トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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ウマ娘と佐藤大輔を絡めて何か書きたいなーと思って書き始めました。お付き合いよろしくお願いします。
なおウマ娘と銘打っておきながら、第1話にはウマ娘が出てきません。本格的に出てくるのは次の次の回からです。




第1話 辞令交付

 

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。

―ラインホルド・ニーバー「ニーバーの祈り」

 

 

 

辞令 

航空自衛隊一等空尉 小島隆史 殿

 

令和X年3月末日をもって、貴官の航空幕僚監部付の任を解く。これにかわり、同年4月1日付で貴官を日本ウマ娘トレーニングセンター学園分屯基地司令並びに日本ウマ娘トレーニングセンター学園分遣隊隊長に任ずる。本令到着後、貴官は速やかに着任準備を整え、所定の期日までに任地へ着任すべし。

 

-どういうことだこれは。

市ヶ谷にある防衛省の、整理整頓という言葉を投げ捨てたような状態にある一室で辞令を受け取った小島隆史一等空尉は思った。

「見ての通りだ」

そんな彼の内心を見透かしたように、目の前に座る傲岸不遜が絵を描いたような中背小太りの男-真田忠道海将補は答えた。そこから少し離れた場所にある机では、切れ者然とした風貌の、幹部自衛官というよりは学者に近い雰囲気をまとった三等海佐がパソコンに向かってせわしなく作業を続けている。

「君たちには、競争ウマ娘のトレーナーをやってもらう」

彼の隣では、分屯基地副司令兼分遣隊副隊長に任ずる内容の辞令を受け取った、いかにも知的でしっかり者なお姉さんといった印象を受ける顔を持つ女性幹部-森宮有沙一等空尉もまた、小島と同じような反応を示していた。

「とは言え突然の話で戸惑うのも無理はないだろうから、一応訳を話しておくことにしよう」

真田はそう言うと、2人に向かって話し始めた。

 

ウマ娘-端的に言ってしまえば、外見及び身体構造は人間の女性そのものであるが、動物のような耳を頭頂部に一対備え、腰部にも動物のそれを思わせる尻尾が生えていて、人間を上回る身体能力をもった、生物学上の「雌」しか存在しない知的生命体である。

その詳細については現代科学をもってしても謎に包まれており、一説には別世界の異なる生物の魂を受け継いでいるとされているが、詳しいことは分かっていない。ただ一つ分かっているのは、人間と比べて強烈なまでの勝利に対する欲求-闘争本能をその内側に有していることだけである。

古来から人間と共存し、文明を築き上げ、時には共に戦ったりしてきた存在であり、人間社会に溶け込んで生活している。そのような彼女たちの中でも、レースの世界に身を投じた者たちのことを人間は競争ウマ娘と呼んで、一種のアイドルのように扱っていた。

 

その競争ウマ娘を育成する学校である日本ウマ娘トレーニングセンター学園-通称中央トレセン学園は現状、ウマ娘の指導に当たるトレーナーの不足という深刻な問題を抱えていた。その原因は理事長の方針にある。

 

競争ウマ娘のトレーナー資格、ことに中央トレセン学園のそれは国内でも有数の難関資格として知られていた。優れた競争ウマ娘を育成するためにはトレーナーも優れていなければならない、したがって資格取得のための試験もまた難関でなくてはいけない。見た目は完全に少女-を通り越して幼女のような外見のトレセン学園理事長が唱えるその言葉を、日本においてウマ娘のレースを管轄しているURA(中央競会)が受け入れた結果、中央のトレーナー資格を取得する難易度は高くなっており、資格を習得する人間は毎年少数に止まっているため、中央トレセン学園に在籍するトレーナーの数は、在学しているウマ娘の数に対して決して多いわけではない。それだけであれば何の問題もなかった。

だがその結果として引き起こされた出来事により、理事長もURAも方針の転換を余儀なくされることになったのである。

 

毎年新たに中央のトレーナー資格を手に入れる人間が必然的に少数であるのに対し、それよりもはるかに多くのウマ娘が毎年学園に入学してきた結果何が起こったかといえば-指導者数の不足から個々人に合ったきめ細やかな指導を受けることが出来ずにレースで結果を出せなかったり、素質はあっても才能を開花させることなく学園を去るウマ娘が大幅に増加したのである。無論その中でも個別に見れば優れた成績を残したウマ娘は多い。だが全体として見れば競技人口の減少を招いたトレセン学園の理事長、そしてURAの方針は愚策というべき他なかった。

 

このことに気がついたURA及び中央トレセン学園は愕然とした。何しろウマ娘のために良かれと思って取った方針が自らの首を絞める形で帰ってきたのだ。このまま競技人口が減り続けた場合、トゥインクルシリーズ、更にはドリームトロフィーリーグと言ったウマ娘のレースそのものが先細りし、最悪消滅しかねない。

 

そのような現実を目の当たりにした学園とURAは共に対策に乗り出した。最初に打ち出されたのは、1人のトレーナーが複数のウマ娘の育成を担当するシステム-チーム制の導入である。これは一定の効果を上げたものの、やはり人手不足という根本的な原因の前には対症療法に過ぎず、絶対的な人員の増加という根治療法が必要不可欠であることを学園側に認識させた。

 

そのため、学園とURAはトレーナー数の増員のためにありとあらゆる手を打っていた。一例としては、未経験者をトレーナーとして育成するシステムを整備し、一定数以上のトレーナーを定期的に確保する下地を整えた上で業種経歴を問わない、未経験・未資格者を対象とした育成枠での中途採用の拡大や、定期採用者の応募要件を(採用後の育成前提で)学部学科を問わない四年制大学の卒業者及び卒業見込み者へと緩和したことである。勿論一例に過ぎないが、これ以外にも学園とURAは様々な手段を用いてトレーナー数の大幅な増員を図っていた。

 

それらの施策は「トレーナーの絶対数を増やす」という観点からすれば正しいものであったが、問題がなかったわけではない。育成枠で採用した人間がトレーナーとして戦力化するまで、どれほど短くても4年から5年はかかることだった。もちろんURA及び中央トレセン学園もこのことを十分に認識しており、必要な対応策を講じていた。

外部から人員を招聘して、育成枠採用者がトレーナーとして戦力化するまでの間隙を埋めることにしたのだ。

 

「それで、なぜ我々(自衛隊) に話が回ってくるのですか?URAも、その傘下の中央トレセン学園も本来農水省と文科省の所轄なのですから、そちらに頼めばいいと思うのですが」

「察しがいいな。URAと学園は元々農水省と文科省に人員の派遣を要請していた」

「結果は」

「にべもなく断られたそうだ。元々農水省も文科省も中央トレセン学園のトレーナー不足を問題視していたからな。今までに何度も増員の提案をしたのだが、URAも学園の理事長もそれらを全て断ってきた。蹴り飛ばしておいて今更何を、というわけだよ」

 

中央省庁においてURA(及びその傘下にある中央トレセン学園)を管轄しているのは農林水産省と文部科学省である。セクショナリズムの権化ともいえる日本の官僚組織において、なぜ異なる省庁が合同でURAという一つの特殊法人を管轄しているのか-それもまたセクショナリズムの産物に過ぎなかった。

 

競争ウマ娘を育成する中央トレセン学園は中等教育機関としての側面も有しているため、戦後URA(正確にはその前身組織)が当時の農林省の管轄になった際、その傘下に置かれているトレセン学園の前身校が教育機関の一つでもあったことから、その管轄を巡って農林省と文部省(当時)の間で争いが繰り広げられ-妥協案として双方がURAを管轄することになったのである。

 

このような経緯からURA並びに中央トレセン学園を管轄する農水省と文科省においては、URAとトレセン学園の双方を管理監督するためにウマ娘についての専門知識が要求されるため、双方の省庁に中央のトレーナー資格を持つ官僚が数十人技官として勤務しており(中央トレセン学園のトレーナー資格を有している場合、国家公務員の採用選考過程において筆記試験が免除される)、中央トレセン学園へそのような人材を派遣してもらおうと考えたのである。

 

だが、農水省も文科省も派遣を断った。先進国の中でも最低に近かった人口当たりの公務員数を改善するため、国・地方共にフルタイム勤務を行う公務員の新規・中途採用を(経験経歴年齢を問わずに大量募集する形で)大幅に増加させて公務員数の増大を図っている最中であり、自分たちが必要な人員を確保するのに手一杯で、中央トレセン学園に回せるだけの人材の余裕が存在しなかったのだ。

 

加えて(というよりはこちらが主な理由であるが)、トレーナー数を低く抑えていたURAと中央トレセン学園双方への反発もあった。5年以上前から農水省と文科省は、中央トレセン学園に在籍するトレーナー数がウマ娘の数に比べて少ないことが、長期的に見た場合、この国の競争ウマ娘全体のレベルを低下させることに繋がるとして問題視しており、中央トレセン学園のトレーナーの絶対数を増加させるよう、トレーナー資格を有する技官が中心となって、URAと中央トレセン学園に繰り返し提案していた。

 

だが学園の理事長もURAも、優れた競争ウマ娘の育成は困難な選別を潜り抜けた少数精鋭の優秀なトレーナーでなければ務まらないという理由から、その提案を受け入れることはなかった。その結果、農水省と文科省双方のURAと中央トレセン学園に対する感情は下落の一途をたどっていた。そのような中で、自分たちの提案を蹴り飛ばした相手から人員の援助を求められた両者は、理性よりも感情が表に出たような反応を示し-URAと中央トレセン学園の頼みは検討するふりすら見せずにはねつけられた。

 

かくして大本命に断られたURAと中央トレセン学園は、なりふり構わぬ方法で外部人材の招聘を図った。農水省と文科省以外の各省庁や普段から親交のある民間企業に加え、 (中央が半ば無意識のうちに見下している) UNAR-地方競全国協会と、その傘下にあり地方自治体の管轄下で全国各地に存在する地方トレセン学園やにも助力を乞うほどであったが-結果としてそのすべてが失敗に終わった。

中央省庁は言わずもがな、民間企業も好景気の只中にあって人手不足が続き、定期採用どころか中途採用に至るまで経歴経験年齢を問わずに大募集をかけるような状態であり、とても他所に回すだけの人的余裕がなかったためである。UNARや地方トレセン学園に至っては、農水省と文科省が示したそれと大差のない反応を示した。彼らの中には、普段から自分たちを二軍扱いして憚らないURAや中央トレセン学園の現状をいい気味だとあざ笑うものすらいたほどだ。

 

その結果、進退窮まったURAと中央トレセン学園は最後の手段として防衛省と自衛隊に助けを求めた。なぜそのような競争ウマ娘とは縁もゆかりも無さそうな所に助力を求めたのかについては、この国のウマ娘のレースの成り立ちにまで遡ることが出来る。

 

元来日本におけるウマ娘のレースは、日清日露の両戦争の教訓から、軍用ウマ娘の質を上げる必要性に迫られた明治政府および旧帝国陸軍の影響下で、レースを通じた育成によって優秀な軍用ウマ娘を育てることを目的として行われてきた。中央トレセン学園自体、その前身となる学校は、(名目上)優れた軍用ウマ娘を育てることを目的として作られたし、その敷地内には一時期、陸軍騎兵学校の分校が置かれていたこともあった-結果として、軍用には不向きな競争ウマ娘ばかりが育成されることになったが。

 

このようなウマ娘のレースに対する軍の影響力は、第二次世界大戦の敗戦によって旧軍が解体されたことで一時は消滅したが、朝鮮戦争を機に警察予備隊が創設されたことで復活した。当時の情勢を鑑みて警察予備隊の早期の戦力化を図るべく旧軍出身者を積極的に入隊させた結果、ウマ娘のレースに対する影響力が復活したのだ。その影響力は名を変えて自衛隊となった今でも変わらず存在し続けており、現代においても防衛省及び自衛隊はURAに対して一定の影響力を持ち続けている。

(最も、戦前のそれと比べてさほど大きなものではないが)

また一部のG1レースの際には、民政協力の一環として三自衛隊いずれかの音楽隊がファンファーレを演奏しており、URA及び中央トレセン学園と自衛隊の間にはそのことを通じた繋がりも存在していた。

 

そのようなパイプの存在を今更ながらに思い出したURAと中央トレセン学園は、人員の融通を頼むべくそのパイプを通じて防衛省と自衛隊に接触を図り、統合幕僚監部付きという立場で様々な(表に出せない)雑用を遂行していた真田が自衛隊側の責任者として、URA並びに中央トレセン学園との間で交渉にあたることになった。

その過程で自衛隊内部でも様々な意見が噴出したが、最終的にはURAとトレセン学園の要請に応じることで「貸し」を作っておくことが後々便利だという政治的判断により、自衛官をトレーナーとして中央トレセン学園に派遣することを決定した。

(なお自衛官がトレーナー資格を有していないことについては、トレーナーには幹部自衛官を充てることによりその代替とする事になった)

 

その後、自衛官をトレーナーとして中央トレセン学園に派遣する適当な理由をひねり出す(ないしはでっちあげる)ために、自衛隊とURA並びに中央トレセン学園双方の間で官僚的なやり取りと会合が何度か行われた結果、防衛省設置法第4条18号の「調査研究」を根拠として自衛官を中央トレセン学園に派遣することが決まったが、ここで問題が明らかになった。自衛官がトレーナーをやるとなると、どうしても自衛隊法に定められた兼業禁止規定に抵触するのだ。

そこで中央トレセン学園内に分屯基地を設置し、新設の部隊をその分屯基地に配備するという方法が考えだされた。これならば、形式的には新設した分屯基地に部隊とその人員を配備するという形になるため、自衛隊法の規定に抵触することは無い。

 

兼業禁止規定についてはこのような形で解決を見たが、今度は三自衛隊のうち、どこが分屯基地の運営を担当するのかで揉め-最終的には中央トレセン学園に最も近い場所(府中)に基地を置いている空自が担当することになった。

(何しろ、中央トレセン学園の正門から府中基地の正門までは、その間にある京王電鉄の踏切での待ち時間を除いても、成人男性であれば30分から40分程で歩くことが出来るほどの距離しか離れていない)

最も、三自衛隊間のバランスを保つため部隊編成は陸海空の共同部隊ということになり、部隊長と副長、更にロジスティクスの責任者を空自から選び、陸自と海自からもそれぞれ人員を派遣するということでどうにか話がまとまった。

 

あとは主要人員-部隊の長と副長にだれを充てるかという話になり、自衛隊(主に空自)内部での調整が重ねられた結果、偶然にも次の任地が決まらないまま前任地を離れており、航空幕僚監部付きという長期休暇のような配置に置かれた状態で無聊をかこっていた、小島隆史と森宮有沙という2人の幹部は新設部隊の長並びに副長として配属するのにちょうど良い存在であった。

 

加えて、両者ともに与えられた職務は真面目に遂行するものの、自己の内面に存在する規範にもまた忠実に行動し、自分の意志や意見を忌憚なく正直に述べ、相手にもまたそれを求める性格の人間であったため、「察する」「空気を読む」ことが求められる、共同体の構成員としての前近代的な意識を、近代社会の産物である社会集団の構成員に要求する典型的な日本型組織(自衛隊もその一つである)との相性が無きに等しく、典型的な日本型組織に頭まで浸かった自衛隊中央の人間からは煙たがられていたことも、2人がトレセン学園への派遣要員として選ばれた原因の一つであった。

 

-最も、2人が選ばれた真の理由はそのようなものではなかった。最終的な判断は2人の考課表と経歴、親族友人関係に至るまで調べられる限りの情報を収集、分析した真田が行ったからである。その結果として、真田は2人をウマ娘の巣窟に放り込む人間として最も適していると判断したのだった。

 

「事情は分かりましたが」

真田による一連の説明を聞き終えると、半ば呆れたように小島は答えた

「そもそも、競走ウマ娘は軍隊-便宜上この言葉を使いますが-で使うことに一番向いていないウマ娘じゃないですか。そんな競争ウマ娘の育成を自分たちが行うなど、お門違いにも程があります」

小島の言葉は正鵠を得ていた。先程少し述べたように、元来競争ウマ娘は軍隊で用いるのに最も向いていないウマ娘なのである。

 

なぜならば、競争ウマ娘に必要なのは(極端に言ってしまえば)走るスピードの速さだけであるのに対して、軍隊に所属するウマ娘に求められるのは所謂「整備されたレース場での駆けっこ」の速さではなく、荒れた地面の中で重い荷物を背負って長時間行軍できるスタミナとそれを支える足腰の強さである。そのため諸外国の軍隊や自衛隊においても、ウマ娘の採用は走るスピードの早さより悪路の走破性や足腰の強靭さ、更にはスタミナを重視して決められている。

つまるところ「整備されたコースの上で速く走ること」だけを目的にトレーニングを積んでいる競争ウマ娘は悪路の走破性や足腰(特に脚部)の強靭さ、スタミナの多さという点で軍隊に所属するウマ娘よりどうしても劣っているのだ。

 

これについては、競争ウマ娘と軍用ウマ娘のどちらが優れていてどちらが劣っているというのではなく、求められる能力や素質・適正が正反対なので比べようがない、それだけの話である。整備されたサーキットで走るスポーツカーと、整備という単語を明後日の方向に放り投げたような状態の戦場を走る軍用車両を比べるようなものに過ぎない。

 

「やることは同じだよ」真田は答えた。

「競争ウマ娘の育成も、俺たちが作戦を立てるのも本質的に変わりはない。目的を定め、達成するための計画を立てて準備を行い、実行して結果を出す。自衛隊民間問わず、どこの組織でもやっていることだ。君たちにやってもらうことはそれの応用に過ぎん」

「そんなものですか」

「そんなものだ。何か質問はあるかね」

真田はその言葉で会話の軌道を強引に変更した。それに素早く反応したのは森宮有沙であった。

 

「分遣隊のメンバーは、自分と小島一尉だけなのでしょうか」

「当分は君たち2人と後から来る3人の、合わせて5人でやってもらうことになる」

少ないな、それを聞いた小島は思った。森宮もまた同じことを考えていたらしく、真田に新たな質問を投げかけた。

「それだけではウマ娘の育成はともかく、他の業務への対応に不安が残るのですが」

「本来ならもう6~7人ほど配属する予定だったが手配が間に合わなかった。どうにかして都合をつけるから、それまでは5人で何とかしてほしい」

「追加人員の都合がつくまでどれ程かかりますか」

「どんなに遅くても今年の12月までには何とかする。それまでの間は5人で十分業務をこなせるよう、業務の自動化を進めて置くからそれで凌いでくれ」

「そういうことでしたら」

納得と不満が半分ずつ含まれた声で森宮は答え、更に質問を続けた。

「必要な物資や予算については」

「それについては君たちが必要なだけ用意する。最低限、備品やトイレットペーパーを自費で購入する必要が無い位は確保しておく」

矢継ぎ早に質問を投げかける森宮を見た小島は思った。うん、やっぱりこいつ頭いいな。さすが防大を次席、幹候校を首席で出てるだけある。

そんな思考をする彼をよそに森宮有沙は真田に質問を続け、真田もそれに答えを返して行く。そのやり取りを聞いているうちに、小島の中で一つの疑問が思い浮かんだ。

 

-どうして俺たちなんだ? ()()()()()()()()よりもトレセン学園に突っ込むのに適した人間なぞ、自衛隊の中に履いて捨てるほどいるだろうに。

これだけはどうしても聞いておく必要がある。しかし、話しかけるタイミングを計らねば。

 

そのような彼の内心-というよりも彼が疑問を浮かべているとき特有の表情を見て取った森宮有沙は真田に対する質問を打ち切った。

「どうした、森宮君」

唐突な打ち切りに軽く戸惑いつつ真田は答えた。

「小島一尉が、真田海将補に何か聞きたそうな表情をしておりますので」

「分かった-小島君」

「何でしょうか」

「聞きたいことがあるのなら言え。防衛機密に該当しない範囲であれば、君が納得するまでいくらでも答えよう」

「でしたら」

小島は口を開いた。

「はっきり申し上げて自分も森宮一尉も、頭のてっぺんに耳があって尻尾が生えているだけの見目麗しい女の子が綺麗な服を着て駆けっこをしたり、駆けっこのあとで歌って踊る姿に全く興味がありませんし、それを見て興奮する人間のことも理解できないのですが」

勿論その考えを他人に押し付けるつもりはありません、小島はそう言って話を続けた。

「なぜ隊長と副隊長に自分と有沙-失礼、森宮一尉を選んだのでしょうか」

小島は、隣に座る女性幹部に対する私生活での呼び名を一瞬口にした後、ここが職場であることを思い出し、職場でのそれに変更した。

それに対して真田は、全てを見透かしたようにあっけらかんと答えた。

 

「君たち2人がウマ娘のことを嫌っているからだよ」

 

その言葉を聞いた小島の目から光が消え-少しの間を置いて何事もなかったかのように答えた。

「よく知っていますね、そんなこと」

「俺は人に頼みごとをするとき、頼みごとをする人間について入念に調べることにしている」

魂の取引をする悪魔のように真田は答えた。小島はそれに対して、自らに三回以上無礼を働いた人間を前にした仏のような声で応じた。

「中学の時、ウマ娘にひどい目に合いましてね。それ以来どうも好きになれません」

「成程」

「詳細をお話する必要はありますか」

小島が回答を求めた時、真田は彼の、美男子ではないが整っており、やや太く、濃いめの眉と、細いがはっきりとした目の、全体的に笑みと少々の幼さを持った年齢相応の顔、その額の中央部-生え際のあたりに長さ1センチほどのうっすらとした傷があることに気づいた。

「生憎と」

真田はそこで言葉を切り、続けた。

「他人の内心に土足で踏み込む趣味を俺は持ちあわせていない」

「ありがとうございます」

そのような小島の声には、僅かながらも安堵と感謝が含まれているように聞こえた。

 

小島との会話を終えた真田は、彼と同じ様に目から光が消えている森宮有沙と向き合い、口を開いた。

「森宮一尉、君が小島一尉と同様にウマ娘を嫌っているのは知っているが、かいつまんだ理由を教えてくれ」

「自分の場合は隆史-小島一尉のものとは少々異なっております」

森宮もまた、隣にいる男の私生活における呼び名を口にした後で訂正した。2人はすでに、男女の仲を進展させた先にある段階へ1年半ほど前から突入している。

「自分が嫌っているのは中央トレセン学園だけで、ウマ娘自体には小島一尉ほど悪い感情は抱いておりません。もっとも、好きというわけでもありませんが」

「端的に述べてくれ」

「幼馴染がそこで酷い目に遭いました。ですから私はあの学園が大嫌いです」

はっきりとしているが、深い闇を感じさせる声で彼女は答えた。

「正直でよろしい」

真田は満足げな言葉で応じた。

「君たちのように自分の意見を直球で言う人間を俺は好んでいる。阿諛追従(あゆついしょう)や巧言令色で取り繕おうとする人間よりよほどいい」

「そのおかげで色々と苦労を背負い込むことになりましたが」

自分を嘲るように小島は言った。

「一時期、周囲からの反応を気にして自分を改めようと色々やりましたが、周囲からの反応は全く変わりませんでした。自分を改めたところで周囲が変わらないのなら、開き直って自分らしくやった方がまだましだと考えただけです」

「君の考課表が毀誉褒貶-特に毀と貶に満ち溢れている理由が良く分かった」

真田は平然と答えた。

「が、それでいい。自分の属する組織のことを平気で罵倒出来る人間がいない組織は腐る。君のような人間の存在を許容してこそ組織は長続きするものだ」

「でしたらなぜ、ウマ娘を嫌う人間2人をウマ娘の巣窟に放り込もうとなさるのですか?ウマ娘のことが好きな人間を送り込んだ方が余程うまくいくと思うのですが」

小島は問いかけるように答えた。それに対して真田は説法をするような口調で応じた。

「評価を行う物に好意を抱いている人間ほど、好意に引っ張られて越えてはならない一線を越えたりして、物事のマイナス面を見落としやすい。80年ほど昔にドイツでそれをやった結果、我が国は破滅の一歩手前まで行っただろう」

ああ、祖国よりも総統(フューラー)に忠誠を誓ったといわれる駐独大使にして陸軍中将のことか、小島はそんなことを思いながら真田の話を聞き続けた。

 

「だから今回トレセン学園に派遣する人員を選ぶ際には、ウマ娘のことを好んで興味を持っているような人間を徹底して排除した。君たちのようにウマ娘のことを嫌っていて、興味も関心もない人間であれば、ウマ娘の光の面も影の面も十分に見極めたうえで、彼女たちと程よい距離を保ちながら適切な指導と正確な評価を行えると考えた。それが君たちを選んだ最大の理由だ」

「後々揉め事が起きても知りませんよ」

呆れたように小島は答えた。

「そんなものは計算のうちだ。むしろ、無理に起こせとは言わんが多少の揉め事は起こしても構わん。異質なものと衝突することでしか見えてこないものもある-向こう(トレセン学園)にも我々(自衛隊)にもな」

なんておっさんだ、派遣先でトラブルを起こしても構わんと言い切るとは。さすが傲岸不遜が服を着て歩いていると言われるだけのことはある。

(彼は真田について、海自に行った有沙の防大同期生から、有沙を経由する形でいくらかの噂を聞いていた)

「まあ、君たちで手におえなくなったら俺に振れ。尻拭いはしてやる」

「ろくでもないことを押し付けるかもしれませんが」

「それが上官の仕事だ」

「そういうことでしたら、遠慮なく押し付けさせて(尻を拭いて)いただきます」

連帯保証人になることを頼むような声で小島は言った。それに対して真田もまた、借金を踏み倒すような声で応じた。

「大いにやってくれ」

 

「無論対価は用意してある。いくら普段の仕事の応用とは言え、経験の無いことをやってもらうのに命令で行けと言うばかりでは能がないからな」

「具体的には」

「君たちがトレーナーをやっている間は自衛官としての俸給・賞与・諸手当以外にも、中央トレセン学園のトレーナーとしての給料と賞与に加えて、担当するウマ娘がレースで賞金を得た際には、URAの規定に従って賞金の一部が君たちに配分されるようにしてある。最もトレーナーとしての給料の類や賞金については、一度防衛省の方で受け取った後で毎月の俸給と合わせて特別手当という形で渡す。そうしないと兼業禁止規定に抵触しかねないのでね」

「口頭ではなく、文章でお願いしたいのですが」

小島は表情を緩めながらも疑うように応じた。

「もちろんそのつもりだ。今までに話したことやこれから話すことは後で書類にして君たちに渡すから、空手形の心配をする必要はない」

「それは有り難いですね」

小島は答えた。大学生の頃の就職活動で、空自の幹部候補生以外の内定を得ることが出来ずに仕方なく入隊した彼は、自衛隊を生活の糧を稼ぐための場としてしか認識していないし、愛国心に至っては言うまでもなかったからだ。

 

「それとウマ娘の育成や基地の運営、部隊の指揮統率などの細かい部分には俺は口を出さん。その辺は小島君の裁量に一任するから、定期的に俺宛のメールで報告書を提出してくれればいい」

「定期的に、とは」

「2週間に1度でいい。他の業務との兼ね合いもあるだろうからな」

「分かりました」

「1つ言い忘れていた。向こうには最低でも4年は行ってもらうことになる」

真田は何かを思い出したように答えた。

「なぜでしょうか」

「理由は2つある。最初にレース体系の問題だ。ウマ娘のレースはデビューからクラシック、シニアの順で続くのだが、一人の競争ウマ娘がこの段階を踏むには最低でも3年はかかる。それゆえ、その3年に余裕を持たせて最低4年とした」

「なるほど」

「もう1つは-先ほど育成枠採用者の戦力化に4年から5年を要することを話したと思うが」

「ええ」

「君たちにはその間の穴を埋めてもらうことになる。だから、最低でも4年は常駐してほしいというのが先方から出された条件だ」

それらの言葉を聞いた小島は思った。最低4年ということはつまりー

「場合によってはそれ以上になることもありうると」

「そう捉えてもらって構わない」

内線電話が鳴ったのはその時だった。矢沢が受話器を取り、応答する。二言三言会話を交わすと受話器から耳を離し、真田の方を向いて口を開く。

「3名が来たそうです」

「少し待たせておけ-ということだ。これ以上質問が無ければ、残りのメンバーを君たちに紹介したいが」

「聞きたいことは聞きましたので」

「自分も同じく」

小島が先に口を開き、続いて森宮が短く答えた。真田はその言葉に軽くうなずくと顔を矢沢の方に向け、口を開いた。

「矢沢君、3人を部屋に入れてくれ」

 

その言葉から少し間の空いたタイミングでドアが開き、入室する複数の足音が聞こえた。入ってきた2人の女性と1人の男性は真田に向かって背筋を伸ばし、敬礼する。真田も上手とは言えない答礼でそれに応じた。小島と森宮も座ったまま背筋を正しつつ、顔だけをその方向に向ける。

そこには、整ってはいるが美しさよりも知性が先に出る顔立ちの一等海尉と、ほっそりとした顔立ちの、幹部自衛官というよりは大企業の秘書然とした一等陸尉が立っていた。

その後ろには引き締まった体をしているが、風貌は優しそうなおじさんそのものといっていい准空尉がおり、彼は書類仕事や筆記試験ではなく、履き潰した靴の数で昇進してきた人間だけが持つ独特の雰囲気をまとっていた。

 

土井美咲(どいみさき)一等海尉、命令により出頭致しました」

「同じく広瀬彩香(ひろせあやか)一等陸尉、出頭しました」

遠藤保(えんどうたもつ)准空尉、出頭致しました」

 

3人の姿を見た途端、小島と森宮は傍から見てもわかる程に驚きを隠せない表情を浮かべた。何しろ土井と広瀬の2人は森宮有沙の防衛大学校の同期生であり、4年間を同じ部屋で過ごしたルームメイトでもあり、それ以来の友人でもあるためだ。3人が一同に介したのは、1年以上前の土井の結婚式以来であった。(その時既に森宮の生涯の伴侶となっていた小島も共にいた)

 

一方、小島が驚きを見せたのは2人の後ろに立つ遠藤の姿であった。彼は小島が幹部候補生学校の学生だった頃に助教を務めており、理由は分からないが何かと小島のことを気にかけていたのだ。自衛隊の誰もが助教と聞いて連想する鬼軍曹然とした人間とは対照的な、いつも笑みを絶やさない人物で、訓練中に声を荒げることは全くなかったが、その場にいるだけでプレッシャーを感じるような人間であったことを小島は思い出す。

目の前の3人もまた、表情に変化こそないものの、思わぬ形での知り合いとの再会に驚きを隠しきれていなかった。

 

「3人とも楽にしたまえ。小島一尉、森宮一尉、彼女たちが残りのメンバーだ」

「これはどういうことなんですかね」

この再開が偶然とは思えなかった小島は真田の方を向いて問いかけた。

「特に深い意味はない」

真田は嘘であることを隠す気もない声で答えた。小島と森宮の人間関係に至るまで調べ上げた上でメンバーに選出した彼にとっては、この2人と深く関わりのある人間を同僚に選ぶことは造作もなかった。最もこの3人は小島と森宮とは異なり、ウマ娘のことを嫌ってはいないが。

 

「それよりも、3人に説明をしなくちゃならん。小島一尉、森宮一尉、すまないが立って右の壁際に寄ってくれ」

「「分かりました」」

2人は不承不承といった風な声のあとで立ち上がり、床に積み上げられた資料や分厚いクリアファイルの山をよけながら指示された場所へ移動した。

それを確認した真田は新たに入ってきた3人に向き直り、口を開いた。

「土井一尉、広瀬一尉、遠藤准空尉、君たちに渡すものと説明しておくことがあるから、ここにきて座ってくれ」

 

真田はそう言って3人を呼びつけるとそれぞれに辞令を手渡し、少し前に小島と森宮にしたものと(細部は少々異なるが)同じ説明をした後で、土井と広瀬にはトレーナーを、遠藤には部隊の後方支援(ロジスティクス)の責任者を担ってもらうことをそれぞれ伝えた。

なお特別手当については、(賞金を除いて)役職・階級・それぞれの職務に関わらず5人全員に同じ額が支給されることが真田から伝えられた。最も深い意味は無く、ただそうしないと給与の計算が面倒なことになるからという理由であったが。

そのような形で真田は3人への説明を終えると脇に控えていた小島と森宮を呼び寄せ、自らが呼びつけた5人に改めて向き直り、口を開いた。

「話はこれで終わりだ。矢沢君から任務についての詳細と今日話した内容を記した書類を受け取ったら全員退出してよろしい。あとは旧交を深めるなりなんなり自由にやりたまえ」

 

真田の執務室を退出した後、5人は防衛省内にあるカフェテリアで、男女それぞれに分かれて再開を懐かしんでいた。

「それにしても有沙、まさかあんたの部下になるとはね。さすが次席さま」

「席次3位が何言ってんのよ美咲」

「あんたは試験前でも平気で遊びほうけて勉強一つしないくせに、全科目満点を平気で取っていくんだもの。何かの冗談かと思ったわ」

「言ったでしょ、あたしは天才だって」

自らが持つ、93Fの豊かな胸を張るように有沙は答えた。

「一回読んだり見たり聞いたりしたことは全部理解できて、100%出来るようになっちゃうから、努力や練習なんてする必要ないもの-勉強も、スポーツも、お稽古事も」

広瀬彩香が2人の会話に割り込んだのはその時だった。

「その結果、抜きんでて並ぶもののない完璧超人が生まれたと」

その一言は彼女にしてみれば何気なく発したものに過ぎなかった-が、有沙の琴線に触れるには十分すぎた。

「早速配属先のスクールモットー?私があの学園のこと、好きじゃないの分かってるでしょう」

友人の、瞬時に鋭くなった目つきと寸鉄で刺すように帰ってきた言葉に、自分が地雷を踏んだことに気がついた彩香は急いで軌道修正を図った。

「幼馴染の一件があったからでしょ、分かってるわよ」

続いて美咲も、彩香をフォローするように口を開いた。

「理解できなくはないわね」

2人とも有沙の友人ではあるものの、彼女にとって踏み越えてはいけない一線は理解していた。だからこそ、2人は森宮有沙の友人となることが出来たのである。

「ともかく今その話には触れないでちょうだい。せっかくの再開を台無しにしたくないから」

しばしの沈黙ののち、土井美咲が口を開いた。

「わかったわ-彩香、話を変えましょう」

「了解。並ぶものが無いといえば、あんたの身長もそうよね。171センチとか、同期の女子の中で一番高いくせに」

あいつ(隆史)は175だから問題なーし」

有沙は先ほどまでまとっていた雰囲気が嘘のように明るく答えた。

「惚気話ならよそでやんなさいな。だいたいあんたも美咲も子供産んで半年くらい経つのに、新婚の頃から雰囲気が何も変わっちゃいないのはどういう訳よ」

「彩香、そんなんだからあんたには男が寄ってこないのよ」

「余計なお世話。あっちにいるあんたの亭主に言いつけてやるわ」

少し離れたところで会話している2人の男を見ながら彩香は答えた。それに対して、有沙は勝ち誇ったような表情を浮かべ、言葉を返した。

「どうぞご自由に」

 

-あっちは話が弾んでるようで。女3人いれば姦しいと言うが、こっちまで聞こえてきやがる。小島がそのようなことを思ったとき、彼の隣に座る遠藤がおもむろに口を開いた。

「こうやって話すのは初めてでしたね」

「ええ、本当に」

小島は答えた。彼は年上の部下に対しては、余程のことがない限り敬語で話すようにしている。

「どうして奈良にいた時、やたらと自分のことを気にかけてくださったんですか」

「昔の自分と同じような雰囲気をしていたからですよ」

墓石と向き合うような声で遠藤は答えた。

「どういったところで」

「何もかも斜めに構えるようなところが」

「まいりましたね、そこまでお見通しだったとは」

小島はおどけたように答えた。最も、内心には複雑な感情が渦巻いている。

「やはり30年以上勤めてる人は格が違う。星の数(階級)より飯の数(勤続年数)とは、よく言ったものです」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」

遠藤は軽口を言うように答え、言葉を続けた。

「それはそれとして、実際のところ一度あなたの部下になってみたいとは考えていたのです。そういう意味では、今回の話は渡りに船でした」

「なぜ」

「あちこちにいる同期から話を聞いた限りでは、決して悪い上官ではないと思いましたので」

「そりゃまたどうして」

「部下にも自分にも楽をさせることしか考えていないと、もっぱらの評判でしたから」

「仕事を人生の主体にするつもりが無いからですよ」

小島は投げやりに答えると、遠藤の制服に付いている4つの徽章-うち3つは陸自の人間であれば一目見ただけで持ち主が精鋭中の精鋭であることを理解できる代物-に目を留め、遠くを見るような声で再び口を開いた。

「仕事なんて、趣味の合間にやるくらいで丁度良いんです。自分は、あなたのようにはなれませんから」

「これのことですか」

遠藤もまた、自分の徽章を指さして答えた。

「4つとも、鬱憤晴らしに取ったようなものです。価値があるものとは思っていません」

「それでも十分すごいことだと思いますよ-あなたの本職を鑑みても」

「まあ、それは」

僅かな戸惑いと気恥ずかしさが含まれた声で遠藤は応じ、続けた。

「話を変えてもよろしいですか」

「ご自由に」

「では僭越ながら。そういえば自分の中学以来の腐れ縁が中央トレセン学園(あそこ)でトレーナーをやっておりましてね。確か六平とか言いましたか」

「そんなのがいたんですか」

「実家が近所だったもので。今でもよく話をしますよ」

成程、あのおっさん(真田海将補)遠藤准空尉(この人)をメンバーに入れたわけはわかった。考えてみれば、ただ親しいという理由だけでメンバーに選ぶわけがない。土井さんと広瀬さんの2人はどうか知らんが。

「そういう知り合いがいるのでしたら、右も左も分からない所に突っ込まれても少しは楽になれそうです」

「会うことが出来たら紹介しますよ」

「よろしくお願いします」

 

1時間後、友人やかつての助教と次の配属先での再開を約束して別れた小島と森宮は、託児所に預けていた、生まれて半年ほどになる2人の長男-隆俊をベビーカーに乗せ、防衛省を後にすると、靖国通り沿いを九段下に向けて歩いていた。3月の頭とは言え、空気はまだ冷たさを保持している。

「まさかあんな所(中央トレセン学園)に行く羽目になるとはな」

「私も予想してなかったわ」

「まあ、命令が下された以上はやるだけさ」

あまり乗り気ではない、という風に小島は長男を乗せたベビーカーを押しながら答えた。

「引っ越しの準備と府中での家探し、始めないとね」

有沙もまた、前向きとは言い難い声で応じた。

「そうだな。引っ越しの方は、習志野から府中だし比較的楽な方だろ。家探しもまあ、家賃補助が出るからそれなりにいいとこ見つかるんじゃないか」

「だといいけど。それよりも、帰ったらさっさと荷造り始めましょう。早いうちに始めておいた方が何かと楽よ」

「分かってるよ。結婚した時は色々とごたごたしたからな」

「あの時は大変だったものね」

有沙は夫の言葉に苦笑いしながら応じた。

 

そのような形でこれからのことについてあれこれと思考する2人をよそに、隆俊は父親譲りの笑みを浮かべながらベビーカーに揺られていた。

 

後に、この5人-特に小島隆史と森宮有沙の両名-は競争ウマ娘の世界の歴史を大幅に塗り替えた人間として名を残すことになるが、当人たちから見ればそのような扱いを受けることは不本意以外の何物でもなかった。なぜなら、5人から見ればそれは与えられた職務を忠実に遂行した結果に過ぎなかったし、歴史に名を残すことも決して望んでいなかったからである。

 

 




この作品を思いついたのはツイッターで元自衛官のトレーナーが出てくるイラストを見た時でした。そのイラストを見ていて、ふと中学の頃から読んでいた佐藤大輔作品とウマ娘を絡める小説を書いてみたくなり、それが今回結実した形になります。

この作品の構想については昨年末から練ってて、全体のプロットを作って書き始めたのは2月からなんですが、資料集めや私生活にやる気、更にはwarthunderやったり中山に弥生賞観戦に行ったり府中にオークス観戦しに行ったりの諸々があって、このタイミングでの投稿になりました。

ちなみに2話については既に9割がた出来上がっているんですが、話が膨れ上がった結果2万5千字を優に超えてしまったので前編と後編に分けて投稿する予定です。
(なお3話については4割くらい書けてて、4話も大まかなあらすじは出来てます)

そんなわけなので、気長にお付き合いください。
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