哺乳類の鯨偶蹄目に分類され反芻をする家畜から得られる乳を、乳酸発酵や柑橘果汁の添加で酸乳化した後に加熱して固形分を濾し取ったり、
用いる乳の種類、発酵や凝固の手法によってその種類は実に多岐に渡り、中には顔を顰めるような悪臭を発するものも存在するという。このカレーに用いられているのは恐らく、牛乳から作られたナチュラルチーズというものであろう。提供されて間もない頃は細かな切片状であったものが、今はカレーソースの熱で見る影もないまでに溶解、茶褐色の中に乳白色の広がりを見せている様は、水面に反射する
「おぉ」
伸びる。伸びる。見事なまでに伸びる。これが
手繰るようにして伸長するチーズを切り、口に含む。食味は淡白、なれど滋味深く濃厚に感じられる。そもそもの原材料が哺乳類の幼体の主食として母体が血液を作り替えた分泌液であるのだから、栄養価に優れているのは必定であるのだが、微かに加味された塩気によって本来の淡白な甘味が確りと輪郭を帯びているように錯覚させられているのだろうか。基本はこのように切片であったり、他にも紙片状や粉末状にしたりして調味に用いるそうだが、単体で主菜としたり酒の肴とする愛好家も多いとのことだ。成程、
今度はカレーソースと半々程度になるような具合でスプーンを落とし、掬い上げたものを口に含む。カレーの刺激をチーズの淡白さが円やかに和らげながらも、濃厚な旨味が加わることで食味に、更なる深みや奥行きと呼ぶのが最も相応しいような何かを覚えるようになった。これは一体、と考えて直ぐに事前調査の折に読み漁った文献のある記述に思い至る。
「これが、コク」
未だ明確な定義づけが為されていないが、甘味・苦味・酸味・辛味・旨味の五基本味に香りや食感が加わることで生まれる総合感覚を指す言葉、なのだそうだ。文字通りの『濃』、あるいは別の大陸にて穀物の成熟を表す『酷』が語源であるとされ、一般的には含有物質の種類で客観的評価が可能な複雑さ、嚥下する際に喉から鼻腔へとかけて時間的・空間的な膨張を錯覚させる口中香、そして香気成分が浸透しやすく舌や鼻の粘膜に付着・滞留しやすい脂が齎す余韻の持続性、主にこれらの3要素で構成されているのだそうだ。
ただ無作為にかけ合わせても生まれるワケではなく、初めてそばをツユにつけて食べた際にも、カレー程の刺激や濃厚さはなかったにせよ似たような感覚があったことを思い返すと、料理の種類によって
では、ここに米ととんかつを足せば、どうなってしまうのか。再度カレーとチーズとを半々にし、とんかつの一切れの上へと垂らして、その一切れを下の米ごと掬い上げる。相反する2色の、けれど好相性なコク味溢れたソースが緩やかに滴り落ちるその様の、なんと魅力的、いやさ蠱惑的であることか。少々下品では、と数瞬頭を過るものの抗えず、大口を開けて一息に頬張れば。
「―――――――――」
知っている。これが高
「…………」
咀嚼し、嚥下し、余韻に浸り、そして。
「美味い」
こうも思うのだ。真に優れたものに華美な装飾は不要、と。
「雄弁は銀、沈黙は金」
この惑星の先人は実に耳障りの良い響きや語感で含蓄に富んだ言葉を遺す。私も倣いたいものだ。
「さて」
いくら美味と言えど、何事にも加減はつきものであるし、何よりも一口ごとにこの陶酔感では流石に完食するまで身が持たない。ここまでの強烈さは埒外であったが、
「らっきょう」
小皿を手繰り寄せながら、小指の先ほどの大きさをしたそれを見下ろす。ヒガンバナ科ネギ属の多年草、別名を『サトニラ』または『オオニラ』とされる植物の鱗茎の甘酢漬け。他に味噌漬けや醤油漬けもあるが、カレーの付帯品としては甘酢漬けが定番なのだそうだ。調味液が十分に浸透して仄かな黄白色と透明感を帯びた小粒は、しかし全く向こうを見透かせないことから、その密度の高さが窺える。鼻を突くような特有の刺激臭は強力な抗菌作用を持つ
果たしてどのような代物なのか。一粒目をそっと掬い上げ、口に含んでみる。
再び遅くなりまして。近日中とは一体。まぁ、私がスプラ3だけでなく、ずっと放置してたブレワイ始めたせいなのですが。
……そういやですね、よくよく居酒屋のシーン見返してみたら、食べてましたわ、らっきょう。次回はいよいよそのらっきょう食わすところから今度こそこのエピソード畳みます。今少しお時間をください。もうすぐゾーラ・リト・ゴロンの里に着きそうなんです(原稿を書け)
では、また次回お会いしましょう。