トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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Q:前回から投稿間隔が随分と空きましたが、3か月間何をしていたんですか?

A:馬券の予想と山登りとコミケ参加と資料収集と資料の読み漁りとゲームと仕事です。

Q:馬券の予想の結果は?

A:多分万単位で金が溶けてます。ただしコツらしきものはつかめてきました。

・・・・という具合です。投稿間隔が遅くなって大変申し訳ございません。今回も相変わらず長いですが気長にお読みいただけますと幸いです。


第14話 祭支度・その2

 古今東西、学校と言うのは似たような雰囲気を持っている。何故ならば、地域や運営組織による差異こそあれど、基本的に求められる機能や必要とされる施設は同一であるからだ。

 そしてそれは、東京都府中市に存在するこの学校-日本ウマ娘トレーニングセンター学園においても例外では無い。

 

 -学校なんて、どこも似たような物ね。

 

 森宮有沙は迷彩服姿で中等部の廊下を歩きながら思った。脳裏に中学高校の6年間在籍したミッション系女子校、そして防衛大学校での光景が思い浮かぶ。どっちでも先生や教官には意見したり食ってかかってばかりだったわ、そう思いながら彼女は苦笑した。

 

 彼女はこの日、聖蹄祭の出し物におけるアシスタントをグラスワンダーに頼むべく、当の本人が所属する学級に向けて歩みを進めていた。

 時折すれ違う生徒たちからはどこかせわしなさを感じる。それもそのはず、彼女たちもまた聖蹄祭に向けて、日々の学業やトレーニングの間を縫って慌ただしく準備を進めていたからであった。すれ違う者は皆、その目が将来の夢や希望に満ち溢れているような輝きを放っている。それを見た有沙は歩きながら、心の中で祈りを捧げた。

 

-願わくば、この子たちの人生が希望と幸福に満ち溢れたものになりますように。

 

 同時に、大半の者にとってそれが叶わぬ夢であることも彼女は自覚していた。頭の中で何度も、車椅子に座る幼馴染の姿が思い浮かんでくる。そして、それをもたらした大本にして元凶がここであることも。 

 不快感が有沙の脳を支配する。頭を軽く振り、彼女はそれらを振り払った。今やるべきはそれじゃないでしょ、しっかりしなさい有沙。自分にそう言い聞かせ、歩みを進める。

 

 グラスワンダーの学級はすぐに見つかった。中を覗き込むと、彼女が級友たちと共に聖蹄祭の準備をしているのが見える。その隣には、首のあたりまで伸びた髪の毛を持つウマ娘がいて、準備を進めながらグラスワンダーと親し気に語り合っていた。会話が聞こえてくる。彼女はそのウマ娘のことをスぺちゃんと呼び、話しかけられた方はグラスちゃんとよんでそれに返す。

 有沙は目を細め、聖母のように微笑みながらその光景を見ている。懐かしいわ、彼女は思った。

 

(私とマーちゃんにも、あんな頃があったっけ)

 

 未来が全て夢と希望で満ち溢れていると信じて疑わなかったあの頃。そんな彼女があんなことになってしまうなんて。本当、未来の事なんて誰にも分からないものなのね。

 

 そんなことを考えていたその時、一人のウマ娘が有沙の存在に気づいた。どこかお嬢さまじみた顔つきに、肩のあたりまで伸びた、ウェーブのある茶褐色の髪の毛に両耳を覆う青いカバー。彼女はグラスの方を向き、何事かを彼女にささやく。それを聞いたグラスは作業の手を止め、ちょっと行ってきますねと言って立ち上がるとこちらに歩み寄ってくる。耳のてっぺんまで含めても有沙の鼻あたりまでの背丈しかないグラスは立ち止まり、口を開いた。

 

「なにかご用でしょうか、森宮トレーナー」

「お友達と仲良くしている時に、悪かったわね」有沙もまた応じた。「今、ちょっと時間あるかしら。聖蹄祭で私が出す出し物の準備を手伝ってもらいたいの。あなたにしか出来ない事よ」

 それを聞いて、グラスは少し考え込む。少しの間を置いて、彼女は答えた。

「スぺちゃんたちに-友達に聞いて来ても良いでしょうか」

「勿論よ」

 グラスは友人たちの下へ一度戻る。二言三言、言葉を交わして彼女は戻ってきた。後は皆がやっておいてくれるそうです、グラスは有沙にそう述べ、準備の手伝いを申し出る。それを聞いた有沙はありがとうと答え、一緒についてくるようグラスに話すと、彼女と横並びで歩き出した。

 

 有沙と共に向かった先の、畳敷きの部屋でグラスが見たのは、一通り用意された茶道具だった。何れも素朴な外観ながらそれなりに値の張る物であることを、茶の湯の心得がある彼女は見て取る。私の実家から送ってもらったのよ、有沙はそう答えた。

「その、森宮トレーナーの出し物と言うのは」

「見てわかるでしょう」有沙は答えた。「私はこう見えて、表千家流の免状持ちなのよ。ママなんか師範免状を持っていて、お茶の先生の仕事をしてるわ-グラスちゃんには茶の湯の心得があるそうだから、それで選んだの」

「なぜ、その事をご存知なのでしょうか」

 軽い警戒心を目の前の女性に向けながらグラスは答えた。彼女は森宮有沙にその事を話した覚えは無かったからだった。

「チームのウマ娘のことを調べておくのは、トレーナーとして当たり前のことでしょう」少し強めに有沙は答えた。「それになにか、おかしなことでもあるのかしら」

「いえ、そう言う事でしたら。少々気になったもので」

 グラスは詫びるように応じた。

「噂や情報を集めるのはお手の物なのよ」有沙は答えた。「女子校なんてその手の話、あっという間に広まるじゃない」

「-そうですね」

 腑に落ちたようにグラスは答えた。トレセン学園も女子校である以上、噂話や個人の趣味嗜好についての話が広まる速度は速い。それを考えれば、目の前の女性が自分について様々なことを知っているのはさほどおかしな話とも言えなかった。

 

(とはいえ)

 あまりいい気分にはなりませんね、彼女は思った。隠しておきたい心の内側を探られているようで。それに-

 

(情報を集めるのが、上手すぎでは無いでしょうか)

 

 この学園で数多飛び交う噂話の中から、私に関する事柄だけを的確に抽出して見せるなんて。空恐ろしさすら感じます。

 

 グラスの想像は的を得ていた。有沙は情報収集・諜報能力と言う面において実の弟にこそ劣るものの、高い才能を有していたからである。その点はやはり、世界で最も長く続く王朝にお庭番(スパイ・マスター)として千四百年余りも仕え続けている家の血を有する者である所以であった。

 そのような点を微塵も感じさせないような口調で有沙は答える。

「気にしないでちょうだい。それよりも、グラスちゃんを呼んできてくれたあの子だけど」

「キングちゃんの事ですね」

「ええ。確か、合衆国でG1を7勝したグッバイヘイローさんのお嬢さんよね」

「ご存知だったのですか」

 驚きを持った声でグラスは答えた。

「私のママが、グッバイヘイローさんの茶飲み友達なのよ」さも当然とばかりに有沙は応じた。「話を聞いている限り、あの人は私のママと同じようなタイプだと思うわ」

「同じタイプ、ですか」

「そう。子供を心配するあまり過剰に干渉しちゃって、当の本人からは嫌われるような人。そんな人だから、私はママと大喧嘩して家出同然に防大に入ったわけ。私が自衛隊に入った理由なんてそんなものよ」

「お母様とは、仲があまりよろしくないのですか」、

 グラスは有沙に問いかけた。有沙はどこか遠くを見るような表情を浮かべ、どのように話すべきか迷いながらも口を開いた。

「私が結婚して、隆俊を生んだ後は少しマシになったけどね」

 全く、孫の顔見せればコロッと態度を変えるって隆史(あいつ)が言ったのは間違いじゃなかったわよ。茶道具の手入れをしながら、ため息交じりに彼女はそう答えた。

 

(そう言えば)

 この方は既婚者で、一児の母親でしたね。

-旦那様があの小島トレーナーである事だけは、正直信じがたいですが。尤も、お2方の夫婦仲は睦まじいでは言い表しようがないほど良好なのは羨ましいですけれど。

 彼女はぼんやりとそんなことを考える。それを見た有沙は口を開いた。

「どうかしたの、グラスちゃん」

「いえ、何でもありません」視線を茶道具に向けながらグラスは答えた。「それよりも、どのような形でなさるおつもりでしょうか」

「本格的なものは無理だから、略盆にするけどね」

「その方が良いかと」グラスは答えた。「外部の方にも体験してもらうのでしたら、本格的なものよりも向いていると思います」

「分かったわ」有沙は答えた。「それじゃあまず、大まかな流れを説明していきましょうか。本格的な用意や準備はその後でしましょう」

「よろしくお願い致します」

 

 「よくこんな物があったわね」

 土井美咲は荷台の上に、一見でそれとは判別できないような調理器具を所狭しと並べた物体の前で、呆れるように答えた。

目の前に鎮座するそれは、民間への販売用に多少のモデルチェンジこそ行われているものの、それを除けば自衛隊で使用されているもの(野外炊具1号(22改))と大差のない外見をしている。多少の埃こそ被っているが、外観は清潔さを保っていて整備も行き届いており、取り扱い説明書も付属していたため、使用にあたっての問題点はなさそうだった。

「この学園は災害時の避難場所に指定されているそうなので、もしやと思ってこの2人と一緒に探してみたのですが-どうやら大当たりだったようで」

「いざという時の炊き出し用に、ってわけね」

「ええ。見つけ出してくれた2人に感謝です」

 傍らにいる2人のウマ娘-マヤノトップガンとライスシャワーを示しながら遠藤は答えた。私が見つけたの、えらいでしょ、とでも言いたげに胸を張りながらマヤノトップガンが自慢げに口を開く。

「美咲ちゃんの出し物、これがないとできないもんね」

「ええ、そうね」

 ありがとうマヤちゃん、美咲はそう言って担当ウマ娘の頭を撫でると、本職としての表情に戻った。その傍らではライスシャワーが目を回しそうになりながらも、取り扱い説明書との格闘戦を演じている。

「しかし、人手の問題がありますな」

 ヴェテランらしい、年季の入った声で遠藤が答えた。

「これの取り扱いについては大丈夫だと思いますが、来客者に十分振る舞えるだけの量を作るとなると、我々4人だけでは正直厳しい所があります-どのようになさるおつもりで」

「その辺は、彩香に聞いたわ」悪戯めいた声で美咲は答えた。「陸自の隊員は皆、調理の訓練を受けているそうだから。最悪、輝男(旦那)にも来てもらうわよ」

「なるほど、その手がありましたか」

 今度異動してくるメンバーがどうやってここへ来るのかを小島から聞かされていた遠藤は、小悪党じみた笑みを浮かべながら応じた。

「土井一尉も、中々おやりになりますな」

 それを聞いた美咲は、整ってはいるが美しさよりも知性が表に出るようなタイプの顔立ちに、悪戯を成功させた悪童(ワルガキ)のような表情を浮かべ、答えた。

「使えるものは、何でも使わないとね」

 

 タキオンとカフェは、ここ最近担当トレーナーが忙しく働いていること(とは言え、遅くとも夕方6時前には確実に退勤している)に驚きを隠せずにいた。本人から話を聞いてみた所、どうやら分遣隊に新しいメンバーがやって来るとの事でその準備をしているのだという。

 確かに分屯基地を覗いてみると、パーティションで個別に仕切られている個人用の仕事スペースが新たに7つ設置され、その全てにそれぞれ真新しいデスクトップパソコン、さらには業務用タブレット端末とスマートフォンに書類の入ったファイルやバインダーが置かれているのが分かった。

 それに並行して、聖蹄祭で行う出し物-何でも航空自衛隊の音楽隊を呼ぶらしく、そのためにあれこれと奔走している。他にも個人的に出し物をするようで、そちらの準備にもまた余念が無いようだった。暇を見つけては基地副司令兼分遣隊副隊長兼私生活における最愛の妻と時折何かをしていたり、購買で鉛筆を買い込んだり指先に黒鉛の粉がうっすらと付いていることさえある。

 -更にはそれら以外にも何かを企んでいるらしい。国土交通省やネクスコなどと言った単語が、時折彼の会話の中から聞こえて来ていた。

 

「本当に忙しそうだねぇ」

 その半分が研究スペースとなっている旧理科準備室で、タキオンはカフェに話しかけた。視線の先には薄暗く不可思議ながらも、どこか安らぎを得られそうな情景が広がっている。

 -尤も、彼女の周囲もまた、怪しげな色の液体の入ったガラス容器や資料の入ったファイルやバインダーにノートパソコンと言った、別な意味で不可思議極まりない光景が広がっていたが。

「それでも、夕方辺りには必ず帰宅しているのが小島さんらしいですが」

 自ら豆をブレンドし、ミルで挽いてネルドリップで抽出したコーヒーを口に含み、苦みと酸味が程よく混ざり合った香りを味わいながらカフェは応じた。

「あの人にとって、仕事とは生活のために仕方なくしている事なのでしょうし-本職も、トレーナー業も」

「そのおかげで」タキオンは答えた。「レース以外の私たちに過剰に干渉することも無い。おかげで私は存分に研究に打ち込めるし、カフェの言う所の『お友達』のことを色眼鏡で見ることも無い。良いことずくめじゃないか」

「時々、突拍子もないことをしますが」カフェはどこか、諦観混じりに答えた。「例えば、未勝利戦を勝ったばかりの私をホープフルステークス(G1)に出走させるなんて言い出したり。今回も-聖蹄祭でも何かをやりそうな、そんな気配がします」

「それがトレーナー君の面白い所だよ」含み笑いを浮かべながらタキオンは応じた。「これからも私たちには想像もつかないような、楽しそうなことをしてくれる予感がするねぇ-色々な意味で」

 最後の一言に様々な意味が含まれていることをその口調から理解したカフェは、何とも言えないような表情を浮かべる。僅かの沈黙を置いて、彼女は答えた。

「楽しそうですね、タキオンさん」

「もちろんだとも」

 既知の理論では説明がつかない、未知の事象に遭遇した学者のようにタキオンは答えた。

偶発性(セレンディピティ)は、研究において無視できないファクターなのだからね」

 

 聖蹄祭の2日前、午前10時。前後を誘導車両に挟まれながら、戦車輸送車に積載された10式戦車、そして自走する16式機動戦闘車(正確には双方ともにその改良型)それぞれ一両が、静岡県は御殿場市の富士の裾野にある駐屯地-陸上自衛隊駒門駐屯地を出発した。何れも砲塔の両側面には蹄鉄をかたどった白色のイラストが特別に記されている。

 本来ならば法令上、戦車輸送車はその大きさと重量故の交通への影響を鑑み、夜間-21時から翌朝6時までしか運行することが出来ないようになっていたが、今回に限ってはその任務の特殊性を鑑みて統合幕僚監部(主に真田)が関係各機関に働きかけたことにより、特例として昼間運行の許可が発出されていた。それに伴って関係各機関(あちこち)の人間が面倒くさい手続きを強いられたのは言うまでもない。

 予め道路管理者に提出されている特殊車両通行通知によれば、新東名高速道路から東富士五湖道路、中央高速道路を経由して国立府中インターチェンジから甲州街道を進み、16時には府中市内にある『目的地』へと到着する予定になっていた。

 

「分かりました。それではこちらで到着を待ちます」

 分屯基地でその連絡を受けた小島は、パソコンのモニター上で電子化された特殊車両通行通知に目をやって到着時間を確認すると、内線電話で理事長(ノーザンテースト)に連絡する。彼女には予め『付随任務』の事を知らせていたからだ。無論、生徒会を含めた学園の生徒たちには内緒にするよう頼んでおいてある。

 彼の電話を受け取った理事長は「承知。こちらでも担当部署に通達しておく」とだけ答えて話を終えた。

 

 その作業を終えると今度は業務用スマートフォンを取りだし、メッセンジャーアプリで生徒会長と副会長に、面白いものを見せてやるから15時50分に駐車場に来るようメッセージを送る。合わせて、自分が担当するウマ娘2人にも同じような内容のメッセージを、午後のトレーニングは15時半に切り上げる事を添えて送った。電話にしなかったのは、今の時間だと授業中であることを考慮してのことだった。

 彼はそれから遠藤に命じて、必要な物品や書類を準備させる。それらがすべて整ったのは丁度12時を回ったころであった。

 

  その後昼食を取り、午後のトレーニングへと向かう。準備運動を終えると、いつも通り大まかなメニューだけを2人に指示して細かい部分は両名に任せる。彼は時折かかってくる電話に出つつ、手元の端末に送信されてくるデータをモニターしていると、いつの間にか15時20分になっていた。

 2人にトレーニングを切り上げるよう指示し、クールダウンを行わせる。その合間に小島は遠藤と連絡を取り、先程用意した物を持って駐車場へ来るよう命じると、クールダウンを終えた2人を引き連れて駐車場へと向かった。

 

「それでなんだい、『面白いもの』とは」

 道中、学園指定のジャージにハーフパンツという姿のタキオンが、好奇心を抑えきれないといったふうな表情で小島に問いかける。それを見たカフェもまた、私も気になりますねと答えた。

「見りゃ分かるさ」

 彼はスマートフォンの画面を注視したままぶっきらぼうに答える。途中で指静脈認証鍵付きトランクを抱えた遠藤と合流したのち駐車場にたどり着くと、そこには生徒会長と副会長、更には理事長とその秘書の姿があった。それ以外にもちらほらと学園の生徒、そして首から職員証入りのケースを下げた職員の姿がある。

 

「これはこれは、何故ここにいるのかな会長」

 タキオンは生徒会長に近づき、おどけたように話しかける。彼女の姿に気がついたルドルフは意外そうな表情を浮かべながら、君たちも呼ばれたのかと返した。どういうことだい、タキオンは再度問いかける。

「私たちも、小島トレーナーに呼ばれてきたんだ」

 ルドルフはそう言いながら、理事長とその秘書、更には他の学園職員と遠藤を交えて何やら打ち合わせをしている小島の方を見た。

 何をしようとしているのでしょうか、その光景を見たカフェが呟く。

「分からないな」ルドルフはそれに答えた。「あの人の思考は、私たちの想定の範疇外にあるようなものだから」

「7冠ウマ娘の姿とは思えないねぇ」からかうようにタキオンが言った。

「君がそれを言うか、アグネスタキオン」ルドルフは鋭く応じた。「非公式の模擬戦とは言え、私とのマッチレースで私に匹敵するパフォーマンスを見せた者とは到底思えないな」

「確かそんなこともあったねぇ」微笑を浮かべながら、どこか懐かし気に彼女は答えた。「あの時はまさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったよ」

「全くだ。退学寸前だった問題児が、今やジュニア級王者候補の筆頭だというのだからな」

 腕を組みながら、どこか皮肉を込めたようにエアグルーヴが答えた。

 事実、デビュー戦と芙蓉ステークスの双方で見せた高いパフォーマンスから、タキオンは既にジュニア級王者候補の筆頭とみなされている。尤も、当の本人はそれを気に留めることなく、スカウト前と変わらない怪しげな研究に没頭していたが。

「お褒めの言葉と受け取っておくさ」タキオンは答えた。「それよりも、何か音が聞こえるようだが」

 彼女のその言葉に、皆聴覚に全神経を集中する。見ると、周囲のウマ娘も似たような行動を取っていた。人間よりも良い聴覚-ウマ娘にとっての弱点でもある-をフルに働かせ、音源がどこにあるのかを探る。

 力強さと軽快さが入り混じった金属質の音が近づいてきていることを理解するのにそれほど時間はかからなかった。聞き慣れないそれに、この場にいるウマ娘すべてが頭を悩ませる。その中でも小島と遠藤、そして理事長とその秘書や周囲の学園職員だけが平然としていた。

 その時正門から青緑色の回転灯をつけたオリーブ色の、小型ジープのような自動車が入ってきて、小島らの傍に停車した。中からヘルメットと緑色ベースの迷彩服の上から反射材を着こんだ人間が4人降りてきて、小島に敬礼する。彼は遠藤と共に答礼すると、学園職員や理事長と共に彼らと何らかの打ち合わせを始めた。

 それを終えると、4人はそれぞれ赤い棒状の物体を手に配置に就く。正門の方からは既に重厚なエンジン音が響いてきていた。見ると、最も正門に近い位置に配置された隊員が、手に持った赤い棒状の物体を規則的に振りながら何かを誘導している。何をしているのだろう、それを見た4人は思った。

 

 それに導かれて正門から入ってきたのは先ほどの小型ジープ同様、オリーブ1色に塗装された、超大型と言って差し支えない大きさの車体をしたトレーラーだった。その後部には8個のタイヤを持った荷台をけん引している。見た目のゴツさに反して繊細、かつ丁寧さすら感じさせるように、後部の荷台との連結部分を支点として、尺取虫のような動きを見せながらゆっくりと駐車場に進入してゆく。

 

 入ってきた超大型トレーラーを見たウマ娘たちは、その迫力に圧倒されていた。そして、その荷台に乗る物体を見て更に驚愕する。

 -正面が楔状に成型された、スマートさを感じさせる形状の砲塔から突き出た主砲と、転輪と無限軌道によって支えられた車体。自衛隊の装備について一家言ある人間が見れば、陸上自衛隊の主力戦車(MBT)、10式であると一目で分かるだろう。

 尤も一般的な10式とは異なり、この車両はいくつかの改装が施された改良型-10式(改)と呼ばれる最新の形式であった。それを象徴しているのが、ハッチの開閉に支障がないほどの高さで砲塔全体を覆うように据え付けられた着脱式の金網状構造物(スラットアーマー)に、両側面のサイドスカートと砲塔の両側面に規則的かつ無数に張り付けられたタイル状の物体-爆発反応装甲(ERA)であった。前者は自爆型ドローンや対戦車ミサイルなどによる攻撃(トップアタック)からの防護のため、後者は上述した各種対戦車兵器からの防御力向上を目的としてそれぞれ取り付けられている。

 また、砲塔上部の機銃がRWS-車内からのリモート・コントロール方式へと変更されていたり、砲塔左右に1基ずつ、飛んでくる対戦車ミサイルやロケット弾などを迎撃(ハードキル)するための、箱状の外観を持ったAPS*1が据え付けられていた。

 これらの改良は全て以前から存在した改修計画、及び2022年2月に勃発したロシア・ウクライナ戦争における戦訓を共に取り入れる形で実行されている。

 更に外観での区別こそつかないものの、回収に伴って生じた重量増への対応として力向上型エンジンへの換装や電子装備(ヴェトロニクス)の更新、酷暑極寒環境下での乗員の戦闘能力の維持とNBC兵器*2対策のため、搭乗室への空調設備(エアコン)の標準装備といった改装が施されていた。

 

 その光景に唖然とする学園のウマ娘達を尻目に、戦車輸送車は後続する誘導車両共々、誘導員の誘導に従って所定の場所へ停車する。安全確認を終えるとすぐさま輸送隊の隊員らが荷台に上がり、戦車を固定していたチェーンや車止めを外したり、戦車を荷台から下ろすためのランプの設置といった作業に取り掛かった。

 

 安全に留意しながらも手際よく作業が行われていく光景を駐車場に集った者たちが眺めていると、更にもう一両新たな車両が駐車場へと進入してきた。

 前部がくさび状に突き出た車体を8つのコンバットタイヤに支えられ、鋭角的かつスマートな外観をした砲塔からは長さ5メートルを超す主砲-52口径*3105㎜砲が真っすぐに突き出ている。陸上自衛隊の緊急展開型装甲戦闘車両(AFV)-16式機動戦闘車であった。

 車体両側面はタイヤを半分覆い隠すように、ERAがいくつも取り付けられた板状の物体で覆われ、砲塔も屋根状のスラットアーマーを積載していないことを除けば先述の10式(改)と同様、APSやRWSが搭載されている。

 更に駆動系も従来のように車軸を解して動力を車輪に伝達する方式から、力向上型エンジンで発生させた電力によってホイール部分に取り付けられたモーターを動かして車輪に伝達する、所謂インホイール・モーター方式が採用されていた。これによって車体下面に車軸を通す必要が無くなり、地雷や即席爆発装置(IED)からの防護能力や整備性が向上している。更に必要があれば、主砲を10式と同じ44口径120㎜砲へと換装できるようにもされていた。

 トレセン学園のウマ娘達の前に現れた10式(改)並びに16式(改)とは、そのような車両であった。

 

「どうだ、驚いただろう」

 目の前の光景に呆気に取られている4人-ルドルフとエアグルーヴ、タキオンとカフェ-を含む全てのウマ娘達を尻目に、悪戯に成功した悪童のような表情を浮かべながら、新しい玩具を自慢する子供のような声で、腕を組みながら小島は答えた。

「これが、俺たちの聖蹄祭の出し物だ」

 返答はなかった。皆目を丸くして、目の前の光景をただ眺め続けている。

 

-『付随任務』はどうやら大成功のようだな。小島は思わず口角を緩める。

 声が聞こえてきたのはその時だった。

「まさかとは思いますが、小島トレーナー」

 ルドルフであった。ようやくの事で衝撃から立ち直ったらしい。

「よもや、私たちを驚かせるためだけにこのような事を企画されたのではありますまいな」

その声に小島は右手を握りしめると親指だけを天に向かって突き上げ、これ以上ないほどの笑みを浮かべながら茶目っ気混じりに答えた。

「そうだとも。これくらいやらなきゃ、君たちは驚きもしないだろうからな」

 それを見たルドルフはどこか呆れたような、感心したような苦笑いを浮かべながら頭を抱えた。エアグルーヴもまた、生徒会長と同じ態度を示しながら彼の方を見る。全くこの人は、とでも言いたげであった。

「くっくっくっ・・・あーっはっはっはっ!」

 不気味な笑い声が聞こえてきた。見ると、タキオンが腹を抱えながら大きな声で笑い転げている。

「いやはやトレーナー君、君と言う男は・・・本当に突拍子もないことをしてくれる!」

「最近忙しそうにしていたのは、このためだったんですね」

カフェもまた答えた。

「本当に、貴方という人は」悪戯っ子を叱る母親のようにエアグルーヴが口を開いた。「たかがそのような為だけに、このような事をなさるとは」

「他人と異なることを考えつくのは得意でね」小島は答えた。「それに、君たちが本当に驚くのはこれからさ」

「これから?」

「乗組員を見れば分かる」

 そう言われて、2両の方を見る。戦車が荷台の後部に取り付けられたランプウェイをゆっくりと下っていく様子が見えた。砲塔上部と車体前方中央部にあるハッチからは乗組員が頭を突き出し、周囲の状況を確認している。機動戦闘車の方は既に乗組員が下車し、車体の点検を行っていた。

 

 その乗組員を見た一同は、どこか違和感を覚える。皆迷彩柄の服を身につけ、頭頂部から後頭部、そして頭側部までを包み込むような形状のヘルメットを被っているが、そのヘルメット上部からは三角形の突起が2つ飛び出していた。加えて、下車した16式(改)の乗組員の背中-腰のあたりからは長い尻尾が垂れ下がっている。

 その光景に周囲がざわめく。口にこそしないものの、皆同じことを考えていた。

 

 いち早く小島に話しかけたのはカフェだった。彼の傍に近寄り、口を開く。

「-ひょっとして、乗組員の方々は皆」

「そのとおり」我が意を得たりとばかりに小島は答えた。「目の前にいる戦車と機動戦闘車の乗組員は、全員ウマ娘さ」

 ざわめきが大きくなる。それを気にも留めずに彼は続けた。

「そして、分遣隊に新しく配属されるメンバーになる。ああ、理事長には言ってあるぞ」

 その言葉に皆の視線が、傍から見れば頭に猫を乗せた幼女にしか見えない外観の理事長に降り注ぐ。それらを感じ取った理事長は口を開いた。

「謝罪っ!小島トレーナーから口止めされていたのだ。皆を驚かせたいと言ってな」

 それを聞いた周囲は皆、小島に視線を集中させる。全員、何を考えているんだこの無茶苦茶な男は、とでも言いたげな目つきをしていた。

 ルドルフとエアグルーヴもその例外では無かった。いい年をした妻子持ちの男が、このような悪戯っ子のような真似をするというのが、到底信じられなかったのだ。

 尤も、当の本人はそれ等全てを全く気にせず、我関せず(知らねぇ)とばかりに飄々としている。周囲はそれを見て、更に小島隆史と言う男に対する不気味さを強めた。

 

「それにしても、気になるねぇ」探るようにタキオンが答えた。

「何がだ」

「新しいメンバーが来るのは聞かされていたが、いやはや全員がウマ娘とは-差し支えがなければ、是非その理由とやらを教えて欲しいものだ」

「その質問には、解答の必要性を認めないな」何をかいわんや、と言うふうに小島は答えた。「お前さんは阪神で、それを聞いているからさ」

「どういうことだい」

 腑に落ちない、とでも言いたげに彼女は答えた。

「あの時言ったろ」出来の悪い生徒を諭すように小島は応じた。「レース場で駆けっこするだけが、ウマ娘の全てじゃないって」

 

 そんな様子が展開されているとは露知らず、目の前では、戦車輸送車の荷台から戦車を下ろして所定の位置に停止させた乗組員が下車し、走行後のルーチンである点検を行っていた。時折、こちらを気にするような素振りを見せている。

 彼女たちのその様子を見た遠藤はここに小島がいることを思い出すと、履き潰した靴の数で昇進してきた人間だけが持つ独特の感覚で何かを感じ取り、彼に話しかけた。

「よろしいでしょうか、小島一尉」

「構いません-何でしょう、遠藤准空尉」

「少し、この場から離れられてはいかがでしょうか。幹部が見ている中では、点検もやりづらいと思いますので」

 子供を諭す父親のような声。それを聞いた小島は、少し考え込む。やがて、何かを思いついたように答えた。

「それでは、少しばかり購買に行ってくることにします。遠藤准空尉、点検が終わったら呼んでください」

「分かりました」

 そう言って小島はこの場を離れた。遠藤もまた目立たぬよう荷物を持って少し後ろに下がり、点検の様子を窺う。

 戦車乗組員としての練度は高そうだな、あいつら。7人全員がてきぱきとした様子で点検を行っている様子を見た彼は思った。

 

 小島が戻ってきたのは点検も終盤に差し掛かったころだった。肩からはコカ・コーラの500mⅬペットボトルが一杯に入ったクーラーボックスを下げ、手にはICカードタイプの、乗組員と輸送隊の隊員全員分のカフェテリアの食事券の入った封筒を握りしめている。

「何のつもりだい、トレーナー君」

 面白いものを見た、とでも言うふうにタキオンが話しかける。

「決まってるだろ」小島は漫才師のように答えた。「お前さんとカフェが稼いでくれた金を、有効に活用させてもらうのさ」

「丁度点検が終わったようですので、行きましょうか」

 見計らったように遠藤が答えた。

「ええ」

 小島もそれに短く応じると、荷物を持ったまま戦車の方に歩いて行く。遠藤もそれに続いた。2人はそのまま走行後の点検を終えて一息ついている7人の下に近づき、口を開いた。

 

「点検は終わったようだね」

 突如聞こえてきた、柔らかだがどこか威厳のある声に7人は振り向く。そこには背が高く、細いがはっきりした目つきの、やや幼げだがそれなりに整っている顔をした航空自衛官がいた。

 階級章を見て、声の主が一等空尉であることに気がついた彼女らは途端に整列して背筋を伸ばし、敬礼する。一等空尉もまた、傍らにいる准空尉と共に答礼を返す。

 その、おそらくは二等空士からの叩き上げ(履き潰した靴の数で昇進してきた)であろう准空尉の胸に留められている徽章を見て、彼女たちは彼が、その優し気な外観からは想像もつかない程の猛者であることを瞬時に理解し、内心で震え上がった。

 何しろ陸自の空挺レンジャー徽章に冬季戦技徽章といった複数のレンジャー徽章、更には海自の潜水士徽章まで留められているのである。つまるところ彼女たちにして見れば、統合幕僚長よりも遥かにおっかない存在がやってきたようなものであった。

 

 その様子を周囲で見ていたウマ娘や学園職員らは、2人が数分前とはまるで別人であるかのような印象を受けていた。何しろ、両者ともに普段の様子からは想像もつかない程の威厳に満ち溢れており、そのような2人に対して乗組員全員が敬礼を行っている。普段の2人を知る者からすれば、想像すらつかない程の出来事が目の前の光景の一部として、皆の網膜に映し出されていた。

 そんな中、何かが聞こえてくる。その正体はすぐに分かった。車両の前に整列した乗組員が1人1人名前と階級を述べ、着任の申告を行っていたのだった。

 

どこかで見たことがあるな、こいつら。

 

着任の申告を受けながら、小島はそのような事を思っていた。特に10式の車長-月影一曹に至っては、あたかも誰かと瓜二つであるように思えた。彼は考え、そして合点する。

 

 (ああ、そうだ)

 アイルランドの『第三』王女様(ファインモーション)だ。確か、報道写真で何度か見たことがある。彼女と月影一曹は、額の中央部にかかっている髪の毛色が異なる-王女様はその部分が白くなっているが、月影は他の髪の毛同様茶色-であること以外、瓜二つと言っていい程顔が似ているのだ。

 尤も、体格に関しては月影一曹のほうが背が高く、顔つきもやや大人びていてメリハリのある体格をしている。しかし、両者を見たことの無い者が初見でどちらであるのかを見抜くのは難しいだろう。

そんなことを考えているうちに、全員分の申告が終わった。それを見計らい、小島は口を開く。

「堅苦しいのはここまでだ、楽にしてくれ」

 その言葉に、乗組員全員が体の力を抜いた。彼は遠藤から職員証と学園の教職員寮の鍵を人数分、名前と部屋番号とを確認した上で受け取り、一人一人に手渡していく。彼女たちの 家財道具を含む私物は既に、ここでの住まいとなる寮の部屋(全員が個室)に配送済みであった。

 その最中、小島は彼女たちの表情が依然として固いままであることに気がつく。理由はすぐに分かった。なにしろ複数のレンジャー徽章を持った、叩き上げの准空尉が自分の隣に居るのだ。彼女たちにとってみれば、統合幕僚長よりも恐ろしい存在が近くに居られたのでは気を抜けないのも無理はない。

 彼は傍らにいる遠藤の方を向き、話しかけた。

「遠藤准空尉」

「なんでしょうか、小島一尉」

「申し訳ありませんが、少々自分の傍から離れていて頂けませんか。貴方がいると、どうも彼女たちが緊張してしまうようなので。ああ、持ってきて頂いた物は自分が渡しておきます」

 詫びるような口調で小島は答えた。その言葉を聞いた遠藤は、自分の胸に付いている複数の徽章が、陸自では何を意味しているのかを思い出しながら応じる。

「分かりました。自分は少し離れていることにします」

 彼はそう言って、持っていたアタッシュケースを小島に手渡した。

「ありがとうございます」

 小島は再度、詫びるような口調で述べる。遠藤は気にしないでください、そう言って彼の下から離れていった。

 その光景を見た7人は、准空尉と一等空尉が部下と上官と言うより、仲の良い親子のように言葉を交わす様子を見て軽い戸惑いを覚える。何故ならば彼女たちにとって、上官と言うのはこれほど気軽に声を交わせる存在ではなかったからだった。

 

 遠藤が自分の傍から離れたのを見て、小島は再度7人の方を向く。表情が柔らかくなっているのを確認していると、不意に声が聞こえてきた。

「よろしいでしょうか、小島一尉」

 声の主は月影一曹であった。おずおずと手をあげているのが分かる。何かを確かめたさそうな表情を浮かべていた。

「許可する、何だ」

「差し支えなければ、お答え頂きたいのですが」探るような口調で彼女は答えた。「どこかでお会いしたことがありませんか」

「奇遇だな、俺もそんな気がしている」

 小島もまた答えた。右手の人差し指で頭をとんとんと叩いている。何かを思い出そうとしている時の彼の癖であった。

 

 しばらくして、彼は何かを思い出す。

 習志野に勤務していた頃、上官のお供で行った富士の裾野で見た、轟音と共に土煙を上げながら疾走する10式(改)と16式(改)。2両ともかなりスムーズな、素人から見ても乗組員の高い技術を感じさせる動きをしていた。その後目の前で停止し、降りてくる乗組員。全員、特徴的な耳と尻尾が着いていた。

 

 瞬間、彼の脳裏で全てが繋がった。

 

 -ああ、そうだ。確かこいつらだった。それにしてもまさか、こんなところで再開するとは。

 彼は密林でリヴィングストンに出会ったような表情を浮かべながら何かを思い出し、口を開いた。

「そうか、あの時の乗組員は君たちだったのか。どうりで見覚えがあると思った」

 その言葉を聞いた月影もまた、何かを思い出したように目を丸くしていた。まさか、そう呟くのが小島の耳に聞こえてくる。彼女以外の6人もまた同じような表情を浮かべていた。

「驚きました」月影が答える。「まさかあの時の一等空尉が、私たちの上官になるなんて」

「そうだな」哲学者のように小島は答えた。「人生と言うのは、思いもよらない驚きに満ち溢れているものさ」

「あの、よろしいでしょうか」その時、傍らから嵐山が手をあげた。

「嵐山一曹、どうした」

「我々はこの後、どのように行動すればよろしいので」

「おっと、それがあったな」忘れ物に気がついたような声で小島は応じた。「話と渡す物がある。それが終わったら解散していい」

 そう言って小島は、明日は1005(午前10時5分)に分屯基地へ出頭する事、遠藤准空尉が取りまとめ役になる事、輸送隊の隊員は外来者用の宿泊施設として使用されている、職員寮の空き部屋に滞在してもらう事になる等の必要な事を7人に説明してゆく。

 なお、

「何故出頭時間が1005なのでしょうか」

 と星と言う名の二等陸曹に尋ねられた時には

「5分前に来てれば丁度1000(午前10時)だからな」

 と答え、彼女たちをさらに困惑させていた。

 説明と質疑応答を終え、小島は開錠したアタッシュケースから人数分の職員証と、彼女らの住まいとなる職員寮の鍵を手渡す。全員が個室であり、私物は各自の部屋へと配送済みであった。

 更に彼は差し入れだと言ってカフェテリアの食事券21食(7日×3食)分に、クーラーボックスから取り出したコーラを全員に手渡していく。無論、食事券で飲み食いした分の支払いは全て自分持ちであることを伝えるのも忘れなかった。

 彼女たちはそれを何らかの打算あっての事だろうと踏んだが、表向きは素直に喜んだ。世間一般からすれば同年齢の大卒会社員よりも遥かに良い給料をもらっているとはいえ、自分の財布の中身を減らさずに済むならそれに越したことは無かったからだ。

 

 尤も、打算云々の部分に関しては誤りであった。彼女たちは小島が、直属の部下になるでもない輸送隊の隊員全員に自ら、滞在期間中の食事券(もちろん支払いは彼持ちである)とコーラを手渡していく光景を見た時に、彼の行動は純粋に個人的な善意や親切からのものであって、いかなる打算をも持ち合わせていないことを理解できたからである。

 それを見た彼女たちは小島の事を悪い上官ではないと、この時点での第一印象から判断した。だが、小島が月影らの内心を知ったら次のように述べたであろう。

 

 -第一印象だけで人を判断するとろくなことにならんぞ、と

 

 そして彼女たちは早くも翌日、その事を理解することになる。尤も大方の予測とは異なり、良い意味でのそれではあったが。

 

 かくて翌日1000、分屯基地に勢揃いして小島と遠藤以外のメンバーとも顔合わせを終え、基地司令用の執務スペース内で基地司令を-即ち小島を前に整列している7名は、のっけから基地内の様子に違和感を覚えていた。

 理由は先程までの顔合わせの際、遠藤が基地司令以外の3人の幹部(驚くべきことに、全員が人間の女性であった)と話す時に見せた、上官と部下と言うより孫娘と接する祖父のように、まるで会話そのものを楽しんでいるような態度にあった。

 その様子を見て、7人は昨日彼を一目見た途端に感じた空恐ろしさが何処かへ吹き飛ばされていくのを感じた。昨日も似たような光景を見たとはいえ、明らかに二士から何足もの靴を履き潰して昇進してきたであろうヴェテラン-それも複数のレンジャー資格持ち-であったとしても、幹部とここまで気軽に言葉を交わせるものなのか、とさえ思った。

 そしてそれは、分屯基地司令である一等空尉を目の前にしている今でも、変わることの無い内心である。

 

 そんな彼女たちを、小島はどこか面白がるような笑みを浮かべながら見つめていた。7人の内訳は以下のようになる。

 

・10式(改)組

 車長:月影ひかり一等陸曹

 砲手:星玲二等陸曹

 操縦手:日向凛(ひむかいりん)三等陸曹

・16式(改)組

 車長:嵐山薫一等陸曹

 砲手:五月雨(さみだれ)まどか二等陸曹

 操縦手:雪枝真琴(ゆきえだまこと)三等陸曹、

 装填手:朝霧杏子(あさぎりきょうこ)三等陸曹

 

 何れも顔立ちや毛色の差こそあれ、全員がウマ娘であった。何れも胸元には、戦車の背後にウマ娘の頭部を(かたど)った、機甲科職種に属することを表す徽章が留められている。それに加えて月影と嵐山には更に別の顔もあるが、これについては改めて述べる。

 

 小島はふと彼女たちの様子を見る。皆、何か言いたげな表情をしていた。原因は先程までの遠藤の態度を見ていれば十分すぎるほどに分かる。

 

「皆、何か言いたそうだな」

 小島は威厳よりも柔らかさを前面に出した声で答える。返事は帰ってこない。皆、どのように答えたものか戸惑っていることが見て取れる。

 そんな様子を見た彼は続けた。

「確かに、上官に話しかけるのは勇気のいる事だ。だが、上官の命令に疑問や違和感を覚えたり、上官の無知を補えるだけの知識がある場合は遠慮なく意見をして欲しい、俺はそう思っている」

 それを聞いた途端に、7人の様子が変化するのがはっきりとわかった。何か思い当たる節があるらしい。

 

 小島がそれを確認する術は無かったが、この時7人の脳には、機甲教導連隊時代の上官-新城三佐と藤森三佐が目の前の男と同じようなことを部下に述べていた光景が思い出されていた。

 (ひょっとして)

 この一等空尉、あの2人の同類じゃないの-7人はそんなことを思う。

 そしてその上官2人は連隊にいた、経歴に箔をつけるためだけに市ヶ谷から転属してきた秀才幕僚たちからの受けは悪いものの曹士クラスや一部の幹部、そして連隊長からは実戦向きの人間であるとの評価を受けていた。

 つまり、目の前の一等空尉はそのような-明らかに平時よりも有事に必要とされる人間である可能性が高い、そういうことになる。だがまだその確信は持てなかった。

 

 -ならば。

 

 (確かめてみよう)

 月影は意を決し、小島に向けて意見具申の許可を求めた。間髪入れずに許可が返ってくる。彼女は再び口を開いた。

「はっ。では、小島一尉に質問があります」

「何かな、月影一曹」カウンセラーのように柔らかな声と表情で小島は答えた。

「先ほどのお言葉についてです」背筋を伸ばしながら月影は応じた。「遠慮なく上官に意見しろと言うのは、どのような意味でのお言葉でしょうか」

 それを聞いて、小島はどこか感心したような表情を浮かべる。何度か軽く頷き、彼は自分の態度が先程までとは全く異なる物へ変化していることに気がつかないまま、口を開いた。

「良い質問だ」

 -瞬間、小島の背後に漂う空気が一瞬で変化したのを7人は感じ取る。態度もいつの間にか、豊富な実戦経験を持つ歴戦の勇者であるかのようなそれに置き換わっていた。

 その様子を目の当たりにした7人は瞬時に態度を固くする。先程までの弛緩した空気はどこかへと吹き飛んでしまった。

 そんな彼女たちの内心を知る由もない小島は目の前の、緑を基調とした迷彩服を着こんだ7人のウマ娘達が急に態度を固くした様子に内心では戸惑いながらも、部下から聞かされた質問に、明瞭かつ直接的極まりない言葉で応じた。

「実戦で上官の誤った命令に意見できなきゃ死ぬだけだぞ。それともなんだ、お前さんたちは死にたいのか?」

 7人は揃って首を横に振った。当然である。いくら入隊の宣誓をしてこのような仕事に就いたとはいえ、実戦で死ぬのはご免被りたいと言うのが全員の偽らざる本心であるからだ。

 その態度を見た小島は、我が意を得たりとばかりに得意げな表情を浮かべる。だろうな、そう言って彼は続けた。

「俺は上官の命令に盲目的に従うだけだったり、阿諛追従が得意なだけの部下ではなく、上官の過ちを正すことが出来る部下を高く評価する。だからこそ、上官-すなわち俺の命令におかしさや過ちを認めたら躊躇せず意見具申という形で反論しろ。それはお前さんたちの義務であり権利だ」

 その言葉に、全員が息を呑んだ。目の前の男に出会った際に感じた第一印象が(良い意味で)既に粉砕されているのは言うまでもない。そしてこの時、7人の中では既に小島隆史と言う男に対する評価がこれ以上無いほど明確に定まっていた。

 

 所謂軍隊-この国においては自衛隊であるが-と言う組織において、彼女たちのような役割を担っている者は上官との初対面において、その人物がどのような人間であるかを理解することを第一の目標とする。なぜなら、それが出来なければ有事の際、自らの命に関わるからだ。

 そんな中で7人が上官としての小島に下した評価は、最上級とは言わずともかなり高いレベルにあるものであった。それを言い現わすには簡潔な言葉だけで足りる。

 

 -平時よりも有事に役立つ人間。その一言で充分であった。彼女たちのような曹クラスから見れば、並みの防大出幹部よりも余程幹部として出来た人間と言っていい。

 

 小島は言葉を続けた。

「もちろん俺も人間だからそれに不快感を示すことが全くないとは言わない。だが、諫言のための意見具申をしたことを理由に待遇面で不利益な取り扱いをしたり、評価を下げたりすることは絶対にしないと明言しておく-どうだ、これで答えになっているかな?言ってみてくれ」

 

 それを聞いた7人は合点した。遠藤准空尉が幹部陣と気軽に会話を交わしていたのは、いざという時に躊躇せず意見具申して上官の過ちを正すのに必要な事だったのだ。そして、目の前の一等空尉はそれを自分たちにも求めている。それは決して楽な事では無い。ただ上官の命に首を縦に振る以上のことを求められる。

 それでも、おかしさや誤っていると感じた命令に意見出来ると言うだけで、いざという時に自分たちが苦労を背負い込む可能性が少なくなるのは確かであり、決して悪いことでは無い。

 何より彼が実戦向きの人間、かつ無茶苦茶な命令で部下を困らせる事は無さそう(勿論、能力を多少超えた程度のことは求められるかもしれないが)な上官であると理解できたのは大きな収穫だった。

 

 (そうであるなら)

 どうにか自分の中で納得して仕事が出来そうだ、彼女たちは思った。

 

 7人は誰からともなく視線を合わせる。口に出さずとも、皆同じことを思っているのは明白であった。小島は何も言わない。ただ7人を見守るように、静かに座り続けている。

 やがて全員の思いを代弁するかのように、月影が口を開いた。

「そこまではっきりと言って下さるのでしたら、皆安心して小島一尉の部下になる事が出来ます」

「そうか」満足気に小島は応じた。「一応聞いておくが、他の皆はどうかな」

 それを聞いた6人全員が、強制されるでもなく、はっきりとした自分の意志で首を縦に振った。その様子を見た小島は口を開く。

「ならば」

 彼は椅子から立ち上がり、背筋を伸ばしながら答えた。

「改めてようこそ、我らが倶楽部へ。諸君らの着任を心より歓迎しよう」

 それを聞いた7人は一斉に背筋を伸ばし、これまでの自衛官生活の中で一二を争うほど整った敬礼で小島の言葉に答えて見せた。

 

「もう一つ言っておくが」答礼の後、姿勢と表情を緩めながら小島は口を開いた。「俺は部下に、組織の規律を維持するために必要な最小限の礼儀以上のことは求めないし、命じられた仕事をきちんとこなしてくれるのであれば細かい所には口を出さない。仕事と仕事の合間に息抜きしたり、周囲に一声かけてから昼寝をするのも構わん。そして仕事が終わったらさっさと帰宅して私生活を楽しめ。仕事なんて趣味の合間にするくらいで丁度良い」

 何ならその辺りの事は俺が率先垂範しているからな。それを聞いた7人は目の前の男からつい先程まで放たれていた『らしさ』が一瞬で消え去ったことに戸惑い、そして半ば呆れていた。

「おかしな人ですね、小島一尉は」苦笑しながら月影が答える。「さっきまであれだけ、何度も実戦を経験したかのような風格を見せていらっしゃったのに」

「好きでこんな服を着ているわけじゃないからな」

 自分の着ている迷彩服を指し示しながら小島は答えた。

「大学を出て、これ以外に仕事が決まらなかったから仕方なく着ているだけさ」

「それでも」月影は応じた。「そこら辺にいる幹部より余程、『らしい』と思いますよ」

「褒め言葉は素直に受け取っておくよ」微笑みながら彼は答えた。「さあ、この後は学園を案内しようじゃないか。俺について来てくれ」

「業務の説明などはしなくてよろしいのですか」

 黒鹿毛を揺らしながら嵐山が尋ねた。

「既に命令書を受け取っていると思うが」小島は応じた。「今のところは聖蹄祭でやるべきことをやってくれるだけでいい。それ以外のことについては、祭りが終わった後で説明する」

「そういうものですか」

「そういうものだ」大道芸人のように彼は答えた。「さあ諸君、おおいに楽しむといい。何しろこんな経験、滅多に出来ないのだからな」

 

 そう言って彼は歩き出す。7人は『らしさ』を微塵も感じさせないような彼の言葉を聞きながら、いつの間にかこの部隊独特の雰囲気に飲まれてしまっていることを実感しつつ、小島の後に続いた。

 

 

 

*1
Active Protection System

*2
(反応)兵器・生物兵器・化学兵器

*3
砲身の長さが主砲の口径の何倍であるかを表す数字。52口径105㎜砲の場合、砲身の長さは105㎜×52=5460㎜、即ち5.46mとなる




ちなみに馬券の予想と私生活に時間を取られ、買い漁った資料の3分の2はまだ読んでません。

今回はミリタリー関係の用語が多くなったので、文中で説明しきれなかったところには脚注を入れてみました。これからも必要に応じて入れていこうと思います。

次回は聖蹄祭の回になります。大まかなプロットは頭の中で出来ているので、1か月~1か月半以内の投稿目指して頑張ります。
さて、来週の4重賞(ダイヤモンドステークス・京都牝馬ステークス・小倉大賞典・フェブラリーステークス)の予想にかかるとしますか・・・・・
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