トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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前回より1月近く経ってしまいましたが、第2話の後編になります。

なんでこんなに投稿が遅れたのかと言えば、2話を前編と後編に分割した後で「ちょっと物語としての整合性が取れないな」と考えた結果、後編を半分以上加筆修正する羽目になったからです。

それではどうぞ。


第2話 着任・後編

トレセン学園のカフェテリアは、カフェテリアというより洒落たフードコートのような雰囲気を持っていた。そこに到着すると小島は隊のメンバー全員にしばらくの自由行動を許可し、有沙と共に注文の順番を待つ列へと並んだ。

 

丁度昼食時ということもあり、菫色を基調としたセーラー服タイプの制服を着こんだウマ娘たちや、この学園で働く教職員らでカフェテリアはごった返している。そのような中で自衛隊の制服を着こんだ人間というのはどうにも異質な存在として見られているらしく、先ほどからウマ娘人間問わず頻繁に視線を向けられていた。

 

(まあそんなもんだろうな)

その様子を小島は慣れたように観察していた。彼自身、3歳年の離れた姉におよそ女性の現実というものを何度も見せつけられたため、女性に対して妙な幻想を抱いてはいなかったし、何より京都にある中高一貫どころか幼稚園から大学まで、およそ学校と名の付くものは一通り存在するミッション系の女子校の卒業生である妻に女子校についての様々なレクチャーを(表の面についても裏の面についても)受けていたため、特段動じることは無かった。

 

職員証と一体になったICカードを券売機にかざし、様々な種類の料理の名前と写真が表示されているタッチパネルの中からメニューを選ぶと、出てきた食券を手にカウンターへ向かう。食券を厨房の人間に渡すと、少々の待ち時間のあとで、野菜サラダとチキングリルにハンバーグ、更には焼いたハーブソーセージが全て一枚の大きな皿に盛られて出てきた。それらと合わせてライスとコンソメスープ、更にはデザートとして小さなフルーツパフェが添えられている。

一枚のトレイの上に乗せられたそれらの料理を持っていこうとした時、後ろで驚愕の声が上がった。見ると、彼の妻が注文した内容に厨房の人間が戸惑っている。

「あんた、本当にそれでいいのかい」

「ええ」

「見たところ普通の人間だろう。そんなに注文してまともに食べきれるのかい」

厨房の人間が戸惑うのも無理はなかった。何しろ彼女が注文したのは幾重にも重ねられたハンバーグの中央を1本の焼きニンジンが貫いているエキセントリックな料理に、巨大なボウルにこれでもかといわんばかりに盛りつけられた大量のポテトサラダ、更には茶碗を通り越して丼のような器にうず高く盛りつけられた大量のご飯に、これまた巨大な器に盛られた野菜スープ、デザートとしてバベルの塔のごとくそびえる巨大なパフェといった、ウマ娘-それも大食漢のウマ娘が注文することを想定して用意された、並みのウマ娘ですら食べられるかどうか怪しい量の食事を、見てくれは普通の人間に過ぎない彼の妻が注文したのだ。妙な目で見られるのも無理はない。

 

まあ普通はそう思うわな、小島は思った。だが生憎、俺のカミさんは色々と普通じゃないからな。この場にいる全ての者に自らの視野の狭さを思い知らせるにはよい機会だ。そう考えた彼は妻に助け舟を出すことにした。

「すみませんが、彼女の注文通りに作ってくれませんか」

「なんだいあんた」

彼の声を聞いた厨房の人間は小島のことを愚か者でも見るような目つきで見たが、小島はそれを無視して答えた。

「彼女でしたらこの程度、平気で平らげますので」

「何があっても知らないよ」

「ご自由に」

それを聞いた厨房の人間は2人を呆れたような態度で見ながらも、注文通りの料理を作るべく厨房の奥へと向かっていった。

 

小島と向かい合わせの席に座った森宮有沙の下に注文した料理が運ばれてきたとき、周囲のウマ娘(更には人間までも)の殆どが疑いを隠すこともない表情でこちらを見つめていた。あんな量、普通の人間に食べられるわけがない。そんなことを言うウマ娘すら複数いた。

だが、そのような周囲からの懐疑は程なくして驚愕に変わった。なぜならば、並みのウマ娘ですら食べきれるかどうか怪しいほどに盛られた食事を、ウマ娘でもないただの人間の女性(森宮有沙)が彼女の育ちの良さを示すかの如く、食事における礼儀作法を完璧にこなした上で次々と平らげていったからである。

君たち(ウマ娘)の常識だけで人間を判断するからそうなる。周囲の様子を見た小島は思った。自分の身の回りに存在しないからといって、世の中全てに存在しないと判断することは出来ない-そのことを周囲のウマ娘たちは身をもって体験することになった。

 

最も彼自身、初めて(プライベートで)有沙の食事の様子を目にしたときは周囲のウマ娘たちと同様の反応を示したし、その時は彼女を生涯の伴侶として選ぶとは微塵も思っていなかっただけに尚更であったが。

そのような周囲の反応をよそに、森宮有沙は実に楽しげな表情を浮かべながら、気品すら感じさせるほど優雅かつ上品に食事を口に運び続け、食器に占める料理の割合は短時間で指数関数的に減少していった。その様子を見ながら彼も自分のペースで食事を続け、双方ともにほぼ同じタイミングで料理を全て平らげてデザートに挑みかかったとき、不意に声が聞こえてきた。

 

「すみませんが、隣の席に座ってもよろしいでしょうか」

 

声が聞こえてきた方向に小島が顔を向けると、そこには食事の乗ったトレーを持つ2人のウマ娘がいた。話しかけてきた方は腰まで伸びた茶色の長髪に、焦げ茶の前髪の中に白い一房を垂らした大人びた風貌の持ち主であり、もう片方は首筋まで切りそろえられた黒髪に切れ長の、涼し気な目つきをしていた。目元はアイシャドウで赤く縁どられている。そのような2人を一瞥すると小島は口を開いた。

「構わんぞ」

「ありがとうございます」

そう言うと2人は、小島と森宮が座る席とはテーブル一つ分離れた隣にある、2人掛けのテーブルに向かい合わせで座った。いつの間にか、近くのウマ娘らが小島達から距離を取っていた。会長と副会長よ、そのような声が周囲から聞こえてくる。見ると、多くのウマ娘が羨望と思慕が入り混じったような視線を目の前の2人に寄せていた。

 

まるで少女漫画だな、その光景を見た小島は思った。まったく、現実は空想よりも奇なりというが、そのような光景を目の前で見せつけられるとは思っちゃいなかった。

 

そのような彼の思考をよそに目の前のウマ娘-長髪の方-が食事をしながら話しかけてきた。

「お話は理事長から伺っています」

「そうか。それで君たちは何者だ」

小島のその言葉に2人は顔を見合わせた。『7冠の皇帝』と『女帝』の名と顔を知らないものがこの世に存在することを信じられなかったからである。

「失礼ですが、私と彼女のことをご存じないのですか」

『7冠の皇帝』は問いかけた。

「うん、知らない」

小島は無邪気な子供のように答えた。実際にはこの2人についても、真田と()()()()()()に頼んで集めた情報を用いてあらかじめ予習を(有沙と2人で)済ませておいたのだが、そのことはおくびにも出さずにいる。彼は話を続けた。

「俺も彼女も、君たちが走る姿に全く興味を持てない人間でね。もしそのような人間が存在することを信じられないというのならば、俺と彼女がそのよい例だ」

大衆を啓蒙する知識階級(インテリゲンチア)のような態度で小島は答えた。

「あなたたちのような人間を見たのは初めてです」

軽い不快感を持った口調で『女帝』の方が答えた

「光栄だね。ではとりあえず」

彼女の感情を意にも介さず小島は言葉を返した。続ける。

「君たちのことについて教えてくれ。そうでないと君たちをどのように呼ぶべきか分からないのでね」

その言葉に応じたのは『7冠の皇帝』であった。

「では、お見知りおきいただきましょう」

そう言うと彼女はバルコニーで演説でもするかのように言葉を紡ぎ始めた。

「私はシンボリルドルフ。この学園で生徒会長を勤めています。そして私の目の前に座っているのが-」

「エアグルーヴです。副会長を勤めております」

2人の話を聞いた小島は、顔は2人の方を向きながらも目だけを自分の細君の方に動かし、口を開いた。

「ありがとう-そういうことらしいぜ、元生徒会長さま」

その声を聞いたルドルフとエアグルーヴは一瞬顔を見合わせると、ほぼ同時に小島と森宮の方に振り向き-エアグルーヴが口を開いた。

「どういうことなのでしょうか」

「彼女は中学高校と生徒会長を勤めていたのさ」

小島は細君を指さしながら答えた。有沙もまた、無邪気な少女のように返事を返す。

「そういうこと。最も会長としての仕事はほとんどサボったけどね」

その言葉を聞いたエアグルーヴは呆れたように答えた。

「生徒会長とは思えない行状ですね」

それに対して有沙は異端審問官を論駁するプロテスタントのように応じた。

「ええと、エアグルーヴちゃんでよかったかしら」

「何でしょうか」

「私の行動をどう解釈するかはあなたに任せるけど、表面的な事象だけで他人の行動を評価しようとするのはやめたほうがいいんじゃないの」

「どういうことでしょうか」

「上辺の飾りは人を欺くって言うじゃない」

英国人の劇作家が書いた戯曲の一節を引用して有沙は答えた。

「表面的な事象だけで判断を下すと、本質を見誤るわよ。他人を評価するなら、少なくとも行動原理を理解した上でしてほしいものね」

「では改めて聞きましょう」エアグルーヴは答えた。「何故あなたは学生時代、生徒会長として真面目に仕事に取り組まなかったのですか」

「やりたくもないのにまわりから無理やり押し付けられたからよ」

有沙は簡潔明瞭極まりない言葉で断言した。

「自分から進んで手をあげたのならともかく、やりたくないのに勝手に押し付けられたものを真面目にしてやる義理なんてないわ」

「それでも、選ばれた以上は全力で職務に取り組むべきでは」

「土のない所に種をまいてどうするの。育つわけが無いじゃない」

有沙の言葉を聞いたエアグルーヴは押し黙った-そしてその直後、何気なしに有沙が発した言葉を聞いた彼女の背筋は凍り付いた。

()()()()()()()()なら、分かってもらえると思うのだけれど」

 

(どういうことだ)

エアグルーヴは思った。なぜ彼女は私の好みを知っている。少なくともこの学園の外で話したことは無い。一体どうやって。

見るとルドルフも、目の前で起こっていることに混乱を隠し切れていない。そのような2人の様子を見て何かを感じ取った有沙は、悪戯に成功した子供のような表情を浮かべ、左目でウィンクをしながら答えた。

「女の秘密よ」

「まだ何も答えておりませんが」

どうにか動揺を抑え込んだ口調でエアグルーヴは答えた。

「エアグルーヴちゃんが困ってそうだったから、助け舟を出してあげたの」

「どちらかと言えば火をつけた船では」

「大人の助言は鵜呑みにしないまでも、聞いておくべきだと思うのだけど」

有沙は坂東武者を蔑む公家のように、自身が持つ京女としての本領を発揮しながらエアグルーヴに言葉を返した。

 

怖ぇ女だ、小島は目の前に座る最愛の女性を見ながら思った。と同時に、初対面であまりやりすぎない方がいいかなとも思った。そのような、論理というよりは感情の部分が強く働いた結果として自身の脳内で引き起こされた処理に従い、彼は命令的に口を開いた。

「そのくらいにしておけ、有-森宮一尉」

「分かったわよ、隆-小島一尉」

有沙はここからが面白いところだったのに、とでも言いたげな表情を浮かべていたが、目の前にいる男の言葉に従って矛を収めた。

「そういうことだから、この話はここまでにしましょう、2人とも」

「そうして頂ければ幸いです」

エアグルーヴは安堵したかのように答えた。その後でルドルフが口を開いた。

「そういえば、お2人のお名前を伺っておりませんでしたが」

そういえばそうだったな、小島は思った。向こうが名乗ったのだからこちらも名乗っておかなければいけない。そうしなければ礼を失することになってしまう。

小島は口を開いた。それに続いて有沙も答える。

「小島隆史、航空自衛隊一等空尉。トレセン学園分屯基地司令兼トレセン学園分遣隊隊長として本日付で着任した。以後よろしく」

「森宮有沙よ。階級はこいつと同じく一等空尉。分屯基地副司令と分遣隊副隊長を兼任しているわ」

「一等空尉とは、どれほどの階級なのですか」

「上から数えて7番目と言ったところだな。まあこの学園にいる限り、いちいち気にしなくていい」

「そうですか。ところで」料理を口に運びながら、探るようにルドルフは答えた。「自衛隊から来られた方はお2人の他にもいると伺いましたが、どちらにおられるのですか」

「知らない」

関心が無いように小島は応じた。

「どういうことでしょう」

「昼飯時だから自由行動を許可した。それともなんだ、君たちは部下に飯の食い方まで一々命じておけとでもいうのか」

そのような小島に対し、今度はエアグルーヴが問いかけた。

「部隊長であるならば、部下の行動を常に把握しておくべきでは」

(さっきの有沙との話を聞いていた時にも思ったが)

真面目すぎるなこいつ(エアグルーヴ)。小島は思った。真面目であること自体は悪くない。だが、場合によってはマイナスに働く。彼はそのことを、今までの人生でいやというほど思い知らされていた。そこで彼は、自分なりのやり方でエアグルーヴに訓戒を垂れることにした。

 

「俺は命令を下したら、定めた方針に反しない限り細かい行動は部下の裁量に任せているんでね」

お前は何を言っているんだとばかりに小島は答えた。

「部下の行動をその一挙手一投足まで見張るのは、部下を信頼していないというようなものだ。エアグルーヴといったかな、君は四六時中監視される中でまともに仕事を行えるというのか。そうであるのならば、その方法をこの浅学非才で君たちより身体能力に劣る人間に是非とも教えてもらいたい」

エアグルーヴは言葉に詰まった。畳みかけるように彼は話を続ける。

「この学園は、学生の自主性を重んじるのだろう。そのような学園の生徒会副会長ともあろうものが石頭でどうするんだ」

「私が石頭だというのですか」

「その通り。君は真面目すぎるきらいがある。悪いことではないが、時にはリラックスしたまえ。()()()()()()()()()()

その言葉を聞いた瞬間、エアグルーヴの背筋は再び凍り付いた。

 

暫しの動揺の後、彼女は気持ちを落ち着かせ、思考を再開する。

-どこまでこの2人は私のことを知っているのだ。彼には先ほど助け舟を出されたことで悪い人間ではないと思ったが、前言を撤回しなければ。

この2人は理事長から聞いたとおり、ただものではないのかもしれない。第一こんなことをして何がやりたいのだ。意味が分からない。私について知っているということはひょっとして会長のことも色々と調べ上げているのではないのか?それが正しかったとしてなんのために?

彼女の思考はメビウスの輪に捕らわれていた。

 

ちょっとやりすぎたかな、エアグルーヴの態度を見た小島は軽く後悔していた。有沙との会話を聞いた後であったため最初は軽い忠告程度で済ませるつもりだったが、気がついたら半ば無意識のうちに先述の言葉が口から飛び出ていた。

「あなたについてこういうことを知ってますよ」、その程度のつもりで言ったのだが、相手はそこに何かの深い意味があるんじゃないかと勘ぐって困惑しているのだろう。悪いことしちまったな全く。しかし、こういう時に限って他人の気持ちやら内心やら立場といったものを理解できるようになるのはなんでなんだろうな。日常生活や普段の仕事じゃやろうと思っても中々できないのに。自分でもその辺が全く分からん。

エアグルーヴとはまた違った意味で、小島隆史も彼女同様思考のループに突入していた。

 

 

-予想以上だな。

副会長の困惑した様子を表情と態度から感じ取ったルドルフは思った。

予め理事長から接触するときは気を付けろと言い含められていたが、まさかここまでとは。

(だとすると)

私のことも同じように調べ上げている可能性が高い。そこまでして何がしたいのだ。少し聞き出してみよう。

彼女は口を開いた。

「失礼ですが」

「えーと、シンボリルドルフで良かったか。何だ」

思考の堂々巡り状態であった脳の回路を発声に切り替えながら小島は答えた。

「私たちのことをよく存じ上げているようで」

「予習は大切だからな。相手のことを調べ上げるのは、俺たちの仕事じゃ基本中の基本でね」

「どのようにして調べ上げたのか、非常に興味深い」

「残念ながら防衛機密だ」

言えるわけねーだろそんなもの、とでも言いたげに小島は答えた。内心では真田忠道と()()()()()()の情報収集能力に感心している。あのおっさんとお義父さん、その方面はすげえんだよなあ。

「それならば致し方ない」

諦めませんよとでも言うふうにルドルフは答えた。続ける。

「理事長から伺いましたが、いきなり畑違いの事をしろと言われて大変なことでしょう」

心中お察しします。彼女はそう言葉を締めた。勿論本心からの言葉ではない。

「他人のことよりも、自分のことを心配した方がいいんじゃないか」

何が言いたいんだお前は、とルドルフの言葉に思いながら小島は答えた。

「どういうことでしょう」

「君の実家は()()()()()()を抱えているそうだな-内にも外にも」

 

-そこまで知っているのか。全く持って油断ならない。ルドルフは一族の、ビリヤード好きなとあるウマ娘(シリウスシンボリ)のことを思い出しながら答えた。

「なにがおっしゃりたいのですか」

「他意はない。ただ、揉め事は早めに解決しておいた方がいいというだけだ」

そうしておかなければ面倒なことになるぞ、小島はそう続けて言葉を切った。

「肝に銘じておきましょう」

ルドルフは心の中で舌打ちをしながら答えた。目的を達成することが出来なかったからだ。

(-ならば)

別の方法を使って聞き出すことにしよう。そのようなことを頭の中で巡らせた彼女は口と思考回路を接続し、言葉を紡ぎ出した。

「それでなのですが」

「何だ」

「もしよろしければ、この後で他の方々と共に生徒会長室にお越し頂けないでしょうか」

もう一人紹介していない者がおりますので、彼女も交えた上で是非親睦を深めて頂きたい。ルドルフはそう続けた。2人の意図を他のメンバーがいる中で直接話して見抜くことにしたのだ。

「それは光栄だね」舞台俳優のように小島は応じた。「喜んでご招待に応じよう」

「お待ちしております」

そう言って、いつの間にか空になっていた食器を片付けるためにルドルフとエアグルーヴは席を離れた。

 

「あの2人をどう見る」

シンボリルドルフとエアグルーヴが去った後で、小島はデザートのパフェをつつきながら妻に話しかけた。双方ともに、自分たちの言葉が2人にどのような影響を与えたかについては全く分かっていない。

「2人とも典型的な有能な働き者、といったところかしら。それでいて真っすぐで、自分の理想を信じていて、自分のしていることを疑わない-見た感じ、悪い人間ではなさそうね」

良人と同じようにデザートをつつく-と言うよりは頬張っていた彼女は答えた。

「おまけに輝かしい実績も持っているときた。大抵の人間は悪い印象を抱かないだろうよ」

小島は皮肉を言うように返した。

「あんたはどうなの、隆史」

「悪い奴じゃないとは思う。が、どうもああいうタイプは好きになれない。あまりにも聖人君子すぎる」

「どうして」

「中学時代に俺を地獄のような目に合わせたウマ娘は、あの生徒会長みたいなやつだったからな」

「そう言えばそうだったわね」

有沙は答えた。お互いに、本人にとってどれほど不愉快な事であっても過去のことは正直にさらけ出している。そのような形で互いに信頼関係を築き上げた結果、二人は男女の仲、ひいては現状の関係に至ることが出来たのだった。

「それ以来、俺は第一印象だけで人を判断しないようにしているのさ。見目麗しくて清潔感があって、輝かしい実績を持った弁舌の立つ奴の言うことを、大抵の人間は疑うことなく信じた挙句コロッと騙されるからな」

それに対して有沙は、信者の懺悔を聞いた牧師のように答えた。

「話を聞いてみた限り純粋すぎて視野が狭そうな印象は受けたし、そのことに無自覚なようには見えたけど、あの2人は悪い子じゃないと思うわよ」

有沙は答えた。彼女は隆史のような目に合ったことがないため、他人を信じるということに関しては彼よりもハードルが低かったのである。

「リア王よろしく道化を傍に侍らせた方がいいと思うが」

「いるんじゃないの。役割を果たせているかは別として」

「塩を用意した方がいいかもしれんな」

不信感を露わにしたような声で小島は答えた。それに対して、まったくこいつはとでも言いたげに有沙は口を開いた。

「あのね、あんたが他人のことを-あたしですら-信じることが出来ないでいるのは分かるけど、とりあえずあの2人のことを信じてみたら。それと、自己を客観視せよってのは私たちにも当てはまる言葉だと思うけど」

「そんなことは分かってるさ。俺自身、出来ているとは露ほども思っていない」

「なら100%とは言わないから信じてみなさいな。第一印象だけで他人を判断するなって、あんたさっき言ったじゃないの」

出来の悪い男子生徒を諭す女教師のように有沙は言った。

「よくそこまで他人を信用できるな。俺にはとても無理だ。その点は有沙、お前が実に羨ましい」

「私はあんたほど、ウマ娘に含む所がないもの-この学園のことは大嫌いだけど」

やれやれ、こいつにはかなわん。そう思いながら隆史は答えた。

「お前がそこまで言うなら-そうだな、5割くらいは信じてみるか」

「あんたらしいわね」

「お前さんのことですら100%信じ切れていないのは確かだからな。まあ、愛してはいるがね」

「莫迦じゃないの。まあ私もだけど」

「お前さんと結婚できたことは、俺にとって至上の喜び以外の何物でもないからな」

「女房冥利に尽きるわね」

「ありがとよ」

 

 ――――――――――――――――

 

昼食を取り終えた後、生徒会長室というよりも18世紀の王侯貴族が使うような趣のある部屋に案内された5人はそこで3人のウマ娘と対面した。先ほど言葉を交わしたシンボリルドルフとエアグルーヴ、そしてもう1人、鼻の上に白い絆創膏を貼り木の枝を口に加えた、どこか飄々とした趣のあるウマ娘がいる。ナリタブライアン。話を聞くとそのように名乗った。それ以外の2人からは態度にこそ表れていないものの、警戒心がにじみ出ている。

 

挨拶に自己紹介と他愛のない会話が双方の間で交わされた後、シンボリルドルフは自身の執務机の後ろに掲げられた英文-Eclipse first, the rest nowhere.を指し示しながら、博物館で展示の解説をする学芸員のように答えた。

「この学園のモットーです」

確か18世紀後半のイギリスで無類の強さを誇った、ある競争ウマ娘について述べた言葉だったな。ルドルフの話を聞きながら小島は思った。そして、この学園の人々がこの言葉をどのような意味で用いているのかも知っていた。だが彼はその解釈を好きにはなれなかった。小島にしてみれば、彼女たちが用いる解釈は物事には表面しか存在しないと公言しているようにしか感じられないのである。

 

(まあ、どんな言葉を誰がどのように解釈するかは自由だからな)

小島は再び思った。勿論その中には、彼自身も含まれている。

「意味は-」

「それなら知っている」

ルドルフの言葉を遮るように小島は答えた。この学園のモットーに対する、彼なりの解釈を示すことにしたのだ。

「『エクリプス一着、それ以外は何もなし』だろう」

その言葉を聞いたルドルフは目を見張り、エアグルーヴは怪訝な表情を浮かべた。一方でブライアンは何の反応も示さず、無表情に枝を加えたまま飄々としていた。

 

「どうした諸君」小島は道化師のように言った。「英文和訳の試験ならこれで合格がもらえるはずだが」

「あなたの言葉の意図を理解できかねているのです、小島一等空尉」

地動説を唱える者に天動説を解く聖職者のようにルドルフは答えた。

「君たちがこの言葉をどのような意味で用いているかは知っている。だが、俺は君たちとは異なる解釈をした。それだけだ」

「どういうことでしょうか」

「はっきり言おう。俺は君たちがこの言葉に用いる意味を好んでいない」

部屋の空気が凍り付くのを感じた。構わず小島は話を続ける。

「それと俺の名前を階級付きで呼ぶ必要はない。敬語を使ってくれるなら小島さんでもトレーナーでも、君たちの好きなように呼びたまえ。無論、他の4人に対してもだ。トレセン学園分屯基地司令にして分遣隊長たる俺が許可する」

「では小島トレーナー」

「なんだ、ルドルフ」

「我々が用いる意味を好んでいないとは、どういうことでしょうか」

ルドルフは聖典を汚された原理主義者のように言葉を返した。

「世の中には表面や明るい側面しか存在しないと述べているようなものだからさ」

「おっしゃっていることの意味が分かりませんが」

「君は7冠ウマ娘で、この学園の生徒会長なのだろう」

何かを憐れむように小島は言葉を返した。

「すべてのウマ娘の幸せを願っている君ならば、俺が言ったことの意味を理解できると思うぜ」

 

その言葉を聞いた途端、ルドルフの脳裏にいくつもの光景が浮かび上がる。

希望を持って入学したは良いものの、結果を出せずに学園を去る娘。

怪我をして2度とターフを駆けることが出来なくなった娘。

それらの要素が積み重なった結果何もかもに絶望し、自らの手で自身の魂を肉体から解放してしまった娘。

 

最後に思い浮かんだような者は、幸いにも自分が入学してから今まで見たことがなかったが、立場上そのような話はいくつも耳に入って来る。

だからこそ『すべてのウマ娘の幸福』のため、鋭意邁進してきた。そのことを知らずに我々が表面しか見ていないというのはお門違いではないのか。ルドルフは心の中で反論した。

 

だが、そのような彼女の内心を小島が知ったのならば「理解が浅いな」と一笑に付したであろう。彼の言う「表面しか見ていない」というのはさらに深い意味を持っていたからである。しかし、ルドルフはそこまで考えが及ばなかった。よくも悪くもレースの世界に生きる者としての範疇でしか基本的に物事を考えることが出来ない-それが彼女の限界であった。

ルドルフは思考を続ける。

 

-大体何がしたいのだ、この男は。

初めて会ったときから薄々感じてはいた。君たちなぞ眼中にないといった態度。我々に興味がないと言いながら、私たちの人間関係や個人的な嗜好まで詳細を調べ上げていたこと。そして、腹立たしさすら感じた先程の台詞。全く訳が分からなくなってくる。そのような、私たちの反感を買うようなことをして何がやりたいのだ。ああもう、分からない。

 

堂々巡りに陥って思考回路に混乱をきたした彼女をよそに、小島は再び口を開いた。

「ああ、それともう一つ面白いことを教えてあげよう」

「何でしょうか」

ルドルフは何事もなかったかのように応じた。

「この言葉を言った人間だがね」悪戯をするように小島は言った。「端的に言い現わすなら、囚人上がりの博打うちだよ」

その瞬間、ルドルフとエアグルーヴの顔から表情が消え、目が僅かに吊り上がった。2つの耳は後ろに向けて絞るように伏せられる。そんな2人とは対照的にブライアンは相も変わらず、枝を咥えて飄々としていた。

「ああ、別に君たちのことをどうこう言っているわけではないから安心したまえ」

小島は声色を変えずに答えた。全く信じがたい、という視線が2人から帰ってくる。

 

2人の様子を見た瞬間、小島は自分がしくじったことに気がついた。

参ったな、最後の言葉はちょっとした知識のひけらかしみたいなもので、それ以上の意味はなかったのに。まあ、相手にしてみれば不愉快極まりないだろう。自分たちが神聖視しているものを侮辱されたに等しいのだから当然か。

(だが)

生憎、相手が自分の言葉にどのような反応を示すかまで計算して話すという、器用な真似ができるなら俺はここに来てないんだよな。そのおかげで色々と苦労もしてきたが、仮面を被って自分を偽ったところで何も結果は変わらなかった。どうせ結果が同じなら素顔のまま行くさ。

そのような小島の思考は、正誤をそれぞれ含んでいた。

 

彼の思考を知らないルドルフは耳を伏せたまま口を開いた。

「では、どのような意味で発言されたのですか」

意味なんてないんだよなあ、小島は心の中でそう言いながら腕を組み、考えこんだ。途端に彼の脳内で一つのロジックが瞬時に構築される。ええい、こじつけじみているが仕方がない。それに、今からいうことは全て本音なのだ。どうにでもなれ。

そう思った小島は、声色と表情を維持したまま半ばやけっぱちに口を開いた。

「我々は君たちと良好な関係を構築したい。そのためには相互理解が必要だ」

「今までの口ぶりとは矛盾しているようですね」

ルドルフは答えた。髪の毛の白い部分が軽く揺れる。小島は気にせず話しを続けた。

「お互いが言いたいことを-それがどちらか片方、もしくは双方にとって不都合かつ不愉快極まりない内容であっても-言い合えてこそ、真の意味での信頼関係を構築できる、と俺は考えている」

 

つまり本音をぶつけ合いたいということか。ルドルフは思った。だがそれは-

「一歩間違えれば、ただの口喧嘩か罵り合いにしかならないのでは」

「それも織り込んだ上での話さ。本音をぶつけ合うことが全て正しいとは俺も思っていない。だが、それができなければ信頼関係を構築する以前の話だ。だからこそ互いに忌憚のない本音を言い合えるようにしておきたい。今のはその予行演習とでも思っておきたまえ」

「上手く言いくるめられたようにしか思えないのですが」

ルドルフは懐疑的に答えた。それに対して小島は何をかいわんやというふうに応じた。

「どう受け取るかは君たちの自由だ-俺がEclipse first, the rest nowhere.(君たちのモットー)を自分なりに解釈したように」

 

その言葉を聞いたルドルフは思った。どう受け取るかは自由、か。ちょうどいい。ならばそれを利用させてもらおう。彼女はそう考えると、まるでG1レースにでも臨むかのような態度で小島に向き合い、口を開いた。

「ご自身の言葉をどのように受け取るかは自由とおっしゃいましたね」

「ああ、言った」

「それでしたら、私もあなたの言葉を自分なりに解釈させて頂きましょう」

「好きにしたまえ」

 

彼女の態度に何かを感じ取った小島はそう言うと背筋を正した。それを待っていたかのように、ルドルフは再び口を開いた。

「あなた方はこの学園に来て何をされるおつもりか、またこの学園をどのようにするつもりなのか-正直にお答えいただきたい」

刃物で切り込むようなルドルフの声に、小島は事務的な声で答えた。

「何もしないさ」

「どういうことでしょう」

意外な答えにルドルフは目を丸くした。小島は話を続ける。

「俺たちは与えられた命令に従って、仕事としてここに来た。ただそれだけだ。この学園のことも君たちウマ娘のこともどうこうするつもりはない。ただし-」

「ただし?」

「君たちの思考に納得の行かない部分がある場合は、そのことをはっきりと言わせてもらう。これだけは頭の中に引っ掛けておいてくれ」

「我々と仲良くしたいのではないのですか」

「和して同ぜずが俺の信条でね。仲良くはするが盲目的な同調はしないということだ。ああ、自分の言葉に矛盾めいた部分があるのは分かっている」

「正直ですね」

「不器用ともいうがね。ここに来ることになったのもまあ、その副産物みたいなものさ」

「どういうことでしょうか」

「どこの組織も忌憚の無いことを言う人間には基本、いい顔をしないからな」

くさすように小島は答えた。

「君たちにはそういうことが無いように望むが-俺は楽観的に物事を考えられない性分でね、悪いがあるという前提でこれからは臨ませてもらうよ」

「問題はありません」ルドルフは答えた。「今までのあなたの話も、聞いていて愉快なものではありませんでしたから」

「正直でよろしい」小島は(半ば以上無意識のように)自身の上官のような態度で応じた。「むしろそうであってくれた方が俺としては良い。さっきも言った通り、不愉快な事でも本音で話し合えなければ信頼関係を構築できないからな」

「その言葉を、どこまで信用するべきなのでしょうか」

詐欺師と相対するようにルドルフは答えた。

「それに関しては君たちに任せよう。俺はその評価を甘んじて受け入れるよ」

「好意的でない評価をしたとしても、ですか」

「好意的でない評価をしたとしても、だ」

大きくはないが、強い意志を感じさせる言葉で小島は答えた。

 

その言葉を聞いたルドルフはこれまでの小島の言動を思い返しながら思考を巡らせた。

-この男は決して万人から好かれるようなタイプの人間ではない、むしろその対極にある。だが決して悪い人間ではない。ただ自身の内面に存在する規範に忠実足らんとしているだけであり、そういう意味では(100%とは言えないが)信頼できる人物だ。理事長からは彼(ともう一人の空自の女性幹部)に底知れぬ恐ろしさを感じたと聞かされたし、自身もエアグルーヴも身をもってそのことを感じさせられた。だがそれを考慮したとしてもその点だけは評価するに値する-癖のありそうな性格ではあるが。

 

そのようなことを考えているうちに、いつの間にか自分の中で目の前の男に対する不快感が小さくなって(全く無くなった訳ではない)いることを彼女は自覚していた。絞られた耳も無意識のうちに元に戻っている。

-なるほど、これが忌憚の無いことを言い合う効用という訳か。図らずもよく分かった。

 

ルドルフはそのことに可笑しさを覚えながら少しだけ考え込むと、そのあとで自らの地位(巷でいわれているほど権限や権力はないが)にふさわしい態度を持って目の前の男に応じた。

「そういうことでしたら、一先ずはあなたを信用することにしましょう。その上で、あなたや他の方々に対する評価は後々の行動を見た上で決めさせて頂きます、小島トレーナー」

「分かった。だが俺たちも君たちと同じことをやらせてもらおう。それでいいな、シンボリルドルフ」

「どうぞご自由に」

ルドルフは威厳と気品を合わせたような声で答えた。

 

この後に、小島はルドルフの想像を上回る行動を見せて彼女や生徒会、更には学園やURAまでを巻き込んだ様々な騒動を引き起こすことになる。だが、この時点でそれを予測することは、神の内側を覗き込もうとする行為に等しいものであった。

 

――――――――――――――――

 

(たも)やんじゃねえか」

3人との話が終わり、分屯基地に戻るべく廊下を歩いていると背中から唐突に声をかけられた。顔を向けると頭に帽子を被り、二つの黒い団子を串に突き刺したような見た目のサングラスをかけ、ひげを生やした壮年男性が杖を突きながらこちらに近づいてくるのが見えた。胸には蹄鉄を模した刻印がなされた丸いバッジがついている。

「その声は-六ちゃん、六ちゃんかい、去年の同窓会以来だな」

遠藤もまたその言葉に親し気に応じると、声の主の元へ歩いて行く。距離が近づいたところで2人は足を止め、並んで言葉を交わし始めた。

 

「理事長とルドルフから聞いてびっくりしたぜ、まさかお前さんがここに来ることになるなんてな」

「俺自身驚いてるよ。この学園で働くことになるなんて、思ってもなかった。色々と世話をかけることになると思うが、よろしくな」

「おう」

六平は動物の群れを率いるような声で答えると、隣にいた小島に目をやり、話題を変えた。

「ところで、隣にいるのは誰だい」

「俺の上官だよ。小島一尉、彼が以前お話した腐れ縁の-」

「六平銀次郎だ。保やんとは中学以来の付き合いでな、よろしく頼むぜ」

「小島隆史一等空尉です。遠藤准空尉には以前、色々と世話を焼いてもらいました」

こういう人と話すの、あまり得意じゃないんだよなあ。トレーナーというよりは極道かマフィアの親玉と言った方がふさわしい外見の六平を見た小島は内心でそう思いつつも、第一印象だけで人を判断してはいけないと思い返し、丁寧な挨拶で六平の言葉に答えた。

「おう、よろしくな」

六平は小島に挨拶を返すと、遠藤を指して話を続けた。

「こいつと2人で話しがしたいんだが、いいかな小島さんよ」

久しぶりに会ったもんでね、六平はそう続けた。

「どうぞごゆっくり」

小島はそう言うと、離れた所で会話の様子を見ていた他の3人に分屯基地(オフィス)へ戻っているように伝え、一歩引いたところから2人が会話する様子を見守ることにした。

 

「お前の上官、随分と頼りなさげだが、大丈夫か」

「少なくとも悪い人じゃないよ。俺が保証する」

「そうかい」

六平は納得したのかしていないのか分らないような声で答え、言葉を続けた。

「大体お前、本当なら自衛隊にいるはずじゃなかっただろ。親父さんが死んでなきゃ今頃はサファリやモンテカルロで車転がしてたかもしれねえのに」

「過ぎた話だ、忘れてくれ」

遠藤は水子の年齢を数えるように答えた。

「それに、そっちに関しては少し前からカミさんとやるようになってね。結構満足してるんだ。色々と大会にも出てるし、良かったら見に来てくれよ」

「時間があったらな。今は笠松から移籍してきた大飯ぐらい(オグリキャップ)を担当しててな、色々と忙しいんだ」

ジョーの奴に押し付けられてな、六平はそう続けた。その口調からは複雑な感情が読み取れる。甥御さんのことか、遠藤は思った。前の仕事を辞めた後、中々定職に就けずに苦労していたと聞いたが。

そのことを六平に聞くと、笠松の地方トレセンにトレーナーとしての職を得たとの答えが返ってきた。更に仕事の傍ら、中央のトレーナー資格を得るために勉強しているらしい。

「まあ、無理強いはしないよ。好きな時に来てくれればそれでいい」

変わらねえなあ、こいつは。六平は思った。

「そうさせてもらうぜ。あとすまねえが、お前の上官を呼んでくれ。話したいことがある」

「分かったよ-小島一尉、すみませんが少し来てもらえませんか」

遠藤は息子に語りかける父親のように小島を呼び寄せる。それを聞いた小島もまた、父親に呼びつけられた息子のように応じた。

「何ですか」

「六ちゃん-失礼、六平トレーナーがお話ししたいそうです。自分は少し離れておりますので」

「分かりました」

 

遠藤が六平の傍から離れると小島は六平の隣に歩み寄り、口を開いた。

「何でしょうか、六平さん」

「あいつとの付き合いは長いのか」

極道の組長が組員に話しかけるように六平は言った。

「幹部候補生だった頃、助教をしていました。理由は知りませんが、やたらと自分のことを気にかけてくれていた事だけは覚えています」

「そうか-保やんについて、あんたに話しておきたいことがあってな」

六平は余命宣告を下す医師のように話し始めた。

「何でしょうか」

「一つ聞いておくんだが、あいつの過去についてはどれくらい知ってるんだ」

「考課表-民間でいう勤務評定を読んだり、本人から聞いたりしてそれなりには」

小島は遠藤の過去について、それ以上のことを聞かないようにしていた。彼の話を聞いた時、自分と同じように、話したくない何かを抱えているのではないかと感じていたためだ。

そんな彼をよそに、六平は言葉を紡いでゆく。

 

「7年前だったかな、故郷で-笠松でやった同窓会の時なんだがな」

「何かあったんですか」

「あいつはそれまで2年間出席してなかったんだが、その時は久しぶりに出るってんで会いに行ったのさ」

「ふむ」

「そしたらな、あいつが隅の方で酒をちびちびやりながら黙々と料理を食べてたんだ」

俺が昼飯を食う時みたいだな、そう思いながら小島は六平の言葉を聞き続ける。

「様子がおかしいって思ったのはその時だよ」

「おかしい?」

「あいつは自分から積極的に話す方ではないけど、他人に話しかけられたらそれなりに口数が多くなる奴なんだ。だが、その時は話しかけても全く返事が返ってこなかった。何かと思って顔を覗き込んだら、まるで死んだ魚みたいな目をしてた」

「いったいどうしたんですか」

「俺も気になってな、同窓会のあとで2人だけで話したのさ。お前どうしたんだよってな。そしたらあいつ、なんて言ったと思う」

「何を言ったんですか」

「『六ちゃん、人に向かって引き金を引いたことはあるかい』そう言って、あとは何も言わなかった。まるで実際に人を撃ったことがあるような口ぶりだったよ。俺も、それ以上のことは聞いてねえ」

どういうことなんだ、小島は気になったが、それを聞いても何の意味も持たないことは、遠藤とのこれまでの付き合いから分かっていた。それよりもこの人はどうして-

「なんでそれを自分に話したんですか」

「話した感じ、保やんはあんたのことをそれなりに評価してるみたいだったからな。これくらいは話しておいた方がいいと思っただけだ。それ以外には何もねえ」

「遠藤准空尉が自分のどこを評価しているのか分かりませんが」

小島は予想外の変事を突きつけられたように答えた。

「自分はただ、目の前の仕事をこなしているだけです。特別なことをしているとは思っていません」

「他人の好意は素直に受け取った方がいいと思うがな」

「そういう好意や善意の類は、あまり信用したくないのですよ」

「どういう訳だ」

「それらを真に受けて他人を信じこんだ結果、何度もろくでもない目に合ってきたもので。以来、どんな言葉も最初から疑ってかかるようになってしまいました」

 

六平はその言葉を受けて少し考え込むと、再び口を開いた。

「保やんのことを信じてないのか」

「部下としては信頼していますが、個人としては完全な信をおくことが出来ません-もっともこれは他の人に対しても同じで、遠藤准空尉だけに限った話ではありませんが」

「お前さん、随分と率直に物事を言うな」

六平は低い声で答えた。

「性分ですよ」

道化のように小島は応じた。

「そんなんで、自衛官が務まるのか」

「まあ、何とかなってます」

「お前さんみたいなのが自衛官っていうのは、正直信じがたいな」

六平は呆れたように答えた。

「制服を着ていなければそうは見えないとよく言われますし-自分が自衛官を続けられていること自体何かの間違いじゃないかと思ってます」

「どういうわけだ」

「集団行動や人付き合いが苦手だし、口下手でストレートを投げるような物言いしかできない。そんなやつがどうにか組織人としてやっていけていること自体奇跡ですよ」

そんな人間になりたくはありませんでしたがね、そう答えて小島は話を終えた。

「だろうな」六平は答えた。「大体お前さん、どうしてそんな人間になったんだ」

彼のその言葉に、小島は遠くを見るように答えた。

「過去に色々とありましてね」

その言葉を発した男を見て、六平はそこに若かった頃の友人を見た。自身の望みを本人にはどうすることもできない理由で断念せざるを得なかった若き日の友人。目の前の男は、その時の友人と同じような目をしていた。

「そうかい。まあ、詳しくは聞かねえよ」

「それはどうも」

 

「それよりもお前さん、そんな性格じゃ組織でやっていくのに随分苦労しただろ」

「否定はしません」小島は答えた。「ですが自分の上官は、君のような人間の存在を許容してこそ組織は長く続くと言っていました。自分もその考えに同意しています」

「どういうわけだ」

「同じようなバックグラウンドや性質・性格の人間だけで構成された組織は、急激な環境の変化に弱いからですよ。多種多様な人間でごちゃごちゃしている組織の方がいざという時には生き残りやすいというのが、自分の組織についての考えです-上官がどう考えているかについては分かりかねますが」

「その上官、お前さんの同類じゃないのか」

「冗談じゃない」心外だ、とでも言いたげに小島は答えた。「あんな傲岸不遜が服を着て歩いているような人間と自分を一緒くたにされたくありませんよ」

「お前さん、たぶん自分でも気がついていないと思うんだが」

「何がでしょうか」

「話を聞いてる限り、あんたもその上官にそっくりとしか思えねえ」

「自分が傲岸不遜だと」

小島は予想外の相手から妊娠を告げられたように答えた。

「訳が分かりませんね」

「人間だれしも、自分のことなんて一番理解できないんだよ」

だからウマ娘にもトレーナーがいるんじゃねえか、六平はそう答えた。

「自己を客観視しようとは努めているのですが」

「それにも限界はあるだろう。だからこそ他者の視点は大事にした方がいいぜ」

「それについては」小島は答えた。「URAにもこの学園にも、更にはあなた方トレーナーやウマ娘にも言えると思うのですがね」

「何が言いたい」

大きくはないが、凄みのある声で六平は答えた。

「ご想像にお任せしますよ」

小島はどこか皮肉めいたように返答した。

 

「しかし、よくわからねえな」

「何がですか」

「保やんがお前さんのどこを評価してるかだよ。だからその辺を探るためにあんたと話をしてみたんだが、話を聞いてみてますます分からなくなった」

「気にする必要はないと思います。何せ自分もよく分かっていませんから」

「けれども」六平は答えた。「あいつがお前さんのことをそれなりに評価しているのは事実だ。そのことについては一応の理解はしておく。だがな-」

「完全に信を置いたわけではないと」

「そんなところだ。その辺りが今後どうなるかはお前さん次第とだけ言っておこう」

「そうはっきり言って下さる方が、自分としては助かります。何分、空気を読んだり察するみたいなことが苦手な性分なもので」

「頭に入れておくよ-随分長くなっちまったが、あんたに言いたいことは大体言い終わったからこの辺にしとくぜ」

「遠藤准空尉と再びお話されなくてもいいのですか」

「あいつとは、これからも話す機会はいくらでもあるだろうしな」

そう言うと六平は杖を突いてこの場から去ろうとし-何かを思い出したかのように振り返り、口を開く。

「ああ、一つ言いそびれてたことを思い出してな」

「何でしょう」

「保やんのこと、よろしく頼むぜ」

「言われるまでもありませんよ」小島はすっきりした口調で答えた。「遠藤准空尉は自分の部下ですので」

その言葉を聞いた六平は口元に僅かな笑みを浮かべると、杖の音を響かせながら今度こそこの場から去っていった。

 

2人の話が終わったのを見計らうように、遠藤が小島の下へと再び歩み寄り、口を開いた。

「話は終わりましたか」

「いつの間にか長く話し込んでしまいましたが」

誤るように小島は答えた。話を続ける。

「それにしても遠藤准空尉、あなたは良いご友人をお持ちのようで」

「中学の頃から付き合いがあると、ああもなるのですよ」

「なんというか、羨ましいですね」

「羨ましい、とは」

言葉の意味をとらえ損ねたような声で遠藤は応じた。それに対して、小島は遠くを見るように答えた。

「自分には、真の意味で友人と呼べる人など誰一人存在しませんでしたから」

「森宮一尉は違うのですか」

「あいつは友人じゃなくて、相棒かつ『これ』ですよ。それ以上でも以下でもありません」

小島は右手の小指を立て、軽く笑みを浮かべながら答えた。

 

「それに、自分が真の意味で友人と呼べる存在を作れることは未来永劫無いと思っています」

「どういうことでしょうか」

「先ほど六平さんにはお話ししたのですが」小島は諦観を含んだ口調で答えた。「丁度よい機会なので話しておきます。不愉快に思われるかもしれませんが」

「お続けください」

遠藤は応じた。その様子を見た小島は一呼吸置くと、新たな言葉を紡ぎ出し始める。

「自分は他者に-それこそ有沙であろうと-完全な信を置くことができない人間です。勿論遠藤准空尉、あなたについても」

「そんなものだろうと思っていましたよ」

罪の告白を聞く牧師のような声で遠藤は応じた。

「自分にとって不都合なことでも正直におっしゃってくれる上官の方が、部下としては嬉しいものです。酸いも甘いも噛みしめた上で、自分から納得して仕えることが出来ますから」

「部下からそんなことを言われたのは初めてですよ」

小島は気恥ずかしさと嬉しさが軽く混ざり合ったように答えた。

「森宮一尉はそのことをご存知なのですか」

「もちろん。彼女はそれを承知の上で、自分と結婚してくれたのです。そんな女性を愛するなという方が無理な話ですよ」

「夫婦仲は良好なようで。まあ、自分の方もですが」

「それはそれは-と、そろそろ戻りましょう。あの3人を待たせては大変だ」

小島は腕時計を見ながら答えた。

「同感です。戻った後でやることもまだ少し残っていますしね」

 

遠藤のその言葉で2人は話を切り上げ、自分たちのオフィスに向かって歩き始める。その様子は上官と部下というよりも、まるで仲の良い息子と父親のようであった。




私のプロットの書き方は

1・大雑把な話の流れを書く
2・それに合わせて考えながら詳細を執筆

するというものですが今回加筆修正しているとき、上記の1と2の間にもう少し詳しい話の流れを書いてから本文を書いた方が後々の加筆修正が少なくて済むんじゃないかと考えたので、現在プロットを構築している第4話はその方法で進めようと思います。
(ちなみに現在執筆中の第3話については上記の方法をある程度取り入れつつも、基本的には修正が間に合わないので今までのやり方で書いています)

私自身アイデア自体は色々と思いついても、それを具体的な形でまとめ上げることが難しいことが執筆速度が遅い要因の一つなのですが、どうやったら(週1とか数日に1回とかの頻度で投稿している方みたいに)アイデアを素早く上手に形にして執筆速度を上げられるんでしょうか・・・・・・

07/18 細部を修正
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