『友人をいたく驚かせてしまったようだな。すまない』
「いいんだ、また会えて嬉しいよ、ルギア」
伝説の出現に、一同は荒れに荒れた。
ルギアは、ジョウト地方の伝説のポケモンである。シンオウでは比較的知名度が薄い。しかし、この場に集う全員が、少なくともポケモンとは深く関わる身である。その伝説を、その姿を知らないなどという訳もなく。
突如として現れた伝説のポケモン――しかもどうにもサトシとは旧知の仲らしい――を前に、オーバとヒョウタは頭を抱え、アイリスは物珍しそうに、ハルカはキラキラと目を輝かせ、ヒカリはああまたなのね……とどこか達観したようにやり取りを見守っていた。
その大荒れの食堂内、いや正確に言えばショックを受けているオーバやヒョウタの世話をかつての旅仲間たちに任せて、サトシはルギアに導かれるままポケモンセンターの外に出てきた。もっとも、食堂の内部では大の大人二人が年下の少女たちから教育を受けていることなど、サトシには知るよしもなかった。それも「サトシと何かするなら遅かれ早かれああいうことは起こりますから慣れて下さい」などという内容なのだから尚更である。
「それで、ルギア、なんでわざわざ外に?」
『ああ、本当はあの場でやるつもりだったのだが、前触れのない登場で不必要に混乱させてしまったようだからな。あの者たちには少し整理する時間が必要だろうと思ったのだ』
なんだか、随分こっちを慮るんだなぁ……とサトシが思ったのかどうかは定かではないが、ルギアは話を続ける。
『話の内容は……端的に「我々」は、この戦いの見届人となる、ということだ』
「我々?」
『そうだ、久しいな、サトシ』
『そういうことだ。いつかの最果ての島以来だな、サトシよ』
ルギアに加えて、聞こえてきたさらなる2つの声。その声の主に、サトシは心当たりがあった。かつてシンオウを巡ったときから何かと縁のある、世界を作ったともされるポケモン。そして己の出自を呪い、ポケモンをコピーして人間に戦いを挑もうとした最強のエスパータイプ。
「アルセウスにミュウツー!」
「それじゃあ、本当にこの戦いを見届けるために?」
『ああ、集まり自体は先程言ったとおり、少し前からあるのだがな』
ポケモンセンターの外、先程ヒカリがサトシを励ましてくれたそのフィールドで。
サトシと3体のポケモンは話し込んでいた。サトシは、今しがた聞いたことを反芻する。どうやら、3匹はそれぞれこの世界に起こりつつある異変を感じていたらしい。ルギアは海の底の底で、アルセウスは天空はやりのはしらにて、そしてミュウツーは意志と関係なく現れる「みらいよち」のビジョンから。それでいつからか、自然発生的にそのことを話す会が持たれ始めた……そうだ。
そして、ミュウツーの「みらいよち」のビジョンが、今回の事件を捉え、それに対して戦いの帰結を見届けよう、というようになったようだ。
「でも、「みらいよち」ならこの先の未来も分かるんじゃないか?」
『「みらいよち」はそんなに便利なものでもない。見えるビジョンやタイミングは選べないし、なにより最近は発動していない。未来が不確定になっている……とまで考えるのは流石に邪推がすぎるだろうが』
『ともかく、我々は明日の戦いを見届ける。そして、もしも『亡霊』が道を示したならば、わたし……アルセウスがその力を貸す。そういうつもりだ』
「アルセウスは、あいつの言うことが正しいと思うってことか?」
『創造神であっても、作ったものの末裔まで思いのままにできるわけではない。この世界の行く末は、正直わたしにもわからないのだ。『亡霊』の示す道に道理なしともいえない。それと戦うと腹をくくったサトシには悪いとは思うが』
「いや、『亡霊』の言うことに一理あるかもしれないっていうのは、俺も思ったことだから。それで、話っていうのはとりあえず一段落したってことでいいのかな?」
『あと1つだけ。サトシ、お前にある』
「え、なんだろう……怖いな」
『先程我々は見届人となる、そう言ったが……だからといって、『亡霊』の示す道を無前提に信じるつもりもない。あくまでも平等な条件のもとで競って、その元で何が起こるのかを我々は見定めたいのだ。それからすると、正直に、今のお主と『亡霊』の間の壁は分厚い』
「アルセウス……結構、手厳しいんだな」
『責めているわけではない。あのピカチュウとリザードンは……控えめに言っても、この世界のどのトレーナーでも手出しできないような、そんなレベルに到達している。そこで、だ』
アルセウスの声とともに、サトシの目の前に2つの「いし」が落ちてくる。
反射的にそれをキャッチするサトシ。
「これは……「かみなりのいし」と「メガストーン」?」
『我々からその2つのアイテムを準備させてもらった。それがあれば、『亡霊』のポケモンたちとの壁を一息に縮められる……どうだ?』
サトシは、その手のひらで掴んだ2つの「いし」を改めて見る。
これを使えば、ピカチュウとリザードンは大幅に強くなる。ピカチュウはライチュウになってよりパワフルに、リザードンはカロス特有の「メガシンカ」を果たしてより強靭に、その攻撃もあの『亡霊』のリザードンに届くようになるだろう。これがあれば、あの『亡霊』の悪魔じみた力をもつ2体のエースとも、互角に戦えるようになるかもしれない。
「ありがとう、アルセウス。でも、俺はこの「いし」を使わない。あいつらもきっとそれを望まないよ」
そう言って、サトシはその2つの「いし」をアルセウスに差し出した。アルセウスの超常の力で浮遊する2つの「いし」。サトシはアルセウスの表情を伺う。ところが、不機嫌にでもなるかと思っていたアルセウスは、真逆のほら見たことがと言わんばかりの表情。一体どういうと説明を求めて周囲を見渡すと、ミュウツーが不機嫌そうに腕を組んでいた。
『ふん、やはり言ったとおりではないか。サトシはそのような安易な手段には頼らんとな』
『煩いぞ、アルセウス。では、お前の策なら容れられるとでも?』
ミュウツーの、どこか苛ついた声と対照的に、思ったとおりだと嬉しそうな声のアルセウス。
『すまんな、サトシよ。あの2人は、それぞれ自分の策ならば容れられると煩くしていてな……ともかく、アルセウスの話も聞いてやってくれないか』
『私からは、これを』
そう言うや否や、瞬きの間にどこからともなくそれらのアイテムは出現した。
例によってアルセウスの謎の力でテレポートしてきたのだろうか。
『それらを使うかどうかは、お主に任せる』
「なあ、ピカチュウ、リザードン。おまえたちは、これをどう思う?」
ルギアたちとの話を終えて、ポケモンセンターの一室にて。
サトシはピカチュウとリザードンと向き合っていた。リザードンも、何とか持ち直して今は意識もしっかりしている。
サトシがポケモンセンターに戻るなり、立ち直ったオーバとヒョウタが駆け寄ってきた。「もう大丈夫だ」と自信ありげであった大の大人2人は、しかしサトシの後ろにいたアルセウスとミュウツーを見て再度卒倒してしまった。しかも今度は旅の仲間たちでさえも呆れ顔であったのは記憶に新しい。サトシ自身は、別に俺のせいじゃないと思うんだけど……と思っているのだが。それはそうと他のメンバーが呆れているのもある意味仕方がない。3体が明日の勝負の見届人となるという旨を旅仲間たち伝えたところで、ジョーイさんからリザードンの意識が戻ったという連絡を受け、サトシはリザードンの病室に駆けつけていた。
疲弊していたリザードンも、ジョーイさんの気合の入った治療ともとからの頑丈さも相まってか、もう殆ど回復したようだ。しばらくとりとめもない話をした後で、サトシはその話題を切り出した。先程アルセウスから渡された、3つのアイテムについて。
ピカチュウに「でんきだま」と「想起のネックレス」。そして、リザードンに「みらいだま」。
ミュウツーの説明によれば、「想起のネックレス」を使うことで、かつて覚えていた「わざ」を思い出すことができ、「みらいだま」の中にはミュウツーとルギアの――エスパータイプ最高のポケモンたちの「みらいよち」の力が込められている、ということらしい。
すなわち。ピカチュウはかつてシンオウリーグでタクトのラティオスをも沈めた「でんきだま」と「ボルテッカー」の力を再度取り戻し、そしてリザードンは『亡霊』のリザードンの未来での戦いぶりを見ることによってその動きの癖を見定めることができるようになる、らしい。
たしかに、最初の、かみなりのいしとメガストーンを使う案とは大きく違う。
ただし、特に前者。ピカチュウのそれに関しては、危険が伴う。
「まさか、また「でんきだま」を見ることになるなんてな……」
「ピカ」
サトシは思い返す。かつてピカチュウに持たせていた「でんきだま」を捨てたときのことを。
『ピカチュウ!!』
異変は、シンオウからマサラタウンに帰った後に起こった。
前触れ無く苦しみだしたピカチュウ。トキワシティのポケモンセンターに連れて行っても、原因がわからないという。でんきポケモンを専門とするクチバシティのポケモンクリニックにピカチュウを連れていくと、診断結果は「強い電気を使いすぎ」。治療法はなく絶対安静とだけ。
「でんきだま」は、言ってしまえばピカチュウの体の外側にもう1つ「でんきぶくろ」を持つようなもの。電気技の威力が上がることと引き換えに、ピカチュウの体に絶大な負荷がかかる。「ボルテッカー」なんて、威力の高い上に反動でダメージを負うでんきわざならば、それも一層。
数多の強敵との戦いの中で、何度となく「ボルテッカー」を使ってきたピカチュウは、当然無事に済むこともなく。その小さな体に多大な負担をかけていた。それが、タクトのラティオスを倒すために全力を超えて力を使ったその後に、ついに限界が来た。
その時、サトシはピカチュウと約束をしたのだ。
例え「ボルテッカー」と「でんきだま」を失ったとしても。
一緒に歩んで行ける。その方がずっとずっと大事だって。
だからサトシは、そのクリニックからの帰り道で。クチバシティから見える大海原に向かって「でんきだま」を投げ捨てたのだった。
そして、イッシュでの旅の中で覚えた「エレキボール」を契機に、「ボルテッカー」を忘れさせた。ピカチュウの命を削って手に入れた「ポケモンマスター」なんてものに、意味は無いと思ったから。
そのことを思い出したサトシには、やはりこれは賛成しかねる方策に思えた。
それもあってか、イッシュでの旅のピカチュウは精彩を欠いていたが、サトシにはピカチュウとともに旅ができる、その方がよほどよほど大事だったのだ。
「ピカチュウ。そうだったな……俺はお前やみんなと一緒にポケモンマスターになりたいんだ。例えポケモンマスターになったって、お前がいなきゃ意味がない。やっぱり、これはアルセウスに返してくる」
「ピカピ」
アルセウスに少なくとも「でんきだま」と「想起のネックレス」を返そうと立ち上がったサトシ。それにピカチュウが声をかける。いつになく真剣な声と眼差し。
「ピカ、ピカピ」
「ピカチュウ……お前」
言語は、違う。でも、伝わってくるピカチュウの想い。これまで旅してきた、サトシのことが大切だと。これからも、ずっと旅をしたいと。
「ピカピカ、チャァ」
「グルルル」
「リザードン、お前まで」
それは、リザードンも同じようだった。
2人とも、それをサトシに伝えようとしている。
負けたくないと、でも、それだけではないと。
離れたくないと。これまで、自分たちと歩んできたサトシがいない生を選びたくないと。
『亡霊』を野放しにすれば、自分たちとサトシは離れてしまうと。それは何よりイヤなのだと。
「…………そっか」
ピカチュウとリザードンの想い。
それを背負って、ついにサトシは決断した。
月の光が、バトルフィールドを照らす。もうすぐ日付が代わるぐらいであろうか。
バトルフィールドで1人月を眺めているアルセウスのもとに、サトシとピカチュウ、リザードンが歩み寄る。
『……決まったのか?』
「ああ、俺たちが妥協できるギリギリのラインだと思う。厚意に甘えさせてもらうよ。でも、もう1つだけお願いがあるんだ」
『……?』
サトシは、もう1つ、心に留めておいた条件を突きつける。
「どう思う、アルセウス?できそうなのか??」
『可能か不可能かで言えば、可能だが。しかし……そんなことをして一体何になるのだ?お前にとって不利になるだけではないか』
「そういうことじゃないんだ。ピカチュウもリザードンも、俺と一緒にいるために戦うことを決めてくれたんだ。なら、俺だけのうのうとしてるわけにもいかない」
『……本当に変な奴だな、お主は』
「……かもな」
「ピカチュウ……『ボルテッカー』!」
サトシの声とともに、ピカチュウは大地を蹴って前に進む。
その後に一瞬遅れて、ピカチュウの小さな体は、稲光を纏い始める。雷を体に宿したまま「でんこうせっか」のように加速し、あっという間にトップスピードに到達。そのまま左に急旋回することで、トップスピードを急激に落とした。ついで、まとっていた電撃が急旋回についていけず、慣性のまま水を勢いよく零したかのようにピカチュウの右側に流れて消えた。
ピカチュウの最高のわざ『ボルテッカー』。その技のキレは鋭い。かつて、ジンダイのレジアイスやタクトのラティオスとも打ち合った時と同じままで。
「はあ……はあ……よくやってくれた、ピカチュウ」
サトシも、久々だというのに全く技のキレが衰えないピカチュウに驚き、そしてピカチュウを労った。ピカチュウの方も、サトシの様子を心配そうに見つめている。すべて、サトシの左腕についた、アンクレットのためだ。
「それじゃあ、次はリザードンだな」
ガウ、と賛同の意を示したリザードンに、サトシは歩み寄って「みらいだま」を手渡す。
それを受け取ったリザードンは、精神を落ち着けるかのように目をつぶる。
『構わんな?では、いくぞ!』
アルセウスと入れ替わりに現れたミュウツーが、今が頃合いとみらいだまに込められていた「みらいよち」の力を開放する。その、薄い青色の水晶のようであった「たま」はだんだんと強く光を発しはじめて……やがて一帯を眩いばかりの白い光が覆い尽くしてゆく!サトシも、他のポケモンたちも、思わず目をつぶり、それでも足らずに腕で目をかばった。その眩い光はやがて収まっていき、僅かな後に、一帯は深夜の暗いバトルフィールドに戻った。
「今のが、「みらいだま」なのか……?っておい、リザードン!」
キョロキョロと周りを見渡した後に、サトシはリザードンの様子がおかしいことに気がついた。「みらいだま」を使う前と違って、茫然自失、といった様子。
「リザードン……ってうおっ」
そのリザードンは、サトシの呼びかけに答えてそちらを向く。
そして一瞬の後にサトシのもとまで駆け寄ると、そのまま、両腕でサトシを、きつく、きつくかき抱いた。
「おい、リザードン!……リザードン?」
サトシの声が、困惑を帯びた。
――――リザードンは、泣いていた。声を出さずに。涙を流さずに。何かが悲しくて、何かに憤って、そうせざるを得なかったかのように。
『サトシよ、ここは少し私に任せてもらえないか?』
その様子を見ていたミュウツーが、サトシにそう声をかけたのも、故なきではなかっただろう。
「良かった、落ち着いたんだな?」
サトシの問いかけに、グルル、とリザードンは元気そうに答えた。
任せてほしいと頼むミュウツーにこの場を一端預けてから少し。サトシがピカチュウと伴に様子を見に行くと、リザードンはすっかり落ち着いた様子だった。むしろ、その闘志は「みらいだま」を使う前よりも研ぎ澄まされ、そして燃え上がっている。そんな風にも思える。気のせいか、前よりも一回り大きくなったのではないか。
「じゃあ、あいつのリザードンについても……」
ガウ!と自信満々に返事をするリザードン。サトシは密かに、これは期待できそうだと思う。
『ああ、そちらの方は収穫があったようなのだがな』
「何か引っかかる言い方だな……」
『……トラブル発生、という訳だ』
リザードンとミュウツーは、それまでの自信満々な様子から、一転してばつが悪そうに頭を掻いた。
「……ミュウツー、トラブル、って一体」
『リザードンが、レベルアップしたのだ』
「へ?なんでそれが問題なんだ?」
『……今に分かる。リザードン』
ミュウツーは、リザードンに視線を向ける。仕方なし、といった様子でリザードンは力を溜めると、空に向かって「かえんほうしゃ」を放つ。
その威力は……凄まじい。横で見ていただけのサトシでさえも、「かえんほうしゃ」の熱が、力が伝わってくる。
「やるじゃないか、リザードン!これなら『亡霊』のリザードンとも……」
『喜ぶのはまだ早い』
ミュウツーがそう言うか言わないかの頃に、リザードンの「かえんほうしゃ」が急激に弱まっていき、「かえんほうしゃ」というよりも「ひのこ」と形容した方が腑に落ちるような、つつましい炎へと代わる。しかしそれも一瞬のことで、今度は先程よりもずっと激しい炎が吐き出された……と思いきや、再度その勢いは弱まり再び風前の灯火のような、弱く儚い炎へと代わる。
『炎タイプのポケモンは、「かえんぶくろ」という器官から操る炎を作っているが、進化したときなど急激にそれが大きくなると、扱いがうまくいかずに炎の状態が不安定になることがある……急激なレベルアップの影響で、リザードンの炎わざは、不安定になってしまった』
ミュウツーの声が、いつもの「ごうがんふそん」な様子から一転して、どこか焦りを感じさせるものになっている。もっとも、途轍もなく大事な一戦の手助けをするつもりで足を引っ張った、などとなれば焦るのも道理であるが。だんだんとしゃべるペースが上がり早口となっていくミュウツーを、誰も止めない。
『「がくしゅうそうち」によって得られる「けいけんち」は、実際に戦うよりも少ない。そうだろう?だから、同じように未来を見るという方法で経験を積んでも得られる経験値はそう多くない……そう考えていたのだ。だが、ここまでのレベルアップをするとはな。予想していなかった。恐らくは同一個体であることが影響しているのだろうが……』
ミュウツーの説明のあと、あたりはシン、と静かになる。
ピカチュウが、どうするの、これ?と言わんばかりに、「ピカァ……」と鳴いた。
狼狽えるピカチュウとリザードン。やたら早口のミュウツー。「どうするのだ、これ」という重い空気が下りる。
その中で、ただ1人。
サトシは狼狽えることもなく、静かに考えを巡らせていた。
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