原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
仮トレーナーとして担当する予定だった二人は、初日のトレーニングだけで本契約することになった。
エターナルガールは噂がただの贔屓目ではないかを含めて見極めようと思ったらしいが俺の考え方があまりにウマ娘の事ばかりだったため、これ以上の見極めは不要と見たらしい。
イーグルファングはエターナルガールというクラシック三冠を目指す一級品のウマ娘と一緒にトレーニング出来ることや、自分の可能性を見出してくれたという事もあり仮トレーナー体験をわずか一日で終了して契約する流れになった。
正直、正規のウマ娘が五人に増えるのは想定外でこれまで以上に全員へ目を配る必要が出てくる。
六月も三週目に入り、カントリークライシス、ジェネラルブレインのレースが翌週に迫ってきた。
カントリークライシスは重りを付けてダート二千メートルを二分四秒台前半を安定的に走れるようになっている。この分なら重りを外して全力で走れば二分二秒を切れるのではないだろうか。これで帝王賞制覇も見えてきた。
ジェネラルブレインも順調な仕上がりを見せている。芝二千二百メートルを同じく重りを付けた状態で二分十三秒台中盤だ。重りを外した全力なら恐らく二分十一秒台前半が狙えるタイムだ。何ならレコードに近いタイムが出せてもおかしくない。もしかしたらジェネラルブレインの初GⅠが宝塚記念になるかもしれないな。
俺は二人の状態等を端末に打ち込むと、視線をウマ娘たちに向ける。
今はトレーナー室で五人が揃って何やら談笑を楽しんでいる最中のようだ。
ここから見るに雑誌を見ながら何やら話しているらしい。
女の子が五人もトレーナー室にいると、なんとも賑やかなものだ。
「リーク、ジェネス。ちょっといいか?」
本当はそのまま談笑を続けさせたいところだが、レースも近いため話しておかなければならない事がある。
「トレーナー、どうしたのさ」
「まさか、トレーナーさんもこの雑誌で紹介されてるウマ娘限定・生クリームギガ盛りスペシャルマンゴーパフェに興味があるのかしら?」
どうやら雑誌のスイート特集で盛り上がっていたらしい。
俺も基本的には甘いものが好きなんだが、遠目から見て人間が食べるにはヤバい量のパフェなのが分かる。ウマ娘の耳まで含めた顔と同じサイズとかヤバいだろ。
「俺は普通の生クリームマンゴーパフェで十分だ。って、声を掛けたの二人のレースについてとレースまでの休養とトレーニングについてだ」
「そうだったの。もし興味があるなら一緒に来てくれれば、わたしが注文して一緒に食べてあげるのに」
「あ、お前、さり気なくトレーナーをデートに誘う気だったな?」
「あなたも誘えばいいでしょ?」
この二人は……。
取り合いされること自体、悪い気分はしない。だが余計なところで余計なメンタルヘルスを増やさせないで欲しい。
ちなみに呼ばれてない三人のうち、ブラッドスプラッシュがデートと言う言葉に反応したのが見えたが見なかったことにした。
「俺はお前らの所有物じゃないんだから、取り合うな。全く。じゃあ、こうしよう。二人ともレース明けにデートしてやる。もちろん二人っきりでだ」
俺の言葉に本当ですか!と前のめりで俺に迫ってくる。
言わなければ良かったかもしれない。二人ともめちゃくちゃ目が血走ってる。
「ああ。約束してやるから余計な事で張り合うな」
二人が満足そうに頷くと前のめりだった姿勢が元に戻る。正直、本気でそのまま食われるんじゃないかと思う勢いだったな。
「で、だ。二人ともトレーニングは今日と明日は休んでまずは疲れを取ってくれ。休みが明けるとレースは目の前だ。特にジェネスは阪神へ遠征になるからこっちでのトレーニングは実質一日になる。重りを外した状態の全力の感覚を掴んでもらいたい」
昨日まで重りを付けた状態でトレーニングをしているから外した全力を見てみたい。
正直重りを付けたトレーニングの負荷は通常のトレーニングの数倍もあると聞く。俺も気を付けながら指示を出したがもう十分だろう。あとは今ある疲労を取って全力を出せるようにしておきたい。
「とうとう来週だもんな。あたしは帝王賞」
「わたしは宝塚記念ね」
「今度こそGⅠ取れよ」
「あなたこそ帝王賞、今度こそ制覇しなさい」
二人は互いに顔を見合わせて健闘を祈るように言葉を掛けあう。
ダートに芝、距離も、開催場所、開催日も当然違う。だが二人とも同じレースを走るくらいの思いでいるようだ。
「ねえ、トレーナーさん。わたしもデートして欲しいな?」
いつの間にか俺の横でこちらを見ているブラッドスプラッシュ。
狙ってやっているのか、上目遣いになるようにしゃがんでおり、わずかに目が潤んでいる。
ふと、更に残された新人二人を見てみるとエターナルガールが呆れながら天井を仰ぎ、イーグルファングは苦笑いをしながら手に持っている目薬を俺に見せてくれた。
ブラッドスプラッシュのやつ目薬まで使っておねだりとは、最近天然から小悪魔になりつつある予感がする。
「ブラス。目薬差してのおねだりは反則だ。デートはお預けだな」
俺の言葉にオーバーリアクションで嘆くブラッドスプラッシュ。
「くだらない事言ってないで、そろそろトレーニングに行くぞ」
俺のジャージを握っておねだりを続けようとするブラッドスプラッシュを、七夕賞の成績いかんで考えると言うと新人二人を置き去りにトレーニング場へと走って行った。
……。いや、廊下は走っちゃいけないんだがな。
翌日。俺がトレーナー室で五人のデータ分析をしていた。
特に最近、調子が上がってきているジェネラルブレインと、新人二人についてだ。
ジェネラルブレインは元々GⅠでも掲示板から外れた事が無い。あと一歩という所に来ていたが、天皇賞・春で三着に入賞した。GⅠウィニングライブのサイドを担当したのもあり実はファンも着実に増えている。
宝塚記念でも勝ち負けには確実に絡める、何なら制覇する出来るくらいには仕上げてきたつもりだ。ここで取れば一気にGⅠウマ娘にしてグランプリウマ娘になる。彼女の身辺等にも今まで以上に気を配らなければならない。何より一度GⅠを取ればやはり他のタイトルも取らせて上げたくなる。よりタフなレースが出来るようにメニューも組み直さなければならない。
エターナルガールは言うまでもなく当面、三冠奪取のためのトレーニングだが成長期でもある以上バランスよくメニューを組む必要がある。彼女に関しては走らせては調整の日々がしばらく続きそうだ。もちろん彼女は全てのメニューを完璧にこなすのであるが。
イーグルファングは、トレーニング開始して二日で中距離のコツを掴んだ。やはり見込んだとおり中距離以上に向く適性だったようで飲み込みも早い。エターナルガールにはまだまだ劣るもコツを教えただけで数回計測した芝二千メートルのタイムは二分一秒台を安定的に叩き出した。これならジュニア級でも二勝は出来そうだ。勝ち負けに絡めるかはまだ分からないが、彼女も王道路線の挑戦をさせても良いかも知れない。
分析作業にひと段落付けて席を立つと、コーヒーを入れる。
今の時間、ウマ娘たちは授業をしてるか立場によっては学園関係の手伝いをしている時間だ。
トレーナー室は静かな時間でもある。
ジェネラルブレインにコーヒーの淹れ方を教わってからはこうして一人の時は自分で淹れるのが日課になっていた。
先日、苦みが強いコーヒーが飲みたいと言ったらわざわざ新しい豆を購入して来てくれて今日はそれを淹れたのだ。
香りもコーヒーらしい香ばしい香りに、飲めば苦さと僅かな酸味で気も引き締まる。もとい眠気を飛ばしてくれるのだ。
「彼女も俺には勿体ないウマ娘だな」
いつもの悪い癖が出る。まあ担当している以上、ウマ娘たちの良い面が見えるから結局、全員勿体ないと思ってしまうのだが。
そんな自分に苦笑しつつコーヒーを持って席についた。
一口飲んで気分を切替えると、作業の続きをしようとしてメールがいくつか入っているのに気が付く。
いや、見ている傍から新着メール数が増えてるじゃないか。
「おいおい、なんだよこれは?」
最初は十件程度のメールが三十件を超して約五十件の新着メールを受信したのだ。
エターナルガールの件は彼女が俺の担当ウマ娘になったから落ち着いている。さすがにもういちゃもんを付ける輩はいない。
じゃあ、このメールはなんだ?
そう思い受信ボックスをクリックし、一件のメールを開いた。
「これは……」
件名はアドバイスのご依頼と書いてあり、差出人はこの間の選抜レースに出走したウマ娘の一人である。
内容はこうだった。
彼女はエターナルガールと同じクラスで、イーグルファングが俺からトレーニングメニューと改善点を貰い俺の下でトレーニングをした結果マイルの時以上のタイムを出している事に驚いたこと。
またエターナルガールも俺を絶賛しているのを聞いたらしく、担当トレーナーがいない事もあり自分の適性やトレーニング方法のアドバイスが欲しいと言うのだ。
また俺がエターナルガールに話した、他のトレーナーに行っても構わないし、何ならそれまでに相応しいトレーニングを施すと言った発言に感銘したことまで書いてある。
とにもかくにも、自分もアドバイスして欲しいというのが一番だったが。
「あいつら教室で何を言いふらしてるんだよ」
意図せず二人は俺というトレーナーの広報になってしまっている。
そして他のメールも件名や内容のニュアンス自体は同じだった。
来たメールの数を調べると担当トレーナーが付いていないウマ娘の人数と一致する。
「……。俺はお悩み相談室か」
しかもメールの内容から期待度が高すぎる。
救世主扱いとまでは行かないが、まるで俺に見て貰えば将来安泰と勘違いしている節さえあった。
「確かに俺はウマ娘の事ばかり考えてはいるが……」
依頼数が尋常じゃない。
最初の五人のデータ分析だって五人分で四日は掛かった。その十倍となると一か月半程度の時間を有することになる。全員の期待に応えてやりたいが正直、現実的ではない。
「どうするか……」
全員のデータ分析は時間が掛かりすぎる。ならいっそうの事、直接走りを見てその場でアドバイスする方が早い。だがそれでも五十人を超える人数を正確に診断してやろうとすればデータ分析程でないにしても時間が掛かる。さすがに次の選抜レースまでに全員見てやることが出来ない。
そう悩んでいると、トレーナー室のドアがノックされた。
返事をすると一人の女性が入ってくる。
茶髪のショートカットで少し勝気な雰囲気を持つスタイルの良い女性。
浅間と同じく同期のトレーナーで綾峰祥子。今年の皐月賞、ダービーの二大クラシックを制した中堅ながら凄腕トレーナーでもある。
「綾峰か? ここに来るのは久しぶりだな。ショートカットにした時は驚いたぞ」
「あなたと別れたからケジメのつもりよ」
彼女とは昨年まで恋人関係だった。だが、俺がウマ娘の事ばかり考えているのと彼女自身、かなり優秀なトレーナーでもあり互いにトレーナー業に集中しようという事で別れたのだ。
「そうか。俺は好きだったんだぞ? お前の長い髪」
俺は席を立つと彼女を応接スペースのソファーへと促す。
彼女も俺に促されるままソファーへと座る。
「……。あなたに髪を触られるのわたしも好きだったわ。でも、言った通りケジメよ、ケジメ」
わずかに寂しそうな顔をするも、今の彼女は担当するウマ娘の成績もトレーナーしての彼女自身も充実している。そこに後悔がないのが分かった。
「それで、どうした? エターナルガールについてはメールで祝ってくれていたから彼女の事ってわけでもないよな?」
「ええ。久しぶりにあなたと話したかったというのが一つと、たぶんメールがたくさん届いてて困ってるんじゃないかなと思ってね?」
メールについて知っているという事はこれは一つの騒動になっているのか。
「その分だとやっぱり大量のメールが来てるようね?」
「ああ。さっき急にメールが来た。現時点で担当トレーナーのいないウマ娘から全員だぞ」
「全員!? 噂以上ね、それは」
さすがに全員と聞いて驚く綾峰。
「綾峰はこの件をどこで?」
「わたしがスカウトした娘から聞いたのよ。エターナルガールがあなたのところに行ったこと自体は知っていたのだけれども。あなた今、担当トレーナーがいないウマ娘から神トレーナーって言われるのよ?」
「神トレーナー!? 冗談がきついぞって言いたいが全員からメールを貰うと冗談で切り捨てられない状況だわ、これは」
俺が神トレーナーだったらほとんどのトレーナーは上級神だろうな。なんてことは別として神トレーナー扱いはヤバすぎる。本来は俺がトレーニングを付けずともトレーニングメニューと改善点をまとめたアドバイス資料だけで十分に自身で能力を上げられるようにしてある。つまりウマ娘たちの方にしっかりとした才能があるからこそであって俺はきっかけを与えてるに過ぎない。それでもスカウトされないウマ娘は俺自身がスカウトするのだが。
「せめてウマ娘アドバイザーくらいに留めてほしいものだ」
「無理よ。あなたの真摯さを知っちゃった上に広めちゃう子がいたら、もう止まらないわ」
イーグルファングよ。悪気が無いのは分かるが広め過ぎだ。
「だよな……。しかたない」
「どうするの?」
「一先ずメール返信して噂について神トレーナーではなくアドバイザーだと修正を加えるしかないさ。あとは人数が多すぎるから少し見て任せられそうなトレーナーがいれば紹介しようと思う」
いつもやっている事ではあるが、今回は一人一人への対応が手薄になってしまう。
こればかりは仕方ないが彼女らに理解してもらうしかないな。
「相変わらず、ね」
「もう誰一人、ウマ娘の子達を見捨てないって決めたからな。出来る限りのことはするさ」
「はぁー、馬鹿ね」
馬鹿正直な対応をしようとする俺に対するため息か?
まあ呆れられるのはもう慣れてはいるが。
「あなたって底抜けの馬鹿よね」
そんな事を言いながら綾峰は立ち上がると何故か俺の隣に座り直す。
「隣に来てどうしたんだよ?」
「ちょっとだけ肩貸してくれないかしら?」
「は?」
俺の返事を待たずに綾峰は肩に寄りかかってくる。
リンスの香りがふわりと香り、わずかに理性を崩されそうになった。
「どうしたんだよ?」
「別れたけど、あなたの事好きなのよ。こんな馬鹿みたいに優しい人がいたら甘えたくもなるわ」
恥ずかしい事を言ってくれる。
こんな事言われたら男として甘えさせないわけにも行かなくなってしまうではないか。
「全く、甘えたがりは相変わらずか」
そのまま彼女を自分の胸に引き寄せる。抵抗なく彼女は俺の胸の中に納まった。
「俺もたまには人のぬくもりが恋しくなるからな。少しの間だけ俺に甘えてろ」
「うん、ありがとう」
少しの間と言いつつ、この後二人して眠ってしまい一番乗りでやって来たエターナルガールには刺激の強いものを見せてしまうことになった。
真っ赤な顔のエターナルガールに起こされて、俺たちは慌てて離れると綾峰はエターナルガールに謝りながらトレーナー室を後にする。
ちなみにこの日、終始エターナルガールにはそれとなく避けられてしまう。
彼女には何もしてないんだけどな。
夜になり、休養させている二人を除いたトレーニングが終了した後、メールをくれた全員に神トレーナーではなくアドバイザーとして活動してること、依頼数が多すぎるためアドバイスの返信が遅くなる旨を打ってメールを返信する。
返信が終わると一人ずつ選抜レースの内容確認と登録データの確認、分析をすると比較的仲の良いトレーナーに推薦メールを送り始めるのだった。
ちなみにこの作業は普段より分析が多少甘くなってしまったのにも関わらず二週間は掛かってしまう事になる。