原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
本バ場へ続く地下道で俺達はブラッドスプラッシュを見送りに来た。
「どうだ?」
短い言葉の意味はブラッドスプラッシュが一番分かっている。
「もちろん、絶好調だよ! 今のわたしなら負けるなんて考えられない!」
そう。調子はどうか。気分はどうだ。そういう意味をすべて含めての問いにブラッドスプラッシュは力強く返してくれた。
「先輩! わたしもしっかり応援するから頑張ってね!」
キャプティブガールが俺の前に出るとブラッドスプラッシュの手を強く握りしめてエールを送る。
これには少し驚くブラッドスプラッシュだったがすぐに笑顔で応えた。
「キャティ、ありがとうね! わたしもこれで百人力だよ!」
もう百二十人力になりそうな感じも受けるが。
「トレーナーさん、みんな、行ってくるね!」
力の入った言葉で俺たちに声を送ると、ターフへと続く道へ歩いて行った。
しかし力みすぎているようにも感じる部分があるだから最後に声をかけた。
「最高に楽しいレースをして来いよ! ブラス!」
ブラッドスプラッシュは俺の言葉に手を上げて応えるのであった。
ファンファーレが終わり各ウマ娘たちがゲートへと入っていく。ブラッドスプラッシュは三枠六番。先行するにも差しで待機するにも良い枠順だった。
練習の成果を出す時が来た。
≪夏の女王の座を決めるクイーンステークス、今スタートです! ハナを切るのはサイコブレード! 前年のクイーンステークス覇者が十六人のウマ娘引き連れて第一コーナーへ向かいます!≫
スタートは良い感じだ。ブラッドスプラッシュの集中力も高く絶好のスタートを切っていた。
先頭から七番手中団やや前の方でレースを進めるようだ。ペースも悪くない。
「ブラスさん、練習通りいいペースね」
ジェネラルブレインがブラッドスプラッシュの走りを 見ながらいう。
「ああ。前回の悔しさから猛特訓したからな」
先頭から最後方までは十二、三バ身。第二コーナを曲がり終えて最初の三ハロンは先頭が三十五八秒。ブラッドスプラッシュか三十六秒五と約五バ身差だ。
≪サイコブレードが良いペースで走ってる! 先行集団が三バ身差で追走! 中団の一団もそこから二バ身差、後方集団はバラけているが、どのウマ娘もまだまだ射程圏内だ!≫
青鹿毛の髪を揺らして走るサイコブレード。前年度覇者が絶妙なペースで走っている。
さすがシニア級だ。油断なくかつ力み過ぎない走りをしている。
しかしブラッドスプラッシュも負けていない。
囲まれないよう周囲を気にしつつもしっかり前を見据えスパートに備えていた。
≪さあ千メートルのタイムはどうだ! 五十九秒台! ややハイペースだがこのあと、どういう展開になるか!≫
今日、同じ千八百メートルを走ったエターナルガールより一秒五早い。さすが重賞級だな。
今のペースならブラッドスプラッシュとしても十分勝てる範囲内のタイムだ。
砂浜での苛烈なトレーニングの成果が出ていれば自己ベスト更新も出来るレベルだが、さすがにペースはそこまで早くなかった。
≪おっと! 第三コーナーに入っていくブラッドスプラッシュがスパートを仕掛けた! ここからのロングスパートで脚は持つのか!≫
作戦通りスパートを仕掛けた。
残り六百メートル通過のタイムが一分十二秒二。残り三ハロンを三十五秒台だと理想だ。
「ブラス先輩、一気に先頭集団に追いついた! このまま行けば!」
キャプティブガールが握り拳を握ってレースを見守る。ホントにブラッドスプラッシュを慕ってて俺としても嬉しいものだ。
≪第四コーナー中盤でブラッドスプラッシュがサイコブレードに並んだ! 後方も上がってくるが、これは二人のマッチレースになりそうだ!≫
第四コーナー中盤、残り四百メートルの標識を通過で一分二十三秒三。悪くない。この末脚なら少なくとも二着は確保できる。
しかし、二着ではダメなんだ。
≪二人並んで直線に入っていた! 逃げていたサイコブレードもまだまだ脚が衰えない! だがブラッドスプラッシュはまだ余力を残しているようだ! これは一体どちらが勝つのか!≫
札幌の直線は短い。
ブラッドスプラッシュもサイコブレードも気合の入った声が直線に響き渡る。
≪サイコブレードもブラッドスプラッシュも譲らない! 残り百メートルを切って互角だ! しかし、ブラッドスプラッシュがわずかに前に出る! これは決まったか!≫
ゴール直前にほんの僅か前に出たブラッドスプラッシュ。これは行ける!
「ブラスさん! もう一息よ!」
「ブラス先輩! 行けぇぇぇ!」
ジェネラルブレイン、キャプティブガールが声を上げる。あとに続くように皆も声を上げた。
そしてー
≪ブラッドスプラッシュがクビ差で今ゴールイン! 二着はサイコブレード! ブラッドスプラッシュが重賞初制覇だ!≫
見事にブラッドスプラッシュが先頭でゴールを駆け抜けた。悔しさをバネに、みんなの声援を力に、ついにブラッドスプラッシュは自分の限界を超えたのだ。
勝ちタイム一分四十七秒三。直線短い札幌ではかなりいいタイムだな。
ゴールしたブラッドスプラッシュが俺たちのところへ駆け寄って来た。
「トレーナーさん、キャプティブガールちゃん、みんな! わたし勝ったよ! 勝ったんだよぉ!」
嬉しさが相まってか最後は涙声だ。
「良くやったな、ブラス。念願の初重賞だ!」
「うん! うん! やったよ、わたし! ちゃんと勝ったよ!」
嬉し涙を流しながら喜ぶブラッドスプラッシュ。
本当に良かった。勝てるとは思っていた。しかし、こうして喜びに溢れる姿を見れると厳しい指導も決して無駄では無かったと思う。
「ブラス先輩、良かったよぉ。勝てて良かったよぉ」
キャプティブガールもまるで自分のことのように泣いている。
今日はエターナルガールの初戦勝利、ブラッドスプラッシュの初重賞制覇と完勝で終えることが出来たのであった。
夜の比較的早い便で合宿所に戻ってからも勝利の余韻は無くならなかった。エターナルガール、ブラッドスプラッシュの二人の祝福ムードで食堂の一画では特大人参ハンバーグで祝いをしていた。
まあ二人のお祝いに俺のポケットマネーで食材を調達。厨房の人たちにも気持ちを懐に入れてもらい手伝ってもらった。完全プライベートの事に巻き込んだのだから当然ではある。
だが、その甲斐あって皆が楽しそうにジュースで祝杯を上げていた。まあ酒なんて飲ませたら完全に捕まるがな。
エターナルガールはイーグルファングやエンジェルアサシン達に囲まれ、ブラッドスプラッシュはカントリークライシス、ジェネラルブレイン、キャプティブガールと言った面々に囲まれながら楽しそうな声が聞こえて来る。
俺はと言うと少しだけ離れた席でビールを飲みながらツマミにジャーキーとチーズを食べていた。彼女たちの輪に入ってもいいが、やはりウマ娘同士で気楽に盛り上がる方がいい。
七夕賞から約二週間。
ブラッドスプラッシュは本当に頑張った。
二週間の特訓でしっかりと捲りを身に付けて、クイーンステークスをものにしたのだ。この努力には頭が下がるばかりである。
そしてエターナルガールだ。
ある意味で予想以上、ある意味で予想の範疇の成果だった。予想の範疇だったのは危なげ無く勝ったこと。予想以上だったのは時間管理が思っていた以上に出来ていたことだろう。
レースでの予想外はガールオブラストの存在だ。今後彼女の公開データは要チェックになる。
「トレーナーさん」
考え事をしているとブラッドスプラッシュが輪を抜けて俺の前の席に座った。
「どうした、みんなと楽しんでなくていいのか?」
「すぐに戻るけど、トレーナーさんの顔が見たくなっちゃって」
照れくさそうに笑うブラッドスプラッシュ。この可愛い奴め。天然なだけに小悪魔的なものを感じる。
しかもジャージの前が少し大きめに開いていて下はキャミソールだけ。そのせいで彼女の大きい胸の谷間が遠慮もなく覗かせていた。
「顔見に来るのはいいが、俺も男なんだ。もう少し身だしなみには気をつけろ。まあ、俺も目の保養になっていいがな」
そうは言って見せるが正直、保養どころか実際には目の毒だ。天然の色気は一歩間違えれば男をその気にさせてもおかしくない。
トレーナー、特に男性トレーナーには自己管理の一環としてセルフコントロールも必要である。ウマ娘はみんな性別が女性になるのだ。自制心がないと、とてもウマ娘のトレーナーにはなれない。
「えへへ。だって今日はわざとだもん。クイーンステークスを勝たせてくれたトレーナーさんにちょっとだけご褒美だよ」
こいつ、良くもそんな笑顔で。
男を舐めてる……わけではないんだろうな。手を出してこないという信用もされてるということだろうが、カントリークライシスかジェネラルブレインが知ったら修羅場確定事項だ。
「初重賞制覇はこんな事をするくらいには嬉しいってことか?」
「もちろんだよ。二着、三着でいつも惜しかったんだよ。やっぱり勝ちたかったもん」
普通のオープンレースなら元々勝ち負けに絡むレースが出来るが重賞になるとイマイチ勝ちきれなかったからな。
「それにしてもだ。そんな格好で俺を誘惑なんてしたリークやジェネスにどつかれるぞ?」
誘惑してるつもりはないんだろうけどな。
あの二人も気が気じゃないのではないかと、ふと皆のいる方を見るとカントリークライシスがこちらを見ており意味ありげな笑顔を俺に向けてくる。
「そのリークとジェネスにトレーナーさんにお礼したいなって相談したら大人なお礼の仕方があるって」
あの二人は何、要らぬ入れ知恵してるんだ。……まあ嬉しくないわけではないが。
これは絶対、俺の反応を面白がって提案したな、あの二人。
「そんなこと言ったら俺は遠慮しないぞ? それに酒も入ってるし自制心は保てるか分かったもんじゃない」
「そんなこと言いながら遠慮しがちにしか、胸を見てないくせに。今日はじっくり見ていいんだよ?」
そんな事を言いながらも顔を赤らめてなお隠そうとしないブラッドスプラッシュ。自分だって恥ずかしいくせにお礼というオブラートに包むと、こんなにも大胆になるのか。これには俺の方がお手上げだった。
ブラッドスプラッシュの元々、小柄な体型にアンバランスな大きい胸は目に毒なのだ。理性を保てという方が無茶である。
「……。すまん、嬉しいには嬉しいんだが俺の方が我慢できなくなるからファスナー上げてくれ」
せめて学校を卒業してからにして欲しい。こういう事は。手を出せないというのは生殺しもいいところだ。
「トレーナーさんって、やっぱり紳士なんだね? わたし余計に好きになっちゃうよ」
ファスナーを赤らめた顔で上げつつ俺の理性に本日最大級のボディブローを入れながらブラッドスプラッシュは皆の輪へと戻っていった。全く誰も選ぶつもり無いのにこんな事されると返って辛くなるじゃないか。
カントリークライシスもジェネラルブレインも、積極的だ。これでブラッドスプラッシュまでこれ以上積極的になられたらトレーナーとしてやっていけるか不安になるぞ、全く。
盛り上がるブラッドスプラッシュ達に一言、先に戻ることと就寝時間までに片付けは頼むとだけ言うと頭を冷やす意味も含めて合宿所の外へと出た。
見上げれば満天の星空。
海からの風が夜になり涼しい。頭を冷やすにはちょうど良かった。
「あいつら酒も入ってないのに何てノリだ」
とりあえずブラッドスプラッシュの光景は心のアルバムには仕舞うとして、理性は落ち着かせたい。
「切り替えるのが一番理性も落ち着くか」
誰に言うわけでもなくつぶやく。
切り替えるのは次のレースに向けてだ。
次は八月の札幌記念と同日のイーグルファングのデビュー戦だ。
ブラッドスプラッシュは今年、三回目の札幌だ。今日、クイーンステークスを勝って調子もこのまま維持できるだろう。もう心配する要素はない。秋華賞も全く届かない目標ではなくなってきている。
イーグルファングは中距離以上にしてからは調子がいい。たぶんエターナルガール程じゃないにしても、しっかり勝てるだけの力は身に付けてきている。エターナルガールが特殊過ぎた部分はあったが。イーグルファングの場合はスタミナがあるから先行しての粘りこそが武器になる。末脚こそはそこまではないがスピードに乗ってしまえばへばってタレることはない。デビュー戦もしっかり取れるだろう。
「やはり育成の事を考えるのが一番頭が冷える」
独り言を呟きながら冷えてきた頭で、部屋へ戻ることにする。
また明日からトレーニングメニューの準備もしないとならない。
一度上を見上げ都会では見れない星空を堪能すると合宿所の中へと入るのであった。
なんか色々すみません。
反省しつつもつい余計な描写を書いてしまいました汗