原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
イーグルファングのメイクデビューの時間が来た。
カントリークライシス達と合流すると地下道でレース場へ向かうイーグルファングの見送りをする。
「緊張はするだろうけどさ、頑張れよ」
そう声を掛けたのはカントリークライシスだった。
先輩としてのエールを掛けることでイーグルファングへの不安も消そうという感じだ。後輩思いのいい先輩だ。
「あたしなんかさ、今こそエースなんて言われているけど、デビュー戦は三着でさ。未勝利戦も二着と三着。恥ずかしながら四戦目の未勝利戦でようやく初勝利だったんだよ」
照れ笑いをしながらイーグルファングの緊張を解そうとする。
デビュー後、未勝利戦を二戦しても勝てず、四戦目で勝利というある意味でデビューの現実も伝えてた。
これは暗にエターナルガールのように勝てるのが当たり前じゃないという意味合いも含まれている。
カントリークライシスは最初からダートに道を見出していたし、素質はあると見込んでいたが、それでも現実は初勝利まで三敗しているのだ。
「そんな! 全然恥ずかしくなんてないですよ!」
イーグルファングが慌てて否定をする。
まあ、それはそうだ。初勝利を挙げるのに時間が掛ったから恥ずかしいなんてレースの世界に生きようとするウマ娘がそんな事を思うわけがない。
トレセン学園に入学した実に六割が一度も勝利を挙げられずにレースの世界から引退しているのだ。
勝利を挙げることがいかに大変かは数字が物語っている。
「ここで恥ずかしいです、なんて言ったらさすがのリークが落ち込むからな?」
「ちょっと、トレーナーさん! あたしが恥ずかしいの我慢して言っているんだから茶化さないでよ!」
「悪い悪い」
カントリークライシスの心遣いを無駄にしてはダメだな。
「イーグルちゃん、頑張ってくださいね!」
「いいレースしてきてね!」
サンドネイチャとキャプティブガールが共にエールを送る。
この二人もカントリークライシスが四戦目で初勝利というのを聞いて少しは肩の力が抜けていればいい。
「うん。みんな、ありがとう。わたしらしくレースを走って来ます」
イーグルファングが全員を見まわしながら言う。
俺の方を向くと、俺の目を見て力強く言った。
「トレーナーさん、行ってきます!」
「ああ。他の子たちの胸を借りて、自分の力を思う存分出してこい!」
イーグルファングはしっかりと頷いて応えると、地下道をレース場へと向けて歩いていくのであった。
ファンファーレが終わり、各ウマ娘がゲートへ入っていく。
「リーク、さっきはありがとな」
右隣にいるカントリークライシスに俺は礼をした。
わざわざ昔の敗戦のことを話してまでリラックスをさせようとした彼女への労いだ。
「いいって。エターナルちゃんが鮮烈なデビューしてみんな気負いを無自覚にも負ってるのは分かってたからね」
カントリークライシスも自分の役割は理解してるからと言うように照れくさそうに笑う。ホントに良く出来た先輩ウマ娘にそだってくれたものだ。
「それより、もうスタートだよ」
彼女に促されるようにゲートを見ると全員がゲートに入ったところだった。
間を置かずゲートが開かれる。
「さあ、メイクデビュー二千メートルがスタート! スタートは少しバラついたか! 先頭はビューティープロポーションがハナを切って! 一番人気ツイストナックルが落ち着いて続いていく!」
デビュー戦でありがちなバラついたスタートの中、イーグルファングはスタートは悪くなく作戦通り先行集団のやや後ろの五番手でレースを進める。
最初の一ハロンは先頭通過十四秒二。イーグルファングが十四秒七の三、四バ身差で続く。やはり重バ場だから時計が掛かっていた。
正面を走るイーグルファングの顔は少し力が入っているように見えた。
「イーグル! いい位置だ! この調子で行け!」
俺が大声で叫ぶと少しこっちを向いて反応をする。
一瞬しか見えなかったが、少し笑ったようにも見えた。
「大丈夫みたいだね」
カントリークライシスも顔を見たらしく俺の声に反応したイーグルファングに安心したように言う。
「ああ」
そう返事すると、レースの行く末を見守る。
「ビューティープロポーションが第一コーナーに入った! 二バ身差で後続が続いていく! 更に二バ身、三バ身と離れて中団、後方集団が続いていく!」
コーナーをやや外を回っていくイーグルファング。周りに囲まれてはいない。
位置は悪くないが、まだまだレースは序盤。油断は出来ない。
「おっと! ここでビューティープロポーションがペースを上げた!? 後続を二バ身、三バ身と離していく!」
これは重バ場で末脚が届かないと踏んで前残りを狙っている?
焦って彼女を後続が追いかけるとエターナルガールの時のように乱れるが―
「後続は冷静にこれを見ても追わずにいる! 淡々とペースを保って先行集団が続いていった!」
やはりエターナルガールのレースを見て乱れた前例があるからか、冷静さを失わない。
エターナルガールが走ったレースの二の舞にはなるまい意識をしていると見た。
あのレースは新人ウマ娘にはいい薬になったようだ。
「さあ向正面に入って千メートルの標識を通過! タイムは六十一秒だ! メイクデビューで重バ場という条件を考えるとハイペース! もしかしたらこのままビューティープロポーションが逃げ切るか!? 二番手集団とは六バ身の差があるぞ!」
確かに重バ場としては早い。今日の想定タイムは二分五秒台だ。それが千メートル六十一秒は早い。
途中でバテるなら良し。そのまま残るなら今のイーグルファング脚で届くか否か。少し厳しいかも知れない。
自然と拳を握る力が強くなる。
イーグルファングは作戦通り先頭集団で様子を見ているようだ。
彼女が千メートルを通過するとストップウォッチでラップを確認する。
六十二秒五。先頭からは約八、九バ身というところだ。
「イーグルちゃん、大丈夫かな……」
俺の左隣にいるキャプティブガールが心配そうにイーグルファングを見守る。
「今の位置ならまだ勝てる可能性が残っているさ。直線で先頭がバテればさらに勝てる可能性が高まる」
イーグルファングの走りを見守りながら俺はそれとなく呟いた。
安心させるには材料が不足だが、大丈夫と言うしかない。
「ビューティープロポーションが第三コーナーへと入る! その差は依然として八バ身の差があるぞ! さて後続はどう動くか!」
ここまで差が開くとその差を埋めるのにスパートを仕掛けざるを得なくなる。
だが、イーグルファングにはロングスパートの指示は出していない。先行して第四コーナーで先頭に並ぶ指示しか出せていない。先頭にここまで差を付けられた場合の対策は考えていないんだ。
「くっ……」
拳を握る力が更に入る。ここからはイーグルファングの判断になる。
二着狙いでツイストナックルを抜くことを考えるか、早めにスパートをするか……。
「第三コーナーを曲がり切り、残り六百の標識通過が一分二十七秒二だ! ハイペースを維持している! しかし、ここで後続も動きが出た! ツイストナックル、イーグルファングを始め各ウマ娘も上がってくる!」
第三コーナー入ってからのスパートは少し早い。しかし、ここからスパートをしざるを得ないか。
すでにビューティープロポーションは第四コーナーの中盤に差し掛かっている。しかし後続も差が縮まってきた。
イーグルファングの六百メートルの標識通過が一分二十八秒二。六バ身差まで再び詰めてきた。それでもまたビューティープロポーションは六バ身の差がある。
「イーグル、後はお前の末脚次第だ」
思わず独り言が零れる。
そんな俺の心情を察してか、カントリークライシスが無言で俺の拳の上から手を優しく包み込む。
「リーク……」
「トレーナーさん、信じて待つしかないよ。直線に入ったらまた声援を上げよう」
全く、担当ウマ娘に促されるとはな。俺もまだまだ、だ。
「ああ、ありがとな」
レースに視線を戻すとビューティープロポーションとの差が四バ身差まで詰まって来ていた。
「さあ、直線に後続も入って来た! ビューティープロポーションはさすがに飛ばしたようで脚が上がっている! しかし後続も果たして届くのか!」
ツイストナックル、イーグルファングが併走して上がってくる。イーグルファングも早いタイミングでの仕掛けで苦しそうだ。だが、あと少し我慢しないとならい。
「イーグル! あと少し踏ん張れ! 力を出し切って走り抜けぇ!」
もう応援するしか俺には出来ない。
イーグルファングに声が届いたかは分からないが、イーグルファングがクビ差ツイストナックルより前に出る。
ビューティープロポーションとの差はあと二バ身。距離は残り百メートルだ。
「イーグルファングが内からツイストナックルが外から上がってくる! ビューティープロポーションを捉える勢いだ!」
限界を超えた走りをしていると思う。最後の争いをする三人の表情はすでに必死の形相だ。
残り約五十メートル。ビューティープロポーションとの差は一バ身。
「おっと! ここでツイストナックルが一番人気の意地を見せるか! 一気にイーグルファングを捉えて、今、ビューティープロポーションも捉えた!」
クビ差、先行していたイーグルファングをツイストナックルが再び抜き、ビューティープロポーションも抜く。
そして―
「今、ツイストナックルが半バ身差抜けてゴール! 二着はイーグルファング、ビューティープロポーションか分かりません!」
「くそ……」
勝ち負けに絡むことは予想通り出来た。
しかし展開を読み切れなかったのは俺の落ち度だ。展開次第では今日の内容を見る限り十分勝てた。
勝ちタイムも二分四秒七。ストップウォッチのイーグルファングのタイムはコンマ一秒遅れただけ。重バ場だと言うのに俺の予想タイムを上回った。良バ場なら二分二秒台前半を叩き出していただろう。
大したものだ。メイクデビュー戦でも勝てると思えるだけの力は確かにあった。
これは勝たせたかったが、十分能力があるのがこれではっきりした。
「イーグル、地下道で待ってるぞ!」
俺はそれだけ言うと、地下道へと移動する。
一刻も早く柵越しではなく目の前で労わりの言葉をかけたかった。
ラジオを聞きながら地下道へと行く。
移動中でも結果を確認しておきたかったからだ。
ラジオからは写真判定がなかなか終わらない事。体制としてはビューティープロポーションが有利と言う予想が聞こえてきていた。少しして判定が判明する。ハナ差でイーグルファングが三着という事だ。
そうか、三着か。このバ場状態。予想外の展開での三着。俺の力不足だった。イーグルファングは十分過ぎる力を示してくれた。
地下道へと来ると、一足先にイーグルファングが肩を落として待っていた。
「イーグル!」
思わず大きな声になってしまう。
俺の呼びかけにイーグルファングがすまなそうな顔を向けてきた。
十分頑張ったのにすまなそうにするイーグルファングに胸が痛くなる。
「トレーナーさん、負けちゃいました」
少し泣きそうな顔で勝敗を報告する。
そんなイーグルファングの肩に手を置くと、俺は首を振りながら言う。
「いや、想定外の展開で重バ場という悪条件にも関わらず勝ったウマ娘とコンマ一秒の差での三着は立派だ。イーグル、君は本当に力を出し切った。誇りに思っていい。むしろ、この展開を読めなかった俺の落ち度だ。悪かった。すまない」
「そんな、トレーナーさんは何も悪くないです。でも、やっぱり悔しいですね。周りの子たちが冷静だったおかげでわたしも冷静でいられて、最後は何とか勝ちたかったですが」
悔しさでか少し肩が震えている。
勝たせたかった。もっと差があれば仕方なかったと言えたかも知れない。
だが、コンマ一秒差だ。もし俺が展開を読めていれば、もう少し細かい指示が出せていたはずだ。
どうして重バ場で大きく逃げるウマ娘が出てくる可能性を考えられなかったのかが悔まれた。
「はいはい。トレーナーさんは自分を責めないでね?」
カントリークライシスが重い空気を察してかわざと明るい声で間に入ってくる。
「トレーナーさんはもっと堂々と受け入れてあげてよ。イーグルちゃんは十分頑張ったんだから。それにイーグルちゃん、トレーナーさんは悪くないって本当に思ってるんだから、ね?」
カントリークライシスがイーグルファングにウィンクをして言う。
イーグルファングがはっとして顔を上げると肩に手を置いていた俺の手を取り両手で握った。そして俺の目を見て言う。
「そうですよ! トレーナーさんは本当に悪くないです! 悔しかったけど、わたしが三着に入ることが出来たのはトレーナーさんのおかげですから! トレーナーさんがわたしを指導してくれてなかったらここまで強くなれませんでしたよ!」
「そうか……。ありがとう。次は絶対に勝たせてやるからな」
「はい! 明日からまたビシバシよろしくお願いいたします!」
そして、ふと気が付くと感情が高ぶっていたからか、イーグルファングが握る俺の手が彼女の胸に押し当てられているのに気が付いた。去年、海で悪ノリして俺にいろいろと押し付けてきたブラッドスプラッシュと勝るとも劣らない柔らかくも弾力ある胸に押し付けられているのだ。
これはどうするべきか? そっと振りほどくか、と少し迷うとカントリークライシスが、からかう様に言って来た。
「イーグルちゃん、ちょっとそれはトレーナーさんにも刺激が強いかも知れないかな?」
「え? ……あ、こ、これは! そ、その! ひ、必死になってるトレーナーさんを見てつい力が入っちゃったと言うか!」
指摘されたイーグルファングが慌てて手を放す。俺も手を引っ込めると何とも言えない空気になった。
そんな俺とイーグルファングをカントリークライシスが笑うと、ついてきた他のメンバーも釣られて笑う。自然と和んだ空気になるのだった。
カントリークライシスは面倒見がいいとは思っていたが、ここまで面倒見が良いとは。
トレーナーの俺にまで気を配ってくれて。全く、俺にはもったいないウマ娘だな。
「気を取り直して、次はブラッドスプラッシュの番だな」
俺がそう言ってブラッドスプラッシュを見ると頷く。
「任せてよ。イーグルちゃんの分も併せて勝ってくるから!」
力強い言葉が頼もしいかった。
決戦まではあと一時間。
今度は勝って兜の緒を締めたい。