ㅤまずは焼き鳥の代名詞ともされているというねぎま串から始めるとしよう。
ㅤ“ねぎま”。腿肉の合間に葱を挟み込んでいるから『
「いただきます」
ㅤ合掌し一礼の後、ねぎま串を摘み上げ、まずは鶏肉のみを口に含む。有機生命体の獣肉は加熱すると蛋白質の凝固作用によって硬直するものだというのに、何たる柔らかさであることか。香ばしく炙られた表皮に歯を立てればいとも容易く破れて崩れ、弾けて広がる甘く豊潤な風味。食器を使わず、素手で直に口へと運んで串から直接、という実に粗野な……否、今この時は敢えてこう言い換えるとしよう、実に豪快な食べ方からは想像だに出来ぬ繊細かつ緻密な技術の気配に幾ばくかの戦慄すら覚えると同時、この店は行儀だとか礼節だとかをほんの一時忘れ、純粋に食のみを楽しむ為の店なのだと理解する。成程、道理で終業後独特の解放感や高揚感のような雰囲気を漂わせる団体客が多い訳だ、と腑に落ちる。
「確か、こういうのを“無礼講”と言うのでしたか」
ㅤ良い言葉である。緊張のない仕事に付加価値は生じにくいとはいえ、何事も過ぎれば毒。適度な
ㅤさて、一旦思索に耽るのは止めて、そろそろ葱の方へと移ることとする。円筒状になるように切り分けられた複層状の白茎は、その表層のみを美しさすら覚える見事な塩梅の焼き目に彩られ、しかし断面に覗く内層はなんと透明感に満ちた瑞々しさであることか。
ㅤ逸る心を抑えつつ、一息に口内へ含んで歯を立てる。すると繊維質が噛み締める度に何とも清々しい音を鳴らし、その途端に瀉出される水分の仄かな甘味を微かな塩気がより際立たせている。なんと絶妙。ほんの僅かに加減や計算を誤るだけで、こうはなるまい。こうはいくまい。至極単純な調理法が故に、再現そのものは可能であると言えよう。だが、しかし。
「これを、原始的な装置と自らの感覚のみで」
ㅤ一体、その習熟に、研鑽に、どれほどの。今もただ只管に炎を睨み続けるかの御仁のそれに思いを馳せるだけで、背筋を駆け上がる感銘の身震い一迅。これぞ一芸に秀でた職人による
「───見事」
ㅤ嗚呼、感無量。鶏腿肉の油脂の旨味が葱の香味を纏って更に豊潤に膨れ上がり、しかしその後味を爽快感すら覚える軽やかなものへと変貌させている。
ㅤそして、ここに、冷たい生ビールを仰げば。
「───────」
ㅤ言葉に、ならない。塩・甘・苦・酸・渋・香・風・旨、ありとあらゆる味覚の刺激が収束した奔流が舌神経系を介して脳髄の真芯を捉えた、正に会心の一撃。今にも頭蓋の頂点を静かに、しかし確実に貫通していきそうなこの多幸感、カレーライスの際の記憶がほんの数瞬脳裏を過ぎったが、耽溺寸前にあって尚、私の思考はそれに『どこか似て非なるものである』と直感じみた確信をしていた。
ㅤではそれは何故なのか、と噛み締めながら咀嚼を続ける。カレーライスは単体であってもひと癖もふた癖もあるような多彩な香辛料を、白米と共に食するにあたって最適となるように熟考・厳選された幾つもの過程を経て
ㅤ対して、このねぎま串と生ビールであるが、食材としての分類は無論のこと、調理の過程、製造の手法、それらの一切合切が全く
「これが、
ㅤ曰く、組み合わせの妙。元来はフランスなる地域において『結婚』即ち『
ㅤ……などと考えている内に、気づけばねぎま串を完食してしまっている。元より一品一品が十分量のある料理ではないし、目の前の皿にはまだ6品が待ち構えているというのに一抹の、強いて言い表すのなら『寂寥感』とするべきであるような不可思議な感覚を覚えてしまっているのは、この
ㅤせせり。鶏の
ㅤ鳥類は深く固定された双眸がそれぞれ左右側面に位置しているという独特な頭蓋骨の構造上、眼球運動を行うのが極めて困難であり、頻繁に頭部そのものを動かして視覚情報を獲得している為、頚椎の周辺は自然と筋肉質になり弾力に富むのだそうだ。それでいて脂肪分の比率も高いというのだから、なんとも
ㅤせせり串の一片を口に含み咀嚼する。限界まで膨張した囊胞を破るような歯ごたえの直後、ねぎま串の腿肉とは比にならない勢いで溢れ出てくる油脂と
ㅤ嗚呼、何たる甘露。何たる耽美。より一層に重厚な陶酔にあわや身を委ねかける。こういった感覚を入眠時のそれになぞらえて『微睡みのような』だとか『夢見心地』などと言い表すこともあるのだそうだ。『食事』が有機生命体の生存に直結する三大欲求の一角を担っていることを鑑みれば、その比喩表現に『
ㅤそしてこのせせり、品種によって多少の差異はあれど、鶏1羽に対して20g前後の極小量という希少部位である、というのがまた実に素晴らしい。果たしてこの串1本で鶏の成鳥何羽分に相当するのであろうか、などと直ぐに利率計算を始めてしまうのは私の職業病であり悪癖の一つであるな、と思わず苦笑しつつもせせり串を完食し、さて、そういえばそのような希少部位がもう一品あったな、などと思い至る。
ㅤ
「
改めまして、お久しぶりです。
作者のGeorge Gregoryです。
いろいろありました。
○○○○(余りにも醜悪な単語のため伏字)ばかりなひと回り以上歳上の新人教育を何故か任されたものの4人連続でろくすっぽ役に立たないまま試用期間すら持たずに辞めていかれて徒労に終わったり。
現場の上長が濃厚接触者判定やら会社に黙ってのバイク通勤中の交通事故やらで強制的に長期離脱して現場がパンク寸前になったり。
ようやくそれらを乗り越えたと思ったら『この現場の契約無くなるから』『よその現場にも空きがないから辞めるか次の管理会社に移るかになるね〜』とか言われて『じゃあ辞めたるわい○○○○ェッ!!(あまりに醜悪な以下略)』と転職活動始めたり。
上手いこと見つかった新しい会社でやってくにあたって必要な資格の筆記試験を無事に終えて実技講習会に出席するにあたって半出張みたいな遠出をしたらその初日に間違いなく根雪(来春まで残る積雪)になるであろう大雪に見舞われたりしていますが、私は元気です。
ようやく執筆の方に余力を割けそうな具合になってきたので、またコツコツ更新を再開していこうと思います。
止まっている間にもいろいろありましたね。『光の原人』って最初に言い出した人誰ですか。初めて聞いた時、私ゃ笑いが止まりませんでしたよ。
もう1作の方もボチボチ更新再開したいと思っております。
相変わらずの不定期マイペース更新になりますが、これに懲りずに応援して下さるような奇特な読者様がひとりでもいらっしゃる限りは書き続けるつもりでいます。
本にしたいという人生初の密かな野望も未だ潰えてはおりません。
よろしければ、今少しお付き合いの程、宜しくお願い致します。
2024.12.1 George Gregory