原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
済んだ青空はどこまで続き夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。
北国と言えど真夏であれば関東に匹敵する暑さだ。
道南の札幌は北海道の中でも夏は暑い方に分類され、条件によっては三十五度にもなる。
ここ札幌レース場は、そんな夏の暑さにも劣らない熱気に包まれていた。
今日はブラッドスプラッシュが目指してきたクイーンステークスとエターナルガールのデビュー戦である。
さすがに札幌まで全員は連れてこれない。
今回は二人の応援にキャプティブガール、イーグルファング、あとその二人の引率も含めてジェネラルブレインを連れてきていた。
「ブラスどうだ?」
右隣を一緒に歩くブラッドスプラッシュに声を掛ける。七夕賞以降、夏合宿のトレーニングは本当に気合いが入っていて俺自身、感心を通り越して少し心配するほどにはのめり込んでいた。
だが、その分タイムも縮まり今日のレースは取れると俺は確信している。
「うん。とっても調子がいいよ。信じられないくらい心も落ち着いてるんだ」
ブラッドスプラッシュの言葉には嘘がない。俺から見ても非常に落ち着いているように見えるからだ。
「トレーナーさん、今日は勝つことしかイメージが湧かないくらいだよ」
なんとも頼もしい言葉だ。
これなら初重賞制覇も目前と言っていいだろう。
「心配はいらないみたいで安心したぞ」
彼女の頭を撫でながら言うと、くすぐったそうに笑った。
気負いもなさそうで良いことだ。
次に左隣りを歩くエターナルガールに声を掛ける。
「エターナルガールはどうだ? デビュー戦、緊張はしてないか?」
「緊張してないって言ったら、嘘になりますね。でも、早く走りたい気持ちの方が強いですわ」
こちらも全く気負いはない。
「今日のメンバーだとタイムは恐らく一分五十秒前後だろう。エターナルガールなら余裕で勝てるレベルだ。まあ、今日は圧倒的な一番人気だしな」
「ええ。わたしの目標は三冠ですから、こんなところで苦戦するようでは示しが付きませんもの」
この自信は本当に凄い。
事実、合宿の効果もあり八分の力でも一分四十九秒台前半から四十八秒台後半は出るだろう。
「エターナルちゃんは凄いね! 尊敬しちゃうよ」
話を聞いていたブラッドスプラッシュが興奮気味に言う。この子は後輩だからとかで下には見ないし、彼女自身偉ぶらないんだよな。素直に強い子は強いと認められるだけの器がある。
勝負で負ければ当然、七夕賞の時のように泣くこともあるが基本的には強い子は純粋に強いと受け入れられるのだ。これはこれで強みである。
「そんな。ブラス先輩だって凄いですよ」
「でも、あっという間に抜かれちゃいそうだよ」
タイムという点においてはそうだろう。しかし、エターナルガールは違う意味でも凄いと感じているようだ。
「ブラス先輩にはどんな事に負けないで頑張る姿が凄いと思います。頑張りだけでならわたしなんて足元にも及びませんもの」
「そ、そうかな?」
少し照れるブラッドスプラッシュ。ただ俺もエターナルガールと同意見でもある。
「自信持って下さい。勝ち負け以上のものをお持ちですから」
「うん、ありがとう」
普通であればだ。エターナルガールのような才能のあるものからの言葉は嫌味に聞こえるものである。しかし、エターナルガールの言葉は確かに尊敬が込められているのも分かった。
エターナルガール自身も才能にあぐらをかくようなタイプではない。だからこそ純粋に努力をすることへの敬意が出てくるのだろう。
「エターナルさんの成長は正直、先輩としては脅威だわ」
俺たちの後ろで話を聞いていたのかジェネラルブレインがため息交じりで会話に入ってくる。
宝塚記念をレコードで勝っている彼女さえ、エターナルガールの力というのは脅威に感じるようだ。
このままエターナルガールが成長した場合、恐らく再来年の宝塚記念に臨むことになるがコンディション次第では初の二分九秒台をたたき出すかも知れない。
二年後の話だからジェネラルブレインがギリギリ現役でいられるかというのもあるが、勝つに難しいかも知れないと感じているのだろう。
「脅威に思って頂けるのでしたらわたしとしては光栄です」
エターナルガールは純粋にいう。
現時点ではジェネラルブレインの方が力は上と見ていい。宝塚記念をレコードで勝つほどで、うちのエースだし光栄には思うだろう。
「あたしも負けていられないです」
「ねえー、わたしも頑張らないと」
イーグルファングとキャプティブガールがお互いを見合っていう。
この二人は文字通り世代最強になるウマ娘が同期な上にチームメンバーでもあるのだ。これ以上ない刺激だろう。
「ま、全員、自分のベストを尽くしてくれな? 月並みだが君たちは誰かに成り代わる事が出来ないオンリーワンなんだからな。勝負は時の運だが、自分は自分であってくれ」
俺の言葉に全員が頷く。
誰かになろうと思ったところでなれるわけではない。自分は所詮、自分でしかない。ならば昨日の自分より今日の自分に。今日の自分より明日の自分へと成長してもらいたい。
「さて、俺は二人を控室へと一度連れて行く。ジェネス、二人を案内してジュニア級の未勝利戦、クラシック級以上の未勝利戦の両方を見せつつ解説してやってくれないか?」
「ええ、分かったわ。ジュニア級とクラシック級以上での力の違いを解説できればいいかしら?」
皆まで言わずともさすがに分かるか。というか分かってもらえてなかったら、さすがにへこむ。俺が手塩にかけて鍛えた娘だ。俺の意図をわかるくらいには時間をかけているのだから。
「ああ。イーグルは来月。キャティーも九月にデビュー戦を組んである。二人ともよく見てイメージトレーニング出来るようにしておけ」
「はい!」
二人とも元気のいい返事が返ってきた。
俺の見立てではイーグルもキャティーもデビュー戦で勝ち負けに十分絡むことが出来ると踏んでいる。
だが、実際のレースを体験しているわけではない。少しでもイメージトレーニングになればと俺は思っていた。
三人と別れた後、俺とブラッドスプラッシュ、エターナルガールは控室へと足を運んだ。
さすがに少し緊張してきたのか、二人とも口数が少なくなっていた。
「程よく緊張感が出てきたようだな」
俺が敢えて口にして言うと、二人とも無言ながら力強く頷く。
緊張感から気持ちも高ぶって来てはいるようで何よりである。
ブラッドスプラッシュは前走のリベンジに燃えているし、エターナルガールは初戦という事から若干気負いをしているようにも見える。
「エターナルガールは、今日はラップ走法で勝ってみるか?」
「レースをラップ走法で、ですか?」
少し意外そうに俺を見る。
レースは展開もある。その時、その時の状況に応じて走るものだ。だからラップ走法で走るとなれば目標タイムで走れても順位が思った順位になるとは限らない。
だからラップ走法で勝つという事はそれだけの力の差がある事にもなるのだ。
「言ったろ? 今日のメンバーなら一分五十秒前後だと。だから今日は一分四十九秒フラットになるようにラップ走法で走ってみるんだ。俺の予想が正しければどんなに早いレースになっても四十九秒の後半だ」
「つまり力の差を見せつけろと、仰りたいわけですね?」
「そう言うこった」
俺がそうだと言い切ると、エターナルガールの顔には野望の笑みを浮かべている。
これはやる気に火が付いたな。
「では、目標タイムをもうコンマ五秒縮めてもいいですか?」
なんと更に目標タイムを早めるか。一分四十八秒五となれば大差勝ちか。
圧倒的な勝利で勝とうと言う訳か。
「それでもいいだろうな。で、何分くらいの力でそのタイムになる?」
「八割というところでしょう」
ニヤリと口角を上げると挑戦的に俺を見てくる。
全く、この娘と来たら。
「合格だ。今の君なら八割の力でそのタイムが出せるだろうさ」
全力ならデビュー戦でいきなりコースレコードを更新してしまうだろう。
しかし、こんなところから全力を出す必要はこの子にはない。
「まいったなー わたしの全力がエターナルちゃんの八割だなんて」
ブラッドスプラッシュが苦笑いをしながら言う。
こればかりは仕方ない。
才能の一言で片づけたくはないが、やはりエターナルガールには才能がある。
「ブラス、気負いはしなくていいぞ。それにブラスもまだまだ伸びしろがあるからな。君は来年以降を見据えて今は力を蓄える時期でもある」
「うん。それは分かってるんだけどね?」
言いたいことは分からなくもない。だが、この子も決して弱くはない。
通常のオープンクラスなら負けてないし、グレードレースだってGⅡまでなら掲示板に乗るのだから。
「さて、ブラスは、分かるな?」
「練習の成果トレーナーさんに見せてあげるよ! 第三コーナ中盤からのロングスパートで先頭をしっかり駆け抜けるから」
闘志溢れる決意の顔だ。
ブラッドスプラッシュの場合は明らかに気負いはある。だが、今日はそれでいい。
一切の油断を廃する姿勢が今のブラッドスプラッシュには必要だ。
前走だって決して油断していたわけではない。だが、俺にもブラッドスプラッシュにも、どこかに慢心があったのは確かだ。俺すら絶対に勝てると信じて疑わなかったくらいだったのだから。
「まずは今日のクイーンステークスを、そして札幌記念と重賞二連勝だ。敵は他のウマ娘にあらず」
「最大の敵は自分自身だね。弱さに負けない。だからもう油断しないで全力の全力を出し切ってくるよ」
「その気迫だ」
ブラッドスプラッシュの目を見て俺も頷く。
二人を改めてみる。
今の会話で気合が更に乗った。
絶対に勝つ。それは勝てるではない。勝つという決意そのものであった。
「ブラス先輩」
「エターナルちゃん」
エターナルガールがブラッドスプラッシュに声をかけて二人で顔を見合わせると絶対に勝つよと互いに決意を確かめ合った。
これは二人にとってもいい刺激になった。
もう敵は本当に己自身。それ以外に敵は俺たちには居なかった。
そして、二人の戦いが幕を開ける。
三人と一旦合流すると、全員でエターナルガールをレース場に送り出す。
イーグルファングとキャプティブガールがエターナルガールに声援を送り、エターナルガールもその言葉に応えるような闘志を見せた背でレース場へと向かっていった。
あとは俺たちに出来る事は関係者席からの応援のみ。
全員で観客の最前列に並び、ターフ上でレースの開始前のウォーミングアップをする第六レースの出走に備えるウマ娘たちを見ていた。
「エターナルちゃん、勝ちますよね!」
イーグルファングが力を込めた声で言うと俺を見る。
「ああ。心配する事はない。とはいえ、実は俺が一番、緊張しているんだがな」
「トレーナーさんが?」
意外そうに声を上げたのがジェネラルブレインだ。
「いかに、リークにジェネスといったエースを抱えているとはいえな。エターナルはこれから伝説を作ると確信しているウマ娘だ。そんなウマ娘を送り出すのに緊張しないわけがないさ。もっとも勝利そのものは確信しているけどな」
そう、勝利はゆるぎない。
今日はどういう勝利を見せるかだ。いかに強い勝ち方をするのかだ。
だからこそ八割の力で、しかもラップ走法で勝つというのがパフォーマンスになる。
エターナルガールは俺以外の全てのトレーナーの夢となるウマ娘だったんだ。
俺にはその全トレーナーの夢と期待をある意味託されていると言っても過言じゃない。もしかしたら自惚れかも知れないが。
「エターナルには悪いが。本当に彼女の事は全く頭になかった。三冠どころか、トレーナー契約なんて鼻から眼中になかった。なにせ名前すら記憶していなかったくらいだ。だが彼女は俺を逆指名した」
エターナルガールの確信にも近い俺への期待があった。俺が断る理由がないくらいに。
彼女の力を百二十パーセント出せるくらいにはトレーニングを積ませている自負はある。最大限の配慮と今掛けられる最大限の負荷も。
あらゆる期待を背負っているのはエターナルガールでもあり、彼女のトレーナーである俺も同じである。
緊張するなという方が無理だった。
「逆指名されたからには俺の全身全霊をかけて彼女を全トレーナーの夢をかなえる義務が俺にはあるからな」
「トレーナーさん……。気負い過ぎは良くないわ」
「これくらいのプレッシャーは自分に掛けておかないとならないさ。いつだって手は抜けないが、今年から数年間は一段と手が抜けない状況になった」
おかげで他のウマ娘に対してもの指導も力が入るんだがな。
今年のデビュー組は初戦で全員勝利を挙げるくらいの力は入っている。
「あ、トレーナーさん。始まるみたいだよ」
キャプティブガールがそういうとスターターがスタート台に上がり、ファンファーレがレース場を奏でる。
ファンファーレの演奏が終わると、スタートは切って落とされた。