トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

19 / 27
(新時代の扉風に)オマタセシマシタ、17話(前編)になります。

最初はレース前のやり取りと本番を纏めて1話で終わらせるつもりでしたが、執筆途中で「やり取りと本番を分けた方が区切り良いな」と思ったので、前編と後編に分けることにしました。

そんな訳で今回はいつもより短いですがどうぞ。



第17話 希望に満ち溢れた(前編)

 コースへ向かうタキオンとカフェと分かれ、小島はスタンド4階、他の指定席とは区切られた区画に位置する関係者席へと向かった。来賓席や一部の指定席、実況席などを除けば最上階に位置するそこからは、スタンド最前方のガラス越しにコースを文字通り一望できる。

 尤も、席の広さなどに関してはスタンド屋内に位置する他の指定席と何ら変わりはなく、最終直線からゴール前の攻防を最もよく見える位置にあること、椅子が革張りではなく布張りであることである事だけが、他の指定席との相違点であるに過ぎなかった。

 

 職員証と制服の襟につけたトレーナーバッジを見せて関係者席に小島が入ると、途端にこの区画に座る者のほぼ全てが、まるで余所者を警戒するような視線を彼に向ける。中にはお前なんかここに居ていい存在ではないとばかりに、露骨な悪意を表情で向けてくる者も居た。勿論そうでは無い者も一応いるにはいたが、その者らがこの中で多数派を占めている訳でないことは容易に見て取れる。

 聖蹄祭で見せた意外性などで多少はマシになったものの、タキオンのデビュー戦の際に起きた一連の騒動はいまだに尾を引いており、レース関係者の彼に対する感情は、一部を除いて今なおあまり良いものではない。

 

(芙蓉ステークスの時も、こんな感じだったな)

 

 ふん、勝手にすればいい。小島はそんなことを思いながら、向けられる視線を意にも介することなく劇場の座席の様な解放感に満ち溢れたスタンド、その通路を家族や上官らが待つ区画へと向かう。

 少し歩いてそこにたどり着くと、皆それぞれ、二席一組で区切られた区画の中に分かれて座っていた。彼に気がついた有沙が、隆俊を抱っこしたまま自分の隣へと手招きする。通路を挟んだ隣の席には、姉夫婦が長男と長女をそれぞれ膝に乗せて座っていた。

 彼はそのまま有沙の隣に座り、コートと制帽を脱いだ。コートは畳んで膝の上に、制帽は机の上に置く。その後、隣に座る有沙と長男に軽く微笑みながら視線を向けた。

 隆俊を抱きながら、母親としての顔で微笑む有沙。彼女の傍にいる時だけが、彼にとって唯一安息を得られる時間であった。

 

「ちょっといい」

 悠人を膝に乗せた姉-郁子が小島に話しかけてきたのはそのときだった。ぶっきらぼうに彼は応じる。

「何だよ」

「あんたが来る前に皆で話してたんだけど」何かを含むような声で郁子は答えた。「レースが終わった後、皆で夕ご飯一緒に食べないかってことになったの。家族全員で集まる機会なんて滅多に無いんだし、ついでだからあんたが担当してる2人とそこに居るフライトちゃんに、藤堂さんたちも誘って-ってことなんだけど、どうかしら。あ、有沙ちゃんにも話はしてあるわよ」

 小島は傍らの妻を見る。そんな感じね、とでも言いたげな表情で彼女は応じた。

それを見た彼は、あまり深く考えずに口を開く。

「いいぜ」

その言葉を聞いた瞬間、悪戯に成功したような笑顔を浮かべながら郁子は答えた。

「良かったね、悠。おじちゃんが今日、お夕飯ごちそうしてくれるって」

 やったあ、と膝の上に乗せた長男共々声を上げながら歓声をあげる姉の発言を聞いた瞬間、小島は嵌められたことに気付いた。慌てて口を開く。

「おい、そりゃどういう意味だ」

「だってあんたと有沙ちゃん、この中じゃ一番高給取りじゃない。普段いい暮らししてるんだから、それくらい当然でしょ」

 

 姉の言うことは正しかった。事実、自衛官の俸給は一昔前とは比べ物にならない程高額になっている。小島と有沙、それぞれの手取り年収は幹部自衛官としてのそれだけで1千万円を超えており、これにトレーナーとしての特別手当が加わると優に2千万円を超える。

 加えて担当するウマ娘がレースに勝つか、一定の順位に入ればその分の賞金まで入ってくるのだから、それ等を全て合わせれば2人の所得は優に日本の世帯年収、その上位20%に余裕で該当した。

 -尤も、いざとなれば命がけで戦わなくてはならない仕事であるため、高額な給料をその対価と考えた場合、決して高すぎるものでは無かったが。

 

 郁子は続けた。

「第一、担当してる子が勝ったら7百万入って来るんでしょ。私の年収よりちょっと少ないくらい貰えるんだから、多少はこっちに還元しなさいよ」 

「勝ったらの話だ。よしんば、税金で2割以上持ってかれるぞ」

「それにしたって、5百万は余裕で貰えるじゃないの。つべこべ言わずに、全員分奢りなさい」

「来年の所得税が怖いよ」シニカルな表情で小島は答えた。「まあ、その辺は全部会計の連中に丸投げできるからいいが-第一、店はどうするんだ」

「大丈夫」すまし顔で郁子は答えた。「船橋法典の駅の近くにある焼肉屋、さっき予約したもの、全員分」

 

-全く、この姉貴は。呆れながら小島は思った。

 俺を使いっぱしりにしてた頃から何も変わっちゃいねえな。ため息をついた後、彼は口を開いた。

「・・・どっちかが勝ったらな。両方共勝てなかったら、素直に自分の飲み食い分は出してくれ」

「その言葉、忘れるんじゃないわよ」

 勝ち誇ったような表情で郁子は答えた。小島は自分の懐具合を脳内で確認しながら、必要な額を概算していく。計算を終えて、まあそれくらいならどうにかなるかと思いつつ、彼はコースに視線を向ける。

 その先では発走前の準備作業が行われており、ゲート裏では出走するウマ娘達が三々五々、レースに向けてのウォーミングアップを始めていた。

 

 (-こればかりは、いつ見ても慣れないものだねぇ)

 

 両手を膝に当て、上半身を前に倒しながら頭だけを正面に向けたタキオンは思った。視線の先には、スタートまでの僅かな間世話になる移動式構造物が、まるで城砦の様にそびえている。

 周囲では彼女同様、それぞれ個性的な衣装に身を包んだ者たちが体を伸ばしたり膝を曲げ伸ばししたりと、思い思いにウォーミングアップに励んでいた。皆、心なしか表情が強張っている。

 無理もない。彼女たちはこれから、トゥインクルシリーズの中で最高の格付けを誇るレースに挑むのである。緊張するなと言う方に無理があり-そのような中で周囲とは対照的に、これからG1レースに挑むとは思えないほどタキオンは落ち着き払っていた。

 そんな彼女に、周囲はちらちらと視線を向ける。これからG1だというのに緊張感が足りない、そのような事を目で訴えかけてくる者もいた。だが、タキオンはそのような視線を意にも解さずにいた。

 当然である。何故ならば、彼女の思考はレースとはまた別のところに向けられていたからだった。

 

(しかし、トレーナー君にあんな表情が出来たとは)

 

 タキオンは、コースへと向かう地下道で担当トレーナーから向けられた表情を思い出していた。

普段のどこかやる気のないそれではなく、まるで別の人格が乗り移ったかのように見えた空気と態度。そして獲物を定めた肉食獣のような鋭い目つき。本当に自分の担当トレーナー本人なのか、恐怖すら覚えながらも疑問を持ったあの瞬間。

 

(ひょっとしたら)

 

タキオンは思った。あれこそが彼の本性なのでは?

初対面の際にも微かに感じ取っていたが、まさかこんなところでそれを見せてくれるとは思いもよらなかった。

-面白い、実に面白い!是非ともその精神構造を解明してみたいものだ!

 

これからレースであることを忘れ、マッドサイエンティストそのものの思考に浸っているタキオンに、周囲から幽霊でも見たような視線が降り注ぐ。彼女はこの時、自分が不気味な笑みを浮かべて居ることに全く気がついていなかった。

 

 そんな時、どこか不良じみた声色の言葉が彼女に投げかけられる。

「おい、タキオン」

 タキオンは言葉のした方へ振り向く。視線の先には、どこかヤンキーじみた風貌のクラスメート-ジャングルポケットの姿があった。

「これはこれは、ポッケ君じゃないか。発走前なのに、どうしたというんだい」

 レース直前であることを思い出しながらタキオンは答える。

「聞いておきたいことがあるんだけどよ」

「愛の告白かい」からかうように彼女は応じた。「私に()()()()()()()はないが、その辺りはまあ、個人の趣味嗜好の範囲内だからねぇ」

「そんなんじゃねえ」目を軽く吊り上げ、腰に手を当てながら、どこか呆れたようにジャングルポケットは答えた。「お前とカフェのトレーナーのことだ」

「トレーナー君がどうかしたのかい」

「よくあんなのと付き合ってられるな、お前ら。ナベさんからも聞いてるぜ、あの男の評判」

 それを聞いたタキオンは苦笑した。それがどのようなものであるか、大体の想像がついたからだった。

「何がおかしいんだよ」

 彼女の表情を見て、不機嫌そうにジャングルポケットは応じる。それに更なる可笑しさを感じつつ、タキオンは答えた。

「いや、外側から見るとそのように見えるものなのだなと思ってね」

「どういう意味だ」

 ジャングルポケットの言葉を聞いたタキオンは、軽く首を傾げながら口を開いた。

「生憎と私もカフェも、彼が私たちのトレーナーであることに特段、問題を感じてはいないのさ」

「そのとおりですよ、ポッケさん」声色の異なる声が2人の耳朶を打ったのはその時だった。「私もタキオンさんも、小島さんがトレーナーであることに不満は持っていません」

「カフェ」

 新たな乱入者に気付いたジャングルポケットの視線が、真っすぐにカフェを見据える。タキオンはその様子をシニカル(冷笑的)に見つめていた。

 カフェはそのまま言葉を綴ってゆく。そこから放たれた言葉は、物静かながらもジャングルポケットを驚かせるのに十分な威力を有していた。

「それに私はむしろ、あの人がトレーナーであって良かったと思っています」

 その言葉を聞いたジャングルポケットは、先程まで以上に目を見開いた。カフェの発言に半信半疑-いや二信八疑くらいはしているような表情を浮かべている。彼女は軽く首をかしげ、カフェに向けて口を開いた。

「何が言いたいんだよ、カフェ」

「小島さんは、私の大切なものを否定せずに受け入れてくれましたから」女子校の生徒が憧れの男性教師について語るような口調で、カフェは言葉を紡いだ。「そうしてくれたのは、家族とルームメイトのユキノさんを除けば、あの人が初めてでした」

 

 (おいおいカフェ、それではまるで-)

 

 カフェの言葉を聞いたタキオンは思った。彼女の脳裏に妙な-そして、決して健全とは言い難い考えが思い浮かぶ。ふとポッケに目をやると、彼女もまた同じようなことを考えているらしい、困惑した表情を浮かべている。

 それに気がついたカフェは口を開いた。

「お2人が何を考えているのか、大体察しはつきますが」はた迷惑だ、とでも言いたげな表情を浮かべながら彼女は言葉を紡ぐ。「私は小島さんに、()()()()()()()を抱いてはいませんよ」

「なんだ、面白くないねぇ」

 露骨に残念がりながらタキオンは答えた。なんだよ、ポッケはそう呟きながら両手を頭の後ろで組む。

「・・・第一」聖蹄祭での小島と森宮の様子を思い出しながらカフェは答えた。「あの2人のどこに、割って入れるだけの余地があると言うんですか。小島さんのことは信頼していますけど、その辺りはきちんと弁えていますよ」

「それを聞いて安心したよ」タキオンは答えた。「とまあ、ポッケ君」

「なんだよ」

「そういうことで、私もカフェも彼がトレーナーであることに満足している。物事というのは、色々な角度から見てみるべきなのさ-尤もこれは、トレーナー君の受け売りだが、ね」

「お前らがそうなら、それでいいさ」

 言いたいことは言い終えたとばかりにポッケは答えた。いつの間にか表情は硬くなり、闘争心に満ち溢れている。

「言っておくけどよ、俺はこのレース、絶対に負けねえぞ。お前にも、カフェにもだ」

「それは、宣戦布告と捉えていいのかな」

「好きにしろ」

 ポッケがそう答えた時、発走の準備を知らせる係員の声が響き渡る。それを聞いた瞬間、周囲のウマ娘達が一斉に臨戦態勢に入った。

 3人もそれに合わせて、瞬時に脳内のスイッチを切り替える。揃って軽く首を振り、視線を自分以外の2人に向けた。

 視線が交錯する。一瞬の静寂。その均衡を破ったのはタキオンだった。

「-さて、時間のようだ。行こうか」

「ああ」

 いつも通り飄々とした態度のタキオンに、ポッケが闘志をむき出しにした表情と口調で短く答える。

 それを見たカフェもまた、意を決して口を開いた。

「タキオンさん、ポッケさん」

「何だい」

「何だよ」

 カフェを見た2人は、彼女の目に鋭さが宿っているのに気がつく。

 いつもの物静かさをどこかへ置き忘れたような表情を浮かべ、右手を胸の前で握りしめながら、強い意志を感じさせる口調でカフェは答えた。

「私もお2人に、負けるつもりはありませんから」

「上等だ」ポッケが応じた。「お前もタキオンも、まとめてぶっ倒してやる」

「お手柔らかに頼むよ、カフェ」

 ポッケとは対照的な様子でタキオンは答える。彼女たちの後ろからは、白く長いテープ状の物体を持った係員がゆっくりと近づいて来ていた。

 

 発走が近づくにつれ、スタンドもまた徐々に緊張感が高まっていた。コース前のスペースを端から端まで埋め尽くした立ち見の観客、幸運にも指定席を確保できた観客、このレースに担当ウマ娘を出走させるトレーナーたち、そして関係者席に座る関係者-それ等の殆どが第4コーナー手前の最終直線に設置されたゲートに視線を向け、レース前の一挙手一投足を固唾を飲んで見守っている。

 だが、関係者席の一角にはそれらとは無縁の空気が漂っていた。そこに座る者たちもまた、皆と同じようにコースに視線こそ向けてはいるが、どこか我関せずと言った空気を漂わせている。

 無理もなかった。ここに座る者たちは、本来ならばレースとは全く縁も所縁(ゆかり)もない者たちばかりだからだ。

 

「そう言えば」真田は、通路を挟んで左のスペースに座る守に話しかけた。「お嬢さんはお元気ですか」

「正月に、孫の顔を見せに来るよ」好々爺然とした表情で守は答える。「あの子たちも随分大きくなったからな。できれば、ひ孫を見るまで長生きしたいものだ」

「自分もあと10年くらいしたら、あなたの様になると思いますよ」

「幸隆君はもう20代だったな」

「ええ」どこか呆れたように真田は答えた。「何の因果か、私と同じ商売を選びました。文学部歴史学科なんてところに入れてやったんだから、親としてはもう少しましな仕事に就いて欲しかったものですが」

「血は争えないものだね」

 守がそう答えた時、歓声が聞こえてきた。オーロラビジョンには、白いジャケットと中折れ帽を被ったスターターがスタンドカーへと歩み寄る様子が映し出されている。

 その様子を見た守は、真田に向けて口を開いた。

「-と、どうやらそろそろのようだ。見届けようじゃないか」

「ええ」

 真田もまた答える。ふと守たちの一段下に座る部下たちに目を向けると、いつの間にか小島が双眼鏡片手にコースへ視線を向けているのを確認できた。

 

 やがてスターターがゴンドラへと乗り込んで扉をロックすると、緑色のゴンドラがゆっくりと上昇を始める。それに合わせて観客のボルテージも高まっていった。

 ゴール手前、コースから立見席へと張り出すように置かれたウィナーズ・サークルではスーツを着こんで様々な楽器を手にした、光ウインドオーケストラのメンバーたちが用意を整え、その時を待つ。

 やがてゴンドラが上昇を終え、停止した。その光景に、数万人の群衆で埋め尽くされた観客席が不気味なまでに静まり返る。

 

 一瞬の後、空気を切り裂くようにして、スターターが赤い旗を振り上げた。

 同時に、ウィナーズサークルでは指揮者が手にしたタクトを振り上げ、空中に輝線を描いた。それに合わせて打楽器や吹奏楽器がリズムよく打ち鳴らされ、1年で12回しか演奏されることの無い、アップテンポの音色が中山レース場に鳴り響く。

 

-今年最後のG1レース、その幕が上がろうとしていた。

 




執筆の合間に、京都競馬場&京都市内の現地取材も兼ねて1泊2日(6/23-6/24)で宝塚記念を現地観戦してきましたが、指定席取れてないのに現地観戦するのは大変でした(主に混雑的な意味で)

でもやっぱり現地に行ってきっちり取材する方が、ネット上の情報だけでは分からない詳しい部分が分かったり、雰囲気や距離感を感じ取れるので、リアリティのある作品を書くのには役に立つと私は思います。

え、馬券?ドウデュース軸のワイドでディープボンドとソールオリエンスとルージュエヴァイユに流して見事に外しましたが何か?
(道悪実績見てブローザホーン軸にしときゃよかった・・・)

(なお昨日のラジニケでワイドW的中して2600円が10倍以上になったのでよし)

・・・馬券談義はこの辺にして、この辺りで締めようと思います。

それでは次回をお楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。