原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
蹄鉄がコースを蹴る音。気迫のある気合いの入った声がトレーニングコースに轟く。
今年最初の選抜レースが五月の末日に行われた。
年度初めの選抜レースは芝、ダート、距離ともに豊富である。
自分の適性にあったレースを走り、多くのトレーナーたちにアピールをするウマ娘たち。
彼女達の姿は、本当に汗すら陽の光を浴びて綺麗に輝いていた。
「よう。どうだ? お前の目に適う子はいるか?」
俺がレースを見ていると隣に同僚のトレーナーである浅間隆が来た。
中堅トレーナーであり担当するウマ娘のほとんどが、グレードレースで勝ち負けに絡むところまで力を引き上げることで定評がある。
「わかってて聞いてるだろう? お前も」
ため息を吐きながら俺は返す。
「まあな。だけどよ、なんで有力なウマ娘候補をいつも外すんだ? お前の指導力ならクラシック戦線、シニア六冠だって狙える子のトレーナーになれるだけの力あるのによぉ」
こいつは俺の力を高く買ってくれる。俺自身もそれだけの力があることを自負しているが、ある日から俺は選ぶウマ娘の基準が変わってしまった。
「力あるウマ娘には相応のトレーナーが付けばいいだけのことじゃないか。ウマ娘自体にも才能がある。少し腕が立つトレーナーなら勝手に育つんだ。なにも俺が担当する必要なんてないんだ。俺は小さな原石を限界まで磨く方が好きなんだ。例えオープンクラスで終わってもな」
そう。力あるウマ娘は、ある程度トレーナーに力があれば彼女らの力は十分伸びるんだ。
ウマ娘は数え切れないほど居る。
それに対して担当できるトレーナーの人数には限りがあるんだ。
何人ものウマ娘を担当することも出来るが、大きいチームでもないとそんなに多くのウマ娘の面倒など見れない。
そうなれば必然と将来性のある子に注目が集まる。そして将来性を見出だせなかったウマ娘は去るしかなくなってしまう。
昔、俺に指導を求めてきたウマ娘がいた。当時の俺は他のトレーナーと価値観が同じだった。だから俺は断ったのだ。彼女を指導してもオープンクラスでの勝ち負けがせいぜいだろうと勝手に高を括って。
しばらくして偶然、彼女が学園を去る姿を見た。その顔に以前の力強さや希望はなくなっていた。担当トレーナーも付かず、本格化のピークも過ぎて、デビューすることなく失意の中を涙を流しながら去っていくその姿に俺は胸が痛くなったのを覚えている。
あんな失意の表情をさせるのがトレーナーのやることなのか? 例えオープンクラスまでがせいぜいだとしても全力尽くして納得して去るのと、デビューも出来ずに失意の中に去っていくのでは全く違うと思ったのだ。
歓声が聞こえ、意識をそちらに向けるとレース最後の直線勝負の真っ只中であった。
「今年の娘たちはなかなかレベル高いな」
浅間が、これはスカウトし甲斐があるぞと下唇を舐める。こいつがこの表現をすると、どうもイタイケな少女を狙ってるように感じてしまう。本人には絶対に言えないが。
「で、お前はスカウトされなかった。されそうもないウマ娘をリストアップしてるんだろ?」
からかい半分。感心半分という何とも微妙なニュアンスで聞いてくる。
「ああ。と、言っても今年はスカウトする娘は少なさそうだな」
「そうなのか?」
「大部分の娘たちはスカウトがついてもいいんじゃないかと思う程度には」
自分で言うのもおかしなものだが、正直俺がスカウトせずに済むのが一番いい。
自分から俺の元に来る娘は全部受け入れるのが今の俺のスタンスだ。
縁がなく俺のところに来なかったウマ娘でかつ担当が付かずタイムリミットに間に合うウマ娘だ。俺がスカウトするのは。
だが今年はあまり心配なさそうだ。本格化の間にほとんどのウマ娘に担当がつくだろうと思われる。
「さてレースが終わったようだし、スカウトにいかなくていいのか?」
浅間に促す。
もたもたとしていれば成績上位のウマ娘たちは取られてしまうからだ。
「ああ。行ってくる。お前は相変わらずここからウマ娘たちの観察か?」
遠目から観察すればウマ娘の周りに集まるスカウトの数が必然と分かる。
「リストアップ済みだが念の為な」
そうか。それだけ言うと浅間は今レースを走り終えたウマ娘たちのところへと行くのであった。
浅間と入れ替わる形で、隣に一人の女性がやってくる。
ふわりと甘い香りがわずかな風に運ばれて俺の鼻をくすぐった。
「どうですか? 今年の娘達は?」
緑色のスーツに身を包んだ女性ーたづなさんが尋ねてきた。
「今年はそれほど心配しなくて大丈夫だと思いますよ」
「そうですか」
安堵の声。彼女はとてもウマ娘の事を考えて誰も悲しい想いをさせたくないと色々と手を尽くしているのだ。
どんなウマ娘でも受け入れて可能性ある限り磨いていこうと決めて受け入れを始めたところ、彼女からウマ娘についての相談を受けるようになったのだ。
「トレーナーさんが、どんなウマ娘でも受け入れてくれるようになって大変助かってます」
「俺は、一度絶望したウマ娘を見てしまいましたからね。あれ程に胸を締め付けられる光景を見るのは懲り懲りです」
「優しいですよね」
「よしてください。単に悔いを改めたいだけなんで」
本当にそうだ。あんな思いだけはしたくない。させたくない。ただそれだけ。
「デビューできても、なかなか勝ち切れないとやっぱり、それはそれで辛い思いをさせてしまいますからね。そう考えると俺の単なるエゴじゃないかとも思ってしまうんです」
「ふふふ、トレーナーさん。そういうのを優しいって言うんですよ?」
俺の言葉にたづなさんは優しく笑ってくれる。
しかし優しいか。どうなんだろうな。あんまり自分でそんな事を考えたことがない。
と、考えていると、まるで俺の考えを読んだかのようにたづなさんが言う。
「優しさを自覚しないからこそ、優しいんですよ? 自分の事を優しいという人に限って優しくないこと多いんです」
少し困った表情から過去にそんな人間がいたんだろうな。
「なるほど、となると俺は天然なんですね」
「はい。天然です」
くすくすと笑いながらたづなさんは答えた。
ふとコースに目を向けると、一人のウマ娘が一人寂しそうに佇んでいるのを見つけた。
「ん、あの娘も要チェックだな」
俺は彼女のゼッケン番号と出走表を照らし合わせて、名前をミニノートに書き込んだ。
この娘が走ったのは芝千六百メートルか。
スマホを取り出して選抜レースの結果を見る。
選抜レースの結果は公開されており、誰でも閲覧可能なのだ。
こういう結果から雑誌とかでも特集が組まれるのである。
「それじゃ、わたしは失礼しますね。落ち込んでるウマ娘の子たちをよろしくお願いいたします」
「あ、話し中に突然すみませんでした。そのことは任せてください」
俺の言葉に安心したような笑みを浮かべてたづなさんは自分の仕事に戻っていく。
さて、レース結果は。
「先行したはいいが、スタミナが持たなかったというところか。仕掛けのタイミングと前半の展開が悪かったな。スタートダッシュは悪くない。前半のラップが早かったんだな。流れに飲まれず、ペース維持を覚えれば先行して脚を残せるかも知れない」
次の選抜レースは九月デビューを見据えた七月か。
同じく芝千六百メートルの選抜レースがある。
今の娘も含めて何人か、一週間して担当がいなければ少しだけ指導しよう。それで選抜レースに出れば全員、誰かしらスカウトされても問題はないレベルになるはずだ。
ミニノートに改善点を書き込み終えるとミニノートを閉じて、俺はトレーニングコースを後にするのだった。
2022/06/10 7時14分。表現一部修正。