的に足を踏み出す、しかしその隣でキングは同じタイミング、同じ一歩ではあるが既に二メートル先に駆け出している。
二歩目で俺をそこからさらに二メートル突き放していく。
そこから当然のようにどんどん離される。
「だから……やらんでも……いいものを……」
十秒もたてば三十バ身以上離された、そりゃそうだ。
彼女に対して俺はまだスタートからせいぜい百メートルもいいところだ。
クソッタレが、なんで俺がこんな仕打ちされなきゃいけないんだと既に息が上がりつつある身体に動け、と電気信号を叩き込み続ける。
「ま―こうなるよね~……」
「そりゃ人とウマ娘じゃあね。どうしてなんだろうな?」
「さぁ? ただ、人間で百メートルを約十秒で走り抜けるのは相当速いはずなんだけどな……」
「フゥン……あの人間……いいモルモットになりそうだ」
「それは駄目です……ですが、あの方には
ああ、野次馬がうるせぇなぁ。
俺だって好きでこんなバカなことしたかないよ、自分の担当の母親からの無茶ぶりを意地でもやらなきゃいけない状況にでもなってみてほしいものだよ。
ほら、気が付いたらキングはもう第三コーナーまで駆け抜けているじゃないか。付けられた差は大体四十バ身ぐらいか? 疲労と酸欠で良くわからないや。
キングがあの位置にいるってことは大体一分半は経ったらしい、そして俺はまだせいぜい三百メートルぐらいしか進んでいない。
そんな時だった。
不意にソレが聞こえたのは。
よぉ。オレの力が必要か?
かたちは無い、だが頭の中から声が聞こえてくる。
誰だ、おまえは。
誰だって? 面白いことをいうじゃん。それはお前自身が一番覚えているはずだぜ。
どうやら頭の中で響く声の主を俺は知っているらしい。
バカな事を。そんな多重人格じゃあるまいし。俺はとっととこの負け確定な死体蹴りを終わらせたいだけなんだよ。
ほーほー、要はお前の担当してるやつをぶっちぎればいいのか?
端的に言えば……は? 俺はただの人間だぞ? そんなのできるわっきゃないだろ。
あまりにも意味不明な事を向こうがいうもんだからつい食い気味に否定した。
できる。なんならお前、今日
……冗談じゃない、俺にも親父みたいに『因子』があるってか?
確かにグッバイさんからその話は聞いた、でもそんなご都合主義があるなんてことはそうそうないんだ。
だからさっきそう言っただろうが。まぁいいか、とにかくだ……あの面倒な野次馬どもに一泡吹かしたくないか?
吹かしてはやりたいけどさぁ……、本当にできるのか?
出来るんならとっくにしてると苛立ちつつ遠のきつつある意識を保ちつつ姿なき声に問いかける。
あったりめぇだこの野郎。それじゃあ頭にこうイメージしな。『大地を切り裂く末脚』『勇者よ、踊れ』ってな!
だー急かすんじゃねぇ!! ……ええと、『大地を切り裂く末脚』『勇者よ、踊れ』……だったけか。
俺がよくわからない存在X(仮定)に指示されたようにイメージした途端、それまでもうろくに力が入らない筈の身体が弾むように動いた。
『踊れ、この
さっきとは比にならない速度でターフを蹴っているはずなのに身体が軽いどころか更に景色が速く流れていく。
さっきまで身体の疲れが限界まで溜まっていたというのに?
「よくわからないけど……これなら……!」
もっと速くとイメージすると世界が加速したのかと勘違いするレベルでどんどん身体が加速していく。
一歩進めばゴオッっと風を切り裂いて、視界の景色が後ろに通り過ぎていく。
これが、ウマ娘が見ている景色か。
……
もっとこの景色を見ていたいなと思ったら自然と身体が動いていた。
「おい! アイツ急に加速したぞ!」
「あり得ない……あれは本当に同じ人間か!?」
「ウソ!? あんなに離されてたのにもう十バ身まで詰めてる!!?」
観客席からはどよめきが荒波の様に大きくなっていく。
「なんですか、あれ」
私の隣で一緒に見ていたスぺちゃんも目の前の異様な光景に驚愕していました。
「……私にも解らないです、ですがあのまま行けば……」
何故ただの人間である筈の彼があんな速度で走れているのでしょうか……あの威圧感の元が恐らく原因なのでしょうけれど、とは言えこのままでは。
彼は大怪我どころの騒ぎじゃなくなってしまうでしょう。
そしてこの予想はエルもそう思っている筈でしょう。
「……あり得ないデス!? 、仮にあのまま走りきれたとしても身体が持ちまセン!」
「……」
「ははッ……この際死ななければどうでもいい、今はこの速さを味わってやる……!」
遠くからはどよめきの声が聞こえる気がした、不思議とそれは今は心地良く感じる。
「……ウソでしょ……?」
「追いついたぜ…!!」
皆様お久しぶりです。
一週間ぶりに更新したわけですが、大分調子が良くなってきているので土日でガツガツ書いて更新といったリズムになりそうな予感がします。
そろそろウマ娘のアニメ三期が遂に始まるので個人的にはすごく楽しみです。
それでは、また次回。
ろん5678様、kisek02様ご評価誠にありがとうございます。
今後深堀りしてほしい話は?
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勇の親父の現役時代の話
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勇の幼少期
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砥山トレーナーとミホノブルボンのお話
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勇のトレーナー養成学校時代
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サンちゃん(サンデー)の話