深夜3時。歓楽街と住宅街とを隔てる河川敷にぽつんと佇む
目の前にある大きな直方体の容器は黄金色をしたスープで満たされており、満遍なくゆらゆらと立ち昇る湯気から煮立ってはおらずとも高い温度に維持されているのが判る。私の目で『視』ると、主成分は
「それにしても外人さん、日本に来て初めての食事がウチの屋台なんて、ちょっと緊張しちゃうねぇ」
「恥ずかしながら、
ちゃぷりと音を立てて、掬い上げるのに特化した形状をした
「ひひ。こんな老い先短いジジイが趣味でやってる店なんて褒めたって、何にもなりゃしないってのに。はい、お待ちどぉさん。大根、玉子、こんにゃく、ちくわ、がんもどきね」
「恐縮です」
ことり、と小気味よい音を立てて、その皿が目の前に置かれる。これが地球での初めて食事である私だが、この時点で既に彼の調理技術の高さが判る。居住まいを正しながら改めて店主へ敬意を込めた一礼を。
「あぁ、箸の使い方は解るかい? スプーンやフォークも一応あるんだけども」
「いえ、お気遣いなく。
「おぉ、上手いもんだねぇ。日本語も流暢に喋れているし、いいスーツも着ているし、さぞ仕事がデキるんだろうねぇ」
「ありがとうございます」
淀みない手つきで箸立てから割り箸を1膳抜き取り、ぱきりと割って数回開閉させてみると、そう言って店主は頬を綻ばせた。一先ず擬態は上手くいっているようだと確信する。衣服に関しては仕立屋らしき店舗を覗いて目に留まったものを参考にさせてもらった。公私問わず着ていても違和感がないだけでなく、『戦闘服』としても用いられると聞いたのが決め手であった。
さて。注文内容も事前にこの店を教えてくれた面々の言う通りにしてみたが、どれから頂くとしようか。一先ずは紹介された順に手を付けてみようかと決める。
大根。大きな根と書くように、肥大化した根の部分を主に食用としていると聞く。これは恐らくその根の輪切りなのだろう。よく見ると薄らと十字の切れ込みが入っていたり、角が削ぎ落されている。これには何か理由があるのだろうか、後ほど改めての要調査案件とする。
その切れ込みに従って果肉の中心に箸の先端を落とせば、大した力を込めずともすんなり半分に割り開くことが出来てしまい、その手応えの軽さに再三の驚嘆を覚える。断面を見ると、繊維質のみを残して芯まで充分にスープが染みこんで黄金色に染め上げられているのが判る。その半分を、数度の吐息で表面の熱を冷まし、一息に口に含めば、どうだろう。スープの旨味を纏って尚しっかりと主張する大根本来のものであろう優しい甘味。それらが解け溶けて混ざり合い、舌を通って鼻を抜けた後、心地好い熱が喉を通って落ちていく。素晴らしい。俄然この後の期待も高まるというもの。
続いて、玉子。サイズから見て地球全体で広く食べられている鶏卵なのは間違いないだろう。大根とは違い、こちらはしっかりと中身が詰まっている手応え。割り開いた断面は、これまた美しい3色の彩り。はぐりと齧り付けば何とも面白い、もったりとして滋味深い黄色とふるふるとして淡白な白の食感のコントラスト。噛み締めていく内にふわりと立ち昇り混ざって絡み合うスープの香り。長旅を終えたばかりの身体に何とも沁みる味だ。
大根もそうであったが、このおでんというものは調理法がシンプルである分、具材本来の味が如実に出る料理だ。下処理にも勿論多くが必要なのだろうが、これは食材そのものの選定の段階で既に相当の手間をかけているに違いない。素直に原住民の勧めに従って正解であった。
……さて。そろそろこの謎の食材、こんにゃくとやらに挑んでみるとしよう。
何なのだこれは。黒ずんでいて、強い弾力があり、非常に分厚い。恐らくもっと大きな塊から切り出しているか、何かしらの水溶性物質を型に入れた上で凝固させたものと推測する。『視』るとその大部分が繊維質であることが解析できた。つまり、これは植物からできているということか。散見される黒くて細かい粒はその種子や表皮の名残なのかもしれない。これまた要調査案件とする。
臆しても始まらない。齧り付いてみる。くにゅりと歪んでぷつりと切れる、面白い歯応えだ。他に類を見ない独特の香りが、スープのそれを纏って何とも言い表し難い豊潤なものへと昇華されている。加えて、体積に反して食べ応えが非常に軽くあっさりとしている。およそ繊維質が含まれているような果肉の食感ではない。一体どのような調理、あるいは加工の過程を経ているのか。これほど興味を掻き立てられる食材には久しく出会っていなかった。これは何としても解明せねばなるまい。
このこんにゃくほどではないが、解らないのは次の食材もである。ちくわ。メニューを見るにどうやら竹の輪と書いて
食感は凝固した蛋白質のそれに近い。もっと言うなら先程の玉子の白い部分に、である。つまりこれは動物性蛋白質の塊か。表面にある火で炙ったような焼き跡から、恐らく何か生物の肉を磨り潰したものを芯となる棒に巻き付け、それを加熱することで凝固させ引き抜いたからこその、この形状なのだろうと推察する。噛み締める度に立ち昇る仄かな塩気と風味は非常に柔らかく、何とも好ましい。
ふむ。ここまで4種類を食したが、
5つ目。がんもどき。
一口含んだ途端、口内にスープがじゅわりと溢れ返り、いくつもの食材の香りと旨味が渾然一体となって流れ込む。なんと
「む」
良い意味での裏切りの連続に舌を巻いていて今まで気付かなかったが、客席と調理台との間に3つの容器が並んでいるのを見つけた。見るからに調味料の類。ラベルの文字は右から『からし』『味噌ダレ』『柚子胡椒』。
「あぁ、その辺は好きに使ってくれていいからねぇ」
私の視線に気づいた店主がにこやかに微笑みながらそう言うので、遠慮なく使うことにする。
まずは名前からして効能が解り易いからしからにするとしよう。何とも鮮やかなラベルに、これはバーコードと呼ばれるものだったか。どうやら一般に流通しているものをそのまま使っているようだ。取り皿の淵に適量取り出してみると、黄色いペーストが出て来る。箸の先で掠め取るようにし舐めてみれば、舌先にぴりぴりとした刺激。成程、全体的に淡い味付けを引き締める為のものか。玉子で試してみると、刺激の奥に微かな甘味を感じるじゃあないか。素晴らしい。より箸が進むというものである。
続いて味噌ダレ。名前から察するに味噌という食材あるいは調味料を加工したものなのだろう。からしとは違い無地のボトルに手書きで文字が書かれていることから、こちらは恐らく店主の手製。同じように取り皿に開けてみれば、出てきたのはどろっとした深い茶色のソース。舐めてみると、何とも甘辛く香ばしい。これは具材本来の味が薄めのものに合いそうだ、とこんにゃくに試してみれば、おぉ、大正解である。これはいくらでも食べられてしまいそうだ。
さて、最後に柚子胡椒。からしと同じく、どうやら市販品。小さい匙で取り出してみると、出てきたのは目の粗い緑のペースト。こちらは、ふむ、からしよりも刺激と香りに特化していると言うべきか。鼻腔を抜けていく香りがなんとも清々しい。適量でちくわに試してみると、後味がスッと消えて口内が爽やかになるではないか。
未だ試していない具材もまだまだあるというに、更に調味料まで加わるとなれば、その組み合わせは指数関数的に増えていく。おでん。何と深淵であることか。
「外人さんは、
と、いつの間にやら店主が真横にいて、不思議な形状をした食器と、その蓋にでも使えそうな小さい器を並べていた。前者は満遍なく全体から湯気が立ち昇っており、容器ごとよく熱されているのが見て取れる。
「熱燗は初めてかい? こうやってね、徳利からお猪口に入れて、呑むんだよ」
店主が布越しに持つ徳利とやらから、お猪口なる器に何やら透明な液体が注がれた瞬間、粘り気を帯びた濃密な香りが鼻腔をくすぐる。ただの水ではあり得ない現象だ。これは一体。
「だんだん暖かくはなってきたけどねぇ、まだまだ夜は冷えるから。ほら、一息にくいっと、やってごらんなさい」
疑念は際限なく沸いて全く晴れないものの、これほどの腕を持つ店主が笑顔と共に薦めてくるのだから、これは好意によるサービスなのだと判断する。注がれた熱燗とやらを『視』ると80%近くの水分に対して、残る20%がエチルアルコールであると解析された。
(成程。これが噂に聞く酒というものか)
『百薬の長』『十の得あり』『憂いの玉箒』『天の美禄』と持て囃される反面で『百毒の長』『諸悪の基』『気遣い水』『命を削る鉋』ともされる嗜好飲料。この惑星の歴史の随所に、この酒による数多の過誤が確と記されている。そもそもの成分からして生体に対する毒素。加減を過たなければ確かに薬たり得るが、その判断を鈍らせるのが酒精というもの。合理的判断で言えば拒否一択であるが。
(郷に入っては郷に従う、か)
その言葉の意味を知った時、どのような環境下にあろうと知性体が至る結論にはある程度の法則性があるのだな、と思うと同時に、この惑星の原生生物はそれだけの社会性を持つ文明を築けるだけの知性を持っているのだな、と驚いたものである。何せこれだけ母星の自然資源を長期間に渡って貪り尽くし、このままでは緩やかに破滅へと向かうばかりと理解していながら、全く改良の兆しが見えない。そればかりか、あの宇宙忍者のように『個にして群』のシステムをとっているワケでもないというに、その個体数は年々増加の一途を辿っている。
あぁ、『未だ有用な価値あるものを無駄にするのを惜しむ』という意味を極めて端的に纏められ且つ小気味よい響きを持っているこの『勿体ない』という言葉は実に素晴らしい発明だ。以降、積極的に使っていきたいとさえ思う。
ともあれ、
「では、遠慮なく」
一息に呷ると、絡みつくように濃厚な香りと旨味が口内を蹂躙し、次いで喉奥を焼くような熱がゆっくりと臓腑の芯へと落ちて、じんわりと全身へと広がっていく。元より熱されているのは勿論、緩やかに体温に近しくなっていくのが『染み渡っていっている』と誤認させる。成程、これは確かに心地好いし、度が過ぎた摂取を『溺れる』と評する理由も納得である。お猪口とやらを使うのも、一度の摂取量を控える為、というワケか。
「おぉ、いい飲みっぷりだねぇ外人さん。どうだい、美味いかい?」
「えぇ。これは、美味いですね」
「そうかいそうかい、嬉しいねぇ。じゃあ、次はこれなんかどうだい? 餅巾着ってんだけど、そろそろいい具合にツユが染みてる頃合いだ」
「ほぅ。それは一体どのような――――」
自然と2杯目の熱燗を注ぎつつ、店主の言葉に耳を傾けながら、考える。次に食すべき具材はどれか。それに合う調味料はどれか。酒と合わすとどのような変化を見せるのか。この熱燗は冷めるに連れてまた味わいも変わるのではないか。その時に合わすべきは。
やれやれ、まったく。こんなにも科学が発達した世の中で、なんと不思議の多いことか。
作者は焼き豆腐も好きです。
気が乗ったら続き書きます。
普段はこんなクロスオーバーもの書いてます。
よければ読んでやって下さい。
『Ratchet & Clank:Infinity Sphere』
https://syosetu.org/novel/119649/