トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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お久しぶりです。夏競馬に入ってから馬券が全然当たりません。今日も5000円スリました。トータルでは万単位で負けてると思います。サマーシリーズの重賞も連敗中です。

(一応言い訳しておくと、的中率より回収率重視で点数を絞って厚めに買うようにしたのも一因かもしれません)

明日のレパードステークスとエルムステークス当たるといいなあ・・・

それではどうぞ。


第18話 希望に満ち溢れた(後編)

「お待たせいたしました。本日のメイン競走ホープフルステークスG1、中山芝2千メートル・13人立てで行われます」

 

 高らかに響き渡ったファンファーレと観客の手拍子の余韻も冷めやらぬ中、解説者のアナウンスがスピーカーから場内、そして全国のお茶の間へと流れていく。

 スタンドから見てやや奥、最終直線の第4コーナーよりに置かれた発走地点では粛々とゲート入りが行われていた。スタンドで見守る者たちは皆固唾を飲み、まるで自分事であるかのような視線をそちらに向けている。

 

-全く、自分が走る訳でもあるまいに。

 

 そう思いながら、眼前で繰り広げられる光景を小島はどこか冷めたような目で見ていた。続けざまに彼は思う。

 誰を応援しようが、「推し」に声援を送ろうが好きにすればいい。けれどもお前たちが応援しているのは所詮、都合よく作り上げられた幻想と虚像(アイドル)であって現実じゃないんだ。その事をこいつらは理解しているのか?

 

 そこまで考えた時、小島の脳裏に何年か前に放送された日本放送協会の、ブギの女王と呼ばれた女性歌手の生涯を描いた連続テレビ小説の中で、劇団入りしたばかりの頃、ミスをして怒られる主人公に先輩が語った台詞が浮かんだ。

 

「お客様は、一時でも現実を忘れたくて劇場に来ているのよ。だからお客様には、一瞬でも現実を見せてはだめ。その事を忘れないで」

 

 確か、その後で現実に立ち向かう勇気をくれるとかなんとか、そんなことを言っていたような気がするな。

 そこまで思って、彼は合点した。

 

-ああ、成程。つまるところこいつらは現実を忘れ、物語に浸るためにこの場所に来ているのか。

 

 そんな中に現実を見せつけてくるような存在があるのなら、異物として排除しようとするのも分かる。俺だって同じ立場に立たされた時、そうしないと言い切れる保証はどこにもない。

 だが、現実を忘れようとするのと目の前の物事の裏側を理解するのは両立し得るんじゃないのか?それをせずに、他人によって作り上げられたに過ぎない、自分にとって都合の良い面しか見ようとしかしないのは、俺はあまり好きではない。物事の光と影、その双方を理解してこそ、真の意味で物事を理解したことになるのではないか。

 まあ、それを言ったらこの国自体「戦争なんてこの世に存在しないことにしました」と言う物語を金科玉条のごとく崇め奉っている人間が、未だにそれなりの数存在するような国なのだから、その国の国家公務員である俺がとやかく言えたことでは無いが。

 

(それに何より)

 

 好き好んでやっているわけでは無いが、俺の本職は現実を徹頭徹尾見つめる事が必須と言っていい仕事だ。こいつらと俺達は全くもって対極にある。全く、誰が考えたか知らんが、相性が悪いことこの上ない。

 

 そこまで思ったところで、彼は双眼鏡を覗き込む。視線の先では奇数番号のウマ娘達がゲート入りを終え、偶数番号のそれが始まるところであった。その光景を見た小島は、レース前に2人に声をかけた時のことを思い出す。

 

-そう言えばあいつら、どうしてあんな怯えたような顔を揃ってしていたんだ?分からんな。

 

 彼はそのまま双眼鏡をゲートに向け続けた。偶数番号のウマ娘達が次々とゲートへ収まっていく様子が見える。

 その中にはタキオンの姿もあった。彼女は2番ゲートに、同じく偶数番号のジャングルポケットは4番ゲートに収まる。クロフネは奇数番号であるため、2人に先んじて5番ゲートに収まっていた。相変わらず飄々とした表情をしている。相変わらずだな、小島は思った。

 

 彼女の態度とは関係なしに、各員のゲート入りはこれと言ったトラブルもなくスムーズに進んでいき、最後に大外13番-カフェがゲートに入る。当の本人ははどこか緊張しながらも鋭い目で前を見据え、僅かな時間ながらも静かにその時を待つ。

 その光景を観客たちもまた、息を呑むように見つめていた。静寂が中山を支配する。

 

 全員がゲート内に収まったと同時に、ゲートにとりついていた係員が蜘蛛の子を散らすように離れていく。それに合わせ、発走準備完了を知られる赤ランプがゲート上部で点灯した。

 それを確認したスターターは、右手に握られた握力計のようなレバーに力を込める。瞬間、微弱な電流がゲートに流れ、13個の前扉が金属音と共に一斉に解放された。色とりどりの衣装を身に纏ったウマ娘達が飛び出して行く。

 

-約2分間の激闘、その火蓋が切って落とされた。

 

「最後に大外13番マンハッタンカフェ収まって、態勢完了-ホープフルステークス、スタートしました!」

 

 ゲートが開かれた瞬間、中山レース場に大歓声が沸き起こった。観客席から声援が飛ぶ中、ほぼ横一列となってゲートから飛び出した13人のウマ娘達が、それぞれのポジションを確保するべく内ラチ沿いへと進路を取る。

 前に進むにつれて隊列は次第に横幅を狭めていき、第1コーナーを回った辺りで一塊ながらも縦に長い隊列が形成されてペースも落ち着き、各人の大まかなポジションが定まった。

 その中でタキオンは真ん中よりもやや後ろの7番手辺りで、前を行くクロフネとジャングルポケットを後ろから見る形でレースを進める。一方、カフェはそれよりもさらに後方、11番手付近に陣取る形で中山の芝を駆けていた。

 発走直後は最後方付近でレースを進めるつもりだった彼女だったが、第1コーナーを回ったあたりで、ややゆっくりとした流れでレースが進んでいることを感じ、逃げ先行有利のスローペースになる事を見越して、予定よりも少し前の位置に陣取ることにしたのだった。

 

 そのまま隊列は向こう正面を進む。しばらくの間、各人の位置取りに変化は無さそうであった。ある者は隊列をその目で追いながら、またある者はコースを挟んだスタンド正面のオーロラビジョンを見つめながら、レースの行方を手に汗握りつつ見つめている。

 だが少数ながらも、そのような事とは一切無縁な人間もこの日の中山には存在し-小島隆史もまたそのうちの一人であった。

 

 -2人とも真ん中より後ろか。意外だな、カフェはともかく、タキオンの奴はもう少し前に陣取るものかと思っていたが。

 

 先程までの思考を一度脇に追いやり、目の前のレースを見ることに集中しながら彼は思った。小島が覗くレンズの先では、色とりどりの煌びやかな服に身を纏った13人のウマ娘達が、ただ一つの栄光を掌中に収めるべくコースを駆けている。時折聞こえてくる声援が示す興奮の中で、自分が驚くほど冷静にレースを見つめる事が出来ているのを小島は自覚していた。

 彼はそのまま双眼鏡を覗き続ける。隊列は残り千メートルの標識を丁度通過したところであった。

 

 (もう少し前に行きたかったんだけれどねぇ)

 

 すぐ前を行く2人-クロフネとジャングルポケットの後塵を拝しながらタキオンは思った。当初の予定では道中4番手から5番手辺りでレースを進めるつもりであったが、スタートでわずかに出遅れ、思ったよりも後ろの位置でレースを進めざるを得なかったのだった。

 

-さて、この後どうするべきか。

 

 彼女は思考を巡らせる。内ラチ沿いの芝が荒れているのは小島がカフェに言った通り、足元から伝わってくる感触で分かった。修復こそされているものの、凹凸が多い。前方に視線をやると、所々芝が剥げているのも見える。確かに力のいるコース状態だが、これくらいの荒れ具合ならば走る上では問題はない、タキオンは思った。

 問題は目の前の2人である。レースに勝つためには2人を抜かさなければならない。だが、タキオンの前に陣取る彼女たちが絶好のポジションを対戦相手にくれてやるとは思えなかった。2人もまたレースに勝つために走っているのだから、わざわざ優位を捨て去る愚かな真似は共にしないだろう。

 かといって内ラチギリギリを突こうにも、そこはジャングルポケットがぴったりと蓋をしている。まず間違いなくブロックされるのは目に見えていた。既にレースは半分を切っている。そして体感だが、ペースは決して早くはない-即ち、前へ行ったもの有利に働く。この流れのままでは、後方からどれだけ早い上がりをたたき出しても上位に食い込むのは難しいだろう。

 

 彼女の考えは正しかった。事実、このレースの前半1000メートル通過タイムは61秒8。完全にレースの原則-逃げ先行優位-に沿ったペースであった。

 

 逡巡しているうちに、タキオンの視界の右側に8と書かれたハロン棒が映る。残り800メートル。そろそろ仕掛けなければ間に合わない。このままでは2人の背中を見ているだけでレースが終わってしまう。

 

 まずい、このままでは非常にまずい。さあどうしたものか。彼女がそんなことを思った時、不意にパドックで小島がカフェに指示を出すシーンが、再び彼女の脳裏をよぎる。

 そう言えばトレーナー君はあの時、カフェに外を回れとも言っていたな。それが彼女の走法を最も活かせるのだと-

 

 瞬間、彼女の脳裏に電流が流れる。同時に、これから取るべき位置取りが瞬く間に思い浮かんできた。彼女の心は、新たな発見をしたような興奮に満ち溢れている。

 

-そうか、そうか、その手があるじゃないか!なんで今まで私はそれに気がつかなかったんだ!それならば2人に邪魔をされることも無い!何よりトレーナー君も、私にカフェと同じことをするなとは一言も言ってはいない!

 

 ならば、有難く利用させてもらおう。

 

 獲物を視界に入れた肉食獣の如き笑みを彼女は浮かべる。隊列は早くも、第3コーナーに差し掛かるところであった。

 

 レースが動きだす。

 

(思っていたより後ろにいますね、タキオンさん)

 

 白衣状のロングコートをたなびかせる腐れ縁の後ろ姿を見ながらカフェは思った。彼女もまた、黒く長いものを3つたなびかせながらターフを駆けている。その姿はさながら、影が駆けているようにも感じられた。

 

 カフェもまたこの時、逃げ先行勢が有利なペースであることに気がついていた。軽く速度を上げ、9から10番手辺りにポジションを上げる。まだ本気は出さない。彼女は細部では自分の判断に従いつつも、大枠では担当トレーナーの指示を守り続けていた。

 

(勝負は第3コーナーに入ってから。それまでは足を可能な限り温存)

 

 残り800メートルの標識をタキオンから少し遅れて通過する。カフェはこの時、軽く外側にポジションを移した。第3コーナーのあたりでスムーズに外へ出られるようにするためだった。

やがて第3コーナーに集団全体が入る。途端、レースが一気に動いた。ゴールに向けて全員が有利な位置を確保するべく、全体のペースと周囲のペースが一気に早くなる。

 それを感じ取った彼女もまた動いた。小島の指示に従って第3コーナーでポジションを外に振り、加速すべく一気に足に力を込める。足元の状態は担当トレーナーの言った通り、均一で凹凸もない、走りやすいことこの上ない状態だった。

 もしかしたら、カフェがそう思い、仕掛けようとした瞬間-白くはためく物体が唐突に彼女の前方に躍り出る。一瞬、カフェはそれに目を奪われ-そしてすぐに正体が誰であるかを理解した。

 

(タキオンさん、ひょっとしてあなたも!)

 

 よく考えてみれば当たり前の話であった。彼女は自分と一緒に、担当トレーナーの話を聞いていたのだから-恐らくはそれを利用したのだろう。

 考慮に入れておくべきでしたね、カフェがそんな事を考えていると、目の前の物体が加速していく。彼女はそれを見て我に返った。

 まずい、焦燥感にかられた彼女も遅ればせながらそれに続く。タキオンよりも外側、誰にも邪魔されない大外から一気にポジションを上げ、前を行く者たちを捉えんと加速していった。

 

 この時タキオンとカフェ、それぞれが仕掛けたタイミングの差は、時間で言えば0.1秒にも満たないものに過ぎない。だが、レースにおいては僅かな差が勝利と敗北を決定づける。この時の2人もまた、それを如実に表す結果となった。

 

 隊列が第3コーナーに入ったあたりから異様な興奮を見せていた観客のボルテージは、13人がほぼ一団となって第4コーナーを回り、最終直線に向いた瞬間最高潮に達した。ほぼ絶叫としか聞こえようのない声援がコース目掛けて無数に響き渡り、中山レース場は興奮と混沌に包まれる。

 その坩堝の片隅では一人の男が、眼前の光景を冷めたような目で見つめていた。

 

(揃いも揃って、何を喚きたてていやがる)

 

 周囲のトレーナーや関係者、更には指定席に座る観客までもが、分厚い窓ガラスに阻まれて聞こえるはずもない声援を送る姿に、全く理解できないとでも言いたげな表情を浮かべつつ小島隆史は思った。

 周囲に軽く目をやると彼の姉夫婦、自分と義理の兄それぞれの両親、そして自分たちのすぐ後ろに座る守とサーシャ夫妻、そしてフライトや傍らに座る妻までもが、声を張り上げてこそいないものの、皆軽い興奮を覚えているような表情を浮かべていた。軽く背を浮かせている者も何人かいる。そのような様子の中で、真田と矢沢だけが自分と同じような表情をしながらコースを見つめていた。

 相変わらずだな、あのおっさん。小島は苦笑いしながら視線をコースに向け、双眼鏡を覗き込む。そこには外側を回したタキオンが先頭を行くクロフネを交わして抜けだし、そのまま押し切りを測ろうとする姿-そしてその更に外側から鋭い差し足で一気に伸びてくるカフェの姿が映し出されていた。

 

「ジャングルポケットが今3番手-外からアグネスタキオン!!アグネスタキオンが先頭だ!2番手はクロフネですが、ジャングルポケットが追い込んで-更に大外からマンハッタンカフェも突っ込んでくる!」

 

-これなら!

 

 カフェは一瞬思った。きれいなままの大外を誰にも邪魔されずに、歩幅の広さを活かして加速しながらスムーズにコーナーを回ってゆくことが出来たことは、コース取りによってロスした距離以上の結果を現状で彼女にもたらしている。

 カフェの視界、その右斜め前に映し出されていたのはジャングルポケットにクロフネ-そして、その更に前先頭を行くタキオンの姿であった。それ以外は既に抜いているか、これから追い抜く事が出来る位置にいる。

 問題はそれよりも前にいる3人であった。すぐ目の前にいるジャングルポケットとクロフネはともかく、2人の更に先を行くタキオンに追いつけるかどうかは分からなかった。

 残り200メートルの標識は既に通過している。ゴールまでにどれだけ差を詰められるか。先頭を行くタキオンに追いつくことは十中八九不可能だろう、そんな思いが彼女の脳裏に思い浮かぶ。

 

(それでも)

 

 カフェは自分の中の渇望を脳内で言語化する。肺に息を思い切り吸い込んだ。

 

-私は、勝ちたい!

 

 歯を食いしばり、鋭い表情を浮かべ、更に脚へ力を込める。その時であった。

 

 1番前を行くタキオン、その更に前方で火花がちらつく。やがてそこには黒雲のようなものが朧気に見え、次第にはっきりとした輪郭を形成していき-正体が全てわかった瞬間、彼女の脳裏を驚愕が支配した。

 

(なんで、なんで、どういうこと)

 

 カフェは先程までの態度を一転させ、自分の目を疑う。だが、彼女の視神経はそれが幻覚でも何でもなく、紛れもない現実である事を-少なくともカフェにとっての-をはっきりと彼女の脳に伝達する。 

 

(分からない、理解できない、信じられない)

 

 心の中で彼女は呻いた。

 

(どうして、どうして、こんな時、こんな場所、あんな所に)

 

 なんで、なんで-『あなた』がいるの?

 

 自分のような後ろ姿、そして伸びやかな走り姿。頻繁に彼女の前に現れ、彼女よりも前を走り続け、彼女が追い付き、追い越したいと焦がれる『お友達』が、先頭を行くタキオンより遥かに前の位置を走っているのが、はっきりと分かった。

 

-だったら、尚更。

 

 驚きはすぐに対抗意識へと変わる。カフェはその時、自分が何のためにレースの世界へと身を投じたのか、明瞭に思い出した。

 

(あの子に、追いつくため)

 

 自分の中の闘争本能に火が着く。彼女は奥歯を更に思い切り噛み締め、目つきはこれまで以上の鋭さを見せる。

 

-負けるわけには、いかない!

 

「っ、あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁ!」

 

 自分でも信じ難いほどの声で彼女は叫んだ。先ほど吸い込んだ空気が一気に吐き出され、声帯を震わせる。

 同時にカフェは勝負に出た。残っている無酸素性エネルギー、その全てを一気に消費し、爆発的に速度を上げて行く。

 

 ゴールまでは100メートルと少し。レースはまだ続いていた。

 

 残り200メートルを切り、先頭に立って少しした所で、ちらりと後ろを振り返ったタキオンの目に映ったのは、後続勢の中から必死の形相で追いすがってくるクロフネとジャングルポケット-そして、大外から闘争心を剥き出しにした肉食獣のような表情を浮かべながら、自慢の末脚で迫ってくるカフェの姿であった。

 

 それを-特にカフェを-見た瞬間、自分の内部に訳の分からない感情が浮かんでくるのを彼女は覚える。

 自身の明晰な頭脳をもってしても困惑を覚える感情。論理や知性というものを超越した、ウマ娘としての本能から湧き上がってくるようなそれに、戸惑いと驚きを覚えながらタキオンは思った。

 

(なんで、だろうねぇ)

 

 どうしてそんな思いが浮かんでくるのか分からないまま、彼女はその感情を言語へと変化させる。自分でも何を言っているのか理解は出来ない。だが、こうであるとしか言いようが無かった。 

 不敵な笑みを浮かべながらタキオンは叫ぶ。

 

「君にだけは、勝ちを、譲りたくないよ!」

 

 彼女は更に足を伸ばす。ゴール板はもう、目前へと迫っていた。

 

 

「強い強い、アグネスタキオン、後続を引き離していく、2番手にはクロフネですが-ジャングルポケットがいまそれを交わして2番手、マンハッタンカフェも更に脚を伸ばしてきた!」

 

 観客たちは興奮や感動と言うレベルで言い現わすことの出来ない、もはや自分でも何を言っているのかすら分からないような大声を張り上げ、ターフを駆ける者たちに声援を送る。だがそれも、目前で展開される光景をみれば決して無理からぬことであった。

 

 それは正に、圧倒的な光景と呼んでいいだろう。先頭に立ったアグネスタキオンが、必死で追いすがる後続勢をあざ笑うかのように、余裕綽々の表情を(観客や周囲からはそう見えた)浮かべながら先頭を駆け抜けていく。観客席からは様々なものが入り混じった声援と歓声の大合唱が沸き起こる。

 そのような光景の中、ターフの上では必死で彼女を追うクロフネをジャングルポケットが交わして2番手に立ち、そんなクロフネに大外から、タキオンのそれに勝るとも劣らない伸び脚を繰り出したマンハッタンカフェが並びかける。

 

 だが、この時点で勝敗は既に決していた。後方でそんな光景が繰り広げられていたまさにその瞬間、タキオンがジャングルポケットに2馬身半の差をつけ、1着でゴール板を駆け抜けていたからだった。

 この日一番の歓声に包まれる中山レース場。アナウンサーの言葉がそれに彩を添える。

 

 「アグネスタキオン、快勝ゴールイン!!」

 

 後世の人間はこの日の出来事を持って、この国のレース、そのターニングポイントの幕が上がった、そのように記す事となる。

 

 -暑い夏が、始まろうとしていた。

 




今回はここまでとなります。

次回はレースの後始末編になります。1か月以内で投稿できるよう頑張りますので、とうぞお楽しみに。

ちなみに私事ではありますが、職場の有給と夏季休暇をぶち込んで、明後日8/5から登山で蝦夷地へ1週間ほど出掛けてまいります。ヒグマと遭遇しないよう気を付けて登山しながら、いいアイデアが浮かぶとよいなと思っております。

それでは。
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