戦国異聞〜偽物・慶次郎〜   作:ちょろいん

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生存報告です。
誤字報告ありがとうございます


盗賊退治

 

 

 

「――賊の徒党は十余名ほどと聞き及びます。浪人崩れか兵の成れの果てか、いずれにせよ油断ならぬ相手です」

 秋子が確認するように言った。

 

「ふむ、十余名とな。ならばちょうどよい。そなたらに余の剣、存分に見せてやろうではないか」

 

「とは申せ、真っ向から挑まれては一葉さまのお剣とてお忙しくなられましょう。数の理というものは勇壮さよりよほど厄介にございますからな」

 しかし裏を返せば隙でもある。

 群れるがゆえに慢心し、油断を生む。そこで一手こちらが仕掛ければ賊どもはたちまち足並みを乱すはず。故に肝心なのは初めの一手だ。

 

「ならば、ちょいと策を用いるとしようか」

 

「策、ですか?」

 紋次郎の言葉に、秋子が首をかしげる。

 

「おうとも。商人に化けてやるのさ。貞子と幽に表へ立ってもらい、秋子は荷駄の側で一歩引いて立つ。オレがやってもいいがこのガタイじゃあかえって怪しまれる。見目の良い女衆が並べば連中も欲に目がくらんで勝手に寄ってこよう。その時だ、オレと一葉は荷駄に潜んで一気呵成に斬りかかる」

 

「ほう。力押しも嫌いではないが、策で賊を釣るというのも面白い。よかろう、乗った」

 一葉がぱっと目を輝かせた。

 するとそばにいる幽が小さく息をついた。

 

「やれやれ。ここまで来ては止める手立てもございませぬな。ではせめて、賊どもに惜しまれる程度には見事に演じてみせましょう」

 

「妙案ですね」

 秋子にも演じてもらう必要がある。そこで常に紋次郎と貞子の手が届く位置を取ることになった。いざ事あらば、瞬時に刃を抜いて応じられる算段である。

 

「よし。なら後は段取りを合わせておこうか。まず荷駄だがこれはオレに任せておけ。寄場のあの商人から馬一頭と荷車でも借りてこよう。派手に行きたいが今回ばかりは地味に行かねばならんからな」

 

「荷の中身はどうされるのですか?」

 貞子が尋ねる。

 

「空でいい空でいい。俵に布でも被せていかにも何か入ってるように見せかければそれでいい。賊どもが中を改めるまでもなく、こっちから飛び出してやるんだからな」

 

「では衣装はどうしましょう」

 秋子が問う。

 

「貞子と幽はちょいと小綺麗な町の女房風でいい。派手すぎちゃあ怪しまれるし貧相すぎちゃあ賊も食いつかん。ほどほどに惜しいと思わせるくらいがちょうどいい。秋子は荷持ちの従者といったところだな。腰に短刀は差しておけ。ただし上着で隠しておいてくれ。賊に勘繰られちゃあつまらんからな」

 

「わかりました」

 

「一葉はオレと一緒に荷の中に潜んでもらう。だから動きやすい格好がいいな」

 

「うむ」

 

「一葉さま。どうか、ほどほどに。あとで面倒という名の酒を飲まされるのは、いつもそれがしにございますゆえ」

 

「分かっておる。ほどほどにはするつもりじゃ」

 

「さて、動きの確認といこうか。貞子と幽が前、秋子は荷の側。オレと一葉は中で待つ。合図で飛び出し、賊の真ん中を割る。それでいく」

 

「合図はどうしますか?」

 貞子が問う。

 

「オレが声をかける。派手にな。それを聞いたら一斉に動け。貞子と幽は賊の前を塞ぎ、秋子は後ろを警戒。オレと一葉は、ま、暴れるだけよ」

 

「了解しました」

 

「一つ気になることがあるのですが」

 秋子が言った。

 

「何だ?」

 

「もし散らばって囲まれたらどうしましょうか」

 

「その時は各々が近い相手を斬ればいい。ただし背中だけは見せるな。声をかけ合って互いの位置を確かめながら動け。まあ、十人や二十人に囲まれたくらいで怯むようならそもそもこんな真似はせんよ」

 

「それがしは一葉さまのお側を離れぬようにいたします。万が一のことがあれば――」

 

「案ずるな、幽。余の剣が鈍った覚えはない」

 

「それは重々承知しております。されど、一葉さまが御無事でなければ、それがしの首も浮かぶ瀬がございませぬ」

 

「そう心配しなさんなオレたちがいるんだ。賊など恐るるに足らん。奴等にとっちゃあ、これが運の尽きってやつよ」

 

「ふふ、よいな。その気概、嫌いではない」

 紋次郎の言葉に一葉が愉快げに笑った。

 

「では支度が整い次第、改めて出直そう。数日もありゃあ十分だろう」

 

「承知しました」

 五人は策を練り、準備を整えることとなった。

 

 数日後――

 準備を整えた五人は、再び街道へと繰り出した。

 紋次郎が手配した荷車には空の俵や布包みが積まれている。馬一頭が荷を引き、その脇を貞子と幽が商家の女房らしい装いで歩いている。秋子は編笠を被った質素な姿で荷の側に控え、紋次郎と一葉は荷の中に身を潜めていた。

 

 街道は緩やかに曲がり、やがて川と林に挟まれた道へと差しかかる。

 賊が出没するという場所だ。陰が多い。視線を潜ませるには都合のいい場所だ。

 

 ――来るなら、このあたりだな。

 

 荷の中で身を屈めたまま、紋次郎は耳を澄ませる。

 布と俵に囲まれた狭い中で、一葉もまた身を潜めていた。

 

 外から見ればただの荷にすぎないが、中は人ひとりが息を殺すだけでも窮屈だ。

 そのため、互いの息遣いが分かるほど距離が近い。

 荷車がわずかに揺れるたび、肩がかすかに触れた。

 

 一葉が身を引く気配を見せたが、引けるほどの余地もない。

 紋次郎は外へ意識を向けたまま、動かなかった。

 

「……のぅ、紋次郎」

 すぐ隣で、一葉が小さく呼んだ。

 

「何だい」

 

「そなた随分と静かじゃな。賊が出ると分かっておるのに少しも昂ぶっておらぬ」

 

「昂ぶったところで、賊が早く顔を出すわけでもあるまい」

 紋次郎は外へ意識を向けたまま答えた。

 この狭さでは、一葉の息も身じろぎも手に取るように分かる。

 抑えてはいるが、気は前へ出たがっていた。

 鞘の内で、抜ける時を待ちきれぬ刃が鳴っているようでもある。

 

「来る時は来る。来ぬ時は来ぬ。なら来るまで腹を据えておく方がよほど得ではないか、ん?」

 

「そうは言うが、余は待つことに向いた性分ではないのだ」

 

「だろうな」

 

「即答するでない」

 

「剣を振るう方が性に合っている気配をしている」

 

「うむ。分かるか」

 

「分かる」

 紋次郎は声を落とした。

 近くで、一葉の気配がわずかに動いた。

 暗い荷の中で、その視線がこちらの胸元をかすめ、刀の柄へ添えた手のあたりで止まったのが分かる。

 柄に添えた指は、まだ遊ばせてある。

 

「刃は鞘の内にあるうちが、一番よくものを言う」

 

「分かっておる。だがせっかく賊が来るというのに、ただ待つだけでは惜しいではないか」

 

「惜しいなら、なおさら待て。抜いた時にその分だけ斬れる」

 

「ほーう。それならば余の刃も、待った分だけ冴えるというものじゃろう?」

 

「おうとも。そのひと太刀、楽しみにしておこう」

 一葉の気配が、わずかに落ち着いた。

 

「……そなたと話していると、待つ間も少しは苦にならぬな」

 

「荷の中の退屈しのぎにしちゃあ、上出来だろう」

 

「うむ、違いない。中身も妙なら、名も妙じゃな。おかめ丸紋次郎」

 

「おう。笑うにはもってこいの名だろう」

 

「自分で言うか」

 

「笑われて損する名でもあるまい。名も人も、残ってなんぼよ」

 

「そうじゃな」

 一葉が声を殺して笑った。

 

「と、話はここまで――来た」

 紋次郎は刀の柄に指を添えた。

 外の空気が、わずかに濁った。

 やがて貞子の気配が、わずかに前へ寄った。

 

「――来ました」

 木立の陰から、まず一人。

 粗末な着物、油の抜けた髪。腰の刀はくたびれているが、握りに迷いがない。素人じゃない。

 

 続いて二人、三人。

 道の脇、土手の陰、木立の奥――ばらけていた気配が、じわりと形を取る。

 

 ――……十、いや、それ以上か。

 しかも散らばり方が妙に手慣れている。

 視線を走らせる。木立の奥、土手の陰。

 少なくとも、今この場で弓を構えている気配はない。

 

 もっとも用心はしてある。

 荷の奥には、布を重ねて膨らませた簡素な背当てを忍ばせていた。

 本物の母衣には遠く及ばないが、矢が逸れれば御の字だ。

 ――出番がないに越したことはないがな。

 

 布越しに、外の足音を拾う。

 前に数人。後ろにも回り込む気配がある。

 

 ――連中、退路を塞ぐ気で来てやがるな。

 紋次郎は刀の柄に指を掛けたまま、息を潜めた。

 

 ――揃って出てきてくれるたぁ、気が利くねえ。

 

「いいもん積んでんなあ。通りたきゃ銭置いてけよ」

 先頭の男が、荷車を顎でしゃくる。

 

「通行料、のことでしょうか?」

 貞子が穏やかに問い返す。

 

「そうに決まってんだろ。金がなけりゃあ……。そうだな。荷でもいいし……いやその綺麗な面がいいな」

 男の目が、貞子から幽へといやらしく流れた。

 周囲の賊どもも、それにつられて低く笑う。

 

 ――食いついた。

 

「……やれやれ、困ったものですな」

 幽が溜息をついた。

 

「困るこたぁねえさ。最初は優しくしてやんよ」

 賊の一人が一歩近づく。

 

 その瞬間――。

「――通行料ならもう払ったろう。餌、ぶら下げてやったんだからよ」

 布を蹴り上げる。

 視界が開けると同時に、外の空気が一気に流れ込んだ。

 

「な、なんだ!?」

 賊どもがたじろぐ。

 その隙に、一葉が前へ出た。

 

 足が一つ、滑るように踏み込む。

 音はほとんどない。

 

 抜き打ち一閃。

 次の瞬間、先頭の男の首がずれた。

 遅れて血が噴き、体が崩れ落ちる。

 

「お見事。こりゃあ楽できそうだ」

 

「ふふん。どうじゃ、今のひと太刀」

 

 一瞬、場が止まる。

 だが次の瞬間――

 

「野郎やりやがった! 囲めえ!」

 誰かが怒鳴り、賊どもが一斉に動いた。

 前へ出る者、脇へ回る者、後ろへ下がりながら間合いを取る者。

 統制などない。ただ数に任せて押し潰すつもりなのが見え見えだった。

 

 賊の一人が斬りかかる。

 紋次郎は一歩引き、刀を払う。

 間合いの外から、手首だけで刃先を滑らせる。

 賊の喉に刃先が刺さった。

 

「数が多けりゃあ強いってもんじゃねえだろう! 一人ひとりは張り子の虎ってやつよ!」

 

 次が来る。

 右、後ろ、同時。

 

「フハハッ! その程度か! 余の相手ではないっ」

 声をかけるまでもない。

 位置は見えている。

 

 紋次郎は体を開き、穂先を横に払う。間合いを崩された賊が無理に踏み込んでくる。

 

 そこへ、一葉が滑り込む。

 連携というより噛み合っている。

 

 紋次郎が崩し、一葉が断つ。

 一葉が踏み込み、紋次郎が背を払う。

 

 気づけば、立っている賊はもういなかった。

 刃を取り落とす音が遅れて土の上に散る。

 やがて街道には賊どもの亡骸と主を失った刀や脇差だけが残った。

 

「ふう、これで片がついたな。怪我は?」

 紋次郎が秋子へ目を向ける。

 

「ええ。大丈夫です」

 

「貞子はどうだ」

 

「はい。私は些かも」

 貞子は短く答えた。

 その目はすぐ紋次郎へ向く。

 

「紋次郎さんこそお怪我は?」

 

「ああ。見ての通りよ」

 

「何よりです。ですが紋次郎さんに刃が届く前に私が斬りますので……」

 

「そりゃ結構」

 一葉はすでに刀を納め、事もなげに周囲を見渡している。

 その傍らで、幽も衣の乱れを整えつつ警戒を解いていた。

 

「あっけないのう」

 その言葉通り、片がつくまでに長くはかからなかった。

 血の跡と、主を失った刀、脇差が街道に散っている。

 

 紋次郎はひとつ手に取り、刃の具合を確かめる。手入れの行き届かぬ粗物ばかりだが結局のところ、やることは決まっていた。

 手早く武具を集め、使い物にならない物はまとめて縛り、値の付きそうなものだけを選り分ける。

 

「貞子ちゃん、この刀はどう見ますか。手入れも行き届いていないようですが……」

 秋子が一本を手に取り、軽く振って確かめる。

 

 貞子はそれを受け取り、刃に指を沿わせた。

 刃こぼれを確かめるその手つきは丁寧だが、わずかに力がこもっている。

 扱いの粗さに対するものだと、紋次郎にも分かった。

 

「かなり刃こぼれが目立ちます。振るには危ういかと」

 貞子は一瞥し、淡々と言い切った。

 

「では実戦には向きませんね」

「はい。ですが、鉄としての値は付くかと思います」

 

「ならば、まとめて売りに回しましょうか」

「それが良いかと」

 言葉少なにやり取りしながら、二人は手際よく武具を選り分けていく。

 

 足元の亡骸からは、まだ血の匂いが立っていた。

 つい先ほどまで刃を振るっていた連中だ。

 

 ――どこぞの暮らしの末路か。

 紋次郎は一度だけ見下ろし、それ以上は目を留めなかった。

 

 一葉だけが、足元の刀を見下ろしたまま動かずにいた。

 周りが手を動かしている分、余計に目についた。

 

 ――気が乗らんらしいな。

 紋次郎はそれを横目に捉える。

 

 ――まあ、無理もないな。綺麗な始末ではない。

 死んだ者から武具を剥ぎ、銭に換える。

 理に適ってはいるが割り切れる者ばかりでもあるまい。

 

 相手がどこの誰とも知れぬにせよ、どこかの民であることに違いはない。

 あるいは、己が守るべき民かもしれない。

 

 一葉の手が止まるのも分からなくはなかった。

 

 ――ま、考えたところで、始まらんか。

 

「……残せば、また誰かが拾おうな」

 紋次郎は独り言のように言った。

 それが届いたかどうかまでは分からない。

 理屈をつけたところで、大した違いが出るわけでもない。

 だが、そうでも言わなければ動けぬ時もある。

 

 放っておけば巡る。

 この場に転がる刃も、いずれは誰かの手に渡り、また別の誰かへ向けられる。

 だから拾う。

 無駄に転がしておく理由はない。

 

 一葉の肩がわずかに揺れる。

 やがて――。

 ためらいを断つようにその手が動いた。

 足元の刀を拾い上げる。

 

「……いやはや。背の押しどころをよくご存じで」

 幽が、感心とも呆れともつかぬ声で言った。

 

 地面に残る刃は、もう長くは転がっていないだろう。

 

 

 

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