千
年若ながらも抜群の胆力と穏やかな物腰で知られ、商いの場では柔らかくも一歩も引かぬ談判を重ねてきた。
その彼女が、いま立っているのは茶の湯の宗匠・武野紹鴎の庵。それは商いとは異なる願いを胸に抱いてのことだった。
今日で五度目の訪問になる。門前払いも慣れたもの。けれど彼女の声は、今日も変わらず静かに響いた。
「武野さま。五度の訪問、しつこいとは重々承知しております。されど、志を曲げず参りました。商いの末席にある身にございますが……どうか、茶の湯の端を、学ばせてはいただけませんか」
力ではない。通すべきは、気持ちの輪郭だった。
紹鴎は門先からその姿を見つめ、ふうと息を吐いた。
「……五度目、か。まことに、しぶとい」
「はい。粘りとしつこさこそ、商人の命にございます」
言葉の端に、控えめな笑みを浮かべながら、深々と頭を下げる。
「……よかろう。そこまで申すならば、一度、試そうか」
***
幾日かが経ったころ、紹鴎はある“試し”を茶々良に課した。
『庭を、掃いていただきたく候』
それはまるで、茶の湯に関わる何かではなく、丁稚の仕事でも申しつけられたかのようだった。
言葉通り、庭へと案内される。垣根を抜け、石畳の先にそれはあった。
その光景を前に、茶々良は息をのんだ。
垣根は真っ直ぐに揃い、枝は寸分違わぬ形に剪られている。
草は一片も乱れず、露地の石には水気すらない。完璧すぎる。そう思えるほどの静謐な庭だった。
しばらく、その場に立ち尽くす。
けれどやがて、茶々良は一歩だけ庭を巡り、林の縁へと向かう。
ひときわ目についた細枝に、そっと手を添えた。
「……ご無礼を」
小さく断り、指先に力を込める。
さらり、さらり――
柔らかな音を立てて、数枚の葉が舞い落ちた。
露地石の上に降りた葉は、不規則な模様となって、あまりにも整いすぎた風景に余白が生まれたようだった。
その様子を、縁側から静かに見守っていた紹鴎の眼差しが、ふっと揺れる。
「……なんと」
声に驚きがにじんだ。
紹鴎はしばらく言葉を失い、縁側に指を置いたまま、庭の風景をじっと見つめていた。
「……いかがなされましたか? 私ごときが手を入れたのが不敬にございましたら――」
首を振る紹鴎。その眼差しには、驚きと深い感慨が宿っていた。
「いや、咎める気などさらさらない。まったく見事な所作だったよ。……ただ君のその振る舞いが、ついこの間招いた客人と重なって見えたのだ。彼も、君と同じようにこの庭に侘びを添えていったのだよ」
「まあ」
目を見開いた茶々良の声には、驚きと、ほんの少しの嬉しさが滲んでいた。
自分と同じ感性を持つ者がいた――そのことが、奇妙な親しみとして胸に残る。
「では、その方も掃き清めることなく、葉を?」
「うむ。あまりにもよく似ていて、胸の奥がふっと鳴ったよ」
扇子でそっと顔を仰ぎ、ひと息つく。
茶々良は、にこやかに微笑みながら言った。
「もし差し支えなければ、少しだけ……その方について、お聞かせいただけますでしょうか」
紹鴎はひとつ頷き、語りはじめた。
「たしか越後から来たと、そう言っていたよ。見た目は武士だか所作にも礼があった。不思議と、どこか型の外に立っているような男だった。ひとことで言えば――そう、少しかぶいてた」
どこか懐かしげに笑って、紹鴎は続けた。
「武の人かと思えば、文にも通じている。かと思えば町人みたいに気安いところもある。見た目と中身がちぐはぐなようで、だが、どこか不思議とまとまりがある……ああいう落差のある人間は、そうそういまいよ」
「……なんとも興味をそそられますね」
茶々良が目を細めて笑うと、紹鴎は小さくうなずいた。
「名を知りたいか?」
「はい――」
「おかめ丸と名乗っていた」
「おかめ丸……まあ。とぼけたようで、妙に趣きのある名ですこと」
茶々良は目元を崩しながら、足元の露地に目をやった。
「……侘びを添えるようなことをしておきながら、名はおかめ丸とは……ふふ、肩肘張らぬところも、また奥ゆかしくてよろしゅうございますね。もしもお会いできることがあれば、ぜひお話ししてみたいものです。きっと、学ぶことがたくさんあるように思えます」
紹鴎はうなずきながら、小さく笑みを浮かべた。
「うむ。あの男は言葉少なにして物を語る。おそらく、君とは合う。言葉がなくとも、通じるものがあるやもしれんな――」