儀典、人を喰う幻想記   作:爬虫類トンプソン

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今回は〈怪異〉のことについても触れていきます!


2話:白昼夢

 授業が終わり、昼休憩。居心地の悪さを理由にいつも無銘は教室を立つ。現在は二年生、一年生のうちは教室で食事を取ることにそこまでの違和感はなかったのだが、ここ最近はなんだか嫌な気持ちになる。渦巻くようなこの教室に、小石一つを投げ入れたかのような不協感。

 ギリっと歯を軋ませると、チスイーから貰った弁当を持ち、廊下を歩く。ふよふよと後ろからはレイが着いて来ていた。

 

「堂々としていればいいんじゃないかしら?」

「居心地の悪さはどうにもならないよ。オレだってどうにかしたい」

 

 小声で話しても視線を感じない程に廊下は賑わっている。学生の休み時間とはこういったものなのだろうか、と視線で生徒たちをなぞっていく。

 如何せん、自分には繋がりがないからだ。

 階段を上り、四階へ。無銘が足取り早く校舎の外れの方へと足を進めていると、やはり人影は薄くなっていき、ついには誰も見かけない場所まで到達していく。目の前の階段は、その上へと更に続いていた。

 いわゆる、屋上である。

 階段を上り、屋上の扉へと手を掛けると、無銘はある違和感に気づいた。

 

「……どうかしたの?」

「南京錠がない。ってことは……あぁ、あいつがいるな」

 

 ゆっくりと扉を押す。無銘の身体をあおるように風が吹き、前髪が乱れで目を細める。視界の七割は空と言っても良いだろう、景色の良さは相変わらず随一と言える。白く積もった雲は流れ、時々太陽が隠れてはその顔を覗かせる。神秘性まで感じるのは、学校の屋上というロケーションだからだろうか。

 そして、屋上の床へと目を降ろす。

 水色のハイライトが目立つ髪に、不良とも言えるような制服の着崩し。具体的に言えば、紫のシャツを第二ボタンまで開けて、スカートも短い。

 そんな彼女が今、寝ている。

 

「……飯、食おうかレイ」

「そうね」

「いや起こして!?!?」

 

 その人物は勢いよく上体を持ち上げた。

 

「何だよレイヴン、寝てたらいいじゃねぇか。どうせ今日も授業サボってたんだろ?」

「ご明察っす。いやぁ、こんな良い天気の日に授業を受けるとか、無銘もバカだな~」

「真面目に授業受けてるのに何でバカにされているんだ……?」

 

 チスイーから受け取った弁当はいつも二段のもので、下に白米、上におかずと普通のラインナップだ。だが無銘からしてみれば、この「普通」ほどありがたいものはない。自分は中々「普通」を実感出来る機会がないからだ。

 おかずの唐揚げを取ると、無銘はそれを口に運ぶ。噛みしめるように食べると、油が口の中にじんわりと滲み出て、旨味と幸せを感じる。白米を即座にかき込めば、それはもう立派なコンボだ。

 

「しっかし……無銘も物好きだよな。毎日毎日、一人でこの屋上で飯食べてるんだから」

 

 一人、という言葉に眉をひそめてしまう。

 

「? どうかしたっすかい?」

「……何でもないかな」

 

 そう言うと、無銘はまた黙々と食事をし始める。

 対するレイヴンもまた、手元にあった焼きそばパンを食べ始めていた。素行不良の生徒に焼きそばパン、もはや王道とも言えるだろう。というか、それは購買のパンで、購買は昼休みからだったはずだ。……万引きでないことを信じたい。

 黙々と食べ続けた二人、先に食べ終わったのはレイヴンだった。食べ終わると、じっと無銘の方を見つめる。

 

「……なんだよ」

「人が食べてるところを見るのが、何か落ち着くなって」

「どういうことだよ。あ、ご馳走様」

 

 そう言うと、無銘は箸を置き弁当を片づけ始める。

 

「お前、本当にそういうところ真面目だよな。礼儀とか、授業もそうだけど」

「いや……流石に外面は作っておかないとナメられるからな」

「ふーん……流石は犯罪者予備軍、すか」

 

 ギロリ、と無銘がレイヴンの方を睨む。流石の彼女も怯んだか「おー、怖い怖い……」と後退る。

 怒りを顕わにする無銘だったが、レイが彼の頬にそっと手を置く。しばらくして無銘はその目を閉じた。が、もちろんレイヴンからこの光景が見えている訳でもなく。

 やがてはぁ、と大きな息の音がする。

 

「悪かったよ。ムキになり過ぎた」

 

 そう言うと、事前に買っていた缶コーヒーを開け、おもむろに喉へと流し込んでいく。ざらついた感触と濃い苦味が重なり、頭が切り替わっていく。

 だが、無銘が「犯罪者予備軍」と呼ばれていること、それを理由に嫌がらせを受けたり、不当に馴染めていないのもまた事実であった。

 

「何だったっけ、あれ。確か中学生の頃に、高校生の御曹司をぶん殴ったんだったっけか?」

「……金を理由に、強姦しそうな現場を見てな」

「その結果、警察沙汰で書類送検っすか……余りにも痛いレッテルだな」

 

 上記の話は、事実だった。

 無銘は中学生の頃、橋の影で襲われそうな女子高校生を助けたことがある。彼女は明らかに服を脱がされ、縛られ、苦悶の表情を浮かべていた。運が悪かったのは、無銘が喧嘩慣れをしていて相手を一方的に蹂躙してしまったこと、そして相手が偉い財閥の御曹司だったことだ。

 警察に補導された無銘は書類送検。痛かったのは、女子高校生がその財閥や御曹司の相手を恐れてか、無銘の証言を取り行ってくれなかった。

 結果、無銘は犯罪者予備軍として揶揄されることになる。

 何故かレイヴンが顔をしかめると、吐き捨てるようにして言葉を荒げる。

 

「大体、助けて貰って置いてなんだ? その男は論外として、その女子高校生! ぶん殴ってやろうか」

「ははっ、怒ってくれてるのか?」

「当たり前だろ? お前がいい奴なのは知ってる! 何せ――」

「いや、いい。もう大丈夫だ、スッキリした」

 

 そう言うと、無銘は背中を向け、屋上から出る扉に手を掛ける。

 

「お前もほどほどにな? あんましサボるんじゃねぇぞ?」

 

 ゆっくり開く扉。軋む音と共にパタン、と閉じる。

 

「……バカ」

 

 なんて言葉が、残されて。

 

 

   ***

 

 

 放課後へと時間は流れていく。

 荷物を背負った無銘はレイと共に、とある場所へと来ていた。

 廃校。

 

「しかし、ひどいな……。潰れたのは去年だろ? こんなに埃がつもるものなのか……?」

 

 この学校「名屋小学校」は去年、少子化の影響で廃校になった。とはいえ原因はそこだけではなくこの学校には、いわゆる「七不思議」というものが存在した。

 レイ曰く、この学校はその七不思議で滅んだらしい。

 歩く度に、靴の足跡が埃にクッキリ見えてしまっている。よほど埃が積もっているみたいで、それだけ人来ていないいうことだろうか。時々埃が舞ってはケフンと咳をしてしまい、頭まで痛くなってくる。

 じんわりと、無銘は埃で閉じた目を開く。

 

「そもそもさ、レイ。マジで〈怪異〉って何なの?」

 

 シンプルにレイに問うと、彼女からは「何度も説明しているじゃない」といった返答が返ってきた。無銘からすれば、全てが非日常のクソッタレであることは確かなのである。無銘が指をさすと、面食らった様子でレイが驚く。

 

「お前みたいなのが蘇ってる時点で、信じている訳ではあるんだけどさぁ……」

「あのねぇ……」

 

 ため息をつくと、レイは話し始める。

 

「〈怪異〉――つまり、〈怪奇異世界〉っていうのは、いわゆる思い込みなのよ。人間の思い込みから出来たものが、そうなったって訳」

「〈異能力〉とはどう違う?」

「そうねぇ……」

 

 少し考える仕草をすると、レイが正面を指さす。

 

「例えば、灯りのない暗い廊下を見て、どう思う?」

「深淵とか、暗闇……行き場がない、とか?」

「思考のプロセスとして、イメージが湧きやすいのが先行刺激――あなたの場合、闇かしら。これが〈怪異〉。行き場がないに行き着いた結果が〈異能力〉。だから大元は同じで、個々人が生み出してしまう〈世界〉の延長線上、これこそが〈怪異〉なのよ」

 

 わかんねぇな、と無銘が呟く。

 

「せめてもっとわかりやすい例はないのか?」

「そうね……例えば」

 

 無銘たちは丁度、家庭科室へと近づいた時だった。

 

「家庭科室を見て、母親。そこから暴力を連想したら――」

「テメェっ!!」

 

 大きく踏み出した無銘。その背中があった部分を銀色の軌跡が駆け巡る。態勢を持ち直し前を向く。右の拳が握られ、無銘は強く歯を噛みしめた。

 包丁……にしては大きい。それをそのまま脇差くらいの大きさにかえた物だろうか。それと共に、黒い髪が宙をたなびき、足はない。髪の間からは赤い目が見え隠れしているが、どうにも目が一つだけのようにも見える。低い唸り声を上げては、体躯とも取れないヨレヨレの身体を、からくり人形のように動かしていた。

 

「七不思議の四番目――無念のお母さん、ね」

「可愛い名前だなぁおい。ただの殺戮幽霊じゃあねぇか」

 

 それは大きく包丁を振りかぶると、無銘の方へと走りゆく。

 

「どうするの? 無銘」

「決まってるだろ」

 

 彼は手を突き出し、構えの態勢を取る。

 

「ここでぶっ叩いてやる。っ――」

 

 

 

 

                   ――〈異能力:絶滅青春〉。




今回の新キャラは

・レイヴン

でした! こいつの一人称何なんだろ……。
それでは次回、お会いしましょう!
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