何はともあれ、まずは味を確かめなければなるまい。白い繊維質を摘み上げ口にしてみる。すると雪のような白さや透明感からは全く想定外の引き締められるような辛味と、その後を追うようにしてやってくる仄かな甘味を感じ取った。これには驚きに目を見張ると同時に、この甘味には思い当たる節があるような、と暫し考え込んで。
(もしや、大根?)
昨夜のおでん、その具材のそれに酷似していると思い至る。成程、大根は生食だとこれほどまでに強い辛味を持っているのか。新たな発見である。果肉を擦り下ろすことでより明確に感じられる繊維質の食感が霜柱を踏みしめるようであるのも、なんとも面白い。
続いて、細切れの淡い緑白色の
さて、目下最大の謎、この緑の
「ッ、おぉ」
唾液に触れたと同時に滲んで広がり、舌の上面全体に染み込んでいくように纏わりついて強く麻痺させる。これには堪らず僅かに声を漏らして悶絶した。だが不思議とその刺激に爽快感すら覚えているし、
では、実際にそばと試してみるとしよう。大根を摘み上げ、一度そばの山の上へ。それを包み込むようにしてそばを持ち上げると、適度にツユをつけて咀嚼。するとどうだ。辛味と甘味が加わることでの味の変化は勿論、より豊潤となったそばの香りが、しかし引き波のように喉奥へと流れていく。立つ鳥跡を濁さず。なんと素晴らしい快感だろうか。
今度は淡緑白色の
であるならばやはり、この緑の
適量と思しき量を摘み上げ、塗布したそばをツユに浸して口内へ。すると最初にそばの豊かな風味が広がり、次いであの強烈な刺激が再度、鼻腔の奥を襲う。また少し多かったか。しかしやはり、決して不快ではない。恐らく、加減さえ弁えていれば、あくまで瞬間的なものであるからだろう。一度その頂点を超えてしまえば、余韻として残る香味がそばのそれと実に相性が良い。
味付けではなく、あくまで
残すはまいたけ、アスパラガス、たけのこ、そしてとうもろこしのかき揚げの4種。お冷で口内を濯ぎながら、まずは手前の淡い見た目をしたものからにしよう、とたけのこを選ぶ。
たけのこ。響きから察するに恐らく『竹の子』、即ち竹の新芽の類であると推測する。断面に見える連続した深い切れ込みのような構造、こういうのは櫛状というのだったか、これは竹特有の内部構造へと変化する部分なのだろう。竹に関しては事前調査の折に、何とも面白い生態をした植物だ、と強く印象に残っていた。
塩をつけて一口。さくりとした生地の層を抜けると、今度は繊維質を断ち切るような確かな噛み応えを覚えつつも柔らかいという独特の食感と、見た目の淡さに相違ない優しい甘味。正しく新芽のそれと感じるし、店員はこのたけのこをアスパラガス・とうもろこしと共に『今だけ』と言っていた。『季節物』という意味であれば、やはり新芽と考えるのが妥当であろう。ツユの方も、これまた相性が良い。これほど数多の食材に絶妙に寄り添うツユはどのようにして作られているのだろう。食材には勿論であるが、そちらの方にも俄然興味をそそられてきた。
続いて、アスパラガス。均一で細長い棒状をしていて、側面にはぴったりと張り付く様にした三角形の小さな葉のようなものが先端部へと向かうにつれ徐々に増えていっているように窺える。色調と形状、そして『今だけ』から察するに、やはりこちらも新芽の類であろう。
塩をつけて一口。もう少し固いものかと思っていたが、これが驚くほど柔らかく、大した力を込めずとも簡単に噛みきれてしまう。青草臭はすれどピーマンほどではなく、心地好い歯応えを覚える度に瑞々しい甘味が溢れ出てくる。味付けも不要ではないか、とすら思う程だった。ツユの方も、これはこれで美味いのだが、アスパラガスの淡い甘味と断面積に対してツユの塩気は加減に気を付けないと少々強すぎるようにも思える。如何に万能であろうとも相性というものはあり、重要なのは加減なのだな、と改めて悟りながら、では違う季節ではどのような食材が選ばれるのだろう、と思案する。
(芽吹き、実り、熟れ、枯れる。その変化を
これが昨夜の店主も言っていた『旬』という文化か。『風情』という感覚は未だによく解らないが、その食材が最も美味な時期、という概念については
(これならば、その懸念は無用と判断しても良さそうですね)
あるいはただ私の星の巡りが良いだけなのかもしれない。どちらにせよ、如何なる分野においても玉石混交は世の常。その洞察力を磨くための調査である。当たれば喜ばしいし、外れれば次への糧とする。ただそれだけの話だ。
逸れ始めた思考から意識を戻す。ふとした瞬間に興が乗ったり、古い記憶や知識に思い至ったりして
まいたけ。ブナ科の樹木に寄生し白色腐朽を起こす、太い柄から扁平な板状の傘を幾重にも生やした茸の一種。茸とは菌糸類。即ち、植物とも動物とも異なる全く独自の生態を選んだ非常に興味深い原生生物。そして、生体には極めて高い毒性を持つ種も数多く存在する中で、食用と認められた茸はどれも素晴らしい香りや旨味を持っているのだと聞く。『実はこのおでんのツユにもイロイロと使ってるのよ』とは昨晩の店主の談である。
高まる期待を胸に、塩で一口目。細い糸状の何かを大量に束ねたような柄の部分と、その密度が落ちることで崩れやすくなっているのだろう傘の部分とで全く異なった独特の食感がする。噛み締める度に感じる淡いながらも確りとした旨味は勿論のこと、そばに負けず劣らずの勢いで膨れ上がり鼻腔を突き抜けていく濃密な香りが特に堪らない。この香りをどのように言い表すべきか。煙のようにくぐもっているようでそうでなく、青果のような清涼感や獣肉のような香ばしさとも異なる。だのに、実に薫り高く、そして旨い。ツユに浸しても尚、その輪郭がぼやけるようなこともなく、むしろより一層蠱惑的な香りへと昇華され、陶酔させられる。これはいけない。とてもとてもいけない。この食事を終えたら直ぐに他の食用茸について調査しなくてはなるまい。
さて。いよいよてんぷらも残すところ最後の1つ。とうもろこしのかき揚げ、である。
この黄色い粒は果肉か、それとも種子か。それらが生地を使って纏められ、円盤状になるようにして揚げられている。成程、1つ1つが細かい食材を生地に入れてかき混ぜ一塊にして揚げているからこその『かき揚げ』か。確かにこの手法であれば、単体では小さすぎでてんぷらにするには適さないだろう食材であっても問題なく調理できる。
一端に塩をつけて齧り付き、分厚い生地が爽快な音を立てた、その直後。
「―――――」
甘い。とにかく甘い。奔流が如く噴き出て来る甘味に思わず『視』てみると、
「ふぅ」
名残惜しいが、最後の一口を嚥下する。これでてんぷらの盛り合わせを全て平らげてしまった。ただ生地を纏わせ油で揚げるだけでなく、あらゆる工夫がなされた素晴らしい一皿であった。食べ終えた今でさえ、皿の底に紙が敷かれていたのは滴下した油を吸収させる為であったか、という新たな発見に心を躍らせている。存分に堪能させてもらった。
なので、最後は純然たる好奇心に身を任せてみよう。
何ということはない。残りのそばに、残った薬味を全て同時に試してみようと考えたのだ。注文して出された品は可能な限り余すところなく、という思いもなくはないが、単に私がそうしてみたいというだけである。
せいろの上に残っているそばに薬味の小皿に残っている全てを移し、包んだものをツユに潜らせて一息に頬張る。大分
「あらあら、こんなに綺麗に食べて下さって。お口に合いました?」
「えぇ、とても。この店の大将は大変素晴らしい腕をお持ちのようだ」
「それはそれは、ありがとうございます。よろしければこちら、お試しになってみて下さいな」
再度、店の奥から出て来た女性店員が、朗らかな笑顔と共に角ばった真っ赤な水差しを卓上に置いた。触れてみると仄かに温かく、蓋を開けて中を覗いてみれば白く濁った液体が湯気を立ち昇らせている。
「これは一体」
「蕎麦湯、と言いましてね。おそばを茹でた後の茹で汁です。おそばの栄養と風味がたっぷり溶け出してますし、お腹にもいいんですよ」
「ほぅ」
まさか茹で汁まで食すとは、どこまでも無駄がない。素晴らしい精神性である。
「そのまま飲んでいただいでも大丈夫ですし、おツユを割って飲んだり、残った薬味を入れたりしてもまた違った楽しみ方が出来るんですよ」
なんと。そうと知っていれば少しは薬味を残しておいたのだが。まぁ、過ぎたことをとやかく言っても致し方あるまい。次回以降の楽しみにするとして、まずはそのままの蕎麦湯を空いた小皿に注いでみる。
注ぎ口から出てくる蕎麦湯はかなり粘性が高く、それだけで相当量の成分が溶出していることが判る。鼻先を近づけると、確かにそばの香りが強くしていた。徐に小皿を傾け口に含めば、そばの風味がより温和になって口腔から鼻腔を緩やかに通り抜け、心地好い熱が喉を越えてゆっくりと腹の底へ沈んでいく。あぁ、これは良い。正にそばの最後を締めくくるのに絶好と言えよう。今度は残ったツユを、同量程度の蕎麦湯で割り、一口。あぁ、これもまた、良い。元より円やかなツユの香りが更に柔らかく風味豊かに膨らみ広がっていく。自然と脱力し目を閉じて、鼻と舌の感覚に暫し浸る。
やがて私は閉じていた両目をゆっくりと開き、店の天井近くの
『―――続いてのニュースです。本日正午、日本政府は過去に4度出現した巨大不明生物の総称を《
やれやれまったく、この
すみません、来月頭に迫ったリアルの引越準備とモンハンで投稿が遅れました。デッカー始まりましたね。これから毎週土曜日が楽しみでなりません。
UA累計32,000並びにお気に入り登録1700人、本当にありがとうございます。見たことのない数字にビビり散らかしながらも感想の一つ一つに欣喜雀躍しております。
本作『シン・メフィラスの食卓』は一先ず残り5エピソード程度を考えており、書き終わり次第興が乗れば人生初の薄い本にでもしようかな、なんてことを考えたりしております。よろしければ今後とも気長にお付き合い下さいませ。
「ほぅ。これが米、ですか」
では次回『〇〇〇〇〇〇』編でお会いしましょう。