市の雑踏に紛れ、出没場所へと足を向ける。
賊は十数人ほどの集まりだという。浪人崩れか、あるいは足軽崩れか。いずれにせよ、戦の経験を持つ者どもが徒党を組めばただの町盗人より厄介だ。油断すれば返り討ちに遭うのは目に見えている。
「十余名ともなれば、まともに相手取るのは骨が折れますね……。それが市の道筋に巣くっているとすれば、通行人を巻き込む虞もありますし」
「そうさなあ。巻き込まずに片づけるとなれば腕っこきの一人や二人は欲しいところよ」
すると、貞子が言った。
「そうですね。戦に慣れた賊を相手にするなら、数の理を侮るわけにはいきませんから」
「まったく、護衛の看板を掲げておきながらこちらが人手を欲しがるとはね。……ま、敵も多けりゃあ、賑やかで退屈はせんだろう」
そう言いながらも、紋次郎は心の内で算段を巡らせていた。
十余名の徒党を三人で相手取るのは無理ではない。だが通行人や民を巻き込まずに片づけるとなれば、やはり数の理は重くのしかかる。人手が欲しいという思いは冗談でも強がりでもなく、正直なところだった。
そんな折――
「――おやおや。これはお三方。奇遇にございますな」
飄々とした調子に振り向けば、そこに立っていたのは町娘風の装いをした細川与一郎こと幽だった。
もっとも町娘というには些か容貌が整いすぎている。目もとには涼やかな光が宿り、笑えば町娘の素朴さよりも都の貴婦人を思わせる気品がのぞく。
つい二、三日前に顔を合わせたばかりだが、町中で唐突に声を掛けられると、不思議な巡り合わせを感じずにはいられない。
そして、その隣には一葉の姿があった。
あれからおよそひと月が経っていた。幽と同様に町娘風の装いをしてはいたが、その目立つ容貌はやはり隠しきれるものではない。
とはいえ足取りもしっかりしており、深手を負っていたはずなのにもう歩みに危うさはない。
そのことに、胸の内でひそかに安堵した。
「おっと、幽殿に……一葉とは。妙な取り合わせだな」
紋次郎は二人の関係性を知っているが、敢えて知らない風を装った。
「ひと月ぶりだの紋次郎、秋子、貞子。再び会えて嬉しく思うぞ――」
すると、怪訝そうに眉を寄せ、幽へ目を向けた。
「幽、そなた……紋次郎らと顔見知りであったか」
「ええ、はい。ほんの先日のこと、茶の縁にかこつけて少々お相手いただきました」
「なんと。余の預かり知らぬところで茶を共にしたとな。なぜ余も誘わなんだ?」
「はてさて。誘うも何も、その折は一葉さまがご療養中でございましたからな」
「…………ふむ。まあ、それならば仕方あるまい。まったく、相変わらず
「それがしとしても、一葉さまがお三方と顔を合わせておられたと知り、思いも寄らぬことでございましたが。まことに縁深きこと、どちらでお知り合いになられたのか興味が尽きませぬ」
「うむ……。ただの知り合いというには浅かろうな。実のところ、余の命の恩人にてな」
「ほう、それはまた……。どういうことでございましょう?」
「変に察しが悪いのう幽。余を京まで運んでくれたのが、紋次郎らであったのだ」
「………………はい?」
思いがけぬ事実に言葉を探すように、幽はしばし沈黙した。紋次郎には、その沈黙が時を止めたかのように思えた。
やがて幽は小さく息を吐き、言葉を選ぶように口を開いた。
「いや……これは、なんとも……。失礼仕りました。まさか紋次郎殿たちが、
幽は静かに腰を折った。その所作は普段の飄々とした調子からはかけ離れ、ひどく真摯なものに見えた。
「……それがしの大切な方を、これからの世に欠かせぬ方を救っていただいたそのご恩情、伏してお礼申し上げます」
「いや、大層に構えることはないさ。命を拾った拾わんなど、この乱世じゃあ日常のことだろう。気にするだけ野暮ってもんだ」
紋次郎は薄く笑い肩を揺らした。
すると、言葉を失ったように一葉と幽は顔を見合わせる。意外そうな様子に、紋次郎は心中で肩をすくめる。
――奇特なことでも言ったつもりはないが……京の御仁にはそう聞こえるか……?
困っている人間を放っておけないのは秋子も貞子も同じはずだ。
紋次郎はふたりに目をやった。
「紋次郎さんのお言葉の通りです。あれは巡り合わせにすぎませんから、どうぞご放念くださいませ」
「武士としても、人としても、困っている人を放っておくなんてできませんからお気になさらずに」
「…………そうか。そうか! ふふ、その心根、余はとても好ましく思うぞ」
「いやはや、まことに頭の下がることでございます。それがしなどは、ただただ感謝するばかりで」
紋次郎には、二人の言葉がいささか芝居めいて響いた。自分にとっては当たり前のことに過ぎないのに、殊更に感心されるのは大げさに思えてしまう。
だが幼い頃から、そして今もなお権謀に振り回され続けている
「して――そなたらは、まだ京におったのか。もう国許へ戻ったものとばかり思っていたぞ」
「差し支えなければ、今は何のご用向きで?」
「京での用は片づいたさ。が、懐のほうが寒い。そんな折、寄場で面白い話を拾ってな。荷路に賊が出て、荷駄が滞ってるそうだ。それでちょいと様子を見にゆくところよ。うまく運べば、懐も少しは温まる」
秋子も続ける。
「出没の道筋も聞き及びましたし、まずは確かめに向かうところです」
貞子も頷いた。
「ほう、つまり賊退治とな!」
一葉の目がぱっと輝く。楽しげに身を乗り出すその様子に、幽が慌てて袖を引いた。
「いけませぬいけませぬ一葉様。賊退治などとんでもない」
「何を言う、面白そうではないか。余も共にいきたい!」
「散策ひとつで騒ぎを呼ぶのに、賊退治とあれば、どれほどかと案じますぞ」
「ならば幽も一緒に来ればよかろう。側で見張っておれば安心であろうに」
「それがしが傍に居れば事足りる、という話ではございませぬぞ。御方ご自身が賊退治に行くなどと仰ることが、すでに心安からぬのです」
「もしものことがあれば紋次郎たちを頼ればよいではないか」
「なんともまあ、大胆なお言葉を簡単に仰せられますなあ……。そのもしもこそあってはならぬのに、さらりと言いなされてはそれがしの胃が痛みますぞ」
「ええい、相変わらず案ずるばかりじゃのう。そうまで言われては、かえって余のほうが苦しくなるわ。――だが、それでも行きたいものは行きたい。止めても無駄ぞ」
どれほど諫められようと退く気は毛頭ない――そんな意志が隠しようもなく滲んでいた。
「はぁ…………やれやれ」
幽はわずかに肩を落とし、困惑を隠すように呟いた。これ以上の言葉は届かぬと悟ったのだろう。
すると幽がちらりとこちらを見た。言葉にせずとも何を訴えたいかは察せられる。一葉を止めろ、と暗に訴える眼差しである。
紋次郎は肩をすくめて笑った。
――断れ、って顔だな……。さて、俺はそう素直に頷く柄でもないぞ。一葉が加われば場は荒れるかもしれんが、だからこそ面白い。
そう思えば、幽の意図など乗る気もなかった。
「このうえはお三方にお伺いしましょう。一葉さまを連れ立ってよろしいものか……如何でしょうか、紋次郎殿」
「構わん構わん。賊どもにとっちゃあむしろ厄介な客を迎えることになるだろうよ。せっかくだ一葉、共に花を添えてやろうじゃないか」
「……なんと」
「ふふふ。話の分かる男じゃな。やはりそうでなくては、な」
一葉の目が愉快げに細められる。
秋子もまた応じる。
「そうですね。人手は多いに越したことはありませんし……何より、一葉殿のお力添えがあれば心強いことです」
貞子も頷き、言葉を添える。
「お加わりいただけるなら、むしろありがたいです」
「ハッ…………」
笑みを絶やさぬまま、幽は諦めたように小さく息を吐いたのだった。