原石達の軌跡・輝かぬ石など一つもない 作:kazuya2009
話の中でのレコードタイムは2022/6/15時点での話であり、2022/6/26のタイトルホルダーが更新する前のタイムでの更新となっております。
青々と茂る芝に陽の光が当たりわずかに受けた光を反射する。
雲一つない快晴に恵まれた阪神レース場に俺たちは来ていた。
メインレースの宝塚記念は十五時四十分の発送で、現在は九時だ。
時間がまだあるため応援に来たブラッドスプラッシュ、エターナルガール、イーグルファングは案内係を申し出たカントリークライシスに連れられて阪神レース場内を回って行った。自身も三日後に大井で帝王賞があるというのに、本当に面倒見がいい。
俺はと言えばジェネラルブレインと観客席からレースを見ている。今日のレースのイメージを固めようというのと、レース前にリラックスをさせるのが目的だ。
休み明け、実質一日しかないトレーニング日に重りを外した状態でのタイム計測を行った。結果から言えば想定以上の出来だったのだ。
トレーニング場の芝二千二百メートルを二分十秒七というタイムを叩き出したのだ。使用したトレーニング場は坂のないコースではあったが十分なタイムである。
「緊張はしてないか?」
真剣にレースを見つめるジェネラルブレインに声を掛ける。
はっとした表情で俺に振り向くとやや俯き加減で応えた。
「タイムはいいわ。それにトレーニングの自信もある。でも、やっぱり宝塚記念、春のグランプリと思うと少し緊張するわ」
珍しく弱気なことを言う。天皇賞・春までは挑戦者として上位に食い込めばいいとう状態だった。だが、今回は宝塚記念を取りに行くつもりでトレーニングを重ねたのだ。緊張するなという方が無理なのだろう。
不安からかなのだろう。いつもは落ち着いているジェネラルブレインがわずかに震えていた。
ちょっと卑怯かも知れないが彼女の手をそっと握ってやる。
「トレーナーさん?」
「不安があるなら取り除くのが俺の役目でもあるからな。こんなんで治まるかは分からないが」
俺の言葉に彼女は小さく女ったらしなんだからと顔を赤くして言うのだった。
手を握った甲斐があったのか。それとも恥ずかしさが不安を上回ったかまでは分からないがジェネラルブレインはいつもの調子を取り戻していった。
頭の切り替えも出来たのか、レースはもう見なくて大丈夫といい。時間までカントリークライシス達と合流する事になった。
俺は時間だけには遅れるなよと伝えると一人別行動をとる。
なんてことない。俺自身の気分転換とやっぱり女の子達だけの方が気兼ねなく回れるだろうと思ったからだ。
「よお! 色男!」
そういう声に思い切り聞き覚えがあるため振り返るとそこには浅間と担当しているウマ娘が一緒にいた。
今日の宝塚記念で浅間の担当しているウマ娘も走るのだ。
「そういう、お前も色男だぞ?」
「まあな」
軽口を言い合う。俺自身の気分転換にもちょうどいい相手だ。
「せっかくだ、ドリンクコーナーで話すか?」
俺の提案にいいねと言いながら俺らはドリンクコーナーへと向かう。
ドリンクコーナーは指定席だ。レースの際はだいたい四席確保しておく。一緒に来たウマ娘とゆっくりするにはいいんだ。
「俺が取ってる指定席でいいか? 一応五人分確保してある」
「おお、頼むわ。マーサもいいか?」
「はい」
マーサと呼ばれたウマ娘。栗毛のサイドテールが良く似合う可愛らしい子だ。マックスサポートが名前で、マーサはファンがつけた愛称だ。名前に負けじとゆったりとした雰囲気でマイペースな子だが、決して油断はならない。ジェネラルブレインよりデビューは一年早くクラシックレースこそ勝ちはないが昨年と今年の大阪杯連覇、昨年の安田記念、天皇賞・秋を制している歴としたGⅠウマ娘で天皇賞・春でジェネラルブレインが敗れた相手でもある。
付け加えるなら宝塚記念のファン投票も一位なら人気も一番だ。
指定した席に案内された俺らは腰を下ろす。
ウェイトレスの人を呼び止めると、俺と浅間はコーヒー、マーサはオレンジジュースを頼む。
注文が終わると浅間が話を切り出してきた。
「なかなか面白いトレーニングを積んでたみたいだが、どうだ?」
「ああ、手ごたえはある」
こればかりは自信たっぷりに宣言させてもらおう。
向こうもその答えは予想していたらしい。
「だろうな。お前の事だ、秘策もあるんだろ?」
秘策なんてものは用意していない。付けた実力での真っ向勝負。
これはジェネラルブレインの希望でもある。むしろジェネラルブレインの敵は彼女自身だ。
「おいおい、それを話すと思うのか?」
秘策なくともこう返すのがお互いトレーナーしての駆け引きだった。
「まあ、いいや。お前に声かけたのはそれが目的じゃないしな」
「ん? なんだ?」
そう言えばレース前に声を掛けてくるのは浅間としても珍しい。
一応敵同士になるわけで下手に情報を漏らせば勝ち負けに関わる。
「メールの件だよ。神トレーナー様」
「お前にまでそう呼ばれるのは心外だな」
あの一件以来、この名前でからかう奴が多くて困る。
「まあ、冗談はさておきだ。お前から推薦があったウマ娘のうち二人でよければ預かるぞ」
「そうか。それは助かる」
大量のアドバイス依頼メールを捌くのはなかなかに厳しくまだまだ終わらない。
一先ず簡単な分析を添えて、浅間のように親しくしているトレーナーには約十人ほど紹介した。
今の浅間のように一人か、二人は受け持って貰えている。俺もいい加減なことを出来ないからトレーナー毎の得意分野に合わせてかつ将来性を見出せそうな子を紹介しているわけだが。
「俺の方でも声を掛けてやるから、一人で背負うなよ?」
「浅間……。ありがとう。お前と結婚したいくらいだ」
口にしたコーヒーが盛大に床に零れたのは申し訳ない。
だがそういう冗談を言いたくなるくらいには感謝をしていた。
繰り返すが、コーヒーを零させたのはやっぱり悪かったな。
宝塚記念出走直前―地下道。
黒をベースとした少し青掛かった軍服を思わせる勝負服に身を包んだジェネラルブレイン。
親父さんがシンボリルドルフ理事の大ファンだったのと名前が将軍の頭脳という事もあり軍服をイメージしたものをわざわざプロのデザイナーに依頼した勝負服らしい。
つまりジェネラルブレインの親父さんの想いも纏っている。
彼女の様子は程よい緊張感を保っているようで、気負いは感じない。
「どうだ? 気持ちの方は?」
「トレーナーさんに手を握って貰ったのもあって、今はもうすっかりいつも通りよ」
少し嬉しそうに言うジェネラルブレインに、無駄な行為にならずに済んで正直ほっとする。
瞳を見れは闘志も十分だ。
レース前に皆とも楽しめて十分にリラックスも出来ている。
俺が今まで見てきた中でも最高の状態と言って過言ではないのではないか?
「あんたの次はあたしだから。負けんな、ジェネス」
「もちろんよ。わたしも、あなたも勝った上でトレーナーさんとデートに行かなくっちゃ!」
「それそれ。デート楽しみだからねー」
まあデートでここまでモチベーションが上がるなら約束した甲斐がある。
二人には思う存分に戦って貰わないとな。
「ジェネスさん、頑張ってください! あたしも七夕賞頑張りますんで!」
「わたし達も応援してます!」
ブラッドスプラッシュとエターナルガール、イーグルファングの応援を受けて力強く頷く。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ、行ってこい!」
俺がジェネラルブレインの肩叩いて送り出してやる。
ここから先はもう俺に出来ることはない。
ただ信じてやるだけだ。
ファンファーレが終わって、各ウマ娘がゲートに入っていく。
ジェネラルブレインは一枠二番だ。ジェネラルブレインはどちらかと言うと前でレースを進める。それを考えれば悪くない枠番だ。
「先輩のレースなのに凄くドキドキします」
両手を胸の前で祈るように組むイーグルファング。
「仲間のレースは本人もそうだが、俺達仲間も十分緊張するもんさ」
「勝てますよね?」
「俺の念力で勝たせてやる」
そう言うとイーグルファングだけじゃなく、隣にいたエターナルガールも噴出した。
「あー、二人ともトレーナーさんの冗談ってこういう時も飛ぶからね?」
「ま、これくらいの方があたし達もリラックスして見れるんだ」
俺の冗談にすっかり染まっているカントリークライシスとブラッドスプラッシュは落ち着いた様子でスタートを待つ。
「そろそろだな」
最後のウマ娘がゲートに入っていく。
≪各ウマ娘がゲートに収まりました。春のグランプリウマ娘の称号は誰の手になるのか……≫
ゲートが開く独特の金属音が聞こえる。それと同時に俺はストップウォッチでタイム計測を開始した。
≪宝塚記念が今、スタートです! まず誰が行くのか! おっと、天皇賞・春で三着だったジェネラルブレインが鼻を切ったぞ!≫
場内が沸きあがる。ジェネラルブレインのファンも偶然か俺の周りに多くいて声援を飛ばしているのが聞こえた。
秘策はない。だが俺の指示は周りのペースを気にせず自分のベストタイムを出してこいだった。
このレースで全てを出し切るつもりで行っている。ちなみ唯一注意として出した指示は囲まれるなだ。
「そうか。囲まれないためにまずは先頭に立とういう訳だな」
「大丈夫なんですか? 宝塚記念で逃げというのは?」
そう尋ねてくるのはエターナルガールだ。
彼女もレースは色々と研究しているだろうが、あまり逃げというのは考えていないのだろう。
「今まででも宝塚記念に限らず逃げでGⅠを勝ったウマ娘は何人もいるさ。だから心配はない」
≪さあ、ジェネラルブレイン後続を三バ身引き離しレースを引っ張ります。スタンド正面の急坂を登っていく十六人のウマ娘たち。まもなく第一コーナーに入ります≫
最初の一ハロンが十二秒二、更に次の一ハロンが十二秒だ。坂を駆け上がりながらペースを上げている。
≪第一コーナー中間地点、ジェネラルブレインが後続を五バ身離してレースを進めます。一番人気のマックスサポートは中団よりやや前からジェネラルブレインの動向を探っているようだ!≫
ジェネラルブレインとマックスサポートの差は七バ身。
第二コーナーを曲がり切って千メートルは五十九秒三だ。前半は飛ばしたな。
「トレーナー、少し早すぎないか?」
「リークもそう思ったか。確かに早いが、訓練通りにならここから少しペースを落とすだろう」
≪ここでペースが落ち着いたか。先頭から二番手集団は五バ身、最後方までだと約十五バ身の差があります。マックスサポートが少し上げて二番手集団の後ろに付いている! 他にもフリーズトルネード、オーシャンレッド、インフィニティイーターと言った人気のウマ娘たちも徐々に上がってきた!≫
第三コーナーを曲がってまだ四バ身のリードを保っている。
手元の時計では千四百メートルを一分二十三秒七で通過した。ここで一ハロンが十二秒台で推移している。最初に飛ばして後続を突き放して息を入れたか。逃げとしてはセオリー通りである。
≪後続がジェネラルブレインまで二バ身まで来ているぞ! ジェネラルブレインはここまで……、加速した!? ジェネラルブレインここから加速しました。スパートを掛けて後続を引き離しにかかった!≫
第四コーナーに入り残り六百メートルを通過してジェネラルブレインはスパートに入った。ちなみに千六百メートルは一分三十五秒七だ。
「訓練の成果が出てるみたいだな。コーナーでの加速にブレがない。重りを付けた訓練のおかげでバランスを崩すことなく速度を上げられているな」
「あのペースなら、ジェネスさん、行けますね!」
ブラッドスプラッシュが少し興奮気味でいう。
俺もそう思いたいが、一番人気のマックスサポートが簡単には勝ちを譲らないだろう。
≪ジェネラルブレインが一気に加速して後続を再び突き放します! しかし、やはりこのウマ娘は引き下がらない! マックスサポートが凄まじい足でジェネラルブレインを追い上げてくる! さあ直線に入った! ジェネラルブレインにマックスサポートが並びかけてくる!≫
そう、マックスサポートが簡単に勝ちを譲るわけがないのだ。
ジェネラルブレインも良い脚で走っているがマックスサポートはそれを上回る勢いだ。
「ジェネス!踏ん張れ、意地を見せろ!お前の力はそんなものじゃないぞ!」
思わず声を上げていた。
俺の声が届いたのかどうかは分からない。だが。
≪一度は躱されたジェネラルブレイン! 再び加速してマックスサポートに並んだ! 坂を上り切って最後の勝負だ! ジェネラルブレイン、マックスサポートどちらも前は譲らない!≫
凄い。もうだめかと思いかけていたがここで更に加速してマックスサポートに並んだ。
残り五十メートル! もう勝負がつく!
≪これは凄まじい勝負だ! 譲らない! 両者共に譲らないまま、今ゴール板を二人同時に駆け抜けた! 全く分かりません! どちらが勝ったのか! こちらでは分かりませんでした! 掲示板に今、写真判定のマークが付きました! 写真判定です!≫
「す、凄かったです!」
興奮気味のイーグルファング。エターナルガールも拳を握って力んでるようだ。
「なあ、勝てたよな?」
カントリークライシスが何とも言えない表情で俺を見る。
正直に言えば俺も分からない。勝っても負けてもおかしくない。それだけの最後の直線勝負だった。
「俺には勝ったように見えたさ」
だから俺が言えることはそれだけだった。
写真判定はまだ続いているが、走り終えたジェネラルブレインがやり切った顔で俺たちの前に息を整えながら走ってきた。
「ジェネス、まずはお疲れ様。今までで一番いいレースだったぞ」
「わたしも出し切ったわ。これ以上にないくらい。あと、聞こえたわよ。トレーナーの声。もうダメと思いかけてたから嬉しかった」
どうやら声は届いていたらしい。
俺の叫びは無駄ではなかったな。
「そうか。届いていたか。あ、そう言えばタイム見てなかったが」
そう言って掲示板を見るとレコードの文字と二分十秒ジャストの時計が出ている。
「レコードか。そうか!そうか!よくやったジェネス!」
本当に全力を出し切れたんだな。この大舞台で。
ほとんど同時のゴールだった。たとえこれで負けてもタイムはレコードと同タイム。
「トレーナーさん、まだ決まった―」
決まったわけじゃないんだからとジェネラルブレインが言おうとしたのだろう。だがそれは阪神レース場に響き渡る大きな歓声にかき消される。
凄まじい歓声に俺は反射的に再度掲示板を見る。
するとそこには同着の文字が。
「同着……。え? つまり?」
いつも冷静なジェネラルブレインが少しテンパっているのか同着の意味を一瞬理解できないでいた。
「おめでとうございます! 同時優勝ですよ! ジェネスさん、宝塚記念を取ったんですよ!」
ブラッドスプラッシュにそう言われてジェネラルブレインが同着の意味を理解し始める。
「う、うそ、ホントに……ほんとに、わたしが?」
ジェネラルブレインが両手で顔を覆うと感極まってか涙が流れた。もう夏の日差しと言っていい陽の光に涙さえ宝石のように輝き、彼女の勝利を称えているようにさえ見える。
そこへ丁度、マックスサポートがジェネラルブレインのもとへ来た。
「ジェネラルブレインさん、おめでとう。わたし達ともにグランプリウマ娘よ」
「マックスサポートさん……。マックスサポートさん!」
ジェネラルブレインは勢いでマックスサポートに抱き着く。いつも冷静で落ち着いてる彼女とは思えない程の感情の表れだった。
彼女を受け止めるマックスサポートは彼女の頭を撫でながら頑張ったわねと声を掛けている。
さすがは年長者。気遣いが違うなと思った。
しかし、まさかの同着とはな。
しかもレコードをコンマ一秒更新しての同時優勝。
これは歴史に名が残るぞ
場内にはジェネラルブレインのジェネスコールと、マーサコールが響き渡る。
ジェネラルブレインはマックスサポートから離れて涙を拭うと、二人で声援に向かって手を振りながら応える。
二人の笑顔が眩しい。
しかも友人との、親友との担当ウマ娘と分け合う勝利。
俺の中でも、これ以上にない宝塚記念となるのだった。
2022/6/15 誤字報告適用
ご報告下さった方、ありがとうございます!
2023/7/1 誤字修正