シン・メフィラスの食卓   作:George Gregory

4 / 12
大爆発五秒前Ⅲ

 何はともあれ、まずは味を確かめなければなるまい。白い繊維質を摘み上げ口にしてみる。すると雪のような白さや透明感からは全く想定外の引き締められるような辛味と、その後を追うようにしてやってくる仄かな甘味を感じ取った。これには驚きに目を見張ると同時に、この甘味には思い当たる節があるような、と暫し考え込んで。

 

(もしや、大根?)

 

 昨夜のおでん、その具材のそれに酷似していると思い至る。成程、大根は生食だとこれほどまでに強い辛味を持っているのか。新たな発見である。果肉を擦り下ろすことでより明確に感じられる繊維質の食感が霜柱を踏みしめるようであるのも、なんとも面白い。

 

 続いて、細切れの淡い緑白色の切片(ねぎ)をひと摘み。こちらもまた、素朴な色調に反してなんとも軽快で切れの良い食感と共に、鼻の奥をくすぐるような酸味に近しい辛味を覚える。先の大根も同様であるが、香味だけでなく、そばとは全く別種の食感を加えることで互いの特色がより強調され、飽きることなく食べられる工夫というわけだ。

 

 さて、目下最大の謎、この緑のペースト(わさび)に挑むとする。かなり粘度が高く、全く混じり気のない、鮮やかな緑一色。ほんの少しを削るようにして鼻先に近づけると、大根とは比べ物にならないほどの刺激が鼻腔の粘膜だけでなく、生体反射による連鎖反応の一種だろうか、若干ではあるが涙腺までもを疼かせた。これは相当に強烈であるに違いない、と自ずと居住まいを正しながら舌先へと落として。

 

「ッ、おぉ」

 

 唾液に触れたと同時に滲んで広がり、舌の上面全体に染み込んでいくように纏わりついて強く麻痺させる。これには堪らず僅かに声を漏らして悶絶した。だが不思議とその刺激に爽快感すら覚えているし、一度(ひとたび)頂点を超えると滞ることなく滑らかに引いていく辛味の内側から微かな甘味が顔を覗かせる。かなり癖は強いが、二口目を強くそそられもする。

 

 では、実際にそばと試してみるとしよう。大根を摘み上げ、一度そばの山の上へ。それを包み込むようにしてそばを持ち上げると、適度にツユをつけて咀嚼。するとどうだ。辛味と甘味が加わることでの味の変化は勿論、より豊潤となったそばの香りが、しかし引き波のように喉奥へと流れていく。立つ鳥跡を濁さず。なんと素晴らしい快感だろうか。

 

 今度は淡緑白色の切片(ねぎ)を包んで頬張る。想定していた通り、香味・食感共に正反対と言ってよい2つが噛み締める度に互いを主張し合う。非常に細く、そして薄く刻まれていることで細胞質が極めて細かく裁断され、香味成分がより強く揮発するだけでなく、瑞々しくも軽快な食感も生み出しているのだろう。そのように考えると、この切片(ねぎ)は食感を、先の大根は香味をより際立たせるために、それぞれこのような調理法が選ばれているのだろうと推測できる。

 

 であるならばやはり、この緑のペースト(わさび)は何らかの植物の果実ないし根茎を擦り下ろしたものであると見た。恐らく大根に比べて含水率が著しいまでに低い、即ち貯蓄する必要がないほど水分の豊富な環境で成長する種。この強い香気成分は外敵を遠ざけるか、他種が成長できないような環境を作り上げる為。尤も、これほど舌を痺れさせる強烈さ。高揮発性だろうことを鑑みても、自身の成長にすら何らかの弊害を齎していそうでもあるし、それ故にこうして地球人に有用性を見出され食用とされているのだろうことは何とも皮肉である。しかし、克服に至っているのであればそのメカニズムに強く興味をそそられるし、もし克服できていないのであれば、やはり私はその『愚かさ』に強く興味をそそられることだろう。

 

 適量と思しき量を摘み上げ、塗布したそばをツユに浸して口内へ。すると最初にそばの豊かな風味が広がり、次いであの強烈な刺激が再度、鼻腔の奥を襲う。また少し多かったか。しかしやはり、決して不快ではない。恐らく、加減さえ弁えていれば、あくまで瞬間的なものであるからだろう。一度その頂点を超えてしまえば、余韻として残る香味がそばのそれと実に相性が良い。

 

 味付けではなく、あくまで主役(そば)を引き立てる添え物。なくとも十分に美味いものを、十二分に味わい深くする為。使うか否かも、その加減も、全て客側の自由意志(すきずき)で、というわけだ。よく考えられている。では何故、この3種類なのだろうか。そばという食文化における基本なのか、それともこの店特有の組み合わせなのか。新たな疑問が浮上するが、それは要調査案件としておいて、一先ず残りが冷めてしまう前にてんぷらの方へと戻ることにする。

 

 残すはまいたけ、アスパラガス、たけのこ、そしてとうもろこしのかき揚げの4種。お冷で口内を濯ぎながら、まずは手前の淡い見た目をしたものからにしよう、とたけのこを選ぶ。

 

 たけのこ。響きから察するに恐らく『竹の子』、即ち竹の新芽の類であると推測する。断面に見える連続した深い切れ込みのような構造、こういうのは櫛状というのだったか、これは竹特有の内部構造へと変化する部分なのだろう。竹に関しては事前調査の折に、何とも面白い生態をした植物だ、と強く印象に残っていた。

 

 塩をつけて一口。さくりとした生地の層を抜けると、今度は繊維質を断ち切るような確かな噛み応えを覚えつつも柔らかいという独特の食感と、見た目の淡さに相違ない優しい甘味。正しく新芽のそれと感じるし、店員はこのたけのこをアスパラガス・とうもろこしと共に『今だけ』と言っていた。『季節物』という意味であれば、やはり新芽と考えるのが妥当であろう。ツユの方も、これまた相性が良い。これほど数多の食材に絶妙に寄り添うツユはどのようにして作られているのだろう。食材には勿論であるが、そちらの方にも俄然興味をそそられてきた。

 

 続いて、アスパラガス。均一で細長い棒状をしていて、側面にはぴったりと張り付く様にした三角形の小さな葉のようなものが先端部へと向かうにつれ徐々に増えていっているように窺える。色調と形状、そして『今だけ』から察するに、やはりこちらも新芽の類であろう。

 

 塩をつけて一口。もう少し固いものかと思っていたが、これが驚くほど柔らかく、大した力を込めずとも簡単に噛みきれてしまう。青草臭はすれどピーマンほどではなく、心地好い歯応えを覚える度に瑞々しい甘味が溢れ出てくる。味付けも不要ではないか、とすら思う程だった。ツユの方も、これはこれで美味いのだが、アスパラガスの淡い甘味と断面積に対してツユの塩気は加減に気を付けないと少々強すぎるようにも思える。如何に万能であろうとも相性というものはあり、重要なのは加減なのだな、と改めて悟りながら、では違う季節ではどのような食材が選ばれるのだろう、と思案する。

 

(芽吹き、実り、熟れ、枯れる。その変化を味覚(食味)だけでなく、視覚(色彩)嗅覚(香気)触覚(食感)といった他の感覚までも用いて愉しむ、愉しませる)

 

 これが昨夜の店主も言っていた『旬』という文化か。『風情』という感覚は未だによく解らないが、その食材が最も美味な時期、という概念については我々(わたし)にも相通じるものがあると感じられる。嗚呼、なんて()()()()()ことだろう。我々(わたし)は元来、こういった栄養素の経口摂取が決して必須ではない種族である。だからこそ、この調査が私にとって快・不快のどちらに傾くかは、今後の本計画における意欲の維持及び向上に如実に直結するであろう不確定要素の1つであった、が。

 

(これならば、その懸念は無用と判断しても良さそうですね)

 

 あるいはただ私の星の巡りが良いだけなのかもしれない。どちらにせよ、如何なる分野においても玉石混交は世の常。その洞察力を磨くための調査である。当たれば喜ばしいし、外れれば次への糧とする。ただそれだけの話だ。

 

 逸れ始めた思考から意識を戻す。ふとした瞬間に興が乗ったり、古い記憶や知識に思い至ったりして()()()()()()()に切り替わってしまうと歯止めが効かなくなるのは私の悪癖だ。過去に何度も矯正を試みたものの、これがなかなかどうして難しい。いい加減、上手い具合の付き合い方や落としどころを見つけなくては、などと考えながらも、私はいよいよ大振りなまいたけのてんぷらへと箸を伸ばしていた。

 

 まいたけ。ブナ科の樹木に寄生し白色腐朽を起こす、太い柄から扁平な板状の傘を幾重にも生やした茸の一種。茸とは菌糸類。即ち、植物とも動物とも異なる全く独自の生態を選んだ非常に興味深い原生生物。そして、生体には極めて高い毒性を持つ種も数多く存在する中で、食用と認められた茸はどれも素晴らしい香りや旨味を持っているのだと聞く。『実はこのおでんのツユにもイロイロと使ってるのよ』とは昨晩の店主の談である。

 

 高まる期待を胸に、塩で一口目。細い糸状の何かを大量に束ねたような柄の部分と、その密度が落ちることで崩れやすくなっているのだろう傘の部分とで全く異なった独特の食感がする。噛み締める度に感じる淡いながらも確りとした旨味は勿論のこと、そばに負けず劣らずの勢いで膨れ上がり鼻腔を突き抜けていく濃密な香りが特に堪らない。この香りをどのように言い表すべきか。煙のようにくぐもっているようでそうでなく、青果のような清涼感や獣肉のような香ばしさとも異なる。だのに、実に薫り高く、そして旨い。ツユに浸しても尚、その輪郭がぼやけるようなこともなく、むしろより一層蠱惑的な香りへと昇華され、陶酔させられる。これはいけない。とてもとてもいけない。この食事を終えたら直ぐに他の食用茸について調査しなくてはなるまい。

 

 さて。いよいよてんぷらも残すところ最後の1つ。とうもろこしのかき揚げ、である。

 

 この黄色い粒は果肉か、それとも種子か。それらが生地を使って纏められ、円盤状になるようにして揚げられている。成程、1つ1つが細かい食材を生地に入れてかき混ぜ一塊にして揚げているからこその『かき揚げ』か。確かにこの手法であれば、単体では小さすぎでてんぷらにするには適さないだろう食材であっても問題なく調理できる。

 

 一端に塩をつけて齧り付き、分厚い生地が爽快な音を立てた、その直後。

 

「―――――」

 

 甘い。とにかく甘い。奔流が如く噴き出て来る甘味に思わず『視』てみると、蔗糖(スクロース)果糖(フルクトース)を始めとした糖分が、今までの食材の比ではないほど豊富に含有されているのが解った。また、食感も面白い。薄皮一枚を噛み破れば小粒とは思えないほどに瑞々しい甘味が溢れるだけでなく、その奥にやや固い芯のような歯応えを覚えるのだ。これらは恐らく、それぞれが胚乳と胚芽。即ち、この黄色い粒はとうもろこしの果実ではなく種子なのだ。こうも皮が薄く柔らかいのは、本来この種子は一際厚かったり丈夫な外皮や外殻の内側で守られているからだろうと推測する。ツユの塩味との相性もまた素晴らしく、生地が豊富な分、吸い上げられて纏わるツユの量が増えているのも堪らない。

 

「ふぅ」

 

 名残惜しいが、最後の一口を嚥下する。これでてんぷらの盛り合わせを全て平らげてしまった。ただ生地を纏わせ油で揚げるだけでなく、あらゆる工夫がなされた素晴らしい一皿であった。食べ終えた今でさえ、皿の底に紙が敷かれていたのは滴下した油を吸収させる為であったか、という新たな発見に心を躍らせている。存分に堪能させてもらった。

 

 なので、最後は純然たる好奇心に身を任せてみよう。

 

 何ということはない。残りのそばに、残った薬味を全て同時に試してみようと考えたのだ。注文して出された品は可能な限り余すところなく、という思いもなくはないが、単に私がそうしてみたいというだけである。

 

 せいろの上に残っているそばに薬味の小皿に残っている全てを移し、包んだものをツユに潜らせて一息に頬張る。大分緑ペースト(わさび)が多かった為に瞬間的な刺激が凄まじくて顔を僅かに顰めるものの、やはりこれが存外に悪くない。想定していた以上にそれぞれの薬味がばらついていないように感じられるのはやはり、これらを一斉に受け入れるツユと、そしてそばの風味が土台として強固である為だろう。果たしてこの麺、一体どのような食材をどのように加工にして作られているのだろうか。女性店員は『十割』という単語を口にしていた。ということは別種のそばもあるのだろうか。次々に湧いて出る疑問に思索を巡らせながら、最後の一口の風味を楽しんでいた時だった。

 

「あらあら、こんなに綺麗に食べて下さって。お口に合いました?」

「えぇ、とても。この店の大将は大変素晴らしい腕をお持ちのようだ」

「それはそれは、ありがとうございます。よろしければこちら、お試しになってみて下さいな」

 

 再度、店の奥から出て来た女性店員が、朗らかな笑顔と共に角ばった真っ赤な水差しを卓上に置いた。触れてみると仄かに温かく、蓋を開けて中を覗いてみれば白く濁った液体が湯気を立ち昇らせている。

 

「これは一体」

「蕎麦湯、と言いましてね。おそばを茹でた後の茹で汁です。おそばの栄養と風味がたっぷり溶け出してますし、お腹にもいいんですよ」

「ほぅ」

 

 まさか茹で汁まで食すとは、どこまでも無駄がない。素晴らしい精神性である。

 

「そのまま飲んでいただいでも大丈夫ですし、おツユを割って飲んだり、残った薬味を入れたりしてもまた違った楽しみ方が出来るんですよ」

 

 なんと。そうと知っていれば少しは薬味を残しておいたのだが。まぁ、過ぎたことをとやかく言っても致し方あるまい。次回以降の楽しみにするとして、まずはそのままの蕎麦湯を空いた小皿に注いでみる。

 

 注ぎ口から出てくる蕎麦湯はかなり粘性が高く、それだけで相当量の成分が溶出していることが判る。鼻先を近づけると、確かにそばの香りが強くしていた。徐に小皿を傾け口に含めば、そばの風味がより温和になって口腔から鼻腔を緩やかに通り抜け、心地好い熱が喉を越えてゆっくりと腹の底へ沈んでいく。あぁ、これは良い。正にそばの最後を締めくくるのに絶好と言えよう。今度は残ったツユを、同量程度の蕎麦湯で割り、一口。あぁ、これもまた、良い。元より円やかなツユの香りが更に柔らかく風味豊かに膨らみ広がっていく。自然と脱力し目を閉じて、鼻と舌の感覚に暫し浸る。

 

 やがて私は閉じていた両目をゆっくりと開き、店の天井近くの電子筐体(テレビ)へと視線をやって。

 

『―――続いてのニュースです。本日正午、日本政府は過去に4度出現した巨大不明生物の総称を《禍威獣(カイジュウ)》と認定し、《禍威獣特設対策室専従班》、通称《禍特対》の設立を決定したことを発表しました』

 

 やれやれまったく、この惑星(ほし)は私を惹きつけてやまないな、と。緩やかに笑みを深めた。

 




 すみません、来月頭に迫ったリアルの引越準備とモンハンで投稿が遅れました。デッカー始まりましたね。これから毎週土曜日が楽しみでなりません。

 UA累計32,000並びにお気に入り登録1700人、本当にありがとうございます。見たことのない数字にビビり散らかしながらも感想の一つ一つに欣喜雀躍しております。

 本作『シン・メフィラスの食卓』は一先ず残り5エピソード程度を考えており、書き終わり次第興が乗れば人生初の薄い本にでもしようかな、なんてことを考えたりしております。よろしければ今後とも気長にお付き合い下さいませ。

「ほぅ。これが米、ですか」

 では次回『〇〇〇〇〇〇』編でお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。