原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない   作:kazuya2009

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※2023/07/03現在、第十一話で登場するオリジナルウマ娘の名称について競走馬登録はございません。


第十一話・新たなる勝利とデビュー戦へ向けて

 真夜中の砂浜で想いの限り泣きつくすとブラッドスプラッシュは恥ずかしそうに俺の胸から離れた。

「トレーナーさん、ありがとう。胸を貸してくれて。トレーナーさんはまるでお父さんみたいだね」

 照れくさそうにいうブラッドスプラッシュ。父親のように接しられていたとしたら安心して思い切り泣けただろう。

「さて、泣きつくして後は前向きになってもらうだけだな。ブラス、まくり身につけよう!」

「まくり?」

「ああ。残り四ハロンからのロングスパートだ。ブラスの上がりは悪くない。長く良い脚を使えるようにするんだ」

 次のクイーンステークス、札幌記念は取りに行く。俺の中でもリベンジだ。

「中団待機後、コーナーからまくりあげて一気に勝負に出るんだ。スパートのスピードも乗りやすくなるはずだ。これなら今回の福島のような直線が短いコースでもトップスピードを直線に出た時点に合わせやすくなる。更にクイーンステークスも札幌記念も札幌レース場だ。直線は福島より短い。捲って上がる走りはこの二つのレースを勝つにも都合がいい」

 短い直線での勝負は、いかに直線に入った時点でトップスピードへ近づけてゴールまで脚を持たせるかだ。

 昨日のレースは惜しくもブラスは負けたが、もし仕掛けがもう少し早ければ結果は違っただろう。勝てた可能性はやはりあったのだ。

 そういう意味でも捲りでの中団からのロングスパートをものに出来れば作戦の幅が出て来る上に、勝率もぐっと上がるだろう。

 ブラスはクラシック戦線で後一息で勝ち負けに絡める程度には走れている。成長のピークはシニア級かつ中長距離と考えれば。まだまだ伸び盛りだ。もっと大舞台で活躍だって夢ではない。

「ブラス、リベンジだ」

 俺の言葉にブラスは力強く頷く。

「クイーンステークス、札幌記念を制して夏を仕上げる。そして、秋は中距離の秋華賞で最後のクラシックを取りに行くぞ!」

「秋華賞……。うん!トレーナーさん!わたし、三つのレース全部勝つよ!」

 昨日の負けは次の勝利へ。

 そしてGⅠウマ娘に。

 ブラッドスプラッシュは空を見上げる。つられるように俺も空を見上げた。

 砂浜の上の空は満天の星空だ。幾千幾万の星々が光り輝き、どの星も他の星に負けないくらいに光り輝いている。

「みんな、他の星に負けないくらい輝いてる。ウマ娘も同じようなものだ」

「そうだね。昨日は負けちゃったけど、わたしだって他の娘たち負けないんだから!」

 あれだけ泣いたからか、今のブラスには迷いが無い。

 彼女の顔には希望があった。これなら大丈夫だな。

 俺はブラッドスプラッシュが見上げる星空を彼女の気が済むまで一緒に見続けるのだった。

 

 翌日、ブラッドスプラッシュは七夕賞前以上の気合いでトレーニングに取り組んでいた。

 もちろん悲壮感はない。むしろトレーニングへの情熱は燃え上っていた。

 その姿に他のウマ娘たちも感化されたのか、みんな気合いの入り方が違う。

「ブラス先輩、すごい……。昨日の事、すごく悔しいはずなのにもう気分を切り替えている」

 キャプティブガールがトレーニングに励むブラッドスプラッシュを見て尊敬の眼差しを向けている。

 悔しい事には変わりない。だが昨日、思いの全てを涙で流したブラッドスプラッシュには、もう迷いはない。

 俺はキャプティブガールの隣に立つ。

「ブラスはリークやジェネスと比べると、どうしても成績面で劣ってしまう。だから悔しさをバネにするんだブラスは」

 今はブラッドスプラッシュを励ます意味も含めて、カントリークライシスとジェネラルブレインがブラッドスプラッシュの併走相手になって砂浜を走っていた。三人の顔には真剣さもあるが、次への勝利へ向けてどこか愉しそうにも見える。

「昨日のレースは、キャティにカッコイイ姿を見せようと張り切ってただけにショックは大きかったと思う」

 キャプティブガールが俺の顔を見上げる。

 視線だけでも自分のせいでという思いが伝わって来た。そんなことを気にする必要はないんだが。

「だからこそ、だ。今のブラスに迷いはない。次の勝利のために、後輩のために、自分は強くなるんだという強い想いを今のブラスから感じ取れるんだ」

「わたしのせいだと思ってた」

 キャプティブガールの声から少しの後悔が伝わってくる。

 俯いていいるのだろう。落ち込んでる雰囲気なのは分かるが、だが。

「ブラスの背中を見ておけ。あいつは自分の背中でキャティも勝利に導こうと想ってる」

「だから、今度はキャティが見せてやれ。先輩の頑張りに応えて、自身の勝利をプレゼントしてやるんだ」

 ハッとして顔を上げるのが分かる。

「トレーナーさん、わたし頑張る! ブラス先輩の頑張りに応えてわたしのデビュー戦の勝利をプレゼントする!」

 力強い声でキャプティブガールの想いが伝わってくる。

 必ず勝って見せるという強い思いと、先輩を想う優しい心が。

「その意気だな。じゃあ、やるべきことは一つだ」

「トレーナーさん、もうワンセット走ってくるよ」

 そういうとトレーニング中の他のウマ娘の中へと混ざっていった。

 全員がブラッドスプラッシュに感化された、この日。誰もがトレーニングに真剣に取り組んで、充実した一日になったようだった。

 

 夜、俺は合宿所の個室でエターナルガールとイーグルファングのデータとデビュー戦の日程を見ていた。

 エターナルガールはクイーンステークスと同日に行われるメイクデビュー芝千八百メートルを。イーグルファングは札幌記念と同日のメイクデビュー芝二千メートルだ。

 二人ともは先輩三人のレースを見てきて雰囲気もレースに掛ける思いも学んできている。

 エターナルガールはデビュー戦を八割、出来れば六から七割くらいの力で勝てるのが理想だ。クラシック戦線を見据えればジュニア級ではホープフルステークス制覇が望ましい。タイム差がコンマ一秒以内なら三着まででも問題はない。デビュー戦は勝ってもらわなければならない。次にオープン維持のためにコスモス賞に一度出走して勝ちを取っておきたい。その後は芙蓉ステークスを使い、東京スポーツ杯ジュニアステークスで叩いて、本番というところだろうか。

 今年は五戦三勝出来ればいい。デビュー戦、コスモス賞、ホープフルステークスだ。芙蓉ステークスは中山二千メートルを経験してもらうことでホープフルステークス、皐月賞をイメージ出来れば良い。東京スポーツ杯ジュニアステークスも当然東京での経験のためだ。エターナルガールなら問題なくこなすだろう。

 イーグルファングの場合は中距離以上にしたことでのパフォーマンスをレースで見ておきたいのが一つだ。イーグルファングの距離適正を考えればクラシック級の秋以降が力を出せるレースが増えるはずだ。当面は来年夏までは中距離をメインに秋以降から長距離に切り替えられればというところだろう。イーグルファングなら中距離にしたことでデビュー戦も勝ち負けに絡らめるレースが出来るはずだ。上手く行けば一戦目からそうでなくても三戦以内に未勝利は抜けれるはずだ。

 他のウマ娘たちもそろそろデビュー戦の登録をしないとな。まだ仮トレーナー期間の子達にはそろそろ残るか他のトレーナーを紹介するかを決めなければならなくなる。

 俺は背を伸ばす。ノートパソコンを眺めていると背中がなかなか凝る。こうして伸ばすと力が入っていた部分にも血が巡るのを感じた。

「忙しさが去年比じゃないな……。今までトレーナー契約を結ぶ人数が毎年一人か二人だったからな。こうまで忙しくなるとは考えてなかった」

 今年はまさかの五人と契約だ。来年もたくさん来るとは限らないし基本、少人数で面倒を見ることを念頭にしてるからサブトレーナーも考えてない。

「コーヒーでも飲みにいくか」

 俺は気分転換に食堂へ行くことにする。もちろん端末と貴重品は忘れずに持っていた。

 

 食堂には俺と同じように気分転換に来てるトレーナーや食堂の隅を陣取りウマ娘たちが談笑したり、中には軽いミーティングをしているチームもあった。

 俺はそんな光景を眺めながらセルフサービスのドリンクコーナーでアイスコーヒーを入れる。

 学園に常備しているコーヒーと比べれば味は落ちるが、一応豆から抽出しているから味は悪くない。

 比較的人が少ない場所の席に座ると、本契約した残りの三人のデータを見る。

 まずはサンドネイチャーだ。

 ダート適性があり距離適性は千六百メートルから二千二百メートルだ。ダートなら申し分ない距離適性でもある。現時点でのタイムも悪くはない。

 九月に入って中山二日目のメイクデビューダート千八百メートルが良いだろうか。日程としてもまだ一ヶ月以上ある。

 次はキャプティブガールだ。

 彼女は芝の千六百メートルから二千四百メートルと行ったところだ。最もスタンダードな距離適性で競争も激しい。菊花賞を除けばクラシック級のメイン距離帯でもあるし、シニアに上がっても最も多い距離帯だ。タイム自体は目立つ程伸びているわけではないが、じわじわと結果がで始めては来ている。

 サンドネイチャと同日に芝千六百メートルのレースがある。ここでのデビュー戦が妥当だろう。

 最後はクラウドスカイ。芦毛のショートカットで大人しい子だ。素朴な雰囲気が好印象の娘でもある。プロポーションは三人の中では頭一つ抜けているのだが、こんな事は口が裂けてもあの子達の前では口に出せない。

 で、残った三人のウマ娘の中では正直に言えば普通だ。距離適性はキャプティブガールと同じくマイルから中距離である。タイムも平凡で特別可も不可もない。直すべきところも特になかった。

 スピード、スタミナも平均的で特別に勝負根性があるわけでもない。強いて言えば落ち着いた子だ。堅実性もあり今はラップ走法を身につけるためにエターナルガールと組ませている。まだまだ未知数なところが多いのだ。

 デビュー戦を九月にするか十月にするか。夏の合宿は始まったばかりでもある。もう少し見極めてからでも良いかも知れないな。

 候補は十月東京一日目のメイクデビューしば千八百メートルか阪神一日目の芝千六百メートル辺りだろうか。夏の仕上がり次第で末脚が決め手になりそうなら東京で、コーナーが決め手になりそうなら直線は短めの阪神だろうか。

 この辺は明日辺りに本人にも意見を聞いてみるか。本人の希望次第では九月のレースを走ることも念頭に置いておこう。

 ふと気がつくと食堂が静かになっており、残っている人間もポツポツとしか見当たらなかった。

 時間もここに来て一時間半は経っている。気分転換に来たのだが環境を変えたからか集中して出来たようだった。

「さて、自室に戻って寝るか」

 誰に言うでもなく一人つぶやくと食堂を出ることにした。

 

「トレーナーさん」

 自室前まで戻ってくると後ろから声をかけられる。

 振り向くと芦毛のショートカットのウマ娘、クラウドスカイだった。風呂上がりなのか、まだ生乾きの髪にリンスの良い香りが漂ってくる。あくまで漂ってくるだけであり故意に香りを嗅いでいるわけではない。体操着というラフな格好のせいで彼女のプロポーションをこれでもかと主張来ており、風呂上がりと相まって目のやり場に少し困る。

「どうした、スカイ? 生徒はそろそろ就寝だぞ?」

「そのデビューについて相談したくて来ました」

 この子も気にはしていたようだ。

 俺としても好都合である。

「そうか。丁度、俺も君のデビュー戦をどうしようかと考えていたところだから良かった。食堂で話すか?」

「もし、お邪魔じゃなければトレーナーさんの部屋で」

 俺の部屋か。まあ十分広いから問題はないだろう。

 しかし飲み物とかはあっただろうか? 冷蔵庫にお茶のペットボトルは入れていたと思ったが。

「わかった。じゃあ上がってくれ」

 俺は部屋のドアを開けると、中へと促した。

 お邪魔しますと、クラウドスカイがいうとスリッパを脱いで上がる。俺も上がると彼女を奥へと案内した。

 案内といっても玄関を上がって襖を開けるだけだ。六畳の和式の部屋である。生徒たちは十数人ずつの大部屋だから少し狭く感じるかも知れない。

 部屋の中央には高級そうな座卓があり、座卓を挟んで左手に布団が敷いてある。俺は反対の右手側に座るように勧めた。

「失礼します」

 丁寧に断りを入れるとクラウドスカイは俺と向き合うように座った。

 ノートパソコンを起動させると、携帯端末の方を手に取る。

「少し待ってくれな?」

「はい」

 話を始める前に俺はジェネラルブレインに連絡を入れる。彼女はうちのウマ娘たちが使う大部屋の班長だ。普通は最年長者のカントリークライシスがやるのだが、そういうのが苦手なためジェネラルブレインにお願いしているのだ。

 コール音が鳴るとすぐに反応があった。

『トレーナーさん、どうしたのかしら?』

 電話の向こうからは盛り上がっているのか楽しそうな声が聞こえてくる。

「こっちにな、スカイがデビュー戦の事で相談したいと来てるんだ。もしかしたら就寝時間を少し超えるかも知れないから、その旨を伝えておこうと思ってな」

『……。トレーナーさん、一つ伺ってもいいかしら?』

 なんだ? 声のトーンが少し下がった?

「なんだ?」

『可愛らしい上にプロポーションもいいスカイさんと二人っきりで部屋にいるわけですよね?』

「あ、ああ」

 ヤバい何か地雷を踏んだか?

 トレーナー争奪戦にはこの子は完全に無関心だったと思うし、ジェネラルブレインが気にすることはないはずなのだが……。

『変態トレーナーとお呼びしたほうがいいかしら?』

 何だ? 何故か怒ってる?

 あの二人相手ならともなく新しく来た子に嫉妬とからしくない……とも言えないか。

 仕方ない。このまま付き合うと面倒だ。

「何を怒ってるのか知らんが、伝えたからな。あとは頼むぞ」

 俺はそういうと向こうの反応を待たずに切った。

 時間があるなら相手してもいいが、今は真面目に相談に来てる方を優先すべきである。

「あ、あの、ジェネス先輩どうかしたんですか?」

「気にするな。君と二人っきりというのが気に食わないだけみたいだからな」

 クラウドスカイは心当たりがあるのか、あっというと声を上げる。

「もしかしたら、あの事かも知れません」

「あの事?」

 なんだ? 何か問題でも発生しているのか?

「トレーナーさんがブラス先輩を抱きしめたって」

 な!? まさか夜中の話のことか? そうか、しまった。ブラッドスプラッシュは天然だからポロッと話してしまったわけか。それで。

「ジェネスには困ったものだなー まあ明日フォローしておくか」

「動じないトレーナーさんは流石ですね」

 少し可笑しそうにふふと笑う。

 なるほど、改めて二人きりで見ると可愛らしい子だ。意図せずジェネラルブレインに嫉妬させてもおかしくないかも知れない。

「こんな事で動じてたらあの三人の面倒なんて見れないさ」

 こんなやり取りをしながらもクラウドスカイのデータ表示まで終えてある。

「さて、デビュー戦の相談だったな?」

「はい。わたし、そこまでタイムが良いわけじゃないですし。だから、いつデビューするのが適切なのかトレーナーさんと決めたくて」

 トレーナーの俺も悩んでたからな。本人も悩むのも分かる。特にデビュー戦の時期は悩みどころだろう。

 しかし丁度、俺自身が本人に確認を取ろうと思ってたからな。

 俺は早速、さっき端末で登録したばかりの日程を見せる。

「これは俺の考えだが、君には夏合宿でしっかり自力をつけて貰って末脚が期待できそうなら東京、コーナリングで光が見出だせそうなら阪神で十月デビューにしようと考えてはいる。スカイとしてはどうだ?」

 クラウドスカイは画面を見る。自分のデータとデビュー戦の日程を見ているようだ。 

「わたしも夏合宿後がいいとは思ってたので、十月は特に異論はないですね。末脚勝負かコーナリングでの見極めもトレーナーさんと試しながらやってみたいです」

「つまりこの方針でいいと言う事か?」

「はい。わたしの能力が平均的なので少し不安に思ってたところもありましたから、十分です」

 そういうとスカイは笑顔で俺を見る。

 この子もブラッドスプラッシュに負けじと天然かも知れない。俺がトレーナーでなければ落とされるかも知れないと思ってしまった。

 ジェネラルブレインも良く周りを見てるな。

 だが、気になっていた点を本人から聞けて俺も満足だ。

「そうと決まれば、明日からは一度スピード強化のために重りをつけた負荷トレーニングをはじめて見るか」

「はい! よろしくお願いいたします!」

 クラウドスカイもやることが明確になったからか、やる気を感じる返事を返してくれるのであった。

 ちなみに翌日、不機嫌なジェネラルブレインのために少しスキンシップを増やしたり煽てたりとしたら他のウマ娘達も羨ましそうに見たてきたりと数日は全員の機嫌取りに苦労することになり、あの時クラウドスカイに明日にしてくれと言うべきだったと後悔することになるとは思わなかった。

 




2023/07/03
札幌競馬場となっていたのを札幌レース場に修正。
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