明後日からの使者   作:カリフォルニア饅頭

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今回、ほんのりサトヒカ描写がありますから、ご留意下さい
あと、ここらへんから独自設定マシマシになります


EP.04 「あたしは、それを信じたい」

目を閉じれば、今でも思い返せる。トレーナーとしてのヒカリにとっての原点。

 

『ヒコザル、俺たちと一緒に行こうぜ!』

『「もうか」に頼らなくとも、大会では勝ったじゃないか!お前ならやれる!!』

 

過酷なトレーニングを乗り越えられず、捨てられたシンジのヒコザル。

彼に声をかけて、トラウマであったザングースを乗り越える一部始終を見届けたとき。

サトシの、ポケモンへの向き合い方。ポケモン1体1体を信じて向き合うというその態度。それが持つ力をこれ以上無いくらいに、思い知ったのだった。

 

 

 

 

月明かりだけが差し込む暗い部屋で、二段ベッドに腰掛ける2つの影がある。

サトシと、ヒカリ。ヒカリの手にはマグカップが握られ、その中にはホットミルクが注がれていた。ちびちびとそれに口をつけるヒカリ。しばらく、会話は止んでいた。

 

「そのホットミルク、熱くないか?」

「う、ううん。だいじょうぶ。暖まるよ」

「そうか……ならよかった」

 

また、部屋の中に静寂が満ちる。ヒカリは内心不甲斐なさでいっぱいだった。今、一番大変であろう人に世話を焼かれるなんて……。冷え切った自分の手足がホットミルクによって徐々に温まっていく。

 

「ホットミルク、ありがとうサトシ。それから……これ、サトシへのお土産だって」

「へえ、なんだろ?」

 

ヒカリは、部屋に一緒に持ってきていた紙袋を渡した。中を見ると『ホエルコまんじゅう』という文字が、紺色の紙にでかでかとプリントされている。ついでに、デフォルメされた可愛らしいホエルコのロゴも。一体誰からのお土産なんだ……?というサトシの疑問は、しかしヒカリの続く言葉で遮られた。

 

「ねえ、サトシ……体の方は平気?」

「サンキュ。そっちの方は問題ないよ。リザードンの方がよっぽど心配だ」

「きっと大丈夫よ。ジョーイさんも、意識が戻らないだけで命に別状はないって言ってたし」

「それでも!」

 

サトシは声を荒げた。急な大声にビクッ、とひきつるヒカリ。それに気がついたサトシは慌ててそれをフォローした。

 

「わ、悪い……大丈夫か?」

「うん、ちょっとびっくりしただけだから」

「悪かった、取り乱したりして」

「いいって……でも」

 

サトシは、大丈夫?

ヒカリは、喉元まで出かかった言葉を押し戻した。サトシはまだ動揺しているように見える。だからといって、そこまで踏み込んでいいのかどうかは解らない。サトシとヒカリはかつてともにシンオウを巡った仲間ではある。ヒカリ自身も、今でもそれを大切な思い出だと思っているし、かつて自分が凹んでいたとき助けてもらったことは鮮明に覚えている。でもサトシが、同じくそう思っているかといえば……それは、解らない。

 

しん、と再びそう広くない部屋の中が静かになる。

ヒカリは、意を決して……別の話を振った。

 

「あれは、ホントに未来のサトシなの?」

「間違いない、と思う。ホントは、あのピカチュウを見た瞬間に思ったんだ。少し変わっているけれど、あのピカチュウは、俺のピカチュウだって。でも、認められなくて……」

 

当然だ、とヒカリは頷いた。未来から自分がやってくるなどと、もはや空想の世界の出来事としか思えない。それを自分の目で見聞きした自分でさえも信じがたいのに、ましてやその当の本人にはもっとそうだろう。

 

「解らない、解らないんだ……どうしたらいいのか。あいつの言ってること、嘘だとは思えなかった。何より、バトルの途中に、あいつからイメージが流れ込んできて……あいつの言うとおりだった。マサラタウンは海に沈んで、タマムシは廃墟になって、たくさんの人やポケモンが倒れて……うっ」

「サトシ!」

 

ヒカリの手がサトシの背中に当てられる。だが、サトシにはそれを意識する余裕もない。

頭の中に焼き付いた、あのおぞましい光景たち。年ごとに高くなる波にだんだんさらわれていく故郷。気持ち悪い。気持ちわるい。きもちわるい。キモチワルイ。頭がぐるぐると回る。思考を制御できない。次々とイメージが流れ込んでくる。人々が争い合い、奪い合う光景。法も秩序もなく、殺し合いが日常となる。暴力だけが正義で、奪われるものが悪となる……

 

「サトシ!サトシ!!」

 

優しく揺り動かされて、ようやくサトシの意識は焼き付いたイメージから離れた。ドクンドクンと心臓の音がイヤに大きく聞こえる。体が小刻みに震えている。嫌な汗が止まらない。ぼとり、と額から1滴、大きな汗が落ちた。

 

 

 

 

「さっきとは逆になっちまったな」

「……気にしなくていいのに」

 

今度は、サトシの手にマグカップが握られている。なみなみと注がれたホットミルクが、サトシの言葉でゆらりと揺れた。

 

「落ち着いたみたいで、良かった」

「今度はヒカリに助けられちまったな」

「いいのよ、昔だって、サトシはあたしを助けてくれてたもの。これぐらい、どーってことないわ!」

 

力強く宣言したヒカリを微笑ましいと思ったのか、先程のフラッシュバックからずっとこわばっていたサトシの表情が和らぐ。そのまま、てもとのホットミルクに口をつけた。少し熱いぐらいの温度。でも、それが気分転換には丁度良かった。

 

「あいつの言ってたこと、本当だとしたら。あと十数年で世界は滅びるってことだよな?」

「ホントかどうかは、今でも正直よくわからないけど」

「ああ。そして『ヒトとポケモンは、交わってはいけなかった』か」

 

放たれた呪いの言葉を、サトシは反芻する。その度に、自分がこれまで信じてきたものが揺らいでいく。なぜだろう。少し前にその弱みを見せてしまったからなのか。気がつくと、サトシの口からは弱音とも取れる一言が流れ出していた。

 

「正直、わからなくなっちまった。これまで、ポケモンとヒトが一緒になって、よりよい未来を作っていけるって、信じてたんだ。でも、その先にあるのが、破滅なんだとしたら……あいつの言うことに一理があるのかもしれない。ヒトとポケモンは交わらずに、別々の道を歩んだほうが、そんな破滅に向かうことなくよりよい道を進んでいけるんじゃないかって」

 

 

「サトシは、本当にそう思う……?」

 

ヒカリは、ためらいがちに問いかけた。きっと、ここが。これまでと、これからの分水嶺になる。なぜだかそんな予感がしていた。

 

「……わからない。わからないんだ。タケシやカスミは俺がどうしたいのかが大事なんだって言ってくれた。でも、それがわからない。あいつの言ってることが、全部正しいなんて思えない。…………でも、でまかせだって切り捨てることもできない」

 

思い浮かぶのは、破滅した世界の姿。それに、つい先日行った密売組織の摘発。猿轡を噛まされ、鎖で繋がれ、薬漬けにされて、自由と心を奪われたポケモンたちの姿。ポケモンを悪用する人間はアレに限らずごまんといる。どうしようもなく、存在している。

 

「ねえ、サトシ」

 

サトシは、俯いていた顔を挙げた。目線がかち合う。ヒカリの、青く透明な瞳が、まっすぐにサトシを見つめていた。

 

「見てほしいものがあるの」

 

 

 

「それで、見てほしいものっていうのは?」

 

ヒカリはサトシを連れて、ポケモンセンターの外へ出た。

周辺に人はいない。月明かりが静かに2人を照らす。ヒカリがサトシを連れてきたのは、屋外のバトルフィールドだった。サトシを先導していたヒカリは、くるりとサトシの方に向き直り頷くと、腰からモンスターボールを取り出した。

 

「ミミロル、マグマラシ、チャームアップ!!」

 

モンスターボールの中から元気よく登場したのは、うさぎポケモンのミミロルと、かざんポケモンのマグマラシ。2匹とも張り切っている様子。それを見るサトシは、まだヒカリの意図を汲みきれず、かろうじてこうつぶやいた。

 

「バトル……ってわけでも無さそうだな」

 

サトシの言葉に、ヒカリは一瞬だけそちらの方を向いた。意味ありげな視線。少しの後、ヒカリはサトシに向けていた視線を切って、ポケモンたちに向き直る。

 

「ミミロル、マグマラシ!あれをやるわよ!!」

 

二匹はコクリと頷く。それを確認したヒカリは、ミミロルに指示を出す。

 

「ミミロル、れいとうビーム!!」

 

ミミロルは、マグマラシに向かってジャンプする。しかし、マグマラシはそれを躱しはしない。そのまま後ろ足で立ち上がると、ミミロルのジャンプを前足で受け止めて、自ら跳躍の反発台となる。マグマラシのサポートで、ミミロルは高く高く飛び上がる。二匹の息があっていなければできない、高度な連携技だ。

 

高く飛び上がったミミロルが、地面に向けてれいとうビームを放つ。一瞬の間に、バトルフィールドは氷に覆われた。

 

「さあ、ここからよ!お願い、ミミロル!!」

 

いつの間にか、ヒカリの両手には枯れ木のようなものがいくつか握られていた。

ヒカリがそれを上に投げると、ミミロルはまってましたと言わんばかりに氷のフィールドから跳躍し、その枯れ木をキャッチ。フィールドの真ん中を中心とする円を描くように、枯れ木を置いてゆく。

 

「マグマラシ、かえんほうしゃ!」

 

置かれた枯れ木に、寸分違わずかえんほうしゃを命中させていくマグマラシ。瞬く間に、炎で描かれた円が、氷のフィールドに浮かび上がる。

 

「さあ仕上げよ!ミミロル、もう一度れいとうビーム!」

 

ジャンプしたミミロルが、断続的にれいとうビームを放つ。れいとうビームはあかあかと燃え上がる枯れ木のようなものに命中して……しかし消えることもなくそれぞれのかがり火を氷で包んだ。

サトシは息を飲む。炎を消すことなく、炎に溶かされることなく、逆に氷で炎を包んだ。それが、どれだけ難しいことなのだろうか容易に想像がつく。ミミロルもマグマラシも、その技量は最後に見たときから遥かに研ぎ澄まされている……!

 

そうして、もう一度フィールドをみると、サトシはついに思い至った。

 

「ヒカリ、もしかしてこれって……「フレイムアイス」の」

「そう、1つの応用……名付けて『氷のランタン』」

 

氷のフィールドの上で、いくつもの炎が、風に煽られて消えることなくあかあかと燃え盛っている。その炎が発するオレンジの光は、氷のフィールドによって反射され、いつの間にか夜であるというのに、フィールドのそばは夕暮れのようにオレンジの光で満ち満ちている。

 

と、そのフィールド、あるいは、もう「舞台」というべきかもしれない。その「舞台」の上でミミロルとマグマラシが思うままに踊る。ミミロルが氷の舞台を滑り、マグマラシがそれを受け止め、くるり、くるりと、ミミロルをリードしてダンスを踊る。自由に、時に激しく、かと思えば静かに。ひらり、ひらりと。オレンジの光に照らされた二匹のポケモンたちは、自分たちが用意した舞台の上で、存分にダンスを楽しんでいた。

 

頃合いを見計らって、ヒカリが声をかける。

 

「ミミロル!マグマラシ!」

 

ヒカリからの指示を確認して頷く二匹。それと同時に、ふっ、ふっとランタンの炎が順繰りに消えてゆく。マグマラシがジャンプすると同時に、炎はすべて消えて、フィールドは再び月夜に照らされる夜の景色に戻る。

 

「マグマラシ!全力のかえんぐるま!」

 

ヒカリの指示で、暗い空の1点がオレンジ色に輝き始める。マグマラシだ。

その炎はだんだんと大きくなり、加速していき、やがて……フィールドに直撃する。

 

「なっ……!」

 

マグマラシの熱と、フィールドの氷が激突して、分厚い水蒸気のカーテンがあたりを包む。

それが徐々に晴れていき……否、水蒸気のカーテンが上っていくと。

フィールドの中心には、マグマラシとミミロルが、ダンスのように手と手をあわせて、フィニッシュのポーズを決めていた。

 

「ありがとう!ミミロル、マグマラシ!」

 

ヒカリは、好演を行った二匹を労いつつ、ボールに戻す。

サトシは、言葉を失っていた。ヒカリとポケモンたちの、今の到達点、その一端を目撃してしまったからだ。サトシは、完全に呑まれてしまっていた。

それと同時に、否応なく考えを巡らせてしまう。ヒカリが、サトシにこの演技を見せている意味を。

 

「もしかして、ヒカリが見せようとしてるものって」

 

サトシのその言葉に、ヒカリは嬉しそうにニコッと笑って。そして続けた。

 

「うん……でも、まだ始まったばかりだから!」

 

続く演技たちも、サトシには驚きの連続だった。マンムーとパチリスが、『氷のシャンデリア』の応用技を決める。かと思えば、今度はパチリスを氷で覆う『氷のシャンデリア』と逆に、マンムーが電気で覆われて、必殺のとっしん攻撃でたくましさをアピールする。

 

ポッチャマとトゲキッスの演技も、まるでそれらに負けてはいない。ポッチャマのうずしおが放たれて、2匹ともその中に飛び込む。しばしの後、トゲキッスのエアスラッシュと思わしき斬撃がうずしおを割って、その割れ目からトゲキッスとポッチャマが勢いよく現れる。さらにポッチャマが再度うずしおを放つと、トゲキッスがそれにはどうだんを合わせる。2つのわざが合わさって、うずしおが今度は淡く幻想的な光を放つ。その周りを飛び回り、優雅にかつ美しく舞うトゲキッスは、月下の貴婦人とでも評するべきだろうか。

 

ヒカリとポケモンたちの、迫力のある演技は、瞬く間に過ぎていって。サトシはそれに見入っていた。

そうして、ついに舞台の幕が降りる時が来る。

ポッチャマがトゲキッスの背中に乗ったまま「バブルこうせん」を放つ。トゲキッスは、そのタイミングを見計らったかのように、無駄のない動きで力を溜めつつくるり、くるりと回転する。結果、バブルこうせんが列をなして回転しながら上昇していく。まるでもう1つの得意ワザであるうずしおのように。ついで、ポッチャマがパワーをくちばしに集中させると同時に、トゲキッスも溜めた力を開放して『ゴッドバード』を発動させる。2つの力が合わさって、赤色のオーラをまとった二匹は、一瞬のうちに上昇。一呼吸おいて、うずしおのように上昇していたバブルこうせんのあわがことごとく割れる。それを確認したポッチャマとトゲキッスが地面に舞い降りて、トゲキッスはふわりと優雅な動作でお辞儀をし、ポッチャマはいつものように両手を後ろに当てて胸を張った。

 

圧巻だった。サトシは、ぱちぱちぱちと、意識する前に拍手していた。

サトシは、幸先を機して、こう言葉を紡いだ。

 

「『ヒカリポケモンサーカス』、すごかったぜ」

 

その言葉に、ヒカリは目を丸くする。

 

「そ、それはいいから!ったく、サトシも覚えてたのね……」

「そりゃあ、あんな独特の芸を見せられちゃぁなあ」

「あーもう!それはそれとして!あたしが見せたかったもの、サトシは何だと思う?」

 

ヒカリからの問いかけに、サトシはそうだなぁと考える。もちろん、第一に、今のパフォーマンスは、今のヒカリとポケモンたちの達成点だ。あれだけの演技を行えるということが、ヒカリやポケモンたちが日夜どれだけ努力し続けているのかを端的に示している。でも、きっとそれ自身を見せることが、今回の演技の目的ではない。サトシには、なんとなく、それが解った。確信はないけど、それはきっと……

 

「ヒカリとみんなが一緒に作りあげたもの、っていうことか?」

 

サトシの言葉に、ヒカリは破顔した。そして、伝えたいことが伝わった、ということをとても嬉しそうに続けた。

 

「……うん。これまでのパフォーマンスはね、全部あたしとポケモンたち、その両方がいないとできないことなの」

「覚えてる?シンオウ時空伝説のことば。『すべての命は別の命と出会い、何かを生み出す』。サトシとシンジの間に生まれた「絆」もそう。だけど、それは……あたしたちとポケモンたちにとっても同じ。あたしたちは他の生命と出会って、何かを生み出すの。あたしは、シンオウでのサトシとタケシとの旅で、それを見てきた、体験した」

 

「こんな演出をしたらどうかなって考えるのはあたし。でも、あたしの意図を汲み取って、それを実現するのはてもちのみんな。どっちかが欠けてもきっと、これまでの演出のどれもうまくいかない。思い描くのはトレーナーだけど、あたしがやりたいことをわかってくれるてもちのみんながいなければ、こんな複雑な演出なんてできっこない」

 

「それにね、ポケモンたち自身にそってできることを考えないと、うまくなんていかない。ノゾミにも昔怒られちゃったけど、エテボースの特徴を見せずに派手な演出だけやったって、結局それはエテボースの演技である意味はないもの。そりゃ、たしかに一匹一匹に合った演技を考えるのは難しいけど……でも、そうやって向き合うなかから新しい演技が、わざが、戦い方が生まれるの」

 

実はこれはサトシから教えてもらったことでもあるんだけど……といいかけて、ヒカリはその言葉を飲み込んだ。なんというか、あの時のサトシがあたしの原点なのだと伝えるのは、なんとなく気恥ずかしいというか、なんというか……。ともかく、頭をふった。まだ、伝えたいことは終わりではないのだ。

 

「だからね、あたしは思うの。……『亡霊』の言うことは間違っていないのかもしれない。だけど、あたしは……あたしのこれまでの旅は、違うことを言っている。ヒトとポケモンが、命と命が出会うことで、生まれるものがあるんだって。だから……あたしは、ヒトとポケモンが分かれる世界なんて、きっと正しくても、悲しい、冷たい、寂しい世界だと思う。それも確かなこと。だから……あたしは、それを信じたい。あたしたちの明日は、ヒトとポケモンの間を引き裂くことじゃなくって、一緒に困難を乗り越えることで生まれるんじゃないかって」

 

「そっか」

 

ヒカリの想いの篭もった言葉が放たれて。サトシは、俯いた。

思い返すのは、これまで出会ってきた数多の命のこと。

ポケモンたちがいる。旅先で悪い奴らに利用されていたり、群れからはぐれたり、気が合って友だちになったり……そしてお別れをしたり。

そして、ポケモンたちを介して交わったたくさんの人々がいる。ジョーイさんやジュンサーさん、旅のトレーナーたち、ジムリーダーや四天王・チャンピオン、ライバルたち、一緒に旅をした仲間たち。

その一つ一つが、きっと今の自分の宝物で、礎で。

 

そして何より。

 

『強くなったな、ゴウカザル』

 

自分と衝突して、いがみ合って、ぶつかり合って、そして最後には生まれた絆。

それは、果たして、彼なしに……ゴウカザルなしにありえただろうか?

ポケモンに対する育成方針という譲れないものの対立なしに、あれだけシビアな激突とその後の認め合いはあっただろうか?

 

俯いたサトシの表情は、トレードマークの帽子のつばで隠れてヒカリから伺えない。しかし、サトシはその次の瞬間には、ぐい、と顔を上げた。その焦げ茶色の瞳に、意志の強い光が宿っていた。

 

「ありがとう、ヒカリ。勇気、出たよ」

 

サトシは、その右手を肩の高さに上げた。それに気がついたヒカリも、顔を綻ばせて心の底から嬉しそうに、同じく左手を肩の高さまで掲げた。一瞬視線が交錯する。ややあって、ぱしり、と2つの手のひらが合わさる音がした。

 

 

 

寒々しいバトルフィールドからポケモンセンターへ戻る道すがら、すでにサトシとヒカリの話題は今後のことに移っていた。そこにきて、ぐるる、と鳴り出すサトシのお腹。今日の朝シロナから連絡を受けたあと、急ぎシンオウまで来て、そこからはまともに食事もしていなかったのだ。

 

「それじゃあ、まずはあいつを追いかけなくちゃ……なんだけど、腹減っちまったな」

「じゃあ、食堂行きましょ!今ならたぶん……」

 

そういってヒカリは言葉を切った。なんだ?とはてなを頭の上に浮かべるサトシ。秘密!と言わんばかりに悪戯げな表情を浮かべたヒカリは、ただ口の前で人差し指を立てて、「しー」っというジェスチャーをした。ポケモンセンター入り口の自動ドアが、サトシとヒカリに反応してウイーンと開く。建物の中の少し暖かい空気が、一気にサトシとヒカリを撫でる。

 

 

そのまま、ポケモンセンター奥の食堂へと足をすすめる2人。なんなんだ……とヒカリの態度とすっからかんの胃腸に促されて、サトシはつい早足になる。そうして逸る気持ちでたどり着いた食堂の扉をおもむろに開けると、まさしくその瞬間に……その叫び声が聞こえた。魂のこもった、心の底からそう思っているというのが伝わってくるその声が。続いて、どこか呆れたというのか、困惑したようなその声も。

 

「バター醤油、みそ、塩。コトブキラーメン、どれも最っ高かも――――!」

「は、ハルカって、随分たくさん食べるのね……」

 

サトシは、驚きとともに、ヒカリの方を見る。ヒカリは、あはは……といった苦笑いとともにそれを肯定した。

 

「ってことは、お土産は」

 

と、がちゃりと開いた扉に気がついたのか。食堂で食事をしていたその2人がこちらを向いた。1人は、緑のバンダナと、その座席にうず高く積み上げられたラーメン鉢が何より印象的な少女。もうひとりは、色黒の地肌と2つに纏められた紫に近い黒の髪の毛が目を引く、ひときわ活発そうな少女。こちらに気がついた2人は、すぐにサトシに声をかけた。

 

「サトシ、久しぶりかも!」

「サトシ、元気してた?」

 

「ハルカ、アイリス!久しぶりだな!!」

 

 

「しかし、2人ともどうしてここに?」

 

テーブルに座るなり、サトシは仲間たちに問いかけた。ただし、食堂でコロッケ定食を注文し受け取った後で、ではあるが。サトシの後ろできつねうどんを注文したヒカリも、あとに続いて、サトシの正面に座った。サトシは入り口から近い方のアイリスの隣に座っているから、丁度時計回りに右奥の通路側からハルカ、アイリス、サトシ、ヒカリの席順である。

 

「たまたまヒカリと同じコンテストに出てたから、シンオウにいたの。ヒカリから事件のことは小耳に挟んでたから連絡を取ってみたら、なんだか大変なことになってるって聞いて」

「わたしは、シロナさんとの試合が延期になってぶらぶらしてたんだけど……なんだか怪しい気配を感じて、テンガン山に向かう途中でポケモンセンターに寄ったら、ヒカリとばったり」

「そうか……偶然とはいえ、すごく心強いよ」

「大体の話はヒカリから聞いてるかも。もう平気なの?」

「ああ。みんなから……それから、ヒカリからも、元気をもらったからな」

 

そう言うと、サトシは正面に座ったヒカリに視線を送る。ヒカリも、サトシの方を見ていて視線がかち合う。ヒカリは、ニコッと笑った。サトシも、ああ、と言わんばかりに頷く。

 

「へぇ――」

 

一部始終を見ていたハルカが、それはもう楽しそうに、ニマニマとした表情を浮かべる。その濃い青色の瞳も、キラキラと、それはもうこんなニュースはそうそうない、と言わんばかりに輝いている。対照的にアイリスは、ふーん、とあまり感心が無さそうな様子で、子供ねぇと言わんばかりの表情……ではあるが、なんだか聞き耳は立てているようにも思える。一体全体何なんだ……とサトシとヒカリが考えを巡らせる、しかし答えは出てこない。

 

妙にぬるい空気がテーブルを覆う。その雰囲気を終わらせたのは、アイリス。

 

「その様子だと、腹は決まったみたいね」

「ああ。あいつを止める。ヒトとポケモンの間を引き裂く方向に未来があるとは思えない」

「そっか、なら良かった」

 

そう言うと、アイリスはこちらもニコリ、とサトシに満面の笑みを浮かべる。

こちらも、少しどぎまぎとしてしまうような、そんな素敵な笑顔で。サトシも思わず息を飲んだ。

 

今度は、生ぬるかった空気が一瞬にして変化する。なにか、すこーし張り詰めたような雰囲気。しかし、バトルの前の緊張とも少し違う感じの。特に、サトシの正面に座ったヒカリと、その隣のハルカあたりから、ナニカ強いプレッシャーを感じる。サトシは本能的にそこに向かい合うのを避けて、目の前にあるコロッケにかぶりついた。うまい。コロッケは美味しい。お腹が減っているだけに美味しさもひとしおだ。ああ、ほんとにずっとこれを食べていたい……。

 

「それで、これからについて、まずは一旦持ってる情報を整理しようと思うんだけど」

 

そのサトシに厳しい雰囲気を転換したのは、またしてもアイリスだった。

その発言に反応したのはヒカリ。なぜだかすこーし「むっ」としていた彼女は、一瞬前までのそれをけろりと忘れて続けた。

 

「あ、それなんだけど、もう少し待って。ええと、確かさっきもらったヒョウタさんの連絡先は……」

「必要ないよ、ヒカリちゃん」

「あ、ヒョウタさん!それに!!」

「よお、ヒカリちゃん、それにサトシくん!」

「オーバさん!ご無沙汰してます!!」

 

食堂の扉から現れたのは、先程まで『亡霊』とバトルをしていたヒョウタ。それから癖の強い赤毛が特徴的な押しも押されぬシンオウ炎の四天王、オーバであった。

 

 

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