シン・メフィラスの食卓   作:George Gregory

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大爆発五秒前Ⅱ

 未だ口内に色濃く残るそばの風味をお冷で濯ぎ、改めててんぷらの盛り合わせへ向き直るが、盛り付けの時点でこれが既に素晴らしい。右半分の奥にまいたけを据え、かぼちゃとえび2本を立てかけるようにし、その手前になすとピーマンを添えて、脇を固めるように大葉が2つ。対して左半分にはとうもろこしのかき揚げを土台として、アスパラガスとたけのこ。色彩豊かな具材が緩やかな1つの山を描くように絶妙なバランスで支え合っており、口にする前から目でも楽しませようという店主の意図が見て取れる。まずは最も手前、見るも鮮やかな緑のピーマンから。

 

 植物学上は一年草、即ち種子の発芽から1年以内に生長し開花・結実に至る品種であり、唐辛子とは同種に分類され、種子以外は空洞の構造をした果実であるという点は共通だと聞いている。これはその果実を半分に切り分けたものなのだろう、小舟のような独特の形状をしている。ここに挽いた肉を詰め込み焼いて食する料理もあるのだとか。それはそれで大変に興味深い。

 

 ツユでも塩でも美味いと店員は言っていたので、味の濃いツユよりも先に塩で試してみることとする。卓上の箸立ての横にある瓶入りの塩を手に取り、蓋を開けて小皿へ適量。内蓋に細かい穴が等間隔に開けられており、小刻みに揺すりながら各々が適当と感じる分量で止められる工夫がなされているのが面白い。あまり付着しすぎないよう軽く2・3度触れるようにして、一口目。

 

 さくりと軽やかな食感に次いで広がるのは青草臭と苦味。けれど不思議とそれを不快には思わず、噛み締めていくに連れじわりじわりと甘味が姿を現す。薄い果肉が齎す独特の歯応えもさながら、この容積のどこにこれほど含有していたのかと驚嘆させられる瑞々しさも堪らない。そしてそれらをより引き立てるのが、塩の程よい辛味と甘味。先刻までそば一色に染まっていた口内の余韻がすっかり心地好く洗い流されていくではないか。

 

 では、ツユではどうなるのか。てんぷら用に別途用意されていた小皿にツユを注ぎ、残りの半分程を浸して一息に口に含む。すると今度は表面の生地がツユを吸い上げることで僅かに柔らかくなり、風味が満遍なく全体に行き渡ってこれまた美味い。これは最早、どちらが上かという優劣ではなく、どちらが好みかという嗜好の問題ではないか。なんとも悩ましい。

 

 続いて、なす。黒紫色の薄い表皮の下に白く肉厚な果肉が覗く色彩の対比と、その果肉が等間隔の切れ込みによって広げられた扇状の形姿。成程。見た目が美しくなるだけでなく、こうして厚い果肉を薄くすることで食べやすくなり、熱の通りも均等になるということか。よく考えられている。

 

 先端に塩をつけて一口目。ざくりとした生地の層を抜けた途端、吸い上げなければ口からこぼれ落ちかねない程の勢いで溢れ出る仄かに甘い果汁。切れ込みによる疑似的な複層構造が『ざくり』と『じゅわり』とを何度も繰り返させるので食感に飽きが来ない。ツユに切り替えてみれば、淡白なようで決してツユの濃さに劣らない甘味の主張。ただでさえ豊潤な果肉が汁気を帯びてより瑞々しくなり、ほど良く温かな旨味のスープが喉を通って身体を内側から悦ばせる。これまた素晴らしい。

 

 さて、次は少々気になる一品。大葉、と言ったか。何故かえびとこれだけは2つ、それも平たいものと、短い木製の串(つまようじ)に丸めて突き刺したものとが用意されている。どこからどう見ても広葉樹の葉。先端は鋭く尖っており、縁部は鋸歯のように刺々しい。纏わさっている生地はかなり薄く、全く縮れたりもしていない為、仔細に張り巡らされた葉脈の1本1本までもが見て取れる。確かに大きな葉であるとは思うが、より大きな葉をした植物は私であっても幾つか該当する種が思い当たる。どういった由来なのか、要調査案件である。

 

 あまりつけすぎると塩やツユの味のみになってしまいそうな予感に従い、平たい方を、本当に微量の塩のみを付着させて口に入れる。するとどうだろう、さくさくと軽快な歯応えを覚える度に、他に類を見ない清涼感が一気に広がっていくではないか。成程、これは口直しを兼ねている品なのだ。これほど強い香味を持つのであれば、恐らく本来の用途は香りづけの薬味なのだろう。

 

 では、この丸められた方はどのような意図があるのだろうか。微かに先端をツユに浸け、同じく口に含むと。

 

「おぉ」

 

 先程の清涼感がツユの濃い味を優に上回り更に鮮烈に膨れ上がっていくのが解る。理解した。この大葉のてんぷらは平たくすると食感が、丸めると香味がそれぞれより強調されるのだ。たかが葉一枚と侮るべきではなかった。充分に主役を張ることのできる名脇役ではないか。

 

 再び爽やかな香りで一新された口内の感覚に浸りながら続いて箸を伸ばすのは、かぼちゃなる鮮やかな橙色が眩しい弓状をした厚めの一品。反り返っている側の面に黒緑色の、恐らく表皮らしきものが見えることから、大きな球形の果実をこの厚さに切り落として芯の部分、位置からして種子が含まれている箇所を削ぎ落した結果の、この形状であると推察する。

 

 塩を軽く着けて一口。すっかり気に入りつつある生地の食感を通り抜けた先に、今度は柔らかく崩れる滋味深い甘味が待っていた。噛み締めていく毎にねっとりとした粘質へと変化していき、その度に甘味が増していく。すかさずツユを試せば、嗚呼、案の定。塩気と甘味の調和がこれまた堪らない。これは永遠に噛んでいられる、噛み締めていたいとさえ思いながら、ここで気付いたことが一点。あまり意識せずに、一先ず取りやすい手前から順番に食べていただけなのだが、これはもしや。

 

(手前から奥に行くに連れて、味の濃淡が徐々に変化していないだろうか)

 

 右から崩していくように食していたが、これはもしや『手前の淡白な具材から徐々に奥の濃厚な食材へ』が最適解であったのかもしれない、と今更になって思い至り、まさか盛り付けの時点でそこまで綿密な計算が為されていたとは、と改めて脱帽する。『()()()()()()こだわってる店は珍しい』と昨夜のおでん屋の店主は言っていた。つまり、てんぷらと言う料理においては()()が、現在(いま)でこそ廃れつつあるものの、嘗ては規範であったということか。文化は時流の変遷と共に変化していくのが世の常。温故知新。承前啓後。思い至った以上は、それに倣わねば礼を失するというもの。ここは一旦、仕切り直すとしよう。

 

 さて、この盛り合わせの主賓であろうえびへと箸を伸ばす。位置もさながら、唯一の動物性蛋白質でもあるからだ。えび。頭部胸部共に厚い甲殻に覆われた多脚型の水棲生物の総称。海老(えび)という文字は腰部の湾曲と長い触覚を、年老いた人間の曲がった腰と長い髭になぞらえた文字だというのは、先刻の施設の書籍で学んだばかりであるが、このてんぷらのエビは背筋を正したように真っ直ぐに伸長しており、一端に鮮やかな赤い甲殻が窺える。これは、形状からして尾鰭だろうか。扇状に広がる複数枚が末端で直線になるよう切り揃えられている。えびは主に甲殻内部の肉を食すると聞いていたが、この尾の部分だけが残されている理由は一体何故だろうか。鮮やかな赤は確かに彩りとして優れているけれど、今までを思えば他にも隠れた意図があるように思えてならない。邪推だろうか。やはり要調査案件とする。

 

 1本目の先端に塩をつけ、一口。小気味よい音の後に来る、張りのある引き締まった身の弾力が何とも面白い。歯を立てる度にぷつりと切れ、細かな弾力の感触が独特の香りと旨味と共に広がっていく。これは水棲の、それも海洋に生息する生物であるからだろうか。下味や生地、味付けとして使っている塩とはまた別種の、内側から滲み出てくるような()の気配を感じるのがなんとも不可思議である。

 

 二口目を今度はツユで。やはり塩気との相性が良いのか、醤油とえびとが互いの香りを引き立て合い昇華させる素晴らしい調和と加減である。『お品書き』のそばの欄にも『えび』の文字は多く見受けられた。冷暖を問わず、そもそもそばという料理と相性が良いのだろう。それが証拠に、器から湯気を立ち昇らせた温かいそばにえびのてんぷらを乗せている客の姿が先程から視界の端にあるのだ。暖められたツユとそばの相性もさながら、てんぷらの生地がふやけてツユと混ざり合っているのもまた違った美味さがありそうだ。次回以降の注文にしようと心に決める。

 

「ふむ」

 

 改めて手元を見下ろす。残すはまいたけにアスパラガス、たけのこ、そしてとうもろこしのかき揚げなる他とは一風変わった見た目のてんぷら。盛り付け位置から考えれば次はアスパラガスかたけのこ。どちらから攻めたものか、と暫し考え込んでいた時。

 

「お待たせしました、2枚目です。空いたせいろと交換していきますね」

「おっと。恐縮です」

「ごゆっくりどうぞぉ」

 

 待ちかねていた2枚目のせいろそばが完成したようだ。成程、この容器の名が『せいろ』であるのか。どういった代物なのか、後ほど調べておかねばなるまいと思いつつ、すっかり意識がそばの方へと傾きつつあるのを自覚する。小皿にある薬味は3種類。白い繊維質を摩り下ろしたものと、淡い緑を帯びた白い植物を細かく切り刻んだものと、ツンとした刺激臭を放つ謎の緑のペースト。

 

 果てさて、どれから試してみるとしようか。




 UA16,000並びにお気に入り登録1200突破し、現時点(6月22日23時現在)で既にそれぞれ17,000・1300目前という御贔屓振りに、重ねて御礼申し上げます。千客万来。私の好きな言葉です。5年以上も150話以上かけてコツコツ書いて来た別の二次創作の記録を僅か2週間で追い抜かされそうで複雑な感情を覚えつつも、改めて『ウルトラマン』というコンテンツの強さ、そして『シン・ウルトラマン』という作品の素晴らしさをひしひしと実感しております。

 少々迷ったのですが、筆者のモチベーション維持の為にここで一旦区切らせて頂きました。流石に本エピソードは次回でしっかりと畳みますので、今暫くお時間を頂きたく。可能な限り早く、皆様の下へお届け致します。

 では、次回『そば・てんぷら』完結編でお会いしましょう。ではでは。
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