カイ達が迷宮区に行った日の夜。
ネズハは、いつも通り《タラン》の東広場、北側の隅っこで作業をしていた。
「開いてるか?」
すると、そこに全身を金属鎧で覆ったプレイヤーが現れる。
「あ、はい。開いてます。ご用は何でしょうか?メンテですか?それとも、お買い物ですか?」
「強化を頼む。種類は《
「………それだと、2700コルになります」
プレイヤーは言われた通りの料金を支払い、《アニールブレード》を渡す。
「《アニールブレード》の+6。試行回数2回残し、内訳は《
受け取った《アニールブレード》を左手に持ち、右手で強化素材を携行炉にくべる。
そして、炉に入れられた強化素材が青色のライトエフェクトと音を放つ。
その瞬間、ネズハは何度も繰り返しやって来た方法で、看板の後ろに隠したスキルウィンドウを操作し、《クイックチェンジ》で、現在、左手に持っている《アニールブレード》+6を、この間、リュフィオールと言うプレイヤーからわざと強化失敗して、買い取ったエンド品の《アニールブレード》+0と変える。
普通にやれば気づかれるだろうが、強化素材を炉に入れた時に放つ、青いライトエフェクトにより、プレイヤーの視線は炉の方を見る。
プレイヤーも、僅かの時間で自身の武器がすり替えられるとは思わない。
おまけに発動時の効果音も、掻き消される。
だからこそ、このすり替えが成立する。
エンド品の《アニールブレード》を炉に入れ、青い光に包まれる。
それを、
1回1回丁寧にハンマーを振り下ろし、最後の1回を振り下ろす。
(ごめんなさい!!)
最後の1回を振り下ろしながら、ネズハは心の中で謝罪をする。
目の前にいるプレイヤーに、そして、これから砕かれる剣に対して。
《アニールブレード》にハンマーが振り下ろされ、《アニールブレード》が目映い光を放つ。
そして、《アニールブレード》はパリィィィィンッ!っとガラスが砕け散るような音を響かせ砕けた。
「すみません!本当にすみません!!」
前回、カイにしたようにネズハはまたしても土下座をして、頭を下げる。
謝って許されないのは分かってる。
だが、こうしないといけない理由があった。
だからこそ、ネズハはどんな罵倒も受ける覚悟で、頭を下げた。
「いや、謝る必要はない」
「……え?」
そのプレイヤーの言葉に、ネズハは顔を上げる。
見ると、プレイヤーはネズハではなく、ネズハの後ろの建物、その上の方を見ていた。
何を見ているのかと、ネズハも見上げる。
すると、そこには、ミトとアスナ、そして、アルゴがそこに居た。
ミトとアスナは、同時に頷く。
「分かってみると、案外単純なトリックだな」
そう言い、プレイヤーは装備を解除する。
金属鎧を装備したプレイヤーの中は、キリトだった。
黒いコートを身に纏ったその姿に、ネズハは昨日、自身が+5の《アニールシミター》を騙し取ったプレイヤー“カイ”と一緒に居たキリトだと言うことに驚く。
「悪かったな、騙すような真似して」
そう言い、キリトはスキルウィンドウを開き、あるスキルを使う。
その瞬間、キリトの右手には《アニールブレード》+6が現れた。
「《クイックチェンジ》。まさか、こんなに早く、それも鍛冶師が戦闘スキルの
「あ……ああ………!」
「俺は今、《クイックチェンジ》を使って、君のストレージの中にある俺の《現在装備中の武器》を取り返した」
手にした《アニールブレード》の切っ先を向け、キリトは説明を続ける。
「君は、《クイックチェンジ》を使い、《預かった武器》と《同種のエンド品の武器》を取り換えた。スキルウィンドウは看板の裏に隠し、スキル発動の効果音を炉の光と音で誤魔化す。天才的な手口だな」
自分がしてきた強化詐欺がバレた。
そう思い、ネズハは何もかもを放り投げ、逃げようとする。
「逃がさないぞ」
だが、その背後にカイが、腰に《アニールシミター》+5を差して現れた。
「あ、貴方は………!」
「悪いが、アンタには聞かなきゃならないことが山ほどあるんだ」
「署までご同行、願おうか」
「で、奪い取った武器は全部換金して」
「高級宿屋の宿泊費に、高級レストランでの飲食代で全部使ったと」
「………はい」
ネズハを署もとい宿屋まで連行すると、部屋の椅子に座らせ、キリトとミトの2人が事情聴取を行った。
2人とも、誰よりも怒っているのが分かっており、その威圧は子供なら泣くレベルだった。
「その………本当に、なんとお詫びすればいいのか………」
「嘘だナ」
すると、アルゴがそう言った。
「この数日間の、君の生活ぶりは見せて貰ったよ。安宿に泊まり、食事も最低限の物。とても豪遊してるようには見えなイ」
「これ、この前出会った剣士の人の忘れ物」
そこで、アスナはネズハに近寄り、机に上にある物を置く。
置かれたそれは、投げナイフだった。
「アルゴさんに調べて貰ったら、NPCショップで売ってる物ではなく、プレイヤーメイドの物。そして、これを作れるのは、現段階では貴方だけよ、ネズハ。いえ、ナーザ」
《ネズハ》ではなく《ナーザ》。
そう呼ばれたことに、ネズハは驚く。
「《ナーザ》、綴りは、Nezha。《ネズハ》とも読めなくないが、この場合だと正しい読みは《ナーザ》だ」
「《ナーザ》、《哪吒》や《ナタ太子》とも呼ばれる中国の小説、封神演義に登場する少年の神の名ダ」
カイ、アルゴの順で自身の名前の本当の読みと、由来を語られ、ネズハはどんどん顔色が悪くなる。
「宝具なる様々な武具を操り、2つの輪に載って空を飛ぶ。凄いわよね、こういう人物って、なんて言うか知ってる?」
「シャルルマーニュ伝説の《オルランド》もとい《ローラン》、それに、現代の西洋風ファンタジーの源流とも言える《ベオウルフ》、ケルト神話の代表的英雄《クフ―リン》、正式名《クー・フーリン》。それらに負けず劣らずの」
「「
キリトとミトが口を揃えてそう言う。
「ナーザ、君は《
「そして、貴方が強化詐欺をしていた目的は、《
キリトとミトに言われ、ネズハ改めナーザは観念し、俯いた。
「ナーザ、どうして君はこんなことをしたんだ!?」
「どうして貴方だけ、不正を働くリスクを背負ったの!?」
「何か見返りを約束されてるのか!?」
「それとも、弱みでも握られてるの!?」
「彼らは……君達は……」
「「どうして
ナーザに詰め寄り、強い口調でキリトとミトが言う。
「お、おい、キー坊、ミーちゃん。今重要なのはそこじゃ……」
「いや、大問題だ!」
「このまま行けば、《
「今はまだ武器の被害で済んでるかもしれない!だが、このままエスカレートしたら、いずれプレイヤーの犠牲が出てもおかしくない!一度悪事を働けばそれ以降は歯止めが効かなくなる!」
「悪事を厭わない最強集団、そんな連中が《圏外》で襲われても返り討ちにすればいいと開き直るようになったら!」
「キリト、落ち着け」
「ミトも。落ち着こう」
口調が強くなり、エスカレートするキリトとミトの熱をカイとアスナが止める。
「多分、違うんだろ?」
カイはナーザを見て言う。
ナーザの表情は、悔しさと申し訳なさ、後悔で一杯一杯の表情だった。
「これ、受け取って下さい」
アスナは机に置かれた投げナイフを取り、持ち手をナーザへと向ける。
ナーザは観念したように、投げナイフへと手を伸ばす。
だが、手は持ち手を掴むことなく、持ち手にぶつかる。
「やっぱり、貴方目が………!」
「………見えないわけじゃないんです」
ナーザはゆっくりと、語り始めた。
「ただ、ナーヴギアを介して見ると、遠近感が………!」
「まさか、FNCなのか!?」
キリトが驚きの声を上げる。
「FNC?」
「フルダイブ
「五感のどれかが機能しないとか、微小なラグがあるとか色々あるけど、中にはダイブそのものが出来ないなんてのもあるわ」
「恐らく、彼の場合は両眼視機能不全、奥行きが判別できないんだろウ………SAOには弓や魔法と言った遠距離攻撃は存在しなイ。剣で戦うには致命傷ダ。ログインは諦めるべきだっタ」
「いや、でも気持ちは分かる。俺だって、ダイブ可能ならどんな障害があっても
そこで、キリトはある推測を思い浮かべる。
「《
「違う!」
ナーザは椅子から立ち上がって、キリトの推測を否定する。
ナーザは、声を荒げたことに驚き、固まる
「多分逆じゃないかな」
「逆?」
「うん…きっと彼らは、この人を見捨てなかったのよ」
アスナの言葉に、ナーザは目を見開いて驚く。
「SAO開始当初みんなが必死にリソースの奪い合いをしている時、彼らはハンデを抱えた仲間のリカバーを優先した。だから実力はあったけど、レベルが低かったんだわ」
「アンタの《投擲》スキル、2層でも使えるレベルって聞いてる。第1層の非効率な狩場で、そこまで鍛え上げられたのも仲間のお陰なんだろ?」
アスナとカイの言葉に、ナーザは再度語り始める。
「おっしゃる通りです。僕は仲間の情けに縋り付いてみんなの夢を台無しにしてしまった。元々《
ナーザは悔しさの入り混じる声で叫ぶ。
「僕のFNC判定で全てが狂ってしまった!あの日以来仲間の中には僕の事をカバーしながら戦うやり方に不満を漏らした仲間もいました……でも、リーダーは…オルランドさんは、僕を決して見捨てようとしなかった!一緒に戦おうって言ってくれた!僕はそれに甘えて、ずっと皆の足を引っ張っていたんです!」
ナーザは叫び終え、一瞬間を置いて話し続ける。
「でも、《投擲》スキルじゃこの先戦っていくのは難しい事にようやく気づいて、熟練度が50になった所で、僕は戦闘職を諦めました。でも、その頃には《攻略組》との差は大きく開いてしまい、取り返しがつかない程でした。そんな時、ある男が声を掛けて来たんです」
「ある男?」
「はい、そいつは僕たちにこう言ってきたんです」
『話は聞かせて貰ったァ。あんたが戦闘スキル持ちの鍛冶職になるなら、すげぇクールな稼ぎ方があるぜぇ』
「そう言って、僕たちに《クイックチェンジ》を使った武器すり替えの方法と強化詐欺のやり方を教えてくれたんです。でも、勘違いしないで下さい!全部、僕が!僕自身の為にやったことなんです!オルランドさんや皆は関係ない!」
ナーザはそう言い、ベランダの窓を開け、バルコニーに出る。
「ナーザ!何を!?」
「騙し取った武器はない………コルでの賠償も出来ない………だから、こうするしか償えないんです………」
そう叫び、ナーザはバルコニーから飛び降りた。
だが、それを止める者が居た。
カイだ。
「なに勝手に、命を奪おうとしてんだよ」
「う、奪うって……僕は自分が死のうと……」
「自殺ってのはな、自分で自分の命を奪う事なんだよ!自殺だって立派な殺人だ!それに、自殺ってのは今まさにこのゲームをクリアしようとしてる《攻略組》への裏切り行為だ。《攻略組》4人を前に、アンタは裏切るのか?強化を頼んできた依頼人を裏切って、今度は俺ら《攻略組》も裏切るのか?」
「あっ………うっ!ううううっ………!すみません……すみません…………!」
その言葉に、ナーザの力が抜け、その場に座り込み泣き出す。
「ナーザ」
泣いてるナーザに、キリトが近寄る。
「君の《投擲》スキルは2層でも通用する程なんだろ?遠近感が無くても、システムアシストが効く投擲アイテムがあれば」
「そんなの無理ですよ……あんなの、実践では何も役に立ちません……持てる数が限られるし、購入費だって掛かる…弾数無制限の武器でもない限り………」
「そうだな。弾数無制限の武器は、SAOに存在しない。だが、
そう言い、キリトはある物を取り出し、ナーザに見せる。
ナーザは、キリトの言葉に驚く。
「ナーザ、君の所持してるスキルはなんだ?」
「《投擲》に《所持容量拡張》、後、《片手武器作製》です……」
「この武器を使うにはあるエクストラスキルが必要になる。………伝説の勇者《ナーザ》、鍛冶スキルを捨てる覚悟はあるか?」