原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
※重バ場訓練用に脚に重りを付けている表現があります。適したトレーニング方法か否かについては創作ということで温かい目で流して頂けると幸いです。
三人のウマ娘たちと話、それぞれ次走以降のレースが定まった。
カントリークライシスは帝王賞へのリベンジだ。前回は同じ中央からの参戦したウマ娘に辛辣を舐める形になった。今回、連覇を狙って参戦と聞いたためカントリークライシスが絶対に阻止したいと意気込んでいる。その後はジャパンカップダートと年末の東京大賞典連覇を見据えつつ昨年取りこぼした地方交流での国内JpnⅠも取りに行く事になった。
ジェネラルブレインは宝塚記念だ。未だGⅠは届かないが地力をつけるにはこのままGⅠ戦線が良いだろう。秋の天皇賞とジャパンカップ、有馬記念にも挑戦したいとも言っていたからな。
ブラッドスプラッシュは長距離に不安があるため秋路線での菊花賞は回避。変わりに夏のレースを使って地力を強化するため七月に福島で七夕賞、後半に札幌入りしてクイーンステークス、八月に札幌記念を使うことになった。秋は夏の成長具合でマイル・中距離のGⅠ戦線、クラシックレース最後の秋華賞狙いに行く。地力が足りないようならGⅡ以下の重賞路線も悪くないと思っている。この娘はシニア級から化けそうな予感も実はしているのだ。
選抜レースから数日後。
自分の担当するウマ娘のトレーニングを見ながら気になった五人のトレーニングメニューも作っていた。
あれから選抜レースに出走したすべてのウマ娘を確認したが担当トレーナーがついたり、チームに所属したウマ娘が思いの外、少なかった。
まだ数日しか経ってないから、今は成績上位のウマ娘たちの争奪戦の真っ最中なのかも知れない。
メインに担当したいウマ娘が決まらないと次に進めないと考えてるトレーナーが多いのだろう。
この日、六月に入り初夏の陽気でじっとしていても汗が出るほどだったが、トレーニング場はもっと熱かった。
今はカントリークライシスがダートコースで今月末の帝王賞に向けて調整していたからだ。
ダート二千メートルだが、六月は雨が多い。過去の帝王賞の舞台である大井レース場はほとんど重バ場以上のことが多いのである。
つまり普通にダート戦に挑む以上にパワーが必要なのだ。
「リーク、どうだ? 重りを付けてのトレーニングは?」
脚に重りを付けて、一周をまずは軽く走ってこいと指示を出して戻ってきたところである。
カントリークライシスは汗が吹き出してるのが分かる。この暑さだ無理もない。
「いい感じだよ、トレーナー。否応なく力を込めないとならないこの感覚は重バ場に似てると思う!」
手応えがあるといったカントリークライシスの言葉に一安心だ。
重バ場までならこのトレーニングで良いだろう。ただ不良バ場となると泥濘があるためまだ厳しいかも知れないが、カントリークライシスなら大丈夫だろうとは思う。
「ねえ、トレーナーさん。このトレーニングわたしもやってみたいと思うんだけどいいかな?」
ブラッドスプラッシュがねだるように俺の顔を覗き込んでくる。意図せず上目遣いになっているが気がついてないな。この天然娘は男を本気で勘違いさせそうな事をするから怖い。
この重りを付けたトレーニングはパワーとスピードを付けるのにも良さそうだと考えてたトレーニング方法だ。
「安心しろ。ブラスにもジェネスにも同様のトレーニングを付けたいと考えてたんだ」
「え? わたしもいいの?」
ジェネラルブレインが少し意外そうに言う。恐らくカントリークライシスのダート特化でのトレーニングだと思ったのだろう。
「もちろんだ。二人は芝だから脚への負担を考えてリークより軽めにしてある」
持ってきているトレーニング器具の中から脚に嵌められるタイプの重りを二人に渡す。
一つ三キロである。ちなみにカントリークライシスは五キロのものだ。
「リークは今の慣らしで大体分かったとは思うが脚の負担はそれなりにある。無理はさせないように気は配るが、違和感があったらすぐに言ってほしい」
三人とも良い返事が帰ってきた。
「それじゃ、リークはその重りをつけた状態で二千メートルのタイムを測ってみようと思う。ジェネスは宝塚記念を、ブラスは七夕賞を意識してまずは軽めに走ってみてほしい」
ジェネラルブレインとブラッドスプラッシュは頷くと芝コースへと向かう。
二人でタイムを測ってもらおう。
「目安は二分三秒台ってところかな」
カントリークライシスがスタート位置に付きながら尋ねてくる。
帝王賞は重バ場が多い。重バ場での推定タイムは二分四秒から二分三秒あたりが目安だ。実際のレースタイムもそのくらいである。もし二分ニ秒台ならほぼほぼ優勝間違いないタイムだ。
「ああ。まずは二分四秒台半ばから前半くらいで走れればトレーニングとして上等だ」
「じゃあ、もう少し良い時計だしてトレーナーを驚かせないとだね」
カントリークライシスは下唇を舐めながら俺からのスタート合図を待つ。
「スタート!」
合図してストップウォッチでタイム計測も開始する。
砂煙を盛大に上げてカントリークライシスはスタートする。さすがだ、ダートハンターの名は伊達ではない。今ので地面が、かなりえぐれている。
ちなみにコースは次に使用する人のために原状復帰が原則だ。
「つまり、この惨状を整備するの俺なんだよな」
苦笑しながらカントリークライシスを目で追った。
最初の三ハロンは三十七秒三で通過していく。末脚勝負ならペースとしては悪くないな。カントリークライシスも苦になるような様子ではない。
向う正面の直線に入って千メートル通過が一分一秒三。ペースを上げてきてる?
カントリークライシス自体も少し本気で走ってるようにも見える。第三コーナーに入って残り三ハロン。千四百メートル通過が一分二十五秒二。ペースが明らかに早くなっていた。
残り三ハロンを三十八秒で上がっても二分三秒台だぞ。しかしカントリークライシスはそんな手を抜くような娘ではない。
「驚かせに来るのか。……更に加速してる」
最終コーナーを曲がると残り一ハロンを切って直線を一気に駆けてくる。千八百メートル通過が一分四十八秒七で通過した。
そして、俺の目の前を力強く駆けていくカントリークライシス。彼女の駆け抜ける風が俺の頬を凪いで行った。
タイムを見て見る二分一秒二。
確か、スマートファルコンが持っているダート二千メートルの日本レコードが二分とコンマ四秒だ。二分の壁こそ破られていないが二分台は驚異的なタイムだった。そもそも二分一秒台はここ最近、大井では出てないタイムでもある。二分二秒台でも十分勝てるレベルのタイムだ。
「トレーナー、どうだった? かなりいいタイムを出せたと思うけど」
走り終えたカントリークライシスが息を整えながら俺のところへと戻ってくる。
脚を見るとわずかに震えているように見えた。やっぱり無理したか。
「確かに良いタイムだが、お前はレース前に脚を壊す気か?」
「いや、その、そういうわけじゃ」
怒られると思ったのか身構えるカントリークライシス。
「タイムについては上々どころかレコードタイムを狙いに行くくらいのタイムだな。脚に負担かけてる以上、あまり無茶するな。お前が走れなくなるなんてのは勘弁だぞ? そんなことなったら俺は俺をいくら責めても足りなくなる」
カントリークライシスには下手に怒るよりはこうして心配した方が効く。
事実、反省したのか。バツの悪い顔をしている。
「トレーナー、ごめんよ。ちょっとあたし格好つけたくなっちゃってさ」
「分かってくれるならいいさ。俺の大事なウマ娘の一人なんだ。リークは。もう少し自分を大切にしてくれな?」
「トレーナー……」
胸の前で手を組んで感動するカントリークライシス。これで無茶はやめてくれるな。
「女ったらしって噂は本当みたいですね」
突然声が聞こえて、振り向くとそこには見慣れないウマ娘がいた。
いや正確には、この前の選抜レースで走ったウマ娘だな。ちらりと選抜レースで見た覚えはある。少なくとも俺がメモしたウマ娘ではないのは確かだ。
「なんだよ、あんたは?」
いきなり自分のトレーナーが女ったらし呼ばわりにされたからか、カントリークライシスがやや喧嘩腰で尋ねる。
「リーク、落ち着け。噂っていうか、この前ジェネスにも言われたことだから気にするな」
カントリークライシスを宥めると、彼女はやや納得行かない顔をしつつも下がる。
別に女ったらしでも、これはウマ娘たちのモチベーション維持やケアに使えるテクニックだから陰口や噂を言われたところで気にはならないものだ。
「で、君はこの前の選抜レースに出てた子だな? 名前を聞いていいか?」
名前を尋ねると声をかけてきた娘が信じられないという顔をする。
「やっぱり名前は知らないのですね。興味すら持たれてないのはウマ娘としては少し屈辱です。ちゃんと覚えておいて下さい。わたしはエターナルガールです」
……。エターナルガール。確かにそんな名前の娘がいたな。しかし永遠の少女か。いや、別にー
「なんですか!? イタイ名前だって言いたいんですか!?」
読まれたか。しかしこんなの日常茶飯事だ。
ここからが女ったらし所以の力を発揮させるところである。
「いや、とても可愛らしいなと。また全ての女性の願いを背負った何とも宿命深い名前だなと思ったんだ」
一先ず褒めとくのだ。しかもその名前の奥にありそうな意味深さを語ることで一先ずイタイ名前だと思ったことを回避出来るはず。
「……。女ったらしですね、本当に。そんなふうに言われたのは初めてですよ」
想定通りに回避成功。一先ず安心だ。
「しかし、エターナルガールか。確か先日の選抜レースの第三レース芝二千メートルの一着だったか」
俺は記憶をたどりつつスマホを開く。
選抜レースと名前で検索。やはりそうだ。芝二千メートルを学園のコースとは言えデビュー前でありながら一分五十九秒三で走り抜けてる。上り三ハロン三十五秒ニはメンバー中でもトップだ。
そういえば浅間の奴がこの前、食堂で来年のクラシック候補だから絶対スカウトしてやるって意気込んでたな。
浅間どころか、全トレーナーが狙ってる注目のウマ娘じゃないか?
「随分と優秀なウマ娘が尋ねてきたな? なんだ冷やかしなら勘弁してくれよ?」
優秀なウマ娘が冷やかしなんて、ほとんどないが大方多くのトレーナーに声をかけられてるのに声をかけてこないトレーナーを見極めに来たのだろう。
トレーナーの中にはウマ娘から逆オファーを待つスタンスのトレーナーが少なからずいる。俺は基本的にスカウトされないウマ娘をスカウトする上に来るものは基本的に拒まずだから似たようなスタンスに見られることが多い。
「スカウトされないウマ娘にしか興味ないというのも本当のようですね。わたしの成績を見ても興味を持たないなんて……」
失望したかと思えば珍しいものを見つけたという表情をしている。
「あなたに、わたしの仮トレーナーになって頂きたいんですが」
「は? なんだって?」
思わず聞き返してしまった。
「ですから、わたしの仮トレーナーになって頂きたいのです」
やはり間違えではなかった。
ちらりとカントリークライシスの方を見ると何故か同志を見るような目でエターナルガールを見ている。
そう言えばカントリークライシスも直談判して来たウマ娘だったな。彼女と違ってストレートに担当トレーナーとして頼みに来た。四年も前の話だが懐かしいものだ。
だが、こうして直談判してくるウマ娘には必ず尋ねてることがあった。
「なぜ俺に声をかける? 君は十分に選抜レースで力を示したウマ娘だ。ほとんどのトレーナーが君をスカウトしてるはずだぞ? 時期的にも仮トレーナーなんて不要のはずだ。それなのにスカウトされないウマ娘しかスカウトしない俺に声をかけた? 俺は別にクラシック三冠に興味がないぞ? もっと言えば俺なんかより実績のあるトレーナーなんて腐るほどいるだろうに」
個人的にはクラシック三冠には興味ない。正確には学園から去っていくあのウマ娘を見てから変わってしまった。クラシック三冠はウマ娘の夢だ。トレーナーはチャンスがあれば毎年挑戦出来るがウマ娘は一生に一度のみ。ウマ娘に取っては一生に一度しか走れない大舞台だ。ジェネラルブレイン、ブラッドスプラッシュにクラシックレースの出走をさせているのも、一縷の望みがあるならと思っての事だ。
「そういうトレーナーだからです。だから一度仮トレーナーになって頂いてあなたの指導を受けてみたいと思ったのです。あなたには色んな噂がありました。女ったらしっていうのもその一つですし、スカウトされないウマ娘をスカウトする物好きなトレーナーとも聞きます。でも、あなたを知るウマ娘はみんなこういうんですよ?」
一旦区切ると彼女は手を胸に当てて目を閉じる。ほんの少しだけそうして目を開くと言うのだった。
「本当にウマ娘の事しか考えてない。ウマ娘のためのトレーナーと」
やっぱりか。
カントリークライシスを見ると彼女も目を閉じて満足そうに頷いている。
彼女が直談判したときも全く同じ回答だった。カントリークライシスの時はまだこの話自体あまり広まってなかったが、カントリークライシスは俺が以前、担当したウマ娘の近所に住んでいて引退した彼女から聞いたらしいのだ。だから迷わず真っ先に俺のところに来たんだが―
「分かった。それを言われたら俺は断れない。ただ期待外れだと思ったら他のトレーナーのところへ行けよ? 君の能力は正直俺にはもったいない」
「はい!よろしくお願い致します!」
俺の言葉にエターナルガールは嬉しそうに言うのだった。
エターナルガールとの話が終わると、いつの間にかジェネラルブレインとブラッドスプラッシュが戻ってきていた。
いや、たぶん途中から聞いていたな、これは。
そして―
「まさか、トレーナーさんに最初に声を掛けてきたのが来年のクラシック候補の娘なんて、私の鼻も高いわ」
「ね! 凄いよね! やっぱりトレーナーさんは凄いトレーナーさんだよ!」
何故か二人が誇らしくしているのであった。
2022/6/11 脱字修正。