拝啓、百合に挟まらないと世界がポップに滅ぶようなので 作:ああ
そのためタイトルは仮題。
勇気。そう、勇気だ。
ミヤビがこの学校に入ってからやってる行動には必ず勇気が消費されている気がする。けど、その消費される理由はとても下らない。自分でも偶に、どころじゃなくかなりしばしば、こんな行為止めたいと思う。何故ならいま目の目で抱き合っている二人の女子の仲を悪くしようと───というと何だか悪者みたいだから言い直すと、親友以下の関係性で止めようとしている、それがここ最近の勇気の使い道だからで。
「シオン、私なんかと仲良くしてたら後悔するわよ?」
「ウーネちゃん……でもね、違うの。仲良くしたいからじゃなくて、もう仲が良いからこうしてるんだよ?」
「そうなんだ……じゃあ。仕方ない、かな」
片方は茶色の髪の女の子だ。腰まで伸び切った生糸みたいな長い髪は癖の無いストレートで、顔立ちも良い。ぶしつけに言えば特徴の無い顔立ちではあるけども、よく見れば顔のパーツは整っているし微笑む表情は小型犬っぽい。身長が比較的小さいから余計にそう見える気がする。名前はシオン。女の子っぽい名前で良いと思う。対してもう片方の女の子は青みがかった銀髪で、あまり表情が動かないのが少し怖い。でもシオンと並ぶとハッキリと美しい相貌が良く分かる。決してシオンが美しくないとかそういうわけではないけど、それでもこのウーネと比較してしまえば正直な話やはり際立って見えてしまう。精巧なフィギュアだとか、西洋人形だとか、色々例えは思いついたけどやっぱり違う。このウーネという女の子を何かに例えようとするとどうしても無機物に偏ってしまう。まあつまり、あまり語彙を持たないミヤビが言葉で語ろうとすればそれくらいしか思いつかないほど幻想的な容姿をしているということ。
そんな二人が夕方の放課後の教室で抱き合っている。夕日に照らされた女の子二人は、それは何よりも尊く見えた。二人の空間だけが異空間みたいにふわふわとしてて、廊下から教室のドアをチラッと開けて覗いているこちらまで照れそうになる。多分、二人にまだああいう感情はないはずだけど。愛とか、恋とか、そういうやつ。だから妙に顔が近いとは言ってもキスをする気配とかはない。
ミヤビは思案を巡らせながら、この場に介入しない理由を探そうとして、しかし見つからない。駄目だ。どう足掻いても未来のことを考えたらこの二人をこれ以上親密にしてはならない。介入しないと。足を一歩前へ。それから、声だ。何か声を掛けて、あの二人が互い同士に向け合っている意識を逸らさないと。でもなんて言えば良い? 野球しようぜ? それは磯野を誘う時専用コマンドであって、あんな特別感溢れるオーラを出す二人に掛ける第一声じゃないだろ。でも他に何を言えば良いんだ、ぜんっぜん思いつかないんだけど。
でもこのまま手をこまねいてたら、後もう一カ月もせずにウーネ√に突入しそうだ。それは本当に不味い。何が不味いって世界が滅ぶからだ。世界が滅ぶってことは、つまり死ぬってことだ。死だ。生き残るのはたった二人、シオンとウーネだけで他はみんな死滅する。
息を吸う。吐く。また吸う。口の中を濯ぐみたいに空気を揉みこんで、今度は鼻から吐く。そうだ、しっかりしないと。こんな恋愛ゲームの世界の中で死んでたまるか。燃えろよ反発心。今こそ火事場の馬鹿力を発揮するところだ。これが火事場と言われれば違う気もするけど。
ガラッ!
意を決して教室のドアをゆっくり開けたつもりだったミヤビだったが、思いのほか力が籠る。緊張していたみたいだ。ってなに他人事みたいに言ってるんだ俺……。完全に失敗じゃないか。もうさ。
大きな音が教室内、それから廊下に響き渡って、今まで互いに視線を向け合っていた二人がミヤビへと顔を動かした。気のせいじゃなければウーネの方は少し不機嫌に見える。二人きりの空間を邪魔されて、ということなんだろうと推察は付けられる。
そ、そうだ……! 兎にも角にも教室に踏み込んでしまったのだ。もう後戻りは出来ない。何か声を掛けないと!
「ええっと……うん、こんにちは。その、何だろう。わ、忘れ物……そうだ忘れ物をしちゃってこんな時間に教室に着ちゃって……偶然だね……ははは……」
「ミヤビくんこんにちわ。それはなんというか奇遇だね……凄い挙動不審だけど大丈夫?」
シオンは驚きから目を見開いた。
「そ、そうかな? 割といつもこんな感じだと思うけど私」
実際、そんな感じだ。優柔不断気味だから一言目をはっきり言えることは多くないし、人から突然名指しされたら動揺したりもする。威風堂々という言葉からはすっかり遠くにある人間だ。自虐みたいで嫌だけど本当のことだし。
「うーん、そんなこと無いと思うけどなー。私は。ウーネはどう思う?」
何でそこでウーネに話を振るんだよ、と思いつつもミヤビはウーネの方を見た。冷徹な視線。殺される。とかちょっとだけ思ってしまった。流石に突然そんなことをするような人間ではないけど……いやどうだろう。ウーネというキャラクターはヤンデレの素質があったし。少なくとも邪魔な羽虫とは思ってそうだ。
「興味がない。その人、誰?」
「クラスメイトのミヤビさん。ミヤビ・デュルヒオミンさんだよウーネちゃん」
「そう。でも覚える気もないしいいから」
にべもなく言い切るウーネに、シオンは額に手をやった。分かる。ウーネって主人公以外にはてんで興味とか愛情とか示さないから。ゲームでも別ヒロインを攻略するときこのウーネに惚れられると本当に苦労した記憶がある。
「そんなこと言っちゃダメだよ! 友達沢山作った方が絶対に楽しいんだから!」
「どうでもいい。友達なら一人いれば十分よ」
「ダメ! ほら、ミヤビさんに挨拶する!」
まるで母親みたいに世話を焼くシオンにウーネはそっと瞳を閉じて、一つ息をつく。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよー」
ごきげんようって生で聞いたことなかったな、なんて考えてたせいかミヤビまでごきげんよう返しをしてしまう。初めて言った気がする、ごきげんようって挨拶。言ってみてわかったけどかなり恥ずかしい。二度と使うことはないだろう、うん。使いたくない。恥ずかしいから。顔、赤くなってないよな?
てんぱってオウム返しをしたミヤビがおかしかったのか、シオンは「ふふふふ……!」と息を漏らすようにきれいな音で笑う。笑い方でも美少女って美少女らしさが出るんだなぁと思う。声に女性フェロモンでも格納されているみたいに引き付けられてしまう。いつまでも見てられそうな気がしたけど、視姦してるとウーネに思われたら今度こそ死ぬかもだし。適度に視線を反らしてご機嫌を取っておこう。
それより、この二人をどうにかして引き離す方が肝心だ。とりあえず、この場では物理的に。ミヤビはそれが目的でこんな入りにくい百合空間に割り込んだのだから。
手掛かり。何かこの二人を物理的に別れされるような口実があれば。
何か、何かあればいいんだけど。頭の中では何一つ浮かばない、ご都合主義的な何かを求めてチラリと辺りを見渡してみる。教室は特に変化も無く、二時間前に授業を受けていた時と同じような空間があるだけ。中央の教壇を中心に一列ごとに段差が付けられ、椅子は床に据え付けられるタイプのもの。部屋の造りは中学や高校よりも、コンサートホールとか大学の講堂の方が近い。もう一カ月も通えば見慣れているせいか、特段の感想も無いものだけど。部屋の音も時計がチクタクと針を進めるのみで……。
時計? 反射的にミヤビは時刻を確認する。午後6時43分。完全下校時刻となる7時はもうすぐだ。これは使える。
「シオンさん、ウーネさん。そろそろ校舎が閉まるからさ、帰った方が良いと思うよ」
「……あ! 本当だ! 全然気づかなかった、そうだね、そうしようかな」
シオンはそう言って慌ててカバンを持つ。
「私、もう帰るね! 明日の宿題もヤバいし……やばやば。思い返したら何も手付けてないよ私……ウーネちゃんまた明日!」
シオンは夜逃げするみたいに準備を整えて、教室を駆け足で飛び出した。なんか、思っていた以上に過敏に反応していなくなっちゃったな……それにウーネにしか挨拶しなかったし。俺、挨拶されなかったし。まあ話したことなんて数回しかない関係性だからしょうがないとはいえ、少しモヤモヤする。でも成功したから、いいか。となると、問題は一つ残る。
ミヤビは恐る恐る視線を残ったもう一人に向けた。ウーネはミヤビを見ている。蛇みたいにまとわりつく視線で、こちらを見ている。
ウーネには嫌われたかな? いや嫌われただろう。シオンと違ってウーネとはほぼ初対面みたいなもんで、会話を交わしたのも今日が初めてだ。加えてウーネはもっとシオンと一緒にいたかっただろうし、ミヤビはウーネにとって邪魔者であることは想像に容易い。さっきまでの会話を聞いてただけどもウーネのシオンに対する好感度は中々高い。だからシオンが消えた途端、表情が若干強張った。怖い。怖すぎる。ゲームだとまだ可愛さとかあったけど、プレイヤーは主人公視点だからウーネから好かれる立場上まだ甘いところもあったけど、現実で第三者として接するとこんなにも怖いのかこの子。なに言えば良いのかな。好きな食べ物とか今日の天気とか授業のこととか、そういう会話を振っても冷たい言葉の槍が出てくる気しかしないし。
……でも、そっか、そもそも会話する必要なんてないじゃん。ミヤビは思考の迷宮に迷い込みかけて、ハッと気づく。目的はシオンとウーネを切り離すだけで、それ以上深入りする必要なんて最初からなかった。それすら忘れるなんて……メイン人物たちの空気に当てられちゃったかな。ともかく撤退。逃げるが勝ち。
ミヤビはウーネの気配にビクつきながらも教室背後のロッカーから適当に教科書を回収する。忘れ物はこれでいいだろう。明日の授業で使う教科書だから、予習用に使うと言えば不審さもそこまで感じないだろうから。って論理武装したところで誰かに説明するわけじゃないけど……。
「じゃあ、これで。忘れ物も見つけたしさ」
「そう」
ウーネは小さく呟いて、視線を外に向けた。興味を本当に持たれていないんだなと思う。ミヤビよりも窓越しに空を飛ぶ鳥の方がウーネにとっては関心の対象ということなのだろう。女の子から無視されて残念のような、興味を持たれていたとしても殺意とか悪意だろうから寧ろありがたいような。
ミヤビはウーネに話しかけるようなことはせず、そのまま荷物を持って教室を出る。ウーネも何も言わず、その様子を気にも留めていない。
教室から出て最初に出たのはため息。妙に疲れた。たった数分のことだったのに、妙なプレッシャーが常に掛けられていたように感じた。マジで掛けられてたんだと思う。ウーネから、もしかしたらシオンからも。
だってこの世界は百合恋愛シチュエーションゲームなんだから。ミヤビはただの脇役で、本来アドバイザーキャラとしてしか機能しない舞台装置なんだから。何の不思議もない。
これから先もこんな展開が続く。続くんだろうな……ホントに。本音を言って、勘弁してほしい。でも何とかしなきゃならない。何とか。具体性のある対策は何一つ思いついてないけど。せめて他のヒロインに鞍替えさせるか、ウーネとだけは諦めさせるか。でもウーネの性格上それも一波乱、どころじゃ済まなそうだ。……でもやらなきゃ。
肩を落として苦笑いを浮かべて、ミヤビは学園の直ぐ傍に建つ学生寮へと足を進めた。
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この世界のジャンルが百合恋愛シチュエーションゲームだということを知っている。この世界で唯一、ミヤビだけが知っている。
自分が突如そうなってしまったと、明確に自覚したのは十歳の時だった。ミヤビ・デュルヒオミンに転生してしまっていたと気付いたのは自分の誕生日パーティーの後、着飾ったタキシードを脱ごうとしたその瞬間だった。
顔が、女の子っぽかった。女の子なのにタキシードをきっちりと着てて、滅茶苦茶違和感がある。男装にしても、ここまで可愛い系の顔立ちならもうただの女の子にしか見えない。そもそも誰なんだ? 何でこんな顔になって……というかこの子のことを見たことがある気が?
丁寧に観察すれば、顔立ちは若干丸っぽい顔だからか幼く見える。ぷくりと膨らんだ小さな唇に、現実にいたらサイケデリックな色合いでしかないピンクの髪の毛。お目目は大きく、人目はライトグリーン。年齢もあって小柄な身体だけど、明らかに将来美少女として育ちそうな女の子で……。
……うん? でもこの感覚、この下半身の布の感覚。知ってる気がする。とても馴染みがある気がする。でも、それを言葉にしてしまうの野暮というか、性別の神秘に踏み入れてしまいそうな躊躇心があるな……って何を気にしてるんだ。そんな場合じゃないよな。
恐る恐る、下半身に手を近づける。ズボンのベルトを緩めようとしたところで突如、年端も行かない少女へのセクハラという倫理観が脳裏から現れて、一度手を引っ込める。でもだ。事実としてどういうことか、この姿見に移る女の子はどうやら自分……らしい。じゃあ……まあ……合法というか、仕方ないというか、弥縫策というか。上手く言えないけど、確かなのはこうやって自分に言い訳をしててもしょうがないということには違いないはず。
無意識に唾を飲み込んで、両手でベルトをそっと外した。ズボンは少し緩いのか、そのまま力を籠めずとも重力に従ってずるずる床へと落ちる。成長を加味して作られてるのかな。親からの愛情を感じる。何だか懐かしい……中学生になった時に買ってもらった制服もこんな感じでダボついてた。でもちゃんと三年生になる頃にはサイズがピッタリだったんだよな。
はあ。うん。そうだな、そう。
現実逃避はこのくらいにしておこう。無意識だったけど、思考が完全に現実を直視できずにいた。だってそうじゃないか。当たり前だと思う。こんなのは詐欺だ。こんな見た目をしてて……男の子だったなんて。
男の娘。ピンク髪。年齢を考えても幼く見える顔立ち。
点と点が走って、繋がって、電撃が走る。そうだ。この子、昔やったことがあるゲームのキャラクターだ。少し幼いから気が付かなかったけど、多分そうだ。
名前は、そう。ミヤビ。フルネームはミヤビ・び……ビオフェルミン? なんかそんな感じの乳酸菌がたっぷり入ってそうな家名だった気がする。ビオフェルミンでは、無いとは思うけど。利権的に。
とにかく。何がとにかくかは分からないけど。転生、憑依、或いは記憶相続。みたいな感じのことが起きてるらしい。理屈は不明で、これから何をすればいいかも全然さっぱりだけど。もうちょっと本格的に、自分のこれからの身の振舞い方とかを考えた方がいいかも。
呆然としながら、それだけは認識しないといけないとミヤビは自分の髪の毛に手を当てた。
必須そうなもので足らないタグとかあれば、教えていただけるとありがたいです。ガチ。