トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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どうにか1か月ちょいで投稿することが出来ました。

ダービーの週にはもう殆ど出来上がっていたんですが、その後で「新時代の扉」を見て、それを元に少し書き足したので伸びました。

それではどうぞ。


第16話 みんな違って、みんないい

 12月28日、関東地方の空は青く澄み渡っていた。風は殆ど無く、暖かな日差しが降り注いでいるが、上信越国境の山岳地帯に大雪を降らせて水分を失った後の残り香ともいうべき、冷たく乾燥した空気が関東平野を覆いつくしている。

 この日、そのような関東平野の南部、千葉県船橋市の一角において熱い戦いが繰り広げられようとしていた。

 

 中山のスタンド南端に位置する芝生スペースには、1組の親子の姿があった。父親は双眼鏡を覗き込みながら、母親は1歳になって間もない、綿のようにもこもことした服を着た長男を抱きかかえながら、揃って視線をコースの方へと向けている。

 空気を通して伝わってくる重厚な音と振動。その視線の先では体操着とゼッケンを纏った少女たちが、一団となって芝の上を駆け抜けていた。

 音が響くたび、芝と土の混合物が引きはがされるように空へと巻き上げられ、URA中山レース場・場造園課と整備スタッフの手によって整地されたコースが痛めつけられてゆく。父親と母親は、その光景をどこか冷めたように見つめ続けていた。

 

 その家族に周囲の観客は時折ちらちらと、よそよそしさと好奇心、物珍しさの3つが入り混じったような視線を向ける。

 原因は父親と母親が来ている服と被っているものにあった。だが、当の父親も母親もその子供も、それらの視線を歯牙にもかけていない(子供については赤子なのだから当たり前であるが)。

 何故ならば、2人にとってはこれがフォーマルな服装であるからだ。それを除けば、3人は何処にでもいるような親子に過ぎない。

 -勿論それは、父親と母親が航空自衛隊の冬用制服を着用し、加えてその上から濃紺のトレンチ・コートを身につけていることを除いての話ではあったが。

 

「作戦は決まったの」

 有沙は傍らの夫に話しかける。

「ああ」

 双眼鏡をケースにしまいながら夫-小島隆史は答えた。その首元には凝視しなければ分からない程の濃さで、唇の形をした赤いうっ血痕がついている。昨夜、奮闘に及んだ時有沙が夫に付けた痕跡であり、彼が時には野獣の様に、そして姉に甘える弟の様になるのを唯一知っている彼女だけに許された特権であった。

 

 そろそろ行こうか、小島はそう呟き、荷物を肩にかけて動き出す。有沙が隆俊をベビーカーに乗せて歩き出した時、前方からちょこちょことした動きで、どこかぼんやりとした顔つきの幼子が3人の下に駆け寄ってきた。

「たかしおじちゃん、ありさおねえちゃん」

「お、悠」

「こんにちは、悠ちゃん」

 途端に2人とも笑みを浮かべる。そのまましゃがみこんで甥っ子と目線を合わると、揃って頭を撫でてやった。彼-悠人(ゆうと)も笑顔を浮かべると、ベビーカーに乗ったままの弟分の姿を見つけ、隣に寄って口を開く。

「たかとしくんも、こんにちは」

 彼はそのまま、隆俊の頭を撫でてやった。隆俊もまた、いとこの行為に屈託のない笑みを浮かべて答える。

 その様子を見ながら隆史は思った。つまり、そういうことか。

 彼は甥っ子に聞いてみることにした。

「今日は、お父さんとお母さんときたのかな」

「うん」この上ないほど明瞭な声で本人は答えた。「あとね、おとうさんのおじいちゃんおばあちゃんと、おかあさんのおじいちゃんおばあちゃんもきてるよ」

 隆史はそれを聞いて目を丸くした。親父と母さんに、向こうのご両親も来てるのか。

 -呼んだ覚えがないぞ。首を傾げながら彼はそんなことを思う。傍らの有沙も、お義父さんとお義母さんがきてるの、そう信じがたいように呟く。

 それを見た悠人は、おじちゃんもおねえちゃんもなんでそんな顔をしてるんだろう、首を傾げながらそんなことを思いつつ、2人がその様な態度になった大本の原因を口にした。

「あとね、へんなおじさんもきてたの」

「変なおじさん?」

「うん、だるまさんみたいで、すっごくぶさいくなおかおしてた」

 それを聞いた瞬間、2人の脳裏に同一人物の姿が思い浮かぶ。共に顔を見合わせ、有沙が口を開いた。

「隆史」

「まて、一応聞いてみよう」

 彼はそう言って、再び甥っ子に顔を向けると口を開いた。

「そのおじさん、どんな格好をしていたんだい」

「えっとね、おじちゃんとおなじかたちのしろいおぼうしをかぶってて、おじちゃんとおねえちゃんみたいに、かたのところにおほしさまがついたくろいふくをきてた」

 間違いない、それを聞いた隆史は思った。相変わらず、階級と体つきのわりにフットワークの軽いおっさんだな。まあ、そんな海自きっての変人と似たような所が俺の中にあるんじゃないかと思いつつあるのは事実だが。

 それに有沙から聞いた所、あの人は俺のことを前向きに評価しているという。それを喜ぶべきなのか、はたまた悲しむべきなのか。全く理解に苦しむ。

 

「どうしたの、おじちゃん」

 隆史の様子を見た甥っ子が心配そうに声をかける。しまったな、そんなことを思いながら彼は口を開いた。

「何でもないよ。それより、お父さんとお母さんはどこに居るのかな」

「ここにいるわよ」

 その声に隆史は顔を上げる。視線の先には実の姉の姿があった。その後ろには義理の兄が長女の乗ったベビーカーを押している。

「久しぶり、隆史-あと有沙ちゃんも、6月以来ね」

「お久しぶりです、お義姉さん」

 立ち上がりながら有沙が答えた。それを見た隆史も立ち上がって口を開く。

「相変わらず、元気みたいで安心したよ」からかうように彼は答えた。「それより、なんで俺が『おじちゃん』で、有沙が『おねえちゃん』なんだ」

「あたしがそう呼びなさい、って言ったのよ」姉-郁子は弟に反撃した。「第一有沙ちゃん、『おばちゃん』て呼べるほどの歳でもないじゃないの」

「俺と同い年だぞ」隆史は答えた。「それに、俺より4か月ばっか年上だ」

「まあまあ、2人ともその辺で」割って入るように有沙が口を開く。「どう呼ばれても、私が隆史の事を好きなのは変わりませんから」

 

 それを聞いた隆史は思わず表情を緩める。全く、そこのところは有沙ちゃんを紹介してもらった時からずっと変わらないわね、本当、この2人はベスト・パートナーだわ。

 そんなことを思いながら、嬉しそうな表情を浮かべて郁子は口を開く。

「そうね。それよりもそろそろ、お父さんとお母さんの所に行きましょう」

「どこにいるんだ」

 隆史が答える。

「正門のすぐそばにある広場よ」

 長男と手をつなぎながら郁子は答えた。

 

 小島と有沙が長男を連れて姉夫婦、そして甥と姪と共に向かった広場は中山レース場の正門とパドック、そしてスタンドからの動線が合流する箇所に存在する。そのため、レースが開催される日にはそれなりに人が集まっており、特に今日はG1開催日という事もあって、普段以上に多くの人で賑わっていた。

 他の歩行者に気をつけながら歩いていると、入り口柄少し奥まったところにあるグランプリ・ガーデンの入り口の辺りに、中年の男女が集まっているのを小島はその視界に捉えた。皆それなりに小奇麗な格好をしている。その中心には海自の冬用制服を着た醜男と、その後ろに控える切れ者然とした三等海佐の姿があった。いつも隆史がお世話になっております、いやいや小島一尉は中々よくやっておりますよ、そのような会話が聞こえてくる。 

 どうやら醜男と自分の両親が話を交わしているようだった。しかも聞き取った口調から推察するに、当該人物(真田)は本心からその言葉を発しているらしい。それを見た隆史は内心で一瞬だけ苦虫を噛み潰し、有沙と隆俊、姉夫婦と甥と姪と共にそこへと近づく。

 

 そして近くまで来た時、真田が2人の姿に気付き、視線を向けながら口を開いた。

「おお、小島君に森宮君」

 声をかけられた2人は立ち止まって背筋を伸ばし、敬礼する。真田、そして矢沢もまた答礼でそれに返した。

「やはりあなたでしたか、真田海将補」

 姿勢を緩めたあとで、どこか呆れたように小島は答えた。

「折角の部下の晴れ舞台を見に来たと言うのにつれないな、君は」

「来て下さいと申し上げた覚えは無いのですが」

「市ヶ谷からなら総武線で西船橋まで一本だからな、暇つぶしに見に来た。ついでに君のご家族も招待してね」

「それはどうも」

 全てを諦めたような口調で小島は答えた。

 横を見ると彼の両親、そして義兄の両親が孫たちの姿を見て目を細め、笑みを浮かべて愛でている。姉夫婦と有沙もいつの間にかその輪の中に加わり、談笑し合っていた。その様子を横目で見ながら、真田もまた表情を緩めながら口を開く。

「しかし、子供と言うのは良いものだな。幸隆にもあんな頃があったのを思い出すよ」

 -あなたが妻子持ちだというのが一番信じられないのですが、喉まで出かかった言葉を小島はどうにか肺へと送り返した。

 

「そうだな、真田君」柔らかな声が聞こえてきたのはその時だった。「子供と言うのは、良いものだ」

 小島と真田は声のした方に顔を向ける。そこには仕立ての良いスーツの上から、コートとマフラーを身につけた、中年と言うより老齢に近い年頃の男性が立っていた。180センチほどある背丈は、かつての職業柄軽く首が前傾しているが、それを除けばしっかりと伸びている。女性的に見えるほどのぱっちりとした目に、いつも微笑しているように見える口元といった顔立ちをしていた。

 その傍らには腰のあたりまである、金と言うよりプラチナに近い色の髪に青い目と白い肌をした、年を取ってもなお美しさの残る女性がおり、こちらもまたフォーマルな服装の上からコートを着て、小奇麗にまとめられている。2人の左手薬指には全く同じ意匠の、銀色の指輪が嵌められていた。

 

 小島は背筋を伸ばし、敬礼する。真田もまた、予期せぬ宝を掘り当てたような表情を浮かべながらそれに続いた。それを受けて男性もまた、現役時代さながらの態度で答礼を返すと小島の方を向き、口を開いた。

「久しぶりだな、小島君。弟から-進から話は聞いているよ、G1出走おめでとう」

 男性-藤堂守元空将は矍鑠(かくしゃく)とした態度で小島に述べた。

「実際に出るのは、自分がトレーナーとして担当しているウマ娘2人ですけれどね-お越し頂き有難うございます、元空将」

 姿勢を緩めながら小島は応じた。

「私はもう退役した身だ。かしこまった言い方をする必要は無い」

「それでは失礼して、守さん」

 彼の言葉を聞いた守は満足気に肯く。そのまま真田の方を向き、口を開いた。

「真田君も久しぶりだな。相変わらず、色々とやっているようじゃないか」

「誠にもってその通りですよ、藤堂さん」悪童仲間と再会したように真田は答えた。

「あなたが現役だった頃から、自分は何も変わっちゃいません」

「楽しそうでなによりだよ」

 どこか不敵な笑みを浮かべながら守は応じた。

「それよりも」真田は再び口を開く。「何故夫婦揃ってこんなところにいらっしゃるので」

「サーシャが、森宮一尉に会いたがっていたのでね」守もまた答えた。「詳しいことは、小島一尉に聞いてみたまえ」

「小島君」

「真田海将補と同じことをやっただけですよ」

 しれっとした表情で小島は述べた。内心では、真田に意趣返しが出来たことに満足している。全てが偶然の産物ではあったが、彼はこの機会を見逃さなかった。

「大変よろしい」満足気な笑みを浮かべながら真田は応じた。「それでこそ、俺が見込んだ男だ」

「お褒め頂き光栄です」

 してやったり、とでも言いたげに小島は答えた。

 

「そろそろいいかな、小島君」守が答えた。「先ほどからサーシャが、森宮一尉と話したそうにしているのでね」

 小島は守の妻-サーシャを見る。彼女は有沙にちらちらと視線を向けていた。それを確かめた彼は、そのまま妻に声をかけて呼び寄せる。一体何なの、と言いながら近寄ってきた有沙は、サーシャの姿を見て目を丸くした。サーシャもまた、感嘆したような表情を浮かべる。

 2人が声を発したのはほぼ同時だった。

「アリサ」

「サーシャ」

 2人は駆け寄って抱擁すると、ロシア語で会話を始めた。そう言えば有沙は7か国語が出来たっけ、小島はその様子を見て思う。守もまたどこか楽しそうな表情を浮かべながら、妻が国籍も人種も年齢も異なる友人と語らう姿を見守っていた。

 その後暫く2人同士の会話に興じた後、サーシャは有沙と共に小島の家族の輪に入り、隆俊を可愛がったり、有沙の紹介で小島の姉や両親などと言葉を交わしている。

 楽しそうだな、小島がそんなことを思った時、正門の外の方から拡声器の声が聞こえてきた。守共々そちらに目を向けると、横断幕やのぼり旗を掲げた『平和団体』が正門の前で抗議活動を行っているのが見える。周囲では警察官が何人か、遠巻きにするように見ていた。相変わらず懲りねえな、小島はそんなことを思う。

 

「ああいうのを、君はどう思っているんだね」

 面倒くささを隠そうともしない彼の表情を見た守が尋ねた。抑揚の無い声で小島は答える。

「個人的には好きではありませんし関わりたくありませんが、言論思想の自由とはかくあるべきだと思っております。こちらに危害を加えようとしない限り、何を言おうが個人の自由ですし-それに」

 言葉を切り、小島は続けた。

「ああいうことを大っぴらにできる国と言うのは、良い国ですよ」

 それを聞いた守は、2022年2月24日以降の妻の母国の有様を思い浮かべながら、意味深長に答えた。

「-ああ、そうだな」

 彼のその言葉を聞いた小島は口を開く。それは守の中で、小島に対しての評価を最終的に決定づけた一言であった。

「第一、ああいうのは突き詰めてしまえば好き嫌いの問題にすぎません」

 それを聞いた守はわずかに目を丸くした後、感心したように頷く。小島は話を続けた。

「他人の好きな物を嫌いになる自由も、他人の嫌いなものを好きになる自由も、この国には存在しているのですから」

 守は少しの間考え込む。やがて、どこか納得したような表情を浮かべながら口を開いた。

「今の話を聞いていて思ったのだが-真田君が君を評価する理由が分かったような気がするよ」

 

 それを聞いた小島は首を傾げながら、異星人と初めて接触したような表情を浮かべて守に尋ねた。

「どういうことでしょうか」

「君は何事も根本に立ち返って考える癖がある。今の話を聞いてそう感じた」

「否定はしません」

 無表情に小島は答えた。

「弟も-進も同じような性格をしていてね」教え子を見守る教師の様に守は応じた。「それでいてあいつは、典型的な頭の良い怠け者-指揮官に最も向いている種類の人間だ」

「それは、つまり」

「君も進と同じだという事だよ」現役時代同様の目つきをしながら守は答えた。「そして私が見る限り、君は私や進-そして真田君以上に、所謂『軍人』としての天賦の才を持ち合わせているように感じる」

「そうは思いません」きっぱりと小島は返した。「大学を出て、これ以外に仕事が決まらなかったから入隊しただけの、会社員と薬剤師の間に生まれた人間にそんなものが備わっているとでも」

「才能と言うのは種のようなものだ」守は応じる。「それぞれに合った土に撒かれなければ芽吹くことは無い。それに、両親から受け継ぐ遺伝子の組み合わせと言うのは無数にある。親がどちらも有していなかった能力が子供に芽生えても、なんら不思議ではない」

「たとえそれが本当だとしても」もうどうにでもなれとばかりに小島は答えた。「そんな才能なんて役に立たないままでいる方が、皆幸せだと私は思いますよ」

「ああ、そうだな」

 同意するように守は頷いた。

 

「あの、小島さん-小島隆史さんですか」

 少女の声が聞こえてきたのはその時だった。小島は守共々その方向に目をやる。自分の担当ウマ娘-アグネスタキオンと瓜二つと言ってもいい顔のウマ娘がそこには居た。トレセン学園の制服の上から冬用のコートと手袋を身につけ、脚には黒いストッキングを穿いている。

「彼女が、君が担当している娘かい」

 守が問いかける。

「違いますよ」彼女の右耳にある耳飾りを見ながら小島は答えた。「担当しているのは彼女の妹と、もう1人です-そうだったな、アグネスフライト」

「ええ、よく間違えられます」フライトは応じた。「妹が-タキオンがG1に出るので、応援に来ました。ところで」

 守の方を見ながら彼女は首を傾げる。それを見た小島は再び答えた。

「俺の知り合い-藤堂守さんだ。昔は空自で戦闘機のパイロットをしていた人さ」

「ええと、アグネスフライトさんか。どうぞよろしく」

 覗き込むようにしながら守は応じた。フライトもまた挨拶を返す。

 

 ふと小島が腕時計を見ると、そろそろパドックへ向かう時間だった。G1に出走するウマ娘とそのトレーナーは、いつものレースよりも早めにそこに向かわなくてはいけない。そんなことを思い出した彼は口を開いた。

「-と、そろそろパドックに行かなきゃならない時間だ。フライト、君も良かったら一緒に来るか」

「いいんですか」

「構わないよ」小島は答えた。「不調が続いている君にとっても、いい刺激になるだろう-それにどうせ、あの人も来るだろうしね。それに比べればどうってことは無いさ」

「あの人?」

 フライトは再び首を傾げる。

「俺の上官だよ」

 真田の方を見ながら何をかいわんや、と言った表情で小島は答えた。

 

 -西に傾いた柔らかな日差しが、パドック全体を包み込んでいる。

 立錐の余地も無いほどの人だかりに周囲を囲われた中山レース場のパドック、その内側には1から13までの数字が書かれた円形のマットがそれぞれ、1つを除いて規則的に並べられている。その1つ1つの周りには今回出走するウマ娘とそのトレーナー、及び関係者が立ち、言葉を交わしていた。

 その一角、2と13と書かれたマットが2つ並んで置かれている場所が、パドックの中でも一際注目を集めている。理由はこの中で唯一、複数のウマ娘を出走させるトレーナーという事も勿論であったが、最大の理由は他にあった。

 

「トレーナー君」

「何だ」

 タキオンに語りかけられた小島は応じた。その胸元には丸いビニール製のバッジが2つ止められている。

1つにはアグネスタキオンの、もう1つにはマンハッタンカフェの勝負服のイラストが青い背景と共に記されていた。共に小島が担当し、今回揃ってG1-ホープフルステークスに出走する競走ウマ娘である。

「フライト姉さんがいるのはまだわかる。それよりも-」

 そう言いつつ、タキオンは真田と矢沢の方に視線を向ける。2人は彼女の姉-アグネスフライトと言葉を交わしていた。3人の胸元には、小島のそれと同じバッジが止められている。

「どうして君の上官までいるんだい」

「そんなものは俺が知りたい」ぶっきらぼうに小島は答えた。「あの人の行動を予測するよりも、チンパンジーにシェイクスピアをタイプさせる方が簡単だ」

「褒め言葉と受け取っておこう」不敵な笑みを浮かべて真田は答えた。

「それはどうも」

 

(この2人は、似た者同士なのかもしれないねぇ)

 

 無表情に返す小島を見てタキオンは思った。

 傍らのカフェの方を見ると、先程から他のトレーナーやウマ娘、更には観客の視線がこの1角に集中していることによそよそしさを感じている事が見て取れる。担当トレーナーとその上司と副官が3人揃って、彼らが本来属している組織の制服を着ていることが原因であった。

 そういえばデビュー戦の時もこんな感じだったかな、タキオンがそんなことを考えていると、真田が不意に2人の事を呼んだ。

「アグネスタキオン、マンハッタンカフェ」

「何だい」

「何でしょうか」

 2人は揃って答える。彼もまたそれに応じた。

「さっきから思っていたのだが、君たちの勝負服は実に対照的だな」

「言われてみれば」着ている服の袖をひらひらさせながらタキオンが応じた。「そうかもしれないねぇ」

 

 この日、2人はいつもの体操服ではなく、勝負服と呼ばれる特別なデザインの服を身に纏っていた。基本的にG1レースに出走する場合にのみ袖を通す衣装であり、各人の好みに合わせて個性的なデザインがなされている。

 タキオンは山吹色のニットの上から足のあたりまでを覆う、長い白衣とも言うべき服装をしていた。その袖は指先までを覆い、そこから下へと垂れ下がっている。首からは短いネクタイが下がっていた。白衣の腰のあたりにはいくつもの試験管が並んで止められ、そこから下は短めのスカート状の布に黒タイツ、そして白のショートブーツ風蹄鉄シューズという出で立ちであった。

 一方のカフェはと言えば、黒のロングコートに同色のブレザーにプリーツスカート、そして手袋を身につけ、黄色のネクタイを結んでいた。黒のタイツを穿き、靴は上履き状の蹄鉄シューズを履いている。互いの個性がはっきりと見て取れる衣装であった。

 

「そう言われれば、そうですね」

 カフェもまた、タキオンと真田の方を交互に見ながら答える。黒を基調とした彼女と白をそれとしたタキオン。実に対照的な色の服装であった。

「だが、共通項もある」真田は再び口を開いた。「ロングコートにネクタイ、それと黒のタイツと言うのは揃えたわけではあるまい」

「勿論だとも」タキオンは不審者を見るように答えた。「私もカフェも、この服に込めた思いや、デザイナーに伝えたイメージは異なる。そこが一致したのは偶然に過ぎないよ」

「そこまで言うのなら、そうなのだろう」何かを含んだように真田はタキオンに応じた。「だが俺には、君たちが服装だけではなく、もっと深い所で共通している点があるように見えるのだがね」

「それは何だい」

「それが分かれば、俺は今頃海上幕僚長になっているよ-どれ、後は小島君に任せるとしよう」

 

「トレーナー君」

「何だ、マッドサイエンティスト」

「君の上官と言うのは、中々面白い人だね」

「一応出るところに出れば提督なんだが-と、それよりも」

「どうしたのかな」

「見ていて思ったんだが、走りにくくないのか、それ」

 タキオンの勝負服、その垂れ下がった袖を見ながら小島は答えた。

「そんなもんぶら下げてたら、走るときに重心がぶれそうなもんだが」

「まあ、傍目にはそう見えても不思議ではないよ」感心したようにタキオンは答えた。「でも私にとっては、これが一番しっくりくるのさ」

「それもまた、お前らの不思議なところだな」

「その辺りを、是非解明してみたいものだよ」研究者そのものの態度で彼女は答える。「それよりも、作戦は決まったのかい」

「今から話す」タブレット端末を取り出しながら小島は答えた。「タキオン、お前はいつも通り先行して押し切れ。位置取りだのペース配分だの、細かい所は全部お前さんに任せる。それだけだ」

「そんなことだろうと思っていたよ」タキオンは応じた。「ならせいぜい、君の指示どおりに頑張ってみるとしようじゃないか」

「ああ、そうしておけ」微笑しながら小島は返す。「怪我しないで帰ってくるんなら、結果は問わん」

「相変わらずだねぇ」

 面白がるような口調でタキオンは答えた。

 

「あの」2人の会話が終わったタイミングでカフェが尋ねた。「私は、どのようにするべきなのでしょうか」

 それを聞いた小島は画面の上で指を滑らせ、指先で何度か画面を叩く。とある表示が画面に映し出された事を確認した彼はカフェに向き直り、口を開いた。

「お前さんは-そうだな、今日は思い切って大外を回せ」

「理由は」

「今日のコースコンディションと、お前さんの走り方だ」

 ベテラントレーナーと見紛うような調子で小島は述べ、続けた。

「芝コースの内側はかなり使いこまれて、荒れてパワーのいるコースになっている。現に今日の芝レースで、内側を通って上位に食い込んだ奴は皆最終コーナーを6番手以内で通過していた。それを踏まえると、お前さんの脚質では内側を通るのは少々厳しい」

 

 その言葉に、タキオンとカフェは感心していた。ウマ娘の事が嫌いでレースにも興味の無い人間が、ここまでトレーナーらしい態度を取っていることに感動を禁じ得ないでいる。

 何より一応トレーナーであるとは言え、結局のところは余所者に過ぎないこの男がジュニア級のそれとはいえG1レースの優勝候補、そしてクラシックの主役候補とも目されているウマ娘を担当していること自体、レースに関わる全ての者に取って見れば信じ難い出来事であり-この日のこの場所への注目度の高さは、それもまた一因となっていた。

 

 小島は続けた。

「一方コースの外側だが、開幕直後と変わらないくらい綺麗なままだ。何より、今日の芝レースで最終コーナー後方から上位に食い込んだ連中は皆外を回している。今回一番外の枠からの発走である点やお前さんの脚質、コースの状態を踏まえると、ある程度の距離のロスは承知で大外を回した方が結果を出せると思う」

 カフェは肯いた。小島の言葉通り、彼女は今回13人立ての8枠13番という再外枠からの発走となっている。

 本来、ホープフルステークスは18人まで出走できることになっているが、今回は出走登録の少なさからフルゲート割れした結果、彼女とタキオンを含む13人立てのレースとなった。それが今回、未勝利戦を勝ったばかりのカフェがG1レースに出走できることになった最大の要因でもあった。

 一方のタキオンは内側-再内に近い2枠2番からの発走となっていた。何れも数日前に、URAの職員がコンピュータによる抽選で定めたものである。

 

「ついでに言うなら、だ」

 タブレット端末の画面を見せながら小島は続けた。そこには、これまでに得られたカフェの走行時の体の動きや脚質に走行タイムなど、彼女についてのありとあらゆるデータが視覚的に分かるような形で示されている。

「お前さんは走るときの歩幅が大きいだろう。東京や京都、阪神みたいな広いコースならともかく、コンパクトかつコーナーのきつい中山でその走り方だと、内側をロスなく立ち回りながら加速するのは難しいし、何より仕掛けようと思って前が壁という事(ビッグアーサー)になりかねん」

 目の前の男から聞こえてくる、腰掛けではない本職のトレーナーであるかのような指示。その声にカフェはいつの間にか、自分の担当トレーナーが本来どの組織に属しているのかを忘れ去っていた。

 話は続く。

「その点、思い切って外を回せばコーナーの角度が幾分緩やかになってスピードを乗せたまま曲がれるから加速もつけやすいし、何より前に誰もいないから前が壁になる心配もない。向こう正面までは後方で脚を温存して、第3コーナーに入る前あたりから一番外に振って、そのままポジションを上げて-最終直線に入る辺りで中団にはつけて、そのまま足を伸ばせ。中山の直線は300メートルとちょっとしかない。ある程度前の方に位置していなければ、よほどのことが無い限り直線一気を決めるのは困難だ」

 

「あの」その様子を見ていたフライトは真田に問いかけた。

「何だね、アグネスフライト」

「小島さんって、本当にトレーナーになって半年くらいしか経っていないんですか」

「ああ」

「どう見ても、本職のトレーナーの様にしか見えないんですけど」

 それを聞いた真田は満足気に微笑む。そしてそのまま、我が意を得たりとばかりに口を開いた。

「それが、彼の持つ才能だ」

 

 あのおっさんは何を話しているのやら、2人の様子を見てそんなことを思いながらも、小島はカフェに対する説明を締めくくるべく言葉を続けた。

「今言ったことを守ってくれるのなら、細かいところは全部お前さんに一任する。説明は以上だ」

「序盤は後方で脚を温存、第3コーナーの前あたりからコースの外側に出てポジションを上げて、最終直線に入る時はそのまま外側の中団あたりに位置して足を延ばせ-それさえ守れば細かい所は私に一任、ということですね」

 復唱するようにカフェは答えた。

「ああ」

 小島は満足気に応じた。タキオンもそれを傍で聞いている。

 

(やはり、この男を学園に放り込んだのは正解だったな)

 

 真田はその様子を見て思った。

 -仕事に対して興味も変な熱意もないからこそ、与えらえた仕事はきっちりこなす。金のため、そして自分が楽をする為に働くような人間であるからこそ、その行動原理さえ理解してしまえば扱いやすい。

 それに何より、自分では気がついていないのかもしれないが、所謂『軍人』としての天賦の才も持っている。流石は俺が見込んだ人間だ。

 彼は自分でも気付かぬうちに、何かを含んだ笑みを浮かべていた。

 

「どうかしましたか、真田海将補」

 真田の様子を見た小島が問いかけた。

「いや、何でもない」真田は何事もなかったかのように応じる。「それよりも、2人に何か言わなくてよいのかね」

 その言葉に、小島は2人の方を見る。どこか足りない、とでも言いたげな表情を揃って浮かべていた。

「ああ、そうでしたね」

 抑揚をつけずに彼は答えた。続けて2人に、何か聞いておきたいことはあるかと問いかける。

 口を開いたのはカフェだった。

「他に注意しておくべき点-例えば他の子についてとかは、ありますか」

 カフェの言葉を聞いた彼は、どこかペリー提督じみたデザインの勝負服を着こんでいる、白っぽい毛色をしたウマ娘の方を見た。それにつられて、2人もそちらに視線を向ける。

小島は口を開いた。

「力のいるコースになっている点を踏まえると、今1番人気の5番-確かクロフネと言ったか、彼女に注意しろ」 

「一応クラスメートだから知ってはいるが、なぜだい」

 今度はタキオンが尋ねた。彼女は現在、クロフネに次いで2番人気に支持されている。

「こういうコース状況だと、ダート適性のあるやつが人気に関わらず激走しやすい。調べた感じ、あいつはそれを持っているようだから気にかけておけ」

「よく分かりますね、そんなこと」カフェが尋ねた。

「あいつの走りをAIに分析させただけだよ」

 小島はそう言うと、続けてクロフネの隣にいる不良少女風のウマ娘に目をやる。2人もそちらの方に視線を向けた。どこか見知ったような表情をしている。

 当然であった。視線の先にいるのは、同じく2人のクラスメートであるからだ。

「後はそうだな、その隣にいる4番-ジャングルポケットも要注意だ」

「ポッケ君かい」

「ポッケさんですか」

 2人はほぼ同時に答えた。当の本人を見ると、黄色いジャケットと黒のチューブトップに同色のスカートと言う、この日の気温を考えると些か寒さの心配をしたくなる露出度の勝負服を着ていた。クロフネとタキオンに次いで、3番人気の支持を得ている。

 当の本人はタナベと言う名の、長い白髪にサングラスをした担当トレーナーと話し込んでいた。その近くには彼女の応援に来たと思しきフジキセキの姿もある。

 

 ジャングルポケット、クロフネ、そしてアグネスタキオン-この3人が上位人気を分け合う一方で、カフェは11番人気にとどまっている。未勝利戦を勝ちあがったばかりと言うことを考えると不思議では無かったが、レース専門の新聞やスポーツ紙を見た所、デビュー戦と未勝利戦で見せた末脚から伏兵の一人として挙げられてはいた。

 

「あいつはこのメンバーの中で唯一、重賞に勝利した経験がある。注意しておくべき点と言えばそれくらいだが、一応気にはかけておけ」

「それだけかい」顎に右手を当てながらタキオンが不可思議そうに答えた。「もっと詳しく話してくれるものだと思っていたが」

「俺は長々と喋るのが苦手でね」制帽の位置を調整しながら小島は応じた。「この手の説明は、さっさと終わらせるに限る」

「小島さんらしいですね」悪戯めいた笑みを浮かべながらカフェが答えた。「会話が長くないのに、どのようにして森宮さんを口説けたのか不思議に思います」

「言うようになったな、カフェ」

 含み笑いを浮かべながら小島は応じた。

「伊達にタキオンさん(変人)の相手をしているわけでは、ありませんから」

 どこか自慢げにカフェは答える。その言葉を聞いたタキオンが、普段の自分の態度を意図的に忘れ去ったような口調で口を挟んできた。

「おいおいおいおい、私のどこが変人だというんだい」

「全部だ」

「全部です」

 2人は同時に答えた。

「否定は出来ないねぇ」

 苦笑いしながらタキオンは答えた。

 

「まあ、有沙については」

 カフェと揃ってタキオンに一矢報いた事に満足を覚えつつ、小島は答えた。

「気がついたらいつの間にか、俺の心の中に入り込んでいたと言うのが正しいかな」

「意外だね、君」タキオンがからかうように口を開く。「あれだけ仲が良いのだから、もっと劇的なものかと思っていたよ」

「そんなもんじゃないさ」

 左手の薬指と、そこに嵌められたものを2人に見せながら小島は答えた。

「出会ったばかりの頃は反目ばかりでね。ああだこうだと言い合ってるうちにお互い気になりだして-それでこうなった、という訳だ」

「その辺り、詳しく聞きたいですね」

 年頃の少女そのもの、と言っていい表情を見せながらカフェが答える。教師の様に小島は答えた。

「まあ、そのうちにな」

 

 その時、独特の抑揚と共に、場入りを知らせる係員の合図がパドック中に響き渡る。

 -途端に張り詰めた空気がパドック全体を包み込んだ。全員が整列した後、誘導と予め定められた順番に従い、出走するウマ娘とトレーナーがコースへと向かう地下道へと歩いていく。小島と2人は最後であった。

 

 やがて、3人の順番がやってくる。いつもと変わらぬ口調で小島は口を開いた。

「行くぞ-と言っても、俺は途中までだが」

「ああ」

「ええ」

 小島が歩き出す。2人はそれに続いた。フライトが声をかける。

「頑張って-タキオンも、カフェちゃんも」

 タキオンは姉の言葉に袖を軽く振って答える。カフェもまた、軽く頭を下げて応じた。

「小島君」

 真田は部下に声をかけた。振り返りながら彼は応じる。

「何でしょう」

「俺たちは先に戻っているからな」

「自分は後から行きます」

「ああ」

 短いやり取りを終えると、3人はそのまま地下道へ消えていく。その様子を真田に矢沢、そしてフライトは姿が見えなくなるまで見送るとパドックを後にし、スタンド上階に設えられた関係者席へと向かって行った。

 

 「さて、トレーナー君」

「なんだ、マッドサイエンティスト」

 地下道に入ってしばらく歩いた後、スタンドへ向かうべく別れようとする小島にタキオンが声をかけた。

「確かこういう時、指揮官は何か喋って見せるものだと思うのだが」

「どこで知った、そんな事」

「君と契約を結んだあとで、カフェと一緒に戦争や軍隊に関わる本や作品を色々と見てみてね。指揮官は作戦の前に訓示をして、部下の士気を高めて見せるものだと教わったよ」

「そう言う事なので-何か一言、お願いします」

 カフェもまた、彼の事を見つめながら答えた。

「やれやれ、仕方がないな」

 右手で後頭部を撫でながら小島は応じる。少しの間腕を組んで考え込むと、背筋を伸ばして息を吸い込んだ。

 

 -瞬間、纏う空気が変わった。態度と雰囲気が豹変し、獲物を狙う肉食獣の様に目つきが鋭くなる。

 それを見た2人の背中に冷たいものが走った。あたかもこれから本物の命のやり取りに臨むかのような、歴戦の軍人のような空気が担当トレーナーから発散されていることを、本能で感じ取ったからだった。

 微かに怯えたような表情を浮かべる2人。それを見た小島は、なんでこんな表情をしているんだこいつら、そう不思議に思いながら口を開いた。

 

「それでは諸君-」

 

 彼は言葉を切る。一体どのような言葉が来るのか、期待よりも不安の方をより多く感じ取っている2人に対し、小島は自らが何者であるのかを、これ以上ない言葉で表現して見せた。

 

「戦争の、時間だ」

 

 -その目には、魔王のような鋭さが浮かんでいた。

 

 

 

 

 




ちなみに最近のG1における馬券成績ですが、

ダービー⇒三連複ボックスで的中も、もう少し点数を絞れたなと反省
安田記念⇒三連複ボックスで穴狙いをした所ソウルラッシュを切って2千円がパー、ナミュールとロマンチックウォリアーのワイドに突っ込んどきゃよかったと後悔

こんな感じです。なお、G1以外のレースでも買わなかった穴馬が馬券に絡んで後悔と言うのが何度もあったので、馬券の買い方をもーちょい勉強しようと思います。

(ちなみに、ダービーも安田も現地に行って見ました)

次回も1か月くらいで投稿出来ればなと思いますので、今回はこの辺で。それでは。

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