明後日からの使者   作:カリフォルニア饅頭

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大体本編アニポケからは5年後ぐらいの設定です


EP.01 不協和音

「お前は、もしも自分の信念が災いをもたらすとしたら、どうする?」

 

一迅の突風が、静かなリッシ湖の水面にさざ波を立たせた。

 

「……俺の、信念?」

 

サトシはその言葉を反芻する。

自分の信じるもの。自分が1番大切にしたいこと。

それはまごうことなく「ポケモンと共に歩む」ということだ。

それが間違っているだって?災いをもたらすだって?

 

「おい、一体どういう……」

 

サトシの続く言葉は怪しげな外套の男には届かなかった。あるいは、届いていても返事をするつもりはなかったのだろうか。サトシに挑発的な言葉を投げかけたその後も、その表情は目深にかぶったフードのために計れない。ただ少なくとも、サトシにはそれが好意から放たれた言葉でないことははっきりと解った。

外套の男が連れたピカチュウが「じゅうまんボルト」を地面へと放つと、轟音とともに土煙があがる。それに伴う衝撃波に備えるため、サトシはとっさに右腕で両目をかばった。やや遅れて衝撃波が到着し、体中が土砂と風圧に襲われる。

 

ほんの数瞬後にサトシが目を開けると、外套の男は既にその場にいなかった。

 

 

 

 

 

 

ウィーン、ウィーンと、けたたましい警告音が建物の中に鳴り響く。

非常事態を示す赤いランプが点滅する。狭く薄暗い屋内が赤色に照らし出される。

その建物の中で、血相を変えて行き交う黒服の男たち。

彼らがつけている通信機からは、絶え間なく悲鳴と怒号が流れ出していた。

 

『2番、戦闘不能です!侵入者は4番の方向へ向かいました!』

『4番と6番……ダメです。歯が立ちません!早すぎる』

『3番、4番の方へ向かってるが、もう間に合いそうにないっ』

『5番、3番と同じく。クソッ、一体どうなってんだ!!』

「何をしている!相手の目的地はこの格納庫なんだ、そこまでの道を固めればいい!!」

『『『『『りょ、了解です!!』』』』』』

 

「手間取っているようだな」

「はっ……はい。申し訳ありません」

「襲撃者は1人なのだろう?全く、君たちの処遇も考え直さなければならんな」

「……返す言葉もございません。ささ、リーダーはお早く飛行艇の方へ」

 

へりくだるような部下の言葉に、この場のリーダーと思しき男は鷹揚に頷いた。

そのまま、暗い格納庫の飛行艇へと足早に向かう。

視界は薄暗いが、目を凝らすと周囲に無数の人間たちが行き交っているのが解る。

急ぎ資材を運びこむ者たち。飛行艇のエンジンの具合をチェックする者たち。

機密資料を焼却して処分している者たちもいる。

出入り口の方は万一侵入者に突破された際に備えて、警備のものたちが固めていた。

 

その中でひときわせわしなく動いているのは、『商品』をーー正確には、檻に入れられ拘束・無力化させられたポケモンたちを運んでいる者たちだ。この組織の稼ぎ頭たる『商品』を可能な限り運ぼうとすることは道理だろう。尤も、この場のリーダーと思しき男は心のなかで何品かは置いていくことになりそうだ、などと皮算用をしていたが。

 

リーダーがまだ手にしていない利益を夢想して満足げに頷いたそのすぐ後。

そのすぐ脇から悲鳴のような叫び声が挙がった。

 

「な、何だと!?もう9番が突破された!?つまり……」

 

男の続く言葉は、爆音によってかき消された。ドゴン!とひときわ大きな音。続いてがらがらと出入り口を封鎖していた鋼のシャッターが崩れ落ちた。煙が立ち昇る。せわしない格納庫にしばしの静寂が満ちる。

煙が晴れると、しかしそこには誰もいない。構成員たちが周囲を確認しようとしたまさにその刹那。

警戒にあたっていたマタドガスのうち一匹が断末魔とともに倒れ落ちた。しゅん、と緑の稲妻が奔った。続いて、別のマタドガスが、ベトベトンが、ゴルバットが、次々と力を失って気絶していく。目では追いきれない程の速度で、何者かが……緑のポケモンが走り回っている!

 

「聞こえたものは目を潰れ!あやしいひかり!」

「させない!じゅうまんボルト!」

 

黒服の男がゴルバットに命ずる。味方を混乱させることも厭わない光が格納庫の中に満ちようとして……その光は激しい雷撃によって相殺された。しかし2つの光がぶつかり合う僅かな間、緑の稲妻は動きを止める。まばゆい光に照らされて、動きを止めた闖入者の姿が浮かび上がる。目を引くのは、そのポケモンの長い尾。そして何より、両腕から生えた二対四本の緑の刃。闖入者の正体は『みつりんポケモン』の『ジュカイン』だった。

 

しかし、ジュカインが動きを止めたのも僅かな間だけ。ジュカインは跳躍すると、一息に建物の壁に取り付く。さらに高く積み上げられた物資を蹴って高速で動き回る。もとより深い樹海を生息地とするジュカインには、このような足場の多い場所での戦闘こそが本領を発揮できるのだろうか。さらに、小さく黄色いポケモンが現れ、電撃で男たちの手勢を瞬く間に無力化してゆく。

 

だが、男たちにとっての悪夢は、それだけで終わることはなかった。せめて積荷とリーダーだけでも逃がそうと、健気な構成員が格納庫のシャッターを開ける。すると、シャッターが空いたその先に……複数人のジュンサーたちがガーディとともに待機しているのが見える。

 

「そこまでです!」

 

ジュンサーたちは組織の構成員や飛行艇を確認すると、素早く手元のトリモチ弾を構えた。そのまま正確な射撃で組織の構成員を無力化してゆく。それは、なんとか走って逃げようとしたリーダーも例外ではなかった。無様に転げて倒れたリーダーをよそにその場は制圧されていき、間もなく抵抗はやんだ。

 

「ご苦労さま、サトシくん。……今回もまた、お世話になってしまったわね」

「気にしないでください。ポケモンの密売を止められたんですから」

 

リーダーと呼ばれていた男は、聞こえてきた会話の方向にとっさに顔を向けた。そこではじめてジュカインを操っていたトレーナーの顔を見たのだった。ぼさぼさの髪。トレードマークの赤い帽子と、肩に乗った黄色い電気鼠ポケモン。

 

「カントーチャンピオンリーグマスター、マサラタウンのサトシ……!」

 

どおりで、部下たちが歯が立たないわけだ、と男は思った。ついでに、彼らの査定を変える必要もないかもしれない、などと場違いに考えを巡らせる。……もっとも、この組織と、それから男に次の機会などというものがあるのであれば、の話でしかないが。

 

 

 

 

 

「って感じで、セキチク近郊の密売組織の件はかたがつきました、オーキド博士」

「そうか。あそこは特に悪質とされていたから、リーダーを捕まえられたのは特に大きいじゃろうなぁ。ここから資金源やら密売ルートやらの調査が一挙に進むじゃろう……ご苦労さま、じゃサトシ」

「そんな……頑張ったのは、ジュカインですよ」

 

サトシの言葉に、ジュカインはぐるる、と嬉しそうな声を出した。

マサラタウンはオーキド研究所の一角。ここで、サトシはジュカインをオーキド研究所に返すついでに、昨日のことをオーキド博士に報告しに来ていた。

 

「しかし、サトシよ……しっかりと休めておるか?チャンピオンとしての役割に加えて、今回のような摘発にも関わっておるのじゃ、いかに若いとはいえ、ときには休むことも必要じゃぞ」

「はは……さすがオーキド博士。でも、疲れているのは体というより、心の方かな」

「心……とな?」

「たまに、わからなくなるときがあるんです。俺はポケモンと友達になれる。きっと多くの人とポケモンもそうだと思います。でもヒトとポケモンという全体になると、途端に仲良くすることが難しくなる。今回みたいにポケモンを密売しようとするやつも、そうでなくてもポケモンを好き勝手に乱暴したりするやつも、あげくにポケモンを使って悪いことをするやつもいる。こんなんで、本当にヒトとポケモンがずっと仲良くやって行けるのかなって」

 

もちろん、俺の信念はそうであることは変わりませんし、そのためにできる限りのことを続けるつもりですけれど、とサトシは続ける。オーキドは、うむと鷹揚に頷いたあと、慎重に言葉を選びながら続けた。

 

「サトシよ、お前は本当に良いポケモントレーナーじゃ。ポケモンと誰より深く心を通わせて、その力を極限まで引き出す。若くしてチャンピオンとなったのも、わしにはよく解る。……じゃが、忘れないでほしい。どんなに強くても、お主はまだ15歳なのじゃ。いかにポケモンバトルで強くとも、体も心もまだまだできることには限りがある。そして、お主1人が少し休んだところでどうこうなるほど、人の社会というものは脆弱でもないぞ。もっとわし達大人に甘えてもよい、いや甘えるべきだぞ!……っとなんじゃ急に」

 

オーキドの言葉を遮って音を立て始めたのは、研究所の通信機器だった。プルル、プルルと呼び出し音が鳴り続ける。

この大事な時に、と言わんばかりに不満げなオーキド博士は、しかし仕方がないという表情で締めくくって、通信を受け取った。

 

「ともかく、わしたち大人に頼ることも大切なのじゃ、サトシよ。ゆめゆめ忘れるでないぞ」

 

オーキドの言葉が終わるとともに、大画面のモニターに通話相手が映し出される。妙齢の女性だった。全身の黒い衣装は流れるような長い金の髪と組み合わさって、容易に掴み難いミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 

「はい、こちらオーキド研究所……と、シロナ君か」

『もしもし……オーキド博士。それに、サトシくんもそこに居たのね、良かったわ』

「ご無沙汰してます、シロナさん!先日はどうも」

『いえ、こちらこそいいバトルだったわ。ホントに、あと少しで負け越してしまいそうだもの』

「うむ、あれはよいバトルじゃったの。それでシロナ君よ、今日は一体何用かな?」

『オーキド博士のお耳に入れておいていただきたい話があったのですが、サトシくんにも聞いて欲しいことなの』

「なるほど。それでシロナくん、話とはいったい……?」

『サトシくん、落ち着いて聞いて。昨晩、エイチ湖からユクシーが攫われたようなの』

「えっ!?」

 

サトシは、通話相手であるシロナの言葉に自らの耳を疑った。意図せずに、拳をぎゅっと握る。それは、サトシにとっては寝耳に水であった。

 

『私も聞いたときには耳を疑ったのだけど、複数の目撃者がいて事実に間違いはないわ』

「ユクシーが攫われたって、そんな」

 

サトシは、5年ほど前にシンオウを旅していた頃出会った伝説のポケモン、その一匹を思い浮かべた。空気すら凍てつくように寒いキッサキシティの傍、エイチ湖に住む「智慧」を司る黄色いポケモン。かつて、ギンガ団が関わる大事件で狙われ、ともに闘った友人の一人。それが、攫われただって?

 

『タケシ君にはポケモン協会を通じて連絡してあるのだけど、すぐに折返しの連絡は望めなくて……。それで、サトシくんの方には、アグノムの関係で何かないか、と思って連絡しようとしていた次第よ』

「あの時、アグノムは俺にいろいろなことを伝えてくれましたもんね……少し待ってください」

 

あの時。ギンガ団の起こした大事件の中でアグノムはサトシの前に姿を表してくれて、そして危機感やいろいろな感覚をテレパシーで伝えてくれた。もしアグノムの身に何かあったのなら、またサトシにそれを伝えてくれる可能性はゼロではない。

サトシは、ここ数日の自分について振り返り、違和感のあったことを探す。しかし、幸か不幸か、記憶を手繰ってもそのようなものは覚えがなかった。

 

「すみません、すぐに思い当たることは無さそうです」

『そう……ありがとう。協力感謝するわ。何か思い出したら、あるいは何か感じたらまた教えてちょうだい』

「ま、待ってください。その件、俺に手伝わせてください」

 

成果なし。もともとそれに期待していなかったのか落胆の色も見せないシロナ。そのまま電話を切ろうとするが、サトシはそれに待ったをかけた。

 

『……いいのよ、サトシくん。あなただって、カントーチャンピオンとして多忙なのだから』

「確かに色々とやることはありますけど、だからってユクシーのこと、放っておけませんよ!それに、ユクシーを攫ったとしたらその次はアグノムやエムリットかもしれない」

 

サトシの言葉を聞いて、シロナは俯き少し考える素振りを見せる。しかし、わずかの後に顔を上げてサトシに向き直った。

 

『ありがとう、とても助かるわ。……こんなことを言うのは変かもしれないけど、少し胸騒ぎがしていたものだから』

「胸騒ぎ?」

『「虫のしらせ」とでもいうのかしら。なんとなく直感でしかないのだけど、この事件はとても私一人の手に余る、そんな気がしていたものだから』

「えっ、シロナさんがですか!?」

『ええ。これは本当に限られた人にしか知らされていないのだけど、目撃者の証言ではユクシーは攫われたというより……怪しげな人物と言葉を交わした後、進んで付いていったように見えたそうよ』

「それは……確かに妙ですよね」

『ええ。サトシくんも知ってるかもしれないけど、本当は今日アイリスさんとチャンピオン同士の交流戦の予定だったの。アイリスさんには申し訳無いのだけど、その予定を延期にしてもらったわ。何か、とてもイヤなものを感じるの』

 

そのまま、話は役割分担の方に移る。サトシは縁のあるアグノムの方をと志願し、それを容れる形でシロナはシンジ湖でエムリットの方を警戒することにした。ユクシーを攫った人物の細かい特徴などはまた個別で連絡する、という言葉を最後にシロナは今度こそ通信を終了させた。サトシは実家に戻ってシンオウに行く準備を始めるため、急ぎオーキド研究所を離れたのだった。

 

「やはりあやつは止まってはおれんようじゃなぁ……」

 

そんなオーキドの言葉は、サトシに届くこともなく消えて。

やれやれ、と言わんばかりにオーキドは自分1人だけとなった研究所で、首を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

クチバ空港からコトブキ国際空港へ向かう飛行機は、定刻通り昼前に到着した。

サトシが飛行機に乗っていた間「機内モード」にしていたスマホを復帰させると、いくつかのメッセージが通知される。

シロナ、タケシ、ヒカリ、カントーポケモン協会のスタッフからそれぞれ1件ずつ。飛行機から降りられるようになるまでの短い時間で、順繰りにそれを確認していく。

このうち、ポケモン協会のスタッフからの連絡は、今日こなすはずだった予定のキャンセルが通ったという旨のものだった。……末尾に、急なキャンセルの折衝をしなければならなかったがために、サトシと先方との板挟みになったスタッフの恨み言のような一言があるが、これはもう仕方がない。シンオウ名物の『もりのようかん』か『トゲキッスな恋人』でも買って帰ろうかとサトシは心のメモにしかと書き留めた後。短くお礼のメッセージを返した。

 

続くのは、かつての旅仲間であるタケシとヒカリからの連絡だった。内容は、シロナから連絡を受けたがそちらはどうか、というもの。サトシと同じく、二人ともーーユクシーと繋がりのあったタケシであってもーー何かのメッセージをユクシー達から受信した訳ではなかったようだ。サトシは手短に、二人と同じであることとまたアグノムが心配なのでシンオウまで来たということを折り返した。

 

最後にシロナからのメッセージを開くと、そこには状況進展の連絡があった。カンナギタウンで保管されていた「しらたま」とハクタイシティで秘蔵されていた「こんごうだま」が、何者かに奪われたという。

目撃者の証言によれば、下手人は白昼堂々研究所の上空に現れて、「リザードン」の「かえんほうしゃ」によって研究所の屋根やら何やらを融解させ、ごく短い時間で「しらたま」や「こんごうだま」を奪取したのだという。犯人がユクシーを攫った人物と同一かどうかは確定できないが、纏う外套の特徴が一致していることからその可能性が高い、とも。犯人の大胆さには舌を巻くが、問題はそこではない。

 

「「こんごうだま」と「しらたま」が奪われたのか」

 

サトシはその事実が意味することを思い返していく。この2つの宝玉はシンオウ時空伝説にまつわる重要なものだ。かつてギンガ団は「しらたま」と「こんごうだま」にユクシーたちの力を重ね合わせることで伝説のポケモン・ディアルガとパルキアを呼び出した。そして、「あかいくさり」の力で二匹をコントロールして、新しい世界を作ろうとした。

 

だとしたら。一連の事件の犯人が狙っていることは。

 

「急いでリッシ湖に行かなくちゃ」

 

腰についたモンスターボールを握るサトシの手に、思わず力が込もった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこがリッシ湖だ、あと少し頑張ってくれ、リザードン」

 

ガウ、という鳴き声を挙げたあと、リザードンはさらにスピードを上げた。

コトブキ国際空港からリザードンに乗って、左手に見えてきたテンガンざんを追い越すと、正面にはリッシ湖が近付いてくる。かつてミクリカップとシンオウグランドフェスティバルが行われた、そしてアグノムと最初に出会った思い出深い場所でもある。

 

いよいよその直上までたどり着くと、視界の端に人影を見つけた。黒く全身を覆う外套。フードを目深く被っていてその人物の表情や顔つきはわからない。ただその肩に、黄色い電気鼠ポケモンがちょこんと乗っかっている。間違いない、報告されている犯人だ。外套の人物の前には、懐かしい友人「アグノム」が浮かんでいる。しかし、その表情には……どう見ても操られているような自我消失の兆候や非友好的なものは見えない。むしろ、そこに浮かんでいるのは、心を許した友と接しているかのような表情――――。

 

「おい!そこまでだ!」

 

その光景を見るに耐えず、サトシは外套の人物の数メートル先に降り立つとともに声を荒げた。勿論、ここまで頑張ってくれたリザードンをボールに入れて休んでもらうことも忘れない。

 

「……アルセウスめ、解っていたな」

 

ぼそぼそと、その外套の人物が何かを呟いたような気がしたが、サトシはそれに構うつもりもない。アグノムに目の前の人物が胡散臭いやつだと伝えなければ。

 

「アグノム、そいつはきっと悪いことを企んでいる。ついていっちゃダメだ!」

 

サトシの声に、しかしアグノムは視線をサトシと外套の人物に行ったり来たりを繰り返すばかりだ。表情にも、先程までと違って困惑の色が見える。

 

「アグノム、俺がわからないのか?サトシだよ、昔、一緒にシンオウの危機と戦ったじゃないか!」

 

サトシが声をかけるも、アグノムは変わらず困惑の色を深めるばかり。――もしかしたら、アグノムには「こんらん」状態になるわざがかけられているのかもしれない。サトシはアグノムを説得する方向を一旦止めて、改めて外套の人物に向き直った。

 

「おい!一体全体お前は何なんだ!そんな怪しげな格好しやがって」

 

サトシの険を含んだ声が響く。そのままノーリアクションを貫くかと思われたその人物は、ふっと口角を少し上げて嘲笑うように呟いた。

 

「……『シロガネ山の亡霊』」

「は?」

 

サトシの、間の抜けた声が響いた。

『シロガネ山の亡霊』。二つ名のような響きだが、サトシにはそんな二つ名を聞いた覚えは無い。

 

その人物も、それ以上言葉を交わすつもりはなかったらしい。その人物が何か合図をしたのか、ピカチュウがこくりと頷いて地面に降り立つ。赤いほっぺの周囲でバチバチとでんきを発生させてこちらを威嚇する。

 

そのピカチュウ。

なぜだかわからないけれど、サトシはソイツにとてつもなく大きな違和感を覚えた。何故だろう?ピカチュウがピカチュウであることは変わらない。色違いであるわけでもないし、リージョンフォームのように姿かたちが変わったなんてこともない、普通のピカチュウなのに。しかし、その違和感を突き詰めてしまうと、「何か」が決定的に壊れてしまう。そんな、恐ろしい感じを受ける。

 

「ピカピ!」

 

サトシの相棒のピカチュウが、しっかりして!と言わんばかりに声を上げた。それとともにサトシも頭を振って気持ちを切り替える。しっかりしろ、サトシ。今はアグノムやみんなを守れるかの大切な正念場なんだぞ。

 

「ありがとうピカチュウ、おかげで目が覚めたぜ……行ってくれるか?」

「ピカ!」

 

勿論!と言わんばかりにピカチュウは返事をし、相手と同じく地面に降り立った。

しばしの間、にらみ合いが続く。バトルが始まる前の張り詰めた空気が周囲に満ちる。

 

「ピカチュウ、じゅうまんボルト!」

「ピ~ィカ・チュウウウウ」

 

サトシの指示を受けて、ピカチュウが十八番わざを繰り出す。全力のじゅうまんボルト。この必殺技で、数多のライバルやチャレンジャー、はては伝説のポケモンとさえも干戈を交えてきたのだ。このわざへの信頼もまた十二分である。

 

それを見て、『亡霊』のピカチュウも同じくじゅうまんボルトを放った。

2つの電雷はお互いの中間地点で激突し、せめぎあいへと突入する。しかし、わずかのせめぎあいのあと、サトシのピカチュウの電撃は押し返され、『亡霊』のピカチュウの電撃がサトシのピカチュウへと迫る。サトシのピカチュウは間一髪ひらりとそれを避け、再びサトシからの指示を待つ。

 

「パワーで負けているなら……ピカチュウ「でんこうせっか」だ!」

 

サトシのピカチュウの得意戦法である、スピードによる撹乱。次にサトシが選んだのはそれだった。

 

高速で『亡霊』のピカチュウに迫るサトシのピカチュウ。そのスピードにさながら置いてきぼりかと思われた『亡霊』のピカチュウは、しかし「でんこうせっか」が直撃する前に尻尾を鋼に硬化させ、ぐるりとまわるとしっぽで「でんこうせっか」を迎撃する。「でんこうせっか」の勢いをそらされた上に「アイアンテール」のダメージまでもらったサトシのピカチュウが勢いよく跳ね除けられた。

 

「大丈夫か、ピカチュウ!?」

「ピカッ!」

 

まだまだこんなの!とサトシの声に応じたピカチュウ。まだまだやる気も十分、と言わんばかりのピカチュウにしびれを切らしたのか、沈黙を貫いてきた外套の人物が低い声で指示を出す。

 

「でんこうせっか」

 

指示を受けたピカチュウが地面を蹴った……そう思った次の瞬間には、『亡霊』のピカチュウはその敵の目の前に出現し。勢いを載せた体当たりが、見事にサトシのピカチュウに直撃した。そのまま『亡霊』のピカチュウは二度三度と「でんこうせっか」を繰り出し続け、確実にサトシのピカチュウを消耗させていく。

 

サトシの額に脂汗が滲む。パワーでもスピードでも負けている……そんなことがあり得るなんて。サトシのピカチュウは自他ともに認める、最高の相棒で、そしてこれまでどんな強敵とだって渡り合ってきた。ジンダイさんのレジアイスにだって、タクトさんのラティオスとだって、ショータのギルガルドもアランのバンギラスやメタグロスでさえも、アローラの守り神であるカプ・コケコやウルトラビーストたちとだって互角に打ち合ってきたのに。今は同種のピカチュウに地力の差を見せつけられている。

 

なら、どうする?決まっている。俺たちには俺達のやり方で!

 

タイミングを見計らって、サトシはピカチュウに指示を出した。

 

「今だ!じゅうまんボルトを身にまとうんだ!」

「ピカッ!」

 

サトシの指示を受けたピカチュウは「じゅうまんボルト」の電撃を周囲に発生させ、それをどこかに放出するのでなくて、体の周りにそれを維持した。さながら雷の鎧を纏ったかのような姿となったピカチュウに……『亡霊』のピカチュウが「でんこうせっか」の勢いのまま突っ込んで電撃による反撃を食らう。跳ね返されそのまま後ずさりする『亡霊』のピカチュウ。

 

「畳み掛けるぞ!「エレキネット」であいつのスピードを封じるんだ!」

 

放たれた「エレキネット」はダメージに呻く『亡霊』のピカチュウに迫るが……それを座してみているほど外套の人物は甘くなかった。

 

「アイアンテールで打ち返せ!」

「なっ!?」

 

外套の人物の声が、初めて少し熱を帯びたものとなる。これまでの落ち着き払った低い低い声とはうって変わって。しかし、その些末な変化を気に留めるものはこの場には誰もいない。

『亡霊』のピカチュウは、その指示通り硬化させた尻尾によって見事「エレキネット」を跳ね返し、逆にサトシのピカチュウの方が「エレキネット」の雷獄に囚われる……!

 

「じゅうまんボルト」

「ピィッッッカチュゥゥゥ!!」

 

放たれた一撃が、エレキネットの拘束で動けないサトシのピカチュウに直撃した。

サトシのピカチュウを凌ぐほどのそのパワーに、「でんこうせっか」の連撃で消耗していたピカチュウはついに耐えきれず。気力でなんとか立とうとしたものの、ついに気を失った。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

サトシが、力尽きて倒れ込んだピカチュウに駆け寄る。抱き上げると、「心配しないで」と言わんばかりに弱々しくピカチュウは「チャァ」と鳴いた。なんとか意識はあるようだが、これ以上の戦闘は望むべくもない。かがみ込んだサトシが立ち上がったまさにその時。外套の男は、先程までの低く冷たい調子に戻ったその声で、サトシに問いかけた。

 

 

「お前は、もしも自分の信念が災いをもたらすとしたら、どうする?」

 

 

「……俺の、信念?おい、一体どういう……」

 

続く言葉を、『亡霊』のピカチュウが「じゅうまんボルト」で切り裂いて。

そうして、リッシ湖には静寂が戻った。――――アグノムは、『亡霊』に連れ去られた。

 

サトシが辺りを見回すと、西の方角の空にオレンジ色のポケモンに乗った男が飛び去るのが見える。

リッシ湖から西、シンジ湖だろうか。

ピカチュウの傷を逸る手付きで応急処置する。幸い傷は深くなく、あとでポケモンセンターに行けば問題ないだろう。ピカチュウもサトシにアイツを追ってと言わんばかりに「ピカピ」と伝えた。

 

サトシは手元のスマホで状況を説明する文章を作成すると、シンオウチャンピオンのシロナにそれを送信する。手元でそれが送信済みとなったことを確認すると、サトシは急いでボールからリザードンを呼び出して、ともかく西に飛ぶようにお願いした。リザードンは任せろと言わんばかりに雄叫びを上げると、急上昇して全速力で飛行を開始する。

 

「『シロガネ山の亡霊』……」

 

リザードンにしがみつきながら、言葉にできない、まとわりつくような不快感をこらえて。

サトシは辛うじてそう呟いた。

今しがたまで相対していた相手が名乗った、その名前を。

とてつもなく不吉な何かを予感させる、その名前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、今の見たか……?」

「ジャリボーイのピカチュウを超えるピカチュウだなんて相当だニャ。あのピカチュウを捕まえれば、幹部なんて通り越して、一気にボスの次まで出世だニャ」

「決まりね!!レイクサイドリゾートでのバイトなんてほっぽりだして、今すぐアイツらを追いかけるわよ!!」

「ソーナンス!!!」

 

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