原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
ネーミングセンスについては目を瞑ってもらえると嬉しいです。
上半期の芝、ダートのグランプリをジェネラルブレイン、カントリークライシスが制覇し俺のチームが一躍有名になった。
特にジェネラルブレインの宝塚記念制覇がきっかけになり、うちのチームに所属するためにトレーナ―契約を望むウマ娘が更に増えてしまう。
結果、追加で更に五人を仮トレーナー契約で様子を見ることになった。
今年はこの分だと俺のもとに残るウマ娘がかなり多くなりそうだ。今後の彼女たちへの気配りをどうしようかと悩みのタネが出来しまう。
大所帯になって一つ良かったことがあった。
メンバー同士で切磋琢磨する姿勢が見られて積極的にトレーニングをしては俺にアドバイスを求めてくるのだ。
俺自身も彼女たちの成長のために考えてはいるが自分達である程度考えてからアドバイスを聞きに来るため修正すべき点、更に盛り込むべき内容、そしてトレーニングの量についても絞り込んでアドバイスが出来る。
特に同じレベル感のウマ娘同士だとより活発でお互いにタイムを縮めたり、スタミナ強化して末脚温存比べをしたりと行動的だ。
俺が少し見回って少しアドバイスするだけでも吸収も早く彼女たちの成長が楽しみである。
そんな日々が一週間過ぎたある日だ。
トレーナー室へと来る一人のウマ娘がいた。
キャプティブガール。黒鹿毛のロングヘアーで前髪が少し顔に掛かっている。素顔がちょっと見えにくいウマ娘だ。背は平均的で、少し自信がない子だが日々トレーニングをしっかり積んでいる子である。俺は彼女をキャティと呼んでいる。愛称のネーミングセンスはないのは承知の上だ。
「キャティ、どうした? 今の時間ならみんなグラウンドへ行っている時間じゃないのか?」
最近は俺がグラウンドへ行く前に皆が集まってウォーミングアップをしたりと自主性が進んでいた。
そんな中、一人ここに来るということは何かあるとしか思えなかった。
彼女はミーティングの椅子に座ると項垂れる。
「トレーナーさん、わたし才能ないのかな」
元気がない声だ。
俺は席を立つと彼女の隣に座る。
「どうしたんだ? そんなに落ち込んで」
「みんなはトレーナーさんから指導受けてタイムが伸びてるけど、わたしあまりタイム伸びないから」
なるほど。周りが指導を受けてフォームを改善したり、適性距離を変えたりして力を発揮出来ている事に焦ってる、もしくは劣等感を抱いてるわけか。
「まだトレーニングは始まったばかりだからな。ウマ娘にはそれぞれ個性があるだろ? まあ俺たち人間も個性はある。みんな同じタイミングで同じように成長するとは限らないんだ」
「わかってるよ。でも、やっぱりみんな凄いからわたし自信なくなっちゃう」
毎年一人はいるんだ。彼女のように成長が少しだけ遅かったりすぐにトレーニング効果が出なくて落ち込んでしまう子が。
「ちょっと待ってな」
俺はそういうと自席に戻りタブレットを手に取る。
彼女のデータにアクセスして、一ヶ月前の登録データ、一週間前のデータ、昨日のデータを出す。彼女が登録してるのは芝の千六百メートルと二千メートルだった。
適性はマイルと中距離でこちらの見立ても同じだった。彼女への指示は瞬発力と加速力の強化で、スタートとスパートの練習をさせている。
彼女の最高スピードは特別早いわけでもないが、遅くもない。だがスタミナはあるから後はトップスピードに乗るのが早ければトップスピードを維持してゴールまで粘る戦い方が出来るのだ。
スタートとラストスパートに注力している以上、全体のタイムとしては目立って良く見えないのは仕方ない。
しかし、スタート時の瞬発力と最後の加速力を伸ばした事で変化は着実に出ている。
スタートと上がりのタイムが上がっているのだ。
「これを見てほしい。これは君の一ヶ月前、ここに来た時、そして昨日のデータだ。タイムは劇的には変わってないが確実に早くなっている。特にスタートから三ハロン、上がりの三ハロンは良くなってるのが分かるか?」
彼女がデータを真剣に見る。
タイムは自分でも記録をしているだろうが注目する箇所を絞れば成長が見える。
「確かに全体的に少しタイムが早くなってる。スタートと最後の三ハロンのタイムが伸びたから?」
「そうさ。それにな、タイムだけが全てじゃない君に足りないのは瞬発力と加速力と言ったが、瞬発力と加速力があればスタートも良くなるしトップスピードへ時間が短縮すればあとは君の強みであるスタミナで粘れる。レースはタイムで勝負するんじゃない。駆け引きだ」
「駆け引き……」
「ああ。俺は意味のないトレーニングはさせない。スタミナが十分ある君にスタミナを強化しても今は意味がない。トップスピードを強化するための走り込みは最低限行ってるが、一番の強みを活かすならやっぱり瞬発力と加速力だ。周りで結果が出てる子達は適性があってなかったり走り方が体にあってない子達だ。彼女らはその辺をが修正すれば早くなるが、それは本来の力が出せたに過ぎない。君の場合は本来の力をそのままに弱い部分を鍛えてるし強化にも時間が掛かる部分だから一見すると伸びが悪いように見えるだけだ」
「つまり……?」
「このトレーニングの成果が出始めればタイムは確実に伸ばせるし、レースで勝てる要素が増える。自信もっていい。君は十分戦える力を持ってるさ」
俺がそういうと彼女の頭を撫でてやった。
恥ずかしいのか、やめてくださいと振り払う彼女は顔が赤くなっているのが分かる。
「どうだ? 元気は出たか?」
「はい。まだ成果が出ないと分からないけど、でもトレーナーはちゃんとわたしの事を考えてくれてるって分かったし、焦らなくていいってわかったから」
前髪からわずかに覗くその素顔には笑顔だ。諭した甲斐があったなと思った。
そんな彼女を見ていると誰かがトレーナー室に入ってくる。
「あ! トレーナーさんにキャプティブガールちゃん、こんなところにいたんだ。そろそろトレーニングの時間なのにトレーナーさん来ないんだもん」
やって来たのはブラッドスプラッシュだった。
そう言えば、彼女も最初の頃は色々と悩みが多かったなと思い出す。
「ブラス、キャティの面倒を任せてもいいか?」
「え? わたしが?」
「ああ。たぶん二人は相性がいいはずだ。トレーニングの効率も良くなると思う。どうだ? キャティ、ブラスとペアでトレーニングしてみては?」
やや戸惑いを見せるキャプティブガール。
だが、ブラッドスプラッシュの方が乗り気のようで。
「いいね! キャプティブガールちゃん、一緒にトレーニングしよう! わたしも今までジェネスさんやリークさんとトレーニングしてたけど新しい子ともトレーニングしたいな!」
明るく言うブラッドスプラッシュにキャプティブガールはやはり戸惑いながらだが、頷くのだった。
「さて、グラウンドに行かないと。みんなが待ってるしな」
二人が元気よく返事をする。
俺たちはブラッドスプラッシュにいい後輩が出来そうだなと思いながら二人とグラウンドへと向かうのだった。
時折、落ち込むウマ娘や伸び悩みに自暴自棄になりかけるウマ娘もいたが概ね、順調にトレーニングが進み。そして、夏レースが始まる。
夏レースの一番手はブラッドスプラッシュの七夕賞だ。後半は福島から札幌に場所を移して、クイーンステークス。そしていよいよエターナルガールを始め今年のジュニア級ウマ娘たちのデビュー戦だ。九月に入るとブラッドスプラッシュの夏最後のレース、札幌記念で俺のチームの夏は終わる。
なお二週間前に仮トレーナー契約をした十人のウマ娘たちのうち本契約したウマ娘は三人。残り七人は浅間と綾峰通して何人かのトレーナーを紹介してみたところ相性が良かったり、担当ウマ娘がいない新人トレーナーでも熱意から一緒に成長したいと思うウマ娘も出てきて無事、新たな門出を迎えた。
俺が一週間と少し基本と方向性を示してタイムが改善したり、伸びしろが新たに見えた娘たちが自信をつけたところを見ても新たなトレーナー元で十分やっていけるだろう。
残った三人はエターナルガール、イーグルファング含めてデビュー戦の登録を済ませた。
新たに入った五人はまだ調整中だが、良いトレーナーが見つかりそうだった。
目まぐるしい日々を過ごし、あっという間に七夕賞の当日を迎えた。
快晴ではあるが真夏日で体力が奪われるような気温の福島レース場。しかし夏レースの熱気は真夏日なんて吹き飛ばすくらいのものを感じる。
「みんな、熱気が凄い……」
ブラッドスプラッシュが観客席から聞こえる声援に呟いた。
「夏は夏で、成長してくるウマ娘もいるからな。やっぱり自分が応援しているウマ娘が夏レースで活躍するところをみたい人達が多いんだろう」
夏レースは勝負服を着ない。一部の男たちの性癖が異常な熱気を作ってるという話も耳にするが―知らない方がいい事もある。
ブラッドスプラッシュもそこそこ人気があるんだが、理由がそっちでないことを担当トレーナーとしては祈りたいものだ。
「ブラス先輩は今日のメインレースなんだね! わたし、応援してるから!」
そういうのはこの前からペアを組ませてるキャプティブガールだ。今回はGⅢであること、夏合宿からの遠征であること、合宿と合わせて費用が嵩んでしまうことから同伴してるウマ娘はエターナルガール、イーグルファング、キャプティブガールのデビュー前三人を連れてきた。
出走ウマ娘のチームメイト、トレーナーは施設利用については費用はかからない。だが全員連れてくるとなると安く抑えるにしてもマイクロバス辺りは借りなければならなくなる。公共機関を使えばその分掛かってしまう。 いかにトレセン学園のトレーナーと言えど使える金には限りがあるのだ。
「エターナルガール、イーグルファング、キャプティブガールはクラシック級の未勝利戦、一勝クラス、オープンでどの程度レベルが違うかも参考にしておけ。お前らなら、この時期の一勝クラスと同等かそれ以上のタイムを出せれば上々だ」
三人は元気よく返事を返す。
「それじゃ控え室へ行くから場所を覚えておけ、今日は年長者の同伴がないからな」
カントリークライシスとジェネラルブレインには合宿所で予め作っておいたジュニア級達のトレーニングメニューを渡してトレーニングを指揮を任せている。
二人はレースを終えているのと、次のレースまで少し間があるため夏の間、俺が離れる時の代理を任せたのだ。
「ブラス、調子はどうだ?」
「うん! 悪くないよ! キャプティブガールちゃんにもカッコいいところ見せたいし気合いも十分!」
両手でガッツポーズを作る。こんな仕草がちょっと幼く見えて可愛いやつなのだ。
「ブラス先輩、自己ベスト更新してましたしね!」
イーグルファングが目を輝かせていう。やっぱりブラッドスプラッシュも先輩なんだなと思う。後輩たちが見守る中で重りを外してのタイム計測で自己ベストを更新。二千メートルのタイムを一分五十八秒三のタイムを叩き出した。自己ベストを約一秒更新したのだ。
しかし自己ベストがそのままレースで活かせるとは限らない。福島は直線も短い上にゴール前の坂に加えて細かなアップダウンがある。先行策が有利でハイペースになりがちだが逆を返すとスタミナが無いと脱落してしてしまう。坂とコーナーリングをどう克服するかが福島での勝敗に関わる。
「うん、トレーニング頑張ったからね! トレーナーさん、七夕賞で勝ったらデートの件、忘れないでよ?」
ブラッドスプラッシュの原動力は、まだ後輩より俺の方か。まあモチベーションを上げるには報酬があった方がいいから構わない。
「リーク先輩もジェネス先輩もデートの約束してましたが……」
何か言いたげな顔で俺を見るエターナルガール。
「どうした?」
「トレーナーさんはお二人、いえ三人の想いに応えるつもりはあるんですか?」
想いに応えるか。それはないな。俺はどんなウマ娘も見捨てたくない。だから出来るだけ全員とはフラットな関係になるように心掛けている。だからデートをしようバレインタインでチョコ貰おうと扱いは同じだ。
エターナルガールが心配してるのは三人の恋心が破れたときのことを言っているのだろう。
「ブラス。俺と恋人になりたいか?」
エターナルガールの質問をある意味、はっきりと分かるようにブラッドスプラッシュに尋ねる。答えは俺も分かっているから彼女の口から言ってくれたほうがいい。
「うーん。それは恋人になれたら、わたしも嬉しいけど。でも、トレーナーさん、誰にでも優しいんだよね。わたしだけが独占は出来ないって言うのは分かってるつもりだよ。たぶんあの二人も」
「まあ、そういうことだ。俺はデートをしたりするが、彼女たちも俺が想いに答えないことは知ってる上でだ。それでも二人っきりになりたいというなら俺は出来るだけその願いは叶えたいと思ってる。恋人になってはやれないが一時だけの夢くらいは見てもらいたいからな」
さすがにキスしたりそれ以上とかは求められても無理だが。
「トレーナーさんって、結構ドライなんだ」
キャプティブガールがなんとも言えないという表現でいう。トレーナーはウマ娘の子達と関わる時間も多いし距離だって近い。どうしたって感情移入しやすくなる。だが、トレーナーに恋して叶う場合はほとんどない。
トレーナーが他のウマ娘とゴールインしてる場合だってあるし、トレーナー同士ってことも稀じゃない。
俺は誰か一人を特別にしてしまったら俺の誓いが揺らいでしまいかねない。だから俺は誰とも可能な限り平等に接するようにしてるのだ。
「想像もしてみろ、チームメイトの誰かと俺がイチャイチャしてまともにトレーニングに集中出来るか?」
三人のジュニア組に問う。多分想像するだけで鬱陶しいのがわかるはずだ。
「あー、わかりましたわ。確かにトレーナーさんはドライにならざる得ないですね」
苦笑いするエターナルガール。よく見ると残り二人も微妙な表情をしている。
「そんなことをともかく、控え室へ行くぞ」
俺はそういうと四人を連れてブラッドスプラッシュの控え室へと行くのであった。
七夕賞の描写は次回へ。ちょっと長くなったので分けます。
ウマ娘の恋愛事情が出てますが、あくまで主人公の価値観で恋愛しないと割り切ってるだけです。他のトレーナーは分かりません。もしかしたら内緒でこっそりよろしくやってる場合もありますよね汗