私「1月であります!」
「今は何月だ!」
私「7月であります!」
「半年間何をしていた!」
私「夜勤と転職活動に追われていました!」
「結果は!」
私「今のところ一次面接で全て落ちました!」
・・・・・真面目にすいません。転職活動&夜勤が大変過ぎて、執筆に充てる時間と精神に余裕が無かったので、こんなに時間がかかってしまいました。そんな中で執筆時間を捻出してどうにか書き上げましたので、是非お読みいただけますと幸いです。
早く転職決めたい・・・・
3月に入ると、関東平野の気候は時折寒さを感じられるものの、春に向けて暖かさも増してくる。
そのような平野の一角、武蔵野台地の片隅に位置する府中も例外では無かった。かつては武蔵国の国府として、江戸時代は甲州街道の宿場町として栄えたこの町は今、日本におけるレースの聖地としてその名を全国に轟かせている。
そしてその一角では、1人のウマ娘が手持ち無沙汰この上ない表情を浮かべながら佇んでいた。
-退屈。
月影ひかり一等陸曹は、気だるげな表情で辺りを見回しながらそんなことを思っていた。
彼女が立っているのはトレセン学園の正門である。普段なら生徒たちでにぎわいを見せる場所であったが、この日は異様な空気が漂っていた。
それもそのはずである。あたりには制服警察官が何人も配置されると同時に、何人もの黒いスーツを着て耳にインカムを付けた鋭い目つきの男、あるいは女やウマ娘たちが鋭い視線を周りへと向けていたからだ。
時折通る通行人は皆、不安と物珍しさが混じったような目でこちらを見つめてくる。その様子をまじまじと見つめながら月影は思った。全く、ショーウインドーのマネキンになったみたいだわ。
(大体)
好きでこんな所に立ってるわけじゃないのに。私が出迎え役をすることになったのは、今日からここに留学するアイルランドの第三王女様とやらと顔が瓜二つだからってだけなのよ。命令である以上は従わざるを得ないのは分かっているけど、そんな理由でこんなとこに立たされる身にもなって欲しいわ。面倒くさいったらありゃしない。
「何か言いたそうね、月影一曹」
不意に隣から声が聞こえてきた。グレーを基調とした迷彩服の上にジャケットを着こみ、制帽ではなく部隊章が記された紺色のベースボールキャップを被っている上官-森宮有沙であった。服装規定に五月蝿そうな高級幹部が見たら、文句を付けてきそうな出で立ちをしている彼女は、軽く覗き込むような姿勢でこちらに視線を向けている。
「いえ」
澄ました表情で月影は答える。彼女もまた上官と同じ服装をしていた。無論許可は得ている。
「アイルランドの王女様って、どんな感じなのかなと思いまして」
「そういうことにしておいてあげるわ」微笑みながら、部下の内心を推し量ったような口調で有沙は応じた。
「それにしても」ウィークポイントを見つけたような口調で月影は返した。「本当に、さっき言われた感じで答えちゃっていいんですか?正直、面倒くさいことになりそうなのが目に見えているんですけど」
「
「それはそうですけど」不安そうな目で月影は答えた。
「貴女が心配する事じゃないわ、月影一曹」
事も無げに有沙は返し、続けた。
「上官っていうのは、そう言う時の為に存在するものなのよ」
遠くからエンジン音が聞こえてきたのはその時であった。途端に周囲の空気が硬くなり、警察官やSPの動きが慌ただしくなる。
少しの間を置いて車列が見えてきた。何台もの警護用車両に囲まれる中で、オレンジと白と緑の三色旗が掲げられた黒塗りの要人輸送用車両が目に止まる。
警備車両に先導されたそれが2人の目の前で停止した。2人は背筋を伸ばす。車両の周囲にサングラスと黒いスーツを着たSP-何れもウマ娘-が展開し安全を確かめると、分厚い防弾仕様の扉が開き、中からトレセン学園の制服に身を包んだ1人のウマ娘が、育ちの良さを感じさせるエレガントな立ち振る舞いで降りてきた。
有沙と月影は、その姿をまじまじと見つめる。天真爛漫さを感じさせるような作りの顔を両側から包み込むような形状をした栗色の髪は後頭部で一つに纏められ、額の中央部を割るような形で逆三角形に伸びた部分だけが白くなっていた。ぱっちりとした大きな目の中の鮮やかな瞳は、光の加減にもよるが黄色く光って見える。背丈は耳の先端部までを含んでも、有沙の首筋あたりまで。全体としては、年相応の少女と言った感じであった。
彼女の方もこちらに気付いたようだった。2人、ことに月影の方を何度も繰り返し見つめ、穏やかながらも驚きを隠せない表情を浮かべる。
それを見た傍らのSPが、彼女に耳打ちするように話しかける。分かっています、とでも言うような表情で彼女は肯いた。すぐに表情を元に戻し、こちらに向けてゆっくりと歩き出すと、2人の目の前で止まった。
2人は彼女に敬礼する。彼女もまた、左胸に右手を置く文民式の敬礼でそれに応じた。互いに手を下ろしたタイミングで有沙が口を開く。
「初めまして、ファインモーション殿下」優し気な口調で彼女は答えた。「これから貴女のトレーナーを務めることになる、森宮有沙・
「こちらこそよろしくお願いしますわ、キャプテン・モリミヤ」
子供たちに向けて詩を朗読するような声で、アイルランド王国第三王女は答えた。多少の訛りこそあるが、NHKのキャスターですら称賛するであろう見事な日本語であった。「それとも、ミセス・コジマとお呼びした方がよろしかったかしら」
「参ったわね、知っているの」
生徒の悪戯に引っ掛かった小学校の女教師のような口調で有沙は応じた。
「事前に、レクチャーは受けていましたから」
つまりこっちの事は調べ済み、ってことね。流石は王族。抜け目ないったらありゃしない。そんなことを思いながら有沙は答えた。
「じゃあ森宮さん、で頼むわ。私も貴女のことをファイン、と呼ぶから。それと、私に敬語を使う必要は無いわよ」
「じゃあ早速だけど、森宮さん」
「何かしら、ファイン」
「こちらの方を私に紹介していただけるかしら?」
彼女が示した先には背の高さと体つき以外、ファインと瓜二つの顔をしたウマ娘の姿があった。早く終わらせてほしそうな表情を浮かべている。確かに顔だけ見ると瞬時に判別するのは難しいわね、有沙はそんなことを思った。彼女は月影に向き直り、口を開く。
「彼女は私の部下よ。悪いけど、自己紹介してもらえるかしら-返事はいらないし、ファインに敬語を使う必要もないわ、
口調こそ丁寧なものの、実質的な命令を上官から受け取った月影は、それを素早く実行に移した。
「はじめまして、ファイン」妹を見る姉のような表情を浮かべながら彼女は答えた。「月影ひかり・
「こちらこそ宜しく、月影さん」
月影の顔をまじまじと見つめながらファインは答えた。
「それにしても本当に、私と瓜二つだわ-でも、背丈と髪の色で見分けがつきそうね」
「ええ、そうでしょう」出来の良い我が子を紹介する親のような口調で有沙は答えた。「彼女は優秀な戦車兵であると同時に、パリ五輪の総合馬術競技の金メダリストでもあるわ」
「本当?すごいわ、あなた」両手を口元で重ね、感嘆を隠そうともしない表情でファインは答えた。「何か、きっかけでもあったのかしら」
「戦車でパルクールをして大目玉を食らったのを見ていた、体育学校馬術科の教官にスカウトされただけよ-小島一尉と森宮一尉がそのことを知っていたのには、正直驚きましたけど」
後半は拗ねたような口調で月影は答える。彼女にできるちょっとした反抗であった。
「前の部隊の上官に-新城三佐に感謝する事ね」出来の悪い生徒を諭す教師の様に有沙は答えた。「引継ぎの時にもらった考課表に、ばっちり書いてあったわ」
「勘弁して下さい」諦めたように月影は応じた。「それよりも、王女様に渡す物があったんじゃないですか」
「そうだったわね。ありがとう、一曹」
有沙は脇に抱えた化粧箱を開ける。そこには彼女と月影が着ているものと同じジャケットにベースボールキャップが、きれいに畳まれた状態で収まっていた。
「まあ、これを私に」
「よかったら、着てみてもらえるかしら」
有沙の言葉を聞いて、では私が、そう言って先ほどのSPが近づいてくるのを、ファインは手で軽く制する。自分で着ます、その言葉を聞いたSPは失礼いたしましたと言って引き下がった。ファインはそのままジャケットを広げて着こむと、最後に帽子を被る。その姿は一国の王女様と言うより、どこか高校野球の応援団員をする女子高生の様に感じられた。
彼女は着こんだジャケットをまじまじと眺めると、そのまま体を一回転させる。その様子を見ていた者たちの表情が僅かにゆるんだ。
胸元と帽子に付けられた部隊ワッペン、その蹄鉄の中央部を交差する軌跡は最初に作られたものより一本増えており、そこにはファインモーションの名が英語で刻まれている。
「よく似合っているわ」
「本当?ありがとう、森宮さん-ところで」
「なあに」
「これをデザインされたのは、いったいどういう方なのかしら」
「うちの部隊長よ」有沙は答えた。「グラウンドにいるわ。担当している子が、今度の弥生賞に出るから、トレーニングに付き合ってやってるのよ」
「今から会いに行って見ても」
「ええ、一緒に行きましょう-月影一曹、悪いけれど付き合ってもらえるかしら?」
無論彼女に拒否権などあろうはずもない。月影はどこか諦めたような口調で上官に答えた。
「了解しました、森宮一尉」
「そういえば、ファイン」
グラウンドに向かう途中で有沙は尋ねた。3人の周囲は、黒いスーツを着たウマ娘のSPに取り囲まれている。
「なあに、森宮さん」
「両陛下と、内親王殿下にはお会いしたの?」
彼女はそう述べると、この国で最も尊い一族の長とその妻子の名を口にした。
「ええ、この国に来たばかりのときに」たおやかな声でファインは応じる。「お3方ともとてもお優しい方で、英語も堪能で-森宮さんのご実家と、ご家族のことまでお話しして下さったの」
「あら、どんな風に」
「昔からよくお世話になっていた、そうおっしゃっていたわ」
「それはそうよ。うちは代々、あの一族の教育係を務めていたんだから。お陰で一昔前までは伯爵なんて名乗ってたし、今でもこの国ではかなり名の知られた家ではあるわ」
「でも、森宮さんは」
「そう」さっぱりした、とでも言うような口調で有沙は答えた。「私は家の名前に縛られて生きるのが嫌だった。だから
-森宮さん、まるで一番上のお姉さまみたい。
有沙の話を聞きながらファインは思った。
今にして思えば、王族として生まれてしまったのが彼女の不幸なのよね。一番上のお姉さまには、王族としての生まれ持った適性が全くと言っていいほどなかったもの。本人がそれで苦しんでいたのに、お父様もお母様もそれを省みることが無かったから、あんなことになってしまった。
それにしても、何処にいるんだろう。もし会えるのなら、また会いたいな。だって時々、あのお姉さまが羨ましくなるもの。色々と、お話を聞いてみたいわ。
「どうしたの、ファイン」
彼女の様子に気がついた有沙が問いかけてくる。内心をおくびにも出さない声でファインは応じた。
「なんでもないわ、森宮さん-ちょっと、考え事をしていたものだから」
「そう言うことにしておいてあげるわよ」
何かを悟ったような声で有沙は返した。
午後のトレーニングの時間ともなると、学園の練習コースとスタンドは大勢のウマ娘やトレーナー達の姿で賑わいを見せる。何人ものウマ娘達がコースを駆け、トレーナーはその姿をスタンドやコース際で見守り、時には担当を呼び止めてトレーニングの指示やアドバイスを行っていた。
その中に、普通のトレーナーとはいささか毛色の異なる2人の男が混ざっている。
1人は実年齢よりも幼さを感じさせる顔立ちで、手にした双眼鏡とタブレット端末を交互に見比べていた。もう1人は中年ではあったものの、引き締まった身体は真っすぐに伸びて、発散する空気は年齢を感じさせないほどの存在感と若々しさに満ち溢れている。
2人は共にオリーブ色のジャケットをジッパーを完全に開けた形で羽織り、ロゴ入りのベースボール・キャップを頭に被っていた。
「忙しいのに、申し訳ないですね」
傍らに立つ年下の部下に小島は話しかけた。
「気にしないでください、仕事ですから」
息子の問いに答える父親のような声で遠藤は答える。2人の視線の先には色白で長い黒髪を纏った、線の細さを感じさせるウマ娘が芝の上を駆ける姿があった。
彼らは今週末に迫った弥生賞に向け、それに出走する小島の担当ウマ娘-マンハッタンカフェのトレーニングに付き合ってやっているのだった。当の本人には今日の練習メニューを伝え、それが全て終わったら報告しろと伝えてある。
「それはそうとカフェの走りを見てどう思いますか、遠藤准空尉」
「自分はあまりこういうのを見慣れていないので」
専門家ではない、と前置きするように遠藤は答えた。
「詳しいことは分かりませんが、体の使い方自体は悪くないと思います-ただ」
「ただ」
「本格的に良くなるのはもう少し先になるのでは、と」
「それは」
「今年の夏あたりでしょうか」いつの間にか、助教としての目線をカフェに向けている遠藤は答えた。「それを過ぎれば、もっとしっかりした体になると思います。ですので、それまでは無理をさせない方が賢明かと」
その言葉には説得力さえ感じさせられた。過去に何人もの新隊員や幹部候補生を見てきたため、この手の観察眼と予測に彼は長けている。伊達に自衛隊で30年以上飯を食っているわけでは無い、ということだった。
遠藤は続ける。
「本職の方々の言葉を借りるのであれば-そうですな、菊花賞には十分間に会うでしょう。スタミナもありそうですので、彼女にはうってつけの舞台だと思います」
「ありがとうございます、遠藤准空尉」
我が意を得たり、とばかりに小島は答えた。右手に持った端末で後頭部を掻くようにしながら続ける。
「その言葉を聞いただけでも、練習に付き合ってもらった甲斐があるというものですが-彼女がその言葉を受け入れなかったからこそ、自分とあなたは今こうしてここに居るわけでして」
「人を説得するというのは難しい事ですよ、小島
「やめてください、遠藤
「それはそれは」
遠藤もまた笑いながら答える。上官と部下というよりは、父親と息子が言葉を交わしているようであった。
「楽しそうなお話をなさっているのね、お2人とも」
2人の耳に割って入るような声が聞こえてきたのはその時であった。
「わたくしも、混ぜていただけないかしら」
軽く首を傾げて微笑みながら身体の後ろで両手を組み、2人を見上げるような姿勢でファインは答える。それを見た2人は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐ元に戻すと体ごと彼女に向き直る。会話を交わしながらも、微かに気配を感じ取っていたからこそ出来る芸当であった。
思っていたより随分と
「初めまして、ファイン。話は聞いているよ。これからよろしく」
「こちらこそ、小島大尉」ファインもまた、軽くお辞儀をした後で答える。「それとも、階級抜きで呼んだ方がよろしくて?」
「それで頼むよ」軽い笑みを浮かべながら小島は応じた。「部下と上官以外には、階級で呼ばれたくないんでね」
「じゃあ、そのように。ところで、こちらの方は?」
遠藤に視線を向けながらファインは答える。小島は質問に答える教師の様に応じた。
「俺の部下の、遠藤准尉だ」
あえて本来の軍隊形式の階級で彼は部下を呼んだ。言われた方はといえば、さほど気にするそぶりを見せないでいる。それを見たファインは思った。このお2人、随分と信頼し合っているのね。
小島は話を続けた。
「彼は優秀な
彼は遠藤が有する全ての資格をファインに語って見せる。全てを聞き終えた後、彼女は目を輝かせながら遠藤の事を見つめた。
「それは凄いわ」ファインは答えた。「素晴らしい身体能力をお持ちでいらっしゃるのね、遠藤准尉」
「お褒めいただきありがとうございます、殿下」孫娘に話しかけるような口調で遠藤は答えた。「出来れば小島
「でしたら、わたくしの事も殿下ではなくファインと。敬語も必要ありませんが、その辺りはお任せいたします、遠藤さん」
「承知いたしました-これからよろしく、ファイン」
恭しい声で遠藤は答えた。それを聞いたファインはスカートの裾をつまみ、彼に向かって軽くお辞儀をして見せる。
「ここにおられたのですか、殿下」
日本語を母国語としない者特有のくどさはあるが、はっきりとした内容の日本語が聞こえてきたのはその時だった。声のした方を見ると、耳にイヤホンを付けてサングラスをかけ黒いパンツスーツを着た、SPと思しきウマ娘がこちらに向かって歩いて来ている。彼女の動きを見て、軍隊上がりかなと小島は辺りを付けた。
その後ろにはやんちゃな娘を見守る母親のように、微笑ましさと少々の困惑が混ざり合った表情を浮かべる有沙がいる。尤も、その外見は微笑んでいる様にしか見えない。隣には困った表情を浮かべながら頭を抱える月影一曹の姿もあった。小島は苦笑する。
そのとき、寄ってきたSP-振る舞いからしてどうやら隊長格らしい-が遠藤を見て、サングラス越しにも分かるほど顔をはっとさせた。彼もまた、何かに気が付いたような表情を一瞬浮かべ-次の瞬間、何事もなかったかのように元に戻していた。
彼女は動揺と困惑が入り混じったような表情を浮かべながら、恐る恐る遠藤に近づくと、探るような声で彼に話しかける。
「あの、よろしいでしょうか」
「なんでしょう」遠藤は答えた。
「失礼ですが、エンドウ曹長ではありませんか」
「さあ、人違いでは」
平静通りの声。しかしその節々からは、何か隠し事をしていると思しき雰囲気が漂ってくる。
その様子を見た小島は何かを感じ取った。過去の嫌な経験の教訓、そして彼が有する天賦の才の両方が融合することによって培われた能力、その一つであった。
彼は素早く行動に移る。遠藤に向け、口を開いた。
「遠藤准空尉」
「何でしょうか、小島一尉」
「お取込み中のところ申し訳ないのですが、整理の終わっていないデータがあるのを思い出しましてね。分屯基地に戻って整理をお願いできますか。カフェの方は、自分で対応しておきますので」
「了解しました」
培った年期から、上官の意図を素早く察した遠藤は応じ、歩き出す。通り過ぎざま小島に小声で助かりました、そう囁くと足早にグラウンドを後にした。
視線の先では隊長格のSPが小島に、まだ話は終わっていませんと訴えかけるような視線を向けている。
それを見た彼は月影を呼び寄せ、彼女に隊長格のSP-SP隊長と彼は心の中で呼ぶことにした-との話が終わるまでファインの相手をしているように命じた。同時に有沙に向かって、SP隊長を連れてそのままついてくるように伝えると、足早にスタンドの階段を下りていった。
「それで、君と遠藤准尉とはどのような関係なんだ」
スタンドの裏、全く人気のない所に隊長を呼び出した小島は口を開いた。隣では有沙が隊長の方に視線を向けつつ、周囲を警戒している。
「彼が、私の知る『エンドウ曹長』と同一人物であると仮定した場合の話でよろしいでしょうか」
「構わない、君の知るところを話してくれるか」
「私は元々軍隊に-陸軍近衛連隊の一兵卒として軍務に就いておりました」
「
経文を唱えるような声で小島は答えた。アイルランド陸軍の近衛連隊は、かの国の陸軍の中でも精鋭として知られている。
理由については有する称号が如実に物語っているが、この連隊が緊急展開部隊や国際貢献部隊としての性質も持ちあわせていることもまた、その一つであった。
何しろ、アイルランドが多国籍軍やPKOに部隊を派遣する際には真っ先に選ばれる部隊であり、高貴な名称とは裏腹に豊富な実戦経験を有している。
隊長は続けた。
「家が貧しかったので、ハイスクールを卒業してすぐに入隊したのです。軍で勤務した後なら、大学の学費を全額国が持ってくれますし、卒業後には兵役経験者を対象にした、公的機関や一部企業での優先雇用制度もありましたから」
「その辺りの事情はいい。先に進んでくれ」
「分かりました」彼女は答えた。「基礎訓練を終えた後で近衛連隊に配属され2年ほど経った頃、中東に派遣されることになったのです-過激派武装勢力と戦う有志連合軍の一員として」
その話は小島も知っていた。世界三大宗教の一つであり、中東を中心に多くの信者を持つ、サウジアラビアに聖地を置いている宗教。その分派の中でも過激な原理主義的教義を掲げる団体が10年ほど前に中東・イラクの地で国家の樹立を宣言し、武力を持って周辺国への征服戦争を開始したのである。
それに対抗するために周辺国や欧州並びに合衆国の手で有志連合軍が結成された結果、その圧倒的な戦力を前に団体は劣勢となり-最終的には合衆国の特殊部隊が指導者の所在地を強襲し、激しい戦闘の末に彼が家族諸共自爆したことで壊滅した。だが-
「それが『エンドウ曹長』と、どう関係しているんだ」
「現地に派遣された際、その方によく世話になったのです。日系人で、空軍のパラメディックをしているということで応急処置の方法を教えて頂いたり、皆と一緒に他愛のない会話を交わしたり、日本語も話せると言うので簡単な会話を教えて頂いたり-何より、命を救って頂いたこともありました」
「どういうことかな」
「私が所属していた分隊がパトロールに出た際、敵の待ち伏せを受けて包囲状態に陥ったことがありました。その時、近くで墜落したヘリの搭乗員の救出任務にあたっていた合衆国軍の部隊が駆けつけてきて、航空支援を呼んで敵を一掃してくれたのです。その中にはエンドウ曹長も居て、彼が私たちの救出を強く進言したと後から聞きました」
「お礼は言ったのかい」
「ええ。ですが彼は『仕事をしただけだから』と言うだけだったのを、よく覚えています-どこか淡々としていて、まるで
それを聞いた小島は頭の中で、これまでの遠藤のことを振り返る。
-自分が幹部候補生だった頃の助教としての彼。そして今、直属の部下として働く彼。言われてみれば確かに、どこか淡々としていた。そんな人間が空挺レンジャーやら冬季戦レンジャーのような、端的に言って常軌を逸したような内容の課程をクリアして、ウマ娘ですら生身で取り押さえられるような身体能力を持つようになってしまうのだから、人間と言うのは分からない。
そこまで考えた時、六平から遠藤が、かつてラリードライバーになりたいと聞いたことを思い出す。ふと小島は思った。ひょっとしたら、あの人は俺と同じような過去の持ち主なのかもしれないな。
「よろしいでしょうか、大尉」
その言葉で小島は現実に引き戻された。目の前には表情を硬くしたSP隊長の姿がある。横では有沙が、悪い癖が出てるわよとでも言いたげな表情を浮かべている。
謝るように彼は応じた。
「ああすまない、続けてもらえるか」
「承知いたしました」どこか躊躇うような口調で隊長は述べる。「ですが、それが叶おうことは無かったのです」
「何があったんだ」
「私が派遣されて8カ月ほどたったころ、彼は作戦行動の後で、行動を共にしていた合衆国陸軍の小隊と共に、ひどく憔悴しきった顔を浮かべてベースに帰ってきました。気になって声をかけようとしたら、合衆国の憲兵と法務将校が曹長を含む部隊全員を連れて行って-それっきりでした。彼はそのまま、合衆国に戻ることになったのです」
SP隊長の言葉はそこで途切れた。彼女の表情には迷いと苦悩が入り混じっている。この先を言うべきか言わざるべきか、考えている様子であった。
その様子を見た小島は何も言わず、ただ待ち続ける。このような時、急かしても良いことにはならないという事を彼は知っていた。有沙もまた、夫と同じ態度を取る。
暫くして隊長は意を決すると、自分の罪を白状するように口を開いた。
「後から聞いた所-エンドウ曹長と、彼が行動を共にしていた合衆国陸軍の小隊が、民間人の虐殺事件を起こしたと」
その言葉を聞いた瞬間、2人は揃って面食らったような表情を浮かべる。互いに顔を見合わせ、今の言葉が聞き間違いではないことを確かめると、再び隊長に向き直った。
彼女は続ける。
「作戦の途中で立ち寄った集落に民間人が集まっていて-その中に爆弾を体に巻き付けた過激派の戦闘員がいたのです。自爆しようとしたところをエンドウ曹長が射殺したそうなのですが、銃声を聞いてパニック状態になった群衆が小隊に襲いかかってきて-自衛のために発砲した、と」
その話を聞いた小島は思わず、自分だったらどうするかという事を脳内でシュミレートしていた。
-同じ状況に置かれて、発砲しないという判断を瞬時に下せる自信は全くない。むしろ十中八九、どころか九割九分撃ってしまうだろう。自分の生命に危害を加えようとするものを排除しようとするのは、生物としての本能であるからだ。どれほど厳しい訓練を重ねたとしても、それを完全に排除してしまうことはできない。
隊長は話し続けた。
「エンドウ曹長が身に付けていたボディカメラが一部始終を捉えていて、軍法会議ではその映像が証拠となり、正当防衛と緊急避難が認められたことで無罪となったそうです」
「めでたしめでたし、というべきでは無い話だな」
「ええ」葬列を見るような目で彼女は応じた。「私はそれ以来、『エンドウ曹長』には会っていません。その後は派遣期間を終えて本国に戻って除隊し、制度を使って大学を出て、同じように制度を使って今の仕事に就きました。私に言えるのはここまでです」
そう言って、隊長は口を閉じる。沈黙が3人の間に流れた。
-思ったよりもヘビーな話が出てきたな。さて、どうしようか。
小島は思った。だが、隊長の話が事実であるとすれば六平から聞いた、遠藤准空尉の態度の変化についての説明がつく。
何より、過酷な経験が人間を歪めてしまうことを俺は身をもって経験している。この学園にわんさかいる種族のせいで夢も性格も、何もかもが歪められてしまった。
無論その原因となったウマ娘と、今目の前でレースに打ち込むものたちが別々の存在であるのも理解している。それでもなお、ウマ娘を嫌う気持ちが薄れることは無い。
全く、過酷な経験が人間を成長させるなんて、嘘っぱちにも程がある。艱難辛苦汝を玉にす、ではなく、汝を歪にすと言った方が正しいな。
そこまで思ったところで、自分の思考が話の本筋から随分と脱線してしまっていることに彼は気がつく。
いかん、俺の悪い癖が出た。元に戻ろう。ええと、確か『エンドウ曹長』と、遠藤准空尉が同一人物とかいう話だったか-
そこまで考えた瞬間、小島は自分の背筋が凍り付くのを自覚する。自分の脳裏に浮かんだ事態が、自らに与えられている権限で対処できる範囲を大幅に逸脱していることに気がついたからだった。
(畜生、なんてこった)
彼女の話が本当だとすれば、どうにも厄介なことに足を突っ込んじまうことになるぞ。ふと有沙の方を見ると、胸の前で腕を組みながらいつになく真剣な表情をしている。彼女もまた、自分と同じ結論に達したことを小島は瞬時に理解した。
不意に視線が合う。考えるよりも先に言葉が飛び出ていた。
「どうする、おい」
「どうするもなにも、言うしかないでしょ」
有沙は氷の女王のような表情を浮かべて答える。事の重大性を十二分に理解していることが、はっきりと分かる声色であった。
「それしかないか。全く、指揮官ってのは損な役回りだ」
「もらってる金の分、きっちり働きなさいな」
「分かったよ」
言葉を交わす2人の表情と声のトーンを聞き、隊長は自分が厄介ごとを持ち込んでしまったことに気がついていた。言わない方が良かったかな、彼女はそんなことを思う。しかし、直ぐにそれが意味のない思考であることを理解し、頭の中でその考えを振り払った。
隊長は意を決して表情を固め、背筋を伸ばす。会話を終えた小島と森宮が揃って自分に向き直る。2人とも、つい20分ほど前までの態度が嘘のように、真剣そのものの表情を浮かべていた。それを見た彼女は生唾を飲み込む。
少しの間を置いて小島が、まるで核兵器の発射命令を下す最高指揮官のような口調で隊長に答えた。
「申し訳ないが-君の話を聞く限りでは、俺たちのレベルでどうこうできる範囲を大幅に上回っていると判断せざるを得ない」
「そう、ですか」
状況を半ば予期していたように隊長は応じた。その声にはどこか無念さも入り混じっている。
「残念だけど、私もそう思うわ」有沙も答えた。「これは多分、政治レベルの話になるんじゃないかしら。だとしたら、私たちには何もできないわよ」
「『エンドウ曹長』の件は、そこまで高度な問題ということでしょうか」
「俺の上官に聞けば何か知ってるとは思うんだが-聞いた所で、教えてくれる可能性は皆無に等しいだろうからな」
「小島君の言うとおりだよ」場違いな声が響いてきたのはその時だった。「その辺りはまあ、
聞こえてきた方向に3人は視線を向けると、そこには真田と矢沢の姿があった。何れも海自の冬用制服を着こんでいる。
その姿を見た小島と有沙はもう慣れた、とでも言いたげな表情を浮かべながら背筋を伸ばし、対外的にはアドミラルと呼ばれる地位にあることを示す階級章を付けた小太りの醜男に敬礼する。隊長もまた、軍隊時代に染みついた癖でそれに倣った。真田が持つ階級は、対外的にはそれほどの重みを持つものであった。
「驚かんのか」
答礼しながら、悪戯に失敗した悪餓鬼の様な口調で真田は尋ねる。軽口をたたくように小島は返した。
「もう慣れました」
「相変わらずだな。まあいい」
真田もまた軽い調子で答える。一方、2人の様子を見ていた隊長は驚きを隠せていない。
当然であった。彼女が軍人であったときに、将官と尉官が軽い口調で言葉を交わす姿など見たことが無かったからだ。
このような場合、双方の間に緊張と威厳が漂っているのが当然とも言える。しかし、この2人の間にはそれが存在しない。まるで親戚同士が語らい合うかの如く、互いに言葉を交わしている。どういうことなのだろうか。
その様子を見ているうちに、先程まで小島に抱いていた感覚がどこかへ消えてしまっていることに隊長は気がついていなかった。
2人は会話を続けた。
「ところで、何故ここに」
「王女様にご挨拶をと思ってね。来ているんだろう」
よくスケジュールを知っているな、小島はそこまで考えたところで、大本の話を持ってきたのが目の前の男であることを思い出す。まあ、それなら仕方がないか。彼は思った。
「自分について来ていただけますか」
「分かった、案内したまえ」
上官の返事を聞いた小島は歩き出す。真田もまた、小太りの体躯を揺らしながら歩いていく。矢沢と有沙、そして小島と真田の関係性に疑問を覚えたままのSP隊長もそれに続いた。
階段を上ってスタンドに出ると、解放感に満ち溢れた場所の片隅で、ファインが月影と姉妹の様に語り合っているのが見える。その周囲では幾人ものSPが周囲に目を光らせていた。高貴な生まれと言うのも大変なものだな、それを見た小島は思った。
真田らを伴って彼女に近づいていると、月影がこちらの姿に気がつく。ファインもまた同時に振り向いた。真田と矢沢に気がついた月影は、途端に鉄の棒を飲み込んだような視線を取り、敬礼する。2人は答礼で応じ、彼女の傍らに立つウマ娘に視線を向けた。一部を除けば、まるで双子の姉妹のように瓜二つな外見。だが、置かれた立場と身分には天と地ほどの差がある。皮肉なものだ、小島は再び思った。
彼の視界には、真田が2人の方へ歩み寄っていく姿が映し出されていた。
真田の姿を見たファインは目を丸くし、ローマ軍団の姿を初めて目の当たりにしたケルト人戦士のような表情を浮かべていた。
当然である。立場上これまで何人もの軍人の姿-将官クラスもそれなりの数-を目にしてきていた彼女であったが、それらと真田とでは肩に付けられた階級章と外見が、全くと言っていいほど不釣り合い極まりなかったからだ。
そのような様子を見せるファインを気にも留めずに、外見からは想像できないほど穏やかな声で真田は口を開いた。
「初めまして、王女様-それとも、小島君の様にファインと呼んだほうが良いかな」
醜男そのもの男から発せられた声をきいたファインは、一瞬驚いたような表情を浮かべる。だがすぐさまそれを修正すると、これまで王族として受けてきた教育の中で培われた、高貴な身分に相応しい立ち居振る舞いを遺憾なく発揮して見せた。
自国民と普段接する時のような笑みを素早く顔に浮かべ、同時にスカートの裾を両手でつまんで軽く持ち上げると、膝を軽く曲げながら浅い角度で真田に頭を下げ、口を開く。
「それで結構ですわ-初めまして、Lear Admiral・Sanada。今後ともよろしくお願い致します」
それを聞いた真田はどこかこそばゆいものを覚えたような表情を浮かべると、不細工というものを体現したような顔に、目の前の王女と同じような-と言うよりは野獣の微笑みのようであったが-にこやかな笑みを浮かべて見せた。
「こちらこそよろしく、ファイン-森宮君」
そう言って真田は有沙の方を振り向く。自然な流れで彼女はそれに応えた。
「なんでしょう」
「君もこっちに来たまえ。3人で一緒に話をしようじゃないか」
「よろしいのですか」
「命令だ」
上官の、職権濫用とも取られかねないような言葉を聞いた有沙は、背筋を伸ばしたままの月影を視界に入れると、どこか諦めたように応じた。
「それでは仕方ありませんね-月影一曹、申し訳ないのだけど指示があるまで離れていてもらえるかしら」
「了解しました、森宮一尉」
彼女はそう言ってその場を離れた。
「失礼ですが、大尉」
「なんだい、隊長さん」
普段自衛隊で使われる物とは異なる、軍隊式の階級呼称を気にも留めないふうに小島は応じた。2人の視線の先には談笑する真田とファイン、そして有沙の姿がある。
「様子を見ていて思ったのですが-真田少将は、本当にアドミラルなのでしょうか」
未知の生物を目の当たりにしたような表情を浮かべながら隊長は答えた。彼女が何を言いたいかは彼にも理解できている。階級(と体格)の割にフットワークが軽すぎやしないか、という事であった。
無理もない。真田の姿と行動は、世の中の人間が提督と言う人物に対して抱く一般的なイメージからは全くかけ離れたものであるからだ。
何しろ、国の規模によっては軍の総司令官になってもおかしくない階級にある人間とは思えないほど、真田からは指揮官としての威厳というものを感じられない。そう言うものを放ってすらいない。
真田とファインが語らう光景もまた一国の王女と提督との会話ではなく、傍から見れば、不細工だが親切な顔見知りのおじさんが親戚の女の子と他愛のない会話を楽しんでいる様にしか見えないのだ。
「言いたいことは分かるよ-だけれどな」はっきりとした声で小島は答えた。「ああいう態度こそ、あの人が持つ最大の武器なのさ」
その言葉を聞いた瞬間、隊長は違和感を覚えた。目の前の男が一瞬、真田忠道のように見えたからだった。
まさか、と思って見返す。元に戻っていた。何なのだろうか今のは、そう思いながら隊長は言葉を返した。
「少将のことを、随分と評価していらっしゃるようですね」
「個人的には好きじゃないが-俺は個人的な好悪と仕事の評価とは分けて考える人間でね。少なくとも、今までに出会った上官の中で俺のことを最も評価してくれる上官だとは思ってる」
流すような目をしながら小島は答えた。その表情はどこか笑っているようにも見える。
「楽しそうですね、大尉」
「悪くはないさ」自分の着ている服をつまみながら小島は答えた。「少なくともここに来てから、俺の懐は随分と温かくなったからな。大学を出て、これを着る以外に仕事が見つからなかったから仕方なく入った人間からすれば、思ってもいなかった喜びだね」
「お金、ですか」
理解できる、とでも言いたげに隊長は答えた。彼女もまた、小島と同じような理由で軍に入隊した人間であるからだった。
「ああ」世捨て人の様に彼は答えた。「有沙と隆俊と親兄弟親戚を除けばそれしか、俺はこの世で頼るべきものを持たないからな」
「ご家族を大切になさるのは、良いことだと思います」
他愛のない会話に興じる主を見つめながら隊長は答えた。護衛対象としてではなく、妹を見守る姉のような視線でファインを見つめているのがサングラス越しにも見て取れる。
彼女は続けた。
「王家と言えど、家族がらみの揉め事と無縁という訳ではありませんから」
小島は軽く肯いた。現アイルランド王家が抱えている問題については、彼の耳にも入っている。どこも似たようなものだな、彼はそう考え、言葉を返した。
「第一王女殿下の件については、俺も聞き及んでいる。だが今は、いかにしてファインがこの学園で楽しく過ごせるか、それだけを考えるべきだと思うよ」
「ええ、そうですね-本当に」
遠くを見つめるような目つきで隊長は答える。小島の言った通りにしてやりたい、と言う気持ちと、ファインの立場が本当にそれを許すのか、と言う間で気持ちが揺れ動いているのが口調にはっきりと表れていた。
当然である。王族と言うのは、つまるところ永遠の牢獄に囚われた自由の無い籠の鳥に過ぎない。全国民からの敬意と引き換えに、国を取りまとめるための贖罪羊であることを強制的に、生涯を通じて義務付けられる運命にあるのだ。そしてそのために本人の意思とは関係なく『王族らしく振る舞う』ことが求められ、そこから『適度に逸脱』すること以外は許されない。
そのような事を考えると、小島が言ったような事をさせてやりたくとも、『適度な逸脱』の範囲を超えてしまうのではないか、そのような懸念の方がどうしても先に出てしまう。
「君の懸念はよく分かるさ」隊長の内心を見透かしたような声で小島は答えた。「だが彼女は王女様である前に、1人の少女だ。そういう時分にしかできない、かけがえのない体験をさせてやることが俺と森宮一尉-失礼、大尉に与えられた
「殿下の置かれた立場については無視すると」
「その通りだ」断言するように彼は応じた。「だからこそ、俺たちはファインを王族としては扱わない。1人のウマ娘として他の者と平等に扱う。これは
「よろしいのですか」
「なに、いざとなったらあのおっさんに後始末を頼むさ」真田に視線を向け、笑いながら小島は答えた。「何もかもきれいさっぱり吹き飛ばしてくれる。あの人はその手の事にかけては超一流だ」
その言葉を聞いた瞬間、隊長は先ほど目の前の男に抱いた感覚に加え、彼と真田との関係性に抱いた違和感、双方の正体が何であるかを理解した。それに続けて、可笑しさと妙な納得感が自分の中から湧き上がってくるのに気づく。
-ああ、そう言うことならすべて納得が行きます。よく考えてみれば、単純かつ当たり前のことじゃないですか。なんでそんなことに気がつかなかったんだろう、私。
隣に立つ男と、自分の護衛対象と談笑する醜男を見比べながら彼女は思った。あまりの可笑しさに、自分でも自覚してしまうほどに表情が緩む。それを見た小島が隊長に問いかけた。
「どうかしたのか」
「なんでもありません」
彼女はそう答え、表情を元に戻した。この時、彼女が小島に抱いた感覚を端的に言い現わすと次のようになる。
小島と真田は同類以外の何物でもない-そういう事であった。
2人の目の前では3人の会話が続いていた。矢沢は相変わらず、真田の傍に控えている。そんな様子を見ながら、隊長は改めて小島に向き直った。
「大尉」
「なんだ、隊長さん」
「留学の間、殿下のことをどうぞよろしくお願い申し上げます」
「心得た」彼は応じた「有沙-と、森宮大尉にも同じことを言っておいてやってくれ。なにしろ、ファインの担当は彼女だからな」
私的な時の呼び名で第三王女の担当トレーナーを呼び掛けた目の前の男に、隊長は微笑ましさを抱いた。2人が、羨ましさを覚えるなどという言葉で表現できる次元を超越するほど仲の良い夫婦であることは、彼女もまた理解していた。
「後程、そうさせて頂きます」
「頼んだ-とはいえ、俺たちが出来る事にも限界がある。だからこそ、君たちが君たちにしか果たすことの出来ない役割を担ってくれることを、俺は期待している」
「それについては、問題ありません」自分に課せられたミッションを思い出しながら隊長は答えた。「我々が誓って、殿下の
「そうか-では、隊長」
「なんでしょう、大尉」
「改めて、よろしく頼む」
小島はそう言って背筋を伸ばす。そして普段の彼を知る者からすれば、まるで別人が乗り移ったかのように見えるような態度で、自衛隊の礼則に完全に合致した、目が覚めるほどに見事な敬礼を彼女に送って見せた。
それを見た隊長もまた、小島に答礼を返す。そして、自らの主に対する誓約の履行を宣言した男に向け、これ以上無いほどの端的な言葉で、自分に課せられた義務の履行を宣言してみせた。
「承知致しました、大尉」
ちなみに馬券の方はちょこちょこ当ててます。
・・・なお、今年の上半期G1はオークス以外全滅でした。かしわ記念とさきたま杯は当てましたが。
函館記念でハヤテノフクノスケ軸のワイドをダブル的中させた時には三連複にしとけばよかったと後悔しました。そして一昨日昨日(7/19・7/20)で3万近くスリました。
(なお、懲りずにマーキュリーカップにも突撃する模様)
・・・そんなことやってる暇があるなら書けよ、と言うお叱りはごもっともですが-敢えて言わせていただきます。
「これくらい気晴らししてなきゃ転職活動なんてやってられるか!!」
・・・本当、早く転職決めたい。
合間を縫ってちまちま執筆の方は進めますので、どうか気長にお待ちいただけますと幸いです。