明後日からの使者   作:カリフォルニア饅頭

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EP.02 頂点

 

びゅうびゅうと、吹きすさぶ風を切ってリザードンが飛ぶ。

サトシは振り落とされないようにその背中にしがみついていた。

リザードンはどんどん進んでゆき、少し前には左手に追い越したテンガン山を、今度は右向きに横切る。やがて近代的なビルの立ち並ぶコトブキシティが見えてくると、サトシはリザードンにコトブキシティのさらに南西・シンジ湖のほとりまで飛ぶようにお願いした。

 

と、リザードンが飛んでいるより上の空間を、青いエネルギー弾が通り過ぎていく。

 

「あれは……「はどうだん」?」

 

青いエネルギー弾はさらに飛来し1発、2発とリザードンの上を通り過ぎていく。こちらを狙っているわけではないようだが、一体なにかの合図だろうかと後ろを振り向くサトシ。

 

振り落とされないように注意しつつ後ろを向いたサトシの目に入ったのは、白い、白いポケモンだった。青い空と白いボディの対比が目に美しい。次いでそのポケモンの少し上を見れば、よく見知った少女が何やら苛立たしげに右手を振り上げていた。

 

「……あっ」

 

サトシは冷や汗をたらりと流しながら思った。あれ絶対怒ってるよな、と。

 

 

 

リザードンとトゲキッスが並んで飛行する。その背中には、互いによく見知った二人のポケモントレーナー、サトシとヒカリがいる。高高度でお互いの声は聞き取りづらいが、二人はシンジ湖のほとりへ向かいながら、会話を続けていた。当初ヒカリが後ろにいることにサトシが気が付かなかったことへのお小言があったものの、それ以後はお互いの持つ情報共有がなされる。

 

「『シロガネ山の亡霊』って、あたしも聞いたことないな。しかも、サトシのピカチュウを超えるぐらいのピカチュウの使い手だなんて」

「……正直、俺も驚いてる。世界はまだまだ広いんだな」

「あたしも。でも、ほんとに信じられない。そんな強いトレーナーが全く知られていないなんて」

「ともかく、気味の悪いやつだったよ。見えてきた、あれがシンジ湖だよな?」

「ええ、あと少し、お願いねトゲキッス」

 

ヒカリからの呼びかけに、トゲキッスはもちろん!と言わんばかりに鳴いた。サトシの目からは、遠目から伺うシンジ湖はかつて見た時のように静かな湖に見える。しかし、さらに近付いていくと、湖のほとりが少し騒がしいことに二人は気がついた。

 

「ねえ、あそこで誰か戦ってない?」

「ああ、こっちからも見える……あれは、シロナさんと奴と、ヒョウタさん?」

 

サトシの指摘に、ヒカリは自分の目を凝らして確認した後に頷いた。闘っている、シロナとヒョウタが。相手はもちろんあの胡散臭い『シロガネ山の亡霊』。近づくにつれて状況がよりはっきりと解っていく。

 

2対2の、ダブルバトル。シロナはミノカロスを、ヒョウタはラムパルドを繰り出している。『亡霊』の側には……ゼニガメとフシギダネ?

 

サトシは、またしてもえもいわれぬおぞましい感覚に襲われる。――なぜだかわからないけど、これまでに無いほどの胸騒ぎがする。とてつもない違和感を覚える。何故だろう。フシギダネもゼニガメも、特に変わったところも無いのに。

 

『亡霊』の傍には、攫われたユクシーとアグノムが、シンジ湖の主エムリットと何やら話をしている様子だった。やはり、ユクシーとアグノムには別段おかしなところは伺えない。二人とも正気にしか思えない。

 

「シロナさん、ヒョウタさん!」

 

シンジ湖に到着するなり、サトシは闘っている二人に声をかけた。声に呼応して、ちらりとこちらを向く二人。しかし、その表情は険しい。

 

「ごめんなさい、サトシくん。今は余裕がないの」

 

シロナは、短くそう伝えると全霊を再びバトルに集中させる。ヒョウタも同じだった。サトシは、改めてバトルの趨勢を確認する。状況は悪いようだ。ゼニガメとフシギダネはお互いの連携が非常に円滑で、じりじりとミノカロスとラムパルドを削っていく。フシギダネが「ソーラービーム」のチャージをしている間、ゼニガメが八面六臂の活躍を見せてミノカロスとラムパルドを翻弄する。ミノカロスが放った「れいとうビーム」はフシギダネに届く前にゼニガメの「ハイドロポンプ」が激突し、冷気はゼニガメの方に引き寄せられる。しかし、その冷気の流れがゼニガメに届く頃には、彼はとうにその場を離脱している。ラムパルドが「しねんのずつき」をフシギダネに繰り出そうとするが、またしてもゼニガメが「ハイドロポンプ」を使ってラムパルドの足元を攻撃し、フシギダネに近づこうとするラムパルドを牽制する。そうこうしているうちにチャージが完了した「ソーラービーム」がラムパルドに向けて放たれて――ラムパルドはなんとか間一髪それを躱した。しかし、ソーラービームが掠った右腕が、ぷすぷすと煙を上げる。

 

ちらり、とシロナがヒョウタに視線を送ったのが、サトシには見えた。ヒョウタはわかりましたと言わんばかりに頷く。

 

「ミノカロス、「なみのり」!」

「ラムパルド、「もろはのずつき」!」

 

指示が届くや否や、ミノカロスとラムパルドの目前に巨大な波が出現してゼニガメとフシギダネを押し流さんとする。同時に、ラムパルドが自分さえも傷つけるほどの勢いで走り始める。「なみのり」を陽動にして相手の視界を妨げ、ラムパルドが極め技を使って確実に一体を仕留めるつもりだ。

 

その試みは、成功したように思えた。「なみのり」の水が引いたあと、水を被ったゼニガメのわずか数メートル先に、全力で走るラムパルドがいる。流石にもう回避は間に合わない。これで勝負あったか、とサトシがそう思ったその瞬間。『亡霊』はニヤリ、と嗤った。

 

「ら、ラムパルド!」

 

ヒョウタが叫んだ。突然。ラムパルドは、ゼニガメの目前で体勢を崩した。

転倒し、頭を地面にぶつけるラムパルド。その足元で――「やどりぎのタネ」から生えたと思しき植物が、その右足を拘束している。

 

「トラップか!」

 

サトシは思わず叫んだ。「なみのり」でこちらの動きが見えなかった間、こちらにも向こうの動きは見えなかった。おそらく、あの一瞬でフシギダネが「やどりぎのタネ」を散布して、その上を通った襲撃者の体勢を崩すトラップを仕込んだのだろう。あの一瞬でよくぞそこまで。

 

拘束され体勢を崩したラムパルドに、今度こそゼニガメの「ハイドロポンプ」が直撃する。いかなジムリーダーの切り札で鍛えられているといっても、至近距離からのみずタイプ最強の一撃は応えたらしく、ラムパルドはそのままダウンした。

 

辛うじて維持されていた均衡が崩れた。残るミノカロスに、ゼニガメとフシギダネが襲いかかる。二匹の巧みな連携は、タフなミノカロスを徐々に削ってゆき、最後にフシギダネの「つるのムチ」がヒットしたのを契機として、ついにミノカロスも悲鳴とともに倒れ込んだ。

 

「ご苦労さま、ミノカロス」

 

ここまで闘ってくれたミノカロスをボールに戻しながら、シロナは呟いた。これ以上ポケモンを持っていないのか申し訳なさげな視線を送るヒョウタに「よくやってくれたわ、ありがとう」と返して。1つのモンスターボールを取り出す。その仕草に、彼女がそのポケモンにかける全幅の信頼が伺えて。サトシは状況も忘れて思わずそれに見入った。きっと、「彼女」が来る。シンオウチャンピオンリーグマスターことシロナの正真正銘の「切り札」。あまりにも有名なそのポケモンが。

 

「天空へ舞え!ガブリアス!!」

 

登場とともに、雄叫びが聞こえる。耳をつんざく雄叫びとともに現れたのは、シロナとともに数多の死線をくぐった、誇り高き戦士。チャンピオンシロナの、まごうことなき「切り札」。その長い戦歴を体現するかのように、体のあちこちには大小様々な古傷が見える。しかし、それらの全てはただただ「彼女」の強さを表すアクセサリーのようにしか見えない。――何度見ても、やはりシロナさんのガブリアスは、凄い。サトシは心の底からそう思った。一匹のポケモンをこれほどに育て上げるのに、どれだけの修練と、どれだけの忍耐と、どれだけの信頼関係が必要なのか。同じくポケモンに関わるものとして、サトシにも身にしみて解っている。だからこそ、シロナは凄い、と思うのだ。他のシロナのポケモンを凄いと思わないわけでもないけれど、やはり「彼女」は別格。そして、「彼女」がいる限りチャンピオンシロナもまた不倒。ここからでも、あのゼニガメとフシギダネのコンビネーションをひっくり返してしまえそうな、そんな頼もしさを感じる。

 

「シロナさんのガブリアス、やっぱり凄い……」

 

隣で、先程までエムリットを説得していたヒカリがため息を漏らすかのように呟いた。サトシとアグノムがそうだったように、ヒカリもエムリットを説得しきれなかった。エムリットもヒカリをきちんと認識しているようだったが、どれだけあの『亡霊』の胡散臭さを声を荒げて伝えようとしても、エムリットはただ不思議そうにこちらを見守るだけで。ついぞヒカリの下には来てくれなかった。そのうちにバトルの戦局が動き、ヒカリもこちらに注目せざるをえなくなったのだった。

 

『亡霊』は、シロナがガブリアスを繰り出すのをみて、フシギダネとゼニガメに継戦を指示するわけでもなく。ただ、二匹をボールに戻した。そのままどこかへ二匹のボールをしまうと、入れ替わりに1つのモンスターボールを掴んだ。おそらく、この『亡霊』の切り札だ。

 

 

右腕をすっと、無駄のない動きで『亡霊』はそのボールを投げた。無遠慮な動作。しかし、なぜだかそれは――少しだけ誇らしげな動作のようにも思えた。

 

 

そうして。

 

世界が、揺れる。

 

 

 

 

「グゴオォォォ!!!」

 

空が震えた。

大地が揺れる。

シンジ湖に大波が立つ。

 

「な、なに……あれ」

 

隣で、ポケモンバトルの行く末を見守っていたヒカリが、狼狽えたように後ずさった。

 

オレンジ色の巨躯は、そのポケモンの力強さとタフネスの象徴に思える。

背中から生える一対の力強い翼は、そのポケモンが天空を自在に飛び回り制圧しうることを予感させる。

長く太いオレンジ色の尾の先端には、あかあかと炎が燃え上がっている。

何のことはない。現れたのは、カントー地方の初心者用ポケモン「ヒトカゲ」の最終進化形「リザードン」だった。たくさんのトレーナーがリザードンを使っているし、ガラル地方チャンピオンのダンデやカロスリーグ優勝者アラン、そしてサトシの「切り札」でもある。それぐらいにはよく知られた、人気のあるポケモン。

 

――ただ、そのリザードンには。誰が見てもひと目で解ってしまうほどに、刻まれた数多の死闘の跡があった。重ねてきた年数がそうさせるのか、その肌はかつて見たことも無いほどに分厚く、並の攻撃など意に介さずに跳ね返されてしまいそうだ。その右目は、瞼にある傷のおかげで左目よりも少しだけ小さい。利き腕と思しき左腕は幾度の戦役で何度も折ったからなのか右の腕よりも少し太くなっている。腕の先端の太く鋭利な爪は、鋼鉄でさえも容易く割いてしまうだろう。太く長い尾の先であかあかと燃え上がる炎は、地獄を思わせる熱と色をしていた。極めつけは、腹の真中ごろにある、ひときわ深く鋭利な刃物でえぐられたと思われる、深い深い傷。

 

シロナのガブリアスとて歴戦の勇士であり、生半可なポケモンなら竦み上がる程の威を持っている。ただ、このリザードンのそれはガブリアスと比べても異常だった。どれほどの死線をくぐれば、どれだけの戦役を超えれば、どんな死闘を繰り返せば、こんなプレッシャーを放つリザードンが生まれるのか。この場の全員が想像もできなかった。

 

あの歴戦のガブリアスでさえも、その威を受けてわずかに後ずさった。しかしそれも一瞬のことで、負けじと身を奮い立たせて声を上げる。――だが、それはやはりこのリザードンの声に比肩しえない。

 

 

ただ、この場で1人だけ。畏怖と圧でない、別の何かを感じた者がいる。

 

「一体、何なんだよ……」

 

サトシは、事ここに至って。もうその違和感と向き合わざるを得なかった。ピカチュウにも、フシギダネにも、ゼニガメにも、そして目の前にいるリザードンにも感じた違和感。

 

――――いや、「違和感」というのは正確ではない。何故ならば、サトシが彼らを見た時に最初に感じたことは、「違和感」が無い、ということなのだから。もっと正確にいえば、「懐かしさ」や「親しみ」を覚えたのだ。まるで、古い友人と再会したかのような感覚。懐かしい自分のポケモンと再び会ったかのような感覚。

 

サトシの混乱など、しかしこの場では些末なことだった。フィールドにポケモンが出揃ったからには、バトルが始まる。

 

「ガブリアス、「ドラゴンダイブ」!」

「……「ドラゴンテール」」

 

指示とともに二匹の、それぞれ頂点を極めたポケモンが動き出し、全力の一撃が激突した。激しい光と衝撃波が一帯を舐め尽くす。その衝撃があまりに激しすぎたために、吹き飛ばされまいとヒカリやヒョウタは思わずかがみ込んだ。

 

「お前は一体何なんだよぉぉぉぉ!!!!」

 

衝撃波と同時に放たれたサトシの慟哭は、その衝撃波によって押し流されて。ついぞ誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

土煙が晴れていく。フィールドには、右腕を力なく垂らし傷ついて喘ぐガブリアスと涼しい顔のリザードンがいる。

 

「えっ!」

 

それは、その場には場違いな間の抜けた声だった。それを出したのは……シロナだ。どんな時にも冷静なシロナが滅多に出すことのない、慌てたような、信じられないものを見たといった声。彼女は『亡霊』の方に向けていた視線をサトシに向けてそこにサトシがいることを確認すると、もう一度その視線を『亡霊』の方に戻した。

 

先程の衝撃波によって『亡霊』のフードは捲られ、その下に隠していた素顔が顕となっていた。少し緑がかったぼさぼさの髪を無造作に下ろしていて、まともな手入れもされていないのだろう。あるいは、この人物はそのような身だしなみに興味がないのかもしれない。その顔の中心には、意志の強そうな一対の瞳が、少し光を失いながらもはめ込まれている。その瞳は、茶色をしていた。口元には、いかにも身なりに無頓着といったこの人物にふさわしく、不精髭がぽつりぽつりと見える。どこかやつれて、荒んだ雰囲気を纏っているものの、この人物が誰であるのかは、この場にいる全員が知っている。――――否。その人物はこの場に居さえする。

 

土煙の先には、「サトシ」がいた。より正確には、この場にいるサトシよりも十年、いや十数年ほど年月を重ねているように思える。上背は少し伸び、意志の強そうな瞳もそのままで。肩に載せたピカチュウまでそっくりである。ただし、どこかやつれた雰囲気であることは否めない。

 

「サトシ、くん……?」

 

シロナの、困惑した声が聞こえた。無理もない。シンオウの各地で狼藉を働いてきた怪しげな人物が、実はよく知っているトレーナーで、しかも同一人物がこの場にもいるだなどと、誰が想像できようか。

 

しかし、そんな困惑にもサトシは、――否『亡霊』はお構いなしである。『亡霊』はリザードンに指示を出すと、落ち着いた動作で右手を後ろ側に回すと、フードを掴み、それを再び目深く被った。再び伺えなくなる表情。

 

「かえんほうしゃ」

 

リザードンの口から獄炎が放たれる。生きとし生ける生命全てを燃やすような、地獄の熱量を孕んだ火炎が、ガブリアスに直撃。ガブリアスはうめきながらもなんとかまだ立っているが、流石にもう限界だろう。混乱している場合でないと頭を振ったシロナは、全身全霊の一撃を指示した。

 

「ガブリアス、「ギガインパクト」!」

 

ガブリアスが、シンジ湖傍のひときわ大きな木に向かって跳躍した。そのまま、その木を足場に凄まじい推進力を得る。マッハポケモンの異名に相応しき、神速の一撃。大気すら切り裂いてガブリアスがリザードンへと迫る。リザードンはそれを……両腕で受け止めた。

 

「う、嘘……ガブリアスの「ギガインパクト」が」

 

ヒカリが漏らした言葉が、この場にいた全員の思いであっただろう。リザードンはガブリアス渾身の「ギガインパクト」を、わずかに後ずさるだけで受け止めて、逆にガブリアスをその両腕でがっしりと掴んだ。そのまま至近距離からの「ドラゴンテール」が放たれ、逃げようがないガブリアスの残された体力と意識を刈り取った。

 

「ガブリアス!」

 

「ドラゴンテール」が直撃し吹き飛ばされるガブリアス。とっさにガブリアスをかばったシロナは、ガブリアスとともに近場の木に叩きつけられ、ともに意識を失う。

それを確認すると、『亡霊』は悠々とリザードンに近づき、この場から離脱しようとする。しかし、その進路を「かえんほうしゃ」が遮る。

 

「待てっ!行かせるわけにはいかない!!」

 

離脱を阻んだのはサトシとリザードンだった。燃える瞳で、フードを被り身を隠す『亡霊』とガブリアスを一蹴したリザードンを見つめている。絶対に行かせないと。アグノムたちを渡しはしない、と。

 

バトルが、始まる。

サトシにとって、空前絶後の、厳しいバトルが。

 




今更ながら、それがしUBWに魂を引かれすぎ侍で候
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