拝啓、百合に挟まらないと世界がポップに滅ぶようなので   作:ああ

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③人見知りタンデム

 

 

 指針が決まっても、行動は中々起こせるものではなかった。

 アレから二日経ったけど、ミヤビは相変わらずグダグダと管を巻いていた。何をしていたと問われれば、何もしてないとしか言えない。授業を受け、放課後に自主練を行う。今までもしてきたその繰り返しを二日間またやっただけで、シオンとウーネの関係性には何一つ切り込めていない。それどころか話しかけすらしていない。ただのクラスメイトが用もなく話しかけたら変だな、と考えてしまうと中々踏ん切りがつかなかった。

 

 寧ろ、この前はよくやった方じゃないか? ほぼ話したことが無い女の子二人の空間に割り込んで、あまつさえ適当な嘘で事実を煙に巻いた。それだけで表彰ものって言えるんじゃ。

 

 なんて一瞬は考える。けど、本気で思えるほど流石に脳内お花畑じゃないからか気分的にはそこはかとなくブルーだ。昨日はただ二人を引き離しただけで、物理的に。二人の関係性、百合未満友達程度の関係性に何も変わりはしてない。つまり、とにかく、何かしないとならない。

 

 ……でも。

 ならない、ならないから、ならないのだ。

 とか、強い使命感ばかり並べてミヤビは自身の意思を補強しようとしている。義務的な焦燥感ばかり募らせても良くない気はミヤビも常々感じている。でも、何もしないと何も変わらないから。世界は本当に滅んじゃう、かもしれないから。

 

 視線を傾ける。シオンはウーネに話しかけていた。ウーネも仏頂面を装いつつも何処か嬉しそうなオーラを漂わせているのを見る限り、悪い気はしてないのだろう。何とも言い難い、百合の花が咲いている。二人共容姿が優れてるから見てて何だ癒やされる……いやだから咲かせちゃ駄目なんだって。その百合は世界を滅ぼすんだって。何ほんわかしてんだ俺は。

 

 憂鬱気味な感情を誤魔化すようにミヤビは一息入れる。きっと世界で一番心に悪い百合だ、あの二人。あの二人じゃなければ、主人公とウーネでさえなければ、何も考えずにいられたのに。

 

「魔法」

 

 唐突に声がした。

 コミュ障かつ、今まで大多数のクラスメイトとは業務連絡くらいの会話しか交わせなかったミヤビに話しかける生徒なんて限られてる。

 

「レインさん……魔法って?」

 

振り返れば、やはりレインだった。今まで気にしたことなかったけど目が大きい。瞳はライトグリーンだ。非現実的だなぁ、と謎の感心。

 

「さんは良い。昨日も言ったはず」

「でも、ええと……なんて言うか。そんな、こう言うのもアレと言えばアレだけど、友達とかじゃないよね私たち?」

 ミヤビは迂遠に迂遠を重ねて柔らかく意義を申し立てる。レインはその言葉に眉をピクリとひそめながら

「人と人の関係値を言葉如きで定義するなんて愚昧なこと。友達と言う既存の定義に無理矢理嵌め込む必要性なんて無い。違う?」

「それ友達いない人間の論理───」

「何か言った?」

「いえ、何も。何も言ってないです」

 

 暗く冷淡な視線にミヤビの口は反射的に動いた。なんか、怖い。顔が綺麗だからか、無表情だからか、肝が太いからか。分からないけどなんか怖かった。

 こうなればレインを呼び捨てにするしか道は無さそうだ。いや別にレインがいいんなら良いけど? 俺は正直どっちでも良かったし? ……ごめん、強がった。普通に緊張します。

 

「じゃ、じゃその、レェ、レイン?」

「なに?」

 明らかに噛んだ上に声を上擦らせたミヤビに、レインはいつも同じく平坦に問い返す。

「ま、魔法って何? なんかあったっけ?」

「魔法の実学、これから」

「あー。そっか、そういうこと」

 

 レインの言葉に漸く得心がいく。

 魔法の実学、じゃなくて魔法実技。朧気に覚えてる時間割からしても多分次はそうだった。つまり移動教室だから早く動けと言いたいのかもしれない。言葉が違うし、要領を得ないけどレインならそのくらい許容範囲内の誤差と思って気にしなさそうだ。

 

 にしても、珍しい。どころか初めてじゃないだろうか。レインに教室で話しかけられるの。

 別にレインだって会話をしない訳じゃない。話しかけられれば言葉を返すし、必要があれば自発的に話しかけもする。まあそれでも一日の大半は黙ってる子だけど。

 それを考えて、ミヤビはもしかしてと思う。レインはミヤビと仲良くなりたいと思ってるんじゃないか、なんて思春期ダクダクの思考だけど、有り得ない話じゃない。昨日も話しかけられたし……判断材料その2つだけじゃん。

 

「……良ければ一緒に行く?」

 

 気付けばミヤビはそんな事を言っていた。レインは何も言わなかったけど、代わりに首を縦に動かしたから……了承、でいいんだよね。これ。ミヤビは困ったように頭を掻いた。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 魔法と一言で言っても容易じゃない。それをミヤビが知ったのは12歳になって、初めて魔法陣に触れたときだった。

 この世界は確かにゲームの中で、この学園に入学して以降はその実感を深めている。しかし、それと同様にこの世界は紛うことない現実でもある。コマンド一つで自由に魔法が使えるRPGじゃない。呪文を唱え、魔力を収斂させ、魔法陣を描く。魔法を発現させるにはそんな一連の準備が必要である以上、経験値を割り振れば容易に習得できるゲームのそれとは大きく違う。

  

 本日の魔法実技は火属性魔法『デル・フレア』の実演だった。『デル・フレア』がどんな魔法かというと簡単に言えば地面から炎を出すというだけ。難易度的にも高くない。五階位ある中でも下から二番目の第二級魔法である。でも、現実は言うほど簡単に使えるわけじゃない。

 

「プリザーブ=アル=デル・フレア!」

 

 ミヤビの声に合わせて魔法陣が変化して行く。最初の『プリザーブ』でミヤビの持つ杖がなぞった空間に青紫色の魔法陣が糸のようにシュルシュルと紡がれ、『アル』という中間句で魔法陣が臙脂色へ遷移。最後の『デル=フレア』という声と共に地面から青色の炎が湧き出た。ただしちょろっとだけ。肉を焼く火力すらも無さそうにも見える頼りない炎に思わず肩をガックリとさせる。

 

 ……無理かぁ。だよね、分かってた。火系統の魔法と相性悪いし、俺。

 

 ミヤビの横で、完全に観客となって見ていたレインは少し哀れんだ視線を投げかけながら。

 

「しょぼい」

「仕方ないだろ……火とは相性悪いんだって私」

 

 辛辣な言葉に自然と拗ねたような言葉が出る。

 この世界の魔法は理屈とか論理以上に天性の感覚に左右される。ミヤビも最初こそ、火は酸素とか水素を焼べれば激しく燃えるから水系統の魔法と併用して、だとか前世学校で習った原子の話だとか、質量保存の法則だとか、聞き齧った知識で改善を試みたりもした。でもてんで駄目だった。この世界は現実だけど、それでも根本はゲームである以上そういう細かい要素を応用することは叶わなかった。

 

 それに、魔法系統表からしてもミヤビが火系統が不得意なのは当然だった。水系統は火系統とは真反対の関係値に位置していて、習得するのは出来なくはないが難しい。それをするくらいならミヤビは水魔法やその周辺の系統である土、木を習熟させるべきだと思っている。

 

 ───それに、魔法なんて後々通じなくなるから極めてもね。

 

「シオン、もっと杖に魔力を丁寧に集める意識で」

「う、うん。ありがとねウーネちゃん」

 

 そう思っていれば、風に乗ってふとそんな会話がミヤビの耳に流れてきた。

 見てみるとシオンが同じように『デル・フレア』を唱えていた。だが自分を見ているみたいだ。火力の集まりが弱い。ウーネが指導しているっぽいけど、どうも進捗は宜しくないらしい……。

 

「え、待ってよ」

「ミヤビ?」

「あ、ん、なんでもない。なんでもないから」

 

 思わず口に出てきた言葉をレインが拾う。

 ミヤビは適当に手を振って誤魔化して、それより。

 弱い。

 弱すぎないか、主人公?

 

 プレイヤーは主人公の得意属性を選ぶことが出来る。でも一週目の主人公は火で固定だ。だから、普通にプレイしていればこのくらいの時期で第二級魔法『デル・フレア』くらいは習得できる。シオンも当然主人公なんだ。できる、はずんだけどなぁ。なんでか、出来ていない。

 

 大丈夫だろうか。

 このゲームは恋愛シチュエーションゲームだけど、それでもおまけ程度にRPG要素がある。そのおまけ要素でも中ボスだったりラスボスだったりと、一応物語の超える壁はある。ゲームならレベリングさえしてれば超えられる簡単なハードルで、仮にレベリングしてなくてもリトライすればいいだけ。でも……。

 

 勝てないんじゃないか。下手したら途中で死ぬんじゃないか。それ以前に卒業とか留年とか、大丈夫なのかなこの主人公。

 

「シオン、もうちょっと杖を下げて肩の力抜く。……そうそう。それで、髪の毛を一本ずつ触るみたいに繊細に魔力を束ねるのよ」

 

 でも、そうだ。主人公にはウーネがいる。ウーネは魔族というのもあって、確か魔法が得意なはずだ。得意属性はあれど全系統で初歩的なことは収めていたはず。だからその辺はあまり心配しなくてもいいのかもしれないな。まあ、そのウーネとシオンが仲良くなりすぎるとそれはそれで世界が滅ぶからダメなんだけど……早く対策とか考えないとなぁ……。

 

 と、考えているとミヤビの頬につんと引っ張られる感覚。レインだった。親指と人差し指でぷにゅりとつまんでいる。なんで?

 

「ミヤビ。もしかして、あの二人が気になっている」

「あー、そうかも」

否定は出来ないので肯定してみるか、うん、肯定しちゃうか、と安易に返すとレインの指の力が強まった。

「あの……痛いです」

「どっち?」

「どっちってなに……」

「茶髪と銀髪。どっち」

「まあ、茶髪?」

「なるほど。なるほど……」

 

 痛みがミヤビの頬から消える。

 なるほどって何だよ。何を納得したんだ。何を納得して手を離したんだ。

 ミヤビはレインの鉄仮面を見て息をついた。

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 放課後になればミヤビのすべきことは決まっていた。

 結局のところミヤビには力が無い。数年前よりはあるだろうけど、将来的な主人公たちみたいにラスボスに至る道中でエンカウントする魔物を一撃で葬り去る力には到底及ばず、序盤に出てくる魔物でなんとかタイマンに持ち込めれば勝てる程度の実力しか持っていない自覚はある。だからこそ、まずこのファンタジー世界で生き抜くための力は継続して磨かなくてはならない。

 

 シオンとウーネのことも緊要だけど、こちらはこちらでダイレクトに生死に関わってくる。だからこそ手は抜けないし、サボれない。

 それに来月には一学年全体で暗闇森という場所での演習が行われる。通常なら指定された薬草を採取するだけのお使い演習だけど、ミヤビはそれが今年度に限って違うことを知っている。既にプレイしてから年数が経ちすぎているため詳細は忘れたが、ファンタジーらしく強い魔物か何かが出るハプニングがあったはずだ。当然主人公であるシオンの周りで。

 主人公やその周りのヒロインたちなら基本スペックが高いから何もなくとも生き延びるだろう。しかしミヤビは違う。

 モブキャラではないにせよ、ミヤビはスペックだけ見ればかなり見劣りするから。原作ではどうやって生き延びていたかは知らない。でも今のままじゃ、確実に苦戦する。大怪我したり、最悪死ぬかもしれない。ゲームと違ってHPなんて概念はこの世界に有りはしないから。あってくれよ畜生。

 

 いつもどおり訓練場で剣の鍛錬をして、身体が疲弊したところで魔法の調整を行う。現在ミヤビは水系統の第三級魔法『アクアモルト』の練習を重ねている。この魔法は水に硬度を持たせ、最終的には流動的かつ鉄にも匹敵する硬度を持つ水を生み出せる。

 

「プリザーブ=ネルン=エス=アクアモルト……違うな」

 

 魔法陣がグルグル回り、そのまま霧散した。魔法陣から生み出されかけていた水が重力に従って地面にばしゃり。水溜りが完成してしまうけど、勿論これはそんな魔法じゃない。

 何か違う気がする。その自覚はある。詠唱の発音か、魔力量。それとも魔法陣の細かい形とか。

 

 悩んでいると、思考が鈍ってくる。駄目だ。こうしていると思考が囚われてしまうから、そうだな、周りを見て気分で変える。そうしよう。

 

 ミヤビは訓練場の壁際へ行きもたれ掛かると、全体をざっと見渡す。殆どの一年生に見覚えはない。でもまだ少し離れた場所にレインがいるのは見える。あれはなんだろう……木属性の魔法? でも生やした木を態々燃してるみたいだし……水ぶっかけて消火してるし……本当に何をしてるのあの子? もしかして遊んでる?

 レインのことは置いておこう。考えても無駄だし。

 他には……ん。あれは。シオンだ。長い茶髪だし、クラスメイトだし。主人公のシオン。見間違えじゃない

 

 ミヤビがこの訓練場でシオンを見たことは一度もない。毎日来ていたからこそ分かる。主人公という立場上、放課後はいろんな人間とコミュを結ぶこともあると思ってミヤビは気にもしていなかったが。しかし。どういう風の吹き回しなんだろう。

 いや、思い当たることはある。得意系統の火属性で第二級魔法も満足に発動できないのは少し、この学校の平均からしても遅い方だ。危機感を持つ理由は分かる。

 どうやら今日の授業で扱った魔法の復習をしているみたいで、見覚えのある魔法陣が宙に浮かぶ。

 

「えーと。プリザーブ=アル=デル・フレア……ってうわ! あつ、熱い!」

 

 シオンが魔法を使って、自身の足元に炎柱を……って見てる場合か!

 

「プリザーブ=ネルン=アクア!」

 

 ミヤビはそう言って魔法を操り、拳大の水球を生み出す。第一級魔法の『アクア』。水魔法が得意系統とあって、ミヤビは初歩的な第一級魔法くらいなら反射的に使える。その水球を正確にシオンの足元へと投げて、消火を図る。幸いなことに火は大きくなく、水に飲まれた炎はすぐに鎮火した。

 

 あ、危なかった。死ぬことはないだろうけど、こんなところで主人公が大怪我を負ったら大変だ。今後の戦いを考えたら戦力的にも不味い。それにウーネも怖い。俺が同じ場所に居たと知ったら何か言ってきそうだし……それはちょっと面倒くさい。じゃなくて困る。

 

 まあ、そんな仮定に意味は無いと思う。シオンは助かったんだから、それ以上のことを考える必要はないじゃないか。うん。良かった良かった。

 でもこれ、話しかけた方が良いよね。助けてそのまま知らんぷりは流石に礼儀的にも良くない、ような気がする。主体的に会話を始めるのは何だかとっても怠いし、本当ならしたくないけど。一応、主人公から嫌われたらこれから練ることになる計画にも影響が出るだろうから。

 

 ミヤビはおずおずと近付いて、口をモゴモゴさせたあとに目を開けた。

 

「その……服とか燃えてない? 大丈夫?」

「最初に心配するとこそこなんだ!」

 想定外のミヤビの言葉にシオンは目を白黒とさせる。

「いやだって学生服って高いし……あっ。火傷してない?」

「今気付いたんだ……うん。お陰様で五体無事だよ。ありがとうミヤビさん」

「い、いえ」

 

 胸の奥からこそばゆい感情が込み上げる。よく考えてみればミヤビが他人から感謝されたことなんて、前世を含めても滅多にないことだった。それを自覚してしまうと、何だか俺ってチョロすぎないか、なんて自分に対して一抹の不安を覚えるミヤビである。

 

 それにしてもこれは丁度良い機会だ。

 シオンが訓練場で訓練しているっていうなら話が早い。少し聞きたいことがあった。

 

「あ、あのシオンさん」

「ん? なにミヤビさん?」

「シオンさんの得意属性、火系統……だよね?」

 

 恐る恐る。シオンの表情を窺いながらそう言うと、シオンは苦笑を堪えつつもカラカラと笑う。

 

「あはは……そうだよ。火系統、私の得意属性なんだ。でもまだ第二級魔法すら満足に発動できないなんて、ちょっとお笑い草だよね。魔法学園の生徒なのに」

 

 ミヤビにもシオンが明らかに空元気なのは分かった。表面上は笑顔とはいえ、追い詰められている。もっと厳密に言えば追い詰められ始めているのだろう。

 ウーネに相談すれば?

 そうミヤビは口にしようとした。でも、それは誤りだと直感する。ウーネなら確かに教えてくれるだろうけど、それじゃ意味が無い。シオンにとってではなく、ミヤビにとって。シオンとウーネが更に仲良くなる切っ掛けなんて投入したら、取り返しのつかないことになりかねない。

 

 そうだ。ミヤビは途方もなく自己中心的で、閉塞的な人間だ。二人に芽生えるだろう友情、恋愛感情。それらを断ち切ろうとしている。どれだけ重い大義名分があろうとも、その行為の意味は変わらない。面倒くさいし、凄い怠いけど。それでも、自分がそういう人間であるという認識くらいは持っておきたいと。そう思う。

 

 ミヤビは何処にも向けられない自己嫌悪を感じながら何もない空を一瞥して、どもらないように口の中で語調を整える。

 

「もし……よければなんだけど」

「え、なに?」

「一緒に魔法の特訓しない? 私も火系統の魔法は得意じゃなくて……教えられるわけじゃないから本当に良ければなんだけど」

「いいの!? 私なんか落ちこぼれと!? あ……あは。今のは聞かなかったことにして」

 

 驚くほど自己肯定感低いなこの主人公。思わずミヤビは目を丸くする。原作主人公はもうちょっとポジティブな人柄だったんだけど……まあここまで魔法が出来ないとなると仕方がないのかも。そのコミュ力の面影はかなりあるし。

 

「はは……でも、ならこんなこと言った甲斐があったかな」

「うん、うん! ここに来るの初めてで、心細かったから凄い嬉しい!」

 感極まったのか、抱きしめようとするシオンにミヤビはひらりと交わした。

「な、なんで避けるのー!?」

「いや、唐突だったから」

 

 反射的に体が動いたという言い訳は嘘じゃない。でも、それ以上に抱きしめられることで男だとバレてしまうと思ったから、ミヤビは身を咄嗟に翻した。うん、冷静。とても冷静で良い感じだ。

 しかしシオンはその言葉を真に受けたみたいで、再び身を構える。

 

「じゃあ、事前申告したら抱きしめて良い? ミヤビさん、柔らかそうだし」

「えっ。それは嫌だな」

「嫌なんだ!?」

「次来ても、確実に避ける」

「酷いなー。私たちクラスメイトでしょ?」

「それだけとも言うけどね……」

「それだけで十分じゃん!」

 

 ミヤビは愛想笑いを浮かべながらも内心で額に手を当てる。

 あーダメだ。全く、この人と仲良く出来る気がしない。こんな積極的に来られても困るというか、合わせるのに疲れるというか。波長が合ってない。よくこの人これで多種多様な性格のヒロイン全員落せたな……いやまあゲームの中での話だけど。シオンが落したわけじゃないから。

 

「それならレインも参加する」

「うわっ!? れ、レインさん!?」

 

 いつの間に背後に立っていたレインにシオンが仰け反るのを見てミヤビは、あー、レインってこういう神出鬼没っぽさあるよなー、とか頭の片隅で考える。いつも無言で、気配とか全く感じさせない静謐な佇まいがあるし。

 ミヤビはレインがこのシオンとの訓練に参加することによるメリットデメリットのそろばんを弾いてみる。でもデメリットなんて特に思いつかず、メリットは二つ。シオンと仲良くなればレイン√に突入するかもしれないし、何よりレインはミヤビよりも魔法が得意だ。

 

「じゃあ、お願いするよ。てかレインには魔法、教えてほしいかも。今度なにか奢るから」

「別にいい。即物的な何かを求めてきたわけじゃない」

「じゃあ明日ジュース買ってくるから、それで」

「いい……でも与えられるなら貰う」

「りょうかい」

 

 人間社会は非常にかったるいことだけど、互酬性によって成り立っている。価値あるものの無償での譲渡などありえず、その場ではそれのみのトレードだったとしても将来的に何かのリターンを期待されている。前世の国語の定期試験の文章題で読んだ一文で、ミヤビも成程なと思ったから以降はそれに倣うことにしていた。驚くほど簡単に腑に落ちたのだ。情けは人の為ならずとはよく言うけど、人間社会は結果的にそうなるよう運営されているということも漠然と理解した。だから教えてくれる以上レインにも何か返さなきゃと思って、口にしたわけである。返礼品がジュースと少し安っぽいのは勘弁してほしいけど。

 

 仲良さげに会話を交わしていたレインとミヤビに、シオンが感嘆の表情を浮かべた。

 

「へぇ、私知らなかった。二人って仲が良いんだね」

「なのかな……?」

 シオンの言葉にまずミヤビが疑問符を浮かべる。

「そう」

 

 レインは内心を悟れない無機質な相槌を打った。まあ仲が悪いということはないと思う。ない、といいけど。正直、レインとあまり話した機会は多くないから自信はない。

 

「二人ともあんまり教室で話さないからさ。てっきり一人が好きなのかと思ってたよ」

 レインはその推察に即座に首を縦にした。

「間違ってない」

「あ……うん。あはは」

「でもミヤビは特別」

「と、特別……? えー? レインさん、それってまさか?」

 

 目を輝かせ始めたシオンに、うわぁ、とミヤビは心の中で大きな溜息を吐いた。一応レインとは同性同士ということになっているのに、流石は百合ギャルゲーの主人公というべきか。特別という二文字ですぐに恋愛と絡めて考える辺りにその百合過激派の素質が垣間見えて、ちょっと複雑な気分になる。

 レインは全然反応しないので、しょうがなくミヤビは肩を落としながら弁明することにした。

 

「し、シオンさんが考えているようなことじゃないんだ。ただ私とレインは入学初日からこの訓練場で自主練してて、それで馴染みがあるってだけ……だからシオンさんがが考えているようなことは何にもないから」

「ふーん」

「ふーんって……?」

「レインさんはそうなの?」

 

 いやだからなんでレインに振るんだよ。

 ……でも、もしかして。もしかしたらレインが俺のことを……いやいや。だから関わりなんて大してないんだって。シオンのスイーツ脳に当てられたっぽいぞこれは。

 そう思いながらレインの方に視線を向けると、レインは変わらず能面を保ったまま口を開いた。

 

「それを貴方に話す理由はない」

「えっ……。ご、ごめんなさい」

「いい」

 

 鉄壁の表情から繰り出される拒絶の言葉はさしものシオンもそれ以上深堀することを出来なくする程度には力があった。実際、ミヤビが言われる立場だったなら謝罪したうえで一週間は自発的に関わろうと思わなくなるくらいには冷たい言葉だった。

 しかしそこは原作主人公かつ生来の性格が明るいシオンなので「じゃあレインさん、ちょっと私の魔法見て欲しいんだけどいい! アドバイスとかあればお願い!」と強かにすぐさま話題を切り替えた。

 ちょっと凄いなぁ、その図々しさの一割くらいは欲しいなぁ。

 なんてしょうもないことをミヤビは思いながら、再びシオンの足元に出現した火柱を消火するために詠唱を始めた。

 

 

 

 

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