救われズの手 作:救われ⬜︎
夜、救急車のサイレンが鳴り響く中、街の本道から一本外れた人気の無い道に、血に濡れたタオルが落ちていた。
ある、飲食店では無いバーカウンターに黒いモヤが佇んでいた。モヤは奇妙にもバーテンダーの服を着ており、人の手でグラスを拭いていた。
このモヤ、霧には名前がある。黒霧と言うらしい。グラスを拭き終わった後、カウンター席の方へ向かい、誰かが汚く残した料理とその皿をトレイに載せていた。
黒霧のバーテンダーの首上、逆ハの字型に光る場所がある。服の位置から察するに、人の目の部分だろう。
いかに超能力が普遍なこの世界と言えど、全身がモヤのような存在は滅多にいない。むしろ存在し、意識がある事が不思議な位だ。
そんな黒霧は食器の移動の最中、カウンターの上に置かれた古いラジオに目が行った。こんなものはあっただろうか?と、思うも、大方料理を散らかした奴が持ってきたのだろうと、存在に納得した。
移動が終わると、黒霧は誰もいない物静かなバーカウンターに置かれたままのラジオへ手を伸ばした。今の時代、家に置くラジオは正に嗜好品であり、使うとしてもトンネルや、高速道路といった携帯の電波が届かない場所に限られる。
ラジオを手に持ち、くるくる回す、電源は電池、アンテナも健在、どのボタンのオンオフもしっかりできる。素人目に見ても確実に動くようだった。
動くと分かった時、黒霧は少し高揚した。物静かなだけのバーカウンターにラジオを流したら雰囲気が出るのでは無いか、と。
現在も電波は飛んでいるのか、飛んでいたところでこのバーカウンターまで届くかは分からない。が、ダメ元でやってみることにした。
ノイズが流れるだけでも良いか、そんな気持ちでボタンを押した。
ザーザーとノイズが走るだけだった。それはそうかと、ダイヤルを掴み波長を調節する黒霧。ダイヤルの部品同士の擦れる音とノイズがバーカウンター内に響く。暫く回していると、ノイズに変化が現れた。人の声らしき音がノイズに混じり始めた。
“…の……会に……で………が……し……す…”
更にダイヤルを回していくと、段々ノイズが減り、人の声がハッキリとしてきた。
誰にもバレないよう、人差し指と親指を擦った。
ノイズはまだ混じっているが、番組の会話が聞こえる様になったところでダイヤルから手をはなし、トレイを持ってカウンター内へ戻った。
“けるヒーロー、これからの社会について、どうお考えになりますか。”
“そうですね、私は今のヒーロー社会は中々良いものだと考えています。”
“オールマイトという非常に大きな抑止力があり、海外と比べても犯罪率は非常に低く、文句なしですね。”
“成る程、確かにオールマイトの恩恵は大きいです。しかし、我々はオールマイトに頼り切りで、オールマイトと言えど1人間であり、引退後の社会は犯罪率は増加すると思われます。いかがでしょうか。”
“確かにそうですね。犯罪率は増加するでしょう。それに伴い、国から出るヴィランによる被害への補助金が大きくなり、財政も悪化しかねませんね。”
“そうですよね。将来が不安ですよね。”
“えぇ、不安でたまりません。また、新たなヒーローが生まれる事が嬉しくてたまりません。”
“しかし、それだけ増えるヒーロー、つまり命を賭す勇敢な人が増えることを抑える必要があります。”
生ゴミ用のゴミ箱へ物が落ちる音が響く。
“つまり、ヒーローは不要だと。”
“そうじゃ無いですよ。結論を急がれますね。”
“今日は長い時間討論をすると聞いて、出演して居ますので、役割を果たさせて下さい。”
“、それは、失礼しました。”
“話を戻しますね?司会者さん、もし、司会者さんのお子さんがヒーローとなったとします。それは非常に誇らしいと思われますが”
“同時に不安を伴うでしょう。どんな怪我をするか分からないのですから”
“えぇ、そうですね”
“でしょ。ヒーローと言えど、命を落とす事があってはならない。ヒーローに守られる市民の命同様、ヒーローは市民に命を守られるべきなのです。”
“ヒーローは救う側です。それは変わりありません。しかし、ヒーローは同時に救われる側であるべきです。”
“それは、なんというか、矛盾して居ませんか?”
“言わんとする事は、わかります。いつでも、ヒーローは、英雄は与える側であり、受け取る側であるべきでありませんでした。”
“受け取る側と、与える側の関係が成り立てばそれはビジネスで、ヒーローというより傭兵に近くなるでしょう。”
“では、救われる側であるべきとは。”
“それは、英雄は唯の人であるからです。”
“オールマイトような超人が唯の人ですか。”
“はい。人です。虫は虫であり、鳥は鳥であります。人は人で、ヒーローは人科、英雄目といった分類の様に、結局は人なのです。”
“それが、何故救われる側であるべきだと。”
栓を捻り、蛇口から水が流れ落ち、陶器と当たる音がする。
“白状すれば、私の価値観での話でありますが、救った側が救われないのは筋が通らないと思うのです。”
“仕事の様に、働いた分、給料が出るように、ヒーローも救った分、救われてほしい。そう願っているからです。”
“それは、ヒーローでは無くないですか。”
“いいえ、ヒーローです。道端で落ちてるゴミを拾って家で捨てる様に、何気ない行為で誰かの為になる事をしたならば、ヒーローでしょう。”
“すみません、イマイチ、ピンとこないのですが。”
“あぁ、それはすみません。そして、分からないと言って下さり、ありがとうございます。”
“えっと、えぇ。”
キュッと栓を閉め、濡れた食器をタオルで拭く。
“司会者さん、一旦話を整理しますね。現在の社会に於いて、オールマイトが犯罪率を大きく下げています。しかし、居なくなった時、犯罪率は増加する。不安だが、新たなヒーローが現れる。”
“しかし、ヒーローが増える事は喜ばしい一面の裏腹に、増えるべきではない。何故なら、命を落とす可能性のある仕事だ。”
“ヒーローは救う側である。しかし、救われるべきである。”
“整理ありがとうございます。”
“役を取ってしまってすみませんね。しかし、我ながら話が飛躍してしまった様ですね。”
“えぇ、たし”
音声が途切れる。片付けが済んだのか、古いラジオの前には黒霧が立って居た。
黒霧の手はラジオの電源を押して居た。
音は既に途切れているのに、モヤは佇んでいた。
暫くして、何処かへ去っていった。