原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
ブラッドスプラッシュ、エターナルガールのレースが終わった数日後。
イーグルファングの様子に少し違和感を感じるようになる。
どうも力が上手く出し切れてない。フォームもわずかに崩れていて無駄な体力を消耗しているように見えた。
少し様子を見ようと思っていた矢先にキャプティブガール、サンドネイチャと立て続けに調子を崩す新人の面々に俺はある一つの考えが過ぎった。
すなわちプレッシャーだ。たぶん普通のプレッシャーではない。恐らくエターナルガールの勝ち方が強過ぎた事に起因しているのではないかと感じた。
同期でしかも元々クラシック候補と言われるエターナルガールが大差でのデビューを果たしたのは同じチームとしては嬉しいと同時にどうしても比較してしまったはずだ。
他人と比較しても、特に能力差があると諦めも付くが同じチームだけに最初の一人目の勝ち方が基準に見えてしまう。
当然、そんな勝ち方を俺は望まないが自分たちも強い勝ち方をしないと、と無意識下に考えてしまっていると思うのだ。
合宿所の自室でノートパソコンを開き新人たちのデータを確認する。
グラフでタイムを出してみると、ほぼ同時期から三人のタイムが悪くなっているのが分かった。
「三人ともわずかに悪くなっているんだよな……」
今まで上り調子だったのがタイムが伸び悩み、全体的にやや悪いタイムが多い。
スタートダッシュも末脚も練習でのタイムが悪い。
そう言えば、エターナルガールで一緒に走ったウマ娘たちも調子を崩していると聞く。
思えばこの数日、一部のウマ娘たちからの突き刺さるような視線も感じていた。気のせいかと思っていたがこの子たちのタイムが悪くなっている事も考えると強ち間違いではないのかも知れない。
「参ったな。エターナルガールの勝ち方でこんな影響が出ているなんて……」
あのレースで冷静に対処したガールオブブラストはむしろ好調と聞くし、やはりメンタル面で引っ張られる子たちから恨まれているのかも知れない。
三人は俺が指導しているから俺やエターナルガールに対してどうこうはないだろうが、プレッシャーになってしまっているのは確かだ。
これはケアが必要かも知れないな。
翌日。合宿所前に集合したメンバーにデビューが近い三人以外の自主練としてトレーニングメニューを伝えた。
イーグルファング、サンドネイチャ、キャプティブガールの三人は残るようにいい解散した。
残った三人からは気負いを感じる。残されたことも怒られるか説教を受けるかも知れないかのような表情だった。
「さて、三人は今日リラックスしてもらいたい。が、単に三人各自で休ませると落ち込むだけだろう。だからこれから出掛けるから私服に着替えてきて欲しい」
私服に着替えてこいという言葉に三人が拍子抜けした表情で俺を見る。
「どうした?」
「あ、あの」
イーグルファングが三人を代表したように口を開く。
「わ、わたし達が三人が残されたのって最近のタイムが悪いからですよね?」
残された理由はさすがに分かっているようだ。イーグルファングの言葉に残りの二人も頷いている。
「もちろん、そうだが?」
「どうしてかとか聞かないんですか?」
まあ普通なら調子が悪いがどうしたんだと詰められると思う。
だがそんな事しても無駄だ。プレッシャーに感じている人間を詰めても逆効果だ。
「だいたい見当はついてるさ。それも含めてまずは喫茶店で甘いものでも食ってリラックスだ。イーグルファングもこの間、行った喫茶店だ。シュークリームが美味いんだよ。今日は俺の奢りでもある遠慮なくな」
シュークリームと聞いて三人とも顔を輝かせるのが分かる。
イーグルファングは一度食べているからか、余計に嬉しそうだ。
「ま、今日は気なんて張らずにいろって言っても無駄かも知れないが、気楽な思いで着替えてこい。俺は食堂で待ってる」
改めて言うと三人は、はいと元気よく返事をすると合宿所の方へと戻っていくのだった。
俺の方も一度、自室に戻ることにする。
自室で白いシャツに黒いスラックスに着替えると専用端末の入ったバッグと携帯端末、財布を持って食堂で三人を待つことにする。
食堂へ行くと、何人かのウマ娘が談笑しているようだった。
だが俺が入ってくると空気感が変わる。突き刺さるような視線が容赦なく俺に浴びせられるのだ。
よく見るとエターナルガールと同じレースを走ったウマ娘が一人いる。残りは同じチームメートだろう。知っているトレーナーの下でデビューに向けてトレーニングしていたのを見たことがある。
なるほど。三人の件で意識するようになったからより分かる。これは完全に逆恨みだ。
厳しいことを言うなら自分が冷静さを欠いたのが悪い。だがそれを強者のせいにしているわけなのだから。
「おう、珍しいな。あんたは今日オフなのか?」
後ろから声をかけられ振り返ると、ちょうど件のウマ娘のトレーナーからだった。
「俺がというより、デビュー控えた三人の調子が落ちててな」
一旦切ると少し向こうの子たちに聞こえないように少し音量を落として続ける。
「どうやらエターナルガールのデビューが鮮烈すぎたのか、かなりのプレッシャーを追ってるみたいでな」
「あー、なるほどな。だからあの子たちもお前を睨んでるわけか。悪いな」
さすが同業者だ。瞬時に理解して俺に詫びを入れてくる。
「いや、俺もまさかこんな影響を与えるとは思わなかった。こちらこそ、すまん」
「おいおい良してくれ。厳しいことを言えばあれで情緒不安定になるなら、この先やって行けないからな。俺もちょうど、あの子たちのケアをしようと思っていたんだ」
考えることも同じだな。
件のウマ娘のトレーナーは、お互い苦労するなと言って彼女らの方へと足を運ぶ。
俺もドリンクコーナーでアイスコーヒーを淹れると適当な席に座った。
さっきのトレーナーは良識あるから良かったが、中には俺に因縁をつけてくるトレーナーがいてもおかしくない。
「勝てば嫉妬、負ければ嘲笑か。全く嫌な世界だ」
しかも今回は俺のトレーナーとしての能力よりエターナルガール本人の能力だ。
俺でなくてもあれだけの勝ち方は出来ただろうさ。
そんな事を考えながらコーヒーを飲む。
暑い日はやはりアイスコーヒーだな
コーヒーを置くと、携帯端末を取り出す。メイクデビューと未勝利戦を勝ったウマ娘のデータを確認するためだ。
エターナルガールは確かに強い勝ち方をしたが、他のメイクデビューや未勝利戦を勝ったウマ娘も決して弱い子たちではない。今はまだ脅威にならないが十分勝ち上がって来て、皐月賞、日本ダービーではライバルになるだろうウマ娘たちが確実にいるのが分かる。
エターナルガールの能力を過信しトレーナーの俺が何もしなくても勝てる程、甘い戦いにはならないのは明白だ。それはあの三人にも言えることである。
「トレーナーさん」
声をかけられ顔を上げるとイーグルファング達、三人が私服に着替えてきていた。
イーグルファングは青を基調に白い蝶のデザインが入ったブラウス。下はスカイブルーのひざ丈までのスカートだ。彼女の青鹿毛のセミロングを活かしたさわやかなコーディネートである。
サンドネイチャは赤いシャツにカーキ色の短パンだ。こちらも鹿毛のセミロングとも合い、また彼女の活発な性格を表すような健康的な格好だ。
キャプティブガールは白いTシャツの上に薄手の茶のカーディガン、白いロングスカートだ。黒鹿毛のロングヘアと相まって清楚な雰囲気を出している。
「三人ともなかなか似合っているじゃないか。どこのレディーが声をかけて来たのかと思ったぞ」
「もう、トレーナーさんは。そんなセリフこっちが恥ずかしいじゃないですか」
というのはサンドネイチャ。カントリークライシスと良く行動を一緒にするからか俺の軽口には慣れている。が、やはりこうして直接言われるとくすぐったいらしい。
「ホント、トレーナーさんが女ったらしって言わるの良くわかるよ」
キャプティブガールも顔を少し赤くしながらも軽口を叩いてくる。
「でも、そうやって褒めて貰えると女の子としては、やっぱり嬉しいです」
イーグルファングは満更でもなく嬉しそうだ。まあ褒められて嫌な思いをする事はないだろう。
嫌味にならないよう言葉は選んでるつもりでもあるしな。
「さて、それじゃお嬢様方をエスコートさせて頂きましょう」
俺は立ち上がると少しオーバーに左手を大きく動かすと胸に当てて執事のような礼をして見せる。今日の格好は素敵なレディの三人をエスコートするつもりもあったのだ。
三人は貴族みたいな礼に初めて見たと、少しはしゃいでいた。
俺たちは海の見える喫茶店に来ていた。
海が良く見える四人席に案内されると、全員の注文を聞く。
シュークリームは全員二個ずつにし、飲み物はイーグルファングがメロンソーダ、サンドネイチャがアイスレモンティー、キャプティブガールと俺はアイスコーヒーだった。
俺が店員を呼び注文を済ませるとキャプティブガールが話し出す。
「あのトレーナーさん。食堂にいる時に気になったんだけど、少し離れたところにいたウマ娘ってエターナルさんと同じレースを走った子だったよね?」
気が付いていたのか。同期だし顔を合わせることもあるのだろう。
「ああ。そうだな」
「トレーナーさんの事、睨んでたよね?」
キャプティブガールが気が付くほど露骨に視線を俺に向けていたのか。
あのトレーナーがお互い苦労するなと言ったが、たぶん彼にもばっちりが行っているんだろう。なんか悪いことをしたな。
「あの子だけじゃないんだけどな」
「それって逆恨みじゃないんですか?」
サンドネイチャが疑問を口にする。正論ではある。
「正論だな。逆恨みだ。だが、逆恨みしたくなる程にはエターナルは強かったし、彼女らのデビュー戦を乱してしまったのも確かだ」
「でも、それって……」
イーグルファングが言いよどむ。
恐らく自分の問題じゃないのかと言いたいのだろうな。
しかし、この三人もまたエターナルガールの影響を受けてしまっている。
「お前らもここ最近の不調はエターナルが強い勝ち方をしたことによるプレッシャーじゃないのか?」
俺の問いに三人とも体をびくっと震わせた。
やはりそうだった。三人とも分かっていたんだ。エターナルガールの強さと比べて不安に思ったに違いない。
「エターナルガールは確かに強い。だがそれと自分を比較するな。どうせなら目標にするくらいがいい」
「トレーナーさんは、やっぱり何でもお見通しなんですね」
イーグルファングが力ない笑顔で言う。
他の二人も肩を落としているのが分かった。
「成長のピークはどのウマ娘にもある。そのピークが早く来るか遅く来るかの違いだ。エターナルガールは明らかに早い時期から活躍できるウマ娘だが、三人がエターナルガールと比べて劣っているとは思ってない。今のタイムは今のタイムだ。前にも言ったことがあるが、適した時期に適した距離を走るならば君たち三人もグレードレースを制するだけの力が潜在的にある。鍛え方次第ではGIだって取れるだろうさ」
そう。今だけを見るなら差は歴然だ。しかしピークを迎えれば勝負は分からない。
どんなに強いウマ娘でも無敗のまま引退は難しい。
「それは分かっているだよ。でも、やっぱり不安で」
キャプティブガールが素直に不安と口にした。正直でいい。
「それは当然だ。エターナルガールだって勝つとは分かっていても、実際に勝利するまでは本人も緊張してたくらいだしな」
「エターナルちゃんもですか?」
サンドネイチャが不思議そうに言う。
「そりゃそうだ。どんなに強いウマ娘だって、どんなに自信満々だって最後に勝つまでは不安を抱えるし緊張だってする。シンボリルドルフ理事の戦績は十六戦十三勝だ。三回負けている。今はアメリカにいる異次元の逃亡者の二つ名を持つサイレンスズカ指導官だってジュニア級、クラシック級は負けているんだ。最初から強くても、途中から開花しても不安は付きものだったはずだ」
自分たちよりはるか強く活躍した二人の名を出すと、三人も確かにそうかもと頷く。
「君たちの次の目標は何だ?」
デビュー戦に勝つこと。三人は口を揃えていう。
「そうだ。デビュー戦に勝つことだ。そこをエターナルと同じように大差で勝つ必要はあるか? 他のウマ娘たちはどうだ? 未勝利戦を勝ったウマ娘たち、メイクデビューを勝ったウマ娘たちは大差で勝っていたか?」
「いえ、そんな事はありませんでした」
サンドネイチャが答えると後の二人も頷いて答える。
「だろ? エターナルのことは最初からプレッシャーに感じることはないんだ。だいたいデビュー戦は誰でも不安だしな」
「それでも強く勝ちたいって思ったらどうしたらいいの?」
キャプティブガールが真剣な眼差しで見つめてくる。なるほど、やはり強くはありたいか。
「自分の納得の行く走り方をするのが一番だな。それが自分として一番強い勝ち方になるはずだぞ。それにな、強い勝ち方と言っても大差でなくてもいい。特にキャティはブラスの走りをしっかり見てたから分かるはずだ。この前のブラス、クビ差での決着だったが強く見えただろう?」
「あ、はい!」
キャプティブガールが納得したように返事をする。
イーグルファングもサンドネイチャもさっきよりは気負いがなくなっていた。
ちょうどいいタイミングでシュークリームと飲み物がテーブルに置かれていく。
イーグルファングは二回目。サンドネイチャとキャプティブガールは初めてだが目を輝かせていた。
「さて、シュークリームも来たことだし食うか」
返事が帰ってきたと思ったら早速三人はシュークリームを食べ始めるのであった。
シュークリームを食べ終わった三人には幸福感が漂っていた。もうエターナルガールの事なんて完全に何処かに行ったようだ。
「まだプレッシャーを感じてるか?」
俺の問に三人はお互い顔を見合わせると首を横に振った。
「走ってみない分からないですが、たぶんもう大丈夫です。みんな同じなんだなと思ったらなんか気が楽になりました」
イーグルファングがそういう。
二人も同じ意見と言うように頷いて見せた。
「デビュー前だから余計にプレッシャーを感じただろうが、美味いシュークリーム食べて解決だな」
シュークリームが解決してくれたわけじゃないが。
「ちょっと、それじゃわたし達の食い意地が張ってるみたいじゃないですか〜」
サンドネイチャの抗議に笑いが起きる。
いい感じでリラックス出来てるな。
この分なら明日からは大丈夫だろうなと感じたのであった。